かつての仲間や、同じ道を歩んできた者たちをすべて蹴落として、ようやく手に入れた。
たった一つしかない、この椅子を。
あの「鉄の巨人」——モビルスーツが現れたあの日から、世界は一変した。
自分達のような時代遅れの遺物は、無慈悲な二択を迫られた。
——適応して生き延びるか、固執して淘汰されるか。
自分は生き残る道を選んだ。
守らなければならない者がいるからだ。
そのためなら、どんな泥を啜ってでも、誰を犠牲にしてでも、この席にしがみつく必要があった。
慕っていた上官が絶望した時の顔を思い出す。
かつては酒を酌み交わし、理想を語り合ったはずの背中が、あんなにも冷たく、遠くに見えたことはなかった。
許してほしい。
生き残るために、切り捨てた自分のことを。
アナタたちも、自分と同じように家族がいたはずだ。
同じように、明日を欲しがっていたはずだ。
だから、自分は『勝たなければ意味がない』『椅子は一つしかないのだから仕方ない』。
そう自分に言い聞かせ、私は慟哭に耳を塞いだ。
かつて地球連邦軍は、ジオンの脅威を退けるべく、予算を度外視した巨額の軍事投資を断行した。
モビルスーツの開発・運用・量産化を目指した、V作戦。
ブリティッシュ作戦、ルウム戦役で多大な被害を受けた宇宙艦隊を再建するためのビンソン計画。
ゴップ大将が主導した、地球全土と宇宙を股にかけた巨大な補給ラインの構築。
これら超人的な工業と物流動員は、確かにジオン公国を圧倒する物量を生み出し、勝利を決定づけた。
しかし、その代償は極めて苛烈だった。
投資しすぎたがゆえの「財政破綻」が待っていたのだ。
戦時中、連邦政府は将来の税収を前借りする形で戦費を捻出。
戦後は復興と債務処理を優先する必要があり、かつての物量は財政の重荷に変わった。
コロニー落としによる地球環境の激変や、各サイドの破壊により、人類の生存基盤そのものが危うくなっており、軍備を維持するよりも、まずは「人が住める環境を戻す」ための投資が急務とされた。
しかし、人類の生存基盤を再構築する復興費用は、軍事予算を遥かに凌駕する規模を要求される。
一方、ジオン公国は解体され「ジオン共和国」へと移行。
大規模な正規軍による組織的反乱の蓋然性は著しく低下、残存勢力は散発的なゲリラ・テロリストと評価され、もはや正規軍事力の全面維持を正当化する戦略的脅威とは見なされなくなった。
大規模な正規軍を維持する理由は無くなり、政府高官たちは最大の敵を失った解放感と、膨れ上がった維持費の削減、復興費用の捻出に突き動かされ、急速な軍縮へと舵を切った。
遥か未来の歴史書は、こう記すだろう。
「一年戦争は、地球連邦政府の勝利に終わった。
しかし、その勝利は連邦政府の終焉の始まりでもあった。」
お昼頃、コジマ大隊基地の北側——未舗装の赤土滑走路に、ざわめきが広がっていた。
陽射しが容赦なく照りつけ、地面の赤土が熱を帯びてかすかに湯気を立てる。
滑走路の端から端まで、50名ほどの隊員たちが人だかりを作っていた。
ヘルメットを脱いだ者、汗を拭う者、煙草をくわえた者……皆、野次馬のように首を伸ばして空を見上げている。
埃っぽい風が吹き抜け、赤土の粒子を舞い上げ、制服の襟元に細かく絡みつく。
ジープのエンジン音が低く響き、滑走路の端に一台の車両が滑り込んできた。
運転席にサンダース軍曹の巨体が収まり、助手席にはソウヤ・タカバ中尉が座っていた。
エミリア准尉とノア伍長は格納庫でお留守番——二人は新機体の受け取りの準備を進めてもらっている。
ジープが止まると、野次馬の隊員たちが一斉に声を上げた。
好意的な、からかうような笑い声が飛び交う。
「おーい、第4小隊! 新しい玩具が来るみたいだなー!」
「ジム・キャノンだってよ! ようやく後ろからドカンってできるなー!」
ソウヤはジープのドアを開け、軽く手を振って応じた。
蒼色の瞳に穏やかな笑みが浮かぶ。
サンダースは無言でエンジンを切り、巨体をゆっくり降ろした。
ブーツの底が赤土に沈み、乾いた音を立てる。その時、遠くの空に低く唸るエンジン音が近づいてきた。
隊員たちの視線が一斉に上空へ。
雲の切れ間から、巨大な黄色い影がゆっくりと姿を現す。
ミデア輸送機だ。
機体下部に懸垂された大型コンテナが、重そうに揺れている。
ミデアは滑走路に近づくと、降着装置のローターがゆっくり回転を始め、低圧タイヤと一体化したエアクッションが赤土の表面を優しく浮かせる。
VTOL機能が作動し、機体はほとんど滑走することなく、垂直に近い角度で高度を落としていく。
エンジンの熱風が地面を叩き、赤土の埃が渦を巻いて舞い上がる。
隊員たちは思わず顔を覆い、風に煽られる髪を押さえた。
「来た来た……!」
誰かの呟きが聞こえる。
ミデアの巨体が滑走路に触れる瞬間、低い唸りが一瞬高くなり——
車輪とローターが赤土を噛み、機体が静かに着地した。
コンテナの底が地面にわずかに触れ、金属の軋む音が響く。ソウヤはジープの横に立ち、静かに息を吐いた。
サンダースが隣で小さく頷く。
野次馬の隊員たちから、再び歓声と冷やかしが上がった。
「よし、降りてこい! 新入りさん!」
「隊長さんに可愛がってもらうんだぞー!」
赤土の熱気が、陽射しとともに基地全体を包み込む。
サンダース軍曹は巨体を動かさず、ミデアの巨体をじっと見据えていた。
陽射しが装甲に反射して眩しく、汗が額を伝う。
彼はゆっくりと息を吐き、隣に立つソウヤに視線を移した。
「……タカバ隊長。」
声は低く、抑揚がない。
いつもの寡黙な調子だ。
「ジム・キャノンのパイロット……どんな人物なんです?」
ソウヤはミデアのコンテナに目をやりながら、静かに答えた。
蒼色の瞳が、穏やかだがどこか遠くを見ている。
「元々は、ジャブローの防衛大隊戦車中隊の戦車乗りだった。実戦経験も豊富で、中隊の中でも指折りの腕前だったらしい。」
サンダースの眉がわずかに動いた。
巨体が少しだけ前傾する。
「……ジャブローですか。」
彼は小さく鼻を鳴らし、言葉を続ける。
声に、わずかな驚きと疑問が混じる。
「エリートじゃないですか。なんで、こんな辺境のコジマ基地に……しかも、モビルスーツ乗りに転向したんです?」
赤土の熱気が、二人の間に立ち込める。
遠くで、ミデアのハッチがゆっくり開く音が響いた。
金属の擦れる低い音が、陽射しに溶けていく。
ソウヤは視線を落とし、軽く息を吐いた。
言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「……一年戦争のジャブロー降下作戦時。ジオンの赤い彗星がジャブローに侵入……防衛大隊のほとんどが撃破された。あの戦いで、戦車という兵器の限界がはっきりしたんだ。それ以来、ジャブローの防衛大隊もモビルスーツへの転換を余儀なくされた。」
サンダースは無言で頷いた。
ソウヤは続ける。
声は静かだが、重い。
「そして、戦争が終わって……軍縮が始まった。戦車乗りや歩兵たちが真っ先に切られ、ジャブローの戦車部隊も大幅に削減された。生き残った戦車乗り達は、モビルスーツへの転向を選ぶか……それとも除隊するか。俺達の仲間になる人は、後者を選ばなかったんだろう。」
サンダースはゆっくりと目を細め、ミデアのコンテナを見つめた。
巨体がわずかに動く。
「……なるほど。」
彼は小さく頷いた。
表情に納得の色が浮かぶ。
寡黙な軍曹の目が、わずかに柔らかくなる。
「生き残りをかけた、選択だったんですね。」
「そうだな。彼も俺たちと同じ、訳ありだ。」
ソウヤは静かに頷き、視線をコンテナに戻した。
ミデア輸送機のコンテナ扉が、低い油圧音を立ててゆっくりと開き始めた。
金属の軋む音が赤土の熱気に混じり、陽射しがコンテナ内部の暗闇を切り裂く。
扉が完全に開くと、中に固定された巨大なシルエットが姿を現す。
ジム・キャノンは頭部・胴体部・両腕・両脚・キャノン砲が分離した状態で、コンテナの床にしっかりと固定されたまま、運ばれていた。
すべてのパーツが、運搬用の専用固定具とワイヤーでコンテナ床にがっちり固定された状態で、静かに鎮座していた。
野次馬の隊員たちから、一瞬の静寂の後、どっと歓声と野次が沸き上がった。
「キャノン砲、流石に大口径だな……ぶっ放せば、ザクなんか木っ端微塵だぜ。」
「第4小隊、ようやく火力ゲットかよ! タカバ中尉、ちゃんと組み立てられるのかー?」
笑い声が滑走路に響き渡る。
誰かが口笛を吹き、別の誰かが手を叩いた。
赤土の埃が、再び舞い上がる。
その時、滑走路の脇から運搬用のトラック2台と大型クレーン車が、エンジン音を立てて近づいてきた。
タイヤが赤土を噛み、乾いた音を立てて停車する。
整備兵たちが素早く降り、クレーン車のオペレーターがクレーンの操縦席に乗り込んだ。
クレーンのアームがゆっくりと伸び、ワイヤーがジム・キャノンの頭部固定具に絡みつく。
金属のフックがカチリと固定され、クレーンがゆっくりと持ち上げ始めた。
頭部がコンテナ床から離れ、陽射しに照らされて紫がかったメインカメラが再び光る。
次に胴体部、両腕、両脚……1つずつ、慎重に固定を解除しながらトラックの荷台へ移されていく。
キャノン砲が最後に吊り上げられると、野次馬の声がまた上がった。
「おいおい、そんだけ重い砲身持ったら、ジムの腰がやられるぞー!」
ソウヤがジープの助手席に座ると、サンダースが無言で運転席に座り、エンジンをかけ直す。
ジープがゆっくりと動き出し、ミデアへ近づいていく。
埃がタイヤから舞い上がり、二人の制服に細かく絡みつく。
ソウヤの蒼色の瞳がミデアに固定されたタラップを捉えた。
タラップから、一人の男がゆっくりと降りてくる。
ジープはタラップの近くに止まり、ソウヤはジープから静かに降りた。
サンダースもジープから下車し、ソウヤの隣に並ぶ。
二人は無言で、タラップの方へ歩を進めた。
ブーツの底が赤土に沈み、乾いた音が二人の間だけに響く。
タラップの金属段が、陽射しで熱を持ったまま、低い軋みを立てて揺れた。
男はゆっくりと一段ずつ降りてくる。
足音が赤土に響くたび、乾いた砂が小さく舞い上がる。彼の髪は明るいブロンド——やや濃いめの金髪で、短めからミディアムレングス。
前髪は自然に少し長めに垂れ、額を軽く覆う柔らかい質感が、陽光に透けて淡く輝いていた。
20歳という若さを感じさせる顔立ちだが、目は深い茶色で、鋭く真っ直ぐ前方を見据えている。
眉は直線的でやや太め、キリッと吊り上がった形が、凛々しさと真剣さを強調していた。
鼻筋は高くすっと通っており、顎のラインはシャープで、全体の輪郭は若干細身。
口元は今、固く結ばれ、薄めの唇が引き締まって険しさを増している。
少年っぽさが残る顔に、眼光だけが強く決意を宿していた。制服の袖はまくり上げられ、半袖にしている。
戦車の狭い車内で鍛えられた無駄のない筋肉が、腕にくっきりと浮かび上がる。
左腕の内側に、火傷の痕が薄く赤く残っていた。
彼にとっては「生き延びた証」として、決して隠すことのない傷だった。男——ジョシュア・ウィルソン軍曹は、タラップの途中でソウヤとサンダースの姿に気づいた。
視線が二人の方に移り、一瞬だけ息を止める。
すぐに姿勢を正し、右手を額に当てて敬礼した。
背筋がピンと伸び、制服の襟が陽射しに白く光る。
ソウヤは静かに敬礼を返し、すぐに手を下ろした。
蒼色の瞳が穏やかにジョシュアを見つめ、右手をゆっくり差し出す。
「ジョシュア・ウィルソン軍曹だね?」
ジョシュアは敬礼を解き、タラップから降りると、迷いなく右手を差し出した。
二人の手がしっかりと握り合う。
ジョシュアの掌は、戦車の操縦桿を握り続けた硬い感触を残していた。
ソウヤの握手は静かで、しかし確かな力があった。
「……はい。ジョシュア・ウィルソン軍曹です。今日からよろしくお願いします、タカバ中尉。ジョシュで、構いませんよ。」
声は低く、抑揚を抑えたものだったが、どこか緊張が混じっている。
サンダースは隣で無言のまま、巨体を少しだけ前に傾けてジョシュアを見据えた。
サンダースの瞳が、ジョシュアの腕の傷跡を一瞬だけ捉える。
ジョシュアはそれに気づき、わずかに唇を動かした——言葉にはならず、ただ小さく微笑んだ。
ジョシュアはソウヤの手を離すと、視線を隣の巨体に移した。
サンダース軍曹は無言のまま、ゆっくりと右手を差し出していた。
ジョシュアは迷わず自分の手を重ね、しっかりと握り返した。
二人の掌がぶつかる瞬間、低い音がした——肉と肉のぶつかり合いではなく、互いの決意が触れ合うような、重い響きだった。サンダースの握力は強く、しかし乱暴ではなかった。
ジョシュアの細身の体がわずかに前傾するほどに、確かな力で握りしめられる。
ジョシュアは目を逸らさず、サンダースの顔を見上げた。
「……サンダース軍曹ですね。よろしくお願いします。」
ジョシュアの声は低く、抑揚を抑えたものだった。
「ああ、同じ軍曹同士だ。よろしく頼む。」
サンダースは頷き、ゆっくりと手を離した。
ソウヤは二人のやり取りを静かに見守っていた。
蒼色の瞳が穏やかにジョシュアに戻る。
「これで、第4小隊のメンバーが揃ったな。ジョシュ軍曹、まずは機体の組み立てを手伝ってくれるか。積載が終わったら、格納庫へ移動する。君の経験が第4小隊に、きっと役に立つ。」
ジョシュアは小さく息を吐き、頷いた。
金髪の前髪が陽射しに揺れ、額の汗をわずかに光らせる。
「……了解しました、タカバ中尉。俺の戦車経験が、モビルスーツにどこまで活きるか……わかりませんが、全力でやります。」
赤土の熱気が三人の周りを包み、遠くでクレーンの油圧音がまだ響いている。
三人はジープに乗り込んだ。
ソウヤは助手席に滑り込み、ドアを静かに閉め。
サンダースは運転席に巨体を収め、シートがわずかに軋む音を立てた。
ジョシュアは後部座席に座り、背中をシートに預ける。
三人が揃うと、サンダースは無言でアクセルを踏んだ。
ジープが赤土の未舗装路をゆっくりと発進し、滑走路を離れる。道路は舗装されておらず、赤土が乾いてひび割れ、タイヤが噛むたびに乾いた音が響く。
ジープのサスペンションが上下に揺れ、ジョシュアの体が軽く浮く。
陽射しが容赦なく照りつけ、風が熱く頰を撫でる。
道の両側には、低い灌木がまばらに生え、遠くでミデアのエンジン音がまだ小さく響いていた。
ジープは基地内の未舗装路を抜け、第4小隊の格納庫前に滑り込んだ。
サンダースがブレーキを踏むと、タイヤが赤土を軽く抉り、車体が静かに止まる。
埃がゆっくりと沈み、格納庫の鉄扉が陽射しに鈍く光っていた。ソウヤが先にドアを開け、降り立つ。
サンダースが続いて巨体を動かし、ブーツが地面に沈む乾いた音を立てた。
ジョシュアも後部座席から降り、制服の埃を軽く払う。
三人は格納庫の入り口に向かって歩を進めた。格納庫内は、油と金属の匂いが濃く立ち込め、照明の白い光が2機のガンダムを淡く照らしていた。
エミリア准尉は簡易ソファに腰を下ろし、ノートパソコンを膝に置いて画面を凝視していた。
金髪が肩に落ち、エメラルドグリーンの瞳がデータに集中している。
ノア伍長はスライフレイルの爪先に腰掛け、モビルスーツのマニュアルを広げてページをめくっていた。
赤髪が乱れ、口元にいつもの不機嫌そうな線が浮かんでいる。二人はジープのエンジン音と足音に気づき、顔を上げた。
エミリアはノートパソコンを閉じ、慌てて立ち上がる。
ノアはスライフレイルの爪先から降り、マニュアルを脇に抱えて、ソウヤ達に近づいてきた。
二人は同時にジョシュアの姿を捉え、姿勢を正して敬礼した。エミリアの声が、少し震えながら響く。
「…お帰りなさい。隊長、サンダース軍曹……。
そして……新しい方……?」
ノアは不機嫌そうな顔をしながら、敬礼を保ったままジョシュアを睨むように見つめた。
ジョシュアはすぐに敬礼を返した。
背筋がピンと伸び、茶色の瞳が二人を真っ直ぐ見据える。
「……ジョシュア・ウィルソン軍曹です。今日から第4小隊に配属されました。よろしくお願いします。」
すると、格納庫の出入口から、運搬トラックのエンジン音が低く響いた。
ソウヤ達4人は格納庫の出入口から退避。
赤土の埃を巻き上げながら、2台のトラックが格納庫の格納庫内に滑り込む。
整備兵たちが素早く降り、格納庫のクレーンアームを稼働させる。
照明の白い光が、荷台に固定されたジム・キャノンのパーツを照らし出す。
頭部、胴体部、両腕、両脚、そしてキャノン砲——すべてが専用固定具で抑え込まれ、静かに運ばれてきた。
金属の軋む音と油圧の低い唸りが交互に響き、格納庫内の空気を震わせる。
トラックの荷台から一つずつ吊り下げられ、金属パイプで組まれた簡易モビルスーツハンガーの中央へ運ばれていく。
両脚が最初に固定され、胴体部がその上に据え付けられ、両腕、頭部が次々と固定されて、最後にキャノン砲が右肩に据えられた。
パーツ同士の接続部が、照明の下で冷たく輝く。
埃っぽい空気に、グリスと金属の匂いが濃く混じった。整備兵たちが一斉に動き出す。
スパナの金属音、ドライバーの回る音、油圧ジャッキの低い唸りが格納庫に満ちる。
両脚と胴体部の接続が最初に始まり、ボルトが締め込まれるたびに低い金属音が響き、次に両腕が接続されていく。
最後に頭部のセンサーケーブルと、キャノン砲が繋げられた。
ノア伍長は組上がっていくジム・キャノンを見上げながら、ジョシュアに質問する。
「……なあ、このジム・キャノン、ジムに砲ぶっこんだだけじゃねえのか?ガンキャノンの量産型って聞いてたが、見た目からしてジムそのものじゃん。」
ジョシュアはハンガーの前に立ち、パーツの組み立てをじっと見つめながら答えた。
「……その通りだ。元々はガンキャノンの量産化プランだったが、早期配備のためにジムの生産ラインを流用。
部品の60%がジムと共通だから、コストダウンと規格統一が図られた。結果、名目上は『ガンキャノンの量産型』だが、実態は『ジムに砲撃パーツを組み込んだ改設計機』だよ。」
エミリア准尉はノートパソコンを抱えたまま、ソファから立ち上がり、皆の近くに寄ってきた。
エメラルドグリーンの瞳が少し緊張気味に輝き、ノートパソコンを胸に抱き直す。
「……えっと、正確に言うと……ガンキャノンの設計をベースに、ジムのフレームと駆動系を大量に流用しています。だから、肩のキャノン砲マウントはガンキャノン由来だけど、胴体や脚部はほぼジムと同じ規格。中距離支援を主眼に置いてるので、元戦車兵の方でも比較的乗りやすいはず……です。ジムのパーツが殆どですので、この基地でも整備が出来るんですよ。」
ノアは腕を組んだまま、ジム・キャノンのキャノン砲を見上げて鼻を鳴らした。
「へえ、つまり練度低くても扱いやすいってか。つまり俺みたいな元通信兵でも、扱えそうだな。」
エミリアはノートパソコンを胸に抱き直し、少し慌てたように頷いた。
エメラルドグリーンの瞳が、わずかに輝きながらジョシュアとノアを交互に見る。
「……確かに、ノア伍長でも、使えそうですね。陸戦型ガンダムとスライフレイルは操作にかなり癖があるので……ジム・キャノンなら、扱えそうです。フレームとシステムがジムベースだから、基本的な挙動は標準的で……」
ジョシュアはそれを聞き、一瞬だけ表情を曇らせた。
唇がわずかに引きつり、複雑な影が横切る——
だが、すぐに口元を緩め、穏やかな笑みを浮かべた。
声は低く、しかし確かな響きで。
「……確かに、そうですね。ですが、自分が任された機体なので、そう簡単には席は譲らないですよ。」
ノアはふん、と鼻を鳴らし、赤髪をかき上げた。
「へえ、気合い入ってんな、軍曹殿。」
エミリアは少し肩を縮め、慌ててフォローするように手を振った。
「……あ、いえ……そういう意味じゃなくて……!」
整備兵の一人が最後のボルトを締め終え、工具を置いた。
スパナが金属の床にカチリと音を立てる。
「よし、接続完了!あと配線と最終チェックだけだ。」
ソウヤは静かにジョシュアに視線を移し、穏やかに言った。
「ジョシュア軍曹、最終チェックを頼む。君の目で、異常がないか確認してくれ。」
ジョシュアは小さく頷き、ジム・キャノンのコックピットハッチに設置された牽引ケーブルに足を掛けた。
電動モーターの低い唸りが響き、ワイヤーが巻き取られる。
体がゆっくりと上昇し、ジョシュアはハッチに手をかけ、軽く身を滑り込ませた。
ジョシュアはシートに座り、操縦桿を握る。
掌に残る戦車の操縦桿の感触が、一瞬よぎった。
ハッチが閉まり、コックピット内の照明が青白く灯り、
ディスプレイが起動、システムチェックの文字が流れ始める。
「メインシステム、起動……正常。核融合炉、出力安定……異常なし。回線チェック……全センサー接続確認、OK。キャノン砲マウント、ロック解除可能……問題なし。」
ジョシュアの指がコンソールを滑り、HUDに映るデータを一つずつ確認していく。
メインカメラの映像が鮮明に映り、格納庫内の仲間たちの姿が捉えられる。
スライフレイルの緑の装甲、陸戦型ガンダムの白いボディ、そして今、目の前に組み上がったジム・キャノンのシルエット。
キャノン砲の砲身が、照明を冷たく反射していた。
「……全システム、正常。ジム・キャノン、起動準備完了。」
コックピット内のスピーカーから、ジョシュアの声が格納庫に響く。
整備兵たちが小さく歓声を上げ、エミリアはノートパソコンを握りしめて安堵の息を吐いた。
ノアは腕を組みながら、口元を少し緩めた。ジム・キャノンは、無事に組み上がった。
照明の白い光が、3機のモビルスーツを淡く照らす。
スライフレイルの深い緑の装甲、陸戦型ガンダムの白いボディ、そしてジム・キャノンの角ばったシルエットと長大なキャノン砲。
格納庫内の空気が、わずかに熱を帯び、油と金属の匂いが濃く漂う。
第4小隊の新たな火力が、静かに、しかし確実に、そこに存在していた。
夜、コジマ大隊基地の南側——酒保の明かりが、赤土の地面に淡く橙色の光を落としていた。
基地唯一の売店は、基本的にはバーとして機能している。
カウンター席が8つ、テーブル席が6卓、隅に古いアップライトピアノが置かれ、壁には少し汚れた白いペンキの上に小さな額縁がいくつも飾られている。
中には、かつての戦友たちの笑顔の写真や、誰かが描いた粗い風景画が並び、照明の光にぼんやりと浮かんでいた。
換気扇の低い唸りと、グラスが触れ合うカチカチという音が、静かに響く。
第4小隊の面々は、窓際のテーブル席を一つに占領していた。
ジョシュア軍曹の歓迎会——そして、第4小隊のメンバーがようやく揃った祝賀会。
ソウヤ、サンダース、エミリア、ノア、そしてジョシュアの5人が、テーブルを囲んで座っている。
茶髪の小麦肌の小太りしたマスターが、トレイを持って近づいてきた。
白いYシャツの袖をまくり、黒のズボンに白いエプロンを巻いた姿は、いつものままだ。
トレイには、ジョッキーに入ったビール4つと、コーラの入ったグラスが一つ。
マスターは無言でテーブルに置き、ジョッキーを一人ずつ配る。
最後にコーラをノアの前に置いた。ノアはグラスを見て、眉を寄せた。
赤髪を乱暴にかき上げ、口を尖らせる。
「……チッ、またジュースかよ。隊長、俺もビールでいいだろ?」
ソウヤはジョッキーを手に取り、静かにノアを見た。
蒼色の瞳が穏やかだが、どこか譲らない。
「ノア伍長、君は未成年だろ?ダメだ。」
ノアはふん、と鼻を鳴らし、背もたれに体を預けた。
ソウヤは小さく息を吐き、ジョッキーを軽く持ち上げた。
他のメンバーもジョッキーを手に取る。
ジョシュアは自分のジョッキーをじっと見つめ、静かに頷いた。
エミリアはコーラのグラスを両手で持ち、少し緊張気味に座り直す。
サンダースは無言でジョッキーを握り、巨体をテーブルに寄せた。
ソウヤはゆっくりと立ち上がり、ジョッキーを高く掲げた。
声は静かだが、確かな響きがある。
「……ジョシュア軍曹が来て、第4小隊がようやく揃った。これから俺たちは、誰かを守るために動くことになる。——だから、約束しよう。誰も死なせない、誰も置いていかない、生きて帰る。それが俺達、第4小隊だ!」
テーブルに、ジョッキーとグラスが軽く触れ合う音が響いた。
カチン、という小さな音が、酒保の空気に溶けていく。
ジョシュアはジョッキーを口元に運び、一口飲んでから小さく息を吐いた。
金髪の前髪が照明に揺れ、茶色の瞳が仲間たちを静かに見回す。
飲み会が始まった。
ノアはコーラを一口飲んで顔をしかめ、エミリアは小さく笑った。
サンダースは無言でビールを飲み、ジョシュアはジョッキーをテーブルに置き、静かに仲間たちの顔を見た。
酒保の壁に飾られた写真が、照明に照らされてぼんやりと浮かぶ。
過去の戦友たちの笑顔が、遠くから見守っているようだった。
テーブルに、次々とおつまみが運ばれてきた。
マスターがトレイを何度も往復し、サラミの薄切り、塩味の効いたポテトチップス、チーズが溶けた小さなピザ、熱々のフライドポテト、ジューシーなソーセージ、ミックスナッツのボウル。
どれも油と塩の香りが立ち上り、照明の下で艶やかに光っている。
ノアは早速フライドポテトに手を伸ばし、熱いまま口に放り込んで「熱っ!」と小さく声を上げながらも、満足げに頰を緩めた。
エミリアはピザを小さくちぎって口に運び、「美味しい……」と呟きながら食べた。
サンダースはサラミを一口で頰張り、無言でゆっくり噛む。
ジョシュアもソーセージをフォークで刺し、静かに食べ始めた。
ジョッキーのビールが、喉を滑るたびに冷たい泡が残る。
だが、ジョシュアの表情はどこか浮かない。
茶色の瞳がジョッキーの表面をじっと見つめ、笑みが薄い。
ソーセージを一口かじったまま、視線を落としている。 ソウヤはそれに気づき、ジョッキーをテーブルに置いた。
蒼色の瞳が穏やかにジョシュアに向けられる。
「……ジョシュア軍曹。どうした?」
ジョシュアはハッとして顔を上げ、慌てて小さく頭を下げた。
金髪の前髪が照明に揺れる。
「……すみません。せっかくの歓迎会なのに、浮かない顔をしてしまって……」
彼はジョッキーを握り直し、ゆっくりと息を吐いた。
周りの仲間たちを見回し、静かに尋ねる。
「……皆さんは、どうしてこの部隊にいるんですか?」
場の空気が、一瞬だけ重くなった。
エミリアはピザを口に運ぶ手を止め、顔を伏せる。
サンダースはジョッキーを置いて、神妙な顔になる。
ノアはフライドポテトを握りしめ、イラついたように舌打ちした。
ジョシュアはすぐに後悔した。
(……場の空気を悪くしたな……)
すると、ソウヤが静かに口を開いた。
「……俺は、内容は言えないが。ア・バオア・クーの戦いに参加したんだ。そこで……罪のない少女を殺してしまい。そして、重大な違反を犯した。それで、ここに異動になった。」
4人の視線がソウヤに集まった。
エミリアは息を飲み、ノアは眉を寄せる。
ジョシュアは驚きを隠せない。
サンダースだけは、事前に聞いていたのか、表情を変えずにジョッキーを握りしめている——
だが、隊長が皆の前で告白したことに、わずかに瞳が揺れた。
ソウヤが言い終えると、サンダースがゆっくりと口を開いた。
「……俺は、このコジマ大隊基地に、前にも所属していた。だが、アプサラス開発基地制圧の時に小隊の隊長が行方不明になった。小隊は解散し、その後はユーラシア大陸のあちこちの部隊をたらい回しにされ……結局、ここに戻ってきた。」
エミリアは顔を伏せたまま、声を絞り出すように言った。
「……私も、以前所属していた部隊が全滅して……
撃破されたモビルスーツの1機が、コロニーの市街地に落下したんです。そのせいで、多くの住民が犠牲になって……私はその責任と、上官に作戦ミスの責任を取らされて、ここに来ました。」
ノアはフライドポテトを乱暴に口に放り込み、悪態をつきながら言った。
「……チッ、俺は元々、有線通信手だった。部隊のために、通信用のケーブルや電話線を張ってたんだよ。でもよ、モビルスーツや戦車に、せっかく構築した有線を切られまくって……パイロットや戦車乗り、歩兵どもに『そんな古い手段やってんのかよ』って馬鹿にされて。
それが嫌で、モビルスーツ乗りに志願した。まあ……その後は色々あって、ここに来たんだけどよ。」
静寂がテーブルに落ちた。
ジョッキーの泡が、ゆっくりと消えていく。
マスターがカウンターでグラスを拭く音だけが、遠くに響く。
ジョシュアはジョッキーをテーブルに置き、ゆっくりと息を吐いた。
茶色の瞳が仲間たちの顔を一人ずつ見回す。
照明の橙色の光が金髪の前髪を淡く照らし、額の汗をわずかに光らせる。
彼は小さく頭を下げ、静かに口を開いた。
「……俺も、皆さんに話します。俺は元々、ジャブロー防衛大隊第2戦車中隊に所属していました。一年戦争のジャブロー降下作戦……ジオンのモビルスーツ部隊がジャブロー内部に侵入した時、防衛大隊の半数が瞬時に撃破されました。戦車は……ただの鉄の棺桶だったんです。」
ジョシュアの声は低く、抑揚を抑えていたが、指先がジョッキーの縁を軽く叩く。
ノアが腕を組み、口を挟んだ。
「……で? 部隊がやられた後は?」
ジョシュアは小さく頷き、続ける。
「戦争が終わって、防衛大隊は主力をモビルスーツに転向することが決まりました。戦車乗りの俺たちは…『時代遅れ』、不要だと…。戦車乗りとしての矜持は、砕かれたような気持ちになりました。さらに、軍縮で……俺たちは解雇対象になったんです。」
エミリアはエメラルドグリーンの瞳が揺れる。
「……それで……ジョシュア軍曹は、どうしてここに?」
ジョシュアは視線を落とし、左腕の火傷痕を無意識に指でなぞった。
「……俺には、母と5人の妹と弟がいます。養わなきゃいけなかった。だから、コジマ基地に配備されるジム・キャノンのパイロットの座を手に入れるために、選抜試験を受けたんです。」
ノアが鼻を鳴らし、フライドポテトを口に放り込んだ。
「選抜試験か。……で、どうなった?」
ジョシュアは苦く笑った。
「……苛烈でした。かつての仲間、上司、他の戦車乗り……みんな、同じように選抜試験を受けました。
俺はなんとか、その枠を手に入れました。
でも……それは、仲間や上司、他の戦車乗りを蹴落としたように思えて。罪悪感が、拭いきれなくて。」
ジョシュアの声が、少しだけ震えた。
茶色の瞳がジョッキーの底を見つめる。
「家族のために、仕方ないと思っても……蹴落とした戦人達にも、家族がいる。それを知ってるから……浮かない顔をして、あのような質問をしてしまいました。……すみません。」
静寂がテーブルに落ちた。
ジョッキーの泡が、ゆっくりと消えていく。
エミリアは拳を強く握り、目を伏せた。
ノアは苛立ったように舌打ちしたが、言葉を飲み込んだ。
サンダースは無言でジョッキーを握り、巨体をわずかに前傾させた。
ソウヤは静かに、ジョシュアに告げた。
「……ジョシュア軍曹。ここにいる全員が、訳があって、ここに居る。俺達は訳ありだが、ここで生きて。自分を変えるために、ここで戦うことを決意して、ここに居るんだと思っている。」
ジョシュアはゆっくりと顔を上げた。
茶色の瞳に、わずかな光が戻る。
「タカバ中尉……。」
ソウヤはジョッキーをテーブルに置き、ジョシュアを見た。
蒼色の瞳が、穏やかだが、どこか確かな光を宿している。
「……ジョシュア軍曹。」
声は低く、しかしはっきりとした響きで酒保の空気に溶けていく。
「一緒に戦ってくれないか。訳あり同士で、同じ第4小隊の仲間として。」
ジョシュアはジョッキーを握ったまま、わずかに息を止めた。
茶色の瞳がソウヤの顔を真っ直ぐ見据える。
ジョシュアは小さく頷き、左腕の火傷痕を無意識に指でなぞりながら、ゆっくりと口を開く。
「ありがとうございます、タカバ中尉。俺みたいな人間を……仲間として迎えてくれて。全力で、応えます。」
声は低く、抑揚を抑えていたが、最後の言葉にわずかな震えが混じる。
それは感謝ではなく、決意の震えだった。
ソウヤはジョッキーを再び手に取った。
他のメンバーもジョッキーとグラスを握り直す。
「……じゃあ、もう一度。訳ありの第4小隊に、乾杯。」
ジョッキーとグラスが軽く触れ合う。
カチン、という小さな音が、酒保の空気に溶けていく。
誰も言葉を重ねず、ただ静かに一口ずつ飲んだ。
すると、ビールを一口飲んだサンダース軍曹が無言で立ち上がった。
隊員たちの視線が自然と巨漢に集まる。
サンダースは酒保の隅へ移動し、古いアップライトピアノの前に立った。
埃っぽい鍵盤の蓋を、大きな手でゆっくりと開ける。
椅子を引き、巨体を慎重に座らせた。
シートが小さく沈み、ピアノの脚が床に軽く響く。
そして、指が鍵盤に触れた瞬間——軽快で明るいメロディが、酒保に流れ始めた。
アップテンポのジャズ風の曲。
低音の左手がリズムを刻み、高音の右手が軽やかに跳ねる。
戦場とはまるで無縁な、陽気で温かな音色だった。
ソウヤはジョッキーを置いたまま、目を丸くした。
蒼色の瞳に、驚きと柔らかな笑みが浮かぶ。
ノアは口をぽかんと開け、サンダースの意外な特技に驚く。
「……は? あの巨体で、あんな器用にピアノ弾けんのかよ……」
エミリアはコーラのグラスを胸に抱えたまま、うっとりと目を細めた。
エメラルドグリーンの瞳が、鍵盤を叩くサンダースの大きな指を追う。
頰がわずかに赤らみ、小さく呟く。
「……今度、ピアノ……教えてもらおうかな……」
ジョシュアはジョッキーを握ったまま、静かに耳を傾けた。
明るいメロディが、胸の奥に溜まっていた重いものを、少しずつ溶かしていく。
罪悪感の棘が、音に包まれて、ほんの少しだけ鈍くなるのを感じた。
ソウヤは演奏を聴きながら、仲間たちの顔をゆっくりと見回した。
訳ありの集まり。
誰もが過去を背負い、泥を啜り、ここにいる。
(……これから、良い小隊になるだろうな。)
今、この酒保に響く音色は確かに「未来」を思わせるものだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂に第4小隊が全員揃いました!
そして、ここから本格的に0080~0084年が動き出します!
ではでは、次のお話も楽しみにしていてください!
感想なども、気軽にどうぞー!
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