機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第62話 遺産の影

密林の奥を、5台の民間トラックがゆっくりと進んでいた。

陽が西に傾き、木々の隙間から差し込む光が赤みを帯び、葉の表面をオレンジ色に染め上げる。

空は淡い紫に変わり始め、湿った空気に夕焼けの匂いが混じる。

雨上がりの土の匂いが濃くなり、トラックのタイヤがぬかるんだ赤土を抉るたび、低く重い音が響く。

ヘッドライトが点灯し始め、道の先に伸びる影を長く引きずりながら、エンジンの唸りが木霊する。

遠くで鳥の帰巣の鳴き声が途切れ、代わりに虫の羽音が静かに広がり始めた。

暫く密林を走っていると、巨大なトンネルが目の前に現れた。

古い錫鉱山の坑道を拡張したような、黒く口を開けた入り口。

岩肌は苔と蔓に覆われ、夕陽の残光がトンネルの縁を赤く縁取っている。

トラックはトンネル前にゆっくりと停車した。

エンジン音が止まり、静けさが一瞬訪れる。

その瞬間——トンネルの入り口両サイドの茂みから、小銃を持ったジオン兵たちが一斉に現れた。

兵士たちは無言でトラックに銃口を向け、警戒態勢を取り、緊張した空気が張りつめる。

すると、先頭トラックの助手席のドアが開き、女性が降りてきた。

長い金髪をポニーテールにまとめ、サングラスをかけた黒いレディーススーツ。

スーツの裾が風に軽く揺れ、スニーカーがぬかるんだ地面に静かに着地する。

彼女はゆっくりと手を挙げ、兵士たちに向かって穏やかに言った。

 

「待たせたわね。」

 

すると、茂みの奥から——日本刀を携えたジオン将校が姿を現した。

濃いモスグリーンの軍服に、腕と胸の装飾が佐官らしく豪華に輝いている。

南米系の褐色肌に筋肉質な体躯、貴族的な雰囲気を醸し出す鋭い目つき。

将校の男はゆっくりと女性に歩み寄った。

 

「こんにちは、お急ぎですか?」

 

金髪の女性は軽く笑って答えた。

 

「別に急いでいませんよ。」

 

それを聞いた瞬間、少佐——カルロスの顔に満面の笑みが広がった。

彼は大きく両腕を開き、女性を強くハグした。

女性も軽くハグを返し、懐かしげに呟く。

 

「久しぶりね、カルロス!」

 

カルロスは女性の肩を叩き、笑いながら離れた。

 

「よく来てくれたな。首を長くして、待っていたぞ。」

 

ジオン兵たちは小銃を下げ、安堵した表情を浮かべる。

緊張が解け、兵士たちの間に小さな笑い声が広がった。

カルロスはトラックを指さし、部下たちに指示を出した。

 

「トラックを中へ入れろ。荷は中で下ろす、急げよ。」

 

部下たちが素早く動き、トラックが再びエンジンをかける。

5台のトラックが低く唸りながら、ゆっくりとトンネルの中へ進み始めた。

ヘッドライトが岩壁を照らし、苔の緑と蔓の影が揺れる。

タイヤがぬかるんだ地面を抉り、トンネルの奥へ向かうたび、低い反響音が響く。

トンネルの入り口が徐々に狭くなり、トラックが完全に中へ飲み込まれる。

外の夕陽が最後に赤く縁取り、トンネルは再び暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

地下基地内のホールに、5台のトラックがゆっくりと停車した。

エンジンの唸りが次第に静まり、排気ガスが天井の換気口へ吸い込まれる。

広い空間はコンクリートの壁に囲まれ、蛍光灯の白い光が冷たく照らし出す。

床はまだ乾ききっていない赤土が残り、タイヤの跡が深く刻まれている。

ジオン兵たちが素早くトラックに集まり、帆布をめくり、積み荷を降ろし始めた。

食糧が入ったダンボール、医療薬品の箱、整備用のパーツが入った金属ケース——1つずつ丁寧に運び出され、ホールの隅に積み上げられる。

兵士たちの動きは慣れたもので、作業が進んでいく。

カルロス少佐は金髪の女性を伴い、地下基地の奥にある簡素な執務室へ向かった。

執務室は狭く、コンクリートの壁に囲まれ、机と椅子、ソファー、テーブル、水タンクが1つずつ置かれているだけだった。

机の上には古い地図と通信機が乱雑に置かれ、壁には剥がれかけたジオン公国の旗が掛かっている。

蛍光灯が一つ、天井からぶら下がり、時折チカチカと点滅する。

窓はなく、換気扇の低い音だけが響く。

空気は湿気と鉄の匂いが混じり、地下特有の冷たさが肌にまとわりつく。

カルロスは女性にソファーを示した。

古びた革張りのソファーは、ところどころひび割れ、クッションがへこんでいる。

女性は軽く頷き、ソファーに腰を下ろした。

黒いスーツの裾が広がり、金髪のポニーテールが背もたれに触れる。

カルロスは机の横に置かれた水タンクから、ろ過して貯めていた水をコップに2つ注いだ。

透明な水が静かに音を立て、コップの縁に小さな水滴が残る。

片方を女性に渡すと、自分は司令官用の椅子に座った。

 

「……食料と薬、整備用のパーツの手配、感謝するよ。キ——じゃなかった。アエロ。」

 

カルロスは一瞬、言い掛けた名前を飲み込み、すぐに言い直した。

女性はクスクスと小さく笑い、コップを手に持ったままカルロスを見上げる。

 

「……次からは、言い間違えないようにね、ボドリゲス少佐。」

 

彼女の声は穏やかだが、どこかからかうような響きがあった。

カルロスは苦笑いを浮かべ、頭を軽く掻いた。

 

「……ああ、すまんすまん。昔の癖が抜けなくてな。」

 

二人はコップを軽く合わせ、静かに水を飲んだ。

外のホールから、兵士たちの作業音が遠く聞こえてくる。

アエロはコップを机に置き、カルロスに視線を戻した。

静かな笑みを浮かべ、ゆっくりと言った。

 

「終戦から、もう1年近くも連邦に発見されず、部隊を維持してるなんて……流石ね。」

 

カルロスは苦笑いを浮かべ、椅子の背もたれに体を預けた。

日本刀の柄に指をかけながら、照れ臭そうに答える。

 

「うちの部隊は今まで、マフィアの手先にならず、村や難民キャンプを襲わずに維持してきたのが、自慢だぜ。

俺はそれを……誇りに思っている。」

 

 

アエロは頷き、穏やかだが力強い声で続けた。

 

「それは誇らしいことよ。ほとんどの仲間は村や難民キャンプを襲ったり、略奪に走ったりしてる。なのに、あなたたちはそれをしなかった。……誇っていいわ。」

 

カルロスは照れ臭そうに笑った。

褐色の肌がわずかに赤らみ、視線を逸らす。

 

「……ありがとうな。お前からそう言われると、なんか……照れるぜ。」

 

アエロは軽く息を吐き、黒いスーツの袖を払った。

 

「……さて、頼まれた補給物資は渡したわ。依頼していたものは、渡してくれる?」

 

カルロスは頷き、机の引き出しを開けた。

中から小さなデータディスクを取り出し、アエロに差し出す。

 

「これだ。奴との戦闘記録はこれに入っている。」

 

アエロはディスクを受け取り、手のひらで軽く握った。

 

「ありがとう。これで、クライアントを喜ばすことが出来るわ。」

 

 

その時、執務室のドアがゆっくりと開いた。

くたびれた連邦軍の制服を着た男が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

胸の連邦マークは色褪せ、袖口は擦り切れている。

ボルクは疲れた目で室内を見回し、カルロスに視線を止めた。

 

「……カルロス、俺に用事とはなんだ?」

 

カルロスは立ち上がり、ボルクに軽く手を挙げた。

 

「ボルク先生。彼女が——アエロが、聞きたいことがあるそうだ。」

 

アエロはソファーから立ち上がり、ボルクに向き直った。

金髪のポニーテールが揺れ、サングラス越しに静かな視線を向ける。

 

「ボルクさん。少し、時間をいただけるかしら?」

 

ボルクは小さく頷き、ドアを閉めた。

執務室の蛍光灯がチカチカと点滅し、三人の影が壁に長く伸びる。

地下の冷たい空気が、静かに——だが確実に——部屋を満たしていく。

アエロはディスクをポケットにしまい、ゆっくりと口を開いた。

 

「聞きたいことがあるの。あなたが知っていること……すべて、聞かせてくれる?」

 

カルロスは椅子に座り直し、ボルクに視線を向けた。

ボルクは目の前の女性をじっと見つめながら言う。

 

「ジオンの基地に、連邦の制服を着た俺みたいな男がいるのに……君は嫌悪感や差別意識を、まるで出さないんだな。」

 

ボルクの言葉には、どこか不思議そうな響きがあった。

彼はこれまで、ジオン残党の拠点に足を踏み入れるたび、軽蔑の視線や露骨な敵意を浴びてきた。

ひどい時は石を投げられたり、殴りかかろうとする者もいた。

そんな時、いつもカルロスが静かに制止してくれた。

だが、この女性は違う。

丁寧で、穏やかに接してくれている

アエロは軽く微笑み、コップを机に置いた。

彼女はソファーの端に座ったまま、ボルクに視線を向ける。

 

「座って。少し、近くで話しましょう。」

 

ボルクは一瞬、躊躇したが、アエロの隣に少し間隔を空けてソファーに腰を下ろす。

 

ボルクは制服を軽く払い、疲れた目をアエロに向けた。

 

「ありがとう。」

 

アエロは小さく頷き、静かに言葉を続けた。

 

「今、一緒に働いている凄腕のハッカーが、元連邦軍の兵士なの。彼女とすごく気が合うから……それで、嫌悪感がないのでしょうね。」

 

彼女は少し間を置き、穏やかだが確かな声で続けた。

 

「それに、お互いに主義主張や守りたいものがあって、互いに銃を向けて戦争をしていた。

だから、お互い様よ。」

 

ボルクはそれを聞き、疲れた目が僅かに揺れる。

 

「……確かにそうだな。」

 

彼は視線を落とし、くたびれた制服の袖を無意識に握りしめた。

 

「あの時は……互いに自分が信じた正義のために、戦っていた。今思えば……馬鹿馬鹿しいくらいに。」

 

ボルクは小さく笑い、納得したように頷いた。

肩の力が抜け、顔に穏やかな表情が戻る。

 

「……ありがとう、そう言ってもらえると……少し楽になるよ。」

 

彼は顔を上げ、アエロに視線を戻した。

 

「で、何を聞きたいんだ?俺に用があるって、カルロスから聞いたが?」

 

アエロはコップを軽く回しながら、静かに切り出した。

 

「以前、あなたが戦った……緑色の陸戦型ガンダムとの戦闘での、あなたの所感を聞きたいの。」

 

ボルクの目が見開かれ、驚きの色が濃く浮かぶ。

 

「緑の……陸戦型ガンダム?」

 

彼は一瞬、言葉を失う。

あの時の戦いの記憶が蘇るように、視線が遠くへ向かう。

 

「……あの機体か……。」

 

カルロスは椅子の背もたれに体を預けながら、アエロにはっきりと言った。

 

 

「お前が、あの緑のガンダムの戦闘データが欲しいって言った時は、正直驚いたぜ。しかも、見返りが定期的な物資支援と、今働いてる職場の口利きだなんて……破格の条件すぎる。」

 

アエロはコップを軽く回しながら、静かに答えた。

サングラス越しの瞳が、わずかに細められる。

 

「あの緑のガンダムと戦闘した部隊のほとんどは鎮圧されてしまって、戦闘データが入手できないのよ。入手できる情報はメディアやMSオタク達の情報しかないのよ。」

 

カルロスは頷き、机に置いた日本刀の柄に指を滑らせた。

 

「……確かに、あの緑のガンダムは強すぎる。奴に出会った部隊は、ほとんどが鎮圧されてしまう。しかも……出来る限り、パイロットを殺さないように機体の四肢や武器だけを破壊。何回かパイロットを殺しているが、その時は人質を取っていたり、民間人に被害を出さないようにするための、仕方のない状況の時しか、コックピットを狙わない。最初は舐めてるのかと思ったが……あれは、あのパイロットの信念に基づいた行動だな。まるで、それを『使命』としているように…まるで呪いだな」

 

 

アエロはソファーの背もたれに体を預けた。

 

「その噂は、私も耳にしているわ。切迫した状況でなければ、コックピットを狙わず。モビルスーツの四肢や武器を破壊して戦闘不能にし、パイロットを生かして逮捕する。……着いた二つ名は、『殺さずの狩人』。」

 

カルロスは苦笑いを浮かべ、視線を天井に向けた。

 

「あいつのせいで、ハノイ近辺や所属している基地のパトロール範囲での活動は極力控えてる。建造中のラサの連邦軍基地に運び込まれる物資や、間抜けなデリー基地の連中やその近辺の前哨基地の補給部隊しか、襲ってない。……あいつに出くわすと、部隊が壊滅するかもしれんからな。」

 

アエロはコップを机に置き、静かに頷いた。

 

「……だからこそ、あの緑のガンダムのデータが欲しかったの。そのパイロットが私達が探している、『オリオン小隊』のソウヤ・タカバだと思っているの。」

 

 

ボルクは呟くように言った。

 

「オリオン小隊?聞いたことがない部隊だな。」

 

カルロスも隣で眉を寄せ、首を軽く振った。

彼の表情は、ボルクと同じく「初耳」という色が濃かった。アエロは静かに頷き、金髪のポニーテールがわずかに揺れ、彼女は穏やかだが確かな声で説明を始めた。

 

「……連邦の公式記録上、存在しない部隊とされている小隊よ。秘匿性の高い任務に従事していたと思われるわ。私はクライアントから、そのパイロットと接触し、ある情報を聞き出すように依頼されたの。」

 

ボルクの顔が一瞬で強張った。

彼はソファーの背もたれに体を預けていた姿勢を正し、声にわずかな狼狽を滲ませて言った。

 

「……連邦の記録上に存在しないとされている部隊を、君はどうして知ってるんだ?それに……あなたの言い方だと、君は『存在している』と確信してるみたいだな。」

 

アエロは無言でスーツの内ポケットに手を入れ、一枚の新聞の切り抜きのコピーを取り出した。

彼女はそれをソファーの前のテーブルに静かに置いた。コピーされた新聞の見出しには、こう書かれていた。

 

 

『オデッサの新星 グアイマスを防衛する』

 

 

ボルクは怪訝そうな顔で切り抜きのコピーを手に取り、目を細めて記事を読み始めた。

 

『初実戦のオデッサ作戦で、ザク3機、グフ1機、ドム1機を撃破した連邦の期待の新星である「オデッサの新星」ことソウヤ・タカバ少尉は、ジャブローの精鋭部隊「オリオン小隊」に配属され、ジャブローではガウ攻撃空母を2隻も撃破。そして、グアイマスでも輝きました。グアイマス基地を強襲したズゴック3機のうち2機を撃破、基地を防衛しました。』

 

ボルクは読み終えると、切り抜きをテーブルに戻し、首を傾げた。

 

「……存在しないとされている部隊の名前が、新聞に堂々と載ってる……?どういうことだ?」

 

アエロは静かに答えた。

 

「……この記事が掲載された新聞は、ほとんどが軍に処分されたの。発行元も回収命令を受け、残ったのはごくわずかだけ。クライアントが独自のコネクションで手に入れたの。」

 

ボルクは切り抜きをもう一度見つめ、ゆっくりとコピーをテーブルに置いて言う。

 

「なるほどな。だから、あの緑のガンダムのパイロットが……オリオン小隊の生き残りだって、確信してるのか。」

 

アエロは小さく頷き、テーブルに置かれたコピーを指で軽く撫でた。

 

「そうよ。あの『殺さずの狩人』……ソウヤ・タカバが、私が追っているオリオン小隊のパイロットなの。」

 

 

カルロスは黙って二人の会話を聞いていたが、ようやく口を開いた。

 

「先生。お前があの緑のガンダムと戦った時のことを、詳しく話してくれないか。彼女は……それを聞きたがってる。」

 

ボルクは疲れた顔で天井を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……ああ。話すよ。あの時の……奴の戦い方を。」

 

ボルクは天井を見上げたまま、暫く黙って考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

蛍光灯のチカチカという音だけが響く中、彼はゆっくりと息を吐き、アエロに向き直った。

 

「……アイツと戦ったのは、二回だ。初戦は俺が勝ち、2回目は……負けた。」

 

アエロは身を乗り出し、真剣に耳を傾けた。

ボルクは遠くを見るように視線を逸らし、初戦を振り返った。

 

「ミノフスキー粒子が濃い中、音も気配も殺して接近したはずだった。なのに、グフが影から浮かび上がった瞬間、奴は振り向き、マシンガンを構える動きに一切の無駄がなかった。まるで最初から俺の位置を知っていたかのように。」

 

拳を軽く握り、指の関節が白くなるほど力を込める。

彼は目を細め、記憶の映像を追うように視線を宙に泳がせた。

 

「フェイントを織り交ぜて死角に潜り込もうとしても、奴は微妙に旋回して常にフレームの中心に俺を捉え続けた。普通のパイロットなら『反応』してるだけだが……こいつは俺の次の動きを『先読み』していた。死角を塞ぐタイミングが完璧すぎる。反応速度と予測能力が……異常だった。」

 

ボルクの声に、かすかな震えが混じる。

彼は無意識に左腕をさすり、あの時の感触を思い出すように指を曲げ伸ばした。

 

「頭部2門と胸部1門のバルカン3門を、ただの牽制小火器として使っていない。最小弾数で最大の『壁』を作っていた。俺の接近ルートを正確に予測して弾幕を張り巡らせる。普通なら近接に持ち込めば勝てると思って無駄撃ちするが、奴は違う。バルカンを戦術の要として機能させていた。……見事だと、称賛したよ。」

 

指先で机の端を軽く叩きながら、かつての戦闘音が耳の奥でよみがえるのを待つように首を傾げた。

 

「防御と距離管理も異常だった。左腕のショートシールドを巧みに傾け、俺のヒート・マチェットの連撃を受け流し続けていた。無茶な反撃はせず、常に『距離を取る』ことを優先。マシンガンで牽制しながら後退ステップを入れ、懐に入らせまいとする。グフの近接戦闘力を熟知した動きだった。」

 

ボルクはもう一度拳を握りしめ、声を低くした。

彼の瞳に、悔しさと敬意が同時に宿っていた。

 

「……俺がスラスター全開で詰めた時も、即座にシールドを立て直し、右脚のビームサーベル抜刀を試みた——ここまでは完璧だった。だが、ビームサーベルを抜こうとしたのが致命的なミスだった。武装を失った瞬間、連邦の標準教本通り『ビームサーベルに切り替える』パターンを選んだ。それは俺には予測しやすかった。だからこそ、左腕のガトリングをその瞬間に撃ち込んで、右脚を破壊し、戦闘不能まで追い込んだ。……あと一歩で仕留められたのに、邪魔されて撤退したがな。」

 

口元がわずかに歪み、目尻に細かな皺が寄る。

彼はゆっくりと拳を開き、手のひらを見つめた。

そこには、かつての戦場で握りしめた操縦桿の感触が、まだ残っているかのようだった。

 

「あれが初戦だった。……だが、あの時から感じていた。奴は『殺さない』ことを、どこかで守ろうとしている。それが……呪いみたいに…。」

 

ボルクは天井を見上げ、長い息を吐いた。

その吐息は、悔恨と、かすかな尊敬が入り混じった音だった。

アエロは静かに聞き終え、ゆっくりと頷いた。

瞳に深い興味と敬意が宿る。

 

「ボルクさん、とても参考になったわ。二戦目も良いかしら?」

 

「ああ、話すよ。でも……覚悟してくれ。あれは俺の負けだった。」

 

 

ボルクは天井を見上げながら、二戦目を語り始めた。

彼の指が無意識に左腕の袖を強く握り、布地がくしゃりと音を立てる。

 

「……奴は初戦の戦いを完璧に解析し、機体を改修して対策していた。全身を密林に溶け込むように深緑に塗り替えていた。前回、俺が勝った理由は接近戦に持ち込めたからだ。だから奴は『接近させない』ことを最優先に機体を弄った。長いリーチの五叉槍は、俺のマチェットの間合いを完全に外側から制圧しやがった。マチェットが届く距離まで肉薄しようとしたが、絶対に間合いに入れさせなかった。」

 

ボルクはそこで一度言葉を止め、喉の奥で何かを飲み込むように首を動かした。

自分の左手が、微かに震えているのに気づき、慌てて左拳を握り直す。

記憶の中のジャベリンの軌跡が、目の前で再び閃くようだった。

 

「……あのパイロット——ソウヤ・タカバは、俺の癖を全部覚えていた。死角の利用、フェイントのタイミング、接近時のパターン……全て対策済み。俺は必死に間合いを詰めようとした。だが毎回——ジャベリンが俺の進路を封鎖、…まるで斬撃の壁だったよ。もし、カルロスが『撤退』を指示していなければ……俺はまだ突っ込んでいたかもしれない。……全部、俺の戦い方を分析した結果だ。正直、称賛するしかない。普通の連邦パイロットなら、ここまで的確に研究できない。」

 

 

彼はそこで言葉を切り、ゆっくりと顔を下げた。

ボルクの唇がわずかに動き、声はほとんど囁きに近くなる。

 

「……全てを失った俺の憎悪すら、わずかに揺るがすほどの『戦士』だったよ。」

 

アエロは静かに聞き終え、ゆっくりと頷いた。

 

「ありがとう、ボルクさん。彼と戦った、あなたの貴重な話を聞けて、本当に良かったわ。」 

 

その瞳には深い興味と敬意が宿っていた。

外のホールから、兵士たちの作業音が遠く聞こえてくる。

 

 

 

 

 

カルロスはゆっくりとアエロに視線を戻し、

静かに尋ねた。

 

「なぜだ?クライアントはオリオン小隊に執着するんだ?あと、どうやって居場所を突き止めたんだ?」

 

アエロはコップを軽く回し、蛍光灯の光を反射させる水面を見つめた。

彼女は少し間を置いて、穏やかだが確かな声で答えた。

 

「居場所は、仲間のハッカーに連邦軍のサーバーをハッキングしてもらって調べてもらったわ。ジャブローから終戦までの足取りまでは軍に厳重に管理されていて、手に入れられなかった。でも、終戦後のルナツーからコジマ大隊への異動記録と、地球に降下する時のシャトルの搭乗名簿で……コジマ大隊基地に異動したことまでは、分かったの。」

 

カルロスは眉を軽く上げ、首を傾げた。

 

「そんな凄腕のハッカーがいるなら、軍のサーバーに直接ハッキングして、そのデータを入手すればいいだろう?オリオン小隊の記録を丸ごと持ってくれば済む話だ。」

 

アエロは小さく溜め息を吐き、首を振った。

 

 

「それが最短ルートだけど、オリオン小隊に関する戦闘記録や人事情報はかなり改竄されていて、厳重に管理されているの。さらに……かなりヤバイ人物が関わっているから、承認権限キーのアクセスログを見たハッカーが手を引くほどだったわ。彼女は以前、連邦軍に捕まって、連邦の懲罰部隊に入れさせられた経歴があるのよ。依頼主もバックの人物の名前を知って、拉致を諦める程だから…。」

 

 

カルロスは低く唸るように息を吐き、視線を天井に向けた。

 

「……じゃあ、俺たちのクライアントがご執心になる理由は?オリオン小隊に、何があるんだ?」

 

アエロは暫く間を置いた。

コップの水面に映る自分の顔を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

 

「……オリオン小隊が、ニュータイプ研究機関のフラナガン機関を追っていたの。クライアントはニュータイプにご執心だから……フラナガン機関を追っていたオリオン小隊の関係者に接触したいからよ。」

 

カルロスは一瞬、目を細めた。

日本刀の柄を握る手が、わずかに力を込める。

 

「……ニュータイプか……。」

 

彼は低く呟き、疲れた笑みを浮かべた。

 

「あの戦争で、みんなが追い求めた『幻』…。そんな物を求めているのか、あの人は……。」

 

アエロはコップをテーブルに置き、静かに頷いた。

 

「……そうよ。だからこそ、ソウヤ・タカバの居場所を突き止めた。彼は、フラナガン博士とジル・ペロー博士の行方を知っているかもしれないから。」

 

埃っぽい空気が重く淀み、時折、天井の換気ダクトから湿った風が漏れ出る音がする。

カルロスは肘を机に突き、顎を乗せるようにして体を前に傾けていた。

日本刀の柄の頭を指先で軽く叩きながら、アエロの方へ顔を向けた。

 

「で、なぜだ?クライアントはなぜ、そんなにニュータイプに執着してるんだ?」

 

アエロはコップの縁を指でなぞり、視線を落としたまま静かに答えた。

 

「それは……クライアントは教えてくれなかったわ。用心深い人で、私も直接会ったのは一度きり。それ以上は知らされていないのよ。」

 

カルロスは短く息を吐き、机の上で指を組んだ。

大きなコネクションに頼って部下を食わせるために手を結んだはずだったが、今になって後悔がじわじわと胸に広がる。

 

「……ったく。俺はただ、この部隊を維持したかっただけなんだがな…。なのに、こんな面倒臭い相手とは、知らなかったぜ……。後悔するぜ、本当に。」

 

ボルクが疲れた声で口を挟んだ。

 

「誰だ?誰と手を組んだんだ、カルロス。」

 

カルロスは一瞬黙り、刀の柄を握る手に力を入れた。

ゆっくりと顔を上げ、ボルクを真っ直ぐ見据える。

 

「先生には言う。だが、他の奴には絶対に言わないでくれよ。口外したら……俺たちの部隊が終わる。」

 

ボルクはカルロスとアエロの顔を交互に見た。

二人はどちらも、冗談抜きの真剣な表情でこちらを見つめ返している。

ボルクは喉を鳴らし、ゆっくり頷いた。

 

「……分かった。決して口外しない。約束する。」

 

カルロスは小さく息を吐き、声を落とした。

 

「……ルオ商会だ。」

 

執務室に、重い静けさが落ちた。

照明の青白い光だけが、三人の顔を淡く照らし続ける。

ボルクの目が見開かれ、疲れた顔に驚きが広がる。

 

「……ルオ商会……?ニューホンコンを牛耳ってる、あの……。」

 

カルロスは苦笑いを浮かべ、肘を机から離して背もたれに体を預けた。

 

「ああ。地球連邦政府とも裏で繋がってるシンジケートさ。俺たちは情報提供の見返りに補給物資の援助と交ルオ商会の面倒事をすることを条件に手を結んだ。だが……ニュータイプに執着してる理由が分からねえ以上、俺たちはただの使い走りだ。」

 

アエロは静かに視線をカルロスに向けた。

 

「それでも、私たちは動くしかないわ。クライアントが何を求めているのか……。ソウヤ・タカバに会って、直接聞くしかないのよ。」

 

執務室の空気が重く淀んだまま、三人はしばらく無言で座っていた。

カルロスは机の上で指を組み、溜め息を吐いた。

それから、顔を上げて口を開く。

 

「まあ、ウジウジと考えていても、何も前進しねえよ。引き受けたからには、こっちも筋を通すしかないだろ。」

 

アエロは小さく頷き、視線をカルロスに合わせた。

 

「……ええ、そうね。約束した以上、逃げるわけにはいかないわ。」

 

ボルクは肩を落とし、くたびれた制服の袖を軽く払い、疲れた声で呟く。

 

「……俺も、面倒なことに巻き込まれたな。もう観念するしかないな。」

 

カルロスは苦笑いを浮かべ、ボルクとアエロを交互に見た。

 

「渡す物は渡したし、ボルクの所感も聞かせた。これで約束は果たしたってことでいいだろ?」

 

アエロは軽く頭を下げ、穏やかな声で言った。

 

「ありがとう、カルロス。ボルクさんも。本当に助かったわ。」

 

ボルクは首を軽く振って、口元に薄い笑みを浮かべた。

 

「……いや、こっちこそ。あの時の緑のガンダムのパイロットのことを、ようやく知れたんだ。良かったよ。」

 

アエロは柔らかく微笑み、静かに返した。

 

「どういたしまして。」

 

すると、アエロは何かを思い出したように、カルロスに視線を移した。

 

「……そういえば。今度、地球に降りてきた若手の佐官の作戦に参加するの?」

 

カルロスは面倒臭そうに鼻を鳴らし、椅子の背もたれに体を預けた。

 

「一応は参加するよ。ただし、囮の囮だ。利用させてもらうつもりさ。」

 

アエロは少し眉を寄せ、不服そうな表情を浮かべた。

 

「……コロニー落としよりはピンポイントで狙えるから、被害は少ないけど……私はあの作戦、好きになれないわ。」

 

カルロスは同意するように頷き、声を低くした。

 

「ああ、俺もだ。過激な奴らのガス抜きとしては丁度いい作戦だよ。俺たちはそれを利用して、補給基地の貴重な機体と……探し物を探させてもらう。」

 

アエロは目を細め、カルロスをじっと見つめた。

 

「まだ探してるの?『ギニアス・サハリンの遺産』を…。」

 

カルロスは小さく笑い、肯定した。

 

「ああ。あの若手の佐官の『水天の涙作戦』に乗じて、俺は『ギニアス・サハリンの遺産』を探し出す。そのために、地上に残ってる機動偵察隊と施設部隊と合流する予定だ。」

 

アエロはコップをテーブルに置き、軽く体を起こした。

 

「……今日はもう遅いわね。私、トラックに戻って少し眠るわ。ここまで来るのに疲れたみたい。」

 

ボルクもソファーからゆっくり立ち上がり、くたびれた制服の裾を軽く払った。

疲れた目で二人を見回し、静かに言った。

 

「……俺も、自分の寝床に戻るよ。今日は色々と思い出したからな……少し休みたい。」

 

カルロスは椅子に座ったまま、軽く手を上げた。

 

「ああ、ゆっくり休んでくれ。明日の朝、また顔合わせよう。」

 

アエロはカルロスに軽く会釈し、ボルクと並んで執務室のドアに向かった。

ドアが軋む音を立てて開き、二人の足音が廊下に遠ざかっていく。

アエロのスニーカーがコンクリートを軽く叩く音、ボルクのブーツが重く響く音が徐々に小さくなり、消えた。

扉が閉まると、執務室にはカルロス一人だけが残った。

彼は机に肘を突き、顎を乗せて天井を見上げた。

蛍光灯の青白い光が、静かに彼の褐色の顔を照らす。

ボルクは地下通路を歩いていた。

コンクリートの壁に沿って、蛍光灯の間隔がまばらな廊下を進む。

足音が反響し、時折換気ダクトから湿った風が顔に当たる。

彼は自分の寝床——簡素なベッドと仕切りだけの狭い区画——に辿り着き、ドアを閉めた。

ベッドに腰を下ろし、くたびれた制服の襟を緩めながら、ゆっくりと息を吐く。

 

「……ソウヤ・タカバ、か。」

 

ボルクは壁に背を預け、目を閉じた。

あの緑色の陸戦型ガンダムの姿が、脳裏に鮮やかに浮かぶ。

初戦で勝ち、二戦目で負けた記憶。

先読みされる死角、バルカンの壁、距離を保つ完璧な管理。

そして、何より——コックピットを狙わない信念。

 

「……名前を知っただけでも、悪くない。」

 

彼は小さく笑い、目を開けた。

疲れた瞳に、静かな決意が宿る。

 

「いずれは……決着をつける。俺の負けを、ちゃんと清算してやるよ。」

 

ボルクはベッドに横になり、薄い毛布を体にかけた。

地下の冷たい空気が肌を撫でる中、彼は静かに目を閉じた。

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
さて、ここからは宇宙世紀0081年の話になります!
0081年と言えば、PS3の「機動戦士ガンダム戦記」に関わる年です。
ソウヤと第4小隊が、「水天の涙作戦」にどう関わるか、おたのしみに~♪
感想など、気軽に書いてください!
皆様の感想が本当に読むのが楽しみで、話を作る原動力になっています。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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