機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第64話 幻影の掃討者と切り裂き魔【1】

高度8000メートル、ミデア輸送機は安定した巡航を続けていた。

眼下には雲の絨毯が広がり、その隙間からインドシナ半島の濃い緑が時折覗く。

機体はほとんど揺れず、安定した巡航を続けている。

コックピットではパイロットが無言で計器を監視し、貨物室の照明だけが淡く点灯していた。

貨物室の一角、簡易ベンチが並ぶ区画に第4小隊の面々が集まっていた。

ソウヤとエミリアは立ったまま。

サンダース、ジョシュア、ノアはベンチに腰を下ろし、エミリアが先ほど渡した資料に目を落としている。

資料は薄いファイルで、表紙には「地球上各地のジオン残党動向」と書かれていた。

エミリアは皆に資料が行き渡ったのを確認すると、静かに説明を始めた。

彼女の声は穏やかだが、どこか緊張を帯びている。

 

「ここ最近、各地でジオン残党の動きが活発になっています。特に先月の6月1日、アフリカ大陸で行われた『砂漠の風作戦』……残党拠点の一掃を目的とした大規模掃討作戦でしたが、失敗に終わりました。」

 

ノアが資料から顔を上げ、眉をひそめた。「失敗? 敵に事前にバレてたってことか?」

 

エミリアは小さく頷いた。

 

「ええ。どうやら連邦内部にスパイがいて、作戦の詳細が筒抜けだった可能性が高いそうです。」

 

ノアは舌打ちを漏らした。

 

「……戦争終わってんのに、まだそんなのがいるのかよ。クソが。」

 

エミリアは資料をめくり、次のページを指差した。

 

「そしてその数週間後、オデッサ基地でさらに大きな事件が起きました。稼働実験中だった一年戦争時の試作機……『イフリート・ナハト』が、残党に強奪されたんです。」

 

その名前を聞いた瞬間、ソウヤの表情がわずかに変わった。

資料の写真——黒紫色の装甲に覆われた、夜の闇に溶け込むような機体『イフリート・ナハト』を見つめながら、一年戦争の時の記憶を辿った。

 

オデッサ作戦——

 

ヒルダの生体ユニットが搭載されたグフを倒した後、今は亡きオルグレン少佐とヤザンと臨時の小隊を組み、敵の工場プラント制圧のためにプラントに突入した。

そこで忍者グフと遭遇し、激闘の末に退けた。

その直後、オルグレン少佐とヤザンが倉庫の奥で発見した機体——組み立て途中で放棄されていた『イフリート・ナハト』だ。

 

「……アイツか。」

 

サンダースが太い腕を組み、低く唸るように聞いた。

 

「イフリート・ナハト……確か、一年戦争時にマ・クベが開発に関わった機体だな。ステルス性能とジャミング機能が相当ヤバいと聞くが、実際どれくらいだ?」

 

エミリアは資料を読み上げながら答えた。

 

「報告書によると、通信がほぼ完全にノイズ化され、レーダーやセンサーによる探知を大幅に無効化するそうです。

複数の部隊が『突然、目の前に現れた』と証言しています。」

 

ソウヤは資料の写真を指で軽く叩き、静かに付け加えた。

 

「俺は一年戦争の頃、同系統のステルス技術を使った忍者グフと戦ったことがある。

レーダーも警告音も一切反応しない。頼れるのは自分の目と耳、体で感じる振動だけだった。」

 

ジョシュアが顔をしかめ、声を低くした。

 

「……それって、密林の中で奇襲されたら一瞬で終わるんじゃないですか。俺のキャノンじゃ、まず反応すらできなさそうだ。」

 

ノアは資料を乱暴に膝に置き、苛立たしげに吐き捨てた。

 

「はぁ? そんなチートみたいな機体が残党の手に落ちたってマジかよ……面倒くせえことになったな、本当に。」

 

サンダースは巨体をわずかに前傾させ、重い声で言った。

 

「……密林が主戦場だ。奇襲された瞬間に勝負が決まる可能性が高い。これは、ただの残党掃討じゃ済まないかもしれないな。」

 

エミリアはサンダースの発言に静かに頷き、資料をもう一枚めくった。

 

「サンダース軍曹のおっしゃる通りです。今回の東南アジア圏内のジオン残党掃討作戦は、ただの掃討作戦ではありません。」

 

サンダースが太い腕を組み直し、低く尋ねた。

 

「どういうことだ?」

 

エミリアは皆の視線を集め、落ち着いた声で続けた。

 

「オデッサの事件の後、イギリス沿岸部のベルファスト軍事工業地帯に、ジオン残党の水陸両用MSによる襲撃がありました。この襲撃により、備蓄されていた大量の武器弾薬と補給物資が強奪されたんです。」

 

ジョシュアが資料から顔を上げ、眉を寄せた。

 

「ベルファスト……? あそこは連邦の重要工業地帯じゃなかったですか?そんな場所を襲えるなんて、相当大規模な残党部隊だったんですね……。」

 

エミリアは頷き、説明を続けた。

 

「ええ。その後、強奪された物資の流れを追跡したところ……盗まれた武器弾薬の多くが、インドシナ半島の奥深くにあるジオン残党の秘密基地に運び込まれていたことが判明しました。」

 

ノアは苛立たしげに舌を鳴らした。

 

「…チッ…秘密基地に運び込まれてるって……マジかよ。」

 

エミリアは小さく頷き、続けた。

 

「しかも、この秘密基地にはアジア圏内各地からジオン残党が集結しつつあるようです。

補給を頼りに大規模な戦力が結集している……連邦上層部は事の重大さを重く見て、ゴドウィン・ダレル准将が新たに創設した特務遊撃部隊『ファントムスイープ隊』を派遣することを決定しました。」

 

 

貨物室に一瞬、重い沈黙が落ちた。

エンジンの低い唸りだけが、静かに響いている。

ノアが苛立たしげに言った。

 

「つまり……ベルファストで強奪された物資が、俺たちの行く先の残党に回ってるってことかよ。

ますます面倒くせえな。」

 

サンダースは低く唸るように息を吐き、腕を組んだまま言った。

 

「物資だけでなく、イフリート・ナハトやアジア圏内のジオン残党まで集まったら……

ただの残党じゃ済まない規模の戦力になる可能性が高いな。」

 

ソウヤは黙って資料の写真を見つめていたが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……連邦が本腰を入れて掃討にかかるってことは、相当ヤバい状況なんだろう。

俺たちはその掃討の『切り札』として呼ばれた……そういうことだな。」

 

エミリアは小さく頷き、ファイルの端を指で軽く押さえた。

 

「はい。ファントムスイープ隊の派遣が決まったことで、ハドソン少将はこれ以上失態を犯せない状況に追い込まれました。だからこそ、私たちに独自行動の権限を手配してくれたんだと思います。」

 

 

ジョシュアが少し不安げに言った。

 

「独自行動が許されるのはありがたいですけど……

正直、イフリート・ナハトが出てきたら、かなり厳しい戦いになりそうですね……」

 

ノアは鼻を鳴らし、口の端を歪めた。

 

「厳しいも何も、来るなら来いだろ。うちの隊長が相手だなんて、残党どもも運が悪いぜ。」

 

ソウヤは三人の顔を順番に見回し、静かにしかしはっきりと言った。

 

「油断するな。相手はステルス機を持っている。

しかも大規模な戦力が集結している。俺たちの強みは『殺さない』ことじゃない。『生きて帰る』ことだ。それだけは、絶対に忘れるな。」

 

すると、スピーカーから機内アナウンスが流れた。

 

「あと数十分でデリー基地に到着します。

全隊員は着陸準備をお願いします。」

 

 

ソウヤはすでに立ったまま、隊員たちを見回した。

貨物室の淡い照明の下、低く、しかしはっきりとした声で指示を出した。

 

「デリー基地に到着したら、ミデアから機体とコンテナをすぐに運び出すように。

いつでも出撃できる状態にしておくんだ。

固定ベルトの解除、弾薬の最終確認、ホバートラックの始動チェック……すべて迅速に頼む。」

 

サンダース、ジョシュア、ノア、エミリアの4人は、ソウヤに向かって敬礼した。

 

「了解です!」

 

ソウヤも軽く敬礼を返し、短く締めくくった。

 

「各自、行動開始。」

 

4人は即座に動き出した。

サンダースとノアは貨物室の奥へ向かい、ホバートラックの固定ベルトを確認し始める。

ジョシュアは自分のジム・キャノンの足元に移動し、発煙弾発射機の最終チェックに入った。

エミリアはクリアファイルを抱え直し、着陸後の書類手続きの準備を始めた。

ソウヤは3機のモビルスーツをじっと見つめ、静かに息を吐いた。

ミデアのエンジン音がわずかに変化し、機体がゆっくりと降下を始めているのが分かる。

窓の外では、雲の隙間からインドシナ半島の緑が徐々に大きくなってきた。

 

 

 

 

 

 

ミデア輸送機が高度を下げていくと、デリー基地の全貌が眼下に広がった。

その規模はコジマ大隊基地とは比べ物にならないほど圧倒的だった。

4本の長い滑走路が平行に並び、戦闘機や大型輸送機用の巨大な格納庫が無数に建ち並んでいる。

基地中央には、モビルスーツ専用の巨大施設が広がり、48機ものモビルスーツが常時運用可能なハンガーが整然と並んでいた。

モビルスーツ小隊だけで16個小隊が配備されており、それぞれに専用の整備エリアと即時出撃用の待機スペースが確保されている。

主要道路や格納庫周辺は完全にアスファルトで舗装され、雨季のぬかるみなど微塵も感じさせない。

大型クレーンや自動搬送システム、弾薬の迅速補給設備が完備され、基地全体が機械的に効率化されていた。

滑走路の端には、既に複数のモビルスーツが整列待機しており、整備兵たちが慌ただしく動き回っている。

遠くでは戦闘機の離陸準備音が響き、管制塔の無線が途切れることなく飛び交っていた。

ミデアが着陸態勢に入ると、管制塔から無線が流れてきた。

 

『ミデア輸送機、滑走路3番に着陸許可。コジマ大隊第4小隊、ようこそデリー基地へ。』

 

ソウヤは貨物室の小さな窓から基地を見下ろし、エミリアが隣で呟いた。

 

「……本当に、規模が違いますね。」

 

ソウヤは小さく頷いた。

 

「ああ、これだけの規模だ。施設もMSの配備数も桁違いだな。」

 

ミデアの車輪が滑走路に接地し、減速しながら滑る感触が機体全体に伝わってきた。

車輪がアスファルトを強く叩き、強い減速Gが機体全体を震わせる。

タイヤが水膜を弾き、細かな水しぶきが翼の下で舞った。

エンジンの逆推力が唸りを上げ、機体は徐々に速度を落としながら滑走路を進んでいく。

着陸を終えたミデアは管制塔の指示に従い、誘導路を移動し始めた。

巨大な機体が低速で滑る様子は、まるで巨獣がゆっくりと歩みを進めるようだった。

やがて指定の待機スペースに到着し、エンジンが徐々に回転を落とす。

 

「着陸完了。貨物ハッチを開きます。」

 

機長のアナウンスが響くと同時に、貨物室の巨大な後部ハッチが油圧音を立ててゆっくりと開き始めた。

明るい日差しと湿った外気が一気に流れ込み、内部の淡い照明が薄まる。

整備兵たちが即座に動き出した。

まず、機体とコンテナを固定していた太いベルトやワイヤーを外していく。

金属のバックルが外れるカチカチという音が連続し、整備員の声が飛び交う。

 

「ホバートラック、固定解除!

発進いいぞ!」

 

ホバートラックが最初に動き出した。

低く唸るモーター音を響かせながら、ゆっくりと貨物ハッチのスロープを下りていく。

運転席にはノア伍長が、助手席にはエミリア准尉が搭乗していた。

ノアはハンドルを握り、苛立たしげに前方を睨みながらホバートラックを誘導路へ進めた。

次に、牽引車がモビルスーツの牽引を始めた。

まずスライフレイルがゆっくりと引き出され、続いて陸戦型ガンダム、ジム・キャノンが貨物室から姿を現す。

3機はスロープを慎重に降り、待機スペースのコンクリート上に整列した。

ソウヤはスライフレイルの足元に近づき、牽引用ケーブルに足をかけてコックピットへ上がった。

サンダースとジョシュアもそれぞれ自分の機体に乗り込み、ハッチを閉める。

コックピット内の照明が点灯し、メインカメラが赤と紫の光を灯した。

ソウヤは操縦席に座り、システムを起動させながら低く呟いた。

 

「……スライフレイル、行くよ。」

 

スライフレイル、陸戦型ガンダム、ジム・キャノンの3機は同時に関節の金属音を響かせながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

ソウヤは操縦席でシステムを素早く確認し、静かに頷いた。

 

「……異常なし。」

 

通信機からすぐにサンダースとジョシュアの声が入った。

 

「こちらサンダース。機体状態、問題ありません。」

 

「ジョシュアです。こちらも異常なし。いつでも動けます。」

 

その直後、管制塔からの指示がスピーカー越しに響いた。

 

「コジマ大隊第4小隊、指定された滑走路近くの第7格納庫へ移動せよ。

繰り返す、第7格納庫へ移動。」

 

ソウヤは通信機のスイッチを入れ、落ち着いた声で管制塔の応答と小隊に指示を出した。

 

「了解した、第7格納庫へ移動する。全員聞いたな?

第7格納庫に移動だ、ホバートラックを先頭に移動開始。」

 

「了解!」

4人から同時に返事が返ってきた。

ノアが運転するホバートラックが低く浮上し、先頭に立って動き出した。

その後ろを、ソウヤのスライフレイル、サンダースの陸戦型ガンダム、ジョシュアのジム・キャノンが追従する。

3機のモビルスーツの重い足音がアスファルトを震わせ、指定された格納庫に進んだ。

やがて指定された第7格納庫に到着した。

コジマ大隊基地のような鉄パイプで組まれた簡易ハンガーとは明らかに違う、しっかりとしたコンクリートと鋼鉄で造られた大型モビルスーツハンガーだった。

天井は高く、複数の大型クレーンと精密整備設備が整然と並び、即時出撃に対応できる態勢が整っている。

先に入ったノアのホバートラックは格納庫内の空いたスペースに滑るように駐車した。

続いて3機のモビルスーツがハンガー内に身を委ね、それぞれの指定位置に固定されていく。

太い固定アームが脚部と胴体をしっかりとホールドし、カチリという重いロック音が響いた。

ソウヤはコックピット内でシステムをシャットダウンしながら、低く息を吐いた。

 

「……ここがデリー基地か。」

 

エミリアの声が通信機越しに穏やかに入ってきた。

 

「隊長、無事到着しましたね。

これからどうしますか?」

 

ソウヤはハンガーの天井を見上げ、静かに答えた。

 

「まずは機体の最終チェックだ。ハドソン少将からの連絡が来るまで、いつでも動けるようにしておこう。」

 

第7格納庫内は、到着したばかりの喧騒に包まれ始めた。

ミデア輸送機の貨物ハッチから降ろされた武器弾薬のコンテナが次々とフォークリフトや整備員の手によって運び込まれていく。

重い金属のコンテナが床に置かれるたび、低い衝撃音が響き、整備員たちの声が飛び交った。

 

「弾薬コンテナ、こっちへ!

医療キットは左側のラックにまとめてくれ!」

 

ソウヤはスライフレイルの足元に立ち、運ばれてくるコンテナを一つ一つ確認していた。

隣ではエミリアがクリアファイルを広げ、受け取り書類に素早くチェックを入れていく。

サンダースは陸戦型ガンダムの駆動部を点検しながら、コンテナの内容を目視で確かめ、ジョシュアはジム・キャノンの肩部キャノンに装填予定の砲弾のコンテナを指差して整備員に指示を出す。

ノアはホバートラックの荷台に腰掛け、運び込まれるコンテナの数を指で数えていた。

格納庫の空気は鉄と油の匂いに満ち、複数の工具音とフォークリフトのモーター音が絶え間なく響く。

コンテナが次々と積み上げられ、必要な弾薬や予備パーツが整理されていく様子は、戦場へ向かう準備そのものだった。

エミリアが書類から顔を上げ、穏やかな声でソウヤに声をかけた。

 

「隊長、弾薬と医療キットの数量は合っています。

機体のメンテナンスも予定通り進んでいますよ。」

 

ソウヤは小さく頷き、隊員たちを見回した。

 

「引き続き確認を頼む、ここはコジマとは違うからな…。」

 

格納庫の外で重いエンジン音が響く。

新しく到着したもう1機のミデアが、滑走路に滑るように着陸していく。

車輪がアスファルトを叩き、雨上がりの水しぶきを軽く上げながら減速した。

第7格納庫内では、作業がどんどん進んでいた。

運び込まれた武器弾薬のコンテナが整然と積み上げられ、固定作業が次々と完了していく。

サンダースとノアはコンテナの最終確認を、ジョシュアはジム・キャノンの装備の調整を、ソウヤはスライフレイルのシステムチェックをそれぞれ進めていた。

整備員たちの工具音と声が飛び交い、格納庫全体が活気づいている。

やがて、最後のコンテナが固定され、整備班長が大きな声で報告した。

 

「全コンテナの整理と固定、完了です!」

 

整備班長の報告を聞いたソウヤは、隊員たちに向かって静かに指示を出した。

 

「よし、到着報告と書類提出が終わるまで、第4小隊は格納庫内で待機する。各自、機体の最終チェックを続けてくれ。」

 

そう言い終えると、ソウヤはスライフレイルの足元から離れ、エミリアの方へ歩み寄った。

エミリアはクリアファイルをしっかり抱え、すでに準備を終えていた。

 

「エミリア、司令部のハドソン少将に到着報告と提出書類を持って行こう。」

 

エミリアはすぐに頷いた。

 

「了解です、隊長。」

 

ソウヤとエミリアが格納庫の出口に向かって歩き始めようとした時、不意にノアの驚いた声が響いた。

 

「なんだ、あの機体!?」

 

二人はハッとしてノアの方を振り向いた。

ノアは先ほど着陸したミデア輸送機のコンテナから降ろされている機体を指差して、目を丸くしていた。

その機体は一見するとジムのような外見をしていたが、

ジムよりも一回り大きく、がっしりとしたプロポーション。

頭部のゴーグル・アイの奥に、ツインアイが透けて見えていた。

ソウヤはその機体をじっと見つめ、胸の奥でわずかにざわめきを感じた。

かつて自分が宇宙で駆った愛機――ペイルライダー・マスケッティアに、何処となく似ている気がした。

ソウヤはその機体をじっと凝視した。

胴体、腕部、脚部はオーガスタ製モビルスーツ特有の精密で緻密な造形をしている。

しかし頭部は左右にダクトやセンサー、通信アンテナが複雑に配置され、横にボリュームのあったペイルライダーとは違い、ほっそりとスマートな印象だった。

すると、ソウヤの隣に立っていたエミリアが思わず声を上げた。

 

「ジーライン……!?完成していたの!?」

 

エミリアの声が珍しく大きく震えていた。

彼女は目を見開き、口元を手で覆い、信じられないといった表情でその機体を見つめている。

普段の落ち着いた彼女からは想像もつかないほどの驚愕ぶりだった。

ソウヤは素早くエミリアの方を振り向いた。

 

「……エミリア、あの機体を知っているのか?」

 

エミリアはハッとして我に返り、慌てて頷いた。

まだ興奮が冷めやらぬ様子で、早口気味に説明を始めた。

 

「はい……あれはジーラインです。ガンダムの完全量産を目指して作られた試作型モビルスーツで、初期の設計プランでは主に格闘戦性能の向上を目的としていました。でも、FSWS計画による増加ウェポンシステムを採用する方向にシフトして、様々な戦局に対応できるように設計された機体なんです。一年戦争末期から極秘で開発が進められていたんですが……開発が難航して頓挫したと聞いていたんですが……」

 

ソウヤはエミリアの横顔をじっと見ながら、静かに尋ねた。

 

「エミリアは詳しいな。どこでその情報を?」

 

エミリアは少し照れたように目を伏せ、クリアファイルを軽く握りしめた。

 

「……以前、所属してい部隊で開発資料を見たことがあるんです。

当時はまだ試作段階のデータしかなくて、完成形は存在しないって聞かされていましたから……

まさか実機がここに……」

 

ソウヤは再びその機体に視線を戻し、低く呟いた。

 

 

「……なるほど、ガンダムの量産型を目指した機体だったか。面白いな……」

 

エミリアはまだ興奮を抑えきれず、目を輝かせたまま小さく拳を握りしめた。

 

「本当に……信じられないです。」

 

ソウヤは軽く頷き、視線をジーラインからエミリアに戻した。

 

「とりあえず、司令部に到着報告と提出書類を持って行こう。相手はハドソン少将だ、少しでも遅れたら、何をされるか分からないからな。」

 

エミリアはすぐに表情を引き締め、クリアファイルを胸に抱え直した。

 

「はい、隊長。了解です。」

 

二人は格納庫の出口に向かって歩き始めた。

背後では、サンダース、ジョシュア、ノアの三人がジーラインを見ながら、声を潜めながら話し合っていた。

 

「すげえな……エミリア准尉が言ってたけど、ガンダムの完全量産機かー。」

 

ジョシュアが興奮気味に言った。

 

サンダースは太い腕を組み、低く唸るように答える。

 

「そうみたいだな。通常のジムや陸戦型とは違うフレームを使ってるみたいだが、肩や脚部に配置されたアポジーモーターやスラスターを見る限り、本当にそうみたいだな。」

 

ノアはまだ目を細めたまま、苛立たしげに舌を鳴らした。

 

「チッ……そんな良い機体を持っているてことは、さぞかしボンボンの部隊なんだろうぜ。ああ、羨ましいぜ。」

 

ソウヤとエミリアは格納庫の出口に向かって歩き始めた。

格納庫を出ると、デリー基地の広い通路が広がっており、

 

2人は通路を並んで歩きながら司令部ビルを目指した。

 

エミリアは少し声を潜め、しかし目を輝かせて言った。

 

「隊長……あのジーライン、本当に完成していたんですね!

実機を見られるなんて……夢みたいです。

ガンダムの完全量産を目指した機体をこんな形で見れるなんて……」

 

ソウヤは前を見据えたまま、低く答えた。

 

「ああ。

エミリアはモビルスーツには本当に詳しいな。好きなんだろう?」

 

エミリアは頰を少し赤らめ、照れくさそうに微笑んだ。

 

「はい。モビルスーツの機体や戦術はまだまだ未開拓の分野で、更なる発展性があると思っています。

だからこそ、ジーラインの実機を見た瞬間、胸が熱くなってしまって……」

 

ソウヤは小さく頷き、静かに続けた。

 

「気持ちはわかるよ。俺も新しい機体とか好きだからな。

だが、今はあの機体よりも、ハドソン少将に顔を合わせることだ。

また、俺たち全員が囮にされるのは勘弁だからな。

気は抜くなよ、エミリア。」

 

エミリアは表情を引き締め、真剣な瞳で答えた。

 

「はい……気をつけます、隊長。」

 

二人は司令部ビルを目指して、基地の広い通路を足早に進んでいった。

 

 

 

 

 

デリー基地の司令室は、基地の規模に相応しい豪華さだった。

広い部屋の中央には、立派なマホガニー製の巨大なデスクと高級な革張りの椅子が置かれ、壁際には重厚な書棚と飾り棚が並んでいる。

テーブルには上質なティーセットが用意され、奥のソファーセットは来客用の応接スペースとして、柔らかい革張りで統一されていた。

一年戦争後の連邦軍基地とは思えないほどの調度品の数々が、司令官の権威と権力を象徴するように配置されていた。

ドアが開くと、ハドソン少将が立ち上がり、満面の笑みを浮かべて二人を出迎えた。

 

「おお、コジマ大隊のタカバ中尉とドットナー准尉だな。よく来てくれた。遠路はるばる、ご苦労だった。」

 

ハドソン少将は恰幅の良い体躯を揺らし、丁重に頭を下げて握手を求めてきた。

その笑顔は温厚で、言葉遣いも丁寧だった。

ソウヤとエミリアは内心で同時に強い違和感を覚えた。

 

(……前回は俺たちを平気で囮にしようとした男が、こんなに丁重に?)

 

ソウヤは表情を崩さず、静かに頭を下げた。

 

「コジマ大隊第4小隊、タカバ中尉です。到着いたしました。」

 

ハドソン少将は満足げに頷き、手を大きく広げてソファーを示した。

 

「さあ、堅苦しいのは抜きにして、こちらに座ってくれ。ゆっくり話そうではないか。」

 

ソウヤとエミリアは促されるままにソファーに腰を下ろした。

座り心地の良い革の感触が、逆に二人の警戒心を刺激した。ソウヤは内心で冷ややかに思った。

 

 

(この狸爺め……)

 

本来なら、あの作戦だけで軍法会議ものだったはずだ。

ミノフスキー粒子を散布して外部との連絡を故意に絶ち、支援を一切せず安全圏で待機していた。

それはまだ、なんとか言い訳できるかもしれない。

だが、コジマ中佐が直接ジャブローに戦闘データのログを送られたのに、未だにデリー基地の司令官で少将の階級を維持している。

もし、あの時に死者が出ていたら、間違いなく指揮権剥奪・降格・退役勧告の対象だった。

 

流石は一年戦争の争乱の中で、ここまで登り詰めてきただけはある。

ハドソン少将はデスクの向こうからにこやかに二人を見つめ、満足そうに頷いた。

 

「さて、まずはゆっくり休んでくれ。君たちには、今回の作戦で大いに期待しているからな。」

 

ソウヤは静かに少将の顔を見つめ返しながら、内心で小さく舌打ちを飲み込んだ。

ハドソン少将は満足げに頷き、ソウヤに向かって言った。

 

「タカバ中尉、君のことはよく聞いているぞ。『殺さずの狩人』……いや、コジマの第4小隊全体が『コジマの第4』と畏怖されているそうだな。デリー基地でも、君たちの活躍は耳にしている。本当に頼もしい限りだ。」

 

ソウヤは苦笑いを浮かべ、軽く頭を下げた。

 

「恐れ入ります。ただの噂に過ぎません。」

 

エミリアも隣で小さく苦笑いを浮かべ、視線を落とした。

ハドソン少将は身を乗り出すようにして、声を少し低くした。

 

「そんな謙遜はいい。君たちの力を再び借りたいのだ。

ゴドウィン・ダレル准将が派遣した特務遊撃部隊『ファントムスイープ隊』以上の働きをしてくれ。東南アジア方面軍の精強さを、存分に見せつけて欲しいのだ。」

 

その言葉を聞いた瞬間、ソウヤはすべてを察した。

 

(前回の失態が、上層部にしっかりバレているな……)

 

ゴドウィン・ダレル准将直属の特務遊撃部隊『ファントムスイープ隊』が派遣されたということは、

ハドソン少将の上に「上位監視役」が付いているということだ。

自分の失態をカバーするために、上から押し付けられた監視役であり、

管轄内で失敗すれば即座に「無能」の烙印を押される状況。

ハドソン少将は名誉挽回のために、ジオン残党の秘密基地を自分のデリー基地だけでなんとか対処しようとしたが思うように成果が上がらず焦っている。

だから同じ東南アジア方面軍の自分たちに助力を求め、

「ジオン残党秘密基地制圧は東南アジア方面軍で対処した」という体裁を保つつもりなのだ。

ソウヤは内心で冷ややかに笑った。

 

(狸爺め……相変わらず自分の保身だけは上手い。)

 

表情には出さず、ソウヤは静かに答えた。

 

「了解しました。我々は与えられた任務を、精一杯遂行します。」

 

ハドソン少将は満足そうに大きく頷き、笑みを深めた。

 

「期待しているぞ、タカバ中尉。」

 

エミリアはクリアファイルを恭しく差し出し、提出書類をハドソン少将に手渡した。

ハドソン少将はそれを受け取り、満足げに目を細めた。

 

「うむ、書類は確かに預かった。

タカバ中尉、コジマ中佐から聞いている通り、君たちには独自の作戦行動権を与えてある。

それ相応の働きを、期待しているぞ。」

 

ソウヤは軽く頭を下げ、謙遜するように答えた。

 

「恐縮です。

我々は与えられた任務を最大限に果たす所存です。」

 

ハドソン少将は書類をデスクの横に置き、にこやかに手を振った。

 

「よし、書類も受け取ったし、言いたいことも言った。

二人はこれで戻って、ゆっくり休むといい。」

 

ソウヤとエミリアは揃って敬礼をし、静かに答えた。

 

「ありがとうございます。失礼いたします。」

 

二人はソファーから立ち上がり、丁寧に一礼して司令室を出た。

ドアが閉まる瞬間、ハドソン少将が満足げに笑う気配を感じた。

通路に出た途端、エミリアが声を潜めて言った。

 

「……隊長、あの笑顔……やっぱり不気味でしたね。」

 

ソウヤは前を向いたまま、低く短く答えた。

 

「ああ、まったくだ。」

 

ソウヤとエミリアは仲間が待っている第7格納庫に向かおうと、通路を歩き始めた。

すると、正面から一人の連邦軍女性将校が歩いてくるのが見えた。

アジア系の顔立ちに、緑がかった黒髪をシュシュで短めのポニーテールにまとめ、凛々しいツリ目が印象的な女性だった。

制服の襟には少佐の階級章が輝いている。

ソウヤとエミリアは階級章に気づき、慌ててその場で敬礼した。

女性少佐も二人の敬礼に気づき、きびきびと敬礼を返した。

すると、女性は突然ハッとした表情になり、足を止めた。

ソウヤとエミリアは一瞬、不安がよぎった。

女性はエミリアの顔をじっと見つめ、驚いたように言った。

 

「エミリア・ドットナー准尉……?G4部隊のオペレーターの?」

 

エミリアは『G4部隊』の言葉が出た瞬間、顔から血の気が引いたような悲痛な表情を浮かべ、唇を強く結んだ。ソウヤはすぐに女性少佐に尋ねた。

 

「エミリアをご存知ですか?」

 

女性はハッとして姿勢を正し、申し訳なさそうに頭を軽く下げた。

 

「失礼した。突然名前を呼んでしまって……私はマオ・リャン少佐。特務遊撃部隊『ファントム・スイープ隊』の現場指揮官兼オペレーターを務めている。」

 

ソウヤは目の前の女性少佐が『ファントムスイープ隊』の現場指揮官であることに内心で驚きながら、静かに尋ねた。

 

「マオ少佐……エミリアとどのような関係ですか?」

 

マオ・リャン少佐は穏やかに首を振り、視線をエミリアに向けた。

 

「直接の面識はない。

ただ、彼女が書いたMS運用理論の論文は読んだことがある。

歩兵戦術をモビルスーツ戦術に大胆にアレンジした内容……特に局地戦における小隊単位の運用論は、非常に感銘を受けた。」

 

ソウヤは隣のエミリアをちらりと見た。

今までエミリアが見せていた高い作戦立案能力と、モビルスーツに対する深い知識に、ようやく合点がいった。

マオ少佐はエミリアに向き直り、柔らかい笑みを浮かべながら続けた。

 

「連邦軍士官学校在籍中に、歩兵運用論を大胆にMS運用論にアレンジした論文が極めて優秀だったため、正式卒業を待たずに特例で繰り上げ卒業し、G4実験部隊のオペレーターとして召集された才女……それがあなたですね。

今はどうしているんですか?」

 

エミリアは一瞬、表情を曇らせたが、すぐに小さく微笑んで答えた。

 

「……現在はコジマ大隊第4小隊のオペレーター兼副官を務めています。マオ少佐に論文を読んでいただけていたなんて、光栄です。」

 

マオ少佐は目を丸くして驚いた。

 

「コジマ大隊基地? あんな辺境の基地に?

君ほどの才能があれば、もっと良い部署にいられるはずなのに……」

 

その言葉に、ソウヤは少しムッとした。

確かにコジマ大隊基地は辺境だが、悪気はなくても言い過ぎだと思った。

エミリアは悲痛な表情を浮かべ、うつむいた。

その瞬間、彼女の瞳にうっすらと涙が浮かび、瞬きをした途端に一筋の透明な滴が頰を伝って落ちた。

唇を強く結び、肩が小さく震え、必死に声を押し殺しているのがはっきりと分かった。

マオ少佐はエミリアの様子を見て、ためらいながら続けた。

 

「……もしかして、例の作戦の件か……。」

 

その言葉を聞いた瞬間、エミリアがゆっくりと顔を上げた。

彼女のエメラルドグリーンの瞳はすでに潤み、長い睫毛に涙が溜まって光っていた。

一筋の涙が頰を滑り落ち、顎の先で震えながら滴り落ちる。

 

エミリアは唇を震わせ、声を絞り出すように言った。

 

「すいません、少佐……! 失礼いたします!」

 

エミリアは涙を拭うこともできず、その場から走り去ってしまった。

後ろ姿でさえ、肩が小刻みに震えているのが見えた。

 

「エミリア!」

 

ソウヤは慌てて呼び止めたが、エミリアは振り返らずに通路の奥へ走り去っていった。

 

ソウヤはゆっくりとマオ少佐の方を向き、鋭い視線で睨みつけた。

ソウヤは少し怒りを込めた声で言った。

 

「エミリアはやっと自信を取り戻して、明るくなってきたのに……。彼女が人目をはばからずに泣くなんて、余程のことですよ。」

 

マオ少佐は顔を曇らせ、深く頭を下げた。

 

「……すまない。不用意な言葉で、ドットナー准尉を傷つけてしまった。私の配慮が足りなかった。」

 

ソウヤは一度深呼吸し、気持ちを落ち着けてから静かに尋ねた。

 

「マオ少佐……エミリアは前の部隊で、何があったんですか?彼女が前の部隊を全滅させてしまったことは、大まかに聞いていますが……」

 

マオ少佐は申し訳なさそうに視線を落とし、ゆっくりと話し始めた。

 

「彼女はG4実験部隊に配属され、改ペガサス級2番艦『グレイファントム』に乗っていました。

サイド6で開発されたNT-1アレックスを受領する予定だったのですが……ジオンのモビルスーツがコロニー内部に侵入し、迎撃のために彼女が所属していた部隊が出撃したんです。しかし、部隊は全滅。部隊の量産型ガンキャノンが市街地に墜落し、コロニーの住民が100人以上死亡したんです……。」

 

その言葉を聞いた瞬間、ソウヤの脳裏に鮮明な記憶が蘇った。

 

(……サイド6のリボーコロニーか。ジオンの核攻撃を阻止した後、アレックスの救援に駆けつけた……あの一件か…。)

 

マオ少佐はさらに申し訳なさそうに頭を下げ、声を低くした。

 

「……グレイファントムの艦長は責任を取らされ更迭されたのは知っていたが、エミリア准尉も左遷されていたなんて……私もそこまで詳しくは知らなかった。本当に申し訳ない。」

 

ソウヤの瞳には、エミリアの震える肩と頰を伝う涙の軌跡が焼き付いていた。

 

「……了解した。」

 

ソウヤは短く答え、マオ少佐に軽く頭を下げた。

 

「エミリアのことは、自分がフォローします。少佐も、自分の任務に集中してください。」

 

マオ少佐はまだ申し訳なさそうな表情のまま、深く一礼した。

 

「…すまない。何かあったら、いつでも連絡してくれ。」

 

 

ソウヤはそれ以上何も言わず、踵を返した。

通路の先で、エミリアの小さな背中がまだ震えているような気がした。

デリー基地の冷たい照明の下、ソウヤは静かに歩き出した。

エミリアの心の傷は、まだ完全に癒えていない。

そして、これから始まる任務は、きっとその傷を再び抉ることになるだろう。

彼は拳を軽く握りしめ、心の中で静かに誓った。

 

(……絶対に、エミリアを傷つけさせはしない。)

 

 

 

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はガンダム戦記の原作キャラクターから、マオ少佐が登場しました。
マオ少佐には少し損な役を演じてもらいましたが、ちゃんと名誉挽回させますので、お許しください(汗)
ではでは、次の話も楽しみにしていてください。

原作キャラクター紹介
マオ・リャン
階級 少佐
原作 ガンダム戦記(PS3)

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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