機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第65話 幻影の掃討者と切り裂き魔【2】

ソウヤは基地の通路を早足で進んだ。

格納庫方面へ向かうメイン通路を少し外れ、資材搬入用の脇道に入る。

 

 

(……エミリア)

 

さっきの彼女の声が、まだ耳に残っている。

震える唇、潤んだエメラルドグリーンの瞳、そして一筋の涙。

人目をはばからずに泣きながら走り去った姿は、普段の彼女からは想像もつかないほど脆かった。

雨季の湿った空気が、コンクリートの壁にまとわりついている。

少し先で、小さな物音が聞こえた。

 

「……っ……」

 

嗚咽を押し殺すような、細い息遣い。

ソウヤは足を速めた。

格納庫の裏手、照明がやや薄暗くなった壁際で、エミリアは小さくうずくまっていた。

背中を丸め、両手で顔を覆い、肩を小刻みに震わせている。

金髪の後れ毛が、湿った頰に張り付いていた。

 

「エミリア。」

 

ソウヤが静かに声をかけると、エミリアの肩がビクリと跳ねた。

彼女はゆっくりと顔を上げた。

赤く腫れた目、濡れた睫毛、そしてまだ止まらない涙の跡。

エミリアは慌てて手の甲で頰を拭い、掠れた声で言った。

 

「……す、すみません……隊長……」

 

彼女は必死に笑おうとしたが、唇が震えて上手くいかない。

 

「みっともないところ……見せてしまって……マオ少佐の前で、突然……逃げ出したりして……本当に、申し訳ありません……」

 

声の最後は、ほとんど息のような音になって消えた。

ソウヤは一瞬、胸の奥が締め付けられるのを感じた。

周囲を見回す。

この通路は格納庫の裏側で、作業員もほとんど通らない。

だが、それでも完全に人目がないとは言えない。

遠くから、整備員の足音や金属の擦れる音が、かすかに聞こえてくる。

ソウヤは低く、しかしはっきりとした声で言った。

 

「……ここじゃ落ち着かない、人がいない所で話そう。」

 

そう言うと、エミリアの腕を優しく掴んだ。

 

「少し来てくれ。」

 

エミリアは抵抗する気力もないのか、素直に頷き、立ち上がった。

まだ足元が少しふらついている。

ソウヤは彼女を支えるようにして、格納庫の奥の休憩スペースへと足を向けた。

ソウヤはエミリアの腕を優しく支えたまま、休憩室の前まで連れてきた。

簡素な金属製のドアを開けると、中は予想通り狭かった。

中央に古びた長方形のテーブルが一つ置かれ、その周りを三人ほどが座れる簡易ベンチ椅子が三席、壁際に寄せて並んでいるだけだ。

 

「座ってくれ。」

 

ソウヤは静かにそう言い、エミリアを一番奥のベンチ椅子に促した。

エミリアは小さく頷き、足取りがまだ少し頼りないままベンチの一つに腰を下ろした。

彼女は膝の上で手を固く握りしめ、うつむいたままだった。

まだ頰に涙の跡が残り、肩が小さく震えている。

ソウヤは一度ドアの外を素早く確認してから、中に入った。

そのままドアを閉め、内側から鍵を掛ける。

カチャリ、という小さな金属音が狭い部屋に響いた。

 

「ここなら誰にも聞かれない。」

 

低く短く言いながら、ソウヤはエミリアの隣のベンチ椅子に腰を下ろした。

二人分の体重でベンチがわずかに軋む。

狭い部屋のため、肩と肩がほとんど触れ合う距離だった。

ソウヤはエミリアの隣に座ったまま、ゆっくりと右手を伸ばした。

指先が彼女の肩にそっと、手を置く。

湿った制服越しに、彼女の体温と小さな震えが伝わってきた。

ソウヤは彼女が落ち着くように優しく言う。

 

「……謝らなくていい、お前は悪くない。」

 

エミリアの肩が、わずかに強張った。

ソウヤはそれを感じ取りながらも、手を離さなかった。

部屋に短い沈黙が落ちる。

換気扇の低い唸りと、遠くから聞こえる基地の機械音だけが、狭い空間に響いていた。

ソウヤは声をさらに落とし、柔らかく言った。

 

「……昔の部隊のことが、辛かったんだな?」

 

エミリアはソウヤの言葉を聞いた瞬間、肩を小さく震わせた。

膝の上で握りしめた手が白くなるほど力を込め、視線を落としたまま、掠れた声で答えた。

 

「……マオ少佐に、前の部隊のことを言われそうになって……急に怖くなって……逃げてしまいました。」

 

声が途中で詰まり、彼女は唇を強く噛んだ。

ソウヤは静かに息を吐き、エミリアの肩に置いた手に少し力を込めた。

湿った制服越しに伝わる震えが、彼女の心の揺らぎをそのまま物語っていた。

 

「……無理に話さなくていい。でも、お前が一人で抱え込んでいるのを見るのは、俺も辛い。」

 

彼は穏やかだが、はっきりとした声で続けた。

 

「ここにいる間だけでも……少し、吐き出してみないか?」

 

エミリアは長い沈黙の後、震える息を一つ吐いた。

やがて、蚊の鳴くような小さな声で、ゆっくりと話し始めた。

 

「……私は、以前……G4実験部隊に配属されていました。改ペガサス級強襲揚陸艦『グレイファントム』に乗って……MS部隊のオペレーターと作戦アドバイザーをしていました。」

 

ソウヤは静かに頷いた。

すでに彼女の履歴書でその名前を見ていたが、あえて口を挟まずに先を促した。

 

「……それで、何があった?」

 

エミリアの瞳が、再び潤み始めた。

彼女は指先で制服の裾を強く握りしめ、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

 

「2年前の12月……サイド6のリボーコロニーで、開発されていた新型機を受領するためにコロニーに入港しました。……すると、コロニー内部にジオンのモビルスーツが現れて……私の所属する部隊が、迎撃のために出撃することになったんです。」

 

彼女の声はそこで一旦途切れ、部屋に重い静けさが落ちた。

エミリアは膝の上で手を強く握りしめたまま、途切れ途切れに言葉を続けた。

 

「……私は、敵のモビルスーツを迎撃するために、予めモビルスーツ部隊をコロニー内部に着陸させて、ちゃんと編隊を組んでから戦闘に入るべきだと……艦長に進言しました。」

 

彼女は唇を震わせながら、艦長の言葉を思い出すように続けた。

 

「……艦長は、中立地帯であるサイド6で大規模な戦闘を起こせば、休戦条約に悪影響を及ぼすと懸念して、私の進言を一蹴しました。以前にジオンが侵入した時の民間被害を例に挙げ、『ここで問題を起こせば連邦軍が不利になる』と……」

 

エミリアの声が、徐々に苦しげに歪んだ。

 

「私は必死に訴えました。パイロットたちは士官学校を卒業したばかりで、実戦経験などほとんどない。夜間に地上の敵を目視で捕捉するのは困難で、こんな無茶な降下は自殺行為だと……新型機の受領が本来の任務なのに、なぜ部下たちを危険に晒すのかと……」

 

彼女の瞳に、再び涙が浮かんだ。

指先が膝の上で白くなるほど強く握りしめられ、声が掠れた。

 

「……しかし、艦長は冷たく言い放ちました。『特例で繰り上げ卒業した新兵が意見するんじゃない。論文が優秀だったからと調子に乗るな、下士官風情が』……と」

 

エミリアの肩が小さく震え、息が乱れた。

その言葉を思い出すだけで、今でも胸の奥が締め付けられるようだった。

 

ソウヤはエミリアの話を静かに聞きながら、胸の奥に強い違和感を覚えた。

履歴書に書かれていた左遷理由——「重要作戦中に誤った判断をし、部隊を全滅させ、上官に反抗的な態度を取った」——と、彼女の語る内容が、どうしても一致しない。

彼女は艦長に対して理にかなった進言をしただけで、反抗的だったようには聞こえなかった。

ソウヤは少し間を置いてから、恐る恐る尋ねた。

 

 

「……エミリア。一つ、聞いてもいいか?」

 

エミリアは濡れた瞳で小さく頷いた。

 

「履歴書に書かれていた左遷理由と……今のお前の話が、少し食い違うように感じる。君は艦長に反抗したわけではなく、むしろ適切な進言をしていたように聞こえた。それなのに、どうしてあんな理由で左遷されたんだ?」

 

エミリアは唇を強く噛み、視線を落とした。

長い沈黙の後、彼女は震える声で答えた。

 

「……ただ、自分たちの部隊が全滅するくらいなら……

 あの艦長は、私に罪を着せた方が都合が良かったんです。」

 

ソウヤの眉がわずかに寄った。

 

「どういうことだ?」

 

エミリアは深く息を吸い、掠れた声で続けた。

 

「……降下中に撃破された私たちの部隊の量産型ガンキャノンが、コロニーの市街地に墜落したんです。

機体が爆発して、搭載していた砲弾が飛び散り……被害がさらに拡大しました。幸い、核融合炉の爆発は免れましたが……住民に100名以上の死者を出してしまいました。」

 

ソウヤは言葉を失い、絶句した。

 

エミリアの瞳から、再び大粒の涙が零れ落ちた。

 

「……艦長は、最新鋭のモビルスーツをほとんど全て失った責任と、部隊の全滅、そして多くのコロニー住民に死者を出してしまった責任を…少しでも軽くするために、私に罪を着せたんです。」

 

ソウヤの表情が、静かに、しかし確実に怒りに染まっていった。

 

「……なぜ、それを軍裁判や軍警察に報告しなかった?

 君は明らかに不当な扱いを受けているじゃないか。」

 

エミリアは嗚咽を漏らしながら、肩を震わせて答えた。

 

「……一緒に訓練に励んだ仲間たちが、全員亡くなって…私だけが一人取り残されてしまったんです。私は一番守りたかった市民を守れず……自分の仲間の機体が原因で、たくさんの人を死なせてしまった……」

 

彼女の声は、徐々に言葉にならなくなっていった。

 

「……その罪悪感で、放心状態に陥ってしまって……気づいた時には、もうすべてが艦長の都合のいいように記録されていました。『新米アドバイザーが降下ルート変更を強く進言した結果、部隊の混乱を招いた』……と改竄されていたんです…。」

 

ソウヤはエミリアの話を最後まで聞き終え、静かに息を吐いた。

部屋の空気が急に重くなったように感じられた。

彼の表情はほとんど変わらなかったが、隣に座るエミリアには分かるくらい、わずかに眉が寄り、握った拳の関節が白くなっていた。

 

「……つまり、艦長は自分の失策を隠すために、君に全ての責任を押し付けたということか…。」

 

声は低く、抑揚がほとんどない。

しかし、その奥に静かな怒りが確かに宿っていた。

ソウヤはエミリアの肩に置いた手に、そっと力を込めた。

 

「お前は悪くない。適切な進言をしただけだ。艦長がそれを無視して強行した結果……部下を死なせ、民間人まで巻き込んだ。それを『新米の誤った判断』にすり替えるなんて……許されることじゃない。」

 

彼は一度目を閉じ、深く息を吸った。

感情を抑え込むような、長い吐息だった。

 

「……エミリア。お前は一人で抱え込みすぎだ。君だけの責任じゃない。艦長の保身と、連邦軍の腐った体質が招いたことだ。」

 

ソウヤはゆっくりとエミリアの方に向き直り、はっきりとした眼差しで彼女を見つめた。

エミリアは嗚咽を堪えきれず、肩を激しく震わせながら言葉を続けた。

 

「……今でも、思い出すんです。ニュースの映像やテロップで、コロニーの住民が死んだと流れるたびに……

『自分のせいだ』って思ってしまうんです。私がちゃんとしていれば……多くの住民が死ななかった。そして、仲間たちも死ななかった……」

 

彼女の声は次第に大きくなり、涙が止まらなくなった。

 

 

「自分一人が言われるなら……まだいいんです。でも、第4小隊の仲間たちにも……私のことで指を指されるかもしれないと思って……マオ少佐の前から、逃げてしまったんです。」

 

エミリアは両手で顔を覆い、声を詰まらせながら泣きじゃくった。

 

「……私、第4小隊のおかげで……やっと自信を取り戻せたんです。こんな私を、隊長も、サンダース軍曹も、みんなが受け入れてくれて……第4小隊が、大好きで……大好きなんです。なのに……自分のせいで、みんなにまで迷惑をかけて、指を指されるのが……怖かったんです……」

 

彼女の嗚咽は次第に激しくなり、狭い部屋に響いた。

肩が小刻みに震え、言葉にならない泣き声が漏れ続ける。

ソウヤはエミリアの激しい嗚咽を聞きながら、胸の奥が痛むのを感じた。

ゆっくりと右手を彼女の背中に回し、もう片方の手で肩を引き寄せ、優しく抱き締めた。

 

「……エミリア。」

 

エミリアの体が、びくりと震えた。

突然の温もりに驚いた彼女は、一瞬息を止めた。

ソウヤの胸に顔を埋める形になり、彼女の肩が小さく強張る。

ソウヤは低く、穏やかな声で言った。

 

「君は悪くない、お前のせいじゃない。」

 

彼はエミリアを抱き締めたまま、静かに言葉を続けた。

 

「エミリア……君はいつも、第4小隊の仲間や住民が死なないように一生懸命に作戦を考えてくれている。俺が無理を言って『ジオン残党をできる限り殺さずに拿捕する』という方針に、ずっと協力してくれている。あれは俺のエゴだ。そんな俺のわがままに付き合って、懸命にアドバイスをしてくれている。」

 

ソウヤは少し声を落とし、優しく続けた。

 

「そんなお前は、第4小隊に欠かせない仲間だ。俺はいつも、お前に助けられている。……本当に、ありがとう。」

 

エミリアはソウヤの胸の中で、言葉を失ったまま小さく震えていた。

彼の温かい体温と、静かで真っ直ぐな言葉が、彼女の胸にじんわりと染み込んでいくようだった。

ソウヤは優しく抱き締めたまま、言葉を紡いだ。

 

「……お前が後悔しているからこそ、第4小隊でこんなに頑張ってくれているんだろう?」

 

エミリアはソウヤの胸の中で、わずかに体を強張らせた。

戸惑うような、小さな息が漏れる。

ソウヤは彼女の背中を優しく撫でながら、穏やかに言った。

 

「仮に……お前が前の部隊の仲間の死を悼んで、コロニーの住民のことを今でも悔やんでいるからこそ、ここで一生懸命に頑張っているんだとしたら……それは、決して悪いことじゃない。」

 

エミリアは長い間、黙っていた。

やがて、掠れた声で答えた。

 

「……そう……かもしれないです。」

 

ソウヤはゆっくりと頷き、自分の胸の内を静かに明かした。

 

「俺も……後悔していることがある。幼い頃、ボールを取ろうとして道路に飛び出して、俺を守るために母が庇って……死なせてしまった。それだけじゃない。何も知らずに引き金を引いて、罪のない少女を三人……殺してしまった。」

 

彼の声は低く、静かだったが、言葉の端々に重い痛みが滲んでいた。

 

「その少女たちに、少しでも報いたいから……俺は地上に残るジオン残党を、一人でも多く、殺さずに宇宙に帰してやりたいと思っている。」

 

エミリアはソウヤの胸の中で、息を呑んだ。

彼女はゆっくりと顔を上げ、驚愕に瞳を大きく見開いた。

 

「……隊長……そんな理由で……ジオン残党を宇宙に帰そうとしていたんですか……?」

 

初めて聞く、ソウヤの本当の動機に彼女の声が震えた。

胸の奥で何かが静かに揺らぐのを感じていた。

ソウヤは言葉をかけず、ただ優しく彼女の背中をゆっくりと撫で続けた。

広い手のひらが、震える背中を温めるように何度も往復する。

エミリアの体は、最初は少し強張っていた。

しかし、ソウヤの体温と、規則正しい優しい手の動きに触れているうちに徐々に力が抜けていった。

彼女はそっと、ソウヤの胸に額を預けるように寄りかかった。

初めて素直に、誰かに体重を預けるような感覚だった。

ソウヤは低く、落ち着いた声で静かに言った。

 

「……俺も、同じように後悔を抱えて生きている。

幼い頃に事故で母を失い……戦場で、罪のない少女たちを三人も自分の手で殺してしまった。その後悔は、今でも消えない。」

 

エミリアはソウヤの胸の中で、わずかに息を呑んだ。

 

「……隊長も……そんな思いを抱えていたんですね。」

 

彼女の声は小さく、初めてソウヤの内面を深く理解したような響きがあった。

その後、二人はしばらく言葉を交わさなかった。

ただ静かに抱き合ったまま、互いの体温と鼓動を感じていた。

換気扇の低い唸りと、遠くの機械音だけが、狭い部屋に響く。

やがて、エミリアがとても小さな声で呟いた。

 

「……ありがとうございます……隊長。」

 

ソウヤは彼女の背中をもう一度優しく撫で、静かに答えた。

 

「これからは、もっと頼ってくれ。

お前は一人で抱え込まなくていいんだ。第4小隊の仲間がいるだろ。」

 

部屋に、静かで、しかし確かな「絆が深まった」空気が流れていた。

二人の間には、これまでより少しだけ、心の距離が近づいた温かさが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の密林は、濃密な闇と蒸し暑い湿気に包まれていた。

巨大な樹木が空を覆い、月光すらほとんど届かない。

葉ずれの音と、遠くで鳴く虫の羽音だけが静寂をわずかに乱している。

その暗闇の中に、グフとザクⅡが身を潜め、じっと待機していた。

 

どちらも装甲に蔓や泥を塗りつけ、周囲の密林に完全に溶け込んでいる。

グフのコックピット内で、ボルクは操縦桿に軽く手を置いたまま、僚機のザクに通信を繋いだ。

 

「ロニン軍曹……正直、驚いている。

こんなインドシナ半島の奥深くに、これほど大規模な秘密基地があるとはな。

物資も豊富で、まるで一年戦争がまだ続いているかのようだ。」

 

通信の向こうから、ザクのパイロット——ロニン・スーウェル軍曹の落ち着いた声が返ってきた。

 

「元々はラサ秘密基地のギニアス少将の指揮下の補給基地でした。ギニアス少将はアプサラス計画に夢中だったから、軍務の大部分を副官に任せきりだったので。前線の状況を考えず、ただ自分の研究だけに没頭する態度に、現場の人間は反感を持っていたんですよ。」

 

ロニンはそこで少し声を低くした。

 

「ラサ秘密基地が陥落した後、ここの指揮官は独自にこの基地を維持し、残党の補給拠点として機能させ始めた。表向きは放棄されたように見せかけながら、密かに物資を蓄え、散らばった残党部隊を繋ぎ止めているんです。だから、ここが襲われると知った連中は大慌てで、救援に駆けつけたんですよ。」

 

ボルクはコックピットのモニターに映る暗い密林を見つめながら、低く唸るように言った。

 

「……なるほどな。アプサラスの影が、まだこんなところに残っていたとは。」

 

ボルクはコックピットのモニターに映る暗い密林を睨みながら、通信を続けた。

 

「ロニン軍曹……この基地の救援に、どれだけの規模が集まっている?」

 

通信の向こうで、ロニン・スーウェル軍曹が短く息を吐く気配がした。

 

「アジア圏内のほとんどの部隊が集まってますね。遠いところでは、フィジー諸島の部隊も駆けつけています。」

 

ボルクは思わず目を細めた。

 

「……フィジー諸島からもか。そんな遠くの連中まで、よくここまで救援に駆けつけたものだな。」

 

ロニンは皮肉めいた笑いを漏らした。

 

「あの連中は囮のために呼ばれただけですよ。」

 

彼は少し声を落として続けた。

 

「他の連中も必死ですよ。ここが落ちたら、食料も薬も弾薬も、機体のパーツの補充が一気に難しくなる。今まで散らばっていた残党部隊が、ようやく一本の糸で繋がっているような状態だ。この補給線が切れたら……文字通り、干上がるしかない。」

 

ボルクはグフの操縦桿を軽く握り直し、静かに唸った。

 

「……なるほど。ここは、ただの秘密基地じゃないな。ジオン残党にとっての、最後の命綱ってわけか。」

 

ロニンはボルクの言葉を聞いて、低く短く笑った。

 

「その通りです。まさに最後の命綱ですよ。」

 

ボルクは少し間を置いてから、静かに尋ねた。

 

「……カルロスは大丈夫か?

ギニアス・サハリンの遺産を探しに行ったが……心配だ。」

 

ロニンは短く息を吐き、落ち着いた声で答えた。

 

「予定通りなら、今頃は連邦軍の注意がこの基地の戦闘に集中しているはずです。

少佐はその隙に爆破作業を仕掛け、基地内部に侵入する手筈になっています。」

 

ボルクは眉を軽く寄せた。

 

「俺たちの仕事は?」

 

「シンプルですよ。ここで逃げようとする仲間たちを可能な限り回収し、仲間に加えて連れて帰ること。

それと、補給基地に保管されている貴重な機体を、できるだけ持ち帰ることです。」

 

ボルクは低く唸った。

 

「……同じジオン残党なのに、どうして基地に保管されている機体を持ち去ろうとするんだ?

この基地の役割を引き継ごうとしているようにも聞こえるが……どういうことだ?」

 

ロニンは淡々と、しかしはっきりと言った。

 

「カルロス少佐は、そのやり方がどうしても気に食わない。だからこそ、この基地の物資と機体を可能な限り回収して、自分たちの手に移そうとしているんです。ここが落ちれば、残党全体が干上がる……その前に、補給線を確保しておきたいんでしょう。」

 

「……村や難民キャンプを襲う連中は、俺も好きになれないな。」

 

ロニンはくすりと笑った。

 

「流石はカルロス少佐が見込んだ『先生』だ。考え方が似ていますね。」

 

ボルクは一瞬言葉に詰まり、呆れたように顔をしかめた。

 

「……またその呼び方か。

先生扱いされるのは、正直いまだに慣れないんだがな。」

 

ロニンはふと、興味深そうな声で尋ねた。

 

「ボルク先生……どうして、元連邦軍のあなたが俺たちに協力してくれるんです?」

 

ボルクはコックピットの中で、わずかに目を細めた。

 

「……上官に裏切られたからだ。砂漠の基地に置き去りにされ、俺は砂漠をさまよい、死にかけていたところをカルロスに助けられた。」

 

ロニンは静かに頷いた。

 

「ああ……よく覚えています。ゴビ砂漠をさまよっていた先生を、カルロス少佐が保護した件ですね。」

 

「カルロスに命を助けられたのは事実だ。それを恩として感じている。それに……自分や部下を見捨てた、腐った連邦軍の体制に鉄槌を下したいと思った。それが俺がジオン残党に加わった理由だ。」

 

ロニンは少し間を置いてから、納得したように言った。

 

「……なるほど。だから先生は、MSのコックピットを狙わず、四肢だけを切断する戦い方をするんですね。腐った体制を憎んでいるからこそ……。」

 

ボルクは自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

「そんなことは無駄じゃないのかと、思っているだろ?敵を殺さずに済ませたところで、何も変わりはしないのに…。」

 

ロニンは静かに、しかしはっきりと言った。

 

「自分も同じジオン同士で殺し合うのは嫌ですから、先生の気持ちはよく分かります。それに……そんな戦い方ができて、それを成そうとしている先生は、すごいと思いますよ。」

 

ボルクはロニンの言葉を聞き、感謝を言葉を告げた。

 

「……そうか、ありがとう。ロニン軍曹。」

 

その直後、グフの足元に何かが近づく気配を感じた。

ボルクは即座に外部モニターに視線を移し、暗視機能で影を確認した。

 

「……サン伍長か。」

 

ボルクはゆっくりとグフの右手を下げ、手のひらを広げて地面に近づけた。

近寄ってきた人物を迷わず、近づけた手のひらに飛び乗る。

ボルクは右手の掌を胸元に寄せ、コックピットハッチを開けた。掌に乗っていたのは、補給基地の偵察に出ていたサン・シータ伍長だった。

くたびれたジオン軍の野戦服を着た男は、息を切らしながらも、はっきりとした声で報告を始めた。

 

「先生……偵察完了です。補給基地の状況を報告します。」

 

サン・シータは掌の上で姿勢を正し、早口だが冷静に続けた。

 

「連邦軍の注意は現在、この基地の戦闘に大きく集中しています。デリー基地から派遣された部隊が主力で、周辺の監視網は比較的薄くなっています。物資の貯蔵状況は良好で、食料・医療品・弾薬・MS用パーツが予想以上に蓄積されていました。ただ……時間はあまりありません。連邦の増援が到着する前に、決着をつける必要があります。」

 

サン・シータ伍長の報告が一段落したところで、ロニン軍曹が通信越しに尋ねた。

 

「サン伍長、例の機体はあったのか?」

 

サン伍長はグフの掌の上で姿勢を正し、即座に答えた。

 

「はい。あの指揮官が厳重に保管してました。基地の格納庫の奥にありましたよ。」

 

ボルクは眉を寄せ、通信に割って入った。

 

「……例の機体とは、何だ?」

 

ロニンは低く、わずかに皮肉を込めた声で説明した。

 

「本来なら、ラサ秘密基地のギニアス少将の副官——ノリス・パッカード大佐の機体になるはずだった機体です。しかし、ギニアス少将の嫌がらせで、機体は届けられなかったですがね。」

 

サン伍長が続けて報告を加えた。

 

「他にも、ザクⅡ改などの機体が複数保管されていましたよ。すべて良好な状態で、即座に運用可能です。」

 

ロニンは小さく舌打ちし、呆れたようにため息をついた。

 

「……あの指揮官は、本当にモビルスーツをコレクションしているようなもんですよ。格納庫の奥に、ほとんど動かしていない機体が何機も綺麗に並べて保管。ザクⅡ改にドム……さらにはフライトタイプのグフまで、あるんですよ。……まるで玩具を集めている子供です。」

 

サン・シータ伍長が掌の上で頷き、付け加えた。

 

「ええ。どれも整備は行き届いていますが、ほとんど実戦投入された形跡がありません。動かしてなんぼのモビルスーツを、ただ飾っているだけ……正直、腹が立ちますよ。」

 

ロニンは苦笑を浮かべながら続けた。

 

「だからこそカルロス少佐は苛立っているんだろうな。

同じジオン残党なのに、こんなところで貴重な機体を眠らせておくなんて……モビルスーツは戦うためにある。コレクションじゃない。」

 

ボルクは低く唸るように言った。

 

「……確かに、理解できないな。戦場で命を懸ける機体を、ただの飾り物扱いとは……」

 

ロニンは肩をすくめ、皮肉っぽく笑った。

 

「まあ、その機体も俺達が頂戴するんですがね。」

 

ボルクは通信を繋いだまま、力強い声で告げた。

 

「よし、俺達は作戦通りに動くだけだ。連邦軍は明日には、総攻撃を仕掛けてくるだろう。……死ぬんじゃないぞ。」

 

ロニン軍曹は短く笑い、落ち着いた声で応じた。

 

「了解です、先生。」

 

サン・シータ伍長も掌の上で背筋を伸ばし、はっきりと言った。

 

「了解しました!」

 

夜の密林は変わらず深い闇に包まれていた。

グフとザクⅡは再び身を潜め、静かに明日への戦いを待つ。

ジオン残党にとっての、最後の命綱を巡る攻防は、間もなく始まろうとしていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
今回はエミリアが左遷された理由とボルクがカルロスの仲間になった理由を書かせて頂きました。
ポケ戦のスカーレット隊のガンキャノン1機が市街地に墜落しているので、被害甚大なんですよね。
だから、艦長も少しでも罪が軽くなるようにエミリアに罪を着せたんですよ。
ボルクはピクシーを乗り捨てた後、ゴビ砂漠をさ迷っていたところをカルロスに助けられた設定にしています。
次の話から、ガンダム戦記の東南アジアでの戦闘になりますので、お楽しみにー!
感想など、お待ちしております。
一言感想でも、モチベ上がるので~♪

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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