機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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70話 鬼神、再び【上】

廃鉱山の裾野に広がる、棄てられた鉱山都市。

かつては活気ある近代都市として機能していたはずの街は、今や完全なゴーストタウンと化していた。

オフィスビルや商業施設が立ち並ぶ区画は窓ガラスがほとんど割れ落ち、壁面に大きな亀裂が走り、崩落したコンクリートが道路を埋め尽くしている。

モビルスーツが身を隠すのに十分な大きさの建物が多く、入り組んだ路地とビルの影が視界を遮り、索敵を極端に困難にしていた。

街の中央を分断するように、高速道路が貫いていた。

しかし一年戦争の激しい戦闘の影響で、橋桁の多くが崩落し、ねじ曲がった鉄骨が空に向かって不気味に突き出している。

街の端に位置する大きな駅舎は、物資運搬と公共交通の要だったはずだが、ホームには電車も貨物台車も一台もなく、ただ錆びついた線路が虚しく伸びているだけだった。

この廃鉱山の地下には、かつてアプサラス開発基地が存在していた。

外部からはただの廃鉱山に見えるよう巧妙に偽装されていたが、今やその山全体が無数の砲弾着弾痕と巨大なクレーターに覆われ、原形を留めていない。

そして、廃鉱山の反対側にそびえる山々のひとつ——その山腹付近には、まるで巨大な円形の穴が穿たれたように、えぐれた空洞が口を開けていた。

アプサラスが放った大出力メガ粒子砲の一撃が、山を文字通り貫通した跡だった。

 

 

 

 

ソウヤのスライフレイルはビームライフルを右手に構え、山の山腹に穿たれた巨大な穴を静かに見上げていた。

円形にえぐれたその空洞は、山を文字通り貫通した痕だった。

メガ粒子砲の一撃で、こんなにも巨大な穴を開けることができる——

その事実に、ソウヤの胸の奥が冷たく震えた。

 

「……これが、アプサラスのメガ粒子砲の痕か……」

 

低く、掠れた声がコックピットに漏れた。

 

「一撃で山を穿つなんて……人間が作った兵器とは思えないな……」

 

戦慄と、言い知れぬ畏怖が背筋を這い上がる。

もしこれが連邦本部ジャブローに向けられていたら……

想像しただけで、冷や汗が出る。

スライフレイルはゆっくりと視線を下げ、廃鉱山都市の街並みを偵察し始めた。

ビームライフルを構えたまま、慎重にビルの影を移動する。

すると、ホバートラックからエミリアの通信が入った。

 

「隊長、都市内部の様子はどうですか? 敵影は見えますか?」

 

スライフレイルのすぐ近く、山の麓のジャングルに隠れたホバートラックの横では、ジョシュアのジム・キャノンがしゃがんだ姿勢で待機していた。

マシンガンを右手に、シールドを左手に構え、周囲を警戒しながらホバートラックの護衛を続けている。

ソウヤは周囲をもう一度ゆっくりと見回し、静かに答えた。

 

「……敵影は一つも見当たらない。建物の中も、路地も……今のところ静かだ。」

 

エミリアの声が、少し緊張したまま返ってきた。

 

「こちらも、アンダーグラウンド・ソナーで索敵してみましたが……反応はありません。足音も駆動音も、一切拾えていません。」

 

ソウヤは小さく頷いた。

 

「了解した。引き続き、慎重に偵察を続ける。何かあったらすぐに連絡を頼む。」

 

「はい、隊長。気をつけてください。」

 

短い通信を終え、ソウヤは再びビームライフルを構え直した。

スライフレイルの紫色のメインカメラが、静かに廃都市の奥を見つめる。

 

(……本当に、何もないのか……?)

 

胸の奥に、わずかな違和感が残ったまま、ソウヤはさらに慎重に機体を進めていった。

 

瓦礫と倒壊したビルの影を慎重に縫うように歩を進める。

紫色のメインカメラが周囲を鋭く捉え、グリッドのように荒れた道路を一歩ずつ踏みしめていく。

突然、前方の路地に何か巨大な影が見えた。

 

「……!」

 

ソウヤは咄嗟にビームライフルを構え直し、トリガーに指をかけた。

心臓が一瞬強く鳴る。

影の正体は横に倒れたザクⅡの残骸だった。

両手が破壊され、頭部を撃ち抜かれて暗く沈んでいる。

長年風雨に晒された装甲は赤錆び、地面にへばりつくように横たわっていた。

 

「……残骸か……」

 

胸の奥で、緊張と安堵が交錯する。

一瞬でも「動いている敵」だと思ってしまった自分に、軽い自己嫌悪がよぎった。

 

「残骸を敵と見間違えてしまうとは……」

 

独り言のように呟き、ソウヤはスライフレイルを再び前進させた。

ザクの残骸を横目に通り過ぎながら、機体は都市の中心部へと静かに向かっていく。

都市の中心部に向かっていると、ソウヤは1機のグフの残骸を発見した。

グフは上半身と下半身を腹の辺りから横に両断され、不自然に立ったままの下半身は、地面に膝を着けまいと立っているようにも見えた。

上半身は左腕を前に突き出すような姿勢で倒れ込み、地面に顔を埋めている。

水色の塗装はところどころ剥がれ落ち、赤錆が広がり、まるで何かを絶対に仕留めようとする執念のような、異様な気配を漂わせていた。

ソウヤはスライフレイルを止め、静かにその残骸を見つめた。

胸の奥に、冷たい畏怖がゆっくりと広がっていく。

 

(……まるで、まだ戦おうとしているみたいだ……)

 

ソウヤは下半身を倒さず、上半身を踏まないよう、慎重に機体を回り込んで通り過ぎた。

スライフレイルの足音が、静かな廃墟に小さく響く。

その瞬間——背後から凄まじい殺気が走り、ソウヤの背筋が凍りついた。

咄嗟に機体を旋回させ、ビームライフルを構えた。

しかしそこには、撃破されたグフの残骸にあるだけだった。

風が吹き、赤錆びた装甲がわずかに軋む音だけが、静かに響く。

ソウヤは数秒間、息を殺してその残骸を凝視し続けた。

指がトリガーに掛かったまま、微かに震えている。

 

「……気のせいか……」

 

低く呟き、ゆっくりとライフルを下げる。

胸の奥に残る冷たいざわめきを振り払うように、ソウヤは再び機体を前進させた。

 

 

 

 

 

ジャングルの木陰に隠れたホバートラックの中で、運転席のノアがぼやくように言った。

 

「はぁ……サンダース軍曹は陸ガンの修理で基地に戻っちまってよ。俺達は結局、ファントムスイープ隊の頼まれ事かよ……面倒くせえ。」

 

そのすぐ横で、ジョシュアのジム・キャノンがしゃがんだ姿勢で待機していた。

マシンガンを右手に、シールドを左手に構え、周囲を警戒しながらホバートラックの護衛を続けている。

ジョシュアが、ため息混じりに無線でノアを軽く嗜めるように言った。

 

「危険手当が入るから良いじゃないか。この偵察任務が終わったら、ちゃんと基地に戻れるんだし。文句ばっかり言ってないで、少しは前向きにいこうぜ。」

 

ノアがハンドルを軽く叩きながら、苛立った声で愚痴を続けた。

 

「でもよー。給料は入っても、任務ばっかりで全然使えねえんだよ。

入った金を使う暇もありゃしないし、ゆっくり遊ぶ暇もねえ……俺達の実力を買ってくれるのは悪くはないが、ゆっくりと休みたいぜ。」

 

その時、エミリアがヘッドセットを外し、静かだがきっぱりとした声で二人を制した。

 

 

「ノア伍長、ジョシュア軍曹……。今は任務中です、目の前の任務に集中してください。愚痴は基地に戻ってから、お願いします。」

 

ノアとジョシュアは一瞬無線越しに顔を見合わせるような間を置き、肩をすくめた。

 

「……分かったよ、エミリア。」

 

「……了解です、准尉。」

 

二人は素直に口を閉じ、視線を前方に戻した。

エミリアはヘッドセットを膝の上に置き、小さく息を吐いた。

胸の奥で、サンダース軍曹の巨体が思い浮かんだ。

 

(……こんな時はサンダース軍曹が、みんなをまとめてくれていたから……)

 

彼女は唇を軽く噛み、すぐに気持ちを切り替えた。

今は、自分がしっかりしなければと思った。

すると、廃都市から、ソウヤのスライフレイルがゆっくりと姿を現した。

緑の機体はビームライフルを右手に構えたまま、自分達が待機しているジャングルの方へと戻ってくる。

エミリアは慌ててヘッドセットを装着し直し、通信を開いた。

 

「隊長!偵察はどうでしたか?」

 

ソウヤの落ち着いた声が、すぐに返ってきた。

 

「ああ、無事だよ。……敵影は確認できなかった。以前の戦闘で撃破されたモビルスーツの残骸がいくつかあっただけだ。ジオン残党の気配は一切なかった。」

 

エミリアは胸の奥で安堵の息を吐きながらも、すぐに冷静に意見を述べた。

 

「そうですか。隊長が無事で良かったです。でも……ジオン残党はすでに撤収した可能性が高いかもしれませんね。」

 

ソウヤは小さく頷き、エミリアの意見に同意した。

 

「俺もそう思う。相手の指揮官は、引き際のメリハリが効いた人物なんだろうな……」

 

スライフレイルがホバートラックとジョシュアのジム・キャノンの待機地点に到着した。

紫色のメインカメラが二機を静かに捉える。

 

ソウヤは通信を全員に切り替え、はっきりとした声で指示を出した。

 

「偵察は終了する。

これよりミデア輸送機が待機しているポイントまで移動し、偵察報告を行う。

引き継ぎの歩兵部隊が到着するまで、ミデア内で待機する。」

 

ノアが運転席で大きく息を吐き、嬉しそうな声を出した。

 

「よっしゃ! 無事に偵察任務終了か。

窮屈だけど、ミデアの中で少しは休めるな……」

 

ジョシュアも無線越しに、ほっとした調子で続けた。

 

「タカバ中尉。さっさと戻って、食事にしましょうよ。

腹が減ってしまい、集中力がもう。」

 

ソウヤは二人の言葉に優しく微笑み、穏やかな声で答えた。

 

「同感だ。ミデアに戻ったら、ゆっくり休もう。……全員、移動を開始するぞ。」

 

スライフレイルが先頭に立ち、ジョシュアのジム・キャノンがその右後方を、ホバートラックが左後方を守るように隊列を組んだ。

三機はジャングルの木々をゆっくりと押し分けながら、ミデア輸送機が待機するポイントへと静かに移動を始めた。

廃都市の影が、徐々に背後に遠ざかっていく。

 

 

 

 

スライフレイルがミデア輸送機の貨物ランプに到着すると、ソウヤは機体を固定し、コックピットから降りた。

すぐにミデアのコックピットへ向かい、通信士に頼む。

 

「デリー基地に中継を頼んで、ゴドウィン准将に繋いでくれ、偵察報告をしたい。」

 

通信士が頷き、すぐに回線を開いた。

通信はデリー基地が中継し、ゴドウィン准将の元に通信が繋がる。

 

ソウヤはゴドウィン准将に簡潔丁寧に報告を伝えた。

 

「こちらコジマ大隊第4小隊、ソウヤ・タカバ中尉です。廃都市内部を偵察しましたが、ジオン残党の気配は一切ありませんでした。前の戦闘で撃破されたモビルスーツの残骸が数機確認されたのみです。引き継ぎの歩兵部隊の到着まで待機します。」

 

ゴドウィン准将の声が、通信機越しに穏やかに返ってきた。

 

「了解した。よくやってくれた、タカバ中尉。無理をせずに待機してくれ。」

 

通信を終えたソウヤは小さく息を吐き、コックピットを後にした。

 

休憩室に向かう通路を歩きながら、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。

休憩室に入ると、ノアが簡易テーブルに座り、カップラーメンを食べていた。

湯気が立ち上り、しょうゆと鶏ガラの香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がっている。

麺をすすり上げる音が心地よく、ノアはフォークを動かしながら満足げな顔をしていた。

ソウヤは軽く微笑み、ノアの向かいに腰を下ろした。

 

「うまそうだな、ノア。」

 

ノアは麺をすすりながら、口の端にネギを付けたまま答えた。

 

「隊長もどうです?インスタントだけど、意外とイケますよ。特にこの旨さが、任務終わりの疲れに染みますよ。」

 

ソウヤは紙コップにコーヒーを淹れながら、穏やかに言った。

 

「俺はコーヒーでいい。……今日は本当に何もなかったな。そっちはどうだった?」

 

ノアはカップラーメンをもう一口すすり、肩をすくめた。

 

「俺はホバートラックの中でずっと待機してただけっすよ。ジョシュアと一緒に『早く帰って飯食いてえ』って愚痴ってたくらいで……隊長こそ、廃都市の中、本当に何にも、なかったですか?」

 

ソウヤはコーヒーを一口飲み、静かに首を振った。

 

「残骸がいくつかあっただけだ。……本当に、何もなかった。」

 

二人は他愛ない会話を続けながら、休憩室の薄暗い照明の下で、ようやく任務の緊張から解放されていくのを感じていた。

ふと、ソウヤはある考えが頭をよぎった。

ソウヤはコップをテーブルに置き、静かに切り出した。

 

「ノア……一つ、提案があるんだけど。」

 

ノアがカップラーメンをすすりながら、顔を上げた。

 

「ん? 何っすか?」

 

ソウヤは真剣な目でノアを見つめ、穏やかだがはっきりとした声で言った。

 

「ジョシュアのジム・キャノンに乗って、ミデアの警戒任務をしてみないか?」

 

ノアは目を丸くし、フォークを持ったまま固まった。

信じられないという表情が、しかし明らかに嬉しい驚きに変わっていく。

 

「……マジで? 俺が……モビルスーツに乗って、任務を?」

 

ソウヤは小さく頷いた。

 

「ああ。暇さえあれば、モビルスーツのマニュアル本を読んだり、基地のシミュレーターで操縦訓練をしているのは知っている。シミュレーターのスコアも、平均点以上だろ?今のノアなら、十分に警戒任務を任せられると思う。俺とジョシュアとノアでローテーションを組めば、睡眠時間も少しは長く取れるはずだ。」

 

ノアの顔が、みるみる明るくなった。

カップラーメンを置いて、思わず身を乗り出す。

 

「……俺が、ジム・キャノンに乗って……本当にいいんすか?隊長に認められて、モビルスーツで任務ができるなんて……嬉しいっすよ、本当に!」

 

ソウヤは穏やかに微笑みながら、しかし少し真剣な表情で釘を刺した。

 

「ただ、約束事がある。」

 

ノアは目を輝かせたまま、すぐに尋ねた。

 

「約束事……何っすか?」

 

ソウヤはノアの目を見て、はっきりと言った。

 

「警戒任務中に寝ないことだ。」

 

ノアは胸を張り、力強く頷いた。

 

「絶対に寝ません!隊長と約束します!」

 

ソウヤは満足そうに頷き、立ち上がった。

 

「わかった。このことをジョシュアにも伝えてくる。

休憩室で待っていてくれ。」

 

そう言い残し、休憩室を後にした。

ソウヤは休憩室を出た後、ミデアのパイロット待機室へと向かった。

狭い通路を進み、待機室のドアを開けると、簡素なロッカーが並ぶ室内が現れた。

ソウヤは自分のロッカーを開け、野戦ヘルメットを取り出した。

少し埃のついたそれを軽く払い、脇に抱える。

そのまま待機室を出て、ミデアの貨物コンテナエリアへ移動した。

貨物室のハッチを開けると、外のジャングルの湿った空気が一気に流れ込んでくる。

ソウヤは貨物室から外に出ると、警戒任務中のジョシュアのジム・キャノンが、ミデアから少し離れた木陰にしゃがんだ姿勢で待機しているのが見えた。

ソウヤはジム・キャノンに十分に近づくと、野戦ヘルメットを被り、通信機のスイッチを入れた。

 

「ジョシュ、聞こえるか?」

 

無線越しに、ジョシュアの少し驚いた声がすぐに返ってきた。

 

「隊長……? どうしたんですか?

 

「少し話がある。……今、いいか?」

 

「いいですよ。何ですか、隊長?」

 

ジョシュアはジム・キャノンのコックピットから、快い声で即座に返してきた。

 

ソウヤは少し間を置き、落ち着いた声で本題を伝えた。

 

「ノアに、ジム・キャノンに乗ってもらって、ミデアの警戒任務をさせることを考えている。」

 

ジョシュアは一瞬、言葉を失った様子で、驚いた声が返ってきた。

 

「……えっ? ノアが……俺の機体に?」

 

ソウヤは穏やかに続けた。

 

「ああ。3人でローテーションを組めば、睡眠時間も少し長く取れる。それに、ノアは予備パイロットとして登録もされているし、暇さえあればマニュアルを読んだり、シミュレーターで訓練を積んでいる。

スコアも平均点以上だ。今のノアなら、十分に任せられると思ったんだ。」

 

ジョシュアは少し沈黙した後、納得したような、しかし照れくさそうな声で答えた。

 

「……なるほど。ノアも頑張ってますからね。睡眠時間が増えるのも助かりますし……分かりました。俺の機体を貸しますよ。」

 

ソウヤは静かに頭を下げ、感謝を込めて言った。

 

「ありがとう、ジョシュ。機体を貸してくれて。」

 

ジョシュアは少し間を置いてから、無線越しに照れくさそうに言った。

 

「よしてください、隊長。感謝してるのは俺の方ですから。」

 

「……どうして?」

 

「隊長が危険な任務にばかり連れ出すもんで、危険手当がえらいことになりまして。おかげで家族への仕送りが増えたんです。」

 

ジョシュアの声が、少しだけ弾んだ。

 

 

「妹にワンピース、弟には新しい靴を買ってやれました。あいつら、見たことないような顔で喜んで……。軍に入ってから、あんなに嬉しかったのは初めてですよ。」

 

「……そうか。それは良かった。」

 

ソウヤの口元に、自然と穏やかな笑みが浮かぶ。

 

「弟さんや妹さんは、さぞ喜んだだろうな。」

 

「ええ!リリーも、ベンも、双子のサラとモニカも……末っ子のトミーなんて、新しいボールを抱えて寝てるくらいです。本当に……ありがとうございます、隊長。」

 

通信越しのジョシュアの声は、抑えきれない喜びで弾んでいた。

自分の稼いだ金で、飢えていた家族の手に温かな「日常」を握らせることができた。

その誇らしさと充足感が、彼の胸を熱く満たしているのだろう。

ソウヤはジョシュアの喜びに弾んだ声を聞いて、自分はジョシュアの良い上司になれていると安堵した。

ふと、思い出したように、ジュシュアはソウヤに尋ねた。

 

「タカバ隊長にも、ご兄弟はいるんですか?」

 

ソウヤは一瞬、言葉を失った。

ヘルメットの中で視線を彷徨わせ、行き場のない指がスボンのポケットの裾を強く握り締める。

 

「……ああ。弟が、一人だけ…。」

 

「へえ、そうなんですね。……きっと弟さんも、隊長の背中を見て育ったんでしょう。誇らしい兄さんだと思ってますよ、絶対に。」

その言葉が耳の奥で、呪詛のように反響した。

弟が自分をどう思っているか。

そんなもの、考えたくもなかった。

 

「……どうだろうな。俺が軍に入って、清々しているかもしれない」

 

自嘲気味にこぼれたソウヤの言葉が、通信回線を通じて冷たく横たわった。

「しまった」という後悔が、ジョシュアの側にも一瞬の沈黙となって表れる。

期待していた「兄弟の絆」という美しい返答とは真逆の、拒絶に近い響き。

ジョシュアは慌てて、自分の失敗を埋めるように言葉を継いだ。

 

「家族って、難しいですからね……。俺も昔は心配ばかりかけて、今でもちゃんと説明できないことがたくさんありますから…。」

 

ジョシュアのそれは、不器用な慰めだった。

彼は自分の過去にある「些細な反抗」や「照れ」の延長線上にソウヤの苦悩を重ねようとする。

しかし、その善意の歩み寄りが、ソウヤには耐え難かった。

ジョシュアの語る「説明できないこと」は、いつか和解できる温かい秘密だ。

だが、ソウヤが胸の奥に抱えるのは、説明したところで誰も救われない、修復不可能な断絶の感情が含まれている。

 

「……ああ、分かるよ。どうしても、言葉にできないことがあるものだ。」

 

ソウヤの返答は、表面上は同意だった。

しかしその声は、どこか遠くから響いているかのように空虚だ。

相手の優しさを正面から受け止めることもできず、かといって否定して傷つけることもできない。

ソウヤはただ、会話のシャッターを静かに、しかし断固として下ろすことしかできなかった。

無機質なノイズだけが二人の耳元で鳴り続ける。

「共感」という名の橋を架けようとしたジョシュアと、その橋の向こう側に深い崖を隠しているソウヤ。

救いようのない認識のズレが、狭いコクピットの空気を重く、気まずいものへと変えていった。

 

 

 

──数時間後

 

仮眠から目覚めたソウヤは、顔を洗い、野戦服を整えてスライフレイルの元へ向かった。

 

ミデアの横で待機しているスライフレイルのコックピットに乗り込み、機体を起動させる。

紫色のメインカメラがゆっくりと灯り、夜のジャングルがモニターに映し出された。

機体がゆっくりと立ち上がり、ジョシュアのジム・キャノンが待機しているポイントに移動する。

待機ポイントに移動すると、ジョシュアがジム・キャノンで待っていた。

 

「隊長、お疲れ様です。交代よろしくお願いします。」

 

「ああ、ありがとう。ノアにはちゃんと伝えた。

お前もゆっくり休め。」

 

スライフレイルが静かに前進し、ジョシュアのジム・キャノンがミデアの方に戻っていく。

 

二機は短く視線を交わすようにメインカメラを向け合い、交代を完了した。

 

スライフレイルはミデアから少し離れた警戒ポイントへと移動した。

木々の隙間から差し込む月光を浴びながら、機体を静止させる。

ビームライフルを右手に構え、紫色のメインカメラをゆっくりと全周囲に展開。

夜のジャングルは静かだったが、どこか重い空気が漂っている。

ソウヤはシートに深く体を預け、息を整えた。

モニターに映る木々の影、風に揺れる葉、遠くで鳴く虫の音——すべてを注意深く観察する。

指先が操縦桿を軽く握りしめ、いつでも動ける態勢を保ったまま。

 

(……今は任務に集中する。余計なことは……後だ。)

 

しかし、胸の奥に残るざわめきは、なかなか消えなかった。

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
お待たせしてしまって、申し訳なかったです。
ソウヤ達は08小隊の最終決戦の場だった、鉱山都市に到着しました。
あの最終決戦から、その後の風景がイメージ出来るように描いてみました。
ではでは、次の話も楽しみにしていてくださいね。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
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  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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