紫色のメインカメラが、濃密な朝霧を睨みつける。
視界は十数メートル先が限界だった。白く淀む霧が、廃ビルの合間を這うように流れ、路地も上空も、すべての死角を覆い隠している。
建ち並ぶ半壊した高層ビル群は、まるで巨大な墓標の森のようだった。
ソウヤはスライフレイルの巨体を高層ビルの壁際に密着させ、機体を低く沈めて周辺を警戒していた
(……どこだ。どこから来る……?)
指がトリガーに掛かったまま微かに震える。
ビームライフルを構えた右腕を微調整しながら、左側のサブモニターで全周囲センサーを高速スキャンし続けていた。
冷たい電子音がコックピットに規則正しく響く。熱源、ミノフスキー粒子反応、音紋——どれも異常なし。
しかし、それがかえって不気味だ。
ヒルダのグフ・カスタムはオデッサ作戦の時、異常な機動性と反応速度で自分達を蹂躙していた。
今は霧まで味方につけている。
敵がどこに潜み、どの角度から襲ってくるか、完全に予測不能な状況だ。
背後を警戒し、左側面をビルでカバーし、右側と前方をライフルで制圧。
ソウヤは呼吸を整えながら、戦術的死角を頭の中で埋めていく。
だが、頭の片隅で別の声が響いていた。
(……本当に、ヒルダなのか?俺がオデッサで手に掛けたはずだ……)
霧の奥で、かすかな金属音のようなものが聞こえた気がした。
それが風の音か、幻聴か、それとも——
スライフレイルの紫の瞳が、濃い白霧の奥を鋭く射抜く。
指がトリガーに力を込め、いつでも即応できる状態を保ったまま、ソウヤは静かに息を殺した。
この霧の中では、先手を取られた瞬間、すべてが終わる。
キュウイィィィィィィィィィィン……!
右側遠方から、低く甲高い回転音が響き渡った。
(この音は……!!)
ソウヤは一瞬でその音の正体を理解した。
高速回転する6本の砲身——グフ・カスタムの75mmガトリングシールドだ。
咄嗟に左腕のショートシールドを構えながら、スライフレイルを左側へ急激に横滑りさせる。
直後——ドドドドドドドドドッ!!
スライフレイルが先ほどまで身を隠していたビルの壁面に、凄まじい弾幕が叩き込まれた。
コンクリートが粉砕され、大量の破片が霧の中に舞い上がる。
弾幕はわずかに斜め上から降り注いでおり、ビル壁を抉りながら地面をえぐっていた。
(斜め上からだと……!?)
ソウヤは回避しつつ瞬時に状況を分析した。
左側はビルでカバーし、正面前方と右側は常に警戒していた。
近づいていれば気付いていたはずだ。
しかしこの角度——相手は地上ではなく、やや高い位置から撃っている。
「高速道路からか!」
ソウヤは即座にガトリングシールドの連続で発光するマズルフラッシュを確認し、右手に構えたビームライフルを素早く振り上げて発砲。
赤いビームが霧を切り裂いて飛ぶ。
しかし、次の瞬間——
グフ・カスタムは高速道路の上を走りながら射撃を続け、ビームを紙一重で躱す。
ガトリングの回転音が途切れることなく続き、水色の機影は霧の中を高速で移動しながら、弾幕を浴びせようとする。
「くっ……!」
ソウヤは歯を食いしばりながら、さらに左へ機体を振り、ショートシールドで弾幕を受け流した。
激しい衝撃が左腕に伝わり、機体がわずかに震える。
グフ・カスタムは高速道路を疾走していた。
高速道路の整地された路面は、グフ・カスタム本来の脚部性能を存分に発揮して直線的に加速を繰り返す。
あの悪夢のような機体が崩れた防音壁や傾いた電灯を巧みに遮蔽物として利用しながら、ガトリングシールドを連射。
しかも、射撃の間隔を意図的に不規則に空けている。
マズルフラッシュが一瞬だけ霧に浮かび上がっては、すぐに次の移動に入る。位置を特定させる時間を極力与えない、計算された戦術だった。
「くそっ……!」
ソウヤは機体を移動させながら、ビームライフルを即座に3連射した。
赤いビームが霧を切り裂くが、ことごとく外れる。
高速で移動する高所の相手を、霧の中で捉えるのは極めて困難だった。
しかも相手は一方的に攻撃を続けながら、決して同じ場所に留まらない。
ドドドドドドドドッ!!
再び75mmガトリングの弾幕が斜め上方から降り注ぐ。
高速道路の上から浴びせられる弾雨は容赦なくスライフレイルの周囲を抉り、破片と土煙が視界をさらに悪化させた。
(位置が読めない……!マズルフラッシュでの位置特定も対応されている……!)
胸の奥で焦燥が急速に膨れ上がっていた。
このままでは一方的にやられる。距離を取らなければ。
「一旦、高速道路から距離を取るしかない!」
ソウヤは高速道路から距離を取るため、バックパックのスラスターを噴射させ、スライフレイルを急いで後退させた。
背後から聞こえるガトリングの回転音は、まるで逃げるスライフレイルを嘲笑うかのように鳴り響く。
高速道路から離れたT字交差点の半壊した高層ビルのすぐ脇に機体を滑り込ませ、壁際に密着させて低く身を沈めた。
(なんとか、距離を離すことができたか。)
不意の接近戦に備え、バックパックの左側面にあるビームサーベルラックから、刀身を出さないままのビームサーベル束を抜き取り、左手に握らせる。
右手はビームライフルを保持したまま、いつでも即応できる態勢を保った。
ソウヤは息を殺しながら、冷静に状況を分析した。
(……あの戦い方は、絶対にヒルダのものじゃないな)
オデッサ作戦で戦ったヒルダのグフ・カスタムは、まるで生き物だった。
生体ユニットにより、ヒルダの脳髄の電気信号がダイレクトに機体へ反映される。
操縦の行程をほぼ省略し、人間のような直感的な動作と超人的な反応速度でこちらを蹂躙してきた。
だが、今のグフ・カスタムは違う。
高速道路の高所という地形の利点を利用し、射撃の間隔を意図的に不規則に空け、マズルフラッシュによる位置特定をしにくくしている。
計算され、効率的で、戦術的に組み立てられた動き。
人間のパイロットが、機体の性能と地形を最大限に活かした「熟練の戦い方」だ。
(あれはヒルダじゃないが、かなりの腕前のパイロットだな。)
ソウヤの息が荒くなり、心臓の鼓動が耳の奥でうるさく鳴り響く。
指先が微かに震え、操縦桿を握る手に力が入りすぎて白くなる。
もしヒルダが生きていたとしても、あの生体ユニットの狂った反応速度と直感的な動きが消えているはずがない。
なのに今、目の前にいるのは完全に「別の誰か」だ。
様々な疑念が頭の中で渦を巻くが、自分の直感が「あれはヒルダでない」と断じている。
スライフレイルは高層ビルの壁際に密着したまま、周辺を鋭く警戒し続けた。
先ほどまで鳴り響いていたガトリングシールドの回転音が、いつの間にか完全に止んでいた。
廃墟に落ちる静寂が、かえって不気味だ。
白い霧が路地を這い、視界を十数メートル先までしか許さない。
半壊したビル群が巨大な死体のように沈黙する中、敵がどこから現れるのか全く予測できない。
ソウヤは呼吸を浅くし、耳を澄ませた。
僅かな金属音、駆動音、足音——どんな小さな変化も聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ます。
蒼い瞳がモニターを凝視し、霧の奥を睨み続ける。
(……来い。どこからだ……)
その時——
ズン……ズン……ズン……
背後から、ゆっくりとしたモビルスーツの歩行音が響いてきた。
ソウヤの背筋が緊張で硬直する。
(高速道路から降りて……俺を探しているな)
相手はこちらの正確な位置をまだ特定できていない。
音の間隔と大きさから、慎重に索敵しながら近づいているのがわかる。
(……好機だ)
ソウヤは即座に判断した。
この位置なら、交差点に出てきた瞬間に至近距離から一撃を浴びせられる。
現在地はT字路に面したビルの陰——グフ・カスタムが交差点に出てきた瞬間、至近距離からビームを叩き込める位置だ。
スライフレイルはビームライフルを交差点に構えた。
ソウヤは息を殺し、トリガーに指を掛けたまま神経を集中させた。
ズン……ズン……ズン……
歩行音が、確実に近づいてくる。ソウヤの瞳が鋭く細められた。
グフ・カスタムの足音が、霧の中で確実に大きくなっていく。
(……来い、交差点に出た瞬間に撃ってやる。)
だが、モビルスーツの重い足音が交差点進入の直前でピタリと止まった。
(なぜだ!?あと一歩なのに!!)
ソウヤの神経が一瞬で張りつめる。
次の瞬間——シュウゥゥゥゥッ!!
鋭く風を切る音が、霧の中から聞こえた。
(この風切り音は!)
咄嗟にソウヤはスライフレイルを右後方へ急激に横滑りさせた。
ガッシャーンッ!!
直後、ソウヤが隠れていたビルの壁に強烈な衝撃音と共に何かが深々とめり込んだ。
それは先端に鉤爪状のアンカヘッドを持つ、ワイヤータイプのヒート・ロッドだった。
ロッドがビルの外壁にぶつかった衝撃で、残っていた窓ガラスが一斉に粉々に砕け散る。
外装材がボロボロと崩れ落ち、アスファルトの地面に激しく叩きつけられた。
(待ち伏せしていることを察知しているだと!?)
右腕からヒート・ロッドを射出し、慣性の力で先端部分をビルの陰にいる自分に向かって振り回したのだ。
グフ・カスタムはまだ姿を見せないが、ワイヤーを巻き取る音が響く。
ソウヤは体勢が崩れた機体を立て直そうとしたが、間に合わなかった。
ドガァァァッ!!
グフ・カスタムが飛び出し、ガトリングシールドの掃射をスライフレイルに浴びせる。
「くっそ!間に合え!」
スライフレイルは慌てて両腕をクロスさせ、ショートシールドで機体をガードするが、激しい弾幕が機体を襲った。
スライフレイルの装甲が大きく凹み、表面の塗装が剥がれ落ちる。
さらに数発がビームライフルに命中——警告音が激しく鳴り響き、ライフルがエネルギー暴走して爆発の兆候を見せ始めた。
「ライフルが壊れたか!」
ソウヤは咄嗟に壊れたビームライフルをグフ・カスタムに向かって全力で投げつけた。
ビームライフルはグフの眼前で炸裂し、強烈な光と煙で一瞬視界を奪う。
その爆煙を突き破るように、ソウヤはスライフレイルを前進させた。
「この瞬間しかない!」
左手に握っていたビームサーベルにエネルギーを通し、赤白い光刃を形成。
一気に間合いを詰め、横薙ぎに一閃。
ビーム刃がグフ・カスタムの左腕に装着されたガトリングシールドの回転砲身を捉え、灼熱の光と共に熔断した。
6本の砲身が次々と溶け落ち、火花を散らす。
グフ・カスタムは即座に熔解したガトリングアタッチメントをパージ。
爆発的なスラスターの後退噴射でスライフレイルから距離を取った。
さらに離脱と同時に左腕に装着された3連装35mmガトリング砲が火を噴き、スライフレイルの頭部を狙って連射した。
——ドドドドドッ!!
ソウヤは寸前で機体を捻ったが、完全に回避しきれなかった。
V型アンテナの右側が被弾し、角が吹き飛ぶ。
「くっ……!」
スライフレイルの頭部がわずかに仰け反り、警報音がコックピット内に鳴り響く。
ソウヤは瞬時に武器を切り替え、頭部バルカン砲の連射を浴びせた。
ババババッ!
小型弾が霧を切り裂いて飛ぶが、グフ・カスタムは左腕の盾を軽く掲げて易々と弾き返した。
水色の機影は即座に反転し、半壊したビル群の奥へと高速で走り去る。
一瞬で霧に溶け、姿を完全に消した。
(離脱した……!?)
ソウヤは素早く左手に持っていたビームサーベルを右手に持ち替え、刀身を消した。
光刃を出したままでは目立つので、位置がバレやすい。
今は霧と廃墟が味方だ。
位置を特定されなければ、こちらも奇襲の機会がある。
廃都市は静まり返っていた。
目と鼻の先すら白く淀む視界の中で、音と気配だけが頼りの極限の隠れんぼが始まった。
ズン…… ズン……
遠くから、わずかな歩行音が聞こえる。
しかしすぐに止み、代わりに金属が擦れるような音が響いた。
(この音は?相手は何をしようとしているんだ?)
ソウヤは紫のメインカメラを上空に向けた瞬間——
シュルルルルッ!
霧の奥からワイヤーが伸び、グフ・カスタムのヒート・ロッドが高速で飛来した。
先端のアンカが高層ビルの壁に突き刺さり、グフはワイヤーを巻き取りながら一気に高層ビルの側面を駆け上がる。
「ヒート・ロッドを使って、壁走りだと!?」
ソウヤが機体を捻った直後、頭上から35mmガトリングの弾幕が降り注ぎ、スライフレイルの肩部と背中を抉る。
弾幕を放ったグフはすぐにワイヤーを切り離し、別のビルに突き刺して跳躍。
再び霧の中に姿を消した。
(畜生……完全に翻弄されている……!)
視界がほぼゼロに近い状況で、相手は高層ビルの立体構造とワイヤーヒート・ロッドを駆使して自由に移動している。
こちらは音とわずかな気配だけで敵の位置を推測しなければならない。
廃墟の静寂と濃霧の中で、両者は互いの気配を探り合いながら、息を潜めて動いていた。
次の瞬間、右後方から再びワイヤーの伸びる音がした。ソウヤは咄嗟に機体を左へ滑らせながら、頭の中で必死に考える。
(この霧の中では……互いに視界不良だ……相手も同じ条件。こっちにも勝機はあるはずだ!)
互いの気配を探り合いながら、息を潜めて動いていた。まるで巨大な迷宮と化した霧の奥で、再び金属が擦れるような音が響いた。
ブンッ!
高層ビルの残骸から、赤く灼熱した巨大なナタのような湾曲した刃が霧を切り裂いて飛び出してきた。
(ヒート・サーベル……!?)
赤熱化した刀身が霧を蒸発させながら、恐ろしい速度で横薙ぎに振り下ろされる。
「っ……!!」
ソウヤは咄嗟に、右手に握ったビームサーベルで受け止めた。
灼熱の刃とビームの光刃が激突し、強烈な火花が爆発的に広がった。
衝撃でスライフレイルの機体が大きく後退し、足元のアスファルトが抉れる。
グフ・カスタムは着地と同時に、さらに一歩踏み込み、巨大な曲刀状のヒート・サーベルを連続で振り下ろしてきた。
重く、太く、まるで斬馬刀のような一撃が、容赦なくスライフレイルを襲う。
ソウヤは歯を食いしばりながら、ショートシールドとビームサーベルを交互に使い、なんとか攻撃を凌ぐ。
しかし一撃ごとに機体が大きく揺れ、左腕のショートシールドには赤熱した刃の溶断痕が深く刻まれていく。
(重い……!機体の体重移動を利用した、なんて重い攻撃なんだ!?)
グフ・カスタムは至近距離で圧力をかけながら、霧の中を素早く旋回し、再び影に溶け込んだ。
一瞬の攻防の後、赤い残光だけを残して姿を消す。
ソウヤの心臓が激しく鼓動する。
(……完全に、こちらのペースを乱されている……
このままじゃ、じり貧だ……!)
霧の奥で、再びゆっくりとした足音が動き始めた。
ソウヤは息を殺し、全神経を研ぎ澄ませた。
音の方向、微かな振動、気配——すべてを拾い上げ、相手がどこから来るかを必死に予測する。
ズン………ズン………ズン……ズン…ズン…ズン
(……右前方……近い!)
刹那——ドドドドドッ!!
霧を裂いて3連装35mmガトリング砲の弾幕が飛来した。
「そこか!」
ソウヤは即座にショートシールドを掲げて弾幕を受け流しながら、頭部バルカン砲で牽制射撃を返す。
バルカンの弾がグフ・カスタムの胸部と肩部に命中し、装甲を抉って火花を散らした。
しかしグフ・カスタムは怯まずに突進してくる。
「そのまま来るか!」
ソウヤはビームサーベルを構え直し、接近するグフを迎え撃った。
二機のモビルスーツは、廃ビルの間の狭い空間で激しく斬り結んだ。
ズバァァンッ!!
赤熱した巨大な曲刀状ヒート・サーベルと赤い閃光のビームサーベルが正面から激突し、強烈な光と火花が霧を一瞬で染め上げる。
衝撃で両機がわずかに後退するが、すぐに次の斬撃が繰り出される。
グフ・カスタムが右から重い一撃を振り下ろせば、ソウヤはビームサーベルで受け止めながら左へ旋回。
反撃としてビームサーベルを斜め上に切り上げ、グフの左肩を狙う。
ズシャァァッ!
光刃がグフの左肩アーマーの角を浅く熔断したが、グフは即座に体を捻り、ヒート・サーベルを横薙ぎに返した。
ソウヤはショートシールドで受け止めつつ、機体を低く沈めて踏み込み、ビームサーベルをグフの胴体に突き刺そうとする。
二機は至近距離で激しく入り乱れ、ビルの壁を削りながら激しい剣撃を交わし続けた。
火花が霧の中で散り、灼熱した金属の匂いが立ち込める。
グフ・カスタムのヒート・サーベルは重く、破壊力に優れていたが、ソウヤのビームサーベルは切れ味と機動性で優位。
二機は互いの間合いを読み合い、時には盾で弾き、時には刃を滑らせてカウンターを狙う、死に物狂いの立ち回りを展開した。
(なんとか、動きは読めてきたぞ……!)
ソウヤは相手の動きを徐々に読み始めていた。
グフ・カスタムの攻撃パターン、歩幅、刃の軌道——霧の中で何度も刃を交えるうちに、その癖が見えてきた。
ソウヤは的確にタイミングを合わせ、ビームサーベルで受け流し、ショートシールドで弾き、隙を突いて反撃を加えていく。
刃と刃が激突するたび、火花が霧を赤く染め、灼熱した金属音と激しく立ち回る足音が廃墟に響き渡る。
進もうとすれば退かれ、退けば追われ、互いに一歩も譲らない剣戟の応酬が続く。
(……いける!)
ソウヤはグフ・カスタムの右からの大振りを見切り、機体を低く沈めて内側に踏み込んだ。
ビームサーベルを大きく振りかぶり、相手の左側面を狙った必殺の一撃を放とうとした。その瞬間——グフ・カスタムがわずかに体を捻り、ソウヤの動きを誘い込むように左足を踏み出した。
(しまった!これは誘い込まれた!?)
ソウヤの攻撃がわずかに空を切り、次の瞬間、グフの左スパイクアーマーのカウンターが炸裂。
ガァァンッ!!
強烈な衝撃がスライフレイルを襲い、機体がバランスを完全に崩した。
仰向けに倒れ込みながら、アスファルトに激しく叩きつけられる。
「ぐあっ!」
スライフレイルの背中が地面に激突し、激しい衝撃がコックピットにまで伝わった。
グフ・カスタムは即座に距離を詰め、仰向けに倒れたスライフレイルを見下ろした。
赤熱したヒート・サーベルを高々と振り上げる。
(ここまでか……)
ソウヤは死を覚悟し、静かに目を閉じた。
その刹那——
「イエヴァ!もういい、そこまでだ!」
どこからか、怒気を含んだ低く太い男性の声が、廃墟に響き渡った。
力強く、一切の反論を許さない、命令調の声だった。
ソウヤは恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは、黒いジオン軍パイロットスーツを着た中年の男性だった。
「聞こえなかったのか、イエヴァ!剣を下ろせ! これ以上は許さん!!」
男の声は低く、しかし凄みのある響きを帯びていた。
軍人として鍛え上げられた威圧感と、絶対的な命令権が込められた言葉だった。
彼は仰向けに倒れたスライフレイルのコックピットブロック部の装甲の上に立ち、ヒート・サーベルを振り上げたまま固まっているグフ・カスタムを見上げていた。
グフ・カスタムは、男がスライフレイルの胸部装甲の上に立っているため、サーベルを振り下ろすことができず、動きを止めていた。
男の風貌は厳しく、鋭い目つきをしていた。
軍人として長年鍛えられたがっしりとした体躯、額や目元、口元に深く刻まれたシワが、激しい戦いを生き抜いてきた歴史を物語っている。
しかしその佇まいには、ただの粗暴さではなく、気品と落ち着きを兼ね備えた紳士的な雰囲気もあった。
ソウヤは急に現れた男に完全に困惑していた。
コックピットのモニター越しに、その男を凝視するしかなかった。
グフ・カスタムは男の指示に従い、振り上げていた巨大なヒート・サーベルをゆっくりと下ろす。
赤熱した刃が冷めていくにつれ、霧の中に赤い残光が淡く漂う。
男は剣が下ろされたことを確認すると、スライフレイルのメインカメラの方に向き直り、静かに語りかけた。
「すまなかったな。私の愛機のイエヴァが突然、君を襲ってしまって。本当に申し訳ない。」
声は低く、落ち着いていたが、軍人らしい重みと威厳があった。
ソウヤは戸惑いながら、通信機を通じて尋ねた。
「……あなたはいったい、誰ですか?」
男はわずかに目を細め、静かに答えた。
「私はノリス・パッカード。あの機体——イエヴァのパイロットだった男だ。」
「だった……?」
「ああ。私はケルゲレン脱出の露払いのために出撃し、戦死した男だ。」
ソウヤは相手の言葉にさらに戸惑いを深めた。
「戦死した……?それなら、どうして今ここに……」
ノリス・パッカードは遠くを見つめるような目で、ゆっくりと言葉を続けた。
「私自身は、最後の戦いでアイナ様の願いを叶えることを選んだ。しかし……心のどこかで、未練が残っていたのだろう。『自分とイエヴァなら、どんな敵にも勝てたかもしれない』という、愚かな驕りだ。その未練が、イエヴァに伝わってしまい……。その機体に乗っている、君の前に現れたのだろう。」
ノリスはそう言うと、スライフレイルの胸部装甲からゆっくりと降り立ち、地面に足を着けた。
そして静かに、仰向けに倒れたスライフレイルを見上げた。
「……驚かせてしまったようだな。生きているはずのない死人が、突然現れて。」
ソウヤは息を整えながら、男の言葉を聞いていたが、ふと違和感に気づいた。
(確かにおかしいな。高速道路は崩落していたはずなのに…)
偵察した時、この高速道路の多くの橋桁は崩落していたはずだ。
しかし今、見える範囲の高速道路は、ほとんど損傷らしい損傷もなく残っている。
霧があるとはいえ、そんな大規模な違いに気づけなかったとは。
「……これは、夢なんだな。」
ソウヤは低く呟いた。
ノリスはわずかに目を細め、ため息をついた。
そして頭を軽く掻きながら、苦笑を浮かべた。
「まったく……イエヴァめ、勝手なことをしおって。
すまんな、連邦の若いパイロット。死んだはずの男の往生際の悪さがモビルスーツを動かした。随分と馬鹿げた話だとは思っている。」
ソウヤは静かに答えた。
「いいえ……これは夢なんですから、そんな馬鹿げた夢もあるかもしれません。私も、『ああしていれば良かった』という未練は、ありますから。」
ノリスは一瞬、目を丸くした後、穏やかな表情になった。
「……そうか、すまないな。」
少しの沈黙が、霧に包まれた廃墟に落ちた。
ノリス・パッカードは穏やかだが真剣な眼差しでソウヤに話し掛けた。
「馬鹿げた夢の続きとして、頼みがあるのだが……良いかな?」
ソウヤはわずかに警戒を解きつつ、答えた。
「……なんでしょうか?」
ノリスは小さく微笑み、静かに続けた。
「その機体に乗って、ここに来たのも何かの縁だ。
一つ、胸を貸してくれまいか?」
ソウヤは意外な提案に一瞬驚いたが、ノリス・パッカードの武人らしい真っ直ぐな眼差しを見て、すぐに納得した。
この男は、ただの亡霊や幻ではない。誇りあるジオンのMSパイロットとして、戦いを求めている。
「……わかりました。了解です。」
ノリスは深く頷き、穏やかな声で礼を述べた。
「感謝する。」
彼はゆっくりと振り返り、待機していたグフ・カスタムに近づく。
するとコックピットハッチが静かに開き、搭乗用の牽引ワイヤーが降りてくる。
ノリスは鐙に足を乗せ、ワイヤーがゆっくりと巻き取られるまま、コックピットへと乗り込んだ。
ソウヤもスライフレイルをゆっくりと立ち上がらせた。ノリスはコックピットから通信を繋ぎ、静かに言った。
「……改めて礼を言う。死んだはずの男の、最後の我が儘に付き合ってくれたことに。」
ソウヤはスライフレイルをゆっくりと構えながら、通信越しに言った。
「こんな夢、滅多に見れませんから……付き合いますよ。」
その言葉を聞いた瞬間、ノリス・パッカードは大きく笑った。
「フハハハハ! 面白い男だ。死んだ男の我が儘に付き合ってくれるとは……。アイナ様の想い人も、君みたいな男だったかもしれん。」
ソウヤは軽く息を吐き、スライフレイルを操作した。
右手に持っていたビームサーベルを手放し、腰の左右に懸架されていた二本のジャベリンを両手に取り、連結させる。
カチリ、という金属音と共に、二本のジャベリンが一本の長柄武器へと変形した。
ソウヤはロング・ビーム・ジャベリンの穂先から赤いビーム刃を展開させ、構えを取った。
「さて……準備は良いですか?」
ノリスはグフ・カスタムのコックピット内で低く笑い、右手に持ったヒート・サーベルを赤々と灼熱させた。
「ああ、良いとも。」
蒼い鬼神と緑の狩人が、霧に包まれた廃墟の交差点で静かに対峙した。
ソウヤは静かに、しかし力強く言った。
「例え、夢の中だろうと……勝たせてもらいます。」
ノリスは楽しげに笑い返した。
「その意気や良し!だが、今回は私が勝たせてもらう!」
次の瞬間——二機は同時に地面を蹴った。
グフ・カスタムの赤熱したヒート・サーベルと、スライフレイルのロング・ビーム・ジャベリンが、霧の中で激しく交錯した。
ソウヤはスライフレイルを操り、廃墟の町を再び巡回していた。
夢の中とは違い、街を覆っていた霧はなく、視界は良好。
高速道路の多くはやはり崩落しており、ねじ曲がった鉄骨とコンクリートの残骸が地面に散らばっている。
「……最後の最後に完全に読まれていたな。こっちの回避する方向にヒート・ロッドを置くように飛ばすなんて、あちらの方が上手だった。」
ソウヤは夢の中での敗因を呟きながら、スライフレイルをゆっくりと半壊したビル群の間へ進めた。
やがて、ソウヤは一つの場所にたどり着く。
「これは……。」
そこは、夢の中で戦っていたグフ・カスタムの、上半身と下半身が両断された残骸がある地点だった。
だが、ソウヤは自分の目に映った光景に驚いた。
昨日まで、地面に膝を着けまいと立っていたグフの下半身が倒れていたのだ。
それはまるで、全てをやり切り、満足して倒れ込むランナーのようだった。
「そうか…満足したんだな。」
ソウヤはスライフレイルをグフの残骸の正面へと歩ませ、駆動音を抑えてその場に佇ませた。
ノリス・パッカード。そして、その魂を宿していた愛機、イエヴァ。夢の中で刃を交えたあの凄まじい技量は、紛れもなく本物だった。
生半可な覚悟では、自分が本当に撃破されていたであろう、本物の武人の矜持がそこにはあった。
「……見事な戦いでした。」
ソウヤはコックピットの中で静かに敬礼をし、ジオンの老将への深い哀悼の敬礼を捧げた。
スライフレイルもまた、頭部をわずかに垂れるようにして沈黙する。
宇宙世紀という過酷な時代は、どれほど多くの戦士たちの魂をこの大地に縛り付けているのだろうか。
(俺も、いつか……)
ふと頭をよぎったそんな雑念を、ソウヤは自嘲気味に首を振って消し去った。
自分はまだ、エイル達への贖罪を済まさずに死ぬわけにはいかない。
生き延びて、第4小隊の仲間たちを連れて、1人でも多くの残党兵を宇宙に帰すのが今の自分の義務だ。
ソウヤは目を開けると、静かにスライフレイルの操縦桿を握り直した。
メインモニターの向こう、陽光に照らされたグフの残骸は、もう二度と動くことはないただの鉄屑へと戻っていた。
しかし、あのヒート・サーベルの赤熱した残光と、ノリスの豪快な笑い声は、ソウヤの脳裏に深く刻まれている。
「ありがとうございました。……良い夢でしたよ、ノリス大佐。」
その時、コックピット内に電子音が鳴り響いた。
コンソールに『COMMUNICATION』の文字が明滅し、スピーカーから聞き慣れたオペレーターの声が流れる。
「こちら、エミリアです。隊長、巡回ルートの進捗はどうですか?」
「ああ、ルート上の確認はすべて終了した。特に異常はなかったよ。」
ソウヤは夢の残像を振り払うように、いつもの冷静な口調に戻って応じた。
「了解しました。調査のための歩兵部隊が間もなくそちらに到着します。予定通り、現時刻をもって哨戒任務を終了してください。」
「了解、歩兵部隊の到着を確認次第、ミデアに戻る。……スライフレイル、帰投する。」
「了解しました、気を付けて戻ってくださいね。通信終了します。」
プツン、と無機質なノイズと共に通信が切れた。
ソウヤは操縦桿を握ると機体を反転させ、スラスターを低出力で吹かした。
崩落した高速道路を背に、スライフレイルは再び自分の戦場へと歩みを進める。
緑の狩人は、陽光が差し込む廃墟の奥へと、静かに姿を消していった。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
まさかまさかのノリス・パッカードとイエヴァのサプライズ参戦でした。
ノリスのグフ・カスタムには「イエヴァ」の愛称があったので、その設定を使わせてもらいました。
ノリスがアイナと会話し、基地から出撃する時にグフ・カスタムに「イエヴァ」と呼んでいるシーンがあるんですよ。
そして、イエヴァが夢に現れた理由はソウヤの機体がカレンの機体だったからです。
ソウヤのスライフレイルはカレンの陸戦型ガンダムがベースなので、イエヴァはそれに反応し、ソウヤの夢の中に現れたんです。
ガンダムて、オカルトな部分もあるので、こんな話もありかなと思って、作りました(笑)
ではでは、次の話もお楽しみに~♪
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
-
陸戦型ジム改
-
バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン