東南アジアの空は皮肉なほどに青く澄み渡り、突き刺さるような強烈な陽光が、地球連邦軍極東方面軍機械化混成大隊——通称『コジマ大隊』の基地全体を容赦なく照らし出している。
広大な格納庫の中では、第4小隊の面々がそれぞれの作業に追われ、慌ただしく動き回っていた。
金属がぶつかり合う高い音と、エアインパクトレンチの小気味よい駆動音が響く中、サンダース、ジョシュア、ノアの3人は、整備班と共にモビルスーツの定期点検に立ち会っていた。
ハンガーに並ぶのは、第4小隊の誇る鋼鉄の機兵たち。ソウヤの愛機『スライフレイル』、白い装甲に戦いの傷を刻んだ『陸戦型ガンダム』、そして中距離支援の要である『ジム・キャノン』だ。
整備兵たちは巨大な脚部や関節部に異常がないか、入念にインジケーターをチェックしていく。
同時に、小隊の耳目となるホバートラックのソナーや駆動系にも、厳しい目が光らせられていた。
一方、格納庫の喧騒から少し離れた小隊オフィスでは、ソウヤ・タカバ少尉がエミリア・ドットナー准尉と共に、机の上にうず高く積まれた書類と格闘していた。
先のジオン残党補給基地制圧戦の戦闘詳報、そして3日前の鉱山都市偵察任務の報告書作成。
「……タカバ隊長、ここの補給基地での弾薬消費量のデータ、計算が合いません。もう一度ログを照合してもらえますか?」
「あ、ああ、分かった。……すまない、少し考え事をしていてな。」
エミリアに声をかけられ、ソウヤは慌ててペンの動きを戻した。
「……少尉? 本当にどうかしたんですか?」
エミリアが机の上の書類から顔を上げ、不思議そうにソウヤの顔を覗き込んできた。
「いや、その……」
ソウヤはきまり悪そうに視線を泳がせ、軽く咳払いをしながら頭を掻いた。
まさか、3日前の夢の中でジオンの名将と命がけの隠れんぼをして、最後は「いい夢でしたよ」なんて会話をして別れた、などと大真面目に打ち明けるわけにもいかない。20歳を過ぎた現役の連邦軍パイロットとして、少々恥ずかしかった。
「……ただの、夢の話だ。気にしないでくれ。」
「夢、ですか?」
エミリアは少しだけ目を丸くしたが、すぐにその柔らかい唇を緩め、穏やかで優しい笑みをソウヤに向けた。
「ふふ、少尉でもそんなことがあるんですね。でも、私はどんな夢でも、少尉が真剣に考えていることなら馬鹿げているなんて思いませんよ。」
エミリアはペンを置き、ソウヤの目を真っ直ぐに見つめた。
「私は、タカバ隊長のことを心の底から信じていますから。……それに、あの時、私を優しく慰めてくださって、本当に嬉しかったんです。だから、私はどんなことがあっても、これからもずっと隊長についていきます。」
彼女の濁りのない、真っ直ぐな言葉がオフィスの静寂に響いた。
その言葉の重みと、自分に向けられた圧倒的な信頼の温かさに、ソウヤは胸が熱くなるのを感じた。
一年戦争のトラウマを抱え、泥に塗れて東南アジア方面へ左遷された自分を、ここまで全肯定してくれる存在が目の前にいる。
ソウヤは少し照れくさそうに笑い、しかし力強く応じた。
「……ありがとう、エミリア。君にそう言ってもらえると、本当に救われる。これからも、補佐を頼むよ。」
「はい! もちろんです!」
ソウヤからの感謝の言葉を聞いたエミリアは、パッと花が咲いたような、これ以上ないほどに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
二人の間に流れる温かい余韻を破るように、オフィスの通信機がけたたましい電子音を鳴り響かせた。
エミリアはすぐに表情をいつもの優秀なオペレーターのそれへと切り替え、受話器を取って応答する。
「はい、こちらは第4小隊、エミリアです。……あ、お疲れ様です。あ、はい、中尉はいま席におられます。はい、ただいま代わりますね。」
エミリアは受話器の送話口を小さな手で押さえ、ソウヤに向き直った。
「中尉、コジマ大隊長からの直電です。」
「大隊長からか。了解した。」
ソウヤはエミリアから受話器を受け取り、耳に当てて居住まいを正した。
「お疲れ様です、大隊長。第4小隊、ソウヤ・タカバ中尉です。」
受話器の向こうから、コジマ中佐の少し疲れたような、しかし威厳のある声が響く。
「うむ、タカバ中尉。早速だが、先のジオン残党補給基地の戦闘詳報と、鉱山都市の偵察報告書の目処は立っているか?」
「ハッ。エミリアの手を借りて現在最終調整中です。遅くとも明日には大隊長のお手元に提出できるかと思います。」
「そうか、それは助かる。……さて、提出早々で悪いが、本題はここからだ。」
コジマ中佐はそこで一度言葉を切り、少し思案するような間を置いてから続けた。
「以前から君宛てに届いていた打診を覚えているか? ニューホンコンのメディアの九竜中央報知が、東南アジア戦線で活躍する、君を取材したいと熱心に催促してきていてな。君が前線から基地に戻ったと連絡を入れたところ、相手はすぐにでも取材を行いたいと息巻いている。そこでだ、明日にでもその取材を受けてもらいたい。」
「明日、ですか……。」
ソウヤは一瞬驚いたが、特に明日の予定に巡回任務や不都合が入っているわけではない。
連邦軍のプロパガンダとしても、エースの取材対応は断れない軍務の一つだ。
「……了解いたしました。明日の取材対応、問題ありません。第4小隊オフィスにて待機いたします。」
「うむ、急な話で済まないな。詳細なタイムスケジュールは後ほどエミリアの方へ回しておく。通信を終了する。」
プツン、と無機質なノイズと共に通信が切れた。受話器を置き、机に肘をついて深くため息を吐き出すソウヤに、隣のエミリアから心配そうな声がかけられた。
「……隊長、コジマ中佐からはどのようなお話だったのですか?」
ソウヤはエミリアの視線を受け止めると、苦笑交じりに首を振った。
「ニューホンコンのメディア……『九竜中央報知』から取材の申し出があった。私が基地に戻ったのを聞きつけて、明日にでもインタビューを行いたいそうだ。不都合もないので、受けるとコジマ中佐に伝えた。」
「九竜中央報知の取材……! すごいです! ニューホンコンの大手メディアに特集されるなんて!やっぱり、タカバ隊長はコジマ基地のエースですね!」
エミリアはパッと表情を輝かせ、我が事のように両手を合わせて喜んだ。
しかし、ふとソウヤの顔を見た彼女は、その動きをぴたりと止めた。
ソウヤの表情が、エースと称えられた人間のそれとは程遠い、酷く憂鬱で暗い影を落としていたからだ。
「……隊長? 嬉しく、ないのですか……?」
エミリアは喜びのトーンをすっと引っ込め、エメラルドグリーンの瞳に深い心配の色をにじませてソウヤの顔を覗き込んだ。
「嫌なことを思い出してしまってな……。エミリアは俺の一年戦争時代の二つ名を覚えているだろ?」
「はい。『オデッサの新星』……ですよね?」
「ああ、そうだ。」
ソウヤは自嘲気味に呟き、ペンの頭でトントンと机を叩いた。
「あの二つ名は、軍の広報部が戦意高揚のプロパガンダのために、俺の意思とは無関係に勝手に名付けたものだ。俺が知らない間に色々と喧伝してくれたせいで、色んな人達に注目されたよ。メキシコのグアイマスで大勢のメディアに囲まれて。フラッシュの光に晒されながら、実感のまるでない『英雄扱い』をされ、ただ困惑するしかなくてな……。」
そこまで語り、ソウヤはふぅと重い息を吐き出した。
「そしてなにより最悪だったのは、その一件のせいで、小隊のメンバーであるヤザンとの関係が一時的に険悪になってしまったことだ。……思い出しただけでも頭が痛い。」
戦場での死闘とはまた違う、政治と大人の事情に振り回された過去の痛恨。
ソウヤの告白を聞いたエミリアは、その細い眉をさらに悲しげにひそめ、胸の前でそっと手を握りしめた。
彼女の弱々しくも優しい瞳に深い心配の色をにじませてソウヤの顔を覗き込んだ。
「私も……自分の過去を誰かに暴かれるのが怖くて、マオ少佐の前から逃げてしまいましたよね?だから、隊長の気持ちが少しわかります…。」
エミリアは柔らかく微笑みながら続けた。
「でも、隊長はあの時、私に『一人で抱え込まなくていい』って教えてくれました。だから今度は私が言います。隊長は『オデッサの新星』なんかじゃなくて……ただの、優しくて、ちょっと不器用で、それでもみんなを守ろうとするタカバ隊長です。それで十分じゃないでしょうか?」
そう言った後、エミリアは少し迷うような素振りを見せたが、意を決したようにソウヤの右手にそっと自分の両手を重ねた。
細く温かい指が、ソウヤの大きな手を包み込むように優しく握る。
「……隊長。私は、軍の上層部が勝手に作った『オデッサの新星』という虚像のせいで、隊長がどれほど苦しまれてきたか、その全てを理解することはできないかもしれません。でも、一つだけ確実に言えることがあります。」
弱々しかったはずのエミリアの声に、確固たる強さが宿った。
「メディアや広報がどんなに隊長を神輿のように担ぎ上げようと、ここにいる第4小隊の皆や、コジマ大隊の全員が信じているのは、テレビの向こうの英雄なんかじゃありません。泥に塗れ、傷つきながらも、私たちを死なせないために必死で戦場を生き抜いてくださる、泥臭くて、誰よりも優しい『ソウヤ・タカバ中尉』という一人の人間です。」
彼女は少し頰を赤らめながら、恥ずかしそうに、けれどとても優しく微笑んだ。
「だから、取材の間も……心の中で、ずっと隊長の味方をしていますね。」
エミリアの真っ直ぐで偽りのない言葉は、ソウヤの胸の奥に深く突き刺さり、過去のプロパガンダによって凍りついていた心をジワリと溶かしていった。
ソウヤは驚いたように目を見開いた後、自身の大きな手でエミリアの小さな手を優しく握り返し、心からの穏やかな笑みを浮かべた。
「……ああ。そうだな。君にそう言われたら、どんなメディアのフラッシュも怖くはなさそうだ。ありがとう、エミリア。君がいてくれて、本当によかったよ。」
「はい……! 私も、隊長のオペレーターになれて、本当に良かったです!」
かつて、理不尽な大人たちの都合によって「英雄」と「大罪人」という対極の烙印を押された二人の魂は、東南アジアの薄暗いオフィスの中で、現実を戦い抜くための確かな光となって結びついていた。
「……よし、書類作成を再開しよう。エミリア、さっきの弾薬消費量のログの照合、もう一度手伝ってくれるか?」
「はい、もちろんです、隊長!」
エミリアの励ましによって心の重荷がすっと消え去ったソウヤは、穏やかな気持ちで再びペンを握り直した。
エミリアもまた、エメラルドグリーンの瞳に生き生きとした光を宿らせ、ソウヤと肩を並べるようにして熱心に書類作業へと没頭し始める。
薄暗かったオフィスの中に、いまは二人だけのあたたかく、息の合った空気が流れていた。
そんなオフィスの様子を、格納庫の点検作業の合間、少し離れた日陰から眺めている男たちの視線があった。
「おーおー、やってるねぇ。隊長殿とエミリア、なんだか随分といい雰囲気じゃねえの?」
ホバートラックの装甲に腰掛け、スパナを指先でくるくると弄びながら、ノアがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「おい、ノア。タカバ隊長達をそんなに凝視するんじゃない。」
陸戦型ガンダムの足元から、油を拭いたタオルを肩にかけたサンダース軍曹が現れ、低い声で釘を刺した。
しかし、ノアはちっとも悪びれる様子もなく、むしろ面白そうに身を乗り出す。
「いやいやサンダース軍曹、見てくださいよあの距離感! 書類をチェックするフリして、中尉殿の手がこう、エミリア准尉の手に触れそうで触れない、あの絶妙なもどかしさ! あれ絶対、戦場より緊張感ありますって!」
「ノア、お前というやつは……」
サンダースが呆れたように額を押さえる。
その二人のやり取りを、ホバートラックのハッチから泥に汚れた顔を覗かせたジョシュアが、肩を揺らしてクスクスと笑いながら見ていた。
「ノアの観察眼も、こういう時だけは一級品だな。……でもサンダースさん、僕もちょっと気になります。タカバ隊長って、戦場を一歩離れると、案外隅に置けないタイプの方なんですかね?」
「ジョシュ、お前までノアの悪ノリに乗っかかるのか…。」
サンダースは今度は苦笑いを浮かべ、二人の頭を軽く小突くような仕草を見せた。
「まったく……。まあ、確かに仲が良いのは、実に素晴らしいことだ。」
サンダースはふっと父親のような温かい笑みを浮かべ、再びオフィスの方へと視線を向けた。
「タカバ中尉はア・バオア・クーの地獄を生き抜き、このコジマ大隊基地でも常に俺たちの先頭に立って、誰も死なせないように戦っている。エミリア准尉もまた、過去の傷を抱えながら、必死に俺たちを支えてくれているんだ。あの二人がお互いに心を許し、笑顔を交わせる場所があるのなら……それは小隊にとっても、これ以上なく良いことだと思う。そうだろう?」
サンダースの、叩き上げのベテランらしい深く包み込むような言葉に、ジョシュアは真っ直ぐな目で深く頷いた。
「……そうですね。サンダースさんの言う通り、お二人があんな風に笑っていられるのは、俺たちにとっても本当に喜ばしいことですからね。」
「ちぇっ、サンダース軍曹にそう真面目に締められちゃうと、これ以上からかいづらいなぁ。ま、隊長殿の初々しい春を、俺ら外野が邪魔しちゃ野暮ってやつか。」
ノアは降参するように両手を挙げ、ようやくスパナをポケットに仕舞い込んだ。
青く澄み渡るコジマ基地の空の下、第4小隊の絆は、迫り来るジオン残党の嵐を前に、現実の戦場を生き抜くための確かな力として静かに、しかし強固に結びつき直していた。
翌日、約束の取材当日。
第4小隊のオフィスで一人待機していたソウヤは、デスクの椅子に腰掛けたまま、どうにも落ち着かない時間を過ごしていた。
手元の資料に何度も目を落とすが、文字が頭に滑り込んでこない。
グアイマスでの無数のフラッシュを浴びせられた、あの忌々しい記憶がどうしても脳裏をよぎる。
ニューホンコンのメディアである『九竜中央報知』。
彼らは一体、自分に何を尋ねるつもりなのだろうか。
エースとしてのありきたりな武勇伝か、それとも連邦の戦意高揚のための耳障りの良いプロパガンダか。
あれこれと最悪のシチュエーションを想定しているうちに、ノックの音がオフィスに響いた。
「——タカバ中尉、九竜中央報知の取材班の方々をご案内いたしました。」
オフィスのドアが静かに開き、エミリアが二人の人物を室内に招き入れた。
入ってきたのは、仕立ての良いビジネススーツを完璧に着こなした、二人の美しい女性だった。
一人は、緩やかなウェーブのかかった長い金髪を後ろで綺麗にまとめ、凛としたポニーテールにしている女性。その知的な印象を与えるクリアで落ち着いた青い瞳が、ソウヤを優しく捉えた。
穏やかな表情のなかに、柔らかい笑顔と、大人の女性としての落ち着いた芯の強さを感じさせる。
もう一人は、ウェーブがかったワインレッドの赤茶色のロングヘアが印象的な女性。
切れ長で大人っぽい、いかにもクールな印象の顔立ちをしており、その鋭い眼光を持つ鮮やかな黄色の瞳が、品定めをするようにソウヤを射抜いた。
健康的でやや黄みがかった明るいオークル系の肌が、彼女のエキゾチックな魅力を引き立てている。
金髪のポニーテールの女性が、一歩前に出て丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、ソウヤ・タカバ中尉。私は九竜中央報知の社会部記者を務めております、アエロ・ハルピーと申します。本日は貴重なお時間をいただき、心から感謝いたします。」
アエロはそう言って微笑むと、隣の赤茶髪の女性を視線で促した。
「こちらは私のアシスタントの、ドルセ・ブセアールです。本日のインタビュー中の筆記など、記録全般を担当させていただきます。」
ドルセと呼ばれた女性は、切れ長な目をわずかに細め、ビジネスライクに短く一礼した。
「……ドルセです。よろしくお願いいたします、中尉殿」
「あ、ああ、こちらこそ。第4小隊のソウヤ・タカバ中尉です。遠路はるばるニューホンコンから、コジマ大隊基地までお越しいただき、誠にありがとうございます。どうぞ、そちらのソファへ。」
ソウヤは久々のマスコミ相手の空気に内心で僅かに身構えつつも、軍人として、そして小隊長として非の打ち所がないよう、丁寧に挨拶を返して二人を席へと促した。
「失礼いたします。」
アエロとドルセの二人は、ソウヤに促されるままに丁寧な所作でソファーへと腰を下ろした。
席に着くなり、アシスタントのドルセは流れるような動作でカバンからノートパソコンを取り出し、起動させる。
薄型画面の淡い光が、彼女の切れ長でクールな黄色の瞳を静かに照らし出した。
「中尉、インタビューに先立ちまして、正確な記録のために会話の録音を行ってもよろしいでしょうか?」
アエロがクリアな青い瞳をソウヤに向け、穏やかに、しかし断りを忘れない丁寧さで許可を求めてきた。
「ええ、構いません。軍事機密に抵触しない範囲であれば、自由に記録してください。」
「感謝いたします。それでは、取材を開始させていただきますね。」
アエロが優しく微笑むと、ドルセが手元のキーボードを叩き、録音インジケーターが赤く明滅し始めた。
独特の緊張感が室内に満ちていく。
「まず、ソウヤ中尉。コジマ大隊基地へと赴任されてから、現在でどれほどの期間になるのでしょうか?」
「大体、1年と半年くらいになりますね。」
ソウヤの答えに、アエロは深く頷き、事前に徹底して調べ上げてきたであろう資料の記憶を紐解くように語りかけた。
「1年と半年……。その決して長くはない期間の中で、中尉が率いる第4小隊は数多くの出撃を重ね、現地に潜伏するジオン残党兵を確実に鎮圧してこられました。そして何より驚くべきは、中尉はただ敵を排除するのではなく、彼らを法に則って保護し、故郷である宇宙——サイド3へと送り返すことに尽力されている。これは事実でしょうか?」
「ええ、肯定します。もちろん、戦況がそれを許さない場合もありますが……可能な限りは無用な流血を避け、彼らを保護して故郷へ帰すように努めているのは確かです。」
ソウヤが淡々と答えると、アエロの青い瞳に感銘を受けたような色が浮かんだ。
「素晴らしい心がけです。中尉のその人道的な姿勢を象徴する、有名なエピソードがありますよね?……東南アジアの山奥で、麻薬組織に支配されていた村を守るために戦っていたジオン残党兵を、中尉が助け出された一件です。中尉はビームライフルで組織のケシ畑を跡形もなく焼き払い、残党兵と村人の双方を無事に保護された……と聞いています。」
「……その話ですか。私が赴任したばかりの記録を引っ張り出してきたんですね。」
アエロの言葉に、ソウヤは思わず目をごくわずかに見開いた後、懐かしそうに目を細めた。
コジマ大隊基地に左遷されてきて間もない頃の任務だ。当時はまだ、エミリア、ジョシュア、ノアも配属されていなかった。
自分とサンダース軍曹の二人だけで、対応した最初の『残党保護』の記憶だった。
「私がこの地で初めて、ジオンの残党兵を保護した事件ですから。よく覚えていますよ。」
「やはり、そうなのですね。」
アエロは嬉しそうに微笑み、手元に視線を落とした。
「九竜中央報知が調べたところによれば、中尉がこれまでに宇宙へ送り返したジオン残党兵のパイロットは、およそ30名近くに達しています。通常、モビルスーツ同士の制圧戦といえば、機体の撃破——つまりパイロットの殺傷も視野に入る過酷なものです。しかし、中尉はあえて敵機の腕部や脚部の駆動系だけを正確に破壊し、戦闘能力を奪って無力化させている。これを成し遂げるには、並外れた操縦技量が必要なはずです。素晴らしい実力ですね、中尉。」
「いえいえ、過大評価ですよ。」
アエロからの手放しの称賛に対し、小さく首を振って謙遜した。
「ジオン残党兵の機体はあまりに整備されていないので、一年戦争のように動く機体が少ないだけです。私はただ、愛機の性能と、仲間に恵まれていただけですよ。」
ソウヤはあくまで軍人として冷静に謙虚に応じた。
しかし、その答えを聞いたアエロの青い瞳の奥、そしてドルセがパソコンに打ち込むタイピング音の裏で、ソウヤ・タカバという『殺さずの狩人』の、戦士としての本質を見定めようとする鋭い観察の目が、静かに光を増していた。
「ええ。中尉がどれほど無用な流血を嫌い、人道的な措置に努めておられるかは、その数字が証明しています。……ですが、中尉。」
アエロはそこで一度言葉を切り、ドルセのノートパソコンへと視線を落とした。
タイピングの音が、規則正しくオフィスの静寂に響いている。
「もちろん、そうした不殺の制圧が叶わず、結果として敵の命を殺めてしまわざるを得なかった過酷な事例も、私たちはいくつか把握しております。……誤解しないでいただきたいのですが、これらは当時の状況を鑑みれば、中尉の判断は絶対に仕方のないものであったと、九竜中央報知としても考えておりますが。」
「……仕方のない、か。」
ソウヤの背筋が、軍人としての本能でわずかに強張る。アエロは淡々と、しかし極めて正確に過去の戦闘記録を読み上げ始めた。
「1件目は、約半年前。投降を拒絶したジオンの残党兵が、一般市民の避難しているビルにザクのマシンガンを突きつけ、人質に取って無理な交渉を要求してきた事件です。相手のパイロットは激しく興奮しており、交渉の最中にマシンガンを乱射し始めた。人質となった市民の命を最優先した中尉は……躊躇なくビームライフルで敵のコックピットを正確に狙撃し、一撃で無力化されたましたね?」
「……」
「2件目は、その2ヶ月後。市街地で大規模な物資強奪を働いたザクが、包囲網から逃走するため、周囲の建造物を破壊しながら人口密集地へと強行突破を図った件です。民間人への甚大な二次被害を食い止めるため、中尉はやはり、そのコックピットを正確に撃ち抜いて逃走を阻止された。」
アロエは顔を上げ、ソウヤの目を真っ直ぐに見据えた。
「他にも、私たちは同様のケースをあと3件確認しています。……しかし、これらはどれも、中尉が『一般市民の安全と命を守るため』に、断腸の思いで引き金を引いた結果である。そう認識してよろしいでしょうか、中尉?」
ソウヤは喉の奥に苦いものが広がるのを感じながら、椅子の背もたれに体を預け、静かに答えた。
「……ええ、あなたの言う通りです。すべては一般市民の被害を出さないための、最低限の、そして最終的な対応です。モビルスーツのパイロットとして引き金を引く以上、相手の命を奪う可能性があることは、常に覚悟しています。……どれだけ綺麗事を並べたところで、私はただの軍人であり、引き金を引いたのは紛れもなく自分自身の意思ですから。」
ソウヤのその言葉を聞いた瞬間、アエロは小さく、しかし深く息を吐き出した。
彼女のクリアな青い瞳の奥に宿っていた張り詰めた緊張が、ふっと消え去っていく。
(……よかった。あの時から、何も変わっていないわ。)
アエロは胸の内で、言葉にできないほどの大きな安堵と喜びを噛み締めていた。
ただでさえ、降伏したジオンの敗残兵を無事に宇宙へ帰そうなどと考える地球連邦軍の兵士は、広い地球圏を探しても限りなくゼロに近い。
そればかりか、彼は相手をできるだけ殺傷しないよう、極めて難易度の高い『モビルスーツの部位破壊による無力化』をわざわざ戦場で実践してくれている。
そしてなにより——民間人を守るための「仕方のない状況」であったとしても、ジオン残党兵を手にかけたことに、今もこれほど深い罪悪感と嫌悪を抱き続けてくれている。
その生真面目なまでの優しさと誠実さに触れ、アエロの心は静かに満たされていた。
ルオ商会の工作員として、同じ一年戦争を駆け抜けたパイロットして、あの時の三ツ星の輝きがまったく変わっていないことに、彼女は何よりも嬉しく思ったのだ。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
遂にルオー商会の謎の工作員のアエロ・ハルピーがソウヤに接触しました!
さらに、助手のドルセ・ブセアールも連れての登場!
ソウヤはルオー商会の美人工作員2人にどうされるか!?
色々と楽しみですね~♪
ではでは、次のお話も楽しみにしていてください。
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