機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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76話 歪なる二人の不殺【上】

ハノイ近郊・地球連邦軍コジマ大隊基地

 

東南アジアの夜気に包まれた基地は、これまでにない異様なまでの騒然さに包まれていた。

 

「——駄目です! デリー本部への回線、依然として不通! 有線、無線のすべて応答がありません!」

 

「デリー周辺のジャミング値、限界を突破しています! これはただの通信障害じゃない、意図的な妨害です!」

 

通信施設内では、ヘッドセットを被った通信兵たちが悲鳴のような怒号を上げ、キーボードを狂ったように叩いて通信の回復を試みていた。

その騒音を割るようにして、基地司令であるコジマ中佐が在中している大型作戦テントの幕が跳ね上がる。

中に呼び集められたのは、ソウヤ・タカバ中尉を筆頭とする第4小隊の面々だった。

テントの最奥、作戦机の前に立つコジマ中佐は、いつも以上の深刻な面持ちで、細い目をさらに険しく尖らせていた。

彼が手にする煙草からは、焦燥感を示すようにせわしなく煙が立ち上っている。

 

「集まったな、第4小隊。……単刀直入に言う。事態は最悪だ。」

 

コジマ中佐は手元のコンソールを叩き、宙に浮かぶメインモニターを指し示した。

 

「先ほど、我が大隊の指揮中枢である東南アジア方面本部・デリー基地からの通信が完全に途絶した。基地周辺の全周波数は強力なジャミングに妨害され、軍の暗号回線すらも遮断されている。」

 

小隊のメンバーが息を呑む。

デリー基地といえば、この東南アジア全域の連邦軍を統括する、文字通りの『心臓部』だ。

そこが沈黙したという事実の重さを、軍人である彼らが理解できないはずがなかった。

 

「……テロ、あるいは大規模な反乱ですか?」

 

ソウヤが鋭い眼光でコジマ中佐を見据え、低く尋ねた。

 

「その答えが、これだ。軍の偵察衛星がジャミングで目潰しを喰らっている間にな……地元の民間テレビ局が、とんでもないものを生中継しやがった。」

 

中佐が苦々しく吐き捨てると同時に、モニターの画面が切り替わった。

映し出されたのは、現地のカメラマンが超望遠カメラで捉えた、ノイズ混じりの夜のデリー基地の映像だった。画面の向こうのデリー基地は、見るも無残な大炎上に包まれていた。

へし折れて炎を噴き上げる巨大な通信アンテナ。

内側から爆破され、赤黒いキノコ雲を夜空へ立ち昇らせているモビルスーツハンガー。

そして、滑走路で無残にコクピットとエンジンを撃ち抜かれ、鉄の死体となって煙を上げる数機のミデア輸送機の姿——。

 

『ご覧ください! 東南アジア方面の連邦軍最大の本拠地が、今、激しい炎に包まれています! 一体、何が起きているのでしょうか!? 基地の防衛線は完全に崩壊し——』

 

女性アナウンサーの悲痛な実況が、テント内に冷酷に響き渡る。

その画面の隅を、爆炎の光に照らされながら、凄まじい速度で滑走する『水色のモビルスーツ』の影が、一瞬だけ横切った。

ソウヤの目が、その未知の機体のシルエットを捉えた瞬間、鋭く見開かれた。

 

「これは……ジオン残党ですか……!?」

 

「その通りだ、タカバ中尉。」

 

コジマ中佐は拳を机に叩きつけ、怒りを露わにした。

 

「世界中で一斉に始まったジオン残党のゲリラ活動に目が向いた連邦軍の裏をかき、奴らはデリーの喉元を直接ブチ抜いたのだ。……第4小隊! 我が大隊はこれより、デリー基地救出および襲撃部隊の追撃のため、全機緊急出撃をかける!」

 

ソウヤ中尉はニュース映像から視線を外し、コジマ中佐へ向けて冷静に、しかし切迫した声で進言した。

 

「中佐、デリー基地はあまりにも遠すぎます。ここハノイからでは、我々のモビルスーツの歩行スピードでは、どれだけ急いでも救援には間に合いません。到着する頃には、すべてが終わっています。」

 

ソウヤの指摘は至極当然だった。

3,000キロを超える距離を陸路で進めば、何日あっても足りない。

 

「分かっている、タカバ中尉。だからこそ、神に感謝せねばならん。」

 

コジマ中佐は煙草の煙を深く吐き出し、作戦机のマップを切り替えた。

 

「運が良いことにな、ちょうど先ほど、我が基地に補給物資を搬入し終えたばかりのミデア輸送機が滑走路に待機していた。彼らの機長に現状を説明し、臨時の協力を取り付けた。……第4小隊、貴官らは直ちにそのミデアへモビルスーツを積載し、空路でデリー基地の救援に向かってくれ。」

 

中佐はソウヤと、隣に控えるサンダース軍曹の顔を真っ直ぐに見据えた。

 

「現地の状況は混迷を極めている。着陸の猶予がない最悪の事態を想定し、ソウヤの『スライフレイル』とサンダースの『陸戦型ガンダム』には、ハンガーで即座に高高度降下用パラシュート・パックを装着させる。現地へハノイから約4時間で急行し、上空からダイレクトにデリーへ飛び込んでもらう。」

 

「強行軍ですね。了解しました。後続の戦力は?」

 

ソウヤの問いに、中佐は力強く頷いた。

 

「うむ、手配はすでに済ませてある。まずは第1小隊の陸戦型ジム3機を、次に戻ってくるミデアに積載して第二陣として速やかに送り出す。その後も、随時、コジマ大隊の全小隊をデリー基地の戦域へとピストン輸送で送り込む手筈だ。我が大隊の総力を挙げて、デリーを襲撃した残党どもを包囲、殲滅する!」

 

「ハッ! 第4小隊、これより出撃します!」

 

ソウヤは力強く敬礼すると、サンダースたちを率いてテントから飛び出し、赤色灯の回るハンガーへと向かって走り出す。

警告サイレンが鳴り響くハンガーに戻ると、そこにはすでに異様な熱気が立ち込めていた。

そこには、中腰の姿勢で固定されたソウヤの愛機『スライフレイル』と、サンダース軍曹の『陸戦型ガンダム』、ジョシュアの『ジム・キャノン』が佇んでいる。

スライフレイルと陸戦型ガンダムの背部には、整備兵たちの迅速な作業によって、巨大な高高度降下用パラシュート・パックが寸分の狂いもなく装着されていた。

 

「タカバ中尉! スライフレイル、およびサンダース機のパラシュート・パック、装着完了しました! いつでもいけます!」

 

駆け寄ってきた整備班長が、汗を拭いながらソウヤに大きな声で報告する。

 

「助かる、見事な手際です。……よし、出るぞ!」

 

ソウヤは迅速な取り付け作業に短く感謝を伝えると、昇降ワイヤーを掴んでスライフレイルのハッチへと飛び込み、コクピットのシートに深く腰掛けた。

コンソールを叩き、マルチ・プロセッサーを起動させる。

メインモニターに電力が供給され、緑色のシステム文字が次々と暗闇に浮かび上がった。

操縦席に伝わる重厚なジェネレーターの音と振動。

ソウヤが操縦桿を握り締めると、これまで中腰で待機していたスライフレイルの巨体が、重々しい駆動音を響かせてゆっくりと、しかし力強く立ち上がった。

 

「——隊長、聞こえますか。サンダースです。」

 

機体の起動と同時に、サイドモニターにサンダース軍曹の生真面目な顔が映し出された。

 

「それにしても、あまりにも急なスクランブルですね。本部が音信不通など、一年戦争の最中でもそうそう無かった事態です。本当に、ただの残党の仕業なのでしょうか……。」

 

サンダースの言葉には、数々の修羅場を潜り抜けてきたベテラン兵ならではの、鋭い警戒感が滲んでいた。

 

「ああ、ジャミングの規模も、ニュース映像の破壊の手際も見事なものです。油断はできないですね、サンダース軍曹。」

 

ソウヤは短く応じると、機体を滑走路へと向けた。

ソウヤのスライフレイル、サンダースの陸戦型ガンダム、そしてパラシュートを持たない後方支援機のジョシュアのジム・キャノンが、巨大なローター音を響かせて待機しているミデア輸送機の滑走路へと、重厚な足音を立てて移動を開始する。

誘導灯の青い光が夜の平原を照らす中、移動しながらサンダースがふと思いついたように尋ねた。

 

「ところでタカバ隊長は……高高度パラシュート降下の経験は?」

 

「前の部隊と、この基地でシミュレーションを何度かはやったが——」

 

ソウヤは苦笑混じりに、肩をすくめてみせた。

 

「実戦でこのパックを開くのは、今回が初めてだ。要するに、ぶっつけ本番ってやつですよ。」

 

「はは……なるほど、ぶっつけ本番、ですか。」

 

モニターの向こうでサンダースは一瞬呆れたように目を見開いた後、すぐに柔らかな苦笑を浮かべた。

 

「ですが、タカバ隊長なら、どんな状況でも最後にはなんとかしてしまうでしょう。私はそう信じて付いていくだけです。」

 

「買い被りすぎですよ、サンダース軍曹。」

 

信頼を寄せてくれるサンダース軍曹の温かいフォローに、ソウヤもまた笑みをこぼし、引き締まった表情で言葉を繋いだ。

 

「だが、隊長としての命令は一つだけ。……全員でデリーに救援に向かい、全員で無事にコジマ基地へ帰還する。遅れるなよ!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

第4小隊のメンバー達の力強い声が響く。

3機のモビルスーツとホバートラックは、ハッチを開けて待つミデア輸送機の巨大なカーゴ・ベイルの中へと、迷うことなく吸い込まれていった。

スライフレイル、陸戦型ガンダム、ジム・キャノン、そして最後尾に滑り込んだホバートラックが、ミデアの薄暗い格納庫内へとすべて収容された。

 

機内は、モビルスーツのジェネレーターの排熱とオイルの匂いが立ち込め、独特の緊迫感に満ちている。

ホバートラックの運転席に座り、シートベルトを締め直していたノアが、インカムのスイッチを入れて素朴な疑問を口にした。

 

『……なあ、ちょっと疑問なんだけどよ。どうしてジョシュのジム・キャノンには、高高度降下用パラシュート・ユニットが装着されなかったわけ? あいつだけ後からなんて、不公平じゃねえか?」

 

ノアの軽い口調での質問に対し、陸戦型ガンダムのコクピットからサンダース軍曹の落ち着いた声が無線を通じて優しく解説した。

 

「それは規格の都合があるんだ、ノア。あのパラシュート・ユニットは各機体の背部プラグの規格に依存している。今回、コジマ大隊基地に残されていたユニットは、主に陸戦型ガンダムや陸戦型ジム用に支給された物だったんだ。陸戦型ガンダムをベースに改修された隊長のスライフレイルや、俺の陸戦型ガンダムにはそのまま取り付けられるが、背部バックパックの形状も規格も宇宙軍規格のジム・キャノンには、どうしても物理的に取り付けられなかったんだ。」

 

「なーるほど。宇宙軍と陸軍の規格って、こういう時に限って融通が利かないわけね。」

 

ノアが納得して肩をすくめると、トラックの助手席から同じくインカムを付けたエミリアが、電子マップを睨みながらノアとジョシュアに向けて具体的な降下プランの説明を始めた。

 

「だから、今回の作戦は二段階に分かれます。まず、ミデアがデリー基地近辺の広大な平原エリア上空に到達した瞬間、最高高度からタカバ隊長とサンダース軍曹の2機が先行してパラシュート降下を強行。……その直後、ミデアには地上の安全と思われるエリアまで、一気に高度を下げてもらい。ジム・キャノンがパラシュートなしでも降下してもらう手筈です。」

 

エミリアが語るその無茶な強行プランを聞くや否や、ジム・キャノンのコクピットからジョシュアが頭を抱えるような、盛大な文句の声を通信回線に響かせた。

 

「ちょっとちょっと、正気ですかエミリアさん! パラシュートなしで、この砲撃支援のジム・キャノンをドロップさせるんですか!? いくら高度を下げてもらったって、着地の瞬間に俺の愛機のショックアブソーバーがイカれちまったら、デリーに着く前にただの固定砲台になりますよ!?」

 

大騒ぎするジョシュアに対し、ソウヤが操縦桿を軽く握り直し、諭すように静かな声を回線に入れた。

 

「落ち着け、ジョシュア。ミデアの機長だってプロだ。機体が失速しないギリギリの対地高度まで落としてくれるさ。膝のダンパーの心配をする前に、まずは自分の着地シミュレーションのイメージを頭の中で叩き込んでおけ」

 

「隊長の言う通りだ、ジョシュ。」

 

サンダースもまた、ベテランらしい落ち着いたトーンでジョシュアをたしなめる。

 

「機長の腕を信じ、着地の瞬間にきっちりスラスターで制動をかければ、ジム・キャノンの足回りなら十分に耐えられる。今は非常事態なんだ、覚悟するんだ。」

 

「うううう……隊長もサンダース軍曹も、俺の苦労を分かってないんですから…。……まあ、非常事態ですから、やるしかないですけどね!」

 

ジョシュアが不満げにシートに体を沈め、ようやく回線が静まり返ったその時、天井のスピーカーから不意にザザッとノイズが混じり、ミデアの機長からの緊張感に満ちたアナウンスが機内全体へと流れ始めた。

 

『——第4小隊の各員へ、こちらは機長だ。本機はこれより、ハノイ近郊の全防空管制をクリアし、デリー基地へ向けて進路を取る。……最大戦速で飛ばす。現地までの所要時間は約4時間。機体が大きく揺れるぞ、各自、固定を確認しろ。……ミデア、テイクオフ!』

 

キィィィィン……と、ミデアの巨大な4基の熱核ジェットエンジンが耳を劈くような凄まじい咆哮を上げ、格納庫の床がガタガタと激しく震え始める。

次の瞬間、モビルスーツの巨体に強烈な後方へのGがのしかかった。

カルロス隊の猛威によって文字通り地獄と化したデリー基地へ向けて、連邦の狩人たちを乗せた巨翼が、夜のハノイの大空へと力強く舞い上がっていった。

 

 

 

 

 

カルロスたちが連邦軍の心臓部であるデリー基地を強襲し、その防衛線を完璧に粉砕してから、すでに2時間は経過していた。

かつて東南アジア方面の指揮中枢として機能していた基地は、今や見るも無残な地獄絵図と化している。

サン・シータの狙撃とロニンの砲撃によって爆砕された管制塔や通信施設、巨大なアンテナは、へし折れた鉄骨の瓦礫となって地面に転がっていた。

激しく炎上を続けるハンガー地帯や滑走路には、四肢をもぎ取られて物言わぬ鉄の死体となったジム・コマンドやジム、そしてエンジンとコクピットを正確に撃ち抜かれたミデア輸送機の無残な残骸が、赤黒い炎を上げて横たわっている。

基地内の道路や建物の屋上に目を向ければ、超低空から襲撃してきたワッパ隊の機銃掃射に晒され、抵抗する術もなく息絶えた対モビルスーツ特技兵たちの凄惨な遺体と、一度も火を噴くことなくへし折られた対MS重誘導弾『リジーナ』の残骸が、あちこちに散乱していた。

ボルクが単独で侵入し、その指令中枢を完膚なきまでに叩き潰したミニ・トレー級小型陸戦艇のドックからも、行き場を失った真っ黒な濃煙がゴーゴーと不気味な音を立てて噴き上がっている。

さらに不気味な光景は、基地の周囲に広がる平野部にあった。

チエ中尉の予測通り、基地の異変を察知してジャングルから慌てて引き返してきたデリー基地所属のジム・コマンド、陸戦型ジム、ジムの生き残り部隊。

彼らは待ち伏せしていたカルロスやボルク、そしてザク2個小隊の電撃的な一撃離脱戦法によって次々と返り討ちに遭い、その残骸が広大な大平原の中で、まるで巨大な篝火のように赤々と燃え盛っていたのだ。

この完璧な蹂躙劇の果てに、カルロス隊の数台の大型トラックの荷台には、強奪した最新のエネルギーCAPや弾薬、予備パーツなどの貴重な物資が、文字通り山のように積み込まれていた。

だが、現在進行形でデリー基地の残骸を荒らし、物資を強奪しているのは、カルロスたちの部隊ではなかった。

彼らの後に続くようにして基地になだれ込んできたのは、あちらこちらの装甲が剥がれ、酷く破損した3機のザクⅡ。

それらは統一された部隊ではなく、マーキングも改修の跡もバラバラな、それぞれが全く違う派閥に所属する「他のジオン残党」の機体だった。

 

「——増援、ね。フン、笑わせるな。ただのハイエナじゃないか。」

 

水色のイフリート・スプリガンのコクピット内で、ボルクはモニターに映るその3機のザクⅡの浅ましい動きを見つめながら、心底呆れ果てたように吐き捨てた。

彼らはカルロスが事前に共闘を呼び掛けた際、リスクを恐れて一切の応答をしなかった連中だ。

それが、カルロス隊がデリー基地を単独で落としたという報せを耳にした途端、手のひらを返したように「おこぼれ」に預かろうと血眼になって駆けつけてきたのである。

3つの残党派閥から集まったそのスカベンジャーどもは、我先にと破壊されたハンガーや弾薬庫へ群がり、泥棒さながらの手つきで連邦の物資を強奪し合っていた。

一応、カルロスは彼らが基地に乱入してきた際、「居住区画と衛生区画への攻撃は極力控えろ」と、ジオンの軍人としての最低限の一線を守るよう厳しく釘を刺してはいた。

だが、目の前で繰り広げられている、飢えた野犬のように必死でおこぼれを貪り合う同胞たちの醜い強奪劇。

それを見つめるカルロスのグフのモノアイは、冷ややかな蔑みと、深い失望の色を帯びていた。

 

「ジオン公国の栄光を口にしながら、やることは死体漁りか。……情けないものだな、先生。」

 

通信回線から聞こえるカルロスの冷めた声に、ボルクもまた深くため息をつき、腰のヒート・マチェットのグリップから手を離した。

連邦軍の慢心を突いて鮮やかな勝利を収めたはずの戦場は、今や同じジオンの残党たちの手によって、見るに耐えない浅ましさへと染まりつつあった。

 

 

 

 

スカベンジャーたちの浅ましい略奪劇にカルロスとボルクが呆れ果てていたその時、鹵獲ホバートラックのチエ中尉から、いつになく焦燥を含んだ緊急通信が飛び込んできた。

 

「——カルロス少佐、お手数ですが至急お耳を。非常に、非常に悪い報せが三つあります」

 

「フッ、一つでも胃が痛むというのに、まとめて三つか。チエ、何があった。言ってみろ。」

 

カルロスがグフのコクピット内で苦笑しながら日本刀の鞘をパチリと鳴らす。

だが、チエが口にした一つ目の報せは、彼らの戦術の前提を根底から覆すものだった。

 

「では、一つ目の一番悪い報せです。港に向かったフレッドのイフリートと、護衛に付けた我が隊のザクⅡ2機は、現地を警備していた連邦海軍のアクア・ジム3機の排除に成功、予定通り港の制圧を完了しました。」

 

「ほう、それは朗報ではないか? フレッドの腕なら当然だが……」

 

「続きがあります、少佐。」

 

チエの声が一段と冷たく沈む。

 

「港へ強行接岸するはずだったユーコン級潜水艦『ウンディーネ』ですが、かつてのコロニー落としの影響による異常気象——その煽りで発生した局地的な大規模ストームに巻き込まれました。現在、周辺の海域が猛烈に荒れており、予定時刻通りの接岸は不可能。大幅に遅れるとの連絡が入りました。」

 

「……チッ、天はフレッドを見捨てるつもりか…。」

 

カルロスは盛大なため息を吐き、操縦桿を握り直してボヤいた。

 

「物事というものは、どうしてこうもスムーズにいかんものだ。……チエ、二つ目の悪い報せは何だ?」

 

「二つ目は、我々の兵站の要であるルオ商会のアエロさんからです。少佐……貴方はアエロさんへの事前連絡なしで、このデリー基地の強襲作戦を強行しましたね?」

 

チエの指摘に、横で通信を傍受していたボルクの目が点になった。

 

「待て、カルロス! アエロに事前連絡をしていなかったのか!? 」

 

「いや、言い訳をさせてもらうならな、先生。時は銭なり、武人の決断は疾風迅雷であるべきだ。それに、アエロの端末に連絡を入れようとしたのだが、あいつの回線がどういうわけか完全に塞がっていて、どうしても繋がらなかったのだよ。」

 

カルロスは悪びれもせず弁明した。

実はその時、アエロはジャーナリストとして、コジマ大隊基地でソウヤ・タカバへの密着取材を行っており、物理的にカルロスからの極秘暗号通信を受け取れる状態になかったのだ。

 

アエロからは、事後報告のデリー基地大炎上ニュースを知らされた怒りと共に、『親愛なる狂気の少佐殿へ。前代未聞のプレゼントをありがとう。おかげで私の心臓の寿命は5年縮んだわ。ツケはきっちり毟り取らせてもらうから。』という、冗談と恨み節の交ざった猛抗議の電文が、チエの元へ届いていた。

 

「……ハァ。カルロス少佐、貴方のそういう行き当たりばったりな豪胆さには、本当に呆れるほかありません。」

 

チエが眼鏡のブリッジを押し上げながら深いため息を吐けば、他の回線からも一斉にブーイングが飛んだ。

 

「おいおい少佐、勘弁してくれよ。アエロの姉御を怒らせたら、ドムの交換パーツはどこから仕入れるんだ?」

 

ロニン軍曹が呆れ顔で頭を振り、「少佐、日本かぶれも結構ですが、根回しのない突撃はただの猪武者ですぜ。」ジャングルからサン・シータ伍長も皮肉たっぷりに苦言を呈する。

 

「ハハハ、すまんすまん、各員! アエロには後で極上の菓子でも贈って機嫌を取っておく! チエ、最後の悪い報せを聞かせてくれ。」

 

カルロスが笑いながら平謝りする中、チエのトーンが冗談を一切許さない、真に凍りついたものへと変わった。

 

「……笑い事はここまでです、少佐。そのアエロさんからの情報です。——ハノイのコジマ大隊第4小隊が動き出しました。」

 

その名を聞いた瞬間、ボルクの、そしてカルロスの表情から完全に笑みが消え失せた。

 

「現在、ルオ商会が最重要ターゲットとして動向を注視している男——ソウヤ・タカバ中尉が率いる精鋭小隊が、ミデア輸送機で、このデリー基地へ向かっているとのことです。」

 

大炎上するデリー基地の夜空。その遙か彼方から、ジオン残党の前に立ち塞がる連邦の若き狩人が、刻一刻と迫りつつあったのだ。

 

 

 

 

チエ中尉の報告を受け、カルロスはグフのコクピット内で深く腕を組み、かつてないほどの苦渋の表情で思案に耽っていた。

 

「チッ……事態は一気に隘路に入り込んだか。」

 

カルロス隊の本音を言えば、強奪した大量の貴重な物資を確実に隠れ家へ持ち帰るため、今すぐにでもデリー基地から全面離脱したいのが本音だった。

しかし、ここで自分たちが手を引けば、今なお浅ましくおこぼれを貪っている他の残党部隊の制御が完全に利かなくなる。

彼らが強奪の果てに、カルロスが厳禁とした基地の居住区や衛生区域、あるいは暴走してデリーの街そのものにまで凄惨な略奪の手を伸ばすのは目に見えていた。

さらに、港を制圧したフレッドたちの状況も緊迫している。

嵐で潜水艦の接岸が遅れる以上、彼らのわずか3機のモビルスーツだけで連邦の海軍や増援を凌ぎ切るには、明らかに戦力が心許なかった。

 

「……悩ましいな。物資の輸送、港の防衛、そしてこの場のハイエナどもの手綱か。」

 

カルロスが呻くように通信回線へ言葉を漏らすと、イフリート・スプリガンのシートで静かに目を閉じていたボルクが、意を決したように目を開いて進言した。

 

「カルロス、俺がここに残る」

 

「ボルクさん……? 何を言うんですか?」

 

ホバートラックのチエが驚きに声を上げるのを手で制し、ボルクは淡々と、しかし極めてロジカルな撤退プランを告げていく。

 

「俺がこの場に残り、強奪を続けている残党どもの監視と手綱引きを引き受ける。その間に、カルロスとロニンはすぐさま港へ急行し、フレッドたちの防衛応援に回ってくれ。……トラック部隊とサン、ワッパ隊は、ザク小隊に護衛させて確実に元の基地へと帰還させる。それが一番確実だ。」

 

「ボルクさん、それはあまりに危険な、非合理的な考えです。」

 

チエ中尉が眼鏡の奥の目を厳しく尖らせ、スピーカー越しに反論した。

 

「貴方は今、ボロボロとはいえ連邦軍の白い野戦服を堂々と着ている。そんな貴方が単独で残れば、あのハイエナどもから攻撃されるリスクがあります。『殺さずの狩人』も向かってるんですよ?」

 

「ああ、チエの言う通りだ、先生。」

 

カルロスもまた、親愛なる友を死地に残すような提案に首を横に振った。

 

「いくらイフリートが高性能とはいえ、単機で残るのは無茶が過ぎる。」

 

「聞いてくれ。カルロス、チエ。」

 

ボルクは2人の心配に感謝しつつも、静かに、しかし有無を言わせぬトーンで言葉を続けた。

 

「この部隊で、港まで最も速く最短時間で移動できるのは、あんたのグフとロニンのドム・キャノン、そして俺のイフリートの3機だけだ。なら、鈍足なトラックや歩兵は一刻も早く戦域から遠ざけるのが鉄則。……俺はここでハイエナどもを睨みつけ、あの『緑のガンダム』の相手をしたら、すぐに港に向かう。」

 

ボルクの口から出た『緑のガンダム』——すなわち、ハノイからこちらに向かっているソウヤ・タカバ中尉の愛機、スライフレイルのハイド・ネームを聞いた瞬間、カルロスはハッとして言葉を失った。

 

「先生……。まさかあんた、ソウヤ・タカバとやり合いたいのか?」

 

「……ああ、そうだ。俺はソウヤ・タカバと闘いたい…。」

 

ボルクはスプリガンの操縦桿を強く握り締め、胸の奥に燻り続けていた純粋な『闘志』を無線に曝け出した。

 

「俺はどうしても、ソウヤ・タカバと刃を交えたい。……あいつがなぜ、ジオンの残党をあそこまで頑なに殺さないように戦うのか、その理由に、元連邦軍士官として、いや、一人の戦士として、どうしても興味があるんだ。」

 

かつて、腐敗した連邦に絶望して籍を捨て、ジオンの魔神の乗り手となったボルク。

そして、連邦に属したまま、頑なに不殺の誓いを貫くソウヤ。

対極の道を歩む二人の戦士の因縁が、この大炎上するデリー基地で再び交差しようとしていた。

ボルクの瞳の奥には、私情を超えた、宿命めいた熱い炎が静かに灯っていた。

 

 

 

 

カルロスは苦渋を滲ませながらも、武人としてボルクの覚悟を真っ向から受け止め、渋々その提案を了承した。

 

「……分かったよ、先生。その代わり、必ず港で合流する。いいな?」

 

「ああ。約束するよ、カルロス。必ず生きて港へ向かう。」

 

ボルクは短く、しかし鉄のような確信を込めて約束を交わした。

カルロスはグフの操縦桿を握り直すと、すかさず全体回線を開き、鋭い指示を飛ばす。

 

「各員、指揮官命令だ! トラック部隊とスナイパー、ワッパ隊はザク2個小隊の護衛のもと、直ちに隠れ家へ撤退! 俺とロニンはこれより港へ急行し、フレッドの応援に回る! ……それから、誰でもいい、先ほどバズを撃ち尽くした先生のために、余っている射撃兵装を一本譲ってやってくれ!」

 

カルロスの呼びかけに、スカベンジャーのハイエナどもが我関せずとソッポを向く中、一機のモビルスーツが静かに水色のスプリガンの前へと歩み寄ってきた。

新しくカルロス隊へ合流したばかりの、ザク第2小隊のザクⅡである。

その機体は、右手で握っていたドラムマガジン式の120mmザク・マシンガンを、そっと差し出すようにしてイフリートの前へと差し出した。

ジィン、と電子音が鳴り、スプリガンのサイドモニターに一本の通信回線が割り込んでくる。

映し出されたのは、パイロットヘルメットの奥から、緊張に強張った青い瞳を覗かせる、金髪の十代後半の若い女性の顔だった。

 

「これ……使ってください。私は……ザクのヒート・ホークがあれば、警護は何とかなりますから。」

 

「……っ?」

 

ボルクは思わず目を見開いた。

彼女たちザク第2小隊の面々は、先の補給基地防衛戦の際、自分たちが所属していた基地が連邦軍に制圧されたため、行き場を失い、カルロス隊の「最後まで戦う意志」に惹かれて合流を選んだ者たちだった。

まさか、ろくに言葉も交わしていない新入りの、それもこれほど若い女隊員が、モビルスーツの命とも言える主兵装を自分に無償で譲ってくれるなど、ボルクにとっては想定外の衝撃だった。

スプリガンの鉄の腕を伸ばし、重厚なザク・マシンガンをしっかりと受領したボルクは、驚きを隠せぬままマイクのスイッチを入れた。

 

「……助かる、恩にきるよ。俺はボルク・クライだ。貴官の名前を教えてもらえるか?」

 

「は、はい……!」

 

少女はボルクのボロボロの連邦軍野戦服の胸元をモニター越しに見て一瞬、戸惑うように視線を泳がせたが、たどたどしい軍人口調で居住まいを正した。

 

「元東南アジア補給基地軍所属……キャノコ・ホワイト軍曹、です」

 

「キャノコ、か。……ホワイト軍曹、失礼だが貴官の『年齢』を尋ねてもいいか?」

 

あまりにも幼さを残したその顔立ちに、ボルクは嫌な予感を覚えながら尋ねた。

キャノコは小さな唇をきゅっと結び、まっすぐにボルクを見据えて答えた。

 

「18歳、です。」

 

「18……だと?」

 

ボルクの胸の奥に、鋭い痛みが走った。一年戦争の末期、ジオンが犯した最大の過ちの一つ——少年少女を戦場へ駆り出した『学徒動員』の生き残りだったのだ。

ボルクは苦い息を吐き、痛ましさを堪えながら問いかける。

 

「その若さなら、戦争が終わった今、ジオンの籍を捨てて市井に紛れる道もあったはずだ。なぜ、未だに泥を啜るような残党軍に残っている?」

 

「私は、学徒兵で補充戦力として、あの補給基地に配属されました。ですが、まともな戦闘も経験しないまま、気がつけば終戦を迎えていたんです。」

 

キャノコの青い瞳に、どこか冷たく、しかし激しい闘志の火が灯る。

 

「地球連邦の支配がそのまま残った世界で、ただ怯えて生きるなんて……そんな現状、私は絶対に嫌でした。だから、残党として残る道を選んだんです。……それなのに、あの補給基地では来る日も来る日もただの敷地警備ばかり。基地司令は八方美人の事なかれ主義で、貴重な高性能モビルスーツをただ奥底に死蔵して、制圧されるまで戦おうともしなかった。私は……それが、どうしても我慢ならなかったんです。」

 

少女の口から語られた、あまりにも純粋で、それゆえに哀しい「戦う動機」。

死蔵されていた機体を奪い、連邦の本陣を直撃したカルロス隊の戦いこそが、彼女にとって、ずっと求めていた「本物のジオンの戦い」だったのだ。

ボルクは手に入れたザク・マシンガンのトリガーガードの感触を確かめながら、静かに、しかし深い敬意を込めて彼女に告げた。

 

「……よく話してくれた、ホワイト軍曹。貴官の覚悟と、このマシンガン、確かに受け取った。ザク第2小隊、トラック部隊の警護を頼む。君たちのような有志を、これ以上腐敗した連邦の奴らに殺させはせん。……必ず、無事に隠れ家へ帰るんだぞ。」

 

「はっ……! ご武運を!」

 

キャノコが力強く敬礼し、通信が切れる。

右手にはザク・マシンガン、腰には一対のヒート・マチェット。若き同胞から託された牙を携え、水色の魔神『イフリート・スプリガン』は、大炎上するデリー基地の中央で、ハノイから迫りくるソウヤを迎え撃つべく、たった一機で静かにそのモノアイを明滅させた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
遂にボルクVSソウヤの戦いが始まりますね!
これまでは互いに深入りせずでしたが、今回はガッツリと戦闘させます!
連邦軍に裏切られて、腐敗した連邦に鉄槌を下すために戦うボルク。
ジオン軍に生体ユニットに改造された三姉妹の償いのために戦うソウヤ。
二人の歪んだ不殺の信念が遂に激突します!
さらに、可愛らしい元学徒兵のパイロットも登場して、カルロス隊もさらに賑やかに!
大丈夫か俺!?本当に大丈夫か!?キャラクター出しすぎて、ちゃんと管理できるのか俺!?
富士鷹ジュビロみたいに登場人物出しすぎて、風呂敷を畳みきれないことは絶対にするなよ(笑)
でも、楽しく書けているので多分大丈夫なはず(笑)
ではでは、次の話も楽しみにしていてくださいね!
気軽に感想書いてくださいねー!

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

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