機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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77話 歪なる二人の不殺【中】

高度数千メートルのデリー基地上空

 

不気味な赤色のアラート灯に照らされ、電子警告音がけたたましく鳴り響いていた。

 

『——第4小隊、目標ポイント上空へ到達した! スライフレイル、および陸戦型ガンダム、降下準備を始めてくれ!』

 

天井のスピーカーから、激しい風のノイズを拾った機長の声が飛び込んでくる。

 

「了解! スライフレイル、これより降下シークエンスへ移行。システムチェックを開始する!」

 

ソウヤ中尉はコンソールを叩き、背部に装着された高高度降下用パラシュート・パックの電子ロック、各部スラスターの推進剤残量を鋭い目でスキャンしていく。インジケーターはすべてグリーン。

 

「こちらサンダース。陸戦型ガンダム、各部チェック完了。……すべて異常ありません、タカバ隊長。」

 

隣で同じく中腰の姿勢で固定されているサンダース軍曹から、頼もしい報告が入る。

 

「機長、第4小隊チェック完了。いつでもいける!」

 

『了解! リアハッチ開く、衝撃に備えろ!』

 

機長の怒号と同時に、ミデアのテール・ハッチが重々しい駆動音を立ててゆっくりと全開になり始めた。

その瞬間、格納庫内に強烈な乱気流が津波のように流れ込んできた。

時速数百キロの夜風が機内を激しく吹き荒れ、巨大なミデアの巨体がガタガタと大きく、不気味に揺れ動く。

ハッチの向こうに広がっているのは、赤黒い大火災の炎に包まれ、まるで地獄の業火のようにインドの平原を焼き尽くしているデリー基地の惨状だった。

 

『降下シークエンス開始! カウント、5、4、3、2、1……ドロップッ!!』

 

「……っ!」

 

生まれて初めての強行パラシュート降下に、ソウヤが思わず操縦桿を握る手に力を込めた瞬間、固定ロックが一斉に解除された。

スライフレイルと陸戦型ガンダムの2機は、ミデアのカタパルトから強烈なGと共に夜空へと蹴り出された。

ハッチから放り出された直後、ソウヤの全身を一瞬だけ、ふんわりとした奇妙な「浮遊感」が包み込む。

しかしそれも束の間、次の瞬間には凄まじい大地の引力に一気に身体を引っ張られる強烈な落下Gが、操縦席を通じてソウヤの全身に襲いかかった。

 

ヒュゥゥゥゥゥーーーッ!!

 

装甲を激しく削るような凄まじい風切り音がコクピット内に轟く。

サンダースの陸戦型ガンダムと、ソウヤのスライフレイル。

2機のガンダムは、真っ暗な真夜中のデリーの空を、爆炎の光に照らされながら猛烈なスピードで急降下していった。

ソウヤは激しい揺れの中でマルチモニターを凝視し、急速に減少していく高度計のデジタル数字を鋭くチェックする。

 

「隊長! 焦って計器ばかり見ないでください、視線は前方に固定を!」

 

通信ノイズの向こうから、サンダースの手短で的確なアドバイスが飛んできた。

数々の激戦を潜り抜けてきた軍曹の言葉が、ソウヤの緊張をスッと解きほぐしていく。

 

「……高度、パラシュート展開制限まであと3秒! 2、1……今です、パックを開いてください!!」

 

サンダースの鋭いカウントがゼロになった瞬間、ソウヤとサンダースは同時にパラシュートの展開トリガーを力強く引き絞った。

ソウヤとサンダースが同時に展開トリガーを引き絞った瞬間、2機の背部で爆破ボルトが炸裂した。

高高度降下用パラシュートが夜空に一斉に開く。

そのシステムは、上段のパラシュート収納部と下段の逆噴射ロケット部の2段構成という極めて複雑な構造をしており、パラシュートが展開されると同時にパック自体がモビルスーツの背部から勢いよく分離。

各機体の肩部に備えられたスリング・バーを介し、頑強な懸架ベルトだけで巨体を吊り下げるシステムだ。

 

グンッ!!

 

シートがひしゃげるほどの凄まじい急制動がスライフレイルを襲った。

ソウヤの身体に強烈なマイナスGがのしかかる。

パラシュートが見事に大気を捉えたことで、それまで猛烈なスピードで急降下していたスライフレイルと陸戦型ガンダムは、ゆっくりと減速しながらデリー基地への最終降下へと移行した。

 

「……これが、デリー基地の現状か……!」

 

大きく揺れるコクピットの中で、ソウヤは上空からの視点でデリー基地の惨状をその目に焼き付けた。

通信施設から上がる炎、へし折れた巨大アンテナ、そして点々と篝火のように燃え盛るジムたちの残骸。

遮蔽物の煙の向こうでスカベンジャーのザクⅡどもが未だに死体漁りを続けている光景までが、スライフレイルのメインモニターに鮮明に映し出されていた。

 

「……なんてことだ。酷すぎる……。」

 

通信回線の向こうで、サンダース軍曹が言葉を失ったように呻いた。

その声には、かつて一年戦争を最前線で戦い抜いたベテランとしての、深い衝撃が混ざり合っていた。

 

「隊長、このデリー基地は……一年戦争の時だって、我が連邦軍にとっては東南アジア方面最大・最重要の牙城だったんです。たった一晩の奇襲で、ここまで徹底的にやられるなんて……!」

 

サンダースの言う通りだった。

目の前で起きているのは、単なるゲリラテロの規模を遥かに超越した「完璧な蹂躙」だった。

デリー基地の喉元を的確に噛みつき、心臓部を完全に沈黙させた襲撃部隊の恐るべき戦術眼。

2機の陸戦型ガンダムはパラシュートのベルトを軋ませながら、爆炎と硝煙が渦巻くデリー基地のど真ん中へと、いよいよその足を着地させようとしていた。

 

 

 

 

 

炎上するデリー基地の敷地内。我先にと物資を漁っていた、それぞれ違う派閥のザクⅡ3機が、上空からパラシュートで減速しながら降下してくる二つの影——スライフレイルと陸戦型ガンダムにようやく気がついた。

 

「おい、連邦の増援だ! 上空から降ってくるぞ!」

 

「叩き落とせッ!!」

 

スカベンジャーのザクどもは慌てて強奪作業を中断し、手にした120mmザク・マシンガンを上空へ向けて乱射、対空射撃を開始した。

だが、彼らの機体はどれも十分な整備をされていない急造の残党仕様だった。

銃身の歪みや駆動系の摩耗のせいで、放たれた実弾の弾道は激しくばらつき、夜空を虚しく切り裂くだけで、降下する2機には一発も掠りさえしなかった。

 

「——戦闘を開始する! サンダース軍曹、行くぞ!」

 

宙吊りの不安定な姿勢の中、ソウヤは冷静にスライフレイルのビーム・ライフルの銃口を下方のザクへと向けた。

同時に、サンダースの陸戦型ガンダムも100mmマシンガンを強固にホールドする。

 

一閃。

 

スライフレイルが放ったビームが夜闇を貫き、ザクの至近の地面を溶解させる。

同時にサンダースの放った100mm実弾の猛烈な弾幕が、ザクたちの周囲へと降り注ぐ。

 

「な、何ぃ!? ビーム・ライフルだと!?」

 

「バカな、殺さずの狩人だと!? ハンガー地帯へ逃げ込め!!」

 

襲撃の第一撃で放たれたビームの閃光を見たザクのパイロットたちは、完全に戦意を喪失した。

戦時中ならいざ知らず、宇宙世紀0081年の残党にとって、モビルスーツを一撃で消し飛ばすビーム兵器は恐怖の象徴でしかない。

彼らは我先にと、入り組んで死角の多いハンガー地帯の影へと逃げ込もうと背を向けた。

 

「サンダース軍曹! 最後尾の機体に火力を集中!」

 

「了解、タカバ隊長!」

 

ソウヤの的確な指示に合わせ、2機の銃口が完全にシンクロした。

逃げ遅れた最後尾のザクⅡの背中へ向けて、スライフレイルのビーム射撃と、陸戦型ガンダムの100mm実弾の嵐が容赦なく叩き込まれる。

そのザクが纏っていたのは、残党が各地のジャンクからかき集めて溶接した、強度不足の応急修理の装甲だった。

軍の正式規格を満たしていない急造の鉄板は、サンダースが放った100mm弾の猛烈な破壊力に耐えきれず、数発の弾丸が背部装甲を容易に貫通、内部の推進剤タンクへと達した。

 

「う、うわああああッ!?」

 

パイロットの悲鳴がジャミングのノイズに掻き消された瞬間、最後尾のザクⅡはバランスを崩して激しく転倒。次の瞬間、内部の熱核反応炉の誘爆を引き起こし、激しい閃光と共に平原で大爆発を起こした。

残る2機のザクが蜘蛛の子を散らすようにハンガー地帯の奥深くへと逃げ込んだその隙を、ソウヤは見逃さなかった。 

 

「今だ! パラシュート・パック、パージ!!」

 

地上数十メートルの高度で、ソウヤとサンダースは同時にスリング・バーのボルトを火薬爆破でパージした。

巨大な布を夜空へ置き去りにし、自由になった2機のモビルスーツは、脚部のスラスターを激しく地球の重力へ向けて噴射。

バーニアの咆哮を上げながら、大炎上するデリー基地に隣接した、遮蔽物のない広大な平野部へと、凄まじい土煙を上げて見事に降下着陸を果たしたのだった。

 

 

 

凄まじい地響きと砂煙を上げ、平野部への降下着陸を果たしたスライフレイルと陸戦型ガンダム。

ソウヤとサンダースはすぐさま機体のセンサーを最大稼働させ、油断なく周辺を見渡して戦況の確認に入った。モニターに映し出されたのは、想像を絶する凄惨な光景だった。

平野のあちこちには、つい先ほどまで生きていたはずのデリー基地所属のジムや陸戦型ジムが、無残なスクラップと化して転がっている。

それらの機体から噴き出す炎は、まるで平原に点々と灯る凶々しい松明のように、夜闇を赤々と照らし出していた。

視線を基地の中心部へ向ければ、長距離滑走路のあちこちでコクピットとエンジンを正確に破壊されたミデア輸送機が、行き場を失った真っ黒な黒煙を夜空へとゴーゴーと噴き上げている。

へし折れた通信アンテナの残骸、内側から爆破されて激しく炎上しているハンガー地帯——。

 

「……一瞬の奇襲で、ここまで徹底的に基地機能を破壊されたのか。」

 

ソウヤは冷や汗が背中を伝うのを感じながら、操縦桿を握り直した。

ただの残党の寄せ集めにできる芸当ではない。この惨状を作り上げた『首謀者』の、恐るべき戦術眼と戦闘能力に背筋が凍る思いだった。

 

「隊長、油断しないでください。敵の主力はまだこの中に潜んでいます」

 

「ええ。サンダース軍曹、気を許さずに慎重に進みましょう。」

 

二人は互いの死角を補い合うようにフォーメーションを組み、慎重に歩を進めて基地の滑走路内へと進入した。

遮蔽物の少ない滑走路は視界が開けている反面、格好の標的になりかねない。

スライフレイルのビーム・ライフルと、陸戦型ガンダムの100mmマシンガンが、いつでも引き金を引ける状態で左右のハンガー地帯を鋭く警戒する。

その時だった。

 

ガガガガガガガガガッ!!

 

静まり返っていたハンガー地帯の闇を切り裂き、強烈なマズルフラッシュと共に120mmザク・マシンガンの重厚な銃声が轟いた。放たれた実弾の嵐が、滑走路のコンクリート床を激しく弾き飛ばし、無数の火花を散らしながら2機の足元へと迫る。

 

「——敵襲ッ! 右前方、ハンガーの影!」

 

ソウヤは即座にスライフレイルのスラスターをふかし、近くで黒煙を上げて横たわっているミデア輸送機の巨体の陰へと滑り込んだ。

サンダースの陸戦型ガンダムもまた、鋭いステップで弾幕を回避し、同じミデアの分厚い主翼の裏へと身を隠す。

 

カン、カンッ!

 

ミデアの頑強な装甲にザク・マシンガンの跳弾が跳ね返る不快な金属音がコクピット内に響き渡る。

遮蔽物の影から2機が注意深くセンサーを覗かせ、発砲元の位置を確認する。

すると、そこに見えたのはハンガーを遮蔽物にしながら必死にこちらへ発砲してくる、先ほど逃げ散ったはずの継ぎ接ぎだらけのザクⅡたちの姿だった。

その様子をモニターで値踏みしながら、ソウヤとサンダースは機密回線で手短に話し合う。

 

「……サンダース軍曹、妙だと思いませんか?あの継ぎ接ぎだらけのザクが、このアジア方面の最大拠点を陥落させられる訳がない。」

 

「同感です、隊長。……では、あのザクは一体?」

 

「多分、デリーを陥落させた本隊のおこぼれをもらいに来た、戦火に紛れた火事場泥棒だと思います。」

 

「つまり、本当の敵は……もう、必要な物資を奪って撤退したあと?」

 

「ええ、この規模のデリー基地を落とすのに、あのザク3機だけなんて、どう考えてもおかしい。」

 

サンダースはモニター越しに、火の海となった基地の惨状を苦々しく見つめ、低くため息を吐いた。

 

「……ということは、本当の敵にはまんまと逃げられ、自分達は欲に眩んだ連中の後始末をさせられているわけですね。」

 

「全くです。だが、だからといってあいつらをのさばらせておく訳にはいかない。」

 

二人はもう一度、呼吸を整えながらハンガー地帯に潜むザクの正確な位置をロックオンした。

 

「サンダース軍曹、俺がビーム・ライフルで激しい牽制をかけますので。その隙にサンダース軍曹が回り込んで一気に距離を詰めてください。」

 

「了解です、タカバ隊長。その作戦で行きましょう。」

 

サンダースは陸戦型ガンダムの100mmマシンガンを構え、いつでも飛び出せるよう脚部スラスターに予熱を入れる。

 

「よし……行くぞ。カウント、3、2、1……今だッ!!」

 

号令と同時に、サンダースの陸戦型ガンダムが脚部スラスターを激しく咆哮させ、距離を詰めるべくミデアの陰から猛然と前進を開始した。

ソウヤもまた、飛び出すサンダースを完璧に掩護するため、スライフレイルのビーム・ライフルの銃口をハンガー地帯のザクⅡへと向けようとした。

だが、引き金に指をかけた次の瞬間。

 

ピキーン!

 

ソウヤの背筋に、凍りつくような冷たい戦慄が駆け抜けた。

彼の脳裏に、強烈な閃光のような、言葉では説明のつかない不気味な『閃き』が走る。

 

「——っ、しまっ……!!」

 

ソウヤは咄嗟にビーム・ライフルの射撃を中止。

直感に従って自分が身を隠していたミデアの陰から猛烈なスラスター噴射で斜め後方へと離脱し、同時に左腕のショートシールドを前面へと強固に構えた。

 

ドガガガガガガガッ!!!

 

刹那、ソウヤが数瞬前まで身を隠していたミデアの左側——そこに横たわっていた別の壊れたミデア輸送機の、分厚いカーゴの防壁が内側から生々しく撃ち破られた。

装甲の破片を激しく撒き散らしながら、目にも留まらぬ実弾の嵐がスライフレイルへと襲いかかる。

重厚な120mm弾が、凄まじい衝撃波を伴ってソウヤのショートシールドへと直撃した。

 

ガギィィィンッ! ガガガンッ!!

 

腕をへし折らんばかりの強烈な衝撃がシートを通じてソウヤの全身を襲う。

だが、咄嗟に盾を構えていたおかげで、放たれた致命的な弾丸のすべてを辛うじて防ぎ切ることができた。

 

「隊長!?」

 

予期せぬ方向からの超至近距離の強襲に、サンダース軍曹も即座に前進を中止。

スラスターを逆噴射させて急制動をかけ、滑走路の途中に転がっていた壊れたミデアの陰へと、滑り込むように身を隠した。

ソウヤはシールドを構えたままスライフレイルを後退させ、奇襲の火線を放ってきた『左側のミデア』へと鋭い視線を向けた。

じわり、と黒煙を上げるミデアの引き裂かれた後部ハッチの奥から、その『影』がゆっくりと這い出てくる。

炎上する基地の赤黒い照り返しの中、不気味に赤いモノアイを明滅させ、右腕にザク・マシンガンを保持した水色の機影——。

 

「火事場泥棒の後始末、ご苦労なことだな。……だが、お前の相手はあんな雑魚じゃない。この俺だ。」

 

通信回線のノイズを割ってコクピットに響いてくる。

ボルク・クライの駆るイフリート・スプリガンが、まるで鬼神のように、スライフレイルの前に立ち塞がった。

 

 

 

 

黒煙を上げるミデアの残骸から、這い出てきた水色のモビルスーツ。

スライフレイルのメインモニター越しにその凶暴な佇まいを見つめた瞬間、ソウヤの脳裏を、強烈な記憶のフラッシュバックが駆け抜けた。

 

(……これは、あの人の……!?)

 

かつて、現実とも幻影ともつかぬ深い夢の中で死闘を繰り広げた、ノリス・パッカード大佐が駆っていたグフ・カスタムと重なったのだ。

ソウヤは一瞬、コクピットの中で息を呑み、操縦桿を握る手が冷たく震えるのを感じた。

だが、彼はすぐに強く頭を振ってその疑念を振り払う。

 

(いや、違う!あの人はもう、この世にはいない……!)

 

目の前の水色の魔神は、ノリスの幻影ではない。

だが、それに勝るとも劣らない、明確な実戦経験と凄まじい殺気を放っていた。

その時、スピーカーから激しいノイズ混じりの音声が割り込んできた。

 

『……ザー……聞こえて……いるか……ソウヤ……タカバ……? ……周波数を……合わせろ……。周波数は……1、4、3……、8、5……だ……ザー……』

 

ソウヤの目が鋭く見開かれた。

ジャミングの嵐が吹き荒れるこのデリー基地で、自分にに向けて通信を行ってきたのだ。

ソウヤは躊躇うことなく、言われた通りに暗号通信のダイヤルを『143.85MHz』へと合わせた。

カチリ、と微細なスイッチ音が響いた瞬間、それまでの激しいノイズが一瞬にして消え去り、コクピット内には驚くほどクリアな、低く落ち着いた男の声が響き渡った。

 

「聞こえているか、ソウヤ・タカバ? ……フッ、素直に周波数を合わせるとは、少々不用心だな。」

 

ソウヤは喉を鳴らし、シールドの裏からビーム・ライフルをイフリートへと向けたまま、毅然とした声で応答した。

 

「なぜ、俺の名前を知っている? ……お前は、一体誰だ?」

 

通信の向こう側で、ボルク・クライ少尉は一瞬、己の本当の名前を口にしそうになり、寸前で言葉を飲み込んだ。

 

(ここで『ボルク・クライ』だと名乗れば、自分がアルバトロス輸送中隊の生き残りであるという素性がすべて芋づる式にバレてしまう。それはカルロスたち、ひいてはルオ商会との今後の算段に余計な火種を生むことになる。)

 

ボルクは数秒の沈黙の後、フッと自嘲気味な鼻笑いを漏らし、自身の機体のコードネームを口にした。

 

「俺はスプリガン。……なに、君は俺たちの間じゃ、色々と有名な男だからね。『残党を頑なに殺さない奇妙なガンダム乗り』がいると、……俺の耳に君の名前が入ってきた、ただそれだけのことさ。」

 

それを聞いたソウヤは、相手の言葉の端々に漂う「隠しきれないプロの軍人としての気配」に、ますます強い警戒感を抱いていた。

相手が放つ圧倒的な殺気と、それに矛盾するような理性的でクリアな声音。

ソウヤはスライフレイルのビーム・ライフルの照準を水色の機体に定めたまま、冷徹に問いを投げかけた。

 

「……有名人の名前を呼ぶためだけに周波数を指定してまで会話を求めてきたわけじゃないだろう?なぜ俺と話そうとした? お前の狙いは何だ、スプリガン。」

 

その鋭い問いかけに、ボルクはイフリート・スプリガンのコクピット内でフッと口元を緩めた。右腕のザク・マシンガンは微動だにせず、いつでもスライフレイルの駆動部を撃ち抜ける位置に固定されている。

 

「なに、簡単な好奇心さ。ソウヤ・タカバ中尉、君の戦い方は戦場じゃあ酷く浮いていてね。……君はこれまでの戦闘で、我が同胞のモビルスーツを何機も無力化しながら、パイロットの命だけは極力奪わないように立ち回っている。なぜそんな真似をする?」

 

ボルクの言葉には、皮肉や嘲りではなく、元連邦軍所属としての純粋な、そしてどこか哀切を帯びた疑問が含まれていた。

 

「……ジオンの残党だろうと、戦争が終わった今、無意味に命を奪う必要はない。俺はただ、義務を果たしているだけだ。」

 

ソウヤの生真面目な回答に、ボルクはスピーカー越しに、低く、重苦しい失笑を漏らした。

 

「義務、か。甘いな、中尉。君のその奇妙な『不殺』は、戦場においてはただの歪な傲慢であり、最悪の毒だ!」

 

「何だと……?」

 

『君が命を救ってやった残党兵どもが、その後どうなるか考えたことはあるか? 奴らは再び、スペースノイドの独立をジオンの理想を掲げるために再び銃を取る。このデリー基地を見ろ!君が生かした残党どもが、再び牙を剥く!君の不殺は命を救っているんじゃない。ただ、悲劇の引き金を未来へ先送りしているだけだ!」

 

ボルクの言葉は、デリー基地を覆う爆炎よりも熱く、冷徹にソウヤの胸を突き刺した。

連邦を捨て、残党の悲惨な現実を間近で見てきたボルクだからこそ放てる、戦場の真実だった。

 

「それでもっ……!」

 

ソウヤは操縦桿を握る手に血がにじむほど力を込め、強く言い返した。

 

「引き金を引いて全てを殺し尽くせば、そこに残るのは憎しみの連鎖だけだ! 誰かがどこかで命を繋がなければ、本当の終わりは来ない!」

 

「フッ……思想家としては満点だが、兵士としては零点だ。やはり、君のその歪な甘さは、ここで俺が直々に叩き直してやる必要があるらしい!」

 

ボルクはキャノコから貰ったザク・マシンガンを背部のラッチへとマウントすると、イフリート・スプリガンの腰のホルダーから、一対のヒート・マチェットがボルクの左右の鉄の手に引き抜かれた。

刀身が爆発的な熱量を帯び、夜闇の中で赤黒くギラリと発光し、水色の巨体を深く沈み込ませた。

 

「言葉の問答はここまでだ、ガンダム。……さあ、命を奪わずに、この俺を止めてみせろ!」

 

スプリガンの驚異的なスラスターの推進力が地表を爆破せんばかりに咆哮し、赤熱する二条の刃を携えた水色の魔神が、ソウヤのスライフレイルへと猛然と肉薄した。

 

 

「それでも! 彼女達の死を無駄にしないために! 彼女達のような戦争の犠牲者を生み出さないために! 俺はこのエゴを掲げる!」

 

ボルクの突きつける冷徹な現実に対し、ソウヤは叫び返す。

その声には、決して折れることのない確固たる覚悟が満ちていた。

彼が想うのは、一年戦争の戦火の中で理不尽に命を弄ばれたエイルたちの姿だった。

たとえそれが独りよがりの偽善と呼ばれようとも、ここで引けば、本当にすべてが無に帰してしまう。

ソウヤは素早くスライフレイルのビーム・ライフルを背部ラッチへとマウント。

それと同時に右腰のホルダーからジャベリンの柄を引き抜いた。

出力を最大に引き上げると、先端から強烈なプラズマの光を放つ五又の穂先のビーム刃が激しく展開される。

 

キィィィィン!!!

 

強烈な突進をしてくるイフリート・スプリガンを、ソウヤは正面から五又のビーム・ジャベリンで真っ向から迎え撃つ。

赤熱する一対のヒート・マチェットと、赤白に輝く五又のビーム刃が激突し、滑走路の真ん中で凄まじい火花とエネルギーの奔流が四散した。

 

ガギィィィンッ! ズバババンッ!!

 

ボルクの放つ、無駄を極限まで削ぎ落とした攻撃。

対するソウヤの、エゴを貫くための必死の防戦。

魔神と狩人は爆炎の照り返しの中、目にも留まらぬ速さで激しく斬り結び、周囲のコンクリート床を深く抉り取っていく。

ミデアの陰で待機していたサンダース軍曹は、ソウヤの危機を察知して陸戦型ガンダムで飛び出そうとした。

 

「タカバ隊長、今援護を——!」

 

だが、その動きを阻むように、先ほどハンガー地帯へと逃げ込んだはずのザクⅡ2機が、激しい銃撃を再開した。

120mm弾の猛烈な弾幕が陸戦型ガンダムのシールドを激しく叩き、サンダースの足を完全に止める。

ボルクの獰猛な二連撃をショートシールドで紙一重で弾きながら、通信でサンダースへ向けて指示を飛ばした。

 

「サンダース軍曹、俺に構うな! こいつの相手は俺が引き受ける! 軍曹はハンガー地帯のザク2機を任せた、そいつらを無力化してくれ!」

 

「——っ! 了解しました! 隊長、決して無理はしないでください!」

 

サンダースはソウヤの無事を祈りながら、陸戦型ガンダムの100mmマシンガンをハンガー地帯へ向けて猛烈に掃射した。

お返しとばかりに叩き込まれた実弾の嵐に、油断していたザク2機がたまらずハンガーの壁の影へと身を隠す。

その一瞬の隙を見逃さず、サンダースの陸戦型ガンダムはスラスターを噴射して突入。

火の手が回り、黒煙が渦巻くハンガー地帯の奥深くへと、その白い影を消し去っていった。

滑走路に取り残されたのは、ソウヤのスライフレイルと、ボルクのイフリート・スプリガン。

「二人の不殺」が、互いの譲れない信念をかけて激突する、文字通りの一騎打ちの舞台が完全に整ったのだった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ソウヤVSボルクの一騎討ちが始まりました!
今回はガンダムらしく、通信会話をしながらの自分の主義主張を言い合いながらの戦闘になります!
一年戦争時のソウヤは技術的に会話しながらの戦闘は無理だったのと、確固たる信念がなかったので、今までは出来なかったですよね。
ここからは強敵との戦闘で、会話しながらの戦闘をしていくので楽しみにしてください。
ではでは、次の話も楽しみにしてください。
いつも、感想ありがとうございます。
次の話は明日、更新しますね♪

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
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