機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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78話 歪なる二人の不殺【下】

五又のビーム刃と赤熱するマチェットが激突し、滑走路に耳を劈くような高周波が響き渡る。

イフリートの驚異的な推進力による機動力、ボルクの恐るべき足回りのコントロールは、まるで地表を滑っていると錯覚させるほどの高機動を実現していた。

ボルクは二振りのヒート・マチェットを交互に突き出しながら、ソウヤの叫びに応じるように、コクピットの中で激しく声を震わせた。

 

「誰かの死を無駄にしないために戦うか。……確かにそうだ! 死んだ者の意思や存在を忘れてしまっては、彼らの生きていた証は本当に無意味になるからな!!」

 

ボルクの脳裏に、あの忌まわしいゴビ砂漠の戦場が鮮明に蘇る。自分の力不足。

そして何より、現場の状況を一切理解せず、ただ己のメンツと保身のためだけに不条理な命令を下し続けた、かつての上官『ノクト・ガディッシュ』。

あの男の無能さと傲慢さのせいで、ボルクが命をかけて守ろうとした大事な部下たちは、無残に全滅させられたのだ。

 

「だがな、中尉! その死の重さを、お前のような生温かい不殺の覚悟で背負いきれると思うな!!」

 

ボルクの憎悪と悲哀が、イフリート・スプリガンの動きをさらに狂暴化させた。赤熱する一対のマチェットによる変幻自在な二刀流。

さらにボルクは、斬撃の合間に左腕の甲に配された35mm3連装ガトリング砲の近接掃射を絶妙に織り交ぜ、スライフレイルを執拗に追い詰めていく。

 

「くっ……おおぉぉぉっ!!」

 

ソウヤは死に物狂いで操縦桿を動かした。

五又のジャベリンで斬撃を受け流し、ガトリングの弾雨を左腕のショートシールドで必死に防ぎながら紙一重で回避を試みる。

 

だが、高い技量を持つボルクの猛攻は、ソウヤの防衛限界を遥かに超越していた。

超高熱のマチェットによって何度も斬りつけられた左腕のショートシールドは、激しい火花を散らし、今にも溶解・破断する寸前の限界を迎えていた。

 

「これならどうだっ!!」

 

ソウヤは咄嗟に判断した。

限界を迎えたボロボロのショートシールドをイフリート・スプリガンのメインカメラを目がけて、パージしながら投げつけたのだ。

 

「ふん……往生際が悪いな!」

 

ボルクは投げつけられた盾の質量に対し、水色の機体を僅かに沈み込ませると、右手のマチェットを鋭く一閃させてそれを豪快に撥ね退けた。

だが、ボルクが盾を払ったその一瞬の死角こそが、ソウヤの狙いだった。

スライフレイルは盾を投げ捨てた反動を利用して大きくバックステップし、空いた左手で左腰のホルダーにマウントされていた『もう一本の柄』を素早く引き抜いた。

そして、右手に持っていた五又のジャベリンの基部へと叩きつけるように直結させる。

 

カチリッ!!

 

重厚なラッチ音が響いた瞬間、スライフレイルの両端から強烈なプラズマの光軸が迸り、全長15メートルを超える『ロング・ビーム・ジャベリン』へと変貌を遂げた。

 

 

 

 

ソウヤの胸の奥で、激しい苛立ちと冷徹な覚悟が同居していた。

自分の信じている理念を真っ向から否定してくるスプリガンの言葉に対する激しい憤り。

それ以上に、目の前の水色の魔神が放つ、ケタ違いの操縦技術と殺気。

 

(——強い。この人は、今まで戦ってきたどの残党とも違う。四肢だけを正確に破壊して無力化するなんて芸当も、対話による説得の選択も……この人には、一瞬でも迷えばこちらが死ぬ!)

 

不殺を貫くための「甘え」は、この男の前では一瞬で命取りになる。

ソウヤは初めて、自らの歪なエゴを一時的に封印する覚悟を決めた。

シートに深く身を沈め、操縦桿を握る両手に血が滲むほどの力を込めながら、ボルクへ向けて、魂を震わせるような戦戦告白を言い放つ。

 

「認めざるを得ないです……あなたは、強い! だから——俺はあんたを『殺すつもり』で戦う!!」

 

通信回線を破って響いてきたソウヤの凄絶な覚悟。

それを聞いた瞬間、ボルクはイフリートのコクピット内で、全身の血が沸き立つような、形容しがたい奇妙な『喜び』を感じていた。

 

(ああ、そうだ……。それでいい、ガンダム……!)

 

それは、ソウヤが自分をただの「憐れむべき残党兵」ではなく、一人の真の戦士として、己の全てを賭けて超えなければならない絶対的な『壁』として認めてくれたことへの喜びだった。

自分の強さを、自分の存在を、対等なる宿敵として認められた瞬間だった。

その高揚感の中で、ボルクの記憶は再び一年戦争のゴビ砂漠へと飛んだ。

かつて自分たちを地獄へ叩き落とした、あのイフリートのパイロット。

名前も知らぬあの男もまた、極限の死闘の中で、自分と戦って、ただ純粋な戦士としての満足を抱いて死んでいったではないか。

 

「ハハハハ……! そう来なくては面白くない! ソウヤ・タカバ中尉、お前のその決意、この俺が真っ向から受け止めてやる!!」

 

水色のイフリート・スプリガンが、両手のマチェットを交差させ、悪魔のような咆哮を上げて滑走路を爆進する。

 

 

ロング・ビーム・ジャベリンが、夜の静寂を切り裂いて猛烈に回転する。

ソウヤはその圧倒的なリーチを存分に活かし、ボルクの得意な二刀流の間合いへ決して入れさせないよう、鋭い突きと強烈な薙ぎ払いを絶え間なく繰り出した。

赤白いビーム刃が、水色の装甲をあと数センチというところで幾度も掠め、大気を激しく焦がしていく。

 

「チッ……! 鬱陶しいな!」

 

ボルクは細心の注意を払いながらバックステップを繰り返し、ビームの穂先が届かない絶妙な距離を維持せざるを得なかった。

1年前の戦いを教本とし、自分のヒート・マチェットの間合いを徹底的に対策されたロング・ビーム・ジャベリンの変幻自在な間合いに、ボルクの胸の奥で苛立ちがふつふつと湧き上がる。

だが、ボルクとて、ただ手をこまねいていた訳ではない。

彼もまた、前回の戦いの敗因と反省を思考し、このイフリート・スプリガンを改修をしたのだ。

ボルクは敢えて一度大きく距離を取ると、スプリガンの右脚側面に配された現地改修型のミサイル・ポッドの信管を起動させた。

 

シュウゥゥッ!!

 

放たれたのは、わずか1発の小型ミサイル。

しかし、それは通常の機体胸部や肩部からではなく、地面に近い『脚部の極めて低い位置』から、地表を這うような低弾道でスライフレイルの足元へと撃ち出された。

 

(——足元からか!?)

 

スライフレイルの頭部バルカンは、その構造上、下方への極端な射角を取ることが難しい。

ソウヤは無駄にバルカンの残弾を消費して迎撃に失敗するリスクを嫌い、咄嗟に操縦桿を真横へと倒した。

スラスターを激しく横方向へ噴射させ、機体を強引にスライドさせてミサイルを回避する。

だが、それこそがボルクの、狙っていた動きだった。

横スライドでミサイルを避けるということは、機体の体勢が崩れ、あれほど強固だったロング・ジャベリンの構えを一時的に解除しなければならないことを意味する。

その刹那、自分を完璧に牽制していた鋭い槍の穂先は正面から完全に消失した。

 

「もらったァッ!!」

 

ボルクはイフリートのバックパック・スラスターを瞬間的に最大出力で咆哮させ、一気に爆発的な加速をかけた。

突撃するルートは正面ではない。

連邦軍のモビルスーツが共通して抱える弱点——コックピット内のモニターフレームが物理的に交差する、『視覚的死角』を突いて、相手の斜め左後方のモニターフレームの死角からスライフレイルの懐へと一気に肉薄したのだ。

勝負は決した。

ボルクの脳裏に、マチェットでガンダムの胴体が両断されるイメージが明確に浮かぶ。

しかし、次の瞬間。

 

ドガガガガガガガガガッ!!!

 

スライフレイルは、完全に死角を捉えたはずのモニターに映っていないイフリート・スプリガンに対し、寸分の狂いもなく正確に頭部バルカン砲の火線を浴びせかけてきたのだ。

 

「何っ……!? 読まれた!?」

 

ボルクは戦慄しながら、反射的に操縦桿を捻って機体を捻った。

だが、至近距離から放たれたバルカン弾の数発がイフリートの左肩の装甲へと容赦なく直撃し、頑強な鉄板を鋭く凹ませて火花を散らした。

バックステップで辛うじて距離を取り直したボルクの通信機から、確信に満ちたソウヤの冷徹な声が響き渡る。

 

「……やっぱり、モニターフレームの死角から攻めてきましたね。スプリガン……」

 

ソウヤはロング・ビーム・ジャベリンを再び両手で強固に構え直し、水色の魔神を鋭く睨みつけた。

 

「あなたは……ジオンの人間じゃない。……元連邦のパイロットですね?」

 

その言葉は、ジャミングの嵐の向こうで、ボルクの隠し続けていた過去の傷口を正確に抉り出すようにして響いた。

イフリート・スプリガンのコクピット内で、ボルク・クライは僅かに息を詰め、自嘲気味な笑みを浮かべた。

だが、声のトーンだけは冷静さを保ったまま、スピーカー越しに問い返す。

 

「…ふん。面白い推理だが、どうしてそう思う?」

 

「あなたとは2回、実戦で刃を交えました。」

 

ソウヤはロング・ビーム・ジャベリンのプラズマの光を滾らせたまま、一歩も引かずに言葉を返した。

 

「その全ての戦闘において、あなたの動きは一貫していた。ただ力任せに突っ込んでくるジオン兵とは違う。常にこちらのモニターフレームの死角を、完璧に突けるように意識して立ち回っていた。」

 

「なに、ただの偶然かもしれないぞ。あるいは、連邦軍のコクピットのレイアウトに詳しいジオン兵が、たまたまその仕様を頭に入れていただけかもしれない。」

 

ボルクはなおも揺さぶりをかけるように言ったが、ソウヤはそれを間髪入れずに鋭く否定した。

 

「そんなわけがない! たとえデータとして仕様を知っていたとしても、モビルスーツ同士の高速戦闘の最中に、いちいち頭の中でコックピットの図面を思い出して、その死角を意識しながら戦うなんて芸当は絶対に不可能だ! ……だが、あなたの動きは違う。肉薄するその瞬間、何の躊躇もなく、的確に死角へと滑り込んでくる。……それは、連邦軍のコクピットレイアウトを脳裏に焼き付くほど、骨の髄まで、それこそ『癖』として体に染みついていないと絶対にできない芸当だ!」

 

その言葉の刃は、ボルクがジオンの魔神の装甲で覆い隠していた過去の姿を、完全に白日の下に引き摺り出した。

 

「……ハハ。ハハハハ……! 見事だ、ソウヤ・タカバ中尉。ただの甘ちゃんかと思っていたが、やはり侮れないな。」

 

ボルクはついに、コクピットの中で観念したように両手を広げ、不敵な笑い声を無線に響かせた。

 

「認めよう。君の言う通りだ。俺のこの動きは連邦のモビルスーツを数え切れないほど操縦してきたからこそ出せる、呪いのような『癖』さ。……俺は、元地球連邦軍のパイロットだ…。」

 

イフリートの赤色のモノアイが、まるでボルクの激しい情念を体現するようにギラリと発光する。

素性が知れた驚きを噛み締めながら、ソウヤは最も本質的な、そして抑えきれない疑問を通信にぶつけた。

 

「それほどの腕前を持つ連邦のパイロットであるあなたが……なぜ、連邦を捨ててジオンの残党に与する!? なぜ、かつての仲間に牙を向くんです!?」

 

その問いを聞いた瞬間、ボルクの声音から一切の笑みが消え失せ、底なしの憎悪と悲哀が混ざり合った、凄みのある低い声へと変わった。

 

「……仲間だと? 笑わせるな!その連邦の腐った体制が!俺の大事な仲間達を殺したんだよ!!」

 

ボルクは操縦桿を握る手に力を込め、あのゴビ砂漠の悲劇を思い起こしながら、吐き捨てるように言葉を繋いだ。

 

「現場の血の滲むような現実を一切無視し、ただ己の保身とメンツのためだけに不条理な命令を下し続ける無能な上官。あの腐った官僚主義のせいで……俺は命をかけて守るはずだった大事な部下たちを、目の前ですべて理不尽に失った。それだけじゃない。上官のあいつは、自らの失態を隠蔽するために俺を裏切り!置き去りにした!……俺の信念も、誇りも、すべてを泥靴で踏みにじったのは、ジオンじゃない。地球連邦軍、そのものだ!!」

 

対極の絶望を経た二人の戦士の問答。

かつて信じた組織に裏切られ、すべてを奪われた男の、魂の絶叫。連邦にいながら「不殺」というエゴを貫こうとするソウヤと、連邦に裏切られて「ジオンの牙」を纏ったボルク。

 

「だから俺は、このイフリートと共に連邦を喰らう!!」

 

ボルクの怒号と共に、イフリート・スプリガンが爆発的な推進力を発揮して突進してきた。スライフレイルの放つロング・ビーム・ジャベリンの鋭い光軸に対し、ボルクは赤熱する左右のヒート・マチェットを荒々しく叩きつけ、凄まじい火花を撒き散らしながら真っ向から斬り結ぶ。

 

ガギィィィンッ! ズバババンッ!!

 

火花が激しく散る至近距離。

ボルクはコクピットの中で、魂を削り出すようにして吠えた。

 

「お前は誰かの靴を舐めたことがあるのか! お前は味方に置いていかれたことはあるのか! お前は自分が信じていた正義に裏切られたことはあるのか!!」

 

それは、綺麗事ばかりを並べる連邦の官僚どもへの、そして何も知らずにエゴを掲げるソウヤへの、絶望の底から湧き上がる怒りの呪詛だった。

ボルクの猛攻はさらに苛烈さを増していく。

赤熱するマチェットの二刀流による凄まじい連撃の合間に、左腕の35mm3連装ガトリング砲による容赦ない至近距離での掃射が交ざり合う。

さらにボルクは、脚部ミサイル・ポッドに残された僅か3発の小型ミサイルを無駄に乱射することなく、ソウヤの回避運動の先を冷徹に読みながら、一発、また一発と絶妙なタイミングで織り交ぜて放ってきた。

 

「うぐ……ああぁぁぁっ!!」

 

ソウヤの全身に激しいGがのしかかる。

だが、ここで押し切られるわけにはいかなかった。

ソウヤは即座にコンソールを叩き、ロング・ビーム・ジャベリンの『もう片方の先端』からも、強烈な五又のビーム刃を展開させた。全長15メートルを超える長大な鉄の柄の両端に、狂暴な十本のビームの刃が滾る。

ソウヤはその双刃槍を目にも留まらぬ速さで回転させ、ボルクの放つマチェットの猛攻を完璧な軌道で捌き、弾き返していった。

同時に、スライフレイルの頭部バルカンをイフリートの脚部へとピンポイントで断続的に浴びせ、残る最後のミサイルを物理的に撃たせないよう、猛烈な牽制をかけ続ける。

 

 

 

 

激しくぶつかり合う金属とプラズマの叫びの向こうから、ソウヤの胸の奥へ、ボルクが抱えるあまりにも悲痛な、血を吐くような怒りの叫びがダイレクトに伝わってきた。

かつて信じた正義のすべてを奪われ、泥を啜りながら魔神となった男の絶望。

ソウヤは操縦桿を握り締め、その悲痛な叫びを受け止めるように、魂の底から答えた。

 

「——ない! あんたの言う通りだ、俺は味方に裏切られたことも、靴を舐めさせられたこともない! だけどな、スプリガン……!」

 

スライフレイルがロング・ジャベリンを大振りに払い、イフリートの二振りのマチェットを力任せに弾き飛ばす。

 

「綺麗事だと笑われても、それがエゴだと言われても……俺が何もしなかったら、あの時死んでいった彼女たちの叫びは、本当に誰にも届かなくなるんだ! だから俺は、あんたの絶望を前にしても……このエゴを下ろさない!!」

 

五又のビーム刃が両端で狂暴に渦巻く双刃槍と、赤熱する二振りのマチェットが、滑走路の火の海を背景に幾度も激しく火花を散らす。

ボルクが怒りのままに刃を叩きつける中、ソウヤはイフリートの猛攻を必死に捌きながら、相手の戦術の中に潜む『矛盾』を鋭く突き立てた。

 

「あんたは一回目の戦いの時、ジムのパイロットを殺さないようにモビルスーツの四肢だけを破壊していた! 俺との戦闘の時だってそうだ。まず右足を破壊してから、他の部位を無力化しようとした。あんたは……無関係な兵士を殺すことを、今も心のどこかで躊躇している!!」

 

「……チッ、それがどうした!!」

 

ボルクのコクピットの奥で、苛立ちの混ざった怒号が響く。

イフリートの二刀流が、ソウヤの言葉を遮るようにさらに速度を上げた。

しかし、ソウヤの冷徹な指摘は止まらない。斬り結び、互いの機体が至近距離で激しくきしむ中、ソウヤはボルクの魂の奥底へと叫び続けた。

 

「あんたは連邦を呪っている……だけど、あんたのその戦い方と言葉の端々には、未だに連邦の軍人としての誇りが残っているんだ! 腐った官僚や上官には激しい苛立ちがあっても、ただ義務を果たしているだけの、無関係な一般兵の命まで奪いたくないと思っているはずだ!」

 

マチェットの刃が、スライフレイルの装甲をかすめて強烈な金属火花を散らす。

ボルクの胸の奥で、見透かされたことへの激しい焦燥とイラつきが爆発寸前まで膨れ上がっていく。

 

「あんたの不殺は……俺と同じだ。昔は純粋に理想を追いかけて戦っていた……その理想が砕かれたが、大切な仲間の人達のために不殺を貫いているんじゃないのか!」

 

「——知ったようなことを言うなぁぁーーっ!!」

 

「大切な仲間」という言葉が、ゴビ砂漠で守れなかった部下たちの顔を思い出させ、彼の心を激しく掻き乱した。

ボルクの咆哮と共に、ヒート・マチェットが火花を散らしてスライフレイルの双刃槍を激しく弾き飛ばす。

過熱した刃の赤黒い光が、イフリートのコクピット内でボルクの歪んだ形相を不気味に浮かび上がらせていく。

ソウヤの言葉が、ボルクの記憶の底に眠る、最も忌まわしく、最も悲痛な砂漠の悪夢を完全に呼び覚ましてしまったのだ。

 

 

 

 

一年戦争、ゴビ砂漠。かつて地球連邦軍のジャブローに籍を置くエリート士官でありながら、砂漠へと左遷されてきた男、ノクト・ガディッシュ。あの無能な上官のせいで、アルバトロス輸送中隊はジオンのMSに追い詰められた。

ボルクは物資として輸送中だった最新鋭機『ガンダム・ピクシー』の使用許可をもぎ取るため、ノクトの前に膝を突き、必死に頭を下げた。

だが、あの男は泥を啜る部下の必死の懇願を、醜い歪んだ笑みで踏みにじったのだ。

 

「だが、その前に……「屑な私にピクシーを使わせてください」と言え! そして、私の靴を舐めろ!」

 

部下の命を守るため、与えられた任務を全うするため、ボルクは奥歯が砕けるほどに噛み締め、屈辱に塗れながらその言葉を言わされた。

ノクトの泥に汚れた軍靴を、本当に舐めたのだ。そこまで尊厳を捨てて戦場に這い出たというのに。

自分を「隊長」と慕って付いてきてくれた、ダバ・ソイ軍曹。サナ・ニマ伍長。

他にも4人の、未来ある若き部下たち。

ボルクは白いガンダムを駆り、限界を超えて戦った。

それなのに……誰も守れなかった。

部下たちは一人残らず、砂漠の砂へと消えた。

そして最終局面、ノクトはボロボロになったボルクを砂漠へと置き去りにし、自分だけミデア輸送機で逃げ去ったのだ。

連邦を信じ、正義を信じた結末が、これだった。

最後は、同じように味方に見捨てられたジオンの、名も知らぬ初代イフリートのパイロットと一騎打ちを行い、死闘の果てに勝利した。だが、コックピットの中で立ち尽くすボルクの手に残されたものは、何もなかった。

あの時のジオンのパイロットが遺した言葉が、今も耳の奥で呪いのように木霊する。

 

『見捨てられたな? 貴様も俺と同じ、はぐれ者ってわけだ……』

 

ボルクは激怒のままに操縦桿を叩きつけ、血を吐くような叫びを回線にぶちまけた。

 

「ああ、そうだ!俺が本当に恨んでいるのは、私利私欲と保身のために若者を戦場へ使い捨てる、連邦の上層部の腐った豚だけだ! 何も知らずにただ義務を果たしているだけの下っ端の一般兵を、いくら殺したところで何の意味もない! それはただの八つ当たりだ! ……だがな、お前のような生温かい『綺麗事』が、結局のところ、奴ら組織の甘えを助長させることになるんだよ!」

 

「——その不殺は、ただの自己満足じゃないのか、スプリガン!」

 

至近距離で鍔迫り合いしがら、ソウヤが叫び返す。

ボルクの悲痛な告白に胸を締め付けられながらも、それでもスライフレイルは一歩も退かずにロング・ジャベリンでマチェットを押し返した。

 

「そうかもしれない! 砂を被って生き残った俺の、ただの意地汚い自己満足かもしれない! だがな、ソウヤ・タカバ!」

 

ボルクは一対のヒート・マチェットを十字に交差させ、ジェネレーター出力を限界まで引き上げてスライフレイルの双刃槍を力任せに押し込んだ。過熱したエネルギーがぶつかり合い、滑走路のコンクリートが激しい閃光で真っ白に染まる。

 

「お前のその甘い理想は、いつか殺される! 地球連邦という、中身まで完全に腐敗しきった巨大な怪物はな……お前のような『純粋すぎる理想』を、いつか必ず自分たちにとって不都合で、目障りな不純物と捉える! そして奴らは、その理想を排除するため、お前自身や、お前が命をかけて守ろうとしている仲間を……必ず殺しに来るぞ!!」

 

かつて「白いガンダム」を駆り、正義を信じて全てを裏切られた男。

そして今、「緑のガンダム」を駆り、それでも理想を捨てまいとする若き狩人。

ボルクの言葉は、単なる敵としての威嚇ではなかった。それは、かつて自分と同じ「ガンダムの乗り手」であったソウヤへ向けた、あまりにも残酷で、あまりにもリアルな、未来への呪詛であり警告だった。

 

 

 

 

互いの機体のジェネレーターが限界に近い咆哮を上げる中、スライフレイルとイフリート・スプリガンは一度激しく火花を散らして弾け合い、滑走路の上で大きく距離を取った。

赤黒い炎が渦巻くデリー基地の真ん中で、2機は互いに武器を構えたまま、じりじりと睨み合う。

ソウヤの胸の奥には、今までにない激しい動機と動揺が渦巻いていた。

スプリガンの突きつけた「お前の甘い理想は、いつか殺される」という生々しい呪詛。

それは、正義を信じて全てを裏切られた男だからこそ放てる、あまりにも重い真実だったからだ。

——その、一瞬の緊迫を破り、大気を引き裂く凶暴な高周波の音が夜空から響き渡った。

 

ヒュウゥゥゥゥンッ!!

 

「……っ、砲撃か!?」

 

ボルクの凄まじい直感が瞬時に危険を察知した。

彼は反射的に操縦桿を叩きつけ、イフリートのスラスターを真横へと爆発的に噴射させる。

スプリガンがその場から電撃的に跳躍して回避した直後、彼が先ほどまでいたコンクリート床へと、強烈な迫撃砲弾が直撃して凄まじい砂煙と火柱を立ち昇らせた。

 

「隊長! お待たせしました! パラシュートなしのドロップなんて二度と御免ですよ!」

 

姿を現したのは、計画通り高度を下げたミデアから強行着陸を果たした、ジョシュアの駆るジム・キャノンだった。

機体はビーム・スプレーガンとシールドを強固に構え、膝のダンパーから激しくオイルの蒸気を噴き上げながら、スライフレイルの隣へと駆け寄る。

 

「まったく、着地の衝撃で足回りがバラバラになるかと思いましたよ。で、隊長、目の前の一際イカつい水色の奴が、デリーを火の海にした張本人ですか?」

 

ジョシュアがいつも通りの軽口を叩きながら通信回線に割り込んでくる。

ボルクは激しい砂煙の中で着地を決め、すぐさまスプリガンの体勢を立て直そうとした。

しかし、その刹那、今度はハンガー地帯の闇から、容赦のない弾幕がイフリートへと襲いかかった。

 

ガガガガガガガッ!!

 

「うっ……まだ伏兵がいたか!」

 

ボルクはマチェットを交差させて弾幕を強引に弾き飛ばし、銃声のしたハンガー地帯へと鋭く視線を向けた。

炎上する建物の影から姿を現したのは、100mmマシンガンの銃口から白煙を立ち昇らせている、

サンダース軍曹の陸戦型ガンダムだった。

 

「隊長、サンダースです! ハンガー地帯に潜んでいたザク2機、すべて無力化を完了しました。……これより隊長の援護に入ります!」

 

これで、戦況は完全に逆転した。周囲の残党は一掃され、この戦場に孤立したのはボルクのイフリート・スプリガン、ただ一機。

対する第4小隊は、スライフレイル、陸戦型ガンダム、ジム・キャノンの3機が完璧な包囲陣形を敷いていた。

ソウヤはロング・ビーム・ジャベリンのプラズマの光を僅かに絞ると、拡声器のスイッチを入れ、水色の魔神へ向けて毅然と言い放った。

 

「そこまでだ、スプリガン! すでにこちらの数的有利は絶対だ。これ以上の戦闘は無意味だ……武器を捨てて、投降しろ!」

 

3機に完全にロックオンされ、絶体絶命の窮地に陥ったはずのその状況で、ボルクはコクピットの中で、低く、低く笑い始めた。

 

『フッ……ハハハ……! 投降、だと? だから言ったんだよ、ソウヤ・タカバ中尉。お前たちのその戦術は、どこまでも教本通りで、どこまでも甘い、とな』

 

ボルクは笑いながら、コンソールの片隅にある、厳重に保護されていた赤いトグルのカバーを跳ね上げ、その下にある小さな電子スイッチを強く押し込んだ。

ピッ、という微細な信号音が響いた、次の瞬間。

 

——ズドォォォォォォンッ!!!!

 

自分たちが盾にしていた、あの滑走路のあちこちに転がっているミデア輸送機の巨体が、内側から凄まじい大爆発を連続して起こした。

それは、カルロス隊が物資の強奪を終えた際、戦後に駆けつけてくるであろう連邦軍の増援部隊を確実に足止めし、あわよくば道連れにするために、チエ中尉の指示のもと各所に巧妙に仕掛けられていたブービートラップだったのだ。

 

「——っ!? しまった、罠か!!」

 

至近距離での大爆発の暴風と、四散するミデアの巨大な鉄の破片が、容赦なく第4小隊の3機へと襲いかかる。

凄まじい爆炎の熱気に視界を奪われ、ソウヤとジョシュア、そしてサンダースは機体を守るため、急いでその場から大きく離脱せざるを得なかった。

 

「ソウヤ・タカバ! お前のその歪な理想が、いつまで連邦という化物の中で保つか……せいぜい見物させてもらうぞ……!」

 

爆煙の向こうから、ボルクの不敵な去り際の言葉が響く。

大爆発が引き起こした濃密な黒煙と炎が、ようやく収まり始めた頃。

スライフレイルのメインカメラが捉えた滑走路の真ん中には、もう、あの水色の魔神の姿はどこにもなかった。

イフリート・スプリガンは連邦の包囲網を嘲笑うかのように、デリーのジャングルの闇の奥へと、まんまと逃走を果たしたのだった。

大炎上するデリー基地の火の海の真ん中で、ソウヤは機体を立ち尽くさせ、消えた魔神の行方をただ静かに見つめていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ソウヤVSボルクの戦いはどうでしたか?
「オリオンの軌跡」のボルクは連邦軍の腐敗に絶望し、カルロスに拾われてジオン残党に入った世界線になっています。
サイドストーリーズで、ジオンの残党が連邦に嫌気が差した兵士も参入していると台詞があったので、サイドストーリーズで行方不明になったボルクを登場させてみました。
連邦に絶望したボルクなら、こんな心境でこんな台詞を言うかなと色々と考えながら、話を作りました。
連邦に絶望したボルク、エイル達のために戦うソウヤ。
2人の心境を対比するような戦いでした。
では、次のお話も楽しみにしてください。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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