宇宙世紀0082年 チベット自治区・ラサ
標高3,650メートルの高地に、冷たく澄んだ風が吹き抜けていた。
かつて「世界の屋根」と呼ばれたこの地は、今も変わらず神聖な空気に包まれているように見えた。
しかし、その静寂を打ち破るように、重低音の建設機械の響きが、遥か上空から絶え間なく降り注いでいた。
ラサの街並みは、未だに古の面影を色濃く残していた。白壁の家屋が連なり、赤と金色に彩られた寺院の屋根が陽光を反射している。
巡礼者たちの祈りの声が、ところどころで風に乗って聞こえてくる。
だが、街の北西にそびえる巨大な赤茶色の山——ポタラ宮が鎮座する聖山の姿は、明らかに様変わりしていた。
山の麓一帯は、連邦軍の厳重な立ち入り禁止区域と化していた。
高さ十数メートルにも及ぶコンクリート製の防壁が山の周囲を囲み、その上には監視カメラと自動機銃塔が無数に並んでいる。
山の中腹では、巨大な岩盤をくり抜く爆破音が断続的に響き、茶色い土煙が風に舞い上がっていた。
重機のキャタピラが大地を抉り、自動クレーンが鉄骨を吊り上げる。
その光景は、神の山を人間の欲望で侵食しているかのようだった。
「ここが……ラサ基地か。」
滑走路に降り立ったソウヤ・タカバ中尉は、眩しいほどの青空の下、眼前に広がる光景を静かに見上げた。
彼の隣には、エミリア准尉、サンダース軍曹、ジョシュア軍曹、ノア伍長の姿もある。
5人とも基地支給の寒冷地仕様の冬服に身を包み、冷たい高地の風にコートの襟を立てていた。
「完成度は80%と言っていたが……想像以上だな。」
サンダースが低く呟いた。
彼の視線の先には、ポタラ宮の伝統的な白壁と赤壁が、まるで何事もなかったかのように変わらぬ姿でそびえ立っていた。
しかし、その神々しい外観とは裏腹に、山の内部は既に連邦軍の手によって大きく改造されつつあった。
「外観は極力そのまま残しているらしいが……中身は完全に要塞だな。」
サンダースが静かに続けた。
ノアが呆れたようにため息をつく。
「世界遺産を丸ごとくり抜いて地下要塞にするなんて…、やりたい放題じゃねえか。UNESCOは黙って見てんのかよ。」
「政治的に了承済みらしいですよ。」
エミリアが肩をすくめながら答えた。
「表向きは『文化遺産の保存と防衛強化を兼ねた共同プロジェクト』ってことになってるらしいです。」
ソウヤは黙ったまま、聖山の頂上付近を見つめていた。
山の斜面に刻まれた無数の工事用の仮設通路、岩盤を抉る巨大な横穴、そしてその奥に広がっているであろう、未知の地下空間。
そこに、地球連邦軍の「未来の総司令部」が築かれようとしていた。
「行こう。方面軍の司令部が待っている。」
ソウヤは短く告げると、5人で待機していた軍用ジープへと乗り込んだ。
ジープは走り出し、厳重にチェックされたゲートを通過する。
聖なる山の内部へと続く、暗く巨大な坑道の入り口が、5人の前にゆっくりと口を開けた。
そこは、もう神の領域ではなかった。
鉄とコンクリートと、連邦の野心によって支配された、新たな要塞の胎内だった。
坑道の奥深くへ進むにつれ、空気が重く冷たくなっていく。
ジープが停止した先は、巨大な地下格納区画だった。
天井の高さは優に三十メートルを超え、最新型の照明設備が岩盤を抉った壁面を白く照らしている。
案内役の士官に連れられ、ソウヤたちはエレベーターでさらに深部へと降りた。
やがて重厚な自動ドアの前で停止し、士官が敬礼と共にドアを開ける。
そこは基地司令官の執務室だった。
重厚なドアが開くと、部屋の奥のデスクで書類に目を落としていた五十代半ばの男性が、静かに顔を上げた。
端正に整えられた髭と、知的で思慮深い双眸。
軍服を完璧に着こなしたそのスマートな佇まいには、連邦の一般的な将官とは一線を画する、理性的で洗練された風格が漂っている。
彼こそが、ラサ基地に新しく赴任した司令官であり、のちに反地球連邦組織を率いることになる男――ブレックス・フォーラ准将だった。
同時に彼は、地球連邦議会において議員の席を持ち、軍部内でも極めて異質な政治家としての顔も併せ持っている。
議員として、地球や宇宙のあちらこちらを頻繁に移動し、独自の政治活動を行っていた。
ラサの司令官室からダカールの連邦議会、果ては月面のフォン・ブラウンへと飛び回る日々。
のちに反地球連邦組織を率いて歴史の表舞台に立つことになる男が、いまソウヤたちの前に佇んでいた。
ブレックスは万年筆を置くと、穏やかで温かみのある笑みを浮かべて立ち上がった。
「ようこそ、ラサ基地へ。タカバ中尉、そして第4独立小隊の諸君。」
彼はソウヤのもとへと歩み寄ると、丁寧な身のこなしのまま、若き指揮官の目を見据えて力強く右手を差し出してきた。
「君のことはコジマ中佐からも、また各方面の報告からも聞き及んでいるよ。デリーでの奮戦、実に見事だった……。」
握手を交わした後、ブレックスはふと窓の外へ視線を移した。
その表情に、一瞬だけ苦い影がよぎる。
「……率直に言って、この基地の在り方については私も複雑な思いだ。ポタラ宮をここまで大規模に要塞化するなど、本来あってはならないことだと思っている。政治的に了承は得たが……心苦しい限りだ。神の山を、軍事要塞の殻で覆うなど……我々連邦軍が、どこまで驕っているのかを思い知らされるよ。」
准将は自嘲するように小さく息を吐き、すぐに表情を切り替えて全員に穏やかな笑みを向けた。
「まあ、そんなことを言っていても仕方ない。新任の司令官として、与えられた場所で最善を尽くすしかない。諸君にも協力してほしい。」
ブレックス准将はソウヤの背後に控える隊員たちへ視線を向け、柔らかく続けた。
「サンダース軍曹、ウィルソン軍曹、ヴェルナー伍長、そしてドットナー准尉も。新任の私を助けると思って、遠路はるばるよく来てくれた。さあ、まずは掛けてくれ。」
5人が勧められた豪奢なレザーの長椅子に腰を下ろすと、准将もまた自身のデスクへと戻り、椅子の背にゆったりと体を預けて全員を静かに見回した。
その知性溢れる双眸が、一瞬で鋭い軍人のそれへと引き締まる。
「単刀直入に言おう。私は諸君に、来るべきモビルスーツ競技会で、この東南アジア方面軍の代表として戦ってほしい。」
ブレックスは卓上のディスプレイに視線を落とし、静かに言葉を続けた。
「ご存知の通り、デリー基地は去年の夜襲で壊滅的な打撃を受けた。多くの精鋭を失い、方面軍全体の評価は地に落ちた。ジャブローの総本部が我々を『もはや戦力ではない』と見なし、冷遇し始めているのは紛れもない事実だ。このままでは、次の防衛予算や人員の配分で致命的な不利益を被る……私はそれを、なんとしても食い止めたい。」
准将は深く息を吐き、自嘲気味に唇を綻ばせた。それは保身のための焦りではなく、連邦軍という巨大な組織が内側から腐敗していくことへの、深い憂慮のように見えた。
「だからこそ、新任の司令官として諸君に頭を下げたい。オーストラリアのトリントン基地で行われる競技会で、圧倒的な成績を収めてほしいのだ。アジア方面軍にはまだ死んでいない『牙』があり、戦える実戦部隊を有していることを、ジャブローの高官達に見せつけてやってくれ。……頼む」
一瞬の沈黙が部屋を満たした。
准将の放った言葉の重みと、その真摯な態度に、第4小隊の面々は圧倒されていた。
そんな中、ノアが少しだけ緊張を滲ませながらも、小さく手を挙げて疑問を口にした。
「……つまり、今回は純粋な演習っていうより、連邦の上層部にアピールするための『政治的な見せ物』としての側面が強い、ってことですか? 俺たちの実力を、そっちの都合で――」
「ノア。」
ノアの言葉が不敬な領域に踏み込むより早く、エミリアが素早く手を伸ばし、隣に座るノアのお尻を容赦なく捻り上げた。
「いってっ!?」
ノアが飛び上がりそうになるのを、エミリアは美しいエメラルドグリーンの瞳を涼しげに細めたまま、完全に無視した。
サンダースは軽く咳払いをして視線を逸らし、ジョシュアは必死に肩を震わせて笑いを堪えている。
ブレックス准将はそんな若い部下たちの様子を見て、気を悪くするどころか、フッと喉を鳴らして可笑しそうに笑った。
「クク……構わんよ、ドットナー准尉。ノア伍長の言う通りだ。これは極めて政治的な軍事ショーだよ。だがね、伍長。上層部がどんな歪な思惑で用意した舞台であれ、そこで諸君らが示す『誰も死なせないための戦術』と『確かな実力』は、決して偽物にはならん。私はその価値を、ジャブローに認めさせたいのだ。」
准将のどこか熱を帯びた言葉に、ソウヤは深く感銘を受け、姿勢を正して真っ直ぐに向き直った。
「ご期待に沿えるよう、全力で取り組みます。准将。」
ソウヤの言葉に、ブレックス准将の口元に柔らかな、しかし確かな信頼の笑みが浮かんだ。
「ありがとう、タカバ中尉。その言葉を聞けただけで、私がこのラサに赴任してきた甲斐があったというものだ。当然、諸君らを裸で競技会に放り出すような真似はしない。ラサ基地の全権をもって、最大限のバックアップを約束しよう。」
ソウヤは准将の真摯な眼差しを受け止めながら、すぐに核心を突いた。
「具体的に、どのような支援をいただけるのでしょうか?」
「いい質問だ。」
准将は満足げに頷き、指を一本ずつ立てながら説明を始めた。
「まず、ミデア輸送機を三機、第4小隊の専属として用意する。一機は諸君らのモビルスーツ運搬専用。もう一機は予備パーツと整備資材の積載専用。残る一機は武器弾薬の運搬用だ。現地での調整期間中も、必要に応じて追加の物資をラサから直接空輸できるよう、航空ルートを手配してある。さらに、腕利きの整備班を三班、丸ごと同行させよう。」
その破格の内容を聞いた瞬間、ジョシュアとノアが同時に目を丸くした。
「ミデアが三機で!? 整備班が三班!?」
ジョシュアが思わず驚愕の声を上げた。
先ほどお尻を捻られたばかりのノアも、今度ばかりは不敬を忘れて珍しく素直に驚きの表情を浮かべる。
「マジかよ……。一介の小隊に対して、普通の独立混成部隊でも絶対に出せない規模だぞ、これ。」
驚く二人を見て、ブレックス准将は静かに微笑んだ。
「諸君は今や、我がアジア方面軍の希望そのものだからね。ジャブローの傲慢な連中を黙らせるためだ、遠慮なく使ってくれ。競技会で諸君らが圧倒的な結果を出してくれさえすれば、これらの『投資』はすべて、正当な実績として帰ってくるのだから。」
「厚意、感謝します。准将。」
ソウヤはブレックスに静かに深く頭を下げた。
ブレックスは満足げに頷くと、背後の大型モニターのリモコンを操作し、競技会の概要資料を鮮やかに映し出した。
「では、詳しいレギュレーションを説明しよう。タカバ中尉、疑問や気づいた点があるなら、いつでも質問してくれたまえ。」
ソウヤは姿勢を正し、真剣な眼差しでブレックス准将を見つめた。
「はい。まず、競技会の全体構成と勝利条件を詳しくお聞かせ願えますか?」
「うむ。よくぞ聞いてくれた。」
ブレックス准将は手元のキーを叩き、モニターに詳細なレギュレーションを順次表示させながら説明を始めた。
「参加部隊数は全世界から選りすぐられた全十二部隊。これを四つのグループに分け、各グループ三部隊による予選総当たり戦を行う。そして各グループの一次通過者、つまり一位のみが決勝ステージへ進出できる。極めて狭き門だ。」
その厳しさに、サンダースが低く唸った。
「……三部隊の総当たりで、一位しか勝ち残れないのですか。かなりの確率で、各方面軍の強豪同士が早い段階で潰し合う可能性がありますな。」
「その通りだ、サンダース軍曹。だからこそ、一戦たりとも気の抜けない過酷な星の奪い合いになる。」
准将は画面の図式を進め、さらに続けた。
「決勝ステージは、予選を勝ち上がった四部隊によるトーナメント戦となる。チーム編成は一部隊あたりモビルスーツ三機固定。前衛・後衛・支援など、役割分担は各チームの自由だ。また、補助戦力としてホバートラック一台の随伴と、オペレーターによる電子戦・索敵支援を完全に許可する。ただし、支援車両自体に攻撃能力を持たせることは禁止されている。」
その部分を聞いたエミリアは瞳を細めた。
「支援車両の電子戦介入が認められる……ということは、私とノア伍長の役割が非常に重要になりますね。索敵と電子攪乱による、戦術アシストの幅が広がります。」
「その認識で正しい、ドットナー准尉。」
ブレックスはエミリアの聡明さに満足げに頷き、最も重要な戦術判断の部分に移った。
「勝利条件は、相手部隊のモビルスーツ三機すべてを機能停止に追い込むこと。制限時間は三十分固定だ。時間内に決着がつかない場合は、残存機数で判定。同数の場合は命中精度や、今しがた准尉が言った支援車両の貢献度で最終判断が下される仕組みだ。」
ソウヤはわずかに眉を寄せ、静かに言った。
「つまり……実戦に限りなく近いですが、徹底して完全撃破を狙わなければ、勝利には届かないわけですね。」
「そうだ。ジャブロー側は引き分けを極力排除し、白黒をはっきりつけさせるための厳しい環境を用意した。」
准将は最後に、武装に関する重要なレギュレーションの項目を指し示した。
「そして最大の特徴がこれだ。すべての実弾およびビーム兵器は、演習用の『ペイント弾』と『減衰フラッシュビーム』に換装される。装甲裏のセンサーに直撃すると、コクピットに被弾ダメージのログが表示され、該当部位の駆動機能が物理的にロックされるシステムだ。ヒート・ホークやサーベルといった格闘兵器も、同様に低出力のセンサーモードに設定される。」
ジョシュアが納得したように、思わず口を挟んだ。
「要するに、どれだけ派手にぶっ壊し合っても、実際には機体もパイロットも無傷で済むってことですね……。」
「その通りだ、ウィルソン軍曹。だがね、裏を返せば『機体が壊れない』からこそ、どの部隊も一切の躊躇なく、実戦以上に狂暴で限界を超えた猛攻を仕掛けてくるということでもある。安全性が確保されているからこそ、本当の意味での『本気』の戦いになるのだよ。」
ブレックス准将はそう言って眼鏡の位置を僅かに直し、改めて五人全員を深く見回した。
その視線には、彼らへの大きな期待が込められていた。
「ジャブローが用意したこのルールの中で、諸君らには東南アジア方面軍の、いや、叩き上げの戦士たちの誇りを示してほしい。……いいな?」
ソウヤは静かに、しかし迷いのない力強い足取りで一歩前へ出ると、深く頷いた。
「了解しました、准将。我々第4小隊の持てる全てをもって、全力で臨ませていただきます。」
「うむ。良い返事だ。」
准将の説明が一区切りついたところで、エミリア・ドットナー准尉が手を軽く挙げた。
その瞳には、オペレーターとしての冷静な探究心が宿っている。
「失礼します、准将。レギュレーションは把握いたしました。ですが、戦術を組み立てる上で最も重要なピースがまだ足りません。現在、大会への参加が確定している他地区の部隊について、我が方ではどの程度情報を把握されているのでしょうか?」
エミリアの鋭い質問に、ブレックス准将の表情がふっと神妙なものへと変わった。端正に整えられた髭に指先を添え、モニターへと視線を戻す。
「……率直に言って、かなり厄介な顔ぶれが揃っている。ジャブロー本部の思惑も含め、一筋縄ではいかん相手ばかりだ。」
ブレックス准将は手元のコンソールを操作し、メインモニターに参加予定部隊のリストを鮮やかに表示させた。
「まず、ジャブロー総本部からは新型機を二種類投入してくることが確定している。」
エミリアが目を輝かせ、すぐに身を乗り出した。
「その新型機とは、具体的にどのようなものですか?」
准将はわずかに苦い表情を浮かべ、髭に指を添えながら答えた。
「ジム・カスタムと、ジム・キャノンIIだ。どちらもオーガスタ基地で開発されていた最新鋭機体だな。ジム・カスタムは従来のジム系列の欠点を徹底的に洗い出し、運動性と耐久性を大幅に向上させた『次期主力機』として位置づけられている。一方、ジム・キャノンIIは長距離火力支援に特化し、精密射撃能力と火器管制システムを強化した重砲撃型だ。……要するに、連邦軍がその威信を懸けた新型機というわけだよ。」
その説明を聞いたソウヤの胸に、静かな緊張が広がった。
(新型機……しかも二種類。ジャブローはこの競技会を、単なるイベントではなく「連邦の軍事力誇示の場」として利用するつもりだな。性能差を埋めるためには、こちらの戦術とチームワークが全てになる……)
ソウヤは無意識に拳を軽く握り締めた。
デリー基地での激闘を思い出しながら、彼は内心で静かに覚悟を新たにしていた。
ブレックス准将はソウヤのその引き締まった表情を頼もしげに見つめ、さらに言葉を続けた。
「そして、開催地であるオーストラリア地区からは、一年戦争の終盤に不敗の戦果を挙げた伝説的な特務小隊がエントリーされている。――通称『ホワイト・ディンゴ』隊だ。」
「ホワイト・ディンゴ……?」
ノアが首を傾げると、准将は重々しく頷いた。
「ああ。一年戦争中、オーストラリア大陸でジオン軍を相手に八面六臂の活躍を見せた特務小隊だ。彼らは大陸解放の英雄として、連邦軍内でも非常に名高い。現地での支持も厚く、士気は極めて高いだろう。」
エミリアが静かに言った。
「その名前は私も資料で見かけたことがあります。極めて洗練された戦術を使う部隊だと聞いています。相当に手強い相手でしょうね。」
ジョシュアがガックリと肩を落として、小さく弱音を吐いた。
「英雄相手かよ……。そんな連中と本気でやり合うなんて、正直、俺たちには荷が重すぎるんじゃ……」
准将はそんなジョシュアの様子を見て苦笑しながらも、優しく励ますように言った。
「君たちも東南アジア方面軍の英雄だよ、ウィルソン軍曹。必要以上に萎縮する必要はない。」
そしてブレックス准将は表情をさらに引き締め、最も警戒すべき相手の一角について触れた。
「北米からは、一年戦争で『魔女狩り専門部隊』として恐れられたウィッチハント隊の参加が確定している。」
その名前を聞いた瞬間、ソウヤの背筋に電流が走った。
(……ウィッチハント隊!)
ソウヤの瞳に、懐かしく、そして熱い感情が宿った。
一年戦争の最中、キャリフォルニア・ベース奪還作戦でレナートに殺されそうになった自分を救ってくれた部隊。
自分を助けてくれたリリス・エイデンと赤いピクシーの雄姿は、今でもソウヤの脳裏に鮮明に焼き付いている。
(リリス・エイデン少尉……彼女も参加するのか。まさか、戦えるとは……)
ソウヤの表情の劇的な変化を、ブレックス准将の鋭い眼光は見逃さなかった。
「タカバ中尉、ウィッチハント隊を知っているのかな?」
「……はい。」
ソウヤは静かに頷き、穏やかながらも熱を帯びた声で答えた。
「一年戦争の頃、彼らに命を助けられたことがあります。特にリリス・エイデン少尉のことは、今でも忘れられません。……彼女と刃を交えられるなんて、光栄です。」
准将はソウヤの言葉に納得したように頷いたが、すぐにその表情をさらに厳しく、険しいものへと変えた。
「そして、最も警戒すべき相手だ。」
ブレックス准将はモニターに一つの部隊名を表示させた。
「先の『水天の涙作戦』を阻止した英雄部隊——ファントム・スイープ隊が特別枠で参加する。」
その瞬間、第4小隊の全員が息を呑んだ。
「ファントム・スイープ……!?」
サンダースが低く、驚きを込めて呟いた。
「ジオン残党補給基地で共闘した部隊か……」
部屋に重い緊張が満ちた。
彼らがこの競技会に送り込まれるという事実は、第4小隊にとって決して軽い情報ではなかった。
「そうだ。奴らは先の戦いにおいて、ジオン残党のインビジブル・ナイツを事実上壊滅に追い込んだ、連邦軍内でも随一の『残党狩り』のスペシャリストだ。だがね……」
准将は一度言葉を切り、苦々しげに顔を歪めた。
「その実力があまりにも突出しすぎているが故に、ジャブロー本部の覚えがめでたい。今回の競技会でも、ジャブロー側はファントム・スイープ隊を『連邦の正義を体現する主役』として大々的に売り出すつもりだ。つまり、奴らは文字通り、この大会の最大の本命であり、最高峰の壁だよ。」
ユーグ・クーロをはじめとする、各部隊のエースパイロットたちの顔が、ソウヤの脳裏を過る。 彼らはジオン残党を狩るプロフェッショナルだ。それに対し、自分たち第4小隊がどこまで迫れるかは分からない。
だが、ソウヤの蒼い瞳の奥に、静かだが決して消えない闘志の炎が灯った。
(あの人たちに、自分たちの戦い方がどこまで通用するのか……。いや、通用させてみせる。)
デリーの夜にスプリガンから突きつけられた。
「お前のその甘い理想は、いつか殺される!」という冷徹な呪詛。
その答えを出すための最高の舞台が、オーストラリアの地に整いつつあった。
「……以上が、現時点で判明している主要な対戦相手だ。どうだね、タカバ中尉。これほどの化け物どもを相手に、アジア方面軍の意地を見せてくれるかね?」
「はい、准将。不足はありません。」
ソウヤは椅子から立ち上がり、ブレックス准将に向けて直立不動の姿勢で、寸分の狂いもない見事な敬礼を捧げた。
「我々第4小隊の全てを懸けて、トリントンの地で結果を出してみせます。」
「うむ! その意気だ。」
准将は穏やかな、しかし力強い笑みを浮かべ、満足げに頷いた。
その後もしばらくの間、ソウヤは准将と大会に関する具体的なレギュレーションや、現地トリントン基地でのタイムスケジュール、ミデア輸送機の運行経路といった事務的なやり取りを重ねた。 ひと通りの打ち合わせを終え、書類にサインを入れたところで、ブレックスはふぅと短く息を吐き、椅子の背もたれにゆったりと体を預けた。
「ふう、競技会の本番は一ヶ月後だ。それまでに必要な武器、補給品、そして改修パーツをすべてリスト化し、申請を必ず済ませておくように。私が責任を持って、用意しよう。」
ブレックス准将はそう締めくくると、モニターの電源を落とした。
「さて、堅苦しい仕事の話はここまでとしよう。……時にタカバ中尉、ラサの街はもう見たのかね?」
「いえ、滑走路からそのままこちらへ案内されましたので、まだ見ておりません。」
ソウヤが実直に答えると、ブレックスは端正に整えられた髭に手を添え、穏やかに微笑んだ。
「そうか。ならばちょうどいい。この後、諸君らに他の予定が入っていないのであれば、ぜひラサの街を観光してくるといい。ここ数年で軍事要塞化が進んでいるとはいえ、古き良き地球の歴史と神聖な空気が残る素晴らしい街だ。」
「え……観光、ですか?」
思いもよらない司令官からの提案に、ソウヤは思わず困惑の声を上げた。
これからオーストラリアへ旅立つという緊迫した状況下での、あまりにも呑気な申し出だったからだ。
しかし、ブレックスはソウヤの困惑を気にする風もなく、優しく目を細めた。
「そう身構えなくていい。私はこれでも気を利かせたつもりだよ。オーストラリアへ移動すれば、それこそ本番まで地獄の模擬戦漬けになる。今のうちに地球の空気を吸って、英気を養っておくのも立派な任務だ。今すぐにでも第4小隊全員分の外出許可証を出してあげよう。」
その言葉を聞いた瞬間、ソウヤの背後で、二人の男の目が文字通りらんらんと輝いた。
「マジですか准将! いや、さすがは俺たちの司令官だ、話が分かる!」
「ヤクの肉だけじゃなくて、本場のチベット料理も食えるってことですよね!? よっしゃあ!」
ジョシュアとノアが露骨にガッツポーズを決め、嬉しそうな態度を隠そうともせずに声を弾ませる。
そんな現金な二人の様子に、隣に立つエミリアは深くため息をついて頭を抱え、サンダースも苦笑しながら「こら、静かにしないか」と拳で二人の頭を軽く小突いて呆れ果てていた。
ソウヤは背後で繰り広げられるいつもの賑やかなやり取りを振り返り、ふっと口元を綻ばせた。
「……お言葉に甘えさせていただきます、准将。みんな、ありがたく街を拝見してこよう。」
「うむ、そうこなくてはな。」
ブレックス准将は満足げに頷くと、机の引き出しから上質な紙でできた外出許可証を取り出した。 万年筆の先を滑らせ、流れるようなサインを素早く書き入れると、それをソウヤへと手渡す。
「では、良い休日を。ただし、羽目を外しすぎて明朝のフライトに遅れるようなことだけは無いようにな、英雄諸君。」
「はっ! ありがとうございます!」
ソウヤは許可証を丁重に受け取ると、改めて全員で敬礼を捧げ、今度こそ軽やかな足取りで司令官執務室を後にした。
司令官執務室の重厚な自動ドアが閉まり、冷たい地下坑道へと戻ると、ノアとジョシュアはさっそく頭を突き合わせて相談を始めた。
「なぁジョシュ、さっき准将が言ってた市場ってどこら辺?」
「マップだと、ポタラ宮の麓一帯に広がってるな。チベットの珍しい露店がたくさん出てるらしいぞ。おいノア、何から食う?」
「決まってるじゃないですか、まずは本場のモモ(チベット風蒸し餃子)ですよ!」
そんな二人の現金な会話をよそに、エミリアは隣を歩くソウヤの横顔をチラチラと盗み見ていた。
(ラサの街を観光……外出許可……! つまりこれって、ソウヤ隊長と二人きりで、この街を散策できるチャンスなんじゃ……!?)
普段は冷静沈着なオペレーターであるエミリアだが、その胸の内は一気に桃色に染まっていた。まだ恋人同士というわけではないが、お互いに通じ合う好意は感じている。
だからこそ、この予期せぬ機会をどうしても意識せざるを得なかった。
(どこに行こうかしら。やっぱり、世界遺産のポタラ宮を背景に記念写真を撮るべき? それとも、静かな歴史ある寺院を二人でゆっくり歩く……? ああ、でも、隊長が喜ぶのは様々な品物が並ぶ、土産屋街かも……。どうやって誘えば自然かしら……!)
脳内で様々な散策ルートを組み立てては一人で悶々とするエミリア。
その瞳はあちこちへと泳ぎ、心臓がうるさいほどに脈打っている。
そんなエミリアの様子を横目で見ていたノアは、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
(あーあ、エミリアのやつ、目が完全に泳いでやがる。隊長と一緒に歩きたくて必死なんだろうな……よし、ここは一つ、俺が助け舟を出してやるか。)
ノアはわざとらしくポンと手を叩くと、ソウヤに向き直った。
「あ、隊長! 俺たち、ジョシュと一緒に観光しに行こうと思うんですけど、別行動でもいいですか?」
「ん? ああ、もちろん構わないよ。二人とも羽目を外しすぎないようにな。」
ソウヤがいつもの穏やかな笑顔で了解すると、ふと隣の巨漢へ視線を向けた。
「サンダース軍曹はどうします? 自分たちと一緒にどうですか?」
「いや、俺は一人でぶらぶらと、ラサの古い街並みを歩き回りたい気分なんだ。誘ってくれたのに、すまないな。」
サンダースは温かい苦笑を浮かべながら答えた。
実際には、若い二人の微妙な空気感を察して、粋な配慮をしたのだ。
サンダースの答えを聞いたノアは、「待ってました」とばかりにソウヤとエミリアへ親指を立てた。
「ってわけなんで隊長! 隊長はエミリアと一緒に観光してきたらどうですか? エミリアなら、静かで景色の良い最高の散策ルートを案内してくれますよ!」
「なっ……、ちょっ、ノア!?」
ノアの突然の提案に、エミリアは耳の裏まで顔を真っ赤にしてノアを叱りつけた。
「な、何を言っているのですか! 私はそんなつもりじゃ……っ! あくまで隊長のサポートとして……!」
「あはは、顔が真っ赤ですよエミリア准尉殿。」
「ノ、ア……!! 後でデータ解析の居残り訓練ですからね!?」
しかし、そんなノアの言葉に、当のソウヤもまた、首筋まで一気に顔を真っ赤に染めていた。
「え……あ、いや……。俺と、エミリアが、二人で……?」
お互いに好意を持っているとはいえ、恋愛に関しては驚くほど奥手な二人だ。
ノアの言葉で初めて「二人きりの散策」を強く意識してしまい、急にどうしていいか分からなくなって、視線をあちこちに彷徨わせてしまう。
そんな二人のあまりにも純情で分かりやすい反応に、ジョシュは腹を抱えて笑いを堪え、サンダースは目を細めて優しく見守るのだった。
「じゃ、俺たちはこれで失礼します! 隊長、エミリアを泣かせちゃダメですからね!」
ノアはニヤリと不敵に笑ってそれだけ言い残すと、呆気にとられているソウヤの手元から、外出許可証を素早く二枚ひったくった。
「あ、おいノア!?」
「ジョシュ、遅れたらモモが売り切れるぜ! 競走だ!」
ノアは許可証をひらひらと掲げながら、ラサの街へと続く地下坑道のゲートに向かってロケットスタートを決める。
「あっ、こらノアてめぇ抜け駆けすんな! 待てって!すいません隊長、先に行ってます!」
ジョシュアは慌ててノアのあとを追いかけ、「おいクソガキ、足引っ掛けて転ばすぞ!」などと叫びながら、ドタドタと賑やかな足音を響かせて暗い坑道を駆けていった。
「やれやれ、相変わらず騒がしい奴らだな。」
サンダースは遠ざかっていく二人の後ろ姿を、温かい目で見送って笑うと、ソウヤの手元にある外出許可証を一枚、そっと指先で摘み取った。
「では、タカバ中尉、エミリア准尉。自分もこれで失礼します。あまり遅くならないように気をつけてください。」
静かな二人にウインクを投げると、急ぐ風でもなく、ゆっくりとした足取りでゲートに向かって歩き出した。
静まり返った地下坑道。
換気ファンが回る重低音だけが響く空間に、ソウヤとエミリアの二人だけが取り残された。
「……あはは。行っちゃったね。」
「そう、ですね……。」
ソウヤとエミリアは、どちらからともなくふと顔を見合わせてしまい、同時に首筋まで一気に赤面した。
お互いに好意を持っていることは何となく察しているが、いざこうして「公認」の形で二人きりにされると、どうしていいか分からず言葉が詰まってしまう。
恋愛に関しては驚くほど奥手な二人の間に、なんとも言えない初々しくも甘酸っぱい沈滅が流れた。
ソウヤは照れ隠しに頭の後ろを小さく掻きながら、意を決してエミリアの綺麗なエメラルドグリーンの瞳を見つめた。
「ええと……それじゃあ、俺たちも行こうか。エミリア、せっかくの機会だし、一緒にラサの街を散策してくれないか?」
ソウヤの少し緊張した、けれど優しい誘いの言葉に、エミリアは胸がトクンと跳ねるのを感じた。
頬の赤みを必死に隠すように俯きつつも、その唇には嬉しそうな笑みがはっきりと浮かんでいる。
「はい……っ。喜んで、タカバ隊長。私で良ければ、喜んでお供します。」
お互いにまだぎこちない距離感を保ちながらも、二人は自然と歩調を合わせ、ラサの街へと続く光の差すゲートに向かって歩き出した。
冷たい要塞の鉄の扉を抜けた先には、澄み渡るチベットの青空と、古き良き歴史を残す美しい街並みが、二人を優しく迎え入れるように広がっていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
まさかまさかの超大物人物が登場です(笑)
ブレックス准将の登場させるかはギリギリまで、悩んだのですが。
彼がどうして、ティターンズと対立したかを書いてみたいなと思い、彼を登場させました。
もし、不評でしたら、オリジナルキャラクターに差し替えます(汗)
基本的にブレックス准将は議員もしているので、地球や宇宙のあっちこっちに出張や視察をされて、議員活動しながらのラサ基地運営をしています。
さてさて、次の話はブラックコーヒー必須のソウヤとエミリアのラブラブデート回です!
俺のソウヤとエミリアが真っ赤に燃える!読者を悶えさせようと轟き叫ぶ!
てな感じで書いていたら、私の羞恥心が天元突破して、石破天驚拳が出せそうになりました(笑)
ではでは、次の話も楽しみにしてくださいね。
オリジナル機体紹介
【イフリート・スプリガン】
武装
ジャイアント・バズ
3連装ガトリング砲
脚部3連装フットミサイル
ヒート・マチェット×2
設定
アプサラス基地のノリス・パッカード大佐に届けられるはずだった、イフリート6号機をボルク・クライの要望に応えて、改修した機体。
ボルクが要望したのはロング・ビーム・ジャベリンを構えたスライフレイルの構えを崩すために固定武装を増やした。
ミサイルやガトリング砲でスライフレイルの姿勢を崩した瞬間に一気に間合いを詰め、ヒート・マチェットで仕留めるのがイフリート・スプリガンの戦法になる。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン