機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第84話 ラサの蒼穹【下】

「……おいおい、そんなに泣き喚くなよ。見逃してほしいか? なら、ちょっと俺たちの『相手』をしてくれたら、大目に見てやらんこともないぜ?」

 

少尉の男が下卑た笑みを浮かべ、泥に塗れた女性の顎を強引にしゃくり上げる。

周囲の部下たちもまた、我が物顔で品性のない笑い声を広場に響かせていた。

人だかりの最前線でその胸糞悪い光景を見つめていたソウヤの脳裏に、突如として不快な過去の記憶がフラッシュバックした。

――ハイスクール時代の、あの胸糞の悪い出来事だ。

 

学校の問題児グループが、一人の男子生徒から奪い取った喘息用の吸入器を、まるでキャッチボールのようにお互いに楽しげに投げ渡していた。

 

「返してください、返してくださいよ……!」

 

必死に涙を流しながら懇願する男子生徒。

しかし、問題児たちはせせら笑いながら決してそれを渡そうとはしなかった。

やがて男子生徒に喘息の激しい発作が出始め、喉を鳴らして苦しみ、床にのたうち回り始める。 その文字通り命の危機に瀕している惨状すらも、問題児たちはただの「面白い娯楽」として消費し、ケラケラと笑い転げていたのだ。

 

(自分には関係ない。自分とはまったく関係ないんだ……)

 

ソウヤは、心の中でそう念じて何度も目を背けようとした。

だが、人が苦しんでいる姿を弄び、命を何とも思わない奴らの傲慢さに、彼の胸の中で何かが完全に破裂した。

気づけばソウヤは、吸入器を取り戻すために問題児たちを徹底的に、過剰なまでに叩きのめしていた。

結果、吸入器は取り戻したものの、凄惨な暴力事件として処理され、ソウヤが目指していた大学への進学の道は完全に閉ざされることになったのだ。

 

――いま、目の前で起きている現実が、あの最悪な放課後の記憶と完全に重なっていた。

 

いや、それ以上だ。

薬を返してほしいと泥に塗れて懇願する女性は、自分のためではなく、高熱を出して苦しむ「我が子の命」のためにプライドを捨てて跪いている。

その必死な背中が、かつて幼い自分の不注意で道路に飛び出した際、迫り来るトラックから身を挺して自分を庇い、死なせてしまった最愛の母――トモエの最期の姿と重なってしまったのだ。

ドクン、とソウヤの心臓が不気味に跳ね上がる。 

いつもは春の陽だまりのように穏やかなソウヤの顔が、見たこともないような、文字通り血の凍るような「鬼の形相」へと変貌していく。

 

「あ、タカバ、隊長……っ?」

 

隣にいたエミリアが、彼のただ事ではない殺気に気づき、思わず声を漏らして一歩怯んだ。

しかし、ソウヤの耳にはもう、周囲の雑音は一切届いていなかった。

ソウヤは冷徹な足取りで人混みを力尽くでかき分けると、完全に無防備だった少尉の背後へと肉薄した。

 

「あ? なんだてめ――」

 

振り返ろうとした少尉が言葉を発するより早く、ソウヤの引き締まった右手が、薬瓶を弄んでいた少尉の右手首を容赦なく掴み、強烈に捻り上げた。

 

「が、あぁぁぁッ!?!? 何しやがる、てめぇッ!」

 

不意を突かれ、関節を極められた激痛に少尉が悲鳴を上げる。

その手のひらから力なく手放された医療用の小さな薬瓶を、ソウヤは空いた左手で寸分の狂いもなく、素早く空中でキャッチした。

ソウヤは悶絶する少尉を視界にすら入れず、そのままフードを深く被った女性の前に近づき、静かに膝を突いて跪いた。

そして、取り戻した薬瓶を両手で優しく差し出す。

 

「もう大丈夫です。お怪我はありませんか? ……同じ連邦の軍人として、彼らのあまりにも横暴で醜悪な行為を、心から謝罪します。本当に申し訳ありませんでした。」

 

「あ、あ、ありがとうございます……っ! ありがとうございます……!」

 

女性は何度も頭を地面に擦り付けながら、宝物のように薬瓶を胸に抱きしめた。

 

「おい、てめぇ……! 何のつもりだ、コラぁッ!」

 

手首を押さえながら飛び退いた少尉が、顔を真っ赤にしてソウヤを睨みつける。

背後に控えていた3人の部下たちも一斉に殺気を放ち、ソウヤを威圧するようにぐるりと包囲した。

ラサ基地支給の防寒用コートを深く羽織っているせいで、ソウヤの肩にあるはずの「中尉」の階級章は完全に隠れて見えなくなっている。

目の前の男をただの「生意気な叩き上げの兵卒」だと勘違いした少尉は、これ以上ないほど傲慢にガンを飛ばしながら、ソウヤの胸ぐらに掴みかからんばかりに距離を詰めた。

 

「同じ連邦軍の制服を着ておきながら、ジオン訛りの売女の肩を持つってかぁ!? 隊の規律を乱した罪で、ただじゃおかねえぞてめぇッ!!」

 

4人の連邦軍人の悪意が、ソウヤ一人へと一斉に牙を剥く。

しかし、ソウヤは跪いた姿勢からゆっくりと立ち上がると、コートの襟を静かに正しながら、怯むどころか冷徹極まりない蒼い瞳で、彼らの醜態を静かに見下ろすのだった。

 

「隊の規律だ? だったら、俺はお前たちを連邦軍の品性を落とした罪で、裁かないとな……。」

 

コートの襟元を正しながら、ソウヤは極低温の殺気を孕んだ声で冷徹に言い放った。

 

「な、なんだと!?」

 

少尉たちは激昂し、一斉にソウヤへと食って掛かろうとした。

――しかし、彼らの足がピタリと止まる。

ソウヤの蒼い瞳から放たれる、圧倒的なプレッシャー。

それは一年戦争の地獄を、そして東南アジアの激戦を戦い抜き、数多の修羅場を潜り抜けてきた「本物の兵士」だけが持つ本物の気迫だった。

実戦の泥も血も知らないルーキー士官たちにとって、その凶暴なまでの闘気は、まるで銃口を目の前に突きつけられたかのような恐怖となって脳髄を支配した。

完全に気圧され、青ざめて身じろぎもできない4人を、ソウヤは冷たく言う。

 

「どうした、ルーキー? 数はそっちが4倍も有利だぞ。隊の規律を正すんだろ? ――掛かってこいよ。」

 

静かな、しかし強烈な挑発。

恐怖を屈辱で塗りつぶされた少尉の男は、ついに理性を失って絶叫した。

 

「舐めるなァッ! ぶっ殺せッ!!」

 

その怒号を合図に、4人の連邦軍人が一斉にソウヤへと襲い掛かった。

だが、ソウヤの動きは彼らの鈍重な突撃とは次元が違った。

正面から殴りかかってきた一人の拳を、首を僅かに捻って紙一重で回避。

寸分の無駄もない見事な格闘コンビネーションを叩き込み、相手の体勢が崩れた一瞬の隙を見逃さず、その股間の急所へと強烈な前蹴りを叩き込んだ。

 

「がふっ、あ……ッ!?」

 

骨の砕けるような鈍い音が響き、一人が白目を剥いてその場に悶絶し、崩れ落ちる。

 

「この野郎ッ!」

 

すぐさま左右から二人同時に掴みかかろうとしてくるが、ソウヤは自ら一歩踏み込んで間合いを潰した。

右側の男の腕を掴むと、自身の身体を鋭く反転させ、腰のバネを爆発させて見事な一本背負いで巨体を宙へと投げ飛ばす。

ただ投げるのではない。ソウヤはその軌道をコントロールし、左側から迫っていたもう一人の相手へと、投げ飛ばした身体を正確に激突させた。

 

「ぶふぉっ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

人間二人が派手に絡み合いながら地面を転がっていく。

一本背負いを鮮やかに決めた勢いのまま、ソウヤは着地と同時に低く鋭く踏み込み、残る最後の一人の懐へと潜り込んでいた。

相手が恐怖に目を見開いた瞬間、ソウヤの右拳が、相手の脇腹へとえぐるような強烈なボディブローを突き刺す。

 

「が、はっ……!」

 

空気が肺から力任せに押し出され、最後の男はその場に膝から崩れ落ち、腹を押さえてうずくまった。

わずか数秒で3人を戦闘不能に追い込む圧倒的な体術。

しかし、流石に4人同時を相手にするのは無傷とはいかない。

先ほど激突して倒れていた二人が、痛みに顔を歪めながらも、怒り狂った表情で死に物狂いで立ち上がり、ソウヤの背後から再び襲い掛かってくる。

 

「死ねぇッ!」

 

「くっ……!」 

 

ソウヤは迫り来る拳を腕で受け止め、泥臭く立ち回りながら、残った二人を相手に激しい乱戦へと突入していった。

その乱闘の最中、広場の群衆の中で一人、冷静に戦況を見つめているエミリアがいた。

 

(今ならいける……! 隊長が引きつけてくれている内に!)

 

彼女はソウヤの意図を瞬時に察知すると、人混みを掻き分け、未だ地面で怯えていたフードの女性のもとへと駆け寄った。

 

「立てますか!? ここは危険です、早く!」

 

「あ、あなたは……」

 

エミリアは女性の細い手を強く掴むと、彼女を引き起こし、高熱の娘の薬を落とさないよう確認した。

そして、ソウヤが4人を引き受けて暴れている背中を一瞬だけ振り返り、心の中でその無事を祈りながら、その場から離脱するために広場の外へと向かって全力で走り出すのだった。

 

 

 

 

 

同じ頃、テリー・サンダースJr.軍曹は、喧騒から遠く離れたラサの古い街外れの丘に佇んでいた。

冷たく澄んだ高地の風が、褐色肌の大きな顔を撫でて通り抜けていく。

彼が静かに見つめている先には、遮るもののない抜けるような青空の向こう、白銀の雪を頂いた世界の屋根――エベレストの雄大な山並みが、神々しい姿で地平線にそびえ立っていた。

 

(あの山の、どこかに……)

 

サンダースは目を細め、胸の奥にある、いまも色褪せない大切な記憶を呼び覚ます。

自分が誰よりも敬愛し、守れなかったと激しい贖罪の念に駆られ続けていた男――シロー・アマダ少尉。

そして、彼と共に生きる道を選んだジオンの令嬢、アイナ・サハリン。

あの二人はいま、地球の片隅であるあの雪深い山林のどこかで、戦火から遠く離れて、静かに、優しく手を取り合って暮らしているはずだ。

――去年のことだ。

デリー基地襲撃の混乱から数ヶ月が経った頃、サンダースのもとに極秘の通信が入った。

かつての仲間であり、行方不明の隊長を探す旅に出ていたミケル・ニノリッチ、そしてゲリラ組織の少女キキ・ロジータからの、待ち望んでいた連絡だった。

 

『サンダース軍曹! 見つけました、見つけたんですよ! 隊長も、アイナさんも、ちゃんと生きていたんです……!!』 

 

通信機の向こうで涙ながらに叫ぶミケルの声を聞いた瞬間、サンダースの強面な顔は一気に崩れ、大粒の涙が乾いた大地へとこぼれ落ちた。心の底からの安堵と、言葉にできない喜びが、一年戦争以来ずっと彼の心を縛り付けていた呪いを、綺麗に解き放ってくれた瞬間だった。

 

「隊長……自分は、今度こそ間違えません。」 

 

サンダースはエベレストの山並みに向かって、小さく、けれど固い決意を込めて呟いた。 

隊長は生きている。

ならば、いま自分が成すべきことはただ一つ。

あのシロー・アマダと同じように、泥を舐めてでも「誰も死なせない理想」を掲げて戦おうとする、若き指揮官ソウヤ・タカバ中尉の背中を支え続けることだ。

あの甘くも気高い理想が、連邦の腐敗に圧し潰されぬよう、自分がその強固な「盾」になる。

それこそが、シロー・アマダの意志を継ぐということなるのだから。

 

「……ん? なんだ、あっちの広場の方は、随分と騒がしいな?」

 

決意を新たにしたサンダースがハノイへの土産にと木彫りの仏具をポケットに仕舞い込んだその時、遥か遠くの中心広場の方から、何かが衝突するような鈍い音と、連邦軍人の怒号が風に乗って聞こえてきた。

 

「やれやれ。ノアたちがまた羽目を外しすぎたか。……いや、違うな。この雰囲気は……」

 

長年の修羅場で培った直感が、ただの若者の喧嘩ではない、尋常ならざる殺気を敏感に察知する。

サンダースはエベレストから視線を外すと、表情を険しく引き締め、軍靴の音を響かせながら広場へと向かって急ぎ足で歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

人だかりの喧騒が近づくにつれ、ただ事ではない野次馬たちの怒号がサンダースの耳に飛び込んできた。

 

「おいおい、軍人同士が殴り合ってんぞ!」

 

「あいつら、ジャブローの少尉を相手にたった一人で暴れてやがる!」

 

広場の中央では、野次馬たちが大きな円陣を組み、熱狂と混乱の入り混じった野次を飛ばしていた。

 

(何が起きてるんだ……?) 

 

サンダースがその巨体を揺らし、何事かと様子を見ようと人垣に近づいた、その時だった。

人混みの隙間から、エミリアがフードを深く被った女性の手を強く引っ張り、こちらに向かって必死の形相で走ってくるのが見えた。

 

「ドットナー准尉! 何があった!」

 

サンダースが呼び止めると、エミリアは息を荒く切らせながら、すがるように見上げた。

 

「サンダース軍曹……っ! 大変なんです、隊長が……隊長が、あそこで連邦の若手士官4人を相手に、一人で殴り合いをしています!」

 

「何だと!? 中尉が……!?」

 

いつも穏やかなソウヤが私闘を演じているという事実に、サンダースは耳を疑った。

だが、その驚愕は、エミリアの背後に隠れるようにして怯えている、フードの女性の顔を見た瞬間に、完全に消し飛んだ。

 

「……っ!?」

 

サンダースの身体が、まるで落雷でも受けたかのように激しく硬直する。

フードの隙間から覗く、吸い込まれそうなほど美しく澄んだ、あの特徴的な深い緑の双眸。

泥に塗れてなお隠しきれない、気品に満ちた高貴な顔立ち。

 

(な、なぜ……なぜ、彼女がここに居るんだ……!?)

 

生きていてくれた。

それは間違いない。

だが、なぜラサの要塞のすぐ麓で、連邦の士官達に絡まれているのか。

冷や汗がサンダースの背中を伝う。

自分と彼女が出会ったことが、もしも連邦の上層部に知られたら、彼等がようやく手に入れたあの静かで平穏な生活は今度こそ完全に崩壊してしまう。

それどころか、何も知らないソウヤやエミリア、第4小隊の全員が、ジオン残党と癒着しているかもしれないと疑われる。 

すぐにでも、囲まれて戦っているソウヤを助けに行かなければならない。

だが、このラサ要塞の目と鼻の先で、彼女をこの場に留まらせておくことも、あまりにも危険すぎる。

どうする。

どうすれば全員を守れる――。

サンダースが必死に思考の海を彷徨い、エミリアが「軍曹、早く……!」とソウヤの元へ駆けつけてほしい顔をした、まさにその刹那だった。

 

「――その人は、私が安全な場所に逃がすわ!」

 

人混みを掻き分け、鋭いヒールの音を響かせて3人の元へ駆け寄ってきた影があった。

大きなサングラスをかけ、豊かな金髪をなびかせた、大人の余裕を感じさせるスタイル抜群の女性。

その声の持ち主は、以前、東南アジア方面でソウヤに取材をした、九竜中央報知のジャーナリスト――「アエロ・ハルピー」だった。

 

(九竜中央報知の記者……! なぜこんな場所に……!?)

 

サンダースの目が驚きに細められる。

ただの民間人を巻き込むわけにはいかない――そう思った刹那、アエロの口から信じられない言葉が飛び出した。

 

「大丈夫よ。この『お姫様』は必ず、私の命に代えても安全な場所に逃がすから、信じて!」

 

「……っ!」

 

お姫様――。

 

その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、サンダースの脳裏に再び激震が走った。

ただの記者が、ラサの街に隠れ住む現地の女性を「お姫様」などと呼ぶはずがない。

彼女の本当の素性を、この金髪の女性は完全に把握している。

 

(この女……ただの記者じゃない。この人の正体を知っている……ジオンに関係する人間か!)

 

アエロがまとう、単なる報道関係者とは思えない冷徹な気配。

その裏にある『ジオン』の影を、サンダースは鋭く察知した。

正体不明の不気味さはある。

だが、いまこの状況で彼女の素性を知り、なおかつ連邦の目から「守る」と言い切ったのだ。

ならば、いま最も彼女を安全に隠し通せるのは、連邦軍人である自分たちではなく、目の前にいるこの謎めいた金髪の女性しかいない。

 

「……裏切るなよ、記者さん。その人を、頼んだぞ!」 

 

サンダースは短く、けれど刃のように鋭い言葉で念を押すと、女性の身柄をアエロへと託した。

もう後ろを振り返ることはない。

巨躯に潜む闘気を一気に爆発させると、ソウヤを救うため、そしてこの理不尽な現実を叩き潰すために、大股で人混みを力任せに押し分けて乱闘の中央へと突入していった。

 

 

 

 

 

ソウヤは最初は卓越した体術で戦況をリードしていた。

しかし、先ほどダウンさせたはずの二人も徐々にダメージから回復し、戦いは再び4対1の形へと戻ってしまう。

流石に数多の死線をくぐり抜けてきたソウヤといえども、実戦経験こそないが体格のいい現役の連邦士官4人を同時に素手で相手取るのは厳しく、徐々に防戦一方となり押され始めていた。

荒い息を吐きながら立ち回るソウヤの死角を突き、一人が鋭く背後に回り込む。

 

「捕まえたぞ、てめぇッ!!」

 

「くっ……!?」

 

背後から強固な力で羽交い締めにされ、ソウヤの身体が完全に拘束されて動きを封じられた。

自由を奪われた若き指揮官の隙を見逃さず、残る3人の士官たちが勝ち誇ったような下卑た笑みを浮かべ、拳を握りしめて一斉にソウヤの顔面へと躍りかかる。

 

「生意気な兵卒が、エリートの俺に逆らったツケを払えぇッ!!」 

 

無防備なソウヤに3つの拳が迫る――その刹那だった。

 

「――そこまでにしてもらおうかァァァァッッ!!!」

 

広場全体を震わせるような、凄まじい大音量の雄叫びが響き渡った。

野次馬たちの人混みを、まるで紙切れでも散らすかのように力任せにかき分け、一人の褐色の巨体が文字通り乱入してくる。

 

「な、なんだぁっ!?」

 

突如として目の前に現れた、規格外の体躯を持つ――テリー・サンダースJr.軍曹の圧倒的な威圧感に、殴りかかろうとしていた若手士官4人は本能的な恐怖を覚え、思わず動きを止めてびびり散らした。

サンダースは目の前の若手4人を一瞥も逃さず鋭く睨みつける。

その巨大な拳は白くなるほどに握りしめられており、戦場を生き抜いてきたベテランの重圧だけで、ルーキーたちをその場に縫い付けるには十分すぎるものだった。

サンダースは目の前の4人を鋭く睨み据えたまま、その強固な防壁のような背中でソウヤを庇い、低く地響きのような声で尋ねた。

 

「タカバ隊長、ご無事ですか。」

 

「ああ、サンダース軍曹……。問題ない、無事だ。」

 

羽交い締めを解かれ、息を整えながら立ち上がったソウヤの声を耳にし、サンダースは肚の底から安堵の息を吐き出した。

そして、若き指揮官には見えない位置で、静かに一度だけ目を閉じ、深く押し殺した声で告げた。

 

「……ありがとうございます。」

 

「? どうしたんです、サンダース軍曹?」

 

突拍子もないお礼を言われ、ソウヤは意味が分からず不思議そうに尋ねる。

あの女性の平穏を、自分の危険も顧みずに守ってくれたことへの心からの謝意。

しかし、そのすべてを今ここで明かすわけにはいかない。

 

「いえ……なんでもありません、中尉。こちらの話です。」 

 

サンダースはいつもの朴訥な表情を少しだけ覗かせ、すぐに言葉をはぐらかした。

ソウヤは首を傾げながらも、再び冷徹な「戦士」の瞳へと切り替え、完全に腰が引けている少尉4人へと歩み寄った。

コートを羽織ったその佇まいは、先ほどまでの防戦一方の姿とはまるで異なり、圧倒的な強者のオーラを放っている。

 

「どうした、ルーキー? たった一人増えただけで、そこまで怯えるのか?……それじゃあ、本物の戦場に立つには、まだ早いぞ?」 

 

ソウヤの冷ややかな挑発が、ルーキーたちのプライドを容赦なく踏みにじる。

しかし、4人は言い返すことすらできなかった。

目の前に立ちはだかるのは、正確無比な体術を誇る若き俊英と、かつて多くの戦場を生き抜いた「死神」の巨漢。

その二人から放たれる凄まじい威圧感の前に、4人はただただ、怯え震えることしかできなかった。

 

「な、ナメるな……!」

 

少尉が虚勢を張って拳を振り上げた瞬間、ソウヤとサンダースの二人の体が同時に動いた。

そこからは、もはや乱闘とすら呼べない、文字通りの圧倒的な「制圧」だった。

ソウヤは無駄のない洗練された体術で相手の懐に滑り込む。

顎、鳩尾、膝裏――正確無比に急所だけを撃ち抜く鋭い打撃を電光石火の如く叩き込み、少尉たちを次々と機能停止に追い込んでいく。

一方でサンダースは、その規格外の巨体と圧倒的なパワーを存分に活かしたファイトスタイルで暴れ回った。

掴みかかってきた男を片手で軽々と持ち上げては地面へと叩きつけ、振り下ろされる拳を肉体で受け止めながら、丸太のような豪腕から放たれる強烈な一撃で容赦なくナックルを叩き込む。

正確無比なソウヤの技と、すべてを粉砕するサンダースの剛力。数々の修羅場を共にしてきた第4小隊が誇る二人のコンビネーションの前に、実戦経験のないルーキーたちが敵うはずもなかった。

 

「がはっ……!」

 

「う、うそだろ……ッ!?」

 

広場に鈍い打撃音と短い悲鳴が何度か響き渡った後、哀れな少尉4人は、地面に這いつくばって完全にダウンした。

先ほどまで民間人をいたぶって我が物顔で凄んでいた面影など微塵もなく、全員が泥と血に塗れ、苦痛に喘ぎながらピクリとも動けなくなっていた。

 

 

 

 

4人が完全に沈黙した直後、広場の外縁からけたたましいホイッスルの音と、軍靴の足音が重低音となって響き渡った。

 

「そこまでだ! 全員動くなッ!」

 

人だかりを力任せに押し分け、威圧的な白のヘルメットを被った連邦軍の憲兵たちが一斉に乱入してきた。

その数、およそ十名。全員が手をアサルトライフルや特殊警棒へと伸ばし、ただ事ではない殺気を放ちながら、ソウヤとサンダースを包囲するように円陣を組む。

その厳戒態勢の憲兵たちの姿を見た瞬間、地面に血反吐を吐いて這いつくばっていた少尉が、まるで救いの神を見つけたかのように目を血走らせた。

 

「け、憲兵……! おい、早くその薄汚い叩き上げどもを捕まえろッ!!」 

 

少尉は腫れ上がった顔で泥を這い、MPの隊長の足元へと必死にすがりついた。

そして、自分のこれまでの横暴を完全に棚に上げ、狂ったようにデタラメな虚偽の報告を捲し立て始めたのだ。

 

「こいつらはジオン残党の工作員だ! 俺たちが広場で不審な女を取り調べていたら、突然背後から襲いかかってきやがった! そこのデカブツなんか、軍の支給品を横流しした闇物資を隠し持ってやがるぞ! 同じ連邦の制服を着た、裏切り者のテロリストだ! 今すぐここで射殺しろッ!!」 

 

涙と鼻水に塗れた少尉の必死の訴えに、憲兵たちの銃口がジワリとソウヤとサンダースの胸元へと向けられる。

コートで階級章が隠れている二人は、客観的に見れば「4人の将校をボコボコにした素性の知れない危険な大男たち」に過ぎなかった。

デタラメな非難を浴びせられても、ソウヤは冷徹な蒼い瞳を崩さない。

サンダースもまた、巨大な身体の前にそっとソウヤを隠すようにして、油断なく憲兵たちの動きを凝視していた。

広場を支配する、一触即発の重苦しい緊張感。このまま不当な暴力事件として処理されれば、二人の軍人生命はおろか、競技会への出場すら危うくなる。

 

 

 

 

 

緊迫した空気を切り裂くように、どこか楽しげで、それでいてひどく冷ややかな女性の声が広場に響いた。

 

「あら~、私が撮った映像と内容が全然違うわねー?」 

 

憲兵たちが怪訝そうに視線を向けた先、野次馬の人混みを悠然とかき分けて現れたのは、大きなサングラスをかけた金髪の女性――アエロだった。

彼女は女性を安全な場所へ逃がしたあと、ソウヤたちの窮地を救うためにわざわざこの場に戻ってきたのだ。

アエロは手に持った携帯端末をひらひらと振ると、ダウンしている少尉を冷たい目で見下ろした。

 

「そこの少尉さんたちは、高熱を出した娘さんの薬を返してと泣いて縋る民間人の女性を『ジオン残党の盗っ人』だと決めつけて、寄ってたかって楽しそうにいたぶっていたのよ。彼らは同じ連邦の軍人として、見過ごせないその横暴を止めて、薬を無事に取り返してあげただけ。……ねえ、これのどこが『工作員のテロ行為』なのかしら?」 

 

 

アエロはMPの隊長に歩み寄ると、液晶画面をタップして、先ほどの一部始終が克明に記録された録画映像を目の前に突きつけた。

そこには、少尉が女性を足蹴にし、薬瓶を取り上げて下卑た笑みを浮かべている醜悪な姿が、言い逃れのできないアングルでバッチリと映し出されていた。

 

「証拠ならここにあるわ。……それにしても、地球連邦軍の軍人さんたちは、銃も持たない非力な女性に対して、いつもこんな風に横暴なことをなさるのかしら? これは香港に持ち帰って、我が『九竜中央報知』の一面トップを飾る大スクープ記事として、全世界に発信しないといけないわねー。」

 

アエロはサングラスを少しだけずらし、鋭い光を宿した瞳でMPたちを真っ直ぐに詰め寄った。

『九竜中央報知』の記者による国際的な報道――。

その一言に、連邦軍の面子とラサ基地の不祥事を恐れたMPの隊長が、あからさまにたじろぎ、顔を青ざめさせる。

 

「な、何だとてめぇ……っ!?」 

 

デタラメを暴かれ、報道という最大の脅威を突きつけられた若手少尉が、腫れ上がった顔を怒りで歪めながら、地面を這いずるようにして激しく反論した。

アエロはフッと大人の笑みを浮かべ、サングラスの奥から視線を向けた。

 

「でも、流石はソウヤ・タカバ中尉。か弱き女性を助けるなんて、流石はエースパイロットですね。」

 

「――っ!?」

 

その口から『ソウヤ・タカバ』という名前が飛び出した瞬間、それまで銃口を向けていた十名の憲兵たちの顔色が一気に青ざめた。

彼らは弾かれたようにアサルトライフルを引くと、背筋をピンと伸ばし、一糸乱れぬ見事な動作でソウヤに向けて直立不動の敬礼を捧げたのだ。

コートのせいで階級章こそ隠れていたが、目の前にいる男が、『ソウヤ・タカバ』であると知れば話は完全に別だった。

 

「……ち、中尉……? タカバ、だと……?」

 

地面に這いつくばったままの若手少尉は、状況が理解できずに腫れ上がった顔で呆然としていた。ジャブローから赴任してきたばかりの彼にとっては、自分が喧嘩を売った相手が「ただの格上の上官」だとしか分かっていない。

しかし、この地に配備されている憲兵たちにとって、『ソウヤ・タカバ』が率いる第4小隊の武勇は、あまりにも巨大な輝きを持って耳に届いていた。

東南アジア方面のジオン残党最前線で活躍する『コジマの第4』。 

どんな絶望的な戦場でも決して命を奪わない『殺さずの狩人』。

そして何より、デリー基地のあの恐るべき鬼神と対等に渡り合った、東南アジア方面軍最高峰のエースパイロット――。

デリー壊滅でプライドをズタズタにされていた現地の東南アジア方面軍の兵士たちにとって、ソウヤの存在は数少ない救いであり、畏怖の対象だった。

憲兵たちもまた、彼らの大活躍を同じ方面軍の人間として心から快く思っていたし、何よりも「自分たちの誇り」として英雄視していたのだ。 

そんな東南アジアの生ける伝説に対し、ジャブローからやってきた実戦経験もないルーキー少尉たちが、民間人をいたぶった挙句に寄ってたかってリンチにしようとしていた。

MPの隊長はゆっくりと少尉へと視線を戻すと、その白ヘルメットの奥の瞳を、今度は怒りと軽蔑の光で冷徹にギラつかせるのだった。

 

 

 

 

 

憲兵の隊長は右手を素早く下ろすと、ソウヤとサンダースに向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「タカバ中尉、およびサンダース軍曹。我が方の非礼を深くお詫びいたします。まさか、コジマ大隊の英雄お二方だとは気付かず、大変失礼いたしました。」 

 

さらに隊長はアエロの方を向き、敬意を込めて一礼する。

 

「記者さんも、迅速な情報提供と確たる証拠の提示、感謝いたします。あなたのおかげで、我が軍の不祥事をこれ以上大きくせずに済みました。」

 

アエロは「いいのよ、これがジャーナリストの仕事ですから」と、サングラスの奥で不敵な笑みを浮かべて肩をすくめた。

憲兵の隊長はふぅと短く息を吐くと、冷徹な目で地面の少尉たちを見下ろし、事務的なトーンで言い放った。

 

「――よし、ここで起きたのは、現場の状況を見るに『血気盛んな士官同士による、ただの喧嘩』だな。不法侵入もテロ工作の形跡も一切ない。……異論はないな?」

 

東南アジア方面軍の誇りであるソウヤの軍歴に傷をつけず、同時に民間人をいたぶった身内の醜態を公式記録から揉み消すための、隊長なりの最大限の配慮だった。

 

「ふ、ふざけるなッ! 喧嘩だと!? 俺はジャブローから赴任してきた将校だぞ! なぜ俺たちが拘束されなきゃならんのだ! 離せ、今すぐその薄汚い叩き上げどもを射殺しろと言っているんだァッ!!」

 

状況が一転したことに納得のいかない少尉が、腫れ上がった顔をさらに真っ赤にして見苦しく喚き散らす。 

しかし、憲兵の隊長が冷酷に顎をしゃくると、十名の憲兵たちが一斉に動き出した。

 

「うるさいぞ、少尉。軍人の品性を貶めたのはどちらか、頭を冷やしてよく考えろ。……よし、こいつらの手当てをするために、一度ラサ基地の医療区画へ戻るぞ。全員、連れていけッ!」 

 

憲兵たちは喚く少尉の腕を強引に捻り上げ、抵抗する残りの3人も含めて、引きずるようにして乱暴に連行し始めた。

広場に響き渡るルーキーたちの無様な悲鳴と罵声。現地の兵士たちからの冷ややかな視線と容赦のない力尽くの拘束の前に、ジャブローの権威を笠に着ていた4人は、文字通り手も足も出ないまま、無様に広場から引き剥がされていった。

野次馬たちの歓声と拍手が沸き起こる中、広場にはようやく、いつもの穏やかなチベットの風が戻りつつあった。ソウヤは遠ざかる憲兵たちの後ろ姿を静かに見つめ、繋がれたままだった拳の力をゆっくりと抜くのだった。

 

 

 

 

 

憲兵たちが4人を引きずり回しながら広場から去っていくと、ソウヤは小さく息を吐き、隣に立つ金髪の女性へと向き直った。

 

「助かりました、アエロさん。あの映像データがなければ、俺たちだけでなく、あの女性までどうなっていたか分からなかったです。本当にありがとうございました。」 

 

ソウヤが真っ直ぐな瞳で深く頭を下げると、アエロはサングラスの位置を指先で少しだけ直し、いたずらっぽく唇を綻ばせた。

 

「お礼なんていいのよ。取材対象のあなたが問題を起こして軍法会議にでもかけられたら、私の書く記事の価値まで下がってしまうもの。」

 

「あはは……。それは確かに、困りますね。」

 

彼女なりの照れ隠しを含んだ言葉に、ソウヤはどこか調子を狂わされながらも、いつもの穏やかな笑顔で苦笑した。

すると、アエロは一歩距離を詰め、声を少しだけワントーン落として微笑みかける。

 

「それにね、半分は本気よ? 私はあなたの熱心なファンだから。……大切な『推し』の助けになれて、本当に良かったわ。」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

大人の色気を漂わせるアエロのストレートな言葉に、奥手なソウヤはまたしても頬を微かに赤らめて頭を掻いた。

 

「――タカバ隊長! サン、ダース軍曹!」

 

その時、人混みを必死にかき分けるようにして、エミリアが息を切らせながら三人のもとへと合流した。その綺麗なエメラルドグリーンの瞳には、隠しきれないほどの深い動揺と心配の色が浮かんでいる。

「エミリア、無事だったかい?」

 

「はい! お二人とも、お怪我はありませんか!? 四人を相手に殴り合いだなんて、無茶をしすぎです……っ」

 

「ああ、自分も中尉もかすり傷一つありませんよ。ドットナー准尉、心配をかけてすまなかったな。」 

 

サンダースがその分厚い手で自分の胸を叩き、安心させるように低く笑った。

ソウヤも何度も頷き、すぐに思い出したようにエミリアへ視線を戻す。

 

「エミリア、さっきのフードの女性はどうなった? 無事に逃げられたかい?」

 

「あ、それは――」

 

エミリアが言葉を紡ぐより早く、アエロが横からひらひらと手を振って、その疑問に答えた。  

 

「心配いらないわよ。私の頼りになる助手のドルセに、彼女の身柄を預けておいたから。今頃は安全な場所に避難できているはずよ。」

 

「……そうですか。本当によかった。」 

 

ソウヤとエミリアは心から安堵し、深く胸を撫でおろした。

そんな二人の様子を見届けたアエロは、ふと、隣で未だに険しい表情を崩さずに自分を凝視しているサンダースへと視線を移した。彼女はソウヤたちに気づかれないよう、音もなく老兵の真横へと滑り込むと、その耳元へこっそりと唇を寄せ、極めて低い声で耳打ちした。

 

「――安心して。彼女は絶対に、安全な場所に逃がしたわ。危害なんて一切加えないし、連邦に売るような真似もしない。だから……私を信用して、軍曹殿。」

 

「……っ」

 

サンダースの身体がピクリと反応する。

この女がただの記者ではないことは、もう確実だ。

ジオンに深く関わる人間であることも間違いない。

だが、彼女の素性を知り、なおかつ連邦の魔の手から「命に代えても守る」と言い切ったその言葉に、嘘は偽りは一切感じられなかった。

 

(いま、彼女を守るためには……この女を信じるしかない)

 

アエロを見つめる鋭い視線の緊張を僅かに和らげると、小さく、けれど固い信頼の意思を込めて一度だけ深く頷いた。

 

「……感謝する、アエロ記者。」 

 

サンダースの短い、しかし確かな覚悟の言葉を受け取り、アエロは満足げに妖艶な笑みを浮かべるのだった。

 

アエロは携帯端末をポケットに仕舞い込むと、「さて、無事に解決したことだし、私はこれで仕事に戻るわね」と、軽やかに背を向けようとした。

その様子に、ソウヤはふと気になったことを尋ねた。

 

「アエロさん、今回はラサにどのような仕事で来られたのですか?」

 

「あら?」

 

アエロは足を止めると、滑らかな身のこなしでソウヤの前へと一歩踏み込んだ。

そして、驚くソウヤの顎を細い人差し指でくいっと上に向かせる。

 

「女性のプライバシーを過度に聞くのはマナー違反ですよ、タカバ中尉。……女の秘密の1つや2つは、衣服を飾るアクセサリーのようなものなんだから。」

 

アエロのサングラスの奥から放たれる、大人びた妖艶な視線と色っぽい不敵なはぐらかし方。

その破壊力抜群の仕草に、恋愛に奥手なソウヤは耳の裏まで一気に赤面し、「あ、す、すいません……」としどろもどろになってしまう。 

そして、そのすぐ隣では、綺麗なエメラルドグリーンの瞳をきりきりと尖らせたエミリアが、これ以上ないほど不満げに頬をぷくーっと大きく膨らませていた。

 

「ふふ、じゃあね、英雄さんたち。競技会、期待しているわね。」

 

アエロはソウヤの顎から指を離すと、いたずらっぽくウインクを一つ残し、華麗な足取りで賑やかな広場の人混みの中へと消えていった。

ソウヤ、エミリア、サンダースの三人は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで静かに見送った。

 

「……よし、僕たちも一度、ラサ基地に戻ろうか。」

 

ソウヤが照れ隠しに軽く咳払いをして歩き出すと、エミリアもまだ少し機嫌を損ねたような様子を見せつつも、先ほどのようにソウヤの半歩後ろへとぴったり寄り添い、三人は基地へと続く帰路を歩き始めた。

その道すがら、サンダースの鋭い視線が、エミリアの左手の動きにふと留まった。

夕暮れ時の淡い光を浴びて、彼女の左手薬指の根元で、深い青色の小さな石がひっそりと、しかし確かな存在感を放ってきらめいていたからだ。

 

「ん? ドットナー准尉、その指輪は……」

 

頼れる先輩軍曹から真っ直ぐに尋ねられ、エミリアの膨らんでいた顔が一瞬で林檎のように真っ赤に染まった。

 

「えっ!? あ、これは……その、ただのお守り、というか……ラサの特産品を、あの、個人的に、その……っ!」 

 

エミリアは両手を激しく振りながらあわあわと言い訳を捲し立て、完全に動転しながら言葉をごまかした。

隣を歩くソウヤもまた、気まずそうに視線をあちこちへ彷徨わせて首筋まで赤くしている。

そんな二人の様子を見て、サンダースはすべてを察し、先ほどまでの緊張感を胸の奥に仕舞い込んで、目を細めながら優しい苦笑を浮かべるのだった。

軍事競技会(ミリタリー・コンペティション)という名の、世界の精鋭が集う新たなる大舞台を前に、若き狩人たちの束の間の休日は、チベットの深く澄んだ夕暮れの空に溶けていくようにして、静かに幕を閉じるのだった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
名前を伏せてましたが、まさかの2人目の大物ゲストです!
娘さんの名前は旦那さんの妹さんから、名付けました。
小説版だと、娘になっているので、漫画版と小説版の良いとこ取りをしました。
さてさて、次の話からオーストラリアの競技会の話になるので、お楽しみください!
感想など、気軽に書いてくださいねー!

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

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  • ペイルライダー・マスケッティア
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