宇宙世紀0079年1月、地球連邦軍総司令部ジャブローの破壊を目的に、ジオン公国軍はサイド2のコロニー『アイランド・イフィッシュ』を地球へ落下させる『ブリティッシュ作戦』を敢行。
連邦軍艦隊の必死の抵抗と大気圏突入時の摩擦熱により、落下中にコロニーが空中分解を始めたため、その軌道は大きく外れることになる。
しかし、崩壊したコロニーの前端部分はオーストラリア大陸南東部沿岸のシドニーへと落着した。
厚さ10キロメートルの地殻を貫通し、マグニチュード9.5という人類史上空前の大地震を発生させた落着の衝撃により、オーストラリア大陸はその16%を文字通り削り取られた。
最大直径五百キロメートルに及ぶ巨大なクレーター湾――のちに『シドニー湾』と呼ばれる、
地球に刻まれた最悪の爪痕はこうして形成されたのである。
そのシドニー湾の北方に位置するオーストラリア東部の主要拠点。
それが『トリントン基地』であった。
元々はシドニー北部の内陸部に存在していたが、一年戦争のコロニー落としによってシドニー周辺が壊滅し、シドニー湾が形成されたことで、一躍、海に近い基地へとその姿を変えた歴史を持つ。
一年戦争時、トリントン基地に保管されている核を奪取するためにジオン軍の特殊部隊が襲撃を仕掛けるという事件が起きたが、これは今ではオーストラリアの英雄と謳われる『ホワイト・ディンゴ隊』の活躍によって間一髪で阻止された。
『ホワイト・ディンゴ』という名前の通り、野犬の如き攻めを得意とするというわけではなく、当時オーストラリア方面の連邦部隊には「色」と「オーストラリアの動物の名前」を組み合わせるという名称のルールがあり、彼らもその流儀に従って名付けられたに過ぎない。
だが、それらはすべて過去の話である。
今のトリントン基地は、依然として核を保管しつつも、全く別の役割を担う重要拠点へと変貌を遂げていた。
基地周辺の果てしない荒野に、突き刺さるようにして天を突く、巨大なコロニーの残骸――。
かつて数千万人のスペースノイドが暮らしていた宇宙の都市の死骸を利用した、最新の新型機やテスト機たちの広大な演習場がそこには広がっている。
鉄の死骸が実戦さながらの過酷な障害物や遮蔽物と化し、地球圏の最新技術が交錯するテストエリアとなっていた。
そのコロニーの残骸が突き刺さった赤い大地で、6機のモビルスーツが激しく動き回っていた。
砂塵を巻き上げて疾駆するのは、2機のザクⅡF2型と、1機のジム改。
フォーメーションを綺麗に保ちながら連携するそのザクⅡの装甲は、元ジオン公国軍のそれではなく、地球連邦軍トリントン基地所属を示す特有のデザートカラーに塗り替えられていた。
先頭を走るジム改のコックピットで、鋭い眼光を放つベテランパイロット――サウス・バニング大尉が、一瞬の隙も与えない機敏なレバー捌きを見せながら、通信回線を通じて僚機のパイロットたちへと矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「カークス!アレン!フォーメーションを維持しろよ! 相手は東南アジア方面の修羅場を潜り抜けてきた本物のエース部隊だからな!」
「了解、大尉!」
「分かってます、簡単に抜かせやしませんよ!」
バニング大尉率いるトリントン基地のテストパイロットたちが模擬戦の相手として迎撃しているのは、競技会に向けてハノイから派遣された東南アジア方面第1機械化混成大隊、通称コジマ大隊の第4小隊であった。
「……チッ、東南アジアで残党と戦ってきた連中か。面構えが違うな。」
ジム改の狭いコックピットの中で、サウス・バニング大尉は正面モニターを見据え、短く吐き捨てた。
トリントン基地の赤い大地を駆ける、三機の影を正確に捉えている。
まず目に飛び込んできたのは、重厚なフォルムのジム・キャノンだ。
だが、ただの量産機ではない。左胸に増設されたスモークディスチャージャーが、実戦で攪乱戦術を使い込んできた証左として不気味に主張している。
手には大型の連邦軍標準シールドを構え、後方からの重火力支援に特化した堅実な構えだ。
その傍らを固めるのは、陸戦型ガンダム。
実戦の傷を幾度も修復してきたのだろう、ショートシールドを前に突き出し、100mmマシンガンを低く構える姿には微塵の隙もない。
砂塵を巻き上げるその力強い足取りは、前線を維持し、敵を圧殺するための鉄壁の壁そのものだった。
そして――バニングの戦術眼が、最も強く警戒を促したのが、中央を突っ込んでくる深緑の機体だった。
「スライフレイル、か。陸戦型ガンダムの改修機と聞いていたが……なるほど、あのカラーリングといい、肩の大型増加装甲といい、完全に密林での隠密ゲリラ戦仕様だな。」
トリントンの乾いた赤い大地には場違いな、深い森の緑。
しかし、周囲に点在する巨大なコロニーの残骸――死骸となって突き刺さる鉄の障害物群にひとたび紛れ込めば、あの緑の装甲は最悪の迷彩へと化ける。
手にしたビーム・ライフルと、腰部にマウントされた歪な格闘兵装が、ベテランの嗅覚をチリチリと刺激した。
「アレン、カークス! 相手は散開して包囲網を敷く気だ。先手を打つぞ! 左右から挟み込め!」
「了解、大尉!」
「分かってます、簡単に抜かせやしませんよ!」
通信回線に部下たちの威勢のいい声が響くと同時に、2機のザクⅡF2型が砂煙を蹴り立てて左右へ跳んだ。
デザートカラーに塗装されたザクの銃口が火を噴く。
アレンとカークスの放った120mmザク・マシンガンのドラムマガジンから、実弾の豪雨がコジマ大隊の第4小隊へ向けて叩きつけられた。
『――っ! 敵襲、散開しろ!』
ソウヤ中尉の鋭い声が、こちらの傍受回線にも微かに混ざる。
さすがに場数を踏んできたエース部隊だ。
バニングたちの奇襲に近い激しい弾幕に対し、3機は一瞬の迷いもなく左右へと鋭く散った。
ガガガガガガッ!
陸戦型ガンダムの100mmマシンガンが鋭い金属音を響かせて反撃の弾幕を形成し、ジム・キャノンのキャノン砲が空を震わせる。
さらに、ソウヤのスライフレイルが放ったビーム・ライフルのエネルギー体が、空気を引き裂きながらバニングのジム改の掠れすれを通り抜けていった。
「良い反応だ。だが、ここは俺たちの庭だぞ!」
バニングは素早いレバー捌きでジム改を滑らせ、突進してくるビームの軌道から逃れながら、すぐ横に転がっていた巨大なコロニーの隔壁の残骸の影へと滑り込んだ。
直後、彼がいた場所をザク・マシンガンと100mmマシンガンの銃弾が激しく穿ち、火花を散らす。
トリントン基地の演習場は、かつて数千万人が暮らした宇宙都市の死骸が乱立する、遮蔽物の迷宮だ。
バニングたちはその配置を、一センチ単位で脳内に叩き込んでいる。
「カークス、撃ったら止まるな! 3歩進んで影に隠れろ! アレン、回り込んでジム・キャノンの視線を奪え!」
激しい砂塵と硝煙が舞う中、6機のモビルスーツが牙を剥き合う。
バニングのジム改はブルパップ・マシンガンを構え、障害物の隙間から的確に点射を浴びせ、相手の前進を阻む。
対する第4小隊も、陸戦型ガンダムが盾を構えて前線を押し上げ、ジム・キャノンが後方から弾幕を供給し、そして深緑のスライフレイルが驚異的な機動性でコロニーの影から影へと文字通り「消える」ように位置を変えていく。
鉄の死骸が実戦さながらの過酷な盾となり、トリントン基地テストチームとコジマ大隊第4小隊の意地が、激しい射撃戦の中で火花を散らし始めた――。
(あの砲撃手を残すのは、脅威だな……!)
激しい銃撃戦の中、バニングの冷徹な戦術眼はコジマ大隊の布陣の「要」を捉えていた。
後方に控えるジム・キャノンだ。
スライフレイルや陸戦型ガンダムに比べれば、当然ながら装甲や火力を優先している分、機動力は劣る。
だが、あの240mmキャノン砲の射程と威力は、この入り組んだ障害物エリアにおいて最悪の脅威だった。
放っておけば、こちらの退路を次々と瓦礫に変えられ、ジリ貧に追い込まれるのは目に見えている。
「アレン、カークス! 目標を後方のキャノンに変更だ! 3機で集中砲火を浴びせて、まずはあの砲撃手を戦線から引きずり下ろすぞ!」
「了解!」
「仕留めます!」
バニングのジム改が先陣を切り、2機のザクⅡF2型がそれに追従する。
トリントン隊の三機から放たれた90mmと120mmの弾幕が、一斉にジム・キャノンへと収束した。乾いた赤い大地に、凄まじい着弾の火花と砂煙が弾ける。
「――っ、敵の狙いは俺かよ!」
モニターの向こうで、ジム・キャノンのパイロット――ジョシュア軍曹の焦る声が聞こえた気がした。
ジム・キャノンはシールドを前に突き出し、実弾の豪雨を強引に受け止めながら、じりじりと後退を始める。
重厚な装甲が悲鳴を上げているが、決定打は与えられない。
「逃がすか! 距離を詰めるぞ!」
バニングたちは地元の利を最大限に活かし、四方に突き刺さるコロニーの隔壁や鉄骨の影を縫うようにして、滑らかなスライド移動でジム・キャノンとの距離を急速に縮めていく。
確実に、獲物を追い詰める猟犬の動きだった。
だが、東南アジアの修羅場は、それをただ見過ごすほど甘くはなかった。
「ジョシュアから手を引いてもらおうか!」
激しい砂煙を割って、サンダースが乗る陸戦型ガンダムが、強引にバニングたちとジム・キャノンの射線へと割り込んできた。
前進しながら放たれる100mmマシンガンの狂気的な連射。
それだけではない。
胸部に内蔵されたマシンキャノンまでもが同時に火を噴き、凄まじい密度の弾幕がトリントン隊の進行ルートを完全に塞ぎにきた。
「チッ、盾になりにきたか! 一旦引け!」
バニングは直感的にレバーを引き、ジム改を近くの巨大なコンクリート片の影へと滑り込ませた。
アレンとカークスのザクも、直撃を避けるように左右の残骸へと身を隠す。
ガガガガガガガッ!!
彼らが直前までいた大地を、ガンダムの放った無数の弾丸が激しく穿ち、視界を遮るほどの土煙を巻き上げた。
足止めとしては完璧だ。
だが、バニングの闘志は些かも衰えていない。
「アレン、カークス、怯むな! 強引でも構わん、何としてもあのジム・キャノンを先に仕留めるぞ!」
その命令が通信回線を駆け抜けた、まさにその瞬間だった。
陸戦型ガンダムの背後、後退していたジム・キャノンの左胸から、ボボボッ! と鈍い破裂音が響いた。
「煙幕……!? スモークディスチャージャーか!」
ジム・キャノンから放たれた濃密な戦闘スモークが、バニングたちが身を隠している遮蔽物の周辺一帯へと一気に広がっていく。
見る間にモニターの視界が真っ白に染まり、外部センサーの感度が著しく低下していく。
熱源探知も遮られ、敵の正確な位置が掴めなくなった。
普通のパイロットであれば、視界を奪われた恐怖でその場に立ち往生するか、闇雲に銃を乱射するところだろう。
しかし、サウス・バニングという男は、その逆を行く。
白濁していくコックピットのモニターを見つめながら、バニングの唇の端が不敵に上がった。
「面白いことをしてくれる……。アレン、カークス、この煙は奴らにとってもこちらの動きが見えないということだ!」
バニングはジム改の出力を上げ、機体を低く構え直した。
「このスモークを逆利用する! ガンダムの射線を強引にやり過ごし、煙に紛れて一気にジム・キャノンの懐へ飛び込むぞ! 俺に続け!」
視界ゼロの白い闇の中、バニングのジム改がブルパップ・マシンガンを構え、砂塵と煙を切り裂いて突撃を開始した――。
視界は完全に白一色。
外部センサーは完全に沈黙している。普通のパイロットなら恐怖で足を止める暗闇の中、バニングは一切の迷いなくジム改の出力を上げた。
頼りになるのは、トリントン基地という己の庭の土地勘。
そして何より、あの一年戦争の最終決戦――ア・バオア・クーの地獄を生き抜いたパイロットの直感だけだ。
入り組んだコロニーの残骸の位置を脳内マップで補正しながら、バニングはスモークを切り裂いて突き進む。
(陸ガンの横はすり抜けた……! あとわずかでジム・キャノンの懐だ……!)
勝利を確信した、まさにその瞬間だった。
――ピーーーーッ!!!
コックピット内に、突如として甲高い警告音が鳴り響いた。
バニングは反射的に目線を動かし、サブモニターのステータスを確認する。
そこにあったのは、信じられない表示だった。
『NO SIGNAL(ロスト)』アレン中尉機、そしてカークス少尉機の機体アイコンが、同時に赤く点滅し、撃破判定(ダウン)を示していた。
「なに……っ!? アレン! カークス!」
通信回線からは、二人の悔しそうな唸り声しか返ってこない。
バニングの脳裏に、激しい衝撃と疑問が駆け巡る。
なぜだ。
なぜ、あの実戦経験のある二人が、この短時間で同時にやられた。
いくら煙幕の最中とはいえ、正面の陸戦型ガンダムはさっき俺がやり過ごしたばかりだ。後方のジム・キャノンが動いた形跡もない。だとすれば、残る選択肢は一つしかない。
(あの深緑の機体――スライフレイルか……!!)
チリリ、と背筋が凍るような戦慄が走った。
ここはトリントン、相手にとっては初めて足を踏み入れた見知らぬ土地のはずだ。
この遮蔽物が乱立する迷宮のような演習場で、しかもこの濃密なスモークの中。
土地勘などあるはずのない余所者が、視界不良を恐れるどころか、まるで己の庭であるかのようにアレンとカークスの位置を正確に捉え、音もなく背後へ回り込んで瞬く間に仕留めてみせたのだ。
(土地勘がないのに、この煙の中でアレンとカークスを撃破するとは、やるな!ソウヤ・タカバ中尉……!)
バニングが煙を利用してジム・キャノンを狙ったように、ソウヤもまた、土地勘のなさを補って余りある実戦の勘でこの煙を逆利用し、自分達の背後を突いたのだ。
(引き返すか……!?)
一瞬、レバーを握る手に力がこもる。だが、バニングはすぐに思い止まった。
今から反転して戻っても、すでに2機は判定負けしている。
機動力に勝るスライフレイルを煙の中で探し回るなど、それこそ奴の思う壺だ。
(ならば、このまま砲撃手を確実に道連れにする!)
「お前たちの仇は取らせてもらうぞ!」
バニングは深くペダルを踏み込み、ジム改のバーニアを吹かした。
煙を強引に突き抜けた先、ついにフロントモニターに、焦ったようにシールドを構えるジム・キャノンの巨大なシルエットが実体となって現れた。
「もらったァ!」
バニングは引き金を引き、ブルパップ・マシンガンを至近距離から連射する。激しい銃撃がジム・キャノンを襲うが、相手もコジマ大隊のエースだ。
ジョシュア軍曹は寸前で大型シールドを滑り込ませ、実弾の豪雨を強引に防ぎきる。
射撃が防がれることは織り込み済みだ。
バニングはブルパップ・マシンガンを右手に保持したまま、驚異的な反応速度で左レバーを捌いた。
ジム改のバックパック左側から、一本の円筒形――ビーム・サーベルの柄が、滑らかな挙動で左手へと滑り込む。
流れるような動作で引き抜かれたサーベルから、模擬戦用の低出力モードに設定された、淡い光刃が鋭く突き出された。
ジム・キャノンの装甲にビームが接触するより早く、機体のセンサーが「直撃」を感知する。
ジム・キャノンのメインモニターが暗転し、コックピット内に撃破判定のシステム音が鳴り響いた。
「くそっ! やられた!」
ジョシュアの悔しげな声が通信に響く。
これで、テストチームはバニングのジム改のみ。
コジマ大隊は陸戦型ガンダムとスライフレイルの2機。煙のカーテンの向こうから、アレンたちを仕留めた「深緑の狩人」の気配が、確実にバニングへと近づきつつあった――。
撃破判定を受け、その場に停止したジム・キャノン。
その巨体の向こうから、濃密な白い煙を強引に引き裂くような、特異な噴射音が響き渡った。
ゴォォォォ――ッ!!
重低音を伴った、凄まじいスラスター音。
バニングは反射的に、音のする正面へとジム改の視線を向けた。
白濁したモニターの奥、立ち込めるスモークを内側から焼き切るようにして、鮮烈な青白き光が視界に飛び込んでくる。
(――噴射光が、4つ……!?)
メインモニターの端で、センサーが捉えた熱源の数が瞬時に計算される。
残る陸戦型ガンダムはメインスラスターは2基だ。
しかし、迫り来るあの深緑の機体――スライフレイルの背には、軽量化されつつも強烈な推進力を生み出す4基のバーニアが、まるで飢えた獣の目のように輝いていた。
(まさか、今の一瞬で位置を特定されたのか……!?)
バニングの背中に、冷たい汗が伝う。
ジム・キャノンを仕留めるために引き抜いた、ビーム・サーベル。
模擬戦用の低出力モードとはいえ、スモークの闇を僅かに照らしたその淡い光の明滅を、ソウヤ中尉は見逃さなかったのだ。
レーダーも熱源探知も狂うこの白い闇の中で、ただそれだけの視覚情報を頼りに、迷いなく最大加速で突っ込んでくる。
(大した執念と探知能力だ。東南アジアの修羅場を潜ってきたというのは伊達じゃない……!)
バニングはソウヤの規格外の戦戦感覚に、内心で激しく舌を巻いた。
だが、驚嘆している暇はない。4基のスラスターによる爆発的な加速は、瞬く間に距離を詰めてくる。
このまま煙の中で足を止めていれば、隠密性と機動力で勝るスライフレイルの格闘戦の餌食になるのは明白だった。
「ここで付き合ってやる義理はないな……!」
バニングは即座に左手のビーム・サーベルを消灯し、バックパックへと収めると、両手でブルパップ・マシンガンを低く構え直した。
そして、フットペダルを踏み込む。
ジム改の脚部スラスターが火を噴き、赤い大地を滑るようにして後方へと跳躍。
バニングは地元の土地勘をフルに回転させ、コロニー残骸の配置を頭の中で線で繋ぎながら、一刻も早くこの視界不良のエリアを脱出しようと、煙の薄い方向へと機体を猛スピードで後退させた。
視界を覆っていた白いカーテンが急速に晴れ、トリントンの荒涼とした赤い大地がフロントモニターに戻ってきた。
――脱出成功。
そう安堵したのも束の間、バニングがバックモニターを確認するより早く、その背後から濃密なスモークの壁を暴力的に引き裂いて、深緑の機影が飛び出してきた。
「おいおい、冗談だろ……! どんだけレスポンスのいい機体に乗ってやがる!」
バニングは思わずコックピットの中で悪態をついた。
ベースが陸戦型ガンダムだというのはデータで知っていたが、ランドセルの軽量化とあの4基のスラスターによる瞬発力は、バニングの想定を遥かに超えている。
煙から抜け出た直後の、一番機体が不安定になる一瞬の隙すら与えてくれない。
「だが、直線的な突撃なら落とせる!」
バニングは後退の推進力を維持したまま、手にしたブルパップ・マシンガンの銃口を深緑の影へと向け、引き金を引いた。
ダダダダダダッ!
90mm実弾の鋭い弾幕が、迫り来るスライフレイルの進路上へと正確にバラ撒かれる。
しかし、ソウヤ中尉の操縦技術はそれすらも手玉に取った。
スライフレイルは、まるでバニングがトリガーを引くタイミングを事前に予期していたかのように、最小限のスラスター噴射で機体をわずかに傾け、弾幕の「隙間」をすり抜けるようにしてジグザグに接近してくる。
弾丸は深緑の装甲を掠めもしない。
(こちらの射線が完全に見切られている……!? なんて反応速度だ!)
ただの新人や中堅パイロットではない。
幾度もの死線を潜り抜け、敵の銃口の向きから弾道を直感的に予測できる本物のエースの動きだった。
マシンガンでの距離維持は不可能と判断したバニングは、再び驚異的なレバー捌きで左腕を動かし、バックパックからビーム・サーベルの柄を左手へと滑り込ませた。
その時、接近するスライフレイルはビーム・ライフルを腰に懸架し、左右の棒を一本の「長い棒状の武装」に合体させたのがモニターに映し出された。
トトトトトトトトッ!!!
間髪入れず、スライフレイルの頭部バルカン砲が火を噴いた。
激しいマズルフラッシュと共に放たれた無数の小口径弾が、ジム改のフロントモニターを叩く。
「くっ……!」
バニングは反射的に左腕のシールドを正面に掲げ、頭部への直撃を防いだ。
ガン、ガン、と盾の表面を弾丸が激しく弾く金属音がコックピットに響き渡る。
視界がバルカンの衝撃と火花で一瞬歪む中、バニングの全神経は、盾の向こうでソウヤが両手に構えた「あの奇妙な武器」へと注がれていた。
(ビーム・サーベルじゃない……ビーム・ジャベリンの類か?)
ビームの刃はまだ形成されていない。
しかし、その歪な棒状のシルエットは、ただの白兵戦用兵装とは異なる異質なプレッシャーを放っていた。
バニングの胸の奥で、再びベテラン特有の不吉な警報がチリチリと鳴り響き始めていた――。
トトトトトトトトッ!
激しい火花を散らすスライフレイルの頭部バルカンに対し、バニングはジム改のブルパップ・マシンガンで応戦した。
ダダダダダッ!
乾いた発射音が赤い大地に響き渡る。
2機のモビルスーツは、複雑に入り組んだコロニーの残骸の間を、まるでダンスを踊るかのように猛スピードで縫いながら、激しい撃ち合いを展開していく。
残骸の鉄骨に弾丸が跳ね返り、無数の火花が飛び散る。
だが、先に限界が訪れたのはバニングの方だった。
ガチッ!
「チッ、このクソ忙しい時に弾切れか!」
引き金を引いた人差し指に、虚しい金属音だけが返ってくる。
バニングは迷うことなく、右手のブルパップ・マシンガンをその場に投棄した。
通常の戦闘であれば、残骸の影に隠れてマガジンチェンジを行うのがセオリーだ。
だが、相手はあの化け物じみた高機動を誇るスライフレイル。
リロードのために視線を落とし、動きをわずかでも止めれば、そのコンマ数秒の隙を見逃さずに一気に間合いを詰められ、蜂の巣にされるのは目に見えていた。
案の定、マシンガンが手放された瞬間を狙い澄ましたかのように、スライフレイルの4基のスラスターが爆発的な輝きを放った。
ゴォォォッ!
大気を震わせる駆動音と共に、深緑の機影が文字通り「一瞬」で距離を縮めてくる。
「来いッ!」
バニングは左レバーを鋭く弾き、左手に保持していたビーム・サーベルの柄を、滑り込ませるようにして右手へと瞬時に持ち替えた。
同時にフットペダルを踏み込み、ジム改の駆動系を最大出力で白兵戦モードへと適応させる。
その時だった。
突進してくるスライフレイルが両手で構えた、あの歪な長い棒状の武装――。
その先端から、バチバチと激しいプラズマの狂気が弾けた。
直後、眩い光の奔流とともに、肉食獣の牙を思わせる「五叉(ごさ)のビームの穂先」が、凄まじいプレッシャーを伴って闇から解き放たれるように具現化した。
「……なっ、なんだあの武装は!?」
バニングは思わず目を見張った。
通常のビーム・サーベルとも、ホワイトベース隊で試験運用されたというビーム・ジャベリンの類とも明らかに違う。
それは、遮蔽物の多い僻地戦において、敵の装甲を間合いの外から強引に突き崩し、絡め取るために誂えられた、凶悪な「ロング・ビーム・ジャベリン」の真の姿だった。
驚愕するバニングのフロントモニターを、五条の赤白い光刃が、容赦なく真っ赤に染め上げていく――。
五叉の光刃が、容赦なくジム改の視界を圧殺しにかかる。
バニングは右手のビーム・サーベルを鋭く突き出した。
「どんな機体だろうと、この距離なら――!」
鋭い金属音を置き去りにして、ジム改のサーベルがロング・ビーム・ジャベリンの柄を、文字通り叩き落とそうと軌道を描く。
だが、その迎撃は、スライフレイルの圧倒的な間合いの前に虚しく空を切った。
激しい光エネルギーの衝突音がコックピットを震わせる。
一撃、二撃――打ち合うたびに、バニングの額から冷や汗が噴き出していった。
苦しい。ベテランの戦術眼を持ってしても、この白兵戦はあまりにも分の悪すぎる泥仕合だった。
(リーチが違いすぎる……! それに、あの5つの穂先が、こちらの太刀筋をすべて絡め取ってきやがる!)
五叉のビームは、ただの飾りの牙ではない。バニングがサーベルで受け流そうとするたびに、その5本の光刃がジム改の光刃を逃さずガッチリと噛み込み、強引に軌道をねじ曲げてくるのだ。
間合いの外から一方的に突き崩される恐怖が、バニングの鋭い感覚を削り取っていく。
だが、それ以上にバニングを戦慄させたのは、剣線を通じて伝わってくる「信じがたいパワー」だった。
「――っ、いくらガンダムタイプだからって、ここまでパワーが違うのか!?」
思わず、怒声のような叫びが口から漏れた。スライフレイルがロング・ビーム・ジャベリンを大上段から振り下ろす。
バニングは即座にジム改の出力を最大に上げ、右手のビーム・サーベルでそれを斜めに受け止め、力を逃がそうとした。
完璧な、ベテランの防御技術。
しかし、ソウヤの機体が放った一撃は、そんな技術を文字通り「力」で粉砕した。
バチィィィン!!!
凄まじい火花が散ると同時に、ジム改の右腕が強烈な衝撃で弾き飛ばされた。
機体フレームがギチギチと悲鳴を上げ、コックピット内でバニングの身体が激しく揺さぶられる。
力を逃がすどころか、機体のトルクそのものがスライフレイルの生み出す圧倒的なパワーに完全に負けていた。
モニターの向こうで、深緑の機体がその双眸を不気味に光らせ、次の一撃のために再びジャベリンを構え直す。
圧倒的なリーチ、変則的な5つの牙、そしてジム改の駆動系を容易くねじ伏せる規格外の怪力。
バニングはただ、正面から迫り来るその圧倒的な「力」の奔流に、驚愕の目を見張るしかなかった――。
サーベルを強引に弾かれ、ジム改の右半身が大きく流れる。
致命的な隙。
ベテランの戦術眼は、そのコンマ数秒後に訪れる未来を残酷なほど正確に予期していた。
駆動系の復旧が間に合わないフロントモニターの奥で、深緑の機体が鋭く踏み込んでくる。
五叉の青白い牙を宿したロング・ビーム・ジャベリンが、大気を引き裂くような鋭い軌道を描き、体勢を崩したジム改の胴体中央――コックピットハッチへ向けて、容赦なく突き立てられた。
――ピィィィィン!
接触の直前、演習場のシステムが完全な直撃を感知し、ジム改のメインモニターが鮮やかな赤色の警告灯と共に暗転した。
『DOWN(撃破判定)』の文字が、冷徹に点滅する。
「……ははっ、完敗だな。」
操縦レバーから力を抜いたバニングは、背もたれに深く身体を預け、思わず乾いた笑いを漏らした。
悔しさよりも先に湧き上がってきたのは、あまりの圧倒的な性能差に対する呆れ、そして清々しさだった。
(あの隠密性に、4基のスラスターの瞬発力。おまけに間合いの外からジムのトルクをねじ伏せるあのパワーだ。とんでもない化け物を送り出してくれたもんだ。)
トリントン基地のテストパイロットとして、数々の最新鋭機や改修機のデータを扱ってきたバニングだったが、あのスライフレイルという機体の完成度と、それを完全に手懐けているパイロットの腕前には、ただただ脱帽するしかなかった。
ピー、と機体の全機能が擬似休止状態に移行する静寂の中、ザザッというノイズと共に通信回線が開いた。
「――バニング大尉、大丈夫ですか?」
スピーカーから流れてきたのは、驚くほど穏やかで、静かな男の声だった。
それは、先ほどまでスモークの中でアレンたちを闇葬にし、五叉の槍を猛然と振り回してこちらを圧倒していた、あの気迫に満ちた「深緑の暗殺者」と同一人物とは到底思えないほどの、誠実で落ち着いた響きを持っていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
今回はスターダストメモリーのサウス・バニング大尉視点での第4小隊との戦闘になりました!
バニング大尉視点の第4小隊はどうでしたか?
楽しんでいただけたら、嬉しいです。
流石はバニング大尉、ジョシュアのジム・キャノンを撃破しましたね。
さてさて、この話から本格的に競技会の話になっていくので、お楽しみに~♪
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
-
陸戦型ジム改
-
バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン