トリントン基地の巨大な格納庫内は、近づく地球連邦軍モビルスーツ競技会の熱気と準備で、いつも以上の賑わいを見せていた。
あちこちで火花が散り、エアインパクトレンチの甲高い音が響く中、先ほどまで激闘を繰り広げていたアレンとカークスのザクⅡF2型、そして自分のジム改が手際よく整備用ハンガーへと収められていく。
バニングはパイロットスーツのフロントジッパーを少し下げ、首を振りながら、そのまま隣の格納庫へと足を向けた。
目的は、あの深緑の機体を駆っていた若き中尉――ソウヤ・タカバに会うためだ。
隣の格納庫へ一歩足を踏み入れた瞬間、俺は思わず足を止め、その異様な光景に眉をひそめた。
「おいおい……なんだ、この数は。」
ハンガーに鎮座するスライフレイル、陸戦型ガンダム、ジム・キャノンの周囲を、文字通り黒山の人だかりが埋め尽くしていた。
聞けば、東南アジア方面軍は今回の競技会のために、第4小隊専用の整備班をまるまる3個班も現地へ随行させているらしい。
ただの遠征部隊に対する待遇としては破格、いや、異常だ。
それだけこの第4小隊が、コジマ大隊や東南アジア方面にとって「絶対に負けられない看板」なのだという事実が、否応なしに伝わってくる。そのせわしなく動き回る整備兵たちの人混みを割って、一人の青年がこちらへとまっすぐ駆け寄ってきた。短く整えられた黒髪。
一見すると、地球連邦組織に多く所属する、極めて平凡で生真面目そうな東洋人の若者だ。
だが、その顔立ちの中で、東洋人らしからぬ鮮烈な「蒼い瞳」だけが、まるで澄んだ宝石のように静かな光を放っていた。
ソウヤ・タカバ中尉は、バニングの前でピシッと綺麗な敬礼を捧げると、その端正な顔に柔らかな笑みを浮かべた。
「模擬戦闘、ありがとうございました。バニング大尉。お陰で足回りのセッティングと、歩行システムの最適化の目処が立ちました」
「……あ?」
一瞬、ソウヤの言葉の意味が脳に届かず、バニングは間の抜けた声を漏らしそうになった。
(歩行システムの最適化? 足回りのセッティング?今、この男はなんて言った?)
バニングの脳裏に、つい数分前の戦闘がフラッシュバックする。
あの濃密なスモークの中、土地勘もないはずなのに音もなく背後に回り込み、アレンたちを瞬殺した、あの恐るべきフットワーク。
煙から飛び出した直後、こちらのマシンガンの射線を完璧に見切ってジグザグに肉薄してきた、あの神懸かり的な強襲ステップ。
(……あの化け物じみた機動をしておいて、まだ足回りの調整すら終わっていなかったとでも言うのか……!?)
バニングの背中に、模擬戦の最中とはまた違う、ゾッとするような戦慄が駆け巡った。
未完成、あるいはぶっつけ本番に近いセッティングの機体であれだけの立ち回りを演じ、あろうことかトリントンのテスト部隊を一方的にねじ伏せてみせたのだ。
もし、これで足回りが「最適化」されたなら、一体どんな領域にまで達するというのか。
「……タカバ中尉。お前、本当に人間か?」
バニングは呆れ半分、感嘆半分の溜息を深く吐き出しながら、ようやくそれだけの言葉を絞り出した。目の前の蒼い瞳の青年は、こちらの驚愕などどこ吹く風で、ただ不器用そうに頭を掻いて微笑んでいるだけだった――。
「いえ、人間ですよ。ただ、色んな戦場を渡り歩いたので、それで。」
ソウヤ中尉は、いかにも決まりが悪そうに薄い笑みを浮かべ、不器用な手つきで頭を掻いた。
その口調は謙遜に満ちており、己の戦功を誇るような嫌味さは微塵もない。
本当に、ただ運が良かっただけだと言いたげな態度だった。
だが、その言葉に含まれた「色んな戦場」という響きが持つ質量を、バニングが見落とすはずもなかった。
「色んな戦場、ねえ……。言うじゃないか、中尉。」
バニングはフッと口元を緩め、しかしその鋭い眼光はソウヤの佇まいをじっと観察していた。
「一年戦争の『ただの経験』は、今のヒヨコ達にとっては一生分の地獄だ。謙遜が過ぎると、かえって嫌味に聞こえるぞ。」
そこまで一気にまくしたてると、バニングは小さく肩をすくめ、隣にハンガーに鎮座する深緑のスライフレイルを見上げた。
「……だが、お前があの煙の中でアレンとカークスを一瞬で仕留めた時、俺は本気で背筋が凍った。土地勘のない場所で、あれだけの立ち回りができるのは、ただの経験の差って一言じゃ片付かない。お前自身が培ってきた、戦場全体の流れを読む『嗅覚』だ。」
バニングは視線をソウヤの蒼い瞳へと戻し、ぽんとその肩を軽く叩いた。
「どうやら、ハノイのコジマ大隊ってのは、とんでもない傑作パイロットを隠し持っていたらしい。……あの二人が悔しがっている理由が、今ならよく分かるよ。これでも、俺はア・バオア・クーの戦場を生き抜いたんだがな。」
そこまで一気にまくしたてると、バニングは小さく肩をすくめた。
だが、ソウヤはバニングの言葉の「ある一言」に反応したように、その蒼い瞳をわずかに見開いた。
そして、どこか懐かしそうな、それでいて合点のいったような笑みを浮かべる。
「ああ、やっぱり……。ア・バオア・クーでドロスに突撃しようとした時、俺たちの背後を支援してくれた部隊の隊長さんでしたか。」
「……何?」
ソウヤの口から出た超大型空母「ドロス」の名に、バニングの記憶の引き出しが音を立てて開いた。
宇宙世紀0079年12月31日。
あの地獄のような最終決戦。
迫り来るジオンの防空火網を強引にこじ開け、巨大宇宙空母の懐へと突撃を敢行した、1機の機影が脳裏に鮮烈に蘇る。
「ああ、そうだ……! どこかで聞いたことがある声だなと思っていたが、あのときドロスに向かっていった、紺色のモビルスーツのパイロットがお前だったのか!」
「はい。あの時は本当に助かりました。大尉たちの正確な援護射撃がなければ、自分はドロスの対空砲火で消し飛んでいましたから。」
ソウヤはしみじみとした口調で、当時の感謝を口にした。まさか、あの宇宙の奈落で一瞬だけ交錯した命と、二年後の今、地球の果てのトリントン基地で、モビルスーツを交えて再会することになるとは。
二人は顔を見合わせ、奇妙な縁への驚きと懐かしさから、自然と笑みをこぼし合った。
「それにしても、あの紺色の機体に乗っていたパイロットが、今じゃこんな緑の化け物か。だが、お前ほどの男が、なぜ今になって東南アジアのコジマ大隊なんかにいるんだ?」
バニングの問いに、ソウヤは少しだけ視線を落とし、苦笑いを浮かべた。
「……まあ、色々と訳がありまして。一年戦争の終戦後、ちょっとした軍内の政治劇というか……上層部の思惑に巻き込まれそうになったんです。それを見かねた上官の指示で、ほとぼりが冷めるまで東南アジアへ配属されることになりまして。あははははは……。」
ソウヤはそれ以上、深くは語らなかった。
実際には、彼を東南アジアへ左遷したのは、ジャブローの重鎮、ゴップ大将その人だ。
その事実も、左遷された本当の理由も、軍の最高機密として固く口止めされている。
バニングは呆れ顔で笑いながら、己の現状についても言葉を続けた。
「俺の方は見ての通りさ。このトリントンでテストパイロットチームの隊長をやってる。さっきの模擬戦じゃ、その育成中のヒヨコどもを揃って一瞬でひねり潰されたわけだがな。」
「いえ、大尉のジム改の無駄のない動き、本当に勉強になりました。」
ソウヤの真っ直ぐな言葉に、バニングは「言ってくれる」と鼻を鳴らした。
格納庫の喧騒を遠くに聞きながら、二人は自然と、ハンガーに並ぶモビルスーツたちの鉄の巨体を見上げる。
「……しかし、早いもんだな。あのア・バオア・クーから、もう2年か。」
バニングの呟きに、ソウヤもまた、静かに頷いた。
「ええ。もう2年、ですね。世界は少しずつ変わっているみたいです。」
熱い砂塵が舞うオーストラリアの大地で、かつて宇宙の地獄を共にした二人の戦士は、流れた二年の歳月と、それぞれの今に、静かに感傷に浸るのだった。
「……にしても、世界ってのは目まぐるしく変わるもんだな、中尉。」
バニングはハンガーの鉄骨に背を預け、少しだけ皮肉の混じった笑みを浮かべた。
「あの最終決戦から、たったの2年前だぞ? 今じゃその地球連邦軍が、ここトリントンに全国からモビルスーツを集めて、お上品に『競技会』だ。お偉方の考える平和の祭典って奴は、俺のような古い兵隊には、ちと眩しすぎる。」
ソウヤはその言葉を静かに受け止め、どこか遠くを見るような目で同意した。
「同感です、大尉。でも、兵器を壊し合うんじゃなく、性能を競い合うだけで済むなら……それはそれで、悪いことじゃないのかもしれません。」
二人は並んで、格納庫の大きなキャノピーの向こうに広がる、賑やかなトリントン基地の全景を見つめた。広大な滑走路や演習場の各エリアでは、世界各地の方面軍から遥々オーストラリアまで遠征してきた、色とりどりのモビルスーツたちがせわしなく移動し、それぞれの整備テントへと収められていくのが見える。
まず目を引いたのは、アフリカ方面代表の『デザート・ドラゴン隊』だ。
砂漠戦に特化した、年季の入ったデザート・ジムを中心に、鈍重ながらタフな装甲強化型ジム、配置を固めるジム・キャノンが、砂塵にまみれた茶褐色の装甲をギラつかせながら進軍していた。
その少し先では、中東方面代表の『スコーピオン小隊』が陣取っている。エース機であるジム・スナイパーカスタムの洗練されたシルエットを筆頭に、随伴する2機の装甲強化型ジムが、どこか砂漠の暗殺者を思わせる独特の威圧感を放ちながら、入念な各部チェックを受けていた。
キィィィィィン――。
その時、遠くの空から空気を引き裂くような重低音が響き渡り、1機のミデア大型輸送機が砂煙を激しく巻き上げながら、トリントン基地の滑走路へと滑り込んできた。
逆噴射の爆風が落ち着き、その巨体がゆっくりとタキシングを開始した時、バニングはミデアの垂直尾翼に描かれた「ある意匠」に目を留めた。
「……ん? 中尉、あのミデア、見慣れないマークをつけてるな。地球を駆け巡るミデアのイラストか? どこの方面軍の部隊だ、あれは?」
バニングが顎をしゃくった先、輸送機の尾翼には、ミデアが地球上を文字通り縦横無尽に駆け巡るようなイメージを模した、独特の部隊エンブレムが誇らしげに描かれていた。
ソウヤはそのエンブレムを視界に捉えた瞬間、蒼い瞳をわずかに細め、記憶をなぞるように口を開いた。
「あのエンブレムは、ベルファスト基地のヨーロッパ代表……『SRT-ユニット1』ですね」
「SRT-ユニット1だと? 聞かない名だな…。」
バニングが面白そうに眉をひそめると、ソウヤは滑走路に停止したミデアを見つめたまま、澱みなく説明を続けた。
「正式名称は『広域特殊対応MS部隊第1小隊』。一年戦争時はレビル将軍の懐刀として、地球上のあらゆる地上戦線をあちらこちらへと瞬時に移動し、激戦地の『火消し』を専門に行っていたと聞いています。まさにゲリラ戦と強襲のスペシャリスト集団ですよ。」
「へえ……レビル将軍のプライベート・ファイアファイター(火消し部隊)か。そいつはまた、とんでもない筋金入りの実戦派がやってきたもんだな。」
バニングは感心したように低く唸り、ミデアの後部ハッチがゆっくりと開いていく様子をじっと見つめた。
アフリカの砂漠の竜に、中東の蠍。
東南アジアの修羅場を潜ったコジマ大隊。
そして、元レビル将軍直属の特殊部隊。
目まぐるしく変わる世界の中で、かつて本物の地獄を生き抜いてきた。
「本物のエースパイロットたち」が、今このトリントンの赤い大地に続々と集結しつつある。
バニングはこれから始まる競技会の、ただのフェスティバルでは終わりそうにない、どこかヒリついた空気の予感に、武者震いに似た高揚感を覚えるのだった――。
ベルファストの精鋭を乗せたミデアが滑走路に収まり、基地の活気が最高潮に達しようとした、その時だった。
格納庫の外の光が、突如として不自然に遮られた。
キャノピー越しに差し込んでいた灼熱の太陽光が掻き消え、バニングとソウヤの頭上を、底冷えするような巨大な漆黒の影がじわじわと覆っていく。
「……ん? なんだ、雲か?」
バニングが違和感を覚えて眉をひそめた瞬間、トリントン基地全域に、空気を力任せに圧搾するような凄まじい重低音と、ミノフスキー・クラフト特有の高周波の駆動音が響き渡った。
ただ事ではない気配に、2人は弾かれたように同時に上空を見上げる。
その目線の先、荒野の空に浮かんでいたのは、雲などでは断じてなかった。
「……バカな。黒い、ペガサス級だと……!?」
バニングは目を見開き、驚愕の声を絞り出した。そこにいたのは、一年戦争の勝利の立役者であり、戦後になっても数隻しか存在しない地球連邦軍の至宝――強襲揚陸艦ペガサス級だった。
しかも、通常仕様の白基調の装甲ではない。宇宙の闇に溶け込むような、禍々しくも美しい漆黒の塗装に身を包んだ、異形のペガサス級がそこに浮遊していたのだ。
その圧倒的な質量と威容に、トリントン基地全体の喧騒が嘘のように静まり返っていく。
バニングがその希少性とプレッシャーに息を呑む傍らで、それまで常に冷静で、どこか達観した大人の雰囲気を崩さなかったソウヤ・タカバ中尉が、息を弾ませた。
「――バイアリーターク!」
ソウヤの口から零れ落ちたのは、懐かしさと、弾けるような喜びが混ざり合った、この日一番の大きな声だった。
その蒼い瞳は、まるで生き別れた家族に再会したかのように、嬉しそうに輝いている。
「バイアリーターク……? おい中尉、あの黒い艦を知っているのか?」
バニングの問いかけに、ソウヤは少年のように何度も深く頷いた。
「はい! 一年戦争の時、一緒に戦い抜いてきた家です。ペガサス級4番艦、バイアリーターク……まさか、こんなところで再会できるなんて!」
ソウヤが愛おしそうに見つめる中、軍馬の名を冠した黒き強襲揚陸艦は、トリントン基地の管制を完全に掌握したような堂々たる挙動で、ゆっくりと高度を落としていく。
巨体から凄まじい熱風と砂煙が吹き荒れ、滑走路のコンクリートが悲鳴を上げる。
ズゥゥゥゥン……ッ!!!
大地を揺るがす地響きとともに、漆黒の4番艦『バイアリーターク』がトリントン基地の滑走路へと着地した。
かつての愛艦、そしてそこに残る戦友たちの影を予感し、ソウヤの胸の鼓動は激しく高鳴っていた――。
「ふむ。さすがは母なる大地だ。この全身に満遍なくかかる均等な負荷……やはり、本物の重力というやつは、いつ体験しても悪くないものだね。」
バイアリータークが滑走路に着陸し、ミノフスキー・クラフトの出力をアイドリング状態に落とした瞬間。
艦長席に座るクリフトフ・ハーツクライ中佐は、手元のコーヒーカップを傾けながら、心底嬉しそうに息を吐いた。
ようやく体感した地球の重力を、全身で楽しんでいるようだった。
「艦長、着陸直後のステータス確認が先です。緩みすぎですよ、まったく……」
メインコンソールから振り返ったのは、真面目な性格のオペレーター、ナタリア・アルスターだった。
彼女はいつも通り、手元の端末のデータを素早くチェックしながら、表情一つ変えずにハーツクライ中佐の気の緩みをピシャリとたしなめる。
すると、大型の操舵輪から手を離した操舵手のタケシ・トヨタが、シートの背もたれに体を伸ばしながらニヤリと笑った。
「いいじゃないですか、ナタリア中尉。艦長の言うことも分かりますよ。俺だって、久しぶりに自分の体重をしっかり感じられて、ぶっちゃけめちゃくちゃ嬉しいですからね。これでようやく、地に足がついたって感じですよ!」
「タケシまで何を言っているんですか!」
ナタリアの綺麗な眉が、つり上がる。
「今回は、いつものジオン残党との小競り合いや、パトロール任務ではないんですよ? 各方面軍から精鋭が集まる、軍全体の重要な競技会です。バイアリータークが連邦の面汚しなんて言われないためにも、もっと緊張感を持ってください!」
正論を怒涛の勢いで捲し立てるナタリアに、ハーツクライ中佐はコーヒーを一口すすると、小さく笑いながら片手をひらひらと振った。
「分かった、分かったよ、ナタリア。フライングするつもりはないさ。僕たちは観客ブースからじっくりとレース展開を見極める、それだけだ。」
「もう、いつもその競馬の例え話……!」
ナタリアが呆れたようにため息をつくと、張り詰めていたブリッジの空気が一気に和らぎ、他のブリッジクルーたちからも一斉にドッと笑い声が上がった。
どれだけ偉くなっても変わらないハーツクライ中佐のマイペースさと、それに完璧に応じるクルーたちの強い絆が、バイアリータークの艦橋には確かに息づいていた。
ボカタ少佐はハーツクライ中佐の言葉に、少しだけ複雑そうな表情を浮かべて息を吐いた。
ブリッジの扉がプシューッと音を立てて開き、新たに3人の人物が艦橋へと足を踏み入れてきた。
先頭を歩くのは、がっしりとした肉体を持つ日本人らしき男性の中尉。
その背後には、鮮やかなオレンジ色に近い赤髪を揺らす女性の少尉が続く。
そして最後尾から現れたのは、紫色の短めのウェーブがかかった髪を肩口まで伸ばした女性だった。
その緑の瞳は凛とした強い意志を宿しており、制服の襟元には少佐の階級章が鈍く光っている。
紫色の髪の女性――ボカタ・ポワチエ少佐は、ハーツクライ艦長の前まで進み出ると、無駄のない美しい挙動でピシッと敬礼を捧げた。
「ハーツクライ艦長、地球までの輸送、ありがとうございます。」
「いいよいいよ、僕も久しぶりに地球の重力を感じられたからね。それに各方面の精鋭が集まるMS競技会なんて、そうそうお目にかかれないビッグイベントを間近で見せてもらえるんだ。レースの特等席を用意してもらったようなもんだよ。礼を言うのはこっちの方さ。」
ハーツクライ中佐はコーヒーカップをコンソールに置き、いつもの柔らかな笑みを浮かべて手を振った。
「それにしても、ルナツー教導隊の自分たちが、このような地球のイベントにまで呼ばれるとは正直思ってもいませんでした。」
「ははっ、コンペイトウの件があるからね。」
ハーツクライ中佐は、手元のコーヒーを最後の一口まで飲み干すと、少しだけ皮肉の混じった笑みを唇の端に浮かべた。
「来年予定されている、コンペイトウでの大規模な艦隊観閲式。あれに向けて、今は軍全体がお祭りムードを盛り上げたい時期なんだよ。連邦軍の上層部は少しでも自分たちを豪華に見せたい。だからこそ、一年戦争の殊勲艦であるうちのペガサス級や、最新鋭のモビルスーツをずらりと並べたがったのさ。メディアや一般の観客は、そういう分かりやすいお飾りに大喜びするからね。」
軍の政治的なパフォーマンスに利用されている現状を、ハーツクライ中佐は冷静にレースの「見世物」として評してみせる。
ボカタ少佐もその通りだと言わんばかりに、呆れ混じりの苦笑いを浮かべた。
「全く、お偉方の考えることはいつも変わりませんね。」
「まあ、実務的な理由もあるさ。」
ハーツクライ中佐はシートの背もたれに体重を預け、滑走路の外を広く見渡した。
「大気圏突入と、自力での大気圏離脱を両方こなせる万能な船は、この地球圏全体を見渡しても実に希少だからね。たった1個小隊を降ろすためだけに、使い捨てのHLVやシャトルを何基も潰すのはコストパフォーマンスが最悪だ。バイアリータークを馬車代わりに使う方が、お役所仕事の計算としては妥当だったというわけさ。」
ハーツクライ中佐の現実的な割り切りを聞いて、ボカタ少佐の後ろに控える中尉と少尉も、小さく肩をすくめて納得の表情を浮かべるのだった。
ボカタ少佐は緑の瞳をハーツクライ中佐へと向け、どこか腑に落ちないといった様子で言葉を続けた。
「しかし、少し意外でした。失礼ながらハーツクライ艦長は、いつも任務の選り好みをされる方だと思っていましたので。このような軍の上層部の都合に合わせた俗物的な任務へ、自ら率先して参加されるとは……」
「ぶはっ……! あはははは!」
ボカタ少佐が言い終えるより早く、操舵席のタケシが堪えきれずに盛大に吹き出した。
背もたれにのけぞるようにして大笑いするタケシを見て、ボカタ少佐は不思議そうに首を傾げる。後ろのヒタチ・カキゾノ中尉とミコト・I・ケネディ少尉も顔を見合わせた。
「タケシ伍長、不謹慎ですよ。……ボカタ少佐、これには裏があるんです。」
不機嫌そうにタケシ伍長を睨みつけたナタリアが、今度はハーツクライ中佐に向けて、ため息混じりの鋭い視線を突き刺しながら告げた。
「この艦長が、上層部の命令をそのままハイハイと聞くわけがありません。艦長は今回のトリントンへの輸送任務を引き受ける『条件』として、来年コンペイトウで行われる本番の大規模な艦隊観閲式には、バイアリータークを参加させないことを条件に提示して、強引に認めさせたんですよ。」
「……えっ?」
「観閲式を、蹴った……?」
ボカタ少佐だけでなく、後ろのヒタチ中尉とミコト少尉も完全に硬直した。
来年の式典といえば、連邦軍の全軍にアピールできる最大の出世舞台だ。
軍人であれば誰もが参加を望むような栄えあるパレードを、この艦長は「お断りするための取引材料」として、今回の裏方のような輸送任務を自ら買って出たというのだ。
ハーツクライ中佐は、驚愕する教導隊の面々を前にして、コーヒーカップの縁を指で弄びながら、平然と笑ってみせた。
「だって、お行儀よく綺麗に整列させられて、何時間もじっと並んでいるだけの式典なんて、退屈の極みだろう? 馬だってパドックでじっとしているのは嫌いなものさ。だったら、地球上に名馬と騎手たちが集まった、こっちの方が、よっぽど魅力的なレースが見られると思わないかい?」
悪戯が成功した子供のような顔で笑うハーツクライ中佐に、ボカタ少佐は「この男には敵わない」と言いたげに、呆れと深い感心の手を額に当てるのだった。
ハーツクライ中佐はコーヒーカップを置くと、窓の外のトリントン基地を見つめながら、どこか楽しげに目を細めた。
「それにね、事前に仕入れた情報によると、この競技会には『彼』が参加すると聞いたんだよ」
「彼……?」
ボカタ少佐が不審そうに眉をひそめ、その名を尋ねる。ハーツクライ中佐は、まるでとっておきの名馬の名を告げるかのように、静かにその名を口にした。
「ソウヤ・タカバだ。」
「――っ」
その懐かしい名前が耳に飛び込んできた瞬間、ボカタ少佐はハッとして、すぐに得心がいったように表情を和らげた。
ソウヤ・タカバ。
一年戦争時、ボカタの部下であり、当時は「不敗の魔女」とまで恐れられていた天才パイロット、シイコ・カタギリを模擬戦で破ってみせた男。
その後も、サイド6におけるジオンの核攻撃阻止、ア・バオア・クーの戦場をバイアリータークと共に最後まで駆け抜けた、あの不器用で誠実な青年だ。
(なるほど……。彼がいるのなら、この艦長が万難を排してこちらを優先するわけだ。どんな大舞台のパレードよりも、彼という『一番馬』が走るレースを特等席で見ることの方が、この人にとっては価値がある……)
「相変わらずですね、艦長。……ですが、合点がいきました。彼がいるのなら、今回の競技会、少しは骨のあるレースになりそうです。」
ボカタ少佐の緑の瞳に、教導隊の指揮官としての、そしてかつてソウヤの戦いを見届けた者としての、静かな闘志と期待の火が灯った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ペガサス級4番艦・バイアリターク!久々の登場です!
名物艦長のハーツクライ艦長を久しぶりに書けたので、私も嬉しいです♪
さらに、ボカタも新しい部下を2人引き連れての登場です!
(ジークアックスのマイナーキャラをここまで優遇するか!?)
さて、続々と競技会参加メンバーが集まりました!
次の話で、大体の参加メンバーを紹介しますので楽しみにしてください!
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン