機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第88話 赤い大地の前夜祭【下】

ずっこけたマロビたちが泥臭く起き上がるのを見届けながら、ソウヤは不器用な戸惑いを崩さないまま、恐る恐る尋ねた。

 

「あの……。自分たちに、何か用でしょうか?」

 

するとマロビは、服についた見えない埃をバシバシと払うと、茶色い瞳をキッと吊り上げてソウヤとリリスを交互に指差した。

 

「用も何も、大ありよ! あたしはあんたたち二人に、深い『因縁』があるんだから!」

 

「因縁……?」

 

ソウヤとリリスは三度顔を見合わせ、脳内のミリタリーデータベースをフル回転させた。

しかし、一年戦争時の北米でも、東南アジアでも、宇宙の決戦場でも、この赤髪の女性や彼女のモビルスーツたちと銃火を交えた記憶はどこを探しても出てこない。

 

「マロビ、やめとけって。これじゃただの八つ当たりだ。」

 

「そうですよ。相手は本物の修羅場を潜ってきたエースなんですから、そんな一方的な因縁で絡むのは流石に恥ずかしいですって。」

 

後ろからサングラスのウィリー軍曹と金髪のラルフ中尉が、頭を押さえながらため息交じりにソウヤたちへ向けて手を振った。

 

「気にしなくていいですよ、中尉。こいつの一方的な思い込みですから。」

 

しかし、マロビは部下たちの制止などどこ吹く風で、さらに一歩詰め寄って胸を張った。

 

「一方的じゃないわよ! いい、リリス・エイデン! あたしはあんたが北米で『赤いピクシー』なんて目立つ機体で大暴れしたせいですんごい迷惑したの! 連邦の赤いガンダム枠をあんたに綺麗に持っていかれたせいで、あたしがどれだけ苦労したと思ってんのよ!」

 

「えっ……そこ!?」

 

リリスは思わず素っ頓狂な声を上げた。

機体のパーソナルカラーの被りに対する、あまりにも理不尽な逆恨みだった。

マロビは間髪入れずに、今度はソウヤの鼻先に指を突きつけた。

 

「それからソウヤ・タカバ! あんたよあんた! なんですか『オデッサの新星』って! なんでそんな、小説の主人公みたいな最高に格好いい二つ名をもらってんのよ!」

 

「オデッサの、新星………。」

 

ソウヤは言われ慣れない自分の古い異名に、急に居心地が悪そうに視線を泳がせた。

 

「そうよ! あたしらが必死に『三巨星』を考えたのに、あんたは『新星』! しかも、その『新星』を、あたしはうっかり見落としてたのよ! 『誰よこいつ、めちゃくちゃ強くて格好いい二つ名じゃん!』って気づいたんだから! 折角のあたしらの赤さもアピールできないし、二つ名じゃ負けてるし、もう絶対にこの競技会で白黒つけてやるんだからね!」

 

憤慨しながら息を荒くするマロビを前に、ソウヤとリリスの二人は、もはや言葉を失って完全に唖然とするしかなかった。

 

「……なるほど。」

 

そんな中、ハーツクライ中佐だけが一人で深く納得したようにクスクスとグラスを傾けた。

 

「イージーゴアという圧倒的な血統の輝きを前にして、サンデーサイレンスがいかに泥臭く、しかし執念深く噛み付いた……。実に見応えのあるレース展開だよ。」

 

「だからなんで競馬の話になるのよぉ!」とマロビが叫びかけた、その時だった。

ソウヤの隣に立つエミリアが、人差し指を顎に当てて「あ」と小さく声を上げた。

 

「思い出しました! 確かに、ジャブローの記録の中にそんな名前の部隊がありました」

 

「でしょ!? ほら、やっぱりあたしたちの知名度はあるよね――」

 

マロビが嬉しそうにパッと表情を輝かせたのも束の間、エミリアは淡々とした、しかし容赦のない声音で言葉を続けた。

 

「確か、正規の申請を一切出さずに、現地の技術者と勝手に武器や装備を改造・自作して、始末書を何枚も積み上げたという……」

 

ドスッ! と、マロビたちの胸に一本目の不可視の槍が突き刺さる。3人とも動きがピキッと硬直した。

 

「さらに、追撃していたはずのジオン軍のほとんどを見失って、最終的には南米のグアイマス基地に更生プログラム同然の異動をさせられたんですよね?」

 

ドススススン!!!

 

エミリアの記憶力の良さが仇となり、突きつけられたあまりにも冷酷な現実に、マロビたちの心は文字通り粉々に折れそうになっていた。

マロビは白目を剥き、ラルフ中尉は壁に手をついてうなだれ、ウィリアム軍曹はサングラスを直す手さえ震えている。

 

「あ、あの、エミリア……もうそれくらいにしてやってくれ。」

 

あまりの可哀想さに、ソウヤが慌てて補佐官をなだめるほど、南米の三巨星は完膚なきまでにそのプライドをへし折られていた。

 

マロビたちがエミリアの痛烈な一撃に悶絶していると、人混みの奥から、さらに懐かしく、そして通る声が響いた。

 

「賑やかだなと思ったら、ソウヤとリリスじゃないか」

 

「「――えっ?」」

 

ソウヤとリリスが声のした方向へ視線を向けると、そこにはかつて一年戦争時にガンダム6号機「マドロック」のパイロットを務めていた、エイガーの姿があった。

彼の制服の襟元で鈍く光る階級章は「中尉」へと上がっている。

エイガーは、鮮やかな赤髪のロングヘアーが印象的な、優しい目元をした少尉の女性を連れて、ソウヤたちのもとへと歩み寄ってきた。

 

「エイガー中尉! 一年戦争のキャリフォルニア・ベース奪還作戦以来ですね。」

 

ソウヤが驚きと喜びを滲ませて声をかけると、エイガーは嬉しそうに目元を和らげ、懐かしそうに語りかけた。 

 

「確かに、そうだな。またお前と会えて嬉しいぜ、ソウヤ。しばらく見ない間に、すっかり一人前の頼もしい戦士の顔になったな」

 

「そうですか? 自分ではあまり変わっていないつもりですが……。エイガー中尉、そちらの女性は?」

 

ソウヤは、エイガーが隣に連れている赤髪の女性少尉へと視線を向け、尋ねた。

 

「ああ、紹介するよ。彼女はクリスチーナ・マッケンジー中尉だ。俺たちは戦後、ジャブローでジム・カスタムとジム・キャノンⅡの開発計画に携わっていてな。その縁があって、今回の競技会でテストパイロットとして機体を披露することになったんだ。」

 

エイガーの紹介を受けると、赤髪の女性――クリスチーナ・マッケンジー中尉は、大きな瞳を細めて、おっとりとした上品な、しかし親しみやすい微笑みを浮かべた。

 

「初めまして、タカバ中尉、エイデン中尉。クリスチーナ・マッケンジーです。堅苦しい挨拶は抜きにして、気軽に『クリス』って呼んでちょうだいね。」

 

彼女が柔らかく右手を差し出すと、ソウヤはその手を不器用握り返した。

 

エミリアの一撃に悶絶していたマロビだったが、エイガーとクリスの名前を聞いた瞬間、その茶色い瞳をバッと見開いた。ジャブローの書類や連邦の内部記録を読み漁っていた彼女の脳内に、2人の凄まじい経歴がヒットしたのだ。

 

「あ、思い出した! エイガーにマッケンジーって……2人とも、一年戦争の時にガンダムに乗ってたパイロットじゃないの!」

 

マロビが叫ぶと、周囲のヒタチやミコト、エミリアたちからも「えっ、ガンダムの……!?」と驚きと羨望の声が上がった。

しかし、マロビの言葉はそこで終わらなかった。

彼女は持ち前のデリカシーを完全にどこかへ放り投げ、悪気ゼロの純粋な表情のまま、トドメとなる最悪の疑問を口にしてしまったのだ。

 

「でも確か、お二人って……ジオンのMSにガンダムを撃破されちゃったんですよね?」

 

「「――っ!?」」

 

ドスゥゥゥゥン!!!

 

まるで直撃判定のビーム・サーベルを脳幹に叩き込まれたかのように、エイガー中尉とクリス中尉の2人はその場でピキリと完全に凝視して固まった。

エイガーは一年戦争時、ジオン軍の闇夜のフェンリル隊に、ガンダム6号機「マドロック」を大破させられている。

そしてクリスはサイド6において、ザクⅡ改との死闘の末、ガンダムNT-1「アレックス」の頭部を叩き割られて相打ちとなっていた。

2人にとって、それは紛れもない事実であり、戦後2年が経った今でも胸の奥に深く突き刺さっている「最大のトラウマ」だった。

 

「あ……ああ、そうだな……。俺のマドロックは、キャリフォルニア・ベースでジオンの旧式のザクに、文字通り木っ端微塵にされたさ……。」

 

エイガーはみるみるうちに顔を青ざめさせ、幽霊でも見たかのような虚ろな目で手元のグラスを見つめ、ガタガタと震え始めた。

 

「う、嘘じゃないわ……。私のアレックスも……テストパイロット失格よね……。」

 

おっとりとしていたクリスも、一瞬で瞳からハイライトが消え失せ、膝から床へ崩れ落ちんばかりの深い絶望の沼へと沈み込んでいってしまった。

 

「ちょ、ちょっとマロビィィィ!! お前ってやつは本当にデリカシーの欠片もないのかーーーっ!」

 

「す、すみません! 本当にすみません! こいつ口にフィルターが付いてないんです!」

 

金髪のラルフ中尉がマロビの頭を容赦なく小突き、サングラスのウィリー軍曹は直立不動の姿勢でエイガーとクリスに向かって何度も頭を下げて謝った。

 

「……なるほど。パドックで意気揚々と歩いていた往年の名馬2頭が、過去の落馬事故のトラウマを思い出されて、一瞬で出走前の戦意を喪失したわけだね。競馬の世界じゃよくある話だけど、実に見事なメンタルクラッシュだよ。」

 

ハーツクライ艦長だけが、一人で感心したようにクスクスとシャンパンを喉に流し込んでいる。

 

「あ、あの、エイガー中尉、クリス中尉……元気を出してください。」

 

あまりにも凄惨な空気の冷え込み方に、ソウヤは冷や汗を流しながら、自分もノリス・パッカードが駆るグフ・カスタムに完敗した時の苦い記憶を思い出しつつ、必死に2人を慰める。

 

「……しかし、これほどの『怪物』たちがオーストラリアの僻地に揃うとは、まさに壮観だな。」

 

ガタガタと震えるエイガーたちの背中をエミリアが必死にさする中、ボカタ少佐は手元のグラスを軽く傾けながら、会場の熱気を改めて見渡した。彼女の緑の瞳が、レセプション会場のあちこちに陣取る猛者たちの顔を順番に捉えていく。

ルナツーで若手をしごき続ける自分たち教導隊。かつてドロスへの突撃を成し遂げ、今は「殺さずの狩人」と謳われるソウヤ。

北米の戦場を駆け抜けたリリスのウィッチハント隊。

泥臭くも南米で戦果を上げ続けた赤い三巨星。

戦後2年。

連邦の最高幹部たちが裏で進める政治劇のダシに使われたお祭り騒ぎのはずが、集まった顔ぶれは、地球圏の勢力図をいつでも塗り替えられるほどの「本物の化け物」ばかりだった。

 

「ええ、同感だわ、ボカタ少佐。」

 

リリス・エイデン中尉も、額の傷跡を指先でなぞりながら、獰猛な、しかしどこか嬉しそうなエースとしての笑みを唇の端に浮かべた。

 

「北米のジオン残党も大概しぶとい連中ばかりだけど……この会場の空気は、それ以上にヒリついているわ。競技会が始まったら、どこの部隊もただじゃ済まないでしょうね。」

 

ソウヤの言葉に救われ、ようやく絶望の沼から這い上がってきたエイガー中尉が、青ざめた顔のまま、ネクタイを緩めて深くため息を吐き出した。

 

「ああ、全くだ。俺とクリスは、連邦の最先端の結晶である『ジム・カスタム』と『ジム・キャノンⅡ』の2機を預かって今回の競技会に参戦する。機体のスペックだけなら、ここに並ぶどの量産機よりも頭一つ抜けていると自負していたんだが……」

 

「ええ……。でも、このメンバー相手じゃ、最新鋭機を持ってきたからって容易に勝たせてもらえるなんて、とても思えないわね。」

 

 

クリスも、まだ少し瞳のハイライトが戻りきらないおっとりとした声で、苦笑交じりにエイガーの言葉に同意した。

エースに必要なのは、機体の性能だけではない。それを限界以上に引き出すパイロットの「格」と、死線を潜ってきた「執念」だ。

その両方を限界まで煮詰めたような連中が、互いのプライドを懸けて明後日からの実戦演習で激突するのだ。

 

「フフ、それでいいじゃないか。戦う前から着順が決まっているレースほど、退屈なものは無いからね。」

 

ハーツクライ中佐が、カオスを煮詰めたようなソウヤたちの輪を見つめながら、満足そうにグラスを高く掲げた。

 

「さあ、ゲートが開くのは明後日だ。明日の展示会で観客にお披露目を済ませたら、いよいよ本番のファンファーレが鳴る。お互い、悔いのないレースをしようじゃないか」

 

「「「乾杯」」」

 

ハーツクライの言葉に導かれるように、ソウヤ、リリス、ボカタ、そして気を取り直したエイガーたちもグラスを合わせ、澄んだ金属音を響かせた。

 

「でもさ、タカバ中尉。さっきエイデン中尉が言ってた『モテモテ』って、あながち冗談でもないんじゃない?」

 

床から這い上がり、エミリアにへし折られたプライドの破片を強引にかき集めたマロビ曹長が、早くもいつもの調子を取り戻してソウヤをニヤニヤと小突いた。

その茶色い瞳には、すでに次の悪戯の種を見つけたような輝きがある。

 

「ほら、さっきのルナツーの少佐も言ってたじゃない。模擬戦で負かした相手にそこまで執着されるなんて、あんた一体どんなテクニック使ったのよ?」

 

「だ、だから、変な誤解を招くような言い方はやめてください、マロビ曹長……!」

 

ソウヤは本日何度目かも分からない悲鳴を上げ、隣で未だに顔を真っ赤にしているエミリアの視線から逃れるように、大慌てでグラスを揺らした。

その生真面目すぎる狼狽ぶりに、リリスが声を上げて笑う。

 

「ふふ、本当にソウヤは昔から変わらないわね。戦場じゃあんなに冷静なくせに、こういう席だと途端に新兵以下になるんだから。」

 

「エイデン中尉まで……」

 

「まあまあ、タカバ中尉。戦士としてのオンとオフがはっきりしているのは良いことさ。」

 

絶望の沼からようやく帰還し、エイガーは今度は頼もしい先輩の顔でソウヤの肩をぽんと叩いた。

 

「キャリフォルニア・ベースの時もそうだったが、お前のその頑固なまでの実直さがあるからこそ、俺も背中を預けられたんだ。お前は大した奴だよ、ソウヤ。」

 

「そう言っていただけると、自分も安心します、エイガー中尉。」

 

ソウヤがようやく不器用な、しかし心からの安堵の笑みを浮かべると、その和やかな空気の中心で、ハーツクライ中佐が満足そうに深くシートに身体を預けた。

 

「素晴らしいね。これだけ気性の荒い快速馬たちが集まっているというのに、パドックではお互いの毛並みを褒め合い、仲良くじゃれ合っている。実に見事な『調教』の成果だ」

 

「艦長、だから馬に例えるのはやめてくださいって!」

 

ようやく合流したナタリア中尉が突っ込みを入れ、その場の全員がドッと笑い声を上げた。

北米の魔女狩りエース、南米の赤い三連星、ジャブローの最新鋭テストチーム、そして東南アジアの修羅場を潜ったコジマ大隊。

かつて一年戦争の異なる戦場で、連邦の勝利のために命を燃やした若き戦士たちは、軍の派閥や上層部の政治的な思惑、そして過去の苦いトラウマさえも一時だけ忘れ、酒を片手にいつまでも楽しげに言葉を交わし続けた。

 

 

 

 

和やかな笑い声が響いていたソウヤたちの輪に、突如として冷や水を浴びせるような、冷徹で高圧的な声が割り込んだ。

 

「――エイガー中尉、クリスチーナ中尉。何をしている?」

 

「「――っ!?」」

 

楽しげに微笑んでいたエイガーとクリスの顔から一瞬で血の気が引き、二人は弾かれたように直立不動の姿勢を取ると、完璧な挙動でピシッと敬礼を捧げた。

 

「ヴァルター大尉!」

 

声の主は、ヴァルター・フォン・アイゼンハルト大尉。

ジャブローから最新鋭機を引っ提げてやってきた『チーム・シリウス』を率いる、見るからにプライドの高そうなエリート士官だった。

パリッとした一切の皺のない最新の制服に身を包み、冷徹な細い目をさらに細めて、ソウヤたちを値踏みするように見下ろしている。

ヴァルター大尉は、ソウヤやリリス、そして未だに床のダメージを引きずっているマロビたちを一瞥すると、心底不快そうに鼻を鳴らした。

 

「ジャブローの代表チームの一員ともあろう者が、このような前線の泥臭い連中と馴れ合って、一体どういうつもりだ? 傷を舐め合わなければ明日からの演習にも臨めないのか?」

 

その傲慢で侮蔑に満ちた物言いに、ソウヤの隣に立つエミリアの瞳にすっと冷たい火が灯り、ボカタ少佐やリリスも不快そうに眉をひそめた。エイガーはクリスを一歩後ろへ庇うようにして前に出ると、ヴァルターの冷たい視線を受け止めながら、精一杯の声で答えた。

 

「……ヴァルター大尉。彼らは一年戦争の過酷な戦場を共に生き抜いた、私の大切な戦友です。挨拶を交わすことに、何か問題があるでしょうか?」

 

「戦友、だと?」

 

ヴァルターはフッと嘲笑うように唇の端を歪め、ソウヤの胸元の階級章、そして窓から見える、ハンガーに鎮座するスライフレイルへと視線を走らせた。

 

「アジアの僻地でジオンの落ち武者狩りをしているようなコジマ大隊に、北米の時代遅れの魔女狩り部隊か。一年戦争の過去の栄光にいつまでも縋り付いているから、そんな泥に塗れた量産機のカスタム程度で満足しているのだ。我ら『チーム・シリウス』が披露する、真の最先端技術の前では、そんな骨董品は何の役にも立たないということを、明日からの競技会で身を以て知るがいい。」

 

エリートとしての圧倒的な選民思想と、最新鋭機への絶対的な自信。

ヴァルター大尉の放つ強烈な嫌悪感と傲慢さが、それまでの賑やかだった宴の空気を、一気にヒリついた一触即発の緊張感へと引き戻していく。

 

「……なんですって? あんた、今なんて言ったのよ!」

 

「前線の泥臭い連中? 随分と言葉を選べないエリート様ね、大尉。」

 

ヴァルターの傲慢な言い草に、それまでエミリアに折られていたマロビが青筋を立てて一歩前に出ようとし、リリスの緑の瞳にも刃のような鋭い殺気が宿った。

一触即発の空気がその場に張り詰める。だが、それを遮るようにして、ソウヤが2人の前に静かに腕を伸ばして制した。

 

「マロビ曹長、リリス中尉、やめてください。ここはお偉方も大勢いるレセプション会場です。騒ぎを起こせばこちらの部隊の看板に傷がつきます」

 

「でもソウヤ……っ!」

 

「……タカバ中尉」

 

「それに、大尉の言うことも一理あります。自分たちは前線の泥臭い部隊ですし、最新鋭の技術についていけていないのも事実ですから。」

 

ソウヤは極めて冷静に、いつもの生真面目なトーンを崩さないままヴァルターの言葉を受け流した。

泥臭く最善を尽くす職業軍人としてのソウヤのその落ち着き払った態度に、ヴァルターは逆にスカされたような不快感に眉をひそめる。

そこへ、シートに深く腰掛けたままのハーツクライ中佐が、手元のグラスを軽く揺らしながら、実になめらかな声で言葉を挟んだ。

 

「やれやれ。ジャブローの血統を引いているというだけで、ずいぶんと口のうるさいサラブレッドがゲートインしてきたものだね。展示会で綺麗に飾られているうちはいいが、過剰人気馬ほど、本番の重馬場で足元をすくわれて惨敗するものさ、ヴァルター大尉?」

 

「――っ」

 

ハーツクライの独特な競馬交じりの、しかし芯を深く抉るような渋いカウンターに、ヴァルターの端正な顔が一瞬だけ怒りで引き攣った。

しかし、相手は一年戦争の殊勲艦バイアリータークの艦長であり、自分よりも二階級上の「中佐」だ。

ここで感情を爆発させるわけにはいかないエリートとしての理性が、彼の声を辛うじて丁寧なものへと取り繕わせた。

 

「……ハーツクライ中佐。お言葉ですが、我ら『チーム・シリウス』は、単に血統だけで飾られているだけの馬ではございません。」

 

ヴァルターは上官であるハーツクライに対し、一礼を交えつつも、その反論の言葉には隠しきれないプライドと冷徹な闘志を込めて言い放った。

 

「ジャブローが総力を挙げて開発した最新鋭機。そして、それを完璧に乗りこなすために選りすぐられた我々の技術は、過去の戦術データにのみ縋る『老兵』たちの想像を遥かに超えております。明後日からのレース――実戦演習の本番にて、どちらが真の強者であるか、その結果を以て証明して差し上げましょう。……行くぞ、エイガー中尉、マッケンジー中尉。」

 

「は、ハッ!」

 

「失礼いたします……!」

 

ヴァルター大尉はフイと背を向けると、まだどこか気まずそうなエイガーとクリスの2人を従えて、威然とした足取りで人混みの向こうへと去っていった。

 

「……チッ、本当にムカつく男ね! あの、すました顔を絶対引っ叩いてやるんだから!」

 

マロビが悔しそうに拳を振り回し、リリスもフンと鼻を鳴らした。

 

ヴァルター大尉が率いる『チーム・シリウス』が去った後も、会場のあちこちでは未だに男たちの悲鳴や、各方面軍の猛者たちの熱い談笑が続いていた。

 

しかし、夜が更けるとともに、賑やかだった前夜祭のレセプションもいよいよお開きの時間を迎えつつあった。

 

「さて、そろそろ僕たちも引き上げるとしようか。明日は一般公開の展示会だ。出走前に馬体を壊しては元も子もないからね。」

 

ハーツクライ中佐が手元の空になったグラスをテーブルに置き、制帽を深く被り直しながら腰を上げた。

 

「そうですね。タカバ中尉、今日はいろいろな話ができて良かったよ。シイコの件も含めて、競技会が終わったらまたゆっくり考えなさい。明後日からの実戦演習、楽しみにしているよ」

 

ボカタ少佐も優しく目を細め、ソウヤの肩をぽんと叩いてルナツー教導隊の面々を引き連れて歩き出す。

 

「ソウヤ、明後日の本番、絶対に負けないんだからね! あんたのその格好いい二つ名、あたしがひん剥いてやるんだから!」

 

「マロビ、だからもう絡むなっての……! すみませんタカバ中尉、また明後日!」

 

最後まで騒がしいマロビ曹長を、ラルフ中尉とウィリアム軍曹が両脇から強引に引きずるようにして、南米の『赤い三巨星』も会場を後にしていった。

 

「……中尉。俺たちも戻りましょう。ジョシュアとノアの2人は、完全に戦意を喪失して使い物になりそうにありませんし。」

 

いつの間にかソウヤの隣に戻ってきたサンダース軍曹が立っていた。

何をやらかしたかは分からないが、魂が抜けたようになっているジョシュアとノアの首根っこを掴みながら、苦笑いを浮かべていた。

 

「ああ、そうだな。エミリア、俺たちも戻ろう。明日の展示会を終えれば、いよいよ本番だ」

 

「はい、ソウヤさん。スライフレイルの最適化、明日中に完璧に仕上げてみせますね。」

 

エミリアは頼もしく微笑み、ソウヤの少し後ろを一歩一歩、確かな足取りでついていく。

 

ジャブローが仕掛ける次世代の政治劇。それぞれが抱える過去のトラウマや、譲れないプライド。

そして、あのヴァルター大尉が言い放った最新鋭の傲慢。

それらすべてを飲み込みながら、トリントン基地の長い前夜祭の夜は、静かに幕を閉じた。

乾いた赤い大地に突き刺さる巨大なコロニーの死骸たちが、迫り来る明後日の競技会を静かに待ち受けるかのように、月明かりの中で不気味な影を伸ばしていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ハーツクライ艦長の競馬ネタトークが本当に炸裂してますね(笑)
競馬ネタが分からない人は本当にごめんなさい(泣)
でも、ハーツクライ艦長から競馬ネタ取ると個性が無くなるので、許してください!
エイガーとクリスも登場し、エリート嫌味士官も現れて、本当にどうなるかが楽しみになります♪
さてさて、ここで次の話の注意を書きますね。
次回の話は人前や人が沢山いる場所では、絶対に読まないでください!
あと、1名だけキャラ崩壊してるかもです(汗)
ギャグよりの話なので、寛大な心で読んでくれたら、嬉しいです。
では、次の話もよろしくお願いいたします。

原作キャラクター紹介

ブレックス・フォーラ
階級 准将
原作 機動戦士Ζガンダム

サウス・バニング
階級 大尉
原作 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY

ディック・アレン
階級 中尉
原作 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY

ラバン・カークス
階級 少尉
原作 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY

ジョン・コーウェン
階級 中将
原作 機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY

ラルフ・ザブカ
階級 中尉
原作 機動戦士ガンダム 赤い三巨星

マロビ・ブレイドン
階級 曹長
原作 機動戦士ガンダム 赤い三巨星

ウィリアム・マッチオ
階級 軍曹
原作 機動戦士ガンダム 赤い三巨星

クリスチーナ・マッケンジー
階級 中尉
原作 ポケットの中の戦争

ボカタ
原作 機動戦士Gundam GQuuuuuuX

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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