機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第90話 宿る意思 それぞれのガンダム【上】

トリントン基地は、乾いた赤い砂漠の大地が揺れるほどの喧騒と共に幕を開けた。

ふだんは連邦軍の厳しい軍紀と静寂に包まれている基地の周辺は、今日ばかりは完全なる「お祭り騒ぎ」の海と化している。

広大な基地の臨時駐車場は、一般観客を乗せてやってきた何十台もの観光バスや、地球全土から詰めかけた報道陣の機材車、長距離を自走してきたモビルスーツマニアたちの自家用車によって、瞬く間に隙間なく埋め尽くされていった。

 

「おい、そこ停めるな! 動線が塞がるだろ!」

 

「報道関係者はあっちの特設ゲートに誘導してくれ!」

 

パリッとした礼装ではなく、実戦用のフィールドジャケットを着込んだ基地の警備兵たちが、怒号のような声を張り上げながら、押し寄せる人だかりの波と車の整頓に四苦八苦して忙しく動き回っている。

その賑やかな駐車場を抜けた先――広大なトリントン基地の滑走路こそが、本日のメインステージだった。

陽炎が揺らめくアスファルトの上には、昨日までに到着した12の精鋭部隊が、それぞれの誇りと技術の結晶であるモビルスーツをずらりと並べて展示している。

ジャブローから持ち込まれた、最新鋭機である『ジム・カスタム』。

ガンダムの量産化計画から派生した高機動型『ジーライン・ライトアーマー』。

地元の英雄が駆る、白とブルーの塗装が美しい『ジム・スナイパーⅡ』。

北米の最前線で伝説を残した幻の強襲格闘機『ピクシー』。

各部隊のブースの前は、展示されたモビルスーツをひと目見ようと目を輝かせる家族連れや、熱心にカメラのシャッターを切るメディアの記者、そして装甲の継ぎ目や駆動系を貪るように見つめるマニアたちで溢れかえっていた。

その喧騒の上に、連邦軍の軍楽隊が奏でる勇壮なマーチが重なり、基地全体をさらに華やかで高揚した空気で包み込んでいた。

ブラスバンドの明るく力強い音色が滑走路に響き渡る中、人々は足を踏み鳴らし、子供たちは音楽に合わせてはしゃぎ、歩くことすら困難なほどの凄まじい大混雑を極めていた。

 

 

 

 

 

展示会場の熱気の中心で、文句なしの「一番人気」を誇っていたのは、やはりジャブローから持ち込まれた次世代の最高峰『ジム・カスタム』のブースだった。

洗練された最新鋭のフォルムを前に、大勢の一般客やモビルスーツマニアたちが何重もの人だかりを作り、無数のカメラのフラッシュが激しく焚かれている。

 

「ええ、我が『チーム・アルタイル』が披露するこの機体は、単なる量産機の延長線上にはありません。連邦の最先端技術と、選りすぐりのエリートパイロットの技量が合わさり、初めて真価を発揮するのです。」

 

詰めかけたテレビ局やミリタリー専門誌の記者たちに囲まれ、マイクを向けられたヴァルター・フォン・アイゼンハルト大尉が、これ以上ないほど誇らしげに、しかし完璧なエリートの微笑みを浮かべてインタビューに応じている。

そして、その最新鋭機に次ぐ勢いで、異様なほどの人だかりを作っていたのが、ユーラシア方面軍シャンシー独立重機化小隊のブースだった。

そこに展示されているのは、あのガンダムだった、白・青・赤のトリコロールカラー。

一年戦争の英雄アムロ・レイが駆った無敵のシンボルそのものの姿に、一般の観客や小さな子供たちは「あ! ガンダムだ!」「ガンダムが来てる!」と大歓声を上げ、記念撮影をする家族連れで大いに賑わっていた。

一方、それに続いて人気を集めていたのが、地元オーストラリアの英雄『ホワイト・ディンゴ隊』のジム・スナイパーⅡだ。

このブースに集まっているのは、派手さを求める一般客ではなく、一年戦争の激戦地であったオーストラリアの復興を支えてきた地元の民や、ホワイト・ディンゴ隊の活躍を知っている退役軍人達が集まっている。

白とブルーの美しい塗装を施された機体を、ホワイト・ディンゴ隊の活躍を知っている人達はじっくりと見つめている、どこか落ち着いた熱気に包まれた一角だ。

その次に人気を二分していたのは、『ファントム・スイープ隊』のジーライン・ライトアーマーと、ウィッチハント隊の『ピクシー』だ。

ここには純粋なモビルスーツマニアたちが群がっている。

ガンダムの量産化計画から派生したジーラインの洗練されたボディーを熱心にスケッチする者がいれば、一年戦争時の幻の強襲格闘機であるピクシーの駆動系について、リリス中尉や整備兵に熱を帯びた口調で直接話を聴き込もうとするマニアたちの姿が絶えなかった。

そして、事前の予想を裏切って「意外な大人気」を博していたのが、南米代表『赤い三巨星』が展示するガンダムRR(リレイジ)のブースだった。

ベースこそ陸戦型ガンダムの改修機だが、三巨星のトレードマークとド派手な赤いカラーリングが観客の目を強烈に引いている。

 

「見たか! これがあたしたちの赤いガンダムよ! ほらほら、そこのボクも格好よく撮ってあげるからこっち来なさい!」

 

ジャケットを少し着崩したマロビ曹長が、トレードマークのヘアピンを輝かせ、茶色い瞳を満面の笑みで細めながら大はしゃぎで写真撮影に応じている。

ラルフ中尉とウィリアム軍曹が後ろでハラハラしながら見守る中、彼女の放つ底抜けの明るさと派手な機体は、お祭り騒ぎの会場において最高のフォトスポットと化していた。

 

 

 

 

展示会場の喧騒から少し離れた、トリントン基地の本部玄関前。

一般客の立ち入りが制限されたその区域に、陽炎を切り裂くようにして一台の黒い高級士官車が滑り込み、静かに停車した。

車のドアが開くよりも早く、建物の中から威然とした足取りで歩み出てきた人物がいた。

ジャブローの最高幹部であり、今回の競技会の主催者であるジョン・コーウェン中将その人だった。

ふだんならば出迎えられる立場にいるはずの彼が、自ら車の方へと歩み寄っていく。

やがて重厚なドアが開き、車内から一人の青年が静かに姿を現した。

その体つきはがっしりとしており、かつて過酷な戦場を駆け抜けた名残を微かに留めている。

短く整えられた黒髪に、どこか憂いを帯びた、しかし物事の核心を真っ直ぐに見据えるような落ち着いた瞳をしていた。

 

「はるばる北米からオーストラリアの僻地まで、よく足を運んでくれた。博物館の館長職という多忙な任務の身でありながら、軍上層部からの勝手な視察依頼に応じていただき、深く感謝する。」

 

「いえ、コーウェン中将、お気になさらないでください。自分の方こそ、このようなイベントに誘っていただき、大変光栄に思っています。」

 

軍服ではなく民間の上質な衣服に身を包んだその男は、中将の手をしっかりと握り返した。その瞳は、戦後二年という歳月がもたらした、激動を乗り越えた大人の深い落ち着きを湛えている。

 

「それに……ペガサス級も来ていると伺いましたからね。」

 

青年はそう言って、滑走路の奥にそびえ立つ漆黒の巨艦へと視線を向けた。

初めて目にする艦ではあるが、その特徴的な馬の脚のような双胴のシルエットは、かつて自分が死線を共にした、船の姿とあまりにも酷似していた。

青年は黒きペガサス級を見上げながら、遠い宇宙の記憶をなぞるように、どこか懐かしそうな、それでいて少し寂しげな微笑みを浮かべるのだった。

高級車のドアが閉まり、コーウェン中将は隣を歩く男に向けて、低く落ち着いた声をかけた。

 

「ステージで貴方に上がっていただく、一年戦争に関する特別講演のプログラムは、まだ少し先ですが……それまでの時間はどうされますか? 基地の本部司令室で待機していただいても構いませんが?」 

 

軍の上層部は、この展示会を彩る最大の目玉イベントの一つとして、壇上に立ってもらう予定だった。

男は滑走路の向こうから風に乗って聞こえてくる群衆の歓声を耳にしながら、穏やかに首を振った。

 

「いえ、せっかくの機会ですから、少し会場を見て回りたいと思います。これでも博物館の館長を任されている身ですからね。地球圏のあちこちから集まったモビルスーツの展示には、人一倍、興味があるんですよ。」

 

「……なるほど。確かに戦争博物館の館長としては、見逃せない光景でしょうな。」

 

コーウェン中将は男の申し出に深く頷いたが、すぐに周囲に視線を走らせると、その眼光をわずかに鋭くした。

 

「分かりました。会場内はご自身の足で好きに歩き回っていただいて結構です。――ただし、こちらで手配した護衛の警備兵は、常に貴方の後ろに付けさせてもらいます。」

 

「……ええ。構いませんよ。それでは、行ってきます。中将も、お忙しいところありがとうございました。」

 

「うむ。何かあればすぐに後ろの者に申し出てくれ。」

 

中将に一礼した男は、背後にぴたりと従う数人の武装警備兵たちの気配を感じながら、ゆっくりと大混雑の滑走路へと歩みを進めた。

軍の冷徹な疑惑の目を背中に背負いながら、男は純粋な知的好奇心と、遠い日の記憶を胸に、12の部隊が誇る鉄の巨体たちが並ぶ人混みの海へと足を踏み入れていた。

 

 

 

 

 

北米代表『ウィッチハント隊』のブース前は、純粋なモビルスーツマニアたちが群がって凄まじい熱気を放っていた。

いつもは凛々しいリリス・エイデン中尉だったが、オタク特有の早口で詰め寄るマニアたちの熱量に完全に圧倒され、顔を引き攣らせながらじりじりと後退している。

その大混雑する人混みの後方から、軍服ではなく民間の上質な服を着た体格の良い青年が、数人の武装警備兵をぞろぞろと従えながら、『ピクシー』に歩み寄ってきた。

青年は『ピクシー』の前に立つと、腕を組み、白兵戦に特化しつつも実戦的な改修が施されたそのシルエットを、男はどこか特別な、深い感慨の入り混じった瞳で見つめた。

 

(ピクシーか……。ジャブローの書類の中で見つけた記録では、本来なら、2号機が自分達の元に届けられるはずだった、もう一つのガンダム……)

 

青年は感傷を振り払うように視線を鋭くし、機体の細部をパイロットとしての目で見据える。

特に目を引いたのは、現地実戦改修の痕跡だ。

両肩の増加装甲、脹脛に増設された大推力スラスター、そして換装されたバックパック。

 

「……なるほど。よく考えられている。」

 

青年は小さく、しかし確かな称賛を口の中で呟いた。

だが同時に、この機体が持つ本来のコンセプト――極限の近接白兵戦特化という本質を思い返し、フッと自嘲気味な苦笑を浮かべる。

 

(……とはいえ、やっぱり俺が乗ったら真っ先に撃墜されるタイプの機体だな。敵に近づく前に蜂の巣にされるのがオチだ。重装甲に慣れた身には、この薄い装甲は心臓に悪すぎる。)

 

性能の高さは認めつつも、近距離で命を削り合う格闘特化の戦術には、遠距離支援を本領としてきた男として若干の距離感を覚えるのは仕方のないことだった。

 

「さて……次はあっちか…。」

 

青年は一通りピクシーの観察を終えると、背後の警備兵たちを促し、静かにウィッチハント隊のブースを離れて次の目的地へと歩き出した。

 

「ふぅ……。あ、ありがとうございました……。」

 

マニアたちの追撃がようやく一段落し、大きくため息を吐き出したリリスは、何気なく人混みの中へと視線を向けた。

そして、数人の武装警備兵に厳重に囲まれながら、混雑する滑走路を堂々と歩いていく、一際がっしりとした逞しい男の後ろ姿を捉える。

 

「……?」

 

(どこかで、見たことがあるような気が……。)

 

リリスは自身の記憶の引き出しを探ろうとしたが、背後から「あの、エイデン中尉! 追加で質問が!」と次のマニアの襲撃を受け、思考を遮られてしまう。

結局、その疑問の答えを出せないまま、リリスは再び大忙しのブース対応へと連れ戻されるのだった。

 

 

 

 

 

次に向かったのは、ファントム・スイープ隊が展示している『ジーライン・ライトアーマー』の元だった。

青年は足を止め、その洗練されたデザインと追加装甲のバランスをじっくりと観察し、フレームや駆動系の特徴を見て、静かに口を開いた。

 

「なるほど、ジムに見えるがガンダムの系譜だな。ジムのような低コストな量産ではなく、ガンダム本来のポテンシャルを基本フレームに落とし込み、状況に応じて装甲や兵装を換装して対応する……よく考えられているな。」

 

青年は特に、ライトアーマー特有の、極限まで無駄を削ぎ落とした高機動仕様のパーツ配置を視線で追いながら、小さく頷いていると背後から声を掛けられた。

 

「失礼、私の機体に何か?」

 

低く落ち着いた、しかし芯の通った声に、青年はゆっくりと振り返った。

そこに立っていたのは、ファントム・スイープ隊の隊長であり、このジーライン・ライトアーマーのパイロットであるユーグ・クーロ大尉だった。

実戦の硝煙を潜り抜けてきた者特有の鋭い眼光を放ちながらも、その佇まいには大人の軍人としての冷静な風格が漂っている。

青年は、自分の呟きが機体の主に聞かれていたことに少しだけ決まり悪そうな苦笑を浮かべ、しかしすぐに穏やかな笑みを返した。

 

「いえ、突然不躾な品評をしてしまって申し訳ありません。……ガンダムの系譜を感じて、見惚れれていたんですよ。拡張性がある、いい機体ですね。」

 

青年の言葉には、お世辞やマニアの浅い知識ではない、本物のモビルスーツの運用を知る者だけが持つ深い理解が込められていた。

ユーグはその青年の言葉を耳にし、その鋭い瞳の奥に驚きの色を浮かべた。

この青年は、ジーラインの設計思想の本質をひと目で見抜いてみせたのだ。

 

「……そう言っていただけると、この機体で戦い抜いてきた甲斐があるというものです。失礼ですが、貴方は……。」

 

ユーグは青年の背後にぴったりと張り付いている武装警備兵たちの、ただの民間人に対するものとは思えない厳重な警戒ぶりに目を留め、目の前の青年が並大抵の人物ではないことを察し始めていた。

 

「ただの博物館の館長ですよ。他にも見て回りたいモビルスーツがあるので、これで失礼します。」

 

青年はそう言って穏やかに微笑むと、ユーグに向けて丁寧に一礼した。

その足取りはごく自然なものだったが、彼が歩き出すと同時に、背後に控えていた数人の武装警備兵たちが無言のまま、しかし一糸乱れぬ動きでその後ろをぴたりと追走していく。

ユーグは、群衆の海へと消えていく青年の背中を、鋭い眼光を崩さないまま静かに見送っていた。

 

「……どこかで、見たことがあるような。」

 

ユーグは青年の後ろ姿が完全に人混みに紛れて見えなくなるまでその場所から動かず、自身の記憶のデータベースを深く探っていた。

一年戦争時の記録、あるいは終戦直後の報道写真。

そして、どこか憂いを帯びた独特の横顔に見覚えがあった。

 

(……いや、まさかな。)

 

脳裏をよぎった一筋の可能性に、ユーグは小さく首を振った。

 

「ユーグ、何を見ているんだ?」

 

ファントム・スイープ隊のオペレーターであるマオ・リャン少佐が、不思議そうに声をかけてくるまで、ユーグは男が去っていった通路をいつまでも見つめ続けていた。

 

 

 

 

ジーラインのブースを後にした青年が次に向かったのは、今回の展示会において、ひときわ異彩を放つ「赤」を主張しているエリアだった。

南米代表『赤い三巨星』のブース。そこに展示されているのは、赤を基調に左腕部・左腰部・左脚部が白で塗り分けられた、実戦機としてはあまりに鮮烈なカラーリングの機体――『ガンダムRR(リレイジ)』だった。

マロビ曹長が観客に向けて大はしゃぎでポーズを決めているその横で、青年は腕を組み、苦笑いを浮かべながら呟いた。

 

「……また赤か。派手な連中が多いな。」

 

青年の視線が、その特徴的な左肩へと向く。そこには誇らしげに「赤い三巨星」の部隊マークが描かれていた。

青年はそれを見て、再び少しだけ苦笑いする。

 

「一年戦争の頃、俺たちも派手な色だったからよく狙われたが……ここまで派手だとな。赤い彗星、青い巨星、黒い三連星……欲張りすぎじゃないか。」

 

青年は懐かしさと呆れの混ざった目で、ガンダムRRの装甲の継ぎ目や、追加された無骨な重装甲のディテールをじっくりと観察し始めた。

 

「失礼。……私達のガンダムは、貴方の目にどう映りましたか?」

 

不意に横から掛けられた丁寧な声に、青年は視線を戻した。

そこに立っていたのは、赤い三巨星の小隊長であるラルフ・ザブカ中尉だった。

昨夜マロビに振り回されていたときとは違う、実戦部隊の指揮官としての落ち着いた、しかしどこか誇り高き目を青年に向けている。

青年は背後の武装警備兵たちの視線を気にする風でもなく、目の前の真紅の機体をもう一度見上げ、率直な感想を口にした。

 

「派手ですが……。でも、このガンダムは、本物の戦場を生き抜いた顔をしています。」

 

お世辞ではない、本物の凄みを感じ取った男の言葉。

 

「……!」

 

ラルフ中尉は驚いたように目を丸くした。

昨夜、ジャブローのエリートであるヴァルター大尉からは「前線の泥臭い量産機のカスタム」「骨董品」と鼻で笑われたばかりだったのだ。

しかし、この青年は、派手な塗装の奥にある、自分たちが南米の戦場を生き残るために刻んできた『実戦の傷痕』を、ひと目で見抜いてみせた。

 

「……ありがとうございます。最高の褒め言葉です。」

 

ラルフ中尉が深く感じ入ったように一礼するのを、青年は優しく見守っていた。

この機体は、他人の威光を借りるための飾り物ではない。

戦場で泥をすすりながら、明日の生を掴み取るためにパイロットと技術者が血の滲むような対話を重ねて組み上げた、本物の「戦友」なのだと、男にはよく分かっていた。

ラルフ中尉は青年の言葉に深く感じ入り、さらに何かを問いかけようと言葉を紡ぎかけた。

だが、その瞬間。ブースのすぐ目の前で、再びマロビ曹長の大音量の叫び声が滑走路に響き渡った。

 

「ちょっとそこ! カメラ目線が足りないわよ! もっとこう、赤い三巨星の圧倒的な存在感をフィルムに焼き付けなさーい!」

 

「待て待てマロビ、暴走しすぎだって! 」

 

サングラスを直す手ももどかしく、ウィリー軍曹が必死になってマロビの腰に抱きつき、彼女の突進を止めようと引きずられている。

そんな2人のドタバタ劇を一瞥したラルフ中尉は、額に青筋を浮かべながら、男に向けて大慌てで一礼した。

 

「す、すみません……! うちの馬鹿どもがまた問題を起こしそうなので、ここで失礼します!」

 

「ああ、気にしないでくれ。行ってあげてください。」

 

青年が穏やかに手を振ると、ラルフ中尉は猛烈な勢いで振り返り、「おいマロビィィィ! 始末書をこれ以上増やす気かーっ!」と叫びながら、2人の大騒ぎの渦へと飛び込んでいった。

青年は、3人が肩を組み合ったり小突き合ったりしながら、観客を巻き込んで賑やかに笑っているその姿を、少し離れた位置から静かに見つめていた。

 

(……賑やかで、いい部隊だな。)

 

その様子は、かつて一年戦争の過酷な地獄の最中、お互いに憎まれ口を叩き合い、時には泣き、それでも狭い艦内で肩を寄せ合って笑っていた自分たちの日常と重なって見えた。

青年の憂いを帯びた瞳に、どこか温かい懐かしさが宿る。

 

「さて……次はあの機体か。」

 

青年は小さく息を吐くと、背後の武装警備兵たちを促し、再び人混みの海を歩き出した。

次に向かうのは、その華やかな赤い輝きとは対照的に、独特の渋い威圧感を放っている一角――東南アジア方面軍、ソウヤ中尉が待つ深緑の機体『スライフレイル』のブースだった。

 

 

 

 

東南アジア方面軍のブースは、人気ブースのような大狂乱こそないものの、どこか地に足のついた、熱心な観客たちで適度に賑わっていた。

集まっているのは、目の肥えたモビルスーツマニアや、各国のミリタリー雑誌のカメラマンたちだ。彼らはじっくりと時間をかけ、様々な角度からシャッターを切っている。

 

「はい、今回のこのスライフレイルは、東南アジアの過酷な密林戦を想定して――」

 

「お、こっちの陸戦型ガンダムの100mmマシンガンなら、俺がいくらでも説明させていただきますよ!」

 

ブースの前では、エミリアが理路整然とマニアたちの質問に答え、その後ろではジョシュア軍曹が鼻の下を伸ばしながら女性客の対応に追われていた。

さらに、大柄なサンダース軍曹が安心感のある物腰で子供たちに笑顔を向けている。

そんな活気あるブースの最前列へと、背後に武装警備兵を従えた青年がゆっくりと進み出た。

青年の視線が、ハンガーに鎮座する深緑の機体――『スライフレイル』の鉄の巨体に釘付けになる。青年は腕を組み、満足そうに小さく口元を緩めた。

 

「……これは、実戦的で俺好みだ。」

 

青年の瞳に、深い賛辞の光が宿る。

全体を覆う深い森林迷彩の塗装、そして両肩に増設された無骨な現地製の大型増加装甲。

そのアンバランスながらも実用性を極限まで突き詰めたフォルムに、男は強く好感を持った。  

 

(密林や湿地帯に最適化してる……実によく考えられているな。東南アジアの湿地帯や密林を想定した、いい改修だ。) 

 

堅実派の青年にとってこれ以上ないほど共感できるものだった。

しかし、青年の視線がその腰部左右にマウントされた歪な一対の武装に留まった瞬間、その太い眉がわずかに跳ね上がった。

三節棍のような独特な形状のビーム・ジャベリン。

 

「こんなビーム兵器も、あるのか……。柔道をやってる俺からすると、関節技みたいな発想だな…。」

 

青年は驚きを隠せないまま、これほど密林地帯で実用的な近接装備は他にないと、その高い完成度に心からの敬意を込めて深く感心する。

 

 

「――かなり、熱心に見ておられますね。ありがとうございます。」

 

不意に横から掛けられた、低く落ち着いた声に男は視線を戻した。

そこに立っていたのは、この深緑の機体のパイロットであり、小隊を率いるソウヤ・タカバ中尉だった。

周囲のマニアたちの熱気から少し離れ、生真面目な蒼い瞳を真っ直ぐに青年へと向けている。 

青年は背後の武装警備兵たちの物々しい視線を少しだけ気にする素振りを見せつつも、すぐに穏やかな笑みをソウヤへと返した。

そして、ずっと気になっていた疑問を単刀直入に尋ねた。

 

「不躾に観察してしまって申し訳ありません。ただ、このガンダムの改修が興味深くてね。……失礼ですが、一体どのような意図で改修したのか教えてもらえますか?」

 

「意図、ですか……。」

 

ソウヤは少しだけ視線をスライフレイルの巨体へと上げ、澱みのない口調で説明を始めた。

 

「まず、装甲の色を深い緑にしたのは、森林や密林地帯での迷彩率を極限まで上げるためです。遮蔽物の多い僻地戦において、相手に気づかれないように接近し、こちらから確実に先制攻撃を仕掛ける。その運用を想定しています。そのために、バックパックも無駄を削ぎ落としてコンパクトに軽量化し、代わりに爆発的な瞬発力を生み出す4基のスラスターへと換装しました。」

 

「……なるほど。先手必勝のための隠密高機動か。理に叶った素晴らしい改修です。」

 

青年は深く納得したように何度も首を縦に振った。

外装をただ派手に飾るだけのハリボテとは大違いだ。

パイロットが戦場で生き残り、確実に敵を仕留めるための冷徹な戦術思想がそこには詰まっていた。

青年はさらに視線を落とし、腰部左右にマウントされた歪な兵装へと指を指した。

 

「実に見事だ。だが……そうなると、その腰にある風変わりな武装はどう使うんです? 三節棍のようですが、どう戦うのか想像がつかなくて。」

 

「これですか。これは私の要望で追加された新武装です。」

 

ソウヤは少しだけ誇らしげに、しかし淡々とその独自の運用方法について語り始めた。

 

「これには3つのモードがあります。基本となるのは、2本のジャベリンを直線に連結させた『ロング・ビーム・ジャベリンモード』です。圧倒的なリーチの長さと、展開される五叉の穂先の破壊力を活かして、敵の間合いの外から一方的に突き崩すことができます。」

 

「確かに。古来より、刀よりも槍の方が強いと言われてますからね。」

 

「ええ。そして、複数の敵に包囲された際や、接近戦で手数の多い格闘特化機に対抗するための形態が『ダブル・ビーム・ジャベリンモード』です。連結させた状態のまま、両端の先端から同時に五叉の穂先を展開し、変則的な回転攻撃や薙ぎ払いで周囲を制圧します。……最後に、狭所での小回りや、より手数を重視した近接白兵戦の時は、あえて連結させずに短槍の二刀流として運用する『ツイン・ビーム・ジャベリンモード』を選択します。」

 

ソウヤの淀みのない解説を聞きながら、青年の頭の中には、戦場でその3つの形態を次々と切り替えながら深緑の機体が乱舞する、圧倒的な躍動感が鮮烈に思い描かれていた。

 

「3つの形態を戦況に応じて使い分けるか……。前線ならではの極めて柔軟で恐ろしい兵器だ。実に見事だよ。」

 

青年はソウヤの論理的な解説に、深く感銘を受けたように何度も頷いた。

だが、これほど徹底的に「密林での隠密」と「変幻自在の近接戦闘」に全振りを施した改修だ。

その奥にあるパイロットの本当の『戦術思想』が知りたくなり、青年は少し身を乗り出して、静かに問いかけた。

 

「しかし、中尉。ここまで徹底した隠密性、一瞬で懐に飛び込んで敵を制圧するセッティングにしたのは、どうしてなんです? 圧倒的な火力で敵を消し飛ばす方が、戦場では手っ取り早いことも多いはずですが?」

 

青年の問いに、ソウヤは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

その生真面目な蒼い瞳が、自身の過去の記憶――心の奥底に硬く鍵をかけて隠している、あの一年戦争の戦火に消えた3人の少女達のトラウマを巡るように、微かに揺れ動く。

ソウヤは少しだけ悩むように視線を落としたあと、静かに、しかし決然とした声で答えた。

 

「……敵を出来る限り、殺さないためです。」

 

「――っ」

 

青年は弾かれたように目を見開き、息を呑んだ。

その身体が、驚愕のあまり僅かに強張る。

戦場において、モビルスーツとは敵を効率よく撃破し、殲滅するための鉄の凶器だ。

それに対し、目の前の中尉はあろうことか「殺さないため」に、この牙を磨き上げたのだという。

敵に気づかれずに接近するのは、無駄な射撃戦を避け、一瞬でコックピット以外の武装や駆動系だけを叩き潰して無力化するため。

3つのモードを持つあの変幻自在の槍は、敵を確実に、しかし殺さずに『絡め取り、制圧する』ための延長線。

青年は驚き、そして畏敬の念の混ざった目で、目の前の黒髪の中尉をじっと見つめ直した。

 

「……そうか。並大抵な覚悟じゃあ、そんな戦い方はできないな。」

 

青年はゆっくりと驚愕から立ち直り、小さく息を吐く。

その視線には、かつて数々の地獄を潜り抜けてきた本物の戦士としての、深い敬意が込められていた。

だが同時に、冷徹な懸念が胸の奥をチリチリと刺激する。

 

(立派だが……あまりにも危うい。戦場で敵を『殺さない』ために一瞬でも躊躇すれば、次の瞬間に死ぬのは自分だ。それでもなお、この戦い方を続けているということは……この中尉は、本気で自分の命を天秤の皿に乗せていないのかもしれない。)

 

危ういほどの自己犠牲の気配。

それを察しながらも、男はあえてその懸念を口には出さず、ただソウヤの蒼い瞳をじっと見つめた。

ソウヤは青年の静かな視線を真っ直ぐに受け止め、少しだけ視線を落として言った。

 

「自分のしていることが正しいのかどうかは、分かりません。……でも、それで1人でも多くの、地上に残されたジオン残党兵が宇宙に帰れるよう、自分はこの戦い方を続けたいと思っています。」

 

「……分からない、と言いながら、それでも続けるんですか…。」

 

青年はフッと、今度は少しだけ寂しげな苦笑を浮かべた。

 

「正直、危ういと思いますよ、中尉。綺麗な理想は戦場じゃすぐに血まみれになる……でも、1人でも多くの人間を殺さずに済ませられるなら、それも一つの答えなんですよね。俺には到底選べない道です。自分には逆立ちしたって選べない道だ。尊敬はしますよ、中尉。」

 

「……ありがとうございます。」

 

ソウヤは驚いたように目を見開き、それから不器用な一礼を返した。

軍籍に身を置きながら、連邦の掲げる「正義」とは全く違う、個人の深い贖罪の闇を背負って戦うソウヤ。

そのエゴの本質を完璧に見抜き、危うさを指摘しながらも、戦士として最上級の敬意を払ってくれた目の前の青年。

2人の間に、お祭り騒ぎの展示会場の喧騒とは全く異なる、不思議な信頼と静謐な空気が通い合っていた。

 

「……長居してすみません。おかげで非常に有意義な時間になりました。」

 

男はそう言って穏やかに微笑むと、説明してくれたソウヤに向けて丁寧に一礼した。

 

「いえ、自分の方こそ、自分の話に付き合わせてしまい申し訳ありません。……どうぞ、楽しい展示会を。」

 

ソウヤが恐縮しながら敬礼で見送ると、青年は背後の武装警備兵たちを従え、再び混雑する滑走路の人混みの中へと静かに消えていった。

 

「……不思議な青年だったな。」

 

ソウヤがその逞しい後ろ姿を見送った、まさにその時だった。

アスファルトの地べたに、パサリ、と鈍い音を立てて小さな四角い何かが転がっているのが目に留まった。

先ほどの青年がポケットからハンカチか何かを取り出した拍子に、うっかり落としてしまったのだろう。

 

「ん? 落とし物……か?」

 

ソウヤが歩み寄ってそれを拾い上げると、それは使い込まれて角が丸くなった、黒い革製の写真入れだった。

何気なく二つ折りのそれを開いた瞬間、ソウヤの蒼い瞳が僅かに丸くなる。

そこには、先ほどの青年と柔らかな微笑みを浮かべる茶髪の女性、 肩を並べて元気いっぱいに笑う男の子が2人と、女の子が1人が仲睦まじく写った、温かい写真が収められていた。

 

「エミリア! すまない、少しブースを頼む! 先ほどの人が落とし物をしたんだ!」

 

「えっ? あ、はい! わかりました、隊長!」

 

エミリアが驚いて振り返るより早く、ソウヤは黒い革の写真入れをポケットに滑り込ませると、青年の後を追って大混雑の滑走路を猛然と走り出した。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は集まったガンダムタイプの話になります。
さて、展示されたガンダムタイプを批評していたのは誰なのでしょうか?
彼の正体は明日の話で、判明しますので楽しみにしてくださいね。
そして、彼にはとあるセリフのオマージュを言ってもらいます。

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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