機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第91話 宿る意思 それぞれのガンダム【下】

青年が雑踏をかき分け、最後に向かったのは、ひときわ大きな歓声が上がっているユーラシア方面軍『シャンシー独立重機化小隊』のブースだった。

そこには、一年戦争の誰もが知る無敵のシンボル――白・青・赤のトリコロールカラーを纏った機体が鎮座している。一般の観客や子供たちが「ガンダムだ!」「格好いい!」とはしゃぎ、記念撮影に興じるその姿を、男は少し離れた位置から、 明らかな嫌悪感を孕んだ目で見つめ始めた。

頭部のV字アンテナ、胸部のエアインテーク、特徴的なカラーリング。

一見すれば、それは確かにあの日、自分の隣で戦場を駆けていた"ガンダム"そのものに見える。

だが、男は頭頂部から脚部、装甲の合わせ目に至るまで一通り観察し終えると、深く、心底がっかりしたような溜め息を白々と吐き出した。

 

「なんだ、このひどいハリボテは……。」

 

青年の表情に浮かんだのは、深い落胆と、胸が焼け付くような嫌悪だった。

あまりに惨めなその呟きに、背後にぴたりと寄り添っていた武装警備兵の一人が、怪訝そうに眉をひそめて尋ねた。

 

「どうしてそこまで酷く落胆されるのですか? 素人目には、あれはガンダムそのものに見えますが?」

 

「騙されているだけだよ。遠目から見ればね。」

 

青年は周囲の歓声に紛れ込ませるように声を潜めると、ゆっくりと機体の足元へと歩み寄った。

外のハジキ出されるような群衆の熱気とは裏腹に、男の冷徹な歩みは止ない。

誰も見ていない隙を見計らい、展示されているガンダムの爪先の装甲を、指の背でコンコンと軽く叩いてみせた。

 

――カン、カン。

 

アスファルトの上で、どこか安っぽい、乾いた金属音が響く。

 

「音が軽すぎる。ガンダムの装甲に使われていたのは、ガンダリウム合金だ。本物なら、叩けばもっと重く、詰まった音がする。だがこれはただのチタン系合金だ。……つまり、この機体の中身はジムがベースで、そっくりに色を塗っただけだ。」

 

「ジム、ですか……?」

 

警備兵が絶句する中、青年はさらに視線を上げ、膝や足首の関節、装甲の隙間から覗く駆動系のシーリングへと目を向けた。

 

「さらに言えば、駆動系やジェネレーターの周りには、確かに『ガンダムのパーツ』が使われている形跡がある。……だけど、どれも粗悪なものばかりだ。おそらくこれは、RX-78の規格基準に達しなかった、陸戦型ガンダムのパーツをどこからか調達して、自身のジムに組み込んだんだろう。」

 

青年は首を振り、再びそのトリコロールカラーの機体を見上げた。

ガンダムの皮を被せられた、ただのジム。

そして、それを「本物」と信じて疑わない大衆。

本物のガンダムを誰よりも間近で見続け、その本当の凄さと重みを知るこの男にとって、目の前の機体は、哀れな歪像(イミテーション)にしか見えなかった。

青年がそのハリボテに背を向け、冷ややかに立ち去ろうとした、まさにその時。

 

「――待ってください!」

 

人混みを強引にかき分け、息を切らせながらこちらへと走ってくる、あの深緑の機体のパイロット――ソウヤ・タカバの姿があった。

ソウヤは激しい雑踏をかき分け、青年の背中に向けて声を張り上げた。

青年が驚いたように足を止め、背後の警備兵たちと共に振り返る。

ソウヤは青年の前までたどり着くと、肩を大きく上下させて息を整え、ポケットから『黒い革製の写真入れ』を取り出して真っ直ぐに差し出した。

 

「これ…落とされましたよ。」

 

「ああ……!」

 

青年は驚いたように自分の上着のポケットに手をやり、すぐに納得したように顔を綻ばせた。

 

「これはすみません。わざわざこんな人混みの中を走って届けてくれたのですか。……ありがとうございます、本当に助かりました、中尉。」

 

「いえ、当然のことをしたまでです。」

 

ソウヤは一礼を返しつつ、ずっと気になっていた疑問を小さく口にした。

 

「……大切な、物なのですか?」

 

青年は受け取った黒い革の表面を、愛おしそうに親指でそっとなぞった。

 

「ええ、大切なものです。……俺の、家族の写真が入っているんで。」

 

そのどこか誇らしげで、重みのある温かい横顔にソウヤはそれ以上何も言わず、静かに眺めた。

青年が大切な宝物をポケットの奥へと確実に仕舞い込むのを見届け、ソウヤが自分の展示ブースへと引き返そうとした、まさにその瞬間だった。

 

「おいおいおい、何をしてるんだぁ? 東南アジアの『殺さずの狩人』様が、明日の試合前にコソコソした偵察か?」

 

背後から響いた、酷く耳障りで粘りつくような笑い声。

ソウヤと男が視線を向けると、そこにはユーラシア方面軍『シャンシー独立重機化小隊』の面々が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて立っていた。

 

先頭で腕を組むのは、がっしりとした体躯に冷酷な笑みを浮かべた部隊長のボリス・ソコロフ中尉。その隣には、冷徹な細い目をギラつかせた小隊長――チェン・ウェイ大尉が立ち、周囲には彼らの取り巻きの兵士たちがぞろぞろと群がって、壁を作るようにソウヤたちの退路を完全に塞ぎにかかった。

 

「明日のAグループ1回戦の相手が俺たちだからって、わざわざうちのブースまで来るなんて、随分と必死じゃないか。まあ、デリー基地でやらかしてるからな。」

 

ボリス中尉が、ソウヤの目の前でこれ見よがしに拳の骨をポキポキと鳴らし、いちゃもんをつけてくる。

 

ソウヤは彼らの威圧的な態度に動じる風でもなく、ただ生真面目な蒼い瞳で彼らを一瞥した。

 

「落とし物を届けに来ただけだ。偵察などではない。……そこを退いてくれ。」

 

ソウヤは完全に無視して通り抜けようとしたが、ボリスがその巨体を滑り込ませ、強引にソウヤの肩を押して行く手を阻んだ。

 

「待てよ、冷たくするなよ。俺たちはお前の面白い『戦術データ』を読んだばかりなんだ。なんでも、『敵をできる限り殺さない』なんて、甘っちょろい戦い方をしてるらしいな?」

 

ボリス中尉が、心底可笑しそうにクスクスと肩を揺らした。

 

「戦場で引き金を引くのを躊躇うなんて、ただの『腰抜け』のすることだ。そんな生温い覚悟でよくもまあ、明日の競技会に出場できたもんだな、甘ちゃん野郎。」

 

「そうだなぁ、ボリス中尉! 腰抜けのコジマ大隊とは訳が違う!その証拠に、この機体を見ろ!」

 

チェン・ウェイ大尉は、自分たちが心から誇りを持っている白・青・赤のトリコロールカラーの機体を見上げ、胸を張った。

 

「うちのボリスはな、あの最終決戦――ア・バオア・クーの地獄を戦い抜いた本物の男だ。ジオンのMAに追い詰められた死線の淵で、あのガンダムに命を救われた。だから私たちは、その意志を継ぐためにこのガンダムを作り上げたんだ。お前のような腰抜けの部隊とは、部隊の格が違うんだよ!」

 

チェン大尉がソウヤを威圧するように一歩踏み出すと、ボリス中尉がその冷酷な目をさらに細め、蔑むような笑みをソウヤへと向けた。

 

「所詮は、宇宙に上がることすらできず、地上を這いずり回っていたパイロットが、俺に敵うはずがないんだよ!」

 

ボリス中尉は、これ以上ないほど勝ち誇った顔でそう言い放った。

彼らは、ソウヤが宇宙に上がれなかった二流のパイロットだと、完全に勘違いして見下しているのだ。

 

(……何も分かっていないな、こいつらは)

 

すぐ横で聞いていた青年の胸の奥底で、静かで、しかし激しい怒りが一気に噴き上がった。

こめかみがピクリと引きつり、拳が無意識に固く握りしめ。

腹の底から熱い塊が込み上げ、喉の奥で低く唸るような怒りが渦を巻く。

一瞬、一年戦争の記憶がフラッシュバックし、目が鋭く細められた。

男は深く息を吐き、腹の底から湧き上がる嫌悪を、かろうじて表情の奥に押し隠した。

その時――

 

「ちょっと! そこのユーラシアの連中! よその小隊長捕まえて、何イキがってんのよォ!!」

 

「そうだわ。随分と派手な機体を並べておいて、中身はただのチンピラの集まりのようね、あなたたち。」

 

突如として人混みを割って、激しい怒声と冷徹な刃のような声が響き渡った。

騒ぎを聞きつけて猛然と駆け込んできたのは、南米の『赤い三巨星』のマロビ曹長とラルフ中尉、そして北米の『ウィッチハント隊』のリリス・エイデン中尉だった。

リリスとマロビはチェン大尉たちを激しく睨みつける。

だが、チェン・ウェイ大尉は冷徹な細い目をさらに細めると、2人の怒声を鼻で笑い飛ばした。

 

「口喧しいお嬢さん方だ。……リリス・エイデン中尉、君は北米の魔女どもに、結局は最後まで勝てずじまいだったそうじゃないか。それからマロビ曹長、君たち『赤い三巨星』は、ジャブローで追撃していたはずのジオン残党をほとんど取り逃がしてグアイマスへ左遷された。……違うかね?」

 

「――っ!?」

 

冷酷に突きつけられた、過去の事実。

リリスは顔を強張らせて言葉を詰まらせ、マロビも顔を真っ赤にしたまま、何も言い返せずに拳を震わせるしかなかった。

2人のプライドを正確に抉る、ユーラシア部隊の陰湿な攻勢。

 

「――そこまでにしてもらおう。競技会前の展示会場で、見苦しい言い争いをするな。」

 

その場に割り込んできたのは、ファントム・スイープ隊の隊長、ユーグ・クーロだった。

毅然と割って入ると、チェン大尉とボリス中尉は一瞬だけ表情を硬くした。

だが、すぐに2人はわざとらしい、お世辞に満ちた一礼をユーグへと捧げる。

 

「おや、これは失礼いたしました。ユーグ・クーロ大尉……。ジオン過激派による『水天の涙作戦』の阻止、お見事です。」

 

ボリス中尉が歪んだ笑みを浮かべ、わざとらしく拍手をしてみせる。

 

「ですが、そんな輝かしい戦功を立てた貴方が、なぜ今になってもファントム・スイープなんていう未だに大戦の残党を追いかけるだけの『戦後処理の雑用係』に甘んじているのです? ジャブローのエリートコースからは、完全に外されているようですね。」

 

称賛の裏に隠された、あからさまな侮蔑の言葉。だが、ユーグ大尉はその程度の安い挑発には眉一つ動かさなかった。

彼はボリス中尉たちの空虚なプライドを冷徹に見据えると、すぐ隣に佇む大柄な男へと視線を向け、静かに言い放った。

 

「……お前たちは、自分が今、誰の前でそんな不敬な発言をしているのか分かっているのか?」

 

「……あ?」

 

ユーグのその一言で、滑走路の空気が一瞬で凍りついた。

チェン大尉、ボリス中尉、そして取り巻きの兵士たちだけでなく、マロビやリリス、ソウヤの視線までもが、数人の武装警備兵に厳重に囲まれた『青年』へと集中する。

青年は、向けられた無数の視線を浴びながら、心底うんざりしたように、長くて重い溜め息を白々と吐き出した。

外装をただ派手に飾っているだけのハリボテのガンダムを、男は憐れみすら混ざった極めて冷ややかな眼光で見つめ直す。

 

「……連邦の士官の質は、2年前と全然変わってないな。」

 

青年の放つ、ただの民間人とは思えない圧倒的な威厳と、背筋が凍るような重圧。

チェン大尉たちが思わず気圧されて一歩身を引く。

男はそのまま、背後にそびえ立つ白・青・赤のトリコロールカラーの機体へと冷徹な視線を向けた。

 

「これがガンダム…ねえ。色を真似ただけ……外装とフレームがチタン合金。こんな偽物のガンダムを背負って『部隊の格が違う』とは、よくそんな大口叩けるもんだ。」

 

「な、なんだと……お前、民間人の分際で俺のガンダムを――!」

 

怒髪天を突いたボリス中尉が、がっしりとした巨体を震わせながら怒号を上げた。

その凄まじい気迫に周囲の観客たちが一瞬身をすくめたが、青年は眉一つ動かさず、ただ冷徹な視線でボリス中尉を見据え返している。

一触即発、今にも殴り合いが始まりそうなその混沌とした空間に、ユーグ大尉の低く冷ややかな声が厳然と響き渡った。

 

「――よせ、ボリス中尉。それ以上その方に無礼を働くことは、自分のガンダムを否定することになるぞ。」

 

「なんだと……? ユーグ大尉、あんたさっきからこの民間人を庇って何を――」

 

「民間人ではない。」

 

ユーグ大尉はボリスの言葉を辛辣に遮ると、一歩前に出て、青年に向けて直立不動の姿勢を取った。そして、張り詰めた滑走路の全域に届くような明瞭な声で、その『正体』を告げたのだ。

 

「彼は、……あのホワイトベース隊のパイロットとして、ア・バオア・クーまで戦い抜き。現在はケネディ宇宙基地戦争博物館の館長を務めておられる、ハヤト・コバヤシ氏だ。」

 

「――っ!?」

 

その名が告げられた瞬間、滑走路の空気が文字通り爆発したように騒然となった。

 

「ホワイトベース隊の……!?」

 

「ハヤト・コバヤシ!?」

 

「本物の、英雄じゃないか!」

 

周囲を遠巻きに見ていたミリタリー雑誌の記者たちが血相を変えて一斉にシャッターを連打し、モビルスーツマニアたちからも地鳴りのようなどよめきが沸き起こる。

 

「ホ、ホワイトベース隊……」

 

リリスが驚愕に緑の瞳を見開き、マロビやラルフも息を呑んで硬直した。

ソウヤの蒼い瞳にも、深い衝撃の色が走る。

先ほど自分が言葉を交わし、黒い革の写真入れを返した相手が、まさかあの伝説のホワイトベースの乗員であり、アムロ・レイと共に戦い抜いたハヤト・コバヤシだったとは思いもしなかったからだ。

そして――誰よりも激しい衝撃に襲われていたのは、ユーラシア方面軍の面々だった。

 

「ハヤト、コバヤシ……」

 

チェン大尉の冷徹だった細い目が限界まで見開かれ、先ほどまで怒号を上げていたボリス中尉にいたっては、開いた口が塞がらないまま、みるみるうちにその顔から血の気が引いて真っ青に染まっていく。

自分たちが誇らしげに掲げていたガンダムが、たった今、英雄本人に「ひどいハリボテ」と断罪された事実に、最悪の形で叩きつけられたのだ。

 

「……え? でも……」

 

リリスが呆然と呟いた。

 

「私たちが知っているハヤト・コバヤシの姿とは……随分と違うような……」

 

その言葉に、マロビが勢いよく頷いた。

 

「そうよ! 写真や雑誌の記事に写ってるハヤトって、もっと背が低くて小柄な少年だったはずよ!? こんなにがっしりした体格の大人じゃないわ!」

 

マロビは目を丸くしてハヤトをまじまじと見つめ、ラルフも驚いた顔で頷いている。

ハヤトは困ったように軽く頭を掻き、苦笑を浮かべた。

 

「……ああ、すまないな。驚かせてしまったか。」

 

彼は少し照れくさそうに肩をすくめ、穏やかな声で続けた。

 

「終戦後、成長期が残っていたみたいで。急に背が伸びて体も大きくなったんだ。昔の写真を見ると自分でも違和感があるよ。」

 

その自然な説明に、リリスは「そうだったんですか……」と小さく息を吐き、マロビも「へえー……!」と感心したような声を上げた。

ハヤトは困ったように軽く頭を掻いたが、その瞳の奥には静かな怒りが宿っていた。

 

「……やれやれ、余計な種明かしを…。」

 

ハヤトは困ったように軽く頭を掻いたが、その声には明らかに苛立ちが混じっていた。

彼は一度だけ、顔を青ざめさせて震えるボリスたちを冷ややかに見下ろした。

その視線は静かだったが、元・ホワイトベース隊員としての重圧と、抑えきれない怒りが底流のように滲み出ていた。

仲間たちと共に死線をくぐり抜け、地球圏の運命すら変えた『アムロのガンダム』を、こいつらはただの「格上げの道具」に貶めている。

『アムロのガンダム』を侮辱された怒りは、まだ完全に収まっていなかった。

やがて彼は表情を整え、前線でガンダムで戦い続けてきたエースたちに向き直る。

その瞳には、先ほど家族の写真を返してもらった時の、柔らかく温かい父親の光がわずかに戻っていた。

 

「……皆さんは、なぜ今もガンダムに乗って戦い続けているんですか?」

 

ハヤトの声は低く、しかし滑走路の喧騒を切り裂くように響いた。

周囲の記者や観客たちが息を呑んで耳を傾ける中、彼はソウヤ、リリス、マロビ、ユーグ、そして他のパイロットたちの顔をゆっくりと見回した。

 

「俺はもう戦う身じゃない。博物館で埃を被った資料を整理しているだけだ。だが……あなたたちのように、まだガンダムに乗って戦い続けている者たちを見ると、どうしても口に出さずにはいられなくなる。」

 

ハヤトは一瞬、遠い記憶に沈むように目を細めた。

 

「アムロは……最初はただ、死にたくなかっただけなんです。特別な使命とか、正義とか、そんな大層なものじゃなかった。ただ必死に操縦桿を握っていた。それだけです。」

 

その言葉に、若いパイロットたちの間に微かなざわめきが起きた。

 

「特別な使命感とか、連邦の正義のためとか、そんな大層なものじゃなかった。突然放り込まれた未知の兵器を前に、ただ『死にたくない』という一心で操縦桿を握っていた。ニュータイプだとか、特別な才能だとか……そんなものは、後から周りが勝手に貼り付けたレッテルだよ。本人はただ、生き延びるために、必死に、必死にガンダムを動かしていた。それだけだ。」

 

ハヤトの声に、微かな熱がこもる。抑えていた怒りと、懐かしさと、痛みが混じり合っていた。

 

「でも……いつの間にか、それが戦局を左右するほどの力になっていった。オデッサ、ジャブロー、ソロモン、ア・バオア・クー……アムロがガンダムで戦うたび、戦況が変わっていった。最初はただの『生き残るための力』だったものが、いつしか地球圏全体の運命を動かす『希望の象徴』になっていったんです。」

 

彼はそこで少し言葉を切り、トリコロールカラーの偽ガンダムを横目で冷ややかに一瞥した。

 

「だからこそ、俺は許せない。ガンダムを、ただの『部隊の格上げ道具』みたいに扱う連中を。」

 

ハヤトの視線が、青ざめたまま固まっているボリスとチェン・ウェイに向けられる。

その眼光は静かだったが、元・ホワイトベース隊員としての重圧が、はっきりと彼らを圧し潰していた。

 

「ガンダムとは、最初はただの生き残るための武器だった。だが、それを必死に操った人間の意志が、初めて『本物』にしたんだ。」

 

ハヤトはその場にいる、ガンダムのパイロット達に問うように言った。

 

「あの時、アムロの目の前にガンダムがあったことは偶然かも知れない。だが、ガンダムに乗るかどうかはアムロ自身が決めたことだ。理由は違えど、皆さんが"ガンダム"に乗り続けるのは自分自身の意志だ。皆さんは、自分のガンダムで何を成したいんですか?」

 

ハヤトの問いかけは、展示会の喧騒の中で、まるで静かな波紋のように広がった。

一瞬の沈黙の後、最初に口を開いたのは、深緑のスライフレイルを駆るソウヤ・タカバ中尉だった。

ソウヤは蒼い瞳を真っ直ぐにハヤトに向け、静かだが迷いのない声で答えた。

 

「私は……敵を、できる限り殺さずに済ませたいと思っています。」

 

その言葉に、周囲の空気がわずかに変わった。

 

「この戦いの後、地上に残されたジオン残党兵たちが、宇宙に帰還する機会を少しでも増やしたい。無駄な死を増やしたくない。それが、俺がスライフレイルに求めたことです。」

 

ソウヤの声は淡々としていたが、その瞳の奥には強い決意と、深い影のような贖罪の色が宿っていた。

ハヤトの言葉を聞いたことで、彼の中で何かが確かに揺さぶられたようだった。

先ほどハヤトに落とし物を届けた時の、ただの敬意を超えた、何かより深い共鳴が彼の表情に浮かんでいる。

 

「アムロ・レイが、ただ生き残るためにガンダムを動かしていたという話を聞き……少し、救われた気がします。特別な使命などなくとも、ただ『こうありたい』という意志で機体を動かせばいい。それで十分なんだと。」

 

ソウヤは深く一礼し、ハヤトの言葉を胸に刻むように目を伏せた。

次に、ユーグ・クーロ大尉が低く落ち着いた声で答えた。

 

「……俺は、仲間を死なせたくない。それだけです。」

 

ユーグの表情は硬く、瞳の奥に重い影がよぎった。

 

「一年戦争の時、自分の部下たちを多く失いました…。あの無力感は今も消えません。だからこそ、私はファントム・スイープの隊員たちを絶対に死なせない。それが、俺の戦う理由です。」

 

ユーグはハヤトに向かって深く一礼した。

その佇まいからは、トラウマを背負いながらも、決して繰り返さないという固い決意が伝わってきた。

続いて、リリス・エイデン中尉が瞳を少し潤ませながら答えた。

 

「私は……正しい軍人で在り続けたいんです。」

 

リリスは赤いピクシーのブースを背に、照れくさそうに頰を赤らめつつも、はっきりと言った。

 

「最初は憎しみだけで戦っていましたが……バリー大尉に軍人としての道を教えられ、復讐ではなく任務を全うすることを選びました。それが、今の私の理由です。」

 

リリスの声には、過去の葛藤を乗り越えた強さと、若々しい真っ直ぐさが混ざっていた。

最後に、ラルフ・ザブカ中尉が穏やかな笑みを浮かべて口を挟んだ。

 

「俺たちは……ただ、仲間と一緒に生き残りたいだけですよ。」

 

ラルフは肩を軽くすくめ、後ろでマロビが「そうだそうだ」と小さく声を上げているのを横目に言った。

 

「派手な赤い機体を背負ってるけど、中身は泥の中で這いずり回ってるだけの前線兵です。アムロ・レイが最初は『死にたくない』一心だったって聞いて、肩の力が抜けましたよ。俺たちも、それでいいんだと思います。」

 

ハヤトは4人の言葉をじっくりと聞き終えると、ゆっくりと頷いた。

その顔には、深い満足の色が浮かんでいた。 

 

「……いい答えです。皆さん、ちゃんと自分の意志を持っていますね。」

 

ハヤトの声は穏やかだったが、そこには元・ホワイトベース隊員としての、静かな重みと温かさが込められていた。

 

「アムロも、ただ必死に生き延びようとした先に……何か掴んだんだと思います。皆さんも、自分のガンダムを信じて進んでください。」

 

その言葉が終わった瞬間——

 

パチ……パチパチ……

 

最初はまばらだった拍手が、徐々に広がっていった。

周囲に集まっていた一般観客、モビルスーツマニア、報道陣、そして他の部隊の兵士たちまでもが、自然と手を叩き始めた。

ソウヤ、リリス、ユーグ、ラルフの決意を聞いた人々の間に、波のように感動が広がっていく。

拍手は次第に大きくなり、展示会の喧騒を優しく包み込むような音の渦となった。

 

一方——

 

ユーラシア方面軍のチェン・ウェイ大尉とボリス・ソコロフ中尉は、完全に言葉を失っていた。

二人は顔を青ざめたまま、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

自分たちが誇らしげに掲げていた「ガンダム信仰」や「ア・バオア・クーの英雄」といった言葉は、結局のところ、ただの虚飾に過ぎなかった。

信念も、確固たる理由も持たず、ただ「格」を求めて機体を飾り立てていた自分たちの浅はかさが、今、痛いほど露呈していた。

特にボリスは、拳を握りしめたまま唇を震わせ、なにも言い返せずにうつむいていた。

チェンも、いつもの冷徹な細目が虚ろに泳ぎ、ただ無言でハヤトと前線のエースたちを交互に見つめるだけだった。

ハヤトはそんな二人を一瞥すると、静かに息を吐いた。

もう、彼らに言葉をかける必要すら感じていないようだった。

 

「……そろそろ、俺は本部に戻らないと。」

 

ハヤトは軽く頭を掻き、背後に控えていた警備兵たちに目配せをした。

そして、ソウヤたちに向かって穏やかに微笑みかけた。

 

「明日の競技会、頑張ってください。」

 

そう言い残すと、ハヤトはゆっくりと人混みの中へと消えていた。

 

 

 

 

その日の特別講演で、ハヤトは当初予定していた内容を変更した。

 

「本日の題目は『白い機体と、少年のパイロット』に変更します。」

 

ハヤトは穏やかな声で、アムロ・レイがガンダムに乗り始めたばかりの頃の未熟で必死な姿、そしてホワイトベース隊のささやかな日常風景を語った。

講演は簡潔ながらも心に響く内容となり、会場は大きな拍手に包まれた。

予定していた堅苦しい総括より、遥かに多くの人々の心を掴み、その日の最大の話題となった。

講演を終えたハヤトは、控室の窓から滑走路を見つめながら小さく微笑んだ。

 

「……少し……アムロのことを長く語りすぎたな。」

 

小さく苦笑する彼の瞳には、懐かしさと、今もガンダムを駆り続けるパイロット達への静かな期待が宿っていた。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
なんと、「機動戦士ガンダム」からハヤト・コバヤシの参戦です!
アムロやブライトに比べたら、ガード低いかなと思い、登場してもらいました。
さてさて、次からは本格的に競技会が始まりすので、お楽しみに~!

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

  • 陸戦型ジム改
  • バイアリーターク
  • ペイルライダー・ヴァンガード
  • ペイルライダー・マスケッティア
  • ヴァルキリー
  • グフ・ノクターン
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