バイアリーターク・艦橋
試合終了から数分後、メインスクリーンには倒れ伏したトリコロールカラーの機体が、まだ砂塵を上げながら映し出されていた。
クリフトフ・ハーツクライ中佐は艦長席に深く腰を沈めたまま、穏やかな微笑みを浮かべていた。
その瞳には、満足げな光が宿っている。
「素晴らしいレースだった。予想以上の好勝負……いや、一方的なレース展開でしたね。」
隣に立つジョン・コーウェン中将は、腕を組んだまま低く唸った。
「……第4小隊の圧勝だな。まさかここまで鮮やかになるとは思わなかった。」
ハーツクライはくすりと笑い、スクリーンに映る深緑の機体を見つめた。
「ソウヤの部隊は、本当に部隊に育った。特にホバートラックのソナー分析がなければ、あそこまで完璧な奇襲は決まらなかったでしょう。」
コーウェン中将はわずかに眉を寄せた。
「しかし……ボリスの『ガンダム』は予想以上に脆かったな。シャンシー隊のプライドも、今日でずいぶん傷ついただろう。」
「プライドだけじゃ勝てないのが、戦場でありレースだよ、中将。」
ハーツクライは穏やかに、しかし芯の通った声で言った。
「過去に縋る者と、己の戦い方を信じて突き進む者。今日の試合は、その差を如実に示してくれた。ソウヤは……自分の戦い方を、ちゃんと持っている。」
中将は小さく息を吐き、スクリーンから目を離した。
「ふむ……。君がそこまで言うなら、期待しても良さそうだな。」
ハーツクライは微笑みを深め、静かに答えた。
「ええ。Aグループは、これからますます面白くなるよ。次の試合も、楽しみです。」
艦橋の窓から差し込む赤い陽光が、二人の顔を照らしていた。
コーウェン中将はスクリーンから視線を外し、ハーツクライ中佐の方へ体を向けた。
「次の試合は、君がルナツーから連れてきたルナツー教導隊だな。」
ハーツクライは穏やかに微笑み、頷いた。
「ええ。ボカタ少佐率いる教導隊です。私とボカタ少佐は、ア・バオア・クーを共に戦い抜いた戦友ですので、強いですよ。」
コーウェン中将はわずかに目を細め、探るような視線を向けた。
「……ソウヤ・タカバ中尉も、その仲間なのかね?」
ハーツクライは一瞬だけ動きを止め、興味深げに中将を見返した。
「どうして、そんなことを聞かれるのですか?」
中将は低く、しかしはっきりとした声で答えた。
「2日前のレセプションで、君がソウヤ・タカバ中尉と親しげに話しているのを見ていた。彼と話している時の君の表情は、久しぶりに旧友と再会したような顔をしていたからな。」
ハーツクライは小さく笑い、視線を少し遠くへ向けたまま、言葉を濁した。
「……そうですね。旧友、と言えば……旧友、かな。」
彼は柔らかい微笑みを浮かべたまま、しかしそれ以上の詳細を一切語ろうとはしなかった。
瞳の奥に、懐かしさと少しの遠慮が微かに混じっているように見えた。
中将はそれ以上追及せず、ただ静かに頷いた。
トリントン基地 第3格納庫
Aグループ第1試合終了から約30分後。
ルナツー教導隊のスペースは、静かな緊張感に満ちていた。
ボカタ少佐は緑の瞳を輝かせ、部下の二人を正面から力強く見つめていた。
「ヒタチ、ミコト。よく見ておきなさい。あれが本物の前線で鍛えられた戦い方よ。」
彼女はゆっくりと歩み寄り、二人の肩にそれぞれ手を置いた。声に熱がこもる。
「ルナツー教導隊は、モビルスーツ運用の最前線よ。私たちが戦場で収集したデータが、今後の連邦軍のモビルスーツ開発の礎になる……その責任を、絶対に忘れないで。私たちは常に、全軍の模範でなければならないの。」
ボカタの言葉に、ヒタチとミコトは背筋を伸ばした。
「ソウヤの部隊が、シャンシー独立重機化小隊を圧倒したように、私たちも全力で挑むわ。ヒタチ、あなたの冷静な判断力。ミコト、あなたの機敏さと攻撃力。二人とも、充分に持っている。私はあなたたちを信じている。だからこそ……全力で、誇りを持って戦いなさい!」
ボカタは二人を交互に見つめ、力強く微笑んだ。
「次の相手は一年戦争のアフリカ戦線を戦い抜いた『デザート・ドラゴン』。経験豊富で、このような荒野の戦闘には慣れ親しんでいる強敵よ。だからこそ、私たちはただ勝つだけじゃダメ。教導隊としての強さを堂々と見せつけ、私たちがここにいる意味を、存分に証明しましょう!」
ヒタチとミコトは、胸を熱くして同時に声を揃えた。
「「了解しました! 全力で挑みます!」」
ボカタは満足そうに頷き、二人の肩を軽く叩いた。
「ええ。楽しみにしてるわ。」
トリントン基地演習場の観覧席は、未だ熱狂の渦に包まれていた。
「すげえ……! 完璧にぶっ飛ばしたぞ!」
「第4小隊、強すぎるだろ! あの緑の機体、マジで化け物かよ!」
一般兵士や各部隊の関係者たちから、興奮した叫び声があちこちで上がっていた。
拍手と歓声が波のように何度も繰り返し、赤い大地に響き渡る。
特設観覧席でも興奮は冷めやらなかった。
「見たか今の回転攻撃! 五叉の刃が回ってる時、ガンダムがまるで玩具みたいだったぞ!」
モニターの前では、兵士たちが身を乗り出して先ほどの激闘を語り合っている。
特にスライフレイルのダブル・ビーム・ジャベリンの回転斬りは、観客の脳裏に強く焼き付いたようだった。
一方、シャンシー独立重機化小隊の応援席は、静まり返っていた。
ボリス・ソコロフ中尉はコックピットから引きずり出され、担架で運ばれていく姿を、部下たちが青ざめた顔で見送っていた。
チェン・ウェイ大尉は唇を強く噛みしめ、拳を震わせながら立ち尽くしている。
その光景を遠くから見ていた者たちの中には、複雑な表情を浮かべる者も多かった。
「シャンシー……散々威張ってたのに、案外あっさりやられたな。」
「あのガンダム、所詮はハリボテだったってことか……。」
そんな冷ややかな声が、観覧席のあちこちから聞こえてきた。
その様子を静かに見つめていたサウス・バニング大尉の後ろから、柔らかな声がかけられた。
「バニング大尉、失礼します。」
声の主はクリスチーナ・マッケンジー中尉だった。
彼女の後ろにはエイガー中尉も控えている。
バニングは振り返り、軽く頷いた。
「ああ、クリスとエイガーか。良かったら、座れよ。」
「ありがとうございます。」
クリスは穏やかに微笑み、エイガーと一緒に空いている席に腰を下ろした。
エイガーは周囲から聞こえてくる「ガンダムが負けた」という声に、顔をしかめた。
「……周りが『ガンダムが負けた』って言うたびに、耳が痛いな。」
クリスは小さく苦笑しながら、エイガーの肩を軽く叩いた。
「仕方ないわよ。私たちの時もそうだったんだから。」
二人の言葉に、バニングは怪訝そうに片眉を上げた。
「……ん?お前たち、ガンダムに乗ったことがあるのか?」
クリスとエイガーは顔を見合わせ、少し困ったような、しかしどこか懐かしむような苦笑いを浮かべた。
「ええ、まあ……」
先に口を開いたのはクリスだった。視線を遠くの青空へと向ける。
「一年戦争の終わり頃、サイド6でテストパイロットをしていたんです。ニュータイプ専用機として開発されていた、本当に尖った機体で。私なんかじゃ、機体のポテンシャルを全然引き出せなくて……最後は相打ちのような形で、大破させてしまったんですけどね。」
彼女の脳裏に、かつて中立地帯の森の中で激突した、ザクⅡ改の残像がよぎる。
「俺の場合は、完成した機体がありながら、勝てませんでしたよ。」
エイガーが自嘲気味に鼻で笑い、腕を組んだ。
「キャリフォルニア・ベースで『マドロック』……ガンダム6号機のパイロットをしていました。ジオンの『闇夜のフェンリル隊』と戦ったんですが、奴らの老獪な戦術に翻弄されて、手痛い敗北を喫しました。……あの時の悔しさは、今でも忘れられません。」
苦い記憶を吐き出すエイガーだったが、すぐに視線を演習場へと戻し、言葉を続けた。
「……ただ、あのキャリフォルニアへの道中、ソウヤの量産型ガンキャノンと共闘する機会がありましてね。あいつの援護がなければ、俺は闇夜のフェンリル隊と戦う前に沈んでいました。だから、今日あいつがガンダムを相手にあそこまで完璧な立ち回りをしたのも、俺にとっては納得でしかないんです。」
二人の告白を聞いたバニングは、咥えようとしていた葉巻を指に挟んだまま、完全に硬直していた。
一線級のミリタリー技術の結晶であり、連邦軍の勝利の象徴でもある『ガンダム』。
その系譜に名を連ねる機体に乗っていたパイロットが、今自分の目の前に二人も並んでいるのだ。おまけに、その片方はソウヤの過去の戦友ときている。
バニングは思い出したように、ふっと口元を緩めた。
「そういえば、ペガサス級の艦長とも話していたな、あいつもソウヤのことをよく知っている風だった。ルナツー教導隊のボカタ少佐とも戦友らしい。……あいつは本当に、色んな奴と繋がっているな。」
エイガーもバニングの言葉に同感し、深く頷きながら笑った。
「全くです。あいつの顔の広さと、人を惹きつける奇妙な縁には、俺も驚かされてばかりですよ。」
――その時、演習場を包む空気が一変した。ズゥン、ズゥン、と大地を震わせる重厚な足音が響き渡り、会場のあちこちから地鳴りのような歓声が湧き上がる。
「おい、見ろよ! ルナツー教導隊のお出ましだ!」
第3格納庫の巨大なハッチが開き、陽光の下へその巨体を現したのは、ルナツー教導隊のモビルスーツたちだった。
先頭を進むのは、ボカタ少佐が駆るジム・スナイパーⅡだ。
「ほう……。」
バニングは目を細め、感心したように視線を向けた。
「流石は教導隊だな。全軍でも数えるほどしか生産されていないはずの、とびきり良い機体を引っ提げてきやがったか。」
バニングの隣の席では、アレンがパッと顔を輝かせて身を乗り出した。
「うわぁ、マジかよ……! めちゃくちゃ良い機体じゃないですか! いいなぁ教導隊、あんな高級機、俺たちじゃ乗る機会すらないぜ!」
「静かにしろ、アレン。耳元で騒ぐな。」
カークスが冷ややかに窘めつつ、モニターを鋭く見つめる。
だが、続いて格納庫から姿を現した2番機を見た瞬間、カークスはわずかに眉をひそめた。
頭部のバイザーや脚部の形状は、先頭のジム・スナイパーⅡに酷似している。しかし、その肩や腕部には、中距離支援機特有の重武装がこれでもかと施されていた。
「……おかしいですね。2番機、全体のシルエットはジム・スナイパーⅡに見えますが、装備が明らかに違います。新手のカスタム機でしょうか?」
カークスが冷静に分析するように呟くと、アレンが「どれどれ?」とモニターを覗き込む。
「本当だ、なんか大砲がいっぱいついてるぞ! 重装型スナイパーってとこか?」
口々に予想を言う若手二人に対し、エイガーが静かに首を横に振った。
「いや、あれはジム・スナイパーⅡじゃない。――量産型ガンキャノンⅡだ」
「量産型ガンキャノン……Ⅱ?」
カークスが記憶をなぞるように復唱する。エイガーは腕を組んだまま、解説を続けた。
「次世代中距離支援機の座を巡って、コンペティションが行われたんだ。そこでジム・スナイパーⅡの超高性能な基本スペックをベースに、ガンキャノンⅡのパーツを組み込んで作られたのがあの機体さ。右肩の大型レドームでの索敵能力、両腕のEパック式二連ビーム・キャノン……技術的には最先端の塊だったが、最終的には俺がパイロットを務めている『ジム・キャノンⅡ』が次期主力に採用され、量産検討機のまま不採用になった。それがルナツー教導隊にデータ収集用として配備されたんだろう。」
「なるほど……採用されたジム・キャノンⅡに乗っているエイガー中尉の言葉なら、間違いありませんね。不採用になった試作機まで運用しているとは、流石はデータ収集を兼ねる教導隊です。」
カークスが深く納得して頷くと、アレンが「へぇー!」と感心したように声を上げた。
「不採用機なのにそんなに凄いのかよ! エイガー中尉、物知りすぎですねー!」
しかし、衝撃はそれだけでは終わらなかった。 格納庫から最後に出てきた3番機が演習場の赤い土を踏みしめた瞬間、特設観覧席だけでなく、会場全体にドッと巨大な動揺と困惑の波が走った。
「……おい、嘘だろ!?」
「な、何であんな機体が連邦の演習場にいるんだ!?」
特徴的な1つ目、曲線主体のシルエット。
それはどう見ても、一年戦争で連邦軍兵士を恐怖に陥れたジオン公国軍のモビルスーツそのものだった。
バニングは思わず腰を浮かせかけ、鋭い視線をその3番機へと突き刺した。
「ゲルググか!? いや、妙にスマートだが……」
一年戦争の最前線を生き抜いたバニングの身体が、ジオンの高性能機のシルエットに対して本能的に警戒の反応を示す。
そんなバニングの緊張を和らげるように、隣のクリスが穏やかながらも的確な声を出した。
「大尉、落ち着いてください。あれはゲルググではなく、『ガルバルディα』です。」
「ガルバルディ……αだと?」
バニングが問い返すと、クリスは頷き、思い返すように語った。
「ええ。ジオン公国軍が戦争末期に進めていた『ペズン計画』という次世代機開発プランで生まれた試作機です。格闘戦に特化したギャンの再設計機でありながら、ゲルググの生産ラインを使って開発されたハイブリッド機だと言われています。終戦後に連邦軍が接収し、その卓越した運動性能のデータを収集するために、ルナツー教導隊へ回されたのでしょう。」
クリスの詳細な解説を聞いたバニングは、驚きを通り越して深く感心したように息を吐き、再び席に深く腰掛けた。
「なるほどな、最高峰の量産機に、主力争いに敗れた試作機、さらには接収した敵の次世代機ときた。ルナツー教導隊、ただの模範部隊じゃねえ。連邦のモビルスーツ開発の『歴史と最先端』をそのまま動かしているような部隊だな。」
バニングは獰猛とも言える笑みを浮かべ、メインスクリーンへと視線を戻した。
「対するは、アフリカの砂漠を生き抜いた実戦のプロ、デザート・ドラゴン隊。……おいお前たち、瞬きするなよ。この試合、ソウヤたちの戦いとはまた違う意味で、とんでもない極上の戦いが見られるぞ。」
「はい!」
丁寧に背筋を伸ばすカークスと、「うっおー、燃えてきたぜ!」と拳を握るアレンの声が重なる。
クリスとエイガーもまた、静かに闘志と期待を瞳に宿して、演習場のスタートラインへと目を向けた。
演習場を包む熱狂が次第に引き締まった緊張感へと変わっていく中、両部隊のモビルスーツたちが、赤茶けた大地を踏みしめてそれぞれの指定スタート位置へと進み出た。
西側のスタートラインに付くのは、アフリカ戦線仕様のサンドカラーに染まった「デザート・ドラゴン隊」の3機。
前衛のデザート・ジムと装甲強化型ジムは、砂塵の侵入を防ぐ防塵シーリングが施された関節部を小さく動かし、すでにいつでもホバー走行へ移行できるよう、脚部の新型推進器を低く唸らせている。
その後方では、膝下に姿勢安定用の増加装甲を纏ったジム・キャノンが、右肩の240mmロケット砲の仰角を厳かに調整していた。
砂漠という地獄を生き抜いてきた叩き上げの機体群からは、装飾を削ぎ落とした実戦兵器特有の、凄まじい威圧感が放たれている。
対する東側のスタートラインには、「ルナツー教導隊」の3機が整然と位置に着いた。先頭のジム・スナイパーⅡは、ビーム・ライフルを携え、頭部バイザーの奥に潜む精密レーザー・センサーを鋭く明滅させている。
その右斜め後ろには、右肩に巨大な円盤状のレドームを背負い、両腕のシールド一体型二連ビーム・キャノンを構えた量産型ガンキャノンⅡ。そして左斜め後ろには、ジオンの血を引く曲線的なシルエットのガルバルディαが、楕円形のシールドを構えて静かに佇んでいた。
鹵獲機をも含めたその異色でありながら洗練された陣形は、まさに連邦軍の「最先端データ収集部隊」としての矜持を体現している。
局地戦プロ集団と、次世代兵器を擁するエリート教導隊。
対照的な両雄がトリントンの赤い大地を挟んで相対し、演習場の巨大なカウントダウンモニターが、試合開始の瞬間に向けて数字を刻み始めた。
ルナツー教導隊の専用回線にボカタ少佐の凛とした声が響いた。
「ヒタチ、ミコト。相手は砂漠のプロよ。泥臭い戦術でこちらの視界や足元を揺さぶりに来るでしょう。だけど私たちは教導隊――全軍の模範!さあ、私たちの腕前を見せつけてやるわよ!」
指揮官の激に、二人のパイロットの瞳に熱い闘志が灯る。
「了解! こいつの性能、ここで証明してみせます!」
ヒタチが冷静ながらも力を込めて応じる。
「了解です少佐! 相手が砂漠の竜なら、こちらがその牙を叩き折ってあげますよ!ドラゴン退治ですね!」
ミコトもガルバルディαの操縦桿を強く握り締め、不敵に笑った。
演習場の中央にそびえ立つ巨大モニターの数字が、刻一刻と減っていく。
3。
2。
1。
――0。
試合開始を告げる重々しいブザーの音が、トリントン基地の赤い大地にけたたましく鳴り響いた。同時に、Bグループ第一試合が今、幕を開ける。
ブザーの余韻が消えぬ間に、デザート・ドラゴン隊の3機が爆発的な加速で動き出した。
前衛のデザート・ジムと装甲強化型ジムが、脚部の補助推進器を激しく噴射させる。
凄まじい砂煙を上げながら、2機はトリントンの赤い大地を滑るようにホバー走行で滑走し始めた。
その進路は、決して直線ではない。演習場に点在する巨大なコロニーの残骸群――歪んだ隔壁や引き裂かれた装甲の死角を縫うように、滑らかな曲線を描いて高速移動していく。
後方を追うジム・キャノンもまた、前衛が巻き上げる砂塵と残骸の影に完全に身を隠し、自機の位置を悟らせない。
遮蔽物の少ない荒野でありながら、地形の起伏と残骸を120%活かし、自らが圧倒的優位に立てる狙撃・強襲ポジションへと一糸乱れぬ連携で回り込んでいくその動きは、まさに砂漠の戦場を知り尽くしたベテランそのものだった。ジム・スナイパーⅡのコックピット内で、メインモニターに映る敵の軌跡を追っていたボカタ少佐は、頭部バイザーの精密センサーが弾き出す予測進路を見つめ、フッと感心したように息を吐いた。
「ふふ……流石だ。ただホバーで突っ込んでくるような素人じゃない。このトリントンの荒野を、自分たちのホームグラウンドのように熟知しているわ。」
相手の練度の高さに一瞬の油断も許されないことを察しながらも、ボカタの緑の瞳には、強敵と相まみえる高揚感の光が宿っていた。
敵が残骸の死角へと滑り込むのを見届けながら、ボカタ少佐が即座に指示を飛ばした。
「ヒタチ、索敵を。残骸の裏のネズミたちを炙り出しなさい!」
「了解!」
量産型ガンキャノンⅡのコックピットで、ヒタチ中尉が素早くコンソールを叩く。
右肩の大型レドームが微かな駆動音を立てて旋回し、目視不可能な遮蔽物の向こう側へと、強力なアクティブ・センサーの波を照射した。ジム・スナイパーⅡ譲りの高度な電子工学式高倍率カメラとレーザー・センサーが連動し、ノイズを完全に排した熱源データが、即座にヒタチのメインモニターへと透過表示される。
「捉えました……! 後方、ジム・キャノン!」
ヒタチは即座に両腕のシールド一体型二連ビーム・キャノンをその熱源へと向けた。
今回の演習で使用されているのは、被弾をシステムが検知して損害を算出する「低出力モード」のビームと、ペイント弾である。
だが、引き金を引くヒタチの指先には、実戦さながらの迷いなき力が込められていた。
――ズガァンッ!
激しい閃光と共に、二連ビーム・キャノンから放たれた低出力ビームが、砂塵の中を移動するジム・キャノンに正確無比に命中した。
『――チッ! どこから狙いやがった!?』
ジム・キャノンのパイロットが驚愕の声を上げるのと同時に、機体の制御システムが強制シャットダウンを感知。モニターに赤い『撃破(ロスト)』の文字が点灯し、サンドカラーの機体は戦闘不能としてその場に崩れ落ちた。
姿を見せぬまま、索敵連動の砂塵の中に放った一撃。
ルナツー教導隊のハイテク戦術が、デザート・ドラゴン隊の出鼻を完璧に挫いた瞬間だった。
「次、前衛が散ります!」
ヒタチの報告と同時に、ボカタのジム・スナイパーⅡがビーム・ライフルを構え、引き金を引いた。
予測進路を正確に潰すように放たれた鋭いビームの光条が、疾走するデザート・ジムと装甲強化型ジムの鼻先を掠め、地面の赤土を爆え返らせる。
「おっと……! 射線が正確すぎるぜ!」
装甲強化型ジムのパイロットが叫び、ホバーの進路を急変更する。
さらに、ジム・キャノンを瞬殺したヒタチの量産型ガンキャノンⅡが、左肩のビーム・キャノンと両腕の連装砲から凄まじい密度の牽制弾幕を形成し、ボカタの射撃に追従した。
上空と正面から降り注ぐビームと実体ペイント弾の雨。
しかし、デザート・ドラゴン隊の残る2機は伊達にアフリカの修羅場を生き残ってはいなかった。
「慌てるな! 奴らはこっちの位置が見えている! 残骸の最も厚い隔壁の裏に滑り込め! 弾幕を凌ぐんだ!」
デザート・ジムの隊長機が鋭く叫ぶ。
2機は脚部の補助推進器を限界まで吹かし、燃費の悪さを度外視した超高速のホバー移動を展開。
ビームの感知システムが反応する直前の、わずか数センチの差で弾幕を紙一重で回避しながら、レドームのセンサーすら一時的に遮断するほどの「巨大なコロニーのメインシャフトの残骸」へと滑り込み、辛うじてその猛攻を凌ぎきってみせた。
凄まじい爆音と砂煙が演習場を覆い、バニングたちのいる観覧席の兵士たちがその大迫力の攻防に息を呑む。
だが――デザート・ドラゴン隊の2機が、その老獪な技術でルナツー教導隊の集中砲火を回避し、完全に足が止まったその一瞬の隙。
「――私の獲物を残しておいてくれて、感謝します!」
専用回線に、弾むような若い女性の声が響いた。激しい硝煙と砂煙を切り裂くようにして、ジオン由来の美しい曲線を持つ藍色の影が、爆発的な推力でコロニーの残骸群へと突き進む。
ミコト少尉の駆るガルバルディα。
敵の意識がボカタとヒタチの長距離弾幕に完全に釘付けになっている隙を見逃さず、彼女はまるで獲物を狙う猟犬のように、デザート・ジムたちの潜む残骸群のインファイトエリアへと、一気に侵入を開始した。
残骸群の狭隘(きょうあい)な空間に突入したミコトのガルバルディαは、その真価を遺憾なく発揮した。
敵のデザート・ジムと装甲強化型ジムは、脚部の補助推進器を吹かしてホバー走行による一撃離脱を試みる。
しかし、そこは引き裂かれた鉄骨や歪んだ隔壁が迷路のように入り組んだ、最悪の足場だった。
直線での爆発的なスピードこそあれど、ホバーは急な方向転換や微調整が極めて難しい。最高速度を出せば残骸に激突するリスクがあり、デザート・ドラゴン隊の2機は本来の機動性を完全に殺されていた。
一方、ミコトのガルバルディαは、格闘戦特化機であるギャンの高追従な反応性と、統合整備計画によって洗練された卓越した足回りを備えている。
障害物を瞬時にステップでかわし、慣性に流されることなく急減速と急加速を繰り返すその動きは、まるで狭い檻の中を縦横無尽に跳ね回る猛獣のようだった。
「そこですっ!」
ガルバルディαのモノアイが鋭く光る。執拗なチェイスに焦りを生じた装甲強化型ジムが、回避ルートを誤り、崩落した巨大な隔壁が行き止まりを作っている袋小路へと迷い込んでしまった。
「しまっ――!?」
パイロットが息を呑む。ホバーの制動が間に合わず、鉄の壁を背にする形になった装甲強化型ジム。
ミコトはその瞬間を逃さなかった。彼女は右手に持っていたビーム・ライフルを、淀みのない滑らかな動作で後ろ腰のウェポンラックへと懸架。同時に、リアスカートからギャンのものに酷似した形状のビーム・サーベルを抜き放った。
キィィィン!
空間を圧する音と共に、黄色のビーム刃が鋭く伸長する。
退路を断たれた装甲強化型ジムは、必死の抵抗としてバルザック式380mmロケット・バズーカをガルバルディαに向けて連射した。
迫り来る実体ペイント弾。
だが、ミコトは冷静に楕円形のシールドを正面へと掲げ、機体を限界まで前傾させて突撃した。
ガガガガンッ!
激しい衝撃音を立ててシールドにペイント弾が着弾し、鮮やかな塗料が飛び散る。しかし、頑強な盾は実体弾の衝撃を完全に受け流す。
煙幕と塗料の火花を強引に突き破り、ガルバルディαの巨体が装甲強化型ジムの目の前へと肉薄する。
「――チェックメイトです!」
盾を引くと同時に、右腕のビーム・サーベルが滑らかな軌跡を描いて一閃。
黄色の閃光が装甲強化型ジムの胸部をかすめるように薙ぎ払うと、機体システムが即座に撃破判定を下す。
ジムのメインカメラの光が消え、モニターに『撃破(ロスト)』の文字が冷酷に浮かび上がった。
「クソッ! なんて強さだ……!」
デザート・ジムの隊長機は、冷や汗を流しながら脚部の補助推進器を限界まで吹かした。
試合開始からほんの数分の出来事だった。砂漠を生き抜いてきた自慢の部隊が、これほど短時間で、それもほぼ何もさせてもらえないまま2機も撃破されるなど完全に想定外だった。
すでにガルバルディαの凶刃は背後にまで迫っている。
(……これ以上の損害は出せん。せめて俺だけでも生き残り、相手にポイントを与えずに時間切れまで逃げ切る!)
ベテランらしい冷徹な状況判断で生存を選択した隊長機は、残骸の迷路を強引にすり抜け、遮蔽物のないオープンエリアへと一気に飛び出した。
広い平地に出さえすれば、ホバー走行の最大速度を活かして逃げ切れる――その計算だった。
だが、彼が暗い残骸の影を抜けて視界が開けた、まさにその瞬間。
「――そこよ!」
コックピットの全周囲モニターを、網膜が焼けるような眩い赤い閃光が覆い尽くした。
ズバァァァンッ!!
逃げ道を塞ぐようにして左右から放たれたビームが、デザート・ジムの機体に容赦なく突き刺さる。
「なっ、あらかじめ待ち構えて……がぁっ!?」
絶望的なアラートが鳴り響き、機体システムが完全シャットダウンを告げる。モニターに点灯した3つ目の赤い『撃破(ロスト)』の文字。
それは、デザート・ドラゴン隊の全滅を意味していた。
砂塵の向こう、陽光を背にして立ち塞がっていたのは、最初から残骸の出口を完璧にマークしていたボカタ少佐のジム・スナイパーⅡと、ヒタチ中尉の量産型ガンキャノンⅡだった。
ミコトに追い詰められたネズミが、どの出口から飛び出してくるかなど、ヒタチの大型レドームの索敵能力をもってすれば容易に予測できたのだ。最初から仕組まれていたクロスファイアによる一斉射。
演習場に、試合終了を告げる大音量のブザーが鳴り響いた。
Bグループ第一試合、勝者――ルナツー教導隊。圧倒的なハイテク戦術と個の技量、その双方で見せつけた完璧な「教導」に、トリントン基地の観覧席は一瞬の静寂の後、割れんばかりの大歓声と拍手に包まれていった。
鳴り響くブザーと、観覧席を満たす一般兵たちの興奮した叫び声を背に、バニングは深く息を吐きながらシートに背中を預けた。
「……実に見事なシステム戦だな。付け入る隙がまるでない。」
バニングの呟きに、隣のエイガーが満足げに腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「だから言ったでしょう、大尉。あの量産型ガンキャノンⅡは伊達に俺のジム・キャノンⅡと競り合っちゃいません。あのレドームの索敵精度と、ミコト少尉の突撃のタイミング。データリンクによる状況共有が完璧に行われていなけりゃ、最後のクロスファイアは決まりませんよ。不採用機とはいえ、あの機体の能力は本物です。」
「ああ、相手のデザート・ジムも悪くなかった。」
バニングは顎をさすりながら、演習場に残されたサンドカラーの機体群を見つめる。
「ホバーの特性を活かして残骸に逃げ込んだ判断はベテランそのものだったが……いかんせん、相手のハイテク戦術がその上を行っていたな。狭い残骸に逃げ込んだことで、かえって動きを制限され、ガルバルディの餌食になった。」
「そのガルバルディαですけど、ミコト少尉のコントロールも素晴らしかったですね。」
クリスが感心したように、穏やかな声を挟んだ。
「ギャン系のフレームは、その追従性の高さゆえに乗り手を選ぶんです。下手に動かせば機体の慣性に振り回されて自壊しかねないのに、彼女は残骸の隙間を完璧なステップで縫ってみせました。ジオンの基本設計の良さと、彼女の操縦センスが最高の形で噛み合っていましたわ。」
バニングは「なるほどな」と頷き、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。
「実戦の経験則で泥臭くガンダムを叩き潰した、ソウヤたちの第4小隊。かたや、最新の技術と完璧な戦術ネットワークで砂漠のプロを完封した、ルナツー教導隊。……フッ、どっちもとんでもない化け物揃いだ。」
バニングは視線を後ろの若手二人へと巡らせ、不敵な笑みを浮かべた。
「アレン、カークス。よく見ておけよ。あれが、これからのモビルスーツ戦闘になるかもしれん。ボサッとしていると置いていかれるぞ。」
「はい……! 索敵からの連携、次に教導隊の調整相手を引き受ける時までに、あのタイミングを頭に叩き込んでおきます。」
カークスが手帳を片手に真剣な表情で頷き、「うへぇ……調整役ってことは、あんな化け物ともう一回スパーリングなんて、ごめんですよ。」とアレンは苦笑いする。
バニングは若手二人の反応に満足そうに頷きながら、再びメインスクリーンへと視線を戻した。
予選はまだ始まったばかりだ。
バニングは背もたれに深く寄りかかりながら、手元の進行表へと視線を落とした。
「さて、次は南米の『赤い三巨星』と、中東の『スコーピオン隊』の試合か。……アレン、カークス。次も目の保養に終わらせるなよ。あいつらの技術を一つでも多く盗んでおけ。」
「「了解しました!」」
若き二人の力強い返声を聞きながら、バニングは次の戦いが始まる演習場へと、静かに視線を戻すのだった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
Bグループ第1試合はボカタが率いるルナツー教導隊VS一年戦争のアフリカ戦線を戦い抜いたデザート・ドラゴンの戦闘でした。
最先端VSアフリカ戦線機体の熱い戦線が描けたと思っています。
次は赤い三巨星メンバーの戦闘ですので、楽しみにしてくださいね。
ではでは、次の話しもお楽しみに!
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
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陸戦型ジム改
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バイアリーターク
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ペイルライダー・ヴァンガード
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ペイルライダー・マスケッティア
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ヴァルキリー
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グフ・ノクターン