特設観覧席では、戦況のあまりの急転直下に、観客たちがモニターに釘付けになったまま呆然と静まり返っていた。
「……流石だな。」
腕を組んだままのサウス・バニング大尉が、低く、感心したような声を漏らした。
隣に座るエイガー中尉も、驚きに目を見開いたまま戦況スクリーンを睨みつけている。
「アラン中尉のあのカウンタースナイプ、常軌を逸していますね。……あの僅か一瞬の光の照り返しだけで、コロニー残骸の上に潜んでいたハイメ中尉の位置を完全に見抜いてみせたんですから。
しか実体弾で、防弾バイザーの隙間を射抜いてカメラを潰すなんて。」
「ああ、だがファントム・スイープのロブ中尉もタフだな。」
バニングは小さく頷き、画面を切り替えた。
「ガンダムと同型のビーム・ライフルを至近距離で叩き込まれて、普通なら初手で終わりだ。それをスパイク・シールドの鋼鉄と、ブロック状のウェラブル・アーマーによる二重の防御で強引に爆発拡散させて生き残りやがった。……あのストライカーの粘り強さは侮れん。」
「驚くべきは、その後のユーグ大尉の戦術判断ですよ。」
エイガー中尉が、戦術マップの光点の動きを指し示した。
「あのビーム火力を前にして、これ以上ロブ中尉のストライカーを突撃させるのは、いくら炸裂装甲があっても相性が悪すぎると瞬時に判断。だからこそ、ロブ中尉には実弾防御の優位を活かせるガンキャノンとジム・スナイパーⅡへの肉薄を命じ、自分はライトアーマーの足止めに回った。戦況の最適化が早すぎる。」
前線の最高峰たる2人のベテランの戦術談義は熱を帯びていく。
だが、バニング大尉の目がふと、画面の片隅で信じられないステップを踏んでいる白とオレンジの機体に留まった。
バニングの太い眉が、怪訝そうにピクリと跳ね上がる。
「おかしいな。」
バニングは腕組みに力を込め、表情を険しくした。
「ジム・ライトアーマーは確かに一撃離脱に特化した高機動機だ。だが、あそこまでの追従性と機敏性があったか?俺の知っているライトアーマーの限界値を、あの動きは明らかに超越しているぞ?」
「言われてみれば、確かに……。いくらパイロットの技量が天才的だとしても、あの反応速度は……。」
エイガー中尉が言葉を詰まらせた、その時だった。
隣でずっとモニターを見つめていたクリスチーナ・マッケンジー中尉が、何かを確信したように、半信半疑ながらも驚きを隠せない声を上げた。
「……エイガー中尉、バニング大尉。もしかしたら、あの機体、普通のライトアーマーじゃないかもしれないです。」
「何?」
バニングが問いかけると、クリスは記憶をたどるように、真剣な眼差しでモニターのオレンジ色の巨体を見つめた。
「『ジム・ライトアーマー』と、オーガスタで開発されていた『ジム・コマンド・ライトアーマー』はカラーリングが酷似しているんです。ジム・コマンド・ライトアーマーは生産数が極めて少なく、軍の書類上でも『幻の機体』と言われています。中身のフレームは寒冷地仕様やD型コマンドの技術がベースになっているから、一年戦争初期の通常のライトアーマーよりも、遥かに機動性と出力が良いはずです。だから、あの機体は『ジム・コマンド・ライトアーマー』かもしれません。」
クリスは声を僅かに震わせ、リルが乗っている機体の「正体」を明かした瞬間、特設観覧席の空気はさらにヒリついたものへと変わった。
高機動に特化した2機の『ライトアーマー』が赤い大地を爆発的に蹴り、コロニー残骸の迷宮を、閃光のごとき速度で乱舞し始める。
その戦闘スピードは、先ほどまでの模擬戦とは一線を画す、次元の異なる領域へと跳ね上がっていた。
「――そこねっ!」
リルはペダルを底まで踏み込み、慣性など存在しないかのような急制動で残骸の角を滑り抜けた。
手にしたビーム・ライフルから、容赦のない光条が放たれる。
対するユーグ大尉のジーラインもまた、バックパックの4連装ミサイル・ランチャーから一斉に白煙を吹き上げさせ、変則的な迎撃弾道を形成。
同時に、右側頭部のロングレンジ用センサーでリルの機動を冷徹にロックオンし、高出力のヘビー・ライフルを正確に引き絞った。
ズバァァァンッ! ドバアァッ!!
交差する2条のビームと、至近距離で炸裂するミサイルの爆炎。
演習用のペイント弾や低出力ビームとはいえ、至近で炸裂する熱波と衝撃波が、激しい陽炎となって残骸の迷宮を焼き焦がしていく。
(……くっ、なんてレスポンスをしてるのよ! 流石はガンダムの完全量産を目指した機体ね!)
リルはコックピットを襲う凄まじい制動Gに耐えながら、心の中で舌を巻いた。
極限まで装甲を削減し、軽量フレーム思想を突き詰めた己の『ジム・コマンド・ライトアーマー』。
その限界値に近い超高速ステップに対し、ジーラインは、ガンダム由来の設計ポテンシャルを遺憾なく発揮し、一切遅れることなくその背後をぴたりと追従してきているのだ。
だが、驚いていたのはユーグ大尉も同じだった。
(ジム・ライトアーマー……いや、違う。この異常なトルクと跳躍力、そしてフレームの剛性……。カタログスペックを完全に逸脱している!)
ユーグは冷徹にレバーを操作し、ヘビー・ライフルの3連射でリルの退路を完璧に先読みして塞ぎにかかった。
しかし、オレンジと白の機体は、まるで重力を嘲笑うかのように、残骸の壁面を足場にしてアスファルトを斜め上空へと跳躍。
ユーグの精密な予測射撃を、紙一重の可憐なステップで完全に躱してみせた。
「この子は普通のライトアーマーじゃないんだから!」
リルは上空から機体を反転させ、自由落下を利用してユーグの頭上からビーム・ライフルを連射。
ユーグは即座に腕部のルナ・チタニウム合金製シールドを掲げ、ビームを防ぐ。
ガガァンッ!
シールドのセンサーが被弾を告げ、強烈な負荷がジーラインの腕部駆動系に走る。
「……見事な機動性だ。だが、高機動特化ゆえの弱点もある!」
ユーグ大尉の冷徹な声が、通信回線のノイズを超えて響く。
ジーラインは盾でリルの視界を一瞬だけ遮った刹那、スラスターの全出力を瞬間的に解放。
跳躍中のリルの着地予測点へと、ヘビー・ライフルの銃口を寸分の狂いもなく完全に固定した。
空中では、いくら『ジム・コマンド・ライトアーマー』といえども軌道修正の自由が著しく制限される。着地のその一瞬、極限まで肉薄したビームの牙が、ジム・コマンド・ライトアーマーの胸元へと無慈悲に突きつけられようとしていた。
ライトアーマー同士が火花を散らす超高速のドッグファイトから、さらに後方――。
「よくもハイメを潰してくれたな……! ここからは俺の間合いだッ!!」
ロブ・ハートレイ中尉の叫びとともに、満身創痍の『ジム・ストライカー』が赤い砂塵を激しく巻き上げて突進していた。
先ほどの直撃によって左腕のスパイク・シールドはシステム判定に従い強制パージされており、胸部を覆っていたウェラブル・アーマーも大半が消失している。
だが、機体重量が軽くなったことで、背部の大出力ブースターと両下腿部のサブスラスターが叩き出す瞬間推力は、むしろ開戦時よりも爆発的に跳ね上がっていた。
ロブは残されたツイン・ビーム・スピアを長大な「ロッドモード」のままがっしりと構え、アラン中尉のジム・スナイパーⅡと、デニス曹長の量産型ガンキャノンが待つ陣地へと真っ直ぐに突入する。
「隊長、あのストライカー、アーマーが剥がれてさらに加速しています! 直線突撃の速度は事前のシミュレーションより15%以上速いです!」
ホバートラックのコンソールから、ホア・ブランシェット軍曹の緊迫したナビゲートがアランへと届く。
「分かっているよ。ホア、敵の残されたウェラブル・アーマーの脆弱な接合部のデータをデニスへ転送してくれ。デニス、そのままブルパップで奴の足を止めるんだ。」
「了解した、隊長! 盾もねえ、胸の装甲も破けたストライカーなんて、俺の弾幕のいいカモさ!」
デニス曹長が量産型ガンキャノンの両腕で90mmブルパップ・マシンガンをがっしりと保持し、凄まじい実弾の咆哮を轟かせた。
ガガガガガガガガガッ!!!
赤い荒野の空間を一瞬で埋め尽くすような、容赦のない実弾の鉄の嵐。
だが、ロブ中尉は操縦桿を激しく叩き、残された下半身と肩のブロック装甲を敢えてマシンガンの弾道へと滑り込ませた。
――カカカンッ! ドカァンッ!!
弾丸が着弾した瞬間にウェラブル・アーマーの内蔵炸薬が次々と作動し、90mm実体弾の運動エネルギーを外部へと強引に吹き飛ばして相殺していく。
致命傷となる駆動系への直撃を「敢えて装甲で受けて」ステップを一切止めない強襲突撃。
「へっ、この程度の豆鉄砲で、俺のストライカーが止まるかよォ!!」
「うおっ! なんだあのストライカー、残りの装甲で弾きやがった!?」
デニス曹長が驚きの声を上げた瞬間、ロブのジム・ストライカーはすでに、量産型ガンキャノンの目と鼻の先――ツイン・ビーム・スピアの絶対的な間合いへと強引に踏み込んでいた。
「まずはお前からだ、キャノン!!」
ロブはスピアを大きく引き絞って、デニスの量産型ガンキャノンのコックピットを避けた胸部インテークへと、文字通り必殺の長槍突きを解き放とうとした。
しかし、その刹那――。
ドォッン!!
コロニー残骸の影から、アラン中尉のジム・スナイパーⅡが放った75mmスナイパー・ライフルの弾丸が突き刺さった。
その超高速の実体弾は、突進の慣性で僅かに右へと傾いたストライカーの、装甲が消失してむき出しになっていた右肩の『剥き出しのアクチュエーター』へとピンポイントで命中した。
パカァァンッ!!
派手な赤のペイント塗料が関節部へ弾け飛ぶと同時に、システムが冷酷に突撃の終了を告げる。
【右腕駆動系 破損判定 機能ロック】
ロブが驚愕に目を見開いたときには、すでに遅かった。突き出そうとしたツイン・ビーム・スピアの右腕がシステムロックされ、力なくダラリと垂れ下がる。
その衝撃で、主武装である長槍はロブの手から滑り落ち、赤い大地へと無様に転がり落ちて砂塵に埋もれた。
「デニス、今だ!」
「了解! 隙だらけの瞬間に、特大のカウンターを入れてやるぜ!!」
アランの完璧なスナイプによってロブの動きが完全に止まったその一瞬を、デニスは見逃さなかった。
量産型ガンキャノンはゼロ距離に近い間合いで、手にしたブルパップ・マシンガン、頭部バルカン砲、そして両肩の240mmキャノン砲をストライカーの胴体へと押し当てるように一斉射撃を叩き込んだ。
ズババババガガガッ! ドォン! ドォンッ!!
【ジム・ストライカー 大破判定 撃破(シャットダウン)】
コックピット内の全ての計器が次々と消灯し、全駆動系が強制的にシャットダウンされる。
「くそっ……! 特殊部隊の先輩ってのは……随分と、えげつない弾幕を張りやがる……っ!」
ロブ中尉は、暗黒に包まれたシートの中で、操縦桿を握ったまま悔しげに歯を食いしばるしかなかった。
傷を負ったハイメに続き、ロブのストライカーまでもが、ユニット1の誇るアランとデニスによる『囮と狙撃』の戦術網の前に沈んだのだ。
「よくやってくれた、デニス。……ホア、リルの状況は?」
アランがジム・スナイパーⅡの銃身を引き戻し、すぐにリルの援護に向かおうとした、まさにその瞬間だった。
『……っ、隊長! リルさんが、撃破判定です!!』
スピーカーから響いたホア軍曹の報告は、悲鳴に近かった。
「何っ……!?」
「リルちゃんがやられた!?」
アランとデニスが戦慄した瞬間、彼らのモニターの端から、一筋の強烈な警告アラートが赤く点滅した。
ドバババババババッ!!
白い煙幕を力づくで切り裂き、バックパックの4連装ミサイル・ランチャーから激しい爆煙を吹き上げさせながら、凄まじい制動速度で急接近してくる影があった。
リルのジム・コマンド・ライトアーマーを仕留めたファントム・スイープ隊のエース――ユーグ・クーロ大尉が、右側頭部のロングレンジ用センサーを冷酷にギラつかせ、今度はアランとデニスの2機を完全にその照準にロックオンしながら、猛烈な速度で間合いを詰めてきたのだ。
「ロブ中尉の仇は討たせてもらう。……ユニット1、次は君たちの番だ!」
ユーグの呟きとともに、ジーラインの構える高出力ヘビー・ライフルが、陽炎の揺らめく戦場を白々と焼き尽くすようなエネルギーチャージ音を響かせ、圧倒的な威圧感をもって迫り来るのだった。
「来るぞ! デニス、迎撃だ!」
アラン中尉の鋭い号令とともに、ユニット1の残された2機が、死に物狂いの凄まじい防衛弾幕を形成した。
デニス曹長の量産型ガンキャノンが、手にしたブルパップ・マシンガン、頭部バルカン砲、そして両肩の240mmキャノン砲を再び狂暴に連射。
さらにアラン中尉のジム・スナイパーⅡも、頭部オプションの60mmバルカン砲ポッドに激しく火を吹かせながら、75mmスナイパー・ライフルを近~中射程の無反動砲として連続して撃ち放った。
ズババババガガガッ! ドォン! ドォンッ!!
空間を完全に弾丸の嵐で埋め尽くすほどの、密度の高い苛烈な十字砲火。
だが、『ジーライン・ライトアーマー』の超高機動性は、彼らの全力を以てしても捉えきれなかった。
ユーグ大尉は驚異的な追従性を限界まで稼働させ、残骸の隙間をZ字を描くようなステップで、弾丸の嵐を紙一重の境地で次々と回避していく。
「――そこだ!」
弾幕を強引に潜り抜けた瞬間、ユーグ大尉はロックオンボタンを叩いた。
ジーラインの背部から、バックパックのミサイルポッドに残されていたすべてのミサイルが白煙を吹き上げて一斉に射出される。
標的は、斉射で完全に足を止めていたデニスの量産型ガンキャノンの下半身だった。
ドォドォドォンッ!!
「うわっあ!?」
強烈な爆煙が弾け飛び、演習用の直撃衝撃が巨体を襲う。
【両脚部 破損判定 機能ロック】
すべての弾頭を撃ち尽くしたジーラインのミサイル・ポッドは、ガシャンと電磁ロックを外され、赤い大地へとパージされた。
両脚の駆動系を完全にロックされた量産型ガンキャノンは、大きくバランスを崩し、砂塵を派手に巻き上げながら荒野へと無残に倒れ込んだ。
「デニスさん!」
ホア軍曹の悲鳴のような絶叫がスピーカーに響くが、ユーグの冷徹な追撃は一寸の慈悲も与えなかった。
ジーラインが倒れ伏した量産型ガンキャノンへ向けて、高出力のヘビー・ライフルを真っ直ぐに突きつける。
――ズガァァァンッ!!
極大のビームの閃光が、ガンキャノンの胴体に容赦なく命中。
【ガンキャノン量産型 大破判定 撃破】
「くそっ、ここまでか……! 隊長、あとは頼んだ……っ!」
デニス曹長の悔しげな通信とともに、ガンキャノンが完全に沈黙した。
「デニス……っ!!」
アラン中尉は唇を噛み締め、すぐさまジム・スナイパーⅡの全スラスターを点火。
身を隠していたコロニー残骸の陰から一気に飛び出し、赤い大地を激しく横移動しながら、75mmの銃口をジーラインへと向け続けた。
ドォッン! ドォッン!!
「……流石はユニット1の隊長だ。だが、この間合いならこちらに分がある!」
ユーグ大尉は、アランが放つ実体弾を、機体の圧倒的な瞬発力でスライドするように回避。
すかさずヘビー・ライフルでアランの進行方向を先読みするようにして、強烈なビームを撃ち返し始めた。
ズバァァンッ! ズバァンッ!!
避ければ即座に撃破判定を食らう、限界を超えた超高速の射撃戦。
コロニー残骸が密集する赤い荒野のステージで、飛び散る実弾の薬莢と、空間を白々と焼き尽くすビームの閃光が狂ったように交錯し、2つの特殊部隊の生き残った隊長同士による、息をもつかせぬ極限の死闘が激化していく。
激しい乱射戦の果て、両機のコンソールに同時に非情な残弾ゼロのアラートが赤く点滅した。
【ヘビー・ライフル 残エネルギーゼロ】
【75mmスナイパー・ライフル 残弾ゼロ】
「弾切れか……っ!」
「……ここまでか!」
ほぼ同時に2人は空になったライフルを躊躇なく投げ捨て、コックピット内のレバーを引き絞った。
ユーグのジーラインはバックパックから、アランのジム・スナイパーⅡはリアスカートから、それぞれビーム・サーベルの光の刃を抜刀する。
ズーンッ! ズーンッ!!
白い煙幕の中に、赤白く輝く2条の熱線が火花を散らして現れた。
アランは操縦桿を握り締めながら、冷徹に思考を巡らせていた。
ジム・スナイパーⅡは汎用性が高く、格闘戦も十分にこなせる傑作機だ。
だが、相手はガンダム由来の設計ポテンシャルを全身に宿した機体。
純粋な出力と運動性による白兵戦では、こちらに分が悪いのは火を見るより明らかだった。
(このまま真っ向から切り合えば……確実に負ける。何か、一瞬でも相手の予測を上回る策を――!)
アランが思案し、その脳裏に電撃のような閃きが走った、まさにその瞬間。
ユーグ大尉がフットペダルを底まで踏み込み、ジーラインのスラスターが爆音を上げてジム・スナイパーⅡの懐へと一気に接近してきた。
一瞬で間合いが詰まる。
だが、アランは機体を迎撃姿勢に移行させるのではなく、信じられない挙動を選んだ。
アランのジム・スナイパーⅡは、右手に順手でがっしりと保持していたはずのビーム・サーベルを、ユーグのコックピットめがけて全力で投擲したのだ。
「なっ!?」
これほどの実力者が、唯一の近接武器を文字通り『投げ捨てて』くるなど、誰が予想できただろうか。
ユーグは完全に虚を突かれ、センサーの緊急警告に突き動かされるようにして、咄嗟に迫り来る光刃を自身のビーム・サーベルで強引に上方へと弾き飛ばした。
ガキィィンッ!!
アランはその僅かな、しかし決定的な一瞬の隙を見逃さなかった。
ジム・スナイパーⅡの全スラスターを瞬間的に爆発させ、ジーラインの死角へと滑り込むようにして超高速で移動を開始する。
「小細工を……! 逃がすか!」
ユーグは即座に体勢を立て直し、逃げるジム・スナイパーⅡの背中を追って激しくスラスターを吹かせた。
だが、アランの機体は残骸の影で急激に制動をかけ、不自然な挙動でピタリと足を止めた。
そして、何かを拾い上げるようにして、右腕を地面へと真っ直ぐに伸ばしたのだ。
その瞬間、ユニット1のホバートラックのコンソールで、ホア・ブランシェット軍曹の白い指先が、目にも留まらぬ速度で独自のプロトコルを起動させていた。
「クラッキングシステム……起動します! 他部隊の兵装データプロファイル書き換え、完了! 隊長、いつでも使えます!!」
ホアが事前に仕込んでいた、相手の火器システムを力づくで支配する電子戦用のシステム。
それが、赤い砂塵の中に転がっていた『ある武器』の回路を一瞬で書き換え、ジム・スナイパーⅡのシステムへと強制リンクさせた。
ガシッ!!
鉄の指が硬固にそのグリップを掴み取る。
アランのジム・スナイパーⅡが荒々しく構え直したのは、先ほどロブ中尉が落とした、ジム・ストライカーの主武装――『ツイン・ビーム・スピア』だった。
「……何だとっ!?」
メインモニターに映し出されたその光景に、ユーグ大尉はコックピットの中で初めて驚愕の声を上げた。
まさか、自分たちの部隊のツイン・ビーム・スピアを、敵であるはずのジム・スナイパーⅡが何食わぬ顔で完全に起動させ、完璧にコントロールしてみせたのだ。
それはまさに、先達たる特殊部隊『ユニット1』の戦術の底力だった。
長いグリップを限界まで伸ばし、ロッドモードの長槍を不気味に構えたアランのジム・スナイパーⅡ。
そして、抜刀したビーム・サーベルを握り締め、驚きを隠せないまま身構えるユーグのジーライン・ライトアーマー。
赤い大地の陽炎の中で、新旧の隊長機が互いの意地と牙を交錯させるようにして、静かに、そして激しく正面から対峙した。
ツイン・ビーム・スピアの2本の穂先と、ジーラインのビーム・サーベルが真っ向から激突し、真昼の演習場に凄まじい光の火花が弾け飛んだ。
「やるな……!!」
ユーグ大尉のジーラインが、怒濤の推力でサーベルを押し込んでくる。
本来なら格闘戦で圧倒できるはずの間合いだった。
しかし、アラン中尉のジム・スナイパーⅡは、奪い取ったツイン・ビーム・スピアを「ロッドモード」に展開し、その圧倒的なリーチの長さを活かして、ジーラインの刃を力づくで間合いの外へと突き放し続ける。
突き、払い、そして強烈な石突きでの打突。
アランの放つ長槍の猛攻は、ユーグの接近を許さないだけの鋭さを持つ。
だが、その鉄の挙動をコックピットのメインモニター越しに冷徹に観察していたユーグ大尉は、戦いの中で僅かな、しかし決定的な『違和感』を捉えていた。
(……動きが、おかしい!)
ジーラインの右側頭部にあるロングレンジ用センサーが、ジム・スナイパーⅡの関節駆動トルクの数値をリアルタイムで走査していく。
アランの操縦技術自体は間違いなく最高峰だ。
しかし、彼が操る深緑の機体は、槍を繰り出すたびに肘や膝の追従性がコンマ数秒だけ遅れ、どこかぎこちない、硬い硬直を見せていた。
(なるほどな。無理やり兵装の安全認証を解除したに過ぎないわけか。アラン中尉の技量で強引に機体をコントロールしてはいるが……ジム・スナイパーⅡのOSには、ツイン・ビーム・スピアを最適に駆動させるための専用の『モーションデータ』が登録されていない!)
いくら優秀なパイロットが扱おうとも、槍の重心移動や、伸縮するグリップに合わせた四肢の駆動バランスのプリセットが空っぽのままでは、格闘戦の機動に必ず歪みが生まれる。
「アラン中尉……即席の武器で俺のジーラインを抑えきれるほど、白兵戦は甘くない!」
ユーグ大尉は冷徹に言い放つと、フットペダルを鋭く蹴り込む。
ジーライン・ライトアーマーの全出力が解放され、アランの放った渾身の長槍の突きの軌道上へと、敢えて真っ向から突っ込んだ。
「しまっ……!?」
アランが息を呑んだ瞬間、ユーグは機体を僅かに捻り、モーションデータの無いぎこちない突きの「軌道の硬さ」を完全に見切って、紙一重のステップで回避。
そのままスピアの長い柄のラインを滑るようにして、ジム・スナイパーⅡの懐へと一瞬で肉薄。
完全に間合いの内側へ潜り込まれ、長槍のリーチの優位性が一瞬で消滅する。
アランは咄嗟にスピアの柄でジーラインの斬撃を受け止めようとしたが、専用の駆動補正が効かない腕部は、ユーグの超高速のコンビネーションに追いつかなかった。
「これで終わりだ、ユニット1!!」
ユーグのジーラインが、流れるような美しい抜刀の軌跡を描き、下段から斜め上へとビーム・サーベルを強烈に跳ね上げた。
ズシャァァァンッ!!!
赤白く輝く光刃が、ジム・スナイパーⅡの胸部装甲を真っ向から一刀両断に切り裂いた。
【胴体部 大破判定】
【ジム・スナイパーⅡ 撃破】
コックピット内のすべての計器が静かに消灯し、緊急ロックを告げる電子音が冷たくブリッジに響き渡る。
ジム・スナイパーⅡの手からツイン・ビーム・スピアが力なく滑り落ち、赤い大地へと重々しく膝をつく。
「……見事な戦術だったよ、アラン中尉。肝を冷やした。」
ユーグ大尉は、機能を停止したアランの機体を見下ろしながら、通信の切れたメインスクリーンに向かって、静かに、しかし最大級の敬意を込めて呟いた。
ファントム・スイープ隊は2機を失う大苦戦を強いられたものの、最後の最後でユーグの卓越した戦術眼が、先達たる特殊部隊の奇策を打ち破ったのだ。
けたたましい試合終了のサイレンがトリントン基地の演習場に鳴り響く。
Dグループ第一試合は、激闘の末、特別枠『ファントム・スイープ隊』の逆転勝利という形で、極限のハイスピードバトルの幕を閉じた。
戦い終えた両機のハッチがプシューと音を立てて開き、演習場の熱波がコックピット内へと流れ込んできた。全システムがロックされたジム・スナイパーⅡから降り立ったアラン・アイルワード中尉は、タラップを降りると、ジーラインから降りてきたユーグ・クーロ大尉の元へと真っ直ぐ歩み寄った。
童顔の指揮官は、どこか晴れやかな笑みを浮かべて右手を差し出す。
「見事な戦いぶりでした、ユーグ大尉。モーションデータの無いスピアの癖を、あの戦闘の中で完全に見切られるなんて。やっぱり、僕たちの自慢の後輩です。」
ユーグはその実直な言葉に、表情を緩め、アランの手をがっしりと握り返した。
「こちらこそ、肝を冷やしたよ、アラン中尉。他部隊の認証コードを戦場で強引に書き換え、モーションデータなしであれだけの長槍裁きを見せるなど、並大抵の技量じゃない。……『ユニット1』、噂通りの恐ろしい部隊だ。」
互いの実力を認め合った2人の隊長が、静かに、しかし熱い握手を交わす。
その横では、撃破判定を食らってむくれていたリル・ソマーズ少尉が、ジム・コマンド・ライトアーマーの足元でツンと視線を逸らしながら、アランに歩み寄ってきた。
「……隊長、ごめんなさい。あたしがもっとあのジーラインを完全に足止めできていれば、こんなことにはならなかったのに。」
リルの気の強い瞳の奥に、ほんの少しだけ悔しさが滲む。
それを察したアランは、困ったように、しかしどこか温かい笑みを浮かべて彼女の肩をそっと叩いた。
「気にする必要はないよ、リル。ユーグ大尉相手に、ライトアーマーであそこまで粘って時間を稼いでくれたんだ。君のセンスがなければ、僕がスピアを拾う隙すら作れなかった。本当に、よくやってくれたよ。」
「そうそう! リルちゃん、自分を責めなさんなって!」
ガンキャノンを降りてきたデニス・バロウ曹長が、いつもの調子で頭の後ろで手を組みながら2人に合流した。
「あのアホみたいに速いジーラインを相手に、リルちゃんのあのステップは特等席で見ていて惚れ惚れしたぜ? ……ま、その後の俺のガンキャノンの一斉掃射を躱されたのは、ちと格好がつかなかったけどな!」
「デニスさん、パーティーの時に女性の品定めをしてるから、砲撃の腕が少し鈍ったのでは?」
ホバートラックのハッチから顔を出したホア・ブランシェット軍曹が、おっとりとした声で冷酷な毒舌を撃ち放った。
「うわっちゃあ! ホアちゃん、そこは『デニスさんの弾幕のおかげでストライカーを仕留められました』って褒めてくれる流れじゃないのかい!?」
「事実を申し上げたまでです。……でも、リルさん。本当に素敵でしたよ。」
ホアが優しく微笑みかけると、リルは「ふ、ふん……ホアに褒められたって、嬉しくもなんともないんだからね」と顔を赤くしてそっぽを向いた。
「みんな、今回の予選は負けてしまったが……僕たちの戦いはここで終わりじゃない。決勝リーグに上がる他部隊の戦いから、まだまだ学ぶべきことは多いはずだ。」
アランが引き締まった声で全員を見渡すと、ユニット1のメンバーはそれぞれの表情で深く頷き、固い絆を確かめ合うのだった。
真昼の太陽が苛烈に照りつける、トリントン基地の赤い荒野。
息をもつかせぬ極限のハイスピードバトルは、互いへの揺るぎない敬意と、前線の叩き上げたちの消えぬ闘志をその大地に深く刻み込み、熱い興奮の余韻を残したまま静かに幕を閉じたのだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
アランがツイン・ビーム・スピアを鹵獲した演出はアランが登場する原作ゲームのシステムを再現したものです。
0079戦線では、倒した敵の武器を使えるシステムがあったので、物語に組み込みました。
逆シャアやジョニー・ライデンの帰還にも、似た描写があるので、設定的にも大丈夫ですね。
では、次の話も楽しみにしてください!
感想など、気軽に書いてくださいね。
【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?
-
陸戦型ジム改
-
バイアリーターク
-
ペイルライダー・ヴァンガード
-
ペイルライダー・マスケッティア
-
ヴァルキリー
-
グフ・ノクターン