長野県警の女関羽 作:長野組推し
十一月六日、東京は渋谷にて。美羽は居るかも分からない弟分である景光の行方を追っていた。
東京に足を運んだのはこれで四度目。最初は高明と二人で、次は一人で訪れた。三度目は由衣を誘ってほぼ観光をメインに据えつつ探し、そして今日である。成果は全くの皆無だ。
「いい加減、区切りをつけるべきよね……」
年に一、二回の頻度で東京へ出向いていたが、闇雲に探したところで見つかるはずもない。この広い東京で殆ど手掛かりなし、それも尋ね人当人が痕跡を消しているとなれば行方を掴めるはずもなかった。
すっぱりと捜索を辞めてしまった高明への当て付けもあったが、そろそろ潮時だろう。それに、何度かの捜索と高明の態度、そして東京に来る度に感じる妙な視線から美羽も景光の現状を何とはなしに察したというのもある。
今日を最後に景光の捜索はすっぱり断念すると、美羽は決意した。
「さーてと、帰る前に美味しい天ぷら蕎麦でも食べるとしましょうか」
気分を切り替えて東京の美味しい天ぷら蕎麦店を探そうとして、前方に妙な人だかりを見つけた。
人だかりは何の変哲もなさそうな廃ビルの前にできている。よく見れば警察官が入り口付近を固めており、何処となく物々しい空気が漂っていた。
只事ではなさそうな様子だ。他所の管轄の話ではあるが、手が足りないのであれば協力を申し出ようかと考える美羽。廃ビルの入り口から外国人が慌てて飛び出したのと、乾いた発砲音が響いたのはその時だった。
「銃声……!」
鳴り響く複数の銃声の出所は外国人が飛び出してきた廃ビルの中。突然の発砲音に集まっていた野次馬たちが慌てて離れていく様子を横目に見ながら、美羽は意識を刑事へときりかえた。
「本当に、普通じゃないわねこの街は──」
しみじみと呟いて美羽は刑事としての本分を果たすために走り出した。
美羽が走り去った後、入れ違うような形で二人の男がこの場に駆け付けた。その一方の男が、まさか美羽の探し求めていた人物であることなど、美羽は知る由もなかった。
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それは警察学校の同期であった萩原研二の墓参りを終え、降谷零が車で松田陣平を渋谷駅付近に送り届けている途中のことだった。
廃ビルの前に停まるパトカーと警察官、人だかりを見つけた降谷と松田は警察官としての職務を果たすべく車を降りた。話を聞けば廃ビルの中で誰かが争っているという通報があったとのことだ。
降谷と松田はついさっきまで共に墓参りをしていた二人の警察官を応援として呼び、一足先に内部の様子を確認するためにビルへと踏み込んだ。すると廃ビル内では身元不詳のロシア人が拘束されており、解放して更に調査を進めれば──爆弾とそれを仕掛けた仮面の人物と出会すことになった。
突然の遭遇に驚いたのも束の間、仮面の人物は発砲して逃走。数日前まで爆弾処理班に所属していた松田が爆弾の解体、降谷が逃走した爆弾魔を追い掛ける。
爆弾魔は降谷を翻弄して爆弾解体に注力する松田を始末しようとするが、駆け付けた応援の伊達航と諸伏景光のおかげで難を逃れる。四対一の数的不利に逃げの一手を選んだ爆弾魔を捕縛するため、降谷はビルからビルへ飛び移る離れ業を敢行してまでその後を追った。
ビルの屋上に上って姿を消した爆弾魔を慎重に探す降谷は、待ち構えていた爆弾魔が放った手榴弾によって負傷。爆発寸前で投げ飛ばしたものの衝撃をもろに受けてしまい、一人で立つこともできず絶体絶命の危機に追い詰められてしまう。
「ぐっ……!」
爆発の衝撃で吹き飛ばされ倒れ伏せる降谷。手にしていた拳銃は爆発の拍子に取り落とし、今は仮面の人物の手にある。
ペストマスクにも似た奇怪な仮面を身に着けた人物が、倒れ伏す降谷に銃口を向ける。立ち上がることすらままならない降谷に、発射される凶弾を躱す術は残されていない。
万事休すと降谷が目を閉じた時、かつんと誰かの足音が響いた。倒れている降谷でも、仮面の人物のものでない。まして降谷の警察学校の同期である三人ですらない、第三者が屋上に足を踏み入れた。
爆弾魔が反射的に足音の主へと発砲する。放たれた凶弾は真っ直ぐ標的へと進み、虚空を貫いて彼方へ消えた。銃口から弾丸が飛び出した時には既に、足音の主は身を翻して距離を詰めていたのだ。
拳銃を構える爆弾魔に謎の人影が襲い掛かる。一足で懐に飛び込み、反応すら許さない速さで強烈な掌底を繰り出して拳銃を弾き飛ばした。
飛び道具を失った爆弾魔が警戒するように距離を取る。謎の人影は深追いせず、倒れ伏す降谷を庇うように立つ。長く美しい髪を靡かせるその後ろ姿に、降谷は強烈な既視感を覚えた。そしてすぐに人影の正体に思い至る。
「お前は……!? なぜ、ここに!?」
長野の女関羽と謳われる刑事であり、親友である景光の姉貴分こと一関美羽が降谷を絶体絶命の危機から救った闖入者の正体だった。
「そこの人、動けるならこの場から離れて。無理ならじっとしていなさい」
突き放すような口調で言って、美羽は改めて爆弾魔と対峙する。空手でも柔道でもない特徴的な構えは八極拳のそれ。対象の捕縛ではなく打倒を目的とした時にのみ美羽が使う武術だ。
それはつまり、相対する敵手が油断ならない相手であると美羽が認めたということ。加減して取り押さえられる相手ではないと判断したということだ。
美羽と対峙する爆弾魔がコートの袖口から何かを引き抜く。それは円筒形の柄を持つ奇妙なナイフだった。
刃物を持ち出した相手に対して美羽が険しい表情になる。しかしその瞳に恐れや怯えの色はない。じりじりと間合いを詰めていく。
数秒の睨み合いが続き、先に動いたのは爆弾魔だった。俊敏な動きで間合いを詰め、手にしたナイフで襲い掛かる。
振り翳されるナイフを美羽は冷静に見切り、相手の手首に掌を添えて軌道を逸らす。続けざまに爆弾魔が拳や蹴撃を繰り出すも、全て最小限の動きで往なしていく。
涼しい顔で全ての攻撃を受け流す美羽。大人が子供をあしらうような攻防に苛立ったのか、爆弾魔が大きく踏み込み力尽くの刺突を放つ。それも美羽は完璧に見切り紙一重で躱してみせた。
刺突を躱されて大きな隙を晒す爆弾魔。がら空きとなった懐に潜り込んだ美羽は、反射的に首を捻った。その一瞬後、発条の力で射出されたナイフの刃が頬を掠めていった。
爆弾魔が握っていたナイフはスペツナズ・ナイフという特殊な武器だった。柄の内部に発条が仕込まれており、機構を作動させると刃が飛び出す仕組みとなっている。その刃が美羽を襲ったのだ。
常人ならば今の不意打ちで勝負が決していただろう。しかし美羽は転生時に直感を与えられている。ナイフの正体や仕組みを知らずとも、この程度の不意打ちは容易く対処できる。
「シッ──!」
鋭い呼気と共に脆くなったビルの屋上を砕く勢いで踏み込み、強烈な掌底を爆弾魔の右肩へと叩き込む。不意打ちの失敗で動揺していた爆弾魔は躱すこともできず、右肩を貫く凄まじい衝撃に仰反る。
美羽は続け様に距離を詰めて全体重を乗せた肩での突進、防御が崩れた鳩尾に止めの肘撃を叩き込んだ。
爆弾魔の肢体が大袈裟なほど吹き飛ぶ。ごろごろと屋上を転がり、右肩を抑えながらも即座に立ち上がった。その姿に美羽は呆れ混じりの眼差しを送る。
「呆れた。意識を飛ばすつもりだったんだけど、どんだけタフなのよ」
仕方ない、と美羽は更に神経を研ぎ澄ませる。下手な加減をしても止められないのであれば、もはや一切の容赦を捨てる他ない。
微かな殺気すら滲ませつつ、美羽が再び構えたところで──屋上に更なる人影が踏み込んだ。
それは降谷の親友であり、警察学校の同期でもある刑事。そして美羽が探し続け、捜索を断念しようとした相手──諸伏景光その人だった。
「ゼロ、無事か……って、姉さん!?」
拳銃を構えて屋上に姿を現した景光は倒れ伏すゼロに声を掛け、仮面の人物と対峙する見覚えのある女性に驚愕の声を上げた。
「──ヒロ?」
反射的に振り返った美羽はずっと探し求めていた弟分の姿に忘我してしまう。なまじ捜索を断念しようとしていた矢先の出来事でもあったため、生まれた意識の空白は大きかった。
その隙を爆弾魔が逃すはずもなかった。
爆弾魔が懐から球形の何かを取り出し、すかさずビルの屋上に叩き付ける。瞬間、煙幕が拡がり視界一面を覆い尽くした。
「くっ、姑息な手を。この程度で──」
視界を奪われたとしても美羽ならば音だけで爆弾魔の位置を特定できる。逃しはしないと足音に全神経を集中させて──こつんと何か硬い物が跳ねるような音が耳朶を叩いた。
転生時に与えられた直感が特大の警鐘を鳴らす。即座に音の正体を悟った美羽は血相を変え、不自由な視界の中で弾かれるように動き出した。
「伏せて、ヒロ!!」
「姉さん、何が──」
煙幕の中で何が起きているのか分からない景光に構わず、美羽は音の発生源に走り込む。一秒にも満たない疾走の最中、美羽の眼前に現れたのは掌サイズの楕円形物体。つい先ほど、降谷を襲った手榴弾だ。
煙幕で視界を奪った隙に爆弾魔が残した置き土産。このまま爆発しようものなら美羽は勿論、身動きの取れない降谷と景光も只では済まない。
「間に合え──ッ!!」
膝上の高さで宙を泳ぐ手榴弾を美羽は蹴飛ばす。神懸かり的な身体コントロールで真芯を捉えられた手榴弾は水平方向に吹き飛ぶ。
蹴り飛ばした手榴弾の行方には目もくれず、美羽は倒れ伏す降谷へと駆け寄る。そしてそのまま庇うように覆い被さった。一瞬遅れて警告を受けた景光も伏せる。
直後、耳を劈く轟音が響き美羽たちを爆発の衝撃が襲う。爆発はビルの屋上に新たな凹みを作り、一面に拡散していた煙幕を吹き飛ばす。煙幕が晴れた屋上に残されたのは二つの爆破痕と物陰に身を隠した景光、そして折り重なるように倒れる美羽と降谷だけだった。
むくりと美羽が音もなく身を起こす。二度の爆発で悲惨な有様となった屋上を見回すと、忌々し気に舌打ちを零した。
「逃げられた……」
煙幕を張り、手榴弾を投げた時点で爆弾魔は屋上から逃走を始めていた。手榴弾を蹴飛ばしながらも離れていく足音を聞いていた美羽は、案の定姿を晦ました爆弾魔に苛立ちを隠せない。
「二人とも、無事か!?」
物陰から出てきた景光が慌てて駆け寄る。ずっと探し続けていた弟分との邂逅になんともいえない表情となった美羽は小さく頷きながら庇っていた降谷に視線を落とす。
「私は大丈夫。彼は……」
「問題、ない……」
美羽を押し退け、ふらつきながらも立ち上がる降谷。しかし強がりなのは誰の目に見ても明らかで、傍に居た美羽が倒れそうな降谷の肩を支えた。
「通せない虚勢はみっともないわよ」
「て、手厳しいな姉さんは」
容赦ない美羽の一言に思わず景光は顔を引き攣らせる。引き気味の弟分に対して美羽は物言いたげな半目を向けた。
「色々と聞きたいことはあるけど、今は状況の把握が先よ。この場で何があったのか、教えてくれるわよね?」
有無を言わさぬ美羽の目に景光は仕方なしと頷く。肩を支えられている降谷も、説明せざるを得ないだろうと文句を飲み込み口を噤んだ。
「ああ、分かったよ。爆弾の解体がどうなったかも気になるし、一度戻ろう」
「爆弾まであるの……」
初耳の話を聞いて美羽は頭痛を堪えるようにこめかみを抑えた。発砲と手榴弾だけに限らず爆弾まで仕掛けるような危険人物を取り逃がしてしまった失態を悔いているのだ。
内心で歯噛みしつつも美羽は景光と共に降谷を支え、爆弾解体に残った松田とその護衛の伊達の元へと戻った。
その後、松田と伊達が見知らぬ美羽の登場に驚いたり、解体できたはずの爆弾が遠隔で起動させられ爆発寸前になるアクシデントなどが起きたものの、誰一人欠けることなく事件は収束した。
あわや大惨事となりかけた事件を未然に防いだ警察学校四人組はかつての学生時代を彷彿とさせるような笑顔を交わし合う。その様子を何処か蚊帳の外から見守る美羽。
四人はまたの再会を約束すると一人、また一人と別れていく。残ったのは景光と降谷、そして美羽の三人だ。
突然消息を絶った弟分に色々と聞きたいことが山ほどある美羽に、景光は再会してしまった喜びを抑えながらも向き合う。
「場所を変えよう、姉さん。俺もゼロも、あんまり人目に付けない訳があるんだ」
「分かったわ」
景光の提案を訝しむこともなく受け入れる美羽。三人は人目を避けるように場所を移動するのだった。
空手、合気道、柔道、ボクシング、ジークンドー、他多数。
数あるコナン世界格闘技の中で選ばれたのは──マジカル八極拳でした。
関羽で中国繋がりだからという安直な理由と、赤井一家と被らないようにした感じです。いないよね、八極拳使いなんて……?