長野県警の女関羽   作:長野組推し

15 / 26
高評価・お気に入り登録ありがとうございます!
今後とも宜しくお願いします!


悲劇の知らせ

 その日は生憎の雨模様だった。

 

 降り頻る雨にうんざりとしながら、傘を片手に車の側に立つ美羽。近隣で頻発している連続強盗について、何かしら情報はないかと聞き込みを終えて戻ってきたところだった。

 

 同じく聞き込みに回っている高明はまだ帰ってきていない。少し待てば戻るだろうと考え、美羽は車の中で待機しようとドアに手を掛けて──突き刺さるような視線に顔を上げた。

 

 視線の出所は車を停めた位置から少し離れた路地の物陰。一瞬だが人影が美羽の視界の端に映り、細い路地の奥へと消えていった。

 

 目を鋭く細め美羽は真っ直ぐ路地の入り口を睨み付ける。先の視線はあからさまに美羽を挑発していた。その上でわざと姿をちらつかせて誘き出そうとしている。

 

 罠の可能性が高い。高明が戻るのを待つべきか逡巡し、一人でも対処できると判断して動き出した。

 

 何があっても対応できるように身構えながら路地の入り口を塞ぐように立つ。美羽を誘い出した相手は身を隠すこともなく、傘を片手に堂々と美羽を待っていた。

 

 雨が降っている中にも関わらず帽子を目深に被った男だった。帽子の隙間からは金髪と褐色の肌、そして万人受けするだろう甘い顔立ちが覗いている。

 

 帽子を目深に被っていても目立つ特徴的な容姿を見て、美羽は即座に目の前の青年が何者かを思い出した。東京で久しぶりに再会した景光が自慢の親友だと紹介してくれた降谷零だ。

 

「ゼロ──いや、降谷さんだったわね」

 

 景光が余りにもゼロ、ゼロと呼んでいたためについ口にしてしまう美羽。すぐに言い直して適切な呼び方をすると、降谷は小さく苦笑を零しながら肩を竦めた。

 

「はい、お久しぶりです、一関警部補」

 

「言うほど久しぶりな気もしないけど……私に何か用でもありました?」

 

 景光と同じく警視庁の公安所属の刑事である降谷が、わざわざ長野まで足を運んで会いに来た。美羽にはこれといって思い当たる節はない。

 

 小首を傾げる美羽に降谷は小脇に抱えていた茶封筒を差し出す。見る限り何の変哲もない封筒だ。

 

「これを、諸伏警部か貴方に。本当は誰かを経由して渡すつもりでしたけど……あいつのためにも、せめて」

 

「はぁ……?」

 

 何やら事情がありそうな呟きを怪訝に思いつつ美羽は封筒を受け取る。書類の類が入っているにしては妙に厚く、ずっしりとした重さがあった。

 

 受け取った封筒を矯めつ眇めつ観察していると美羽は妙な圧を感じた。顔を上げればじっとこちらを見つめる降谷と目が合う。その視線が言外に早く封筒を開けて中を確認しろと言っていた。

 

 不審に思いながらも美羽は封筒を開けて中身を覗く。中には書類の類はなく、薄い板のような物だけが入っていた。

 

 封筒を引っ繰り返して中身を確認すると、その板の正体はスマホだった。

 

「スマホ……でもこれって」

 

 手に取ったスマホを見て美羽は怪訝に眉を顰める。封筒の中に入っていたスマホは、中央に小さな穴が開いていて破損していたからだ。

 

 電源も入らない、修理もできそうにないスマホを前に美羽は困惑した表情を浮かべる。

 

「このスマホをなんだって私とコウメイに──って、ちょっと」

 

 壊れたスマホを渡すためにわざわざ東京から長野まで足を運んだ訳を尋ねようとするが、スマホを持ってきた張本人である降谷は答えることなくこの場を離れようとしていた。

 

 止めようとする間もなく降谷は足早に美羽の横を擦れ違い──

 

「──諸伏警部にそれを渡すかどうかは、貴方にお任せします」

 

 たった一言だけを残して降谷は通り過ぎてしまう。

 

 雨の中、路地を出ていこうとする降谷。その背中に違和感を抱いた美羽は咄嗟に声を上げた。

 

「ちょっと待って、降谷さん。何か、ありましたか?」

 

「……何かとは?」

 

 歩みを止めた降谷が肩越しに振り返る。怜悧に細められた瞳が真っ直ぐに美羽を貫く。

 

「いや、前に会った時とはちょっと雰囲気が違うような気がして……」

 

「…………」

 

 美羽の疑問に降谷は沈黙。無言のまま美羽を見つめ続け、やがて冷ややかな笑みを浮かべると視線を切った。

 

「気のせいでしょう。僕も忙しいので、お先に失礼します」

 

 今度は足を止めることも振り返ることもなく、降谷は路地裏から姿を消した。残された美羽は使い道のないスマホを押し付けられ、途方に暮れたように立ち尽くしてしまう。

 

「コウメイに渡すかどうかって、なんで私が……」

 

 疑問に思って美羽は再度、渡されたスマホをじっくりと観察する。

 

 スマホは中心部に指一本程度の穴が開き、そこを中心に罅割れが走っている。穴の部分をよく観察すると、穴の内側と罅割れの隙間に妙な黒ずみが付着していた。

 

 刑事として幾つもの事件や現場を見てきた美羽は、その黒ずみが乾いて時間が経過した血液だとすぐに分かった。

 

「血痕。なら、この穴はまさか弾痕?」

 

 銃弾によって開けられた穴だと考えれば辻褄が合う。問題は、銃弾で穴が開けられた曰く付きのスマホを、降谷がわざわざ美羽に手渡した理由。そして去り際の意味深な言葉。

 

 幾つもの情報が繋がり、美羽の脳裏に最悪の想像が浮かび上がる。

 

「まさか、そんなわけ……」

 

 青褪めた表情でスマホを見つめる。脳裏を過る最悪な想像を追い出すように首を振り、他に何か情報がないかとスマホを引っ繰り返す。

 

「これ、は……」

 

 引っ繰り返したスマホの裏面には奇妙な傷跡が残っていた。何か硬いもので引っ搔いたような、削ったような跡だ。一見するとただの傷跡にしか見えないそれだが、美羽にはその傷跡がある文字の形に見えた。

 

「“H”……」

 

 アルファベットのHに見えなくもないその傷跡に、美羽の顔色は青を通り越して紙のように白くなってしまう。

 

 公安所属の降谷がわざわざ長野まで足を運んで届けたスマホ。渡す相手は美羽か高明のどちらかで、高明に渡すかどうかの選択は美羽に委ねた。先の降谷の妙な態度、そして恐らくは持ち主のイニシャルを示したであろう傷跡。

 

 

「──ヒロ」

 

 

 脳裏に浮かんだ最悪の想像が補強されてしまい、美羽は足元が崩れ落ちたかのような錯覚に襲われた。

 

 このスマホの持ち主は景光で、降谷と同じく公安に所属していた景光の身に何かが起きた。スマホの状態と親友である降谷の様子から察するに、恐らくはもう──

 

「嘘……何かの、間違いで……!」

 

 ふらふらと今にも倒れてしまいかねない様子でよろめいた美羽は、はっと何かに気付いたように顔を上げる。美羽の推理はあくまで想像でしかない。真実を確かめる方法はただ一つ。全てを知っているだろう降谷に問い質せばいいだけの話だ。

 

 美羽は雨に濡れるのも構わず傘を放り捨て、路地裏から消えた降谷を追いかける。慌てて路地から飛び出して周囲を見渡すが、降谷の後ろ姿は何処にも見当たらない。

 

「何処に行った……!?」

 

 忽然と姿を消してしまった降谷を血相を変えて探す美羽。降谷がこの場を去ってからまだそう時間は経っていないが、探すには手掛かりがない。手当たり次第に探す他ないだろう。

 

 その場から走り出そうとした美羽は、不意に横合いから差し出された傘に目を見張る。弾かれたように傘の持ち主を見れば、そこには驚いたように目を丸くした高明がいた。

 

「美羽、傘も差さずにいったい何を?」

 

「た、高明……っ」

 

 高明を目の前にした美羽は殆ど反射的にその胸倉にしがみ付いた。

 

「金髪の、褐色の男を見なかった? まだ近くに居るはずなのよ!?」

 

「いや、見ていませんが……その男が、何か?」

 

「それは──」

 

 景光の物であろうスマホを出そうとして、美羽は寸前で踏み留まる。景光の実の兄である高明に、唯一残された肉親がもうこの世にいないかもしれないなどと言えるわけがなかった。

 

 真っ青な顔で黙り込む美羽を心配して高明がその肩を支える。普段は銃を持った殺人犯だろうが真っ向から捩じ伏せてしまう美羽の肩が、今は果てしなく小さく弱々しく見えた。

 

「酷い顔色だ。いったい何があったんですか?」

 

「……何も、ないわよ」

 

「しかし──」

 

「──何もないって、言ってんの。さっさと本部に戻りましょう」

 

 有無を言わさぬ口調で断言し、美羽は高明の傘の下から逃げるように出ていく。その時に、手にしていたスマホを気付かれないように上着の内ポケットに仕舞い込んだ。

 

 美羽は路地裏に放り投げた傘を拾い上げると立ち尽くす高明の横を無理やりに通り過ぎ、車へと一足先に戻っていってしまう。心配する高明から頑なに目を逸らし続けて。

 

(言えるわけがない。両親を殺されて、ついこの間初恋の人を病気で亡くして、挙句に弟までなんて……言えるわけが、ない)

 

 

 早足で車へと戻る美羽のやけに小さい背中を見つめる高明。その視線はやがて美羽の肩を掴んだ手に落ちる。肩を支えようとした時に伝わってきた震えが雨に打たれた寒さからのものではないことくらいは分かっていた。

 

 何かを隠しているのは明らかだったが、しかし尋ねたところで美羽は答えないだろう。下手に問い詰めたところで意固地になるのは目に見えている。

 

 今はそっとして置く他ない。ただ、しばらくは美羽の動向から目を離さないようにだけ決めた。

 

 雨が降り頻る路地裏を一瞥してから高明は車へと踵を返した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。