長野県警の女関羽 作:長野組推し
警視庁から程近い、伊達のちょっと洒落たという評価に違わない喫茶店。それでいて穴場なのか客が少なめの店内にて、美羽と伊達はお茶をしながら向かい合っていた。
「それで、わざわざ長野から東京まで俺に会いにきた理由ってのを教えてくれるか?」
「ええ、そうですね」
長々と前置きするのももどかしいと美羽は単刀直入に話を切り出す。殆ど初対面に近い伊達をわざわざ訪ねた理由、その目的を。
「貴方にお願いがあります。警察学校の同期である降谷さんに連絡を取ってもらえませんか」
「諸伏じゃなく降谷にか?」
「ヒロに連絡が取れるのなら、むしろそちらが望ましいですけど……」
確実な証拠がないとはいえ、景光は既に還らぬ人となっているはず。連絡を取ることなどできるはずがない。
言い淀む美羽の様子に不穏なものを感じたのだろう。伊達は真剣な顔付きで話を続ける。
「降谷に連絡を取りたい理由はなんだ?」
「確かめたいことがあるのです」
「具体的には何を確かめたいんだ?」
「…………」
伊達に深く突っ込まれ美羽ははたと黙り込む。景光は美羽にとっては大切な弟分だったが、伊達にとっても警察学校時代を同じ班員として過ごした仲間だ。その仲間が命を落としたかもしれないという話は多大な衝撃を与えるだろう。
明かすかどうかしばし迷った末、確定した事実ではないことを前置きして美羽は話し始めた。
「ヒロの身に何かあったようなのです。それも命に関わるような何かが」
「その情報はいつ、何処で、誰から得たんだ?」
「一月ほど前に長野で、降谷さんから。これを渡されました」
僅かに躊躇いながらも美羽はバッグから壊れたスマホを取り出してテーブルの上に置く。伊達はスマホを手に取り、矯めつ眇めつ観察した。
「なるほどな。こんな代物を降谷の奴がわざわざ渡しにきたとなると、諸伏は……」
その先を伊達は口にすることを控えた。対面に座る美羽がテーブルの下で震える程に拳を握り締めていることに気が付いたからだ。
「……分かってる。状況から考えて、ヒロがもうこの世にいないだろうことはちゃんと理解してるわ。私が知りたいのは、ヒロの死の真相。それを確かめたいだけです」
崩れそうになる敬語を取り繕いながらも美羽は降谷に接触する目的を明かした。
景光がもしかしたら生きているかもしれない、などという希望的観測は殆ど持っていない。受け止め切れているかは美羽自身分かっていないが、それが現実だと理解はしている。
その上で、景光の最期を、死の真相を知りたいのだ。
切実な想いを明かした美羽を伊達はじっと見つめる。その心の内に秘めた本音を見透かすように。
「降谷と連絡が取れたとして。そこで諸伏の末路を聞き出せたとしよう。その後、あんたはどうするつもりだ? まさか仇打ちでもするつもりか?」
「────」
伊達の鋭い問い掛けに美羽は息を呑んだ。
景光の仇打ちを一切考えなかったと言えば嘘になる。子供の頃に守ってやると約束した可愛い弟分が何処の誰とも知れない相手に殺されたかもしれないのだ。目の前にその下手人が現れた時、報復しないでいられる自信が美羽にはなかった。
だが、景光の死の真相を確かめようと思い立った理由はそれとは別だ。
嘘偽りを許さない伊達の鋭い眼差しを真っ向から見返して、美羽は一切の迷いなく断言する。
「仇打ちじゃない。私はただ真実を知りたいのよ。ヒロがどんな最期を迎えたのか。そして……」
美羽は微かに躊躇いながらも胸に秘めた願いを告げる。
「高明に、ヒロの最期をちゃんと伝えて上げたい。それだけよ」
これが全てだ、と美羽は伊達の答えを待つ。真剣な面持ちで美羽の想いを受け止めた伊達はしばし悩むように瞑目し、ややあってから鷹揚に頷いた。
「あんたの気持ちはよく分かった。今の言葉にも嘘偽りはないんだろうな。その上で、悪いがあんたの力にはなれそうにない」
「それはどうして?」
降谷に唯一繋がるかもしれない相手からの拒否に美羽は即座に食い下がる。ここで協力を得られなければ公安所属で居所の分からない降谷に接触することはほぼ不可能になるのだ。必死になるのも無理はない。
前のめりになる美羽に伊達は真剣な表情を崩さないまま答える。
「あんたも降谷の所属を知っているなら分かるはずだ。あそこは機密性が高く、友人どころから家族すらも迂闊に接触できない。いくら俺が降谷の同期だとしても、連絡を取るなんてことはできないんだよ」
「ですが、貴方たちは先日の渋谷で集まっていたでしょう?」
「あれは
「そう、ですか……」
唯一といっても過言ではない希望を断たれて美羽はあからさまに肩を落としてしまう。如何な美羽でも本気で行方を眩まそうとしている公安刑事を当てもなく探し当てる自信はない。
肩を落とす美羽を気遣うように伊達が口を開く。
「まあ、なんだ。知らせないことで守れるものだってある。諸伏の兄貴には何も知らせないってのも一つの手なんじゃないか?」
知らなければ悲しむこともない。
知らなければ責任を負う必要もない。
知らなければ危険から大切な人を遠避けることもできる。
「…………」
伊達の言葉に美羽は俯いたまま答えない。気不味い沈黙がしばらく続き、次に顔を上げた時、美羽は無理やりに貼り付けたような笑顔を浮かべていた。
「分かりました。自分なりに考えて、納得できるように頑張ってみます」
「……ああ、それがいい」
薄っぺらい美羽の言葉に、欠片も諦めるつもりがないことを察しながら伊達は指摘することを止めた。指摘したところで白を切るのが目に見えている上、どんな言葉を掛けたところで止まらないだろうことが分かったからだ。
伊達から壊れたスマホを受け取ると美羽は荷物を纏め始めた。
「今日はお時間頂きありがとうございました。此処は私が出しますね」
「いや、自分の分くらいは自分で」
「私は貴方より階級も歳も上です。こういう時は、目上の人間を立てるべきですよ」
伝票を取り上げて美羽は表面上は和やかに振る舞う。しかし腹の中では降谷に接触するための方策を今も考えている。伊達もそれを薄々察しながら何も言わない。
「では、またいつか」
手短に挨拶をして美羽は足早にテーブルを去っていく。手早くレジで会計を済ませさっさと店を出ていく美羽の後ろ姿を、伊達は無言で見送ることしかできなかった。
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なんとも遣る瀬無い思いを抱えたまま警視庁へと戻る道中。懐で鳴動するスマホに伊達は足を止めた。
懐からスマホを取り出して確認すると、非通知設定からの着信だった。伊達は僅かに逡巡した後に応答ボタンをタップする。
「もしもし」
『久しぶりだな、班長。元気にしていたか?』
「やっぱりお前だったか、降谷」
予想していた電話の相手に伊達は思わず苦笑する。公安所属の降谷に伊達から連絡する手立てはないが、その逆は可能であるのだ。降谷が美羽の行動を把握しているのであれば、このタイミングで連絡を計ってくるのはおかしな話ではない。
伊達は人目を避けて路地裏に入るとそのまま通話を続ける。
「このタイミングで連絡を寄越したってことは、一関刑事絡みだろう。美人にモテモテで辛いな、イケメンは」
『止めてくれよ、班長』
本当に困ったような声音で言う降谷。しかし伊達には何処か芝居掛かった口調に聞こえた。
「諸伏の話。あれは本当なのか?」
『…………』
前置きも何もなく伊達は単刀直入に切り込んだ。電話口の降谷は沈黙。何も答えようとしないが、伊達にはそれだけで十分だった。
「そうか……とうとう同期は俺とお前だけになっちまったのか」
警察学校の同期は五人。そのうち三人は既に故人となってしまった。今も生きているのは伊達と降谷だけだ。
寂しいもんだ、と伊達が呟いても降谷は無言。ただ、電話口から洩れる息遣いだけが微かに震えていた。
亡き友人たちを偲ぶように沈黙の時間が流れたあと、伊達は改めて話の続きを始める。
「なあ降谷。一つ聞かせてくれ。お前は一関刑事を裏に引き込むつもりか?」
それは美羽が降谷から直接スマホを渡されたという話を聞いた時から抱いていた疑問だった。
公安所属刑事の動向や消息は機密情報そのものだ。危険な任務の最中に命を落としたとしても、その功績や末路が日の目を浴びることはない。
にも関わらず、降谷は
ただ親友である景光の死亡を伝えるためならば、何も直接届けた挙句美羽を駆り立てるような真似をする必要はなかったはず。親友である景光を失い、動揺していたからこその失態とも考えられなくはないが、伊達にはそうは思えなかった。
「どうなんだ、降谷?」
『…………ふっ』
再度の問い掛けに降谷は間を置いて小さな笑い声を洩らした。
『班長。僕は公安の人間として、どんな手を使ってでもこの国を守ると誓ったんだ。後ろ指を指されるような、正道から外れた邪道を利用したとしても、ね』
伊達の知る警察学校時代の降谷とは掛け離れた、氷のように冷たい声音で降谷は宣言した。
『長野の女関羽とまで謳われる一関警部補の能力は目を見張るものがある。僕ですら追い詰められた爆弾魔を終始圧倒する身体能力は言うまでもなく、刑事としての捜査能力も高い。公安に求められる特殊な技能に関しては未知数だが、磨けば光るものはありそうだ』
「だから、彼女が裏に足を踏み入れるように仕向けたと」
『ええ。正式に公安所属は難しくとも、秘密裡の協力者という形で一関警部補を擁することはできる』
「それが諸伏にとって大切な姉貴分を危険な世界に巻き込むことだとしてもか?」
『彼女も日本国家に尽くす警察官だ。警察官としての本分を果たせるのなら、本望だろう?』
「降谷、お前……」
背筋が凍ってしまいそうな、徹底的に甘さを捨て去ったような降谷の言葉に伊達は返す言葉を見付けられない。何が降谷を追い込んでしまったのかは考えるまでもなかった。
萩原から始まり、松田と景光が立て続けに殉職してしまったのだ。特に景光は幼い頃からの幼馴染であり、あだ名で呼び合う程に親密な間柄だった。降谷の心に残された傷跡の大きさは推して知るべし。
更に降谷は公安という機密性が高く、時に冷酷な判断を下さなければならない立場に身を置いているのだ。公安の任務に従事する中で降谷の在り方が冷徹無慈悲なものに変わってしまっていたとしても不思議ではない。
『軽蔑したかい、班長?』
「…………」
冷ややかな笑い混じりの返しに今度は伊達が沈黙する。人気のない路地裏で静かに瞑目し、脳裏に浮かべるのは警察学校時代の日々だ。
鬼塚教官の下で時にいがみ合いながら、時に馬鹿騒ぎしながら、警察官を志して邁進していた。その思い出の日々の中にいる降谷は割と子供っぽいところがあったり、煽り耐性が低かったり、それでいて人一倍強い正義感を胸に秘めた男だった。
そんな男が、目的のためならばあらゆる手段を用いる冷血漢になってしまったと、伊達は心底失望──するようなことはなかった。
「降谷──」
目を開き沈黙を破った伊達は、今までにないくらいに優しい声音で語り掛ける。
「──ちゃんと、休めてるのか? 飯はちゃんと食ってんのか?」
『────』
予想の斜め上を超えた伊達の発言に、通話口の向こうで降谷が激しく動揺する気配がする。罵倒か怒声でも浴びせられると身構えていたのかもしれない。そんなことを伊達がする訳もないというのに。
『急に、何を言うんだ。僕の母親でもあるまいし』
「ははっ、そりゃそうだな。ただ、誰かが言ってやらなきゃならないと思ってよ」
つい先ほどまでの重苦しい空気を吹き飛ばすように笑いながら伊達はそう言った。伊達の物言いに毒気が抜かれたのか、電話口から呆れたような溜め息が聞こえてくる。
「それで、軽蔑したかだったか? 馬鹿だな、お前は。するわけないだろうが」
降谷が血も涙もない冷血漢に変わってしまったなどと伊達は微塵も思っていない。ただ降谷は公安所属の刑事として職務に忠実に従事しているだけ。根っこは何も変わってなどいないと信じているからだ。
『班長……』
「ただ、一関刑事を巻き込むのなら最後まで責任持てよ。公安ってのは、そういう場所なんだろう?」
『……勿論だ』
静かながらも揺るぎない決意を秘めた声音だった。その返事から伊達は降谷が警察学校時代から何も変わっていないことを確信した。
伊達がほっと安堵に一息吐いていると、電話口から消え入りそうな声が響いてきた。
『班長、俺は……』
「どうした?」
『……いや』
言い掛けた言葉を飲み込み、打って変わって繕った冗談めかした声音で話を逸らす。
『班長まで死なないでくれよ? これ以上、墓参りの回数を増やしたくはないんだ』
「馬鹿野郎。俺が早々くたばるようなタマかよ。可愛い恋人もいるんだ。落ち落ち死んでいられるかっての」
『そう言えばそうだったな、その顔で』
「お前も大概失礼な? 今度会ったらしばき倒すぞ」
『ははっ、それは怖いな。今度の墓参りは一人で行かせてもらうよ』
警察学校時代に戻ったかのように和やかな会話を交わす伊達と降谷。たった二人になってしまった同期の絆を確かめるように、伊達と降谷は他愛もない話で盛り上がるのだった。
やがて二人は会話を切り上げ、通話を終える。スマホを懐に仕舞った伊達は路地裏を出て警視庁へと戻る道を歩き始めた。
(悪いな、一関刑事。あんたが諸伏の大事な姉気分なのは知ってるが、あんたと降谷なら俺は降谷を選ばせてもらう)
伊達は胸中で美羽への謝罪を述べながら、先の降谷とのやり取りは墓場まで持っていくことを決意した。
書き溜めがなくなりましたので、此処からはのんびり更新に変わります。