長野県警の女関羽   作:長野組推し

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新たな捜査一課長

「それでは我らが課長の栄転を祝って、乾杯!!」

 

 一課の課長の昇進を祝う会を企画した幹事の音頭に合わせて「乾杯!」という声が湧き上がり、あちこちでグラスを打ちつけ合う音が響く。居酒屋の一画を貸し切って飲み会と洒落込んでいるのは長野県警が捜査一課の面々だ。

 

 会の趣旨は一課の課長が昇進することを祝うもの。一課所属の刑事は大半が参加しており、言うまでもなく美羽を始めとする幼馴染組も参加している。

 

 本日の主役である課長に乾杯と祝いの言葉を届け、美羽は面倒な酒飲みたちに絡まれる前に席へと戻る。飲めるが基本酔えない美羽としては、素面のまま酔っ払いの相手をするのは勘弁願いたいのだ。

 

 定位置は此処と言わんばかりに高明の隣に腰を下ろす美羽。対面には由衣、その隣には敢助が座っている。つまりはいつもと変わらない顔触れだ。

 

 美羽が席に戻るや否や由衣と敢助、高明がグラスを軽く掲げる。意図を即座に察した美羽も応じるようにグラスを掲げた。

 

「「乾杯!」」

 

「……おう」

 

 元気よくグラスを打ち鳴らしたのは美羽と由衣の二人だけ。敢助は控えめに応じ、高明は澄ました顔で微笑を零した。

 

 空気の読めない男性陣に美羽はしらっとした目を向ける。

 

「ノリ悪いわね、男共。こんな美人と一緒にお酒が飲めるんだから、もっと喜びなさいよ」

 

「「美人?」」

 

「文句があるなら表出なさいよ、唐変木共」

 

 こめかみに青筋を立てながら親指で外を指し示す美羽。とてもではないが美人がするとは思えない仕草に高明と敢助はやれやれとばかりに溜め息を吐く。一連の流れを見ていた由衣が乾いた笑いを零した。

 

 馬鹿にしくさった高明と敢助の態度にイラッとするが、美羽は気を取り直して由衣に向き直る。

 

「あっちの失礼な男共は放っておいて、こっちはこっちでじゃんじゃん飲んじゃいましょう。ね、由衣ちゃん?」

 

「いやでも、私は美羽姉さん程強くないから……」

 

「大丈夫、だいじょーぶ。潰れてもちゃーんと家まで送ってあげるから」

 

 敢助が、と心の中で付け加える美羽。この女、飲み会に敢助が参加しているこの機会を狙って二人の距離感を強引にでも縮めようと画策しているのだ。

 

 ひっそりと悪い笑みを浮かべる美羽。そんな美羽の肘を高明が肘で小突いた。

 

「何よ?」

 

「思う仲には垣をせよ。野暮な真似は止めなさい、美羽」

 

「私は二人のことを思ってやってるだけよ」

 

「君が余計なお世話を焼かなくとも、あの二人ならば問題ない」

 

 確信を持って断言した高明が目線で対面の二人を指し示す。美羽が正面に目を向けると、そこでは空になったグラスにビールを注ぎながら楽しそうに話す由衣と、談笑に応じながら酌を受ける敢助の二人がいた。

 

 余人が割って入ることのできない空間を形成する由衣と敢助に美羽が目を丸くする傍ら、高明は微笑ましげにその様子を眺めながらグラスを傾けている。酒が美味いと言わんばかりの態度だ。

 

「余計な手出しなどせずとも、二人は二人の歩幅で歩んでいる。我々はその歩みを静かに見守るだけでいい」

 

「はいはい、分かりましたよー。大人しく見守ればいいんでしょ、見守れば」

 

 由衣と敢助の空気を壊すことなどできるはずもなく、頬杖を突いて不貞腐れながら枝豆をぱくつき始めた。

 

 無自覚にいちゃつく由衣と敢助を肴に美羽と高明も食べ呑み進める。取り留めもない会話を交わしていると、ふと高明が新たな話題を切り出した。

 

「そういえば、次の課長がどんな人物か知っていますか?」

 

「いいえ。東京から出向してくること以外はなーんにも知らないわよ。コウメイは?」

 

「飽くまで噂ですが、なんでも敢助君をも超える強面の刑事だとか」

 

「あれを超える? マジ?」

 

 美羽は普段の厳つい仏頂面を和らげて由衣と飲んでいる敢助を見やる。

 

 色黒で無精髭を生やした厳めしい風貌をよくヤクザや怪しい人間に間違われている敢助を超える。それはもはや本物ではないのか。思わず口を衝いて出そうになった言葉を美羽は咄嗟に飲み込んだ。

 

「まあ、来週には本人とご対面する訳だし、その時に確かめてみればいいことでしょ」

 

 気楽に言いながら美羽はグラスを空にする。常日頃から敢助の強面を見て耐性があるからか、多少厳しい顔だったとしても驚くことは早々ないだろうと高を括っていた。

 

 高明も幼馴染として、そして刑事としても強面顔は見慣れている。噂に違わぬ厳つい風貌の刑事が出向してきたとしても、問題なく対面できるだろうと考えていた。

 

 よもや想像の数倍上をいく男が新たな上司になるとは露知らず、美羽と高明は呑気に送別会を楽しむのだった。

 

 

 ▼

 

 

 ──そして迎えた新たな一課長配属の日。

 

「本日付けで警察庁から長野県警本部捜査一課長に出向することになった、黒田兵衛だ。以後、宜しく頼む」

 

(──こっっっわ!?)

 

 東京の警察庁から出向してきた刑事こと黒田兵衛は、一課の刑事たちが揃って同じ感想を抱くほどの威圧感を醸し出す男だった。

 

 一課の刑事たちが全員小柄に見えてしまう程に大柄な体格は然ることながら、その顔が凄まじい。元々厳しかっただろう顔付きが酷い火傷の痕で爛れており、髪色は色素が抜け落ちたかのような白。火傷と右眼の義眼を隠すために用立てのだろう片方にだけ黒いレンズが嵌め込まれた眼鏡が厳つさに拍車を掛けている。

 

 部下となる刑事たちを見据える鋭い目付きも相まって、何処ぞの組の長だと紹介されても違和感がない程の威圧感だ。事実、日夜凶悪犯と対峙している一課の刑事たちですら大半が腰が引けていた。

 

 警察庁からエリートが出向してくると思っていたら、ガチの筋ものが出てきてしまったような空気感だった。とてもではないが新たな上司を迎え入れる空気ではない。

 

 どうするんだこの空気とばかりに視線が飛び交い始める。すると気不味い空気を物ともせず黒田の前に歩み出る影が一つ。長野の女関羽こと美羽だ。

 

 美羽は威圧感満点の黒田に物怖じすることなく、頭二つは大きい黒田を下から見上げた。

 

「一課所属、警部補の一関美羽です。今後とも宜しくお願い申し上げます」

 

「ほう、君があの……」

 

 ぎろり、と擬音が付きそうな形相で美羽を見下ろす黒田。肝の小さい人間ならばそれだけで腰を抜かしかねない目付きだが、美羽は涼しい顔で受け流しつつ口を開いた。

 

「ところで、一つお伺いしたいことがあるのですが」

 

「何かね?」

 

「そのお顔の傷跡はどうされたので?」

 

 誰もが気になっていたことを、あろうことか初対面で尋ねる暴挙に一課の面々が戦慄する。中身残念美人の美羽でも、ここまでデリカシーのない発言をするとは思いもしなかったのだ。

 

 ただ美羽としても非常識なことをしている自覚はある。だがこのまま微妙な空気で黒田を上司として迎え入れてしまうくらいなら、普段から問題児扱いされている自分が無理矢理にでも流れを変えたほうがいいと考えた。美羽なりの考えあっての行動だった。

 

 オブラートも何もない美羽の問い掛けに、黒田は数秒の間を置いて答える。

 

「昔、大きな事故に遭った際に負った傷だ」

 

「なるほど、それでそんなにも厳しいお顔になられて」

 

「いや、強面なのは元からだ」

 

 ぶふっ、と誰かが吹き出した。無神経な癖に余りにもシュールなやり取りに堪え切れなかったのだろう。

 

 唐突に始まった笑ってはいけない状況に一課一同が肩を震わせている中、これ以上は拙いと由衣が勇気を振り絞って声を上げた。

 

「ちょっと、美羽姉さん。いくらなんでも失礼よ」

 

「仕方ないじゃない。みんなしてビビッて縮こまっちゃってるんだから。なっさけないわねぇ。あ、彼女は上原由衣巡査部長です。由衣ちゃんが淹れるコーヒーは絶品ですよ」

 

「息を吐くように嘘を言わないでよ!?」

 

 由衣が淹れるコーヒーがあまり美味しくないことは一課のみんなが知っていること。昔と比べれば大分良くなってはいるが、しかし今日赴任したばかりの黒田がそんなことを知る由もなく、美羽の口から出任せを聞いて由衣へと顔を向ける。

 

「ほう。生憎と私は紅茶派だが、機会があれば淹れてもらうとしよう」

 

「あ、はい。淹れさせて、頂きます……」

 

 断れるはずもなく。黒田の厳つい風貌に引き攣りそうになる顔を必死に抑え、由衣は精一杯の笑顔で応えた。

 

「それで、由衣ちゃんの隣にいる仏頂面の男が大和敢助警部。長野県警一の強面刑事として幅を利かせていましたけど、それも今日限りですね」

 

「おい、誰が幅を利かせてるだって?」

 

 美羽の失礼な物言いに敢助がこめかみに青筋を立てて声を上げる。しかし怒りを向けられた当人は素知らぬ顔でそっぽを向いていた。

 

 ちっ、と美羽に対して舌打ちをしながらも敢助は新たな一課長である黒田を真っ直ぐ見据える。

 

「大和敢助だ。宜しく頼むぜ、黒田課長」

 

「こちらこそ、宜しく頼む」

 

 甲乙付け難い強面同士の挨拶は、側から見るとヤクザの頭と若頭のやり取りそのものだ。思うだけで誰もそんなこと口にしないし、唯一口にしそうな美羽もラインは見極めているので口を噤んでいる。

 

「次に孔明被れのインテリちょび髭こと私の上司、諸伏高明警部です」

 

「ああ、よく知っている。一関警部補共々、長野の女関羽と孔明として有名だったからな」

 

 由衣と敢助に向けたものとは若干毛色の違う眼差しが高明に向けられる。初対面であることに間違いないはずだが、高明は向けられる視線に妙な含みがあるように感じた。

 

「……恐縮です」

 

 黒田の威圧感に満ちた顔と眼差しに僅かに恐怖心を抱きながら、それをおくびにも出さず高明は礼儀正しく返した。

 

「それでは、次は──」

 

「──いや、もう十分だ」

 

 美羽の紹介を黒田が遮り、頭二つ分は低い位置にある美羽を見下ろした。

 

「君の厚意を無碍にするつもりはないが、この調子では日が暮れてしまう。個人個人の挨拶は折を見て私からする。それで構わないか?」

 

 一課全体へと向けられた問い掛けに、萎縮していた刑事たちは口を揃えて肯定の返事をした。

 

「あらそう。余計なお世話でしたか」

 

「いいや、そうでもない。この面構えを前にしても物怖じしない胆力と噂に違わぬ破天荒ぶり。君という人間の一端を知ることができただけでも十分な収穫だ」

 

「は、はぁ? お褒めに預かり光栄です?」

 

 褒めていない、と誰もが心中で突っ込んだ。当人も黒田の発言が今一つ理解できず首を傾げていた。

 

「各々、時間を取らせてすまなかった。各自仕事に戻ってくれ」

 

 黒田からの指示に従って一課一同は職務へと戻っていく。美羽も由衣と敢助、高明に小突かれながらも仕事へ戻る。

 

 職務へと戻る一課の刑事たちを眺めながら、黒田は誰にも聞こえない程度の声で呟く。

 

「──長野の女関羽と孔明。噂の実力、確と見極めさせてもらうとしよう」

 

 強烈な黒田の視線に気付いた美羽が振り返る。不思議そうな顔で首を傾げる美羽に、黒田は厳つい顔を笑みに歪めた。

 

 




黒田管理官にはここで登場していただきました。
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