長野県警の女関羽   作:長野組推し

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本作の敢助は隻眼ですがバツではなく、縦一文字の傷です。つまり由衣がバツイチになることもないわけで……未亡人要素消失。


敢助の意思

 美羽が退院して一週間が経過した日のこと。捜査に一区切りを付けた美羽は敢助の病室を見舞いに訪れた。

 

 見舞いに来た美羽を敢助はベッドの上で出迎えた。

 

「おう、お前は元気そうだな」

 

 美羽を迎えた敢助は左眼を包帯で多い、左足をギプスで固めて吊った状態で笑っていた。美羽はベッド脇の椅子にどかっと腰を下ろし、腕と足を組んで敢助を見た。

 

「そっちはまだまだ復帰に時間が掛かりそうね、バカンスケ」

 

「雪崩に巻き込まれてもぴんぴんしてるおめーの方がおかしいんだよ、馬鹿」

 

 互いに憎まれ口を叩き合って睨み合う敢助と美羽。あわや口喧嘩でも始まるかと思われたが、その前に美羽がふっと眉尻を下げて視線を落とした。

 

「左眼、もう見えないんだってね」

 

「……ああ。銃弾が掠めて潰れちまった。もう元には戻らないってよ」

 

 包帯に覆われた敢助の左眼には銃弾が掠めた縦一文字の傷が刻まれている。眼球が潰れてしまっているため、左の視界が元に戻ることは二度とない。

 

 敢助の返答に美羽は責任を感じたように肩を落とす。美羽がもう少し早く駆け付けていれば、敢助が左眼を失うこともなかった。あと一歩早ければ、と美羽は責任を感じているのだ。

 

 気落ちする美羽に敢助はしんみりとした空気を吹き飛ばすように声を張り上げて言う。

 

「ばーか。お前がいなかったら俺は今頃お陀仏になってたんだ。目玉の一つくらい、安いもんだ」

 

「安いわけないでしょうが……」

 

 呆れてぼやく美羽だが、隻眼になってしまったことを気にした素振りもない敢助に毒気を抜かれる。はぁ、と溜め息を吐いて組んだ腕を解いた。

 

「それで、記憶の方も変わらず?」

 

「ああ、そっちもさっぱりだな。御厨が発砲したあたりまでははっきりと思い出せるんだが、その後がな……」

 

 失った左眼を手で覆いながら敢助は顔を顰める。

 

 雪崩の衝撃か撃たれたショックか、敢助は雪崩に巻き込まれる前後の記憶を失ってしまっている。左眼を奪った相手が御厨でないことだけは覚えているが、それ以降のことは思い出せない。

 

「捜査の方はどうだ? コウメイと一緒に未宝岳周辺の捜査を続けているんだろう?」

 

 敢助の問い掛けに美羽はお手上げとばかりに両手を上げ、力なく首を横に振った。

 

「成果は何もなし。手配をしようにも顔も何も分からないし、その後に私たち以外の被害者も出ないから捜査も打ち切りが決まっちゃったわよ」

 

 美羽と敢助を守るために牽制弾を撃ち込んだ高明も犯人の顔は見ていない。現場に残された弾丸のライフリングに前歴もなく、手掛かりは何一つとしてなかったのだ。

 

「大体ねぇ、敢助が一人で御厨を追っかけたりしなければ、こんなことにはならなかったでしょうに」

 

「仕方ねぇだろうが。甲斐巡査の死に関りがあるかもしれないあいつを逃がす訳にはいかなかったんだからな。まぁ、御厨は甲斐巡査とはなんの関係もなかったようだが……」

 

 御厨は甲斐巡査の名前どころか顔すらも知らなかった。甲斐の事故死と失踪した時期が重なってはいるものの、それもただの偶然だろうと取り調べを担当した由衣は結論付けた。

 

 大きな溜め息を吐いて敢助は頭の後ろで手を組んだ。

 

「くそっ、これで甲斐巡査の死の真相を掴めると思ったってのによ。また振り出しか」

 

「……ねえ、どうしてそこまでして甲斐巡査の死の謎を追ってるのよ。いくら憧れのお巡りさんだからって、ちょっと度が過ぎてるんじゃない?」

 

 それは美羽が前々から疑問に思っていたことであった。

 

 甲斐巡査は敢助と由衣が子供の頃に憧れた警察官であり、二人が刑事を志した切っ掛けの人物だ。思い入れの深い人物であることは美羽とて重々理解しているが、それにしたって事故死と片付けられた事件を六年も追い続けるのは行き過ぎている。

 

 特に今回の敢助の行動は無茶が過ぎる。命こそ助かったものの、左眼を失い左足は骨折だ。不幸中の幸いと言うには失ったものが大きすぎる。

 

 美羽の疑問に対して敢助はしばしの沈黙。ややあってから口を開いた。

 

「甲斐さんはガキの頃から俺たちが憧れていた刑事だ。特に上原は、大きくなったら甲斐さんの嫁になるって言うくらいに慕っててよ……」

 

「へぇ……ん?」

 

 ぼそっと何処か恨みがましく呟かれた敢助の言葉に美羽は目を丸くする。敢助にしては珍しい、不貞腐れたような態度に驚いたのだ。

 

(敢助が由衣ちゃんに対して朴念仁な理由って、まさか……)

 

「だからあいつのためにも、一日でも早く甲斐さんの事件の謎を解いてやりてーんだよ」

 

「……そう」

 

 残った右眼に揺るぎない意思を宿して宣言する敢助に、美羽は微笑ましいものを見るように柔らかく微笑んだ。

 

「ま、理由は分かったわ。でもねぇ、どんな理由があっても由衣ちゃんを泣かせたことは許さないわよ」

 

「泣いていた? 由衣が?」

 

 驚いたように目を見開く敢助。見舞いに来た時の由衣は安心したように笑ったり、無茶をした敢助に対して怒ったりはしたが、涙を見せるようなことはなかった。だから泣いていたことを知るのは駐車場で由衣に寄り添った美羽と傍にいた高明くらいだろう。

 

 由衣が泣いていたと聞いた敢助は目を見開いたまま固まっていたが、やがて反応に困ったように頬を掻き目を逸らした。

 

「そうかよ……」

 

「そうよ。だ・か・ら、次に由衣ちゃん泣かせるような真似したら、その時はしっかり責任取ってもらうから覚悟しときなさいよ……!」

 

 拳を握り締めて脅す美羽に敢助は鬱陶しそうに顔を歪めながら、不承不承といった体で頷いてみせた。

 

 敢助から一応の言質を取った美羽は満足そうに頷くと席を立つ。話したいことも話せたのでそろそろ帰ろうと考えたのだ。

 

「それじゃ、私はもう帰るわ。安静にして、さっさと戻ってきなさいよ。一課のみんなで待ってるから」

 

「おう、わざわざ悪かったな」

 

 気にするなとばかりに掌をひらひらと振りながら美羽は病室を後にした。

 

 病院の廊下を歩きながら美羽は真剣な顔付きで顎に手を当てる。

 

(甲斐巡査の事故死は六年前。敢助と由衣ちゃんに遠慮して介入は避けていたけど、ちょっと調べてみますか。コウメイも、引き連れて……)

 

 ここに美羽は甲斐巡査の事故死から始まる事件に介入することを決意した。その決断が、後にある名探偵たちと邂逅する切っ掛けとなるのだが、それはまだ少し先の話だ。

 

 

 

 

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