長野県警の女関羽   作:長野組推し

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消えた弟分

 長野から朝一の新幹線に乗ってやっとこさ辿り着いた東京。警察を辞めるとだけ一方的に告げて音信不通となった景光の顔を見ようと意気込んでいた美羽であったが──

 

「電話は出ない、メールも返ってこない、家は一月前に引き払い済み。配属されていた交番も、ご近所さんに話を聞いても、一身上の都合以上の話が出てこない。どうなってんのよ……」

 

 訳が分からないと頭を抱える美羽。東京で頑張っているだろう弟分の元気な姿を確認して、警察を辞めた理由を聞いて終わるはずだった計画は、最初の一歩目から盛大に躓くこととなった。

 

 肩を並べて隣を歩く高明はと言えば、顎に手を当てて何やら思案している。

 

「妙ですね……」

 

「何がよ?」

 

「余りにも周到が過ぎる。まるで自らの痕跡を消そうとしているかのよう……」

 

「痕跡を消す? なんだってそんな……」

 

「さて、幾つか推測はありますが、現段階ではなんとも」

 

「ふぅん……」

 

 今一つ理解できていなさそうな顔で頷いて、不意に美羽は背後を振り返った。

 

 その場で立ち止まった美羽は行き交う雑踏に目を向ける。普段のおちゃらけた態度は鳴りを潜め、雑踏を睨む目付きは鋭い刃物のようだ。真正面から相対したら震え上がりかねないほどの眼光である。

 

「どうかしましたか?」

 

「……いいえ、なんでも」

 

 小さく首を振った美羽は誤魔化すように話を切り替える。

 

「ところで、この町ちょっとおかしくない?」

 

「何がですか?」

 

「何がも何も──」

 

 うんざりと口をへの字に曲げて美羽は続ける。

 

「ひったくり二件、傷害未遂一件、誘拐未遂一件……午前だけでこれだけの事件に遭遇するなんて普通じゃないでしょ。長野でももう少し平和よ……多分」

 

 景光の行方を探して彼方此方を巡った美羽と高明。その間に出会した事件の数は未遂を含めて四件。長野と比べても脅威の事件発生率である。

 

「多すぎよ、どう考えても。物騒にも程があるっての」

 

「誘拐犯の車のフロントガラスを蹴り破る君のほうが余程物騒な気もしますがね」

 

 助けを求めて泣き叫ぶ子供が目の前で車に押し込まれる姿を見るや否や駆け出し、車が発進する前に飛び膝蹴りでフロントガラスを打ち抜いた美羽。サイドガラスならばまだしも、頑丈なフロントガラスを道具も使わず蹴破るのは人間辞めている芸当だ。

 

「あれは蹴破る前に石で罅を入れてたじゃない」

 

「大差ないと思いますが?」

 

 咄嗟に動き出せる判断力も含めて人間離れしている。そう突っ込まれては美羽も言い返せない。

 

 半目で見てくる高明に美羽は慌てた様子で首を振る。

 

「ええと、私が言いたいのは、ヒロは何か事件に巻き込まれて身を隠したんじゃないか、ってことよ」

 

 ちょっと出歩くだけで犯罪に遭遇するような物騒な町である。警察官だった景光が何かしらの事件に巻き込まれた可能性は十分に考えられるだろう。

 

「その可能性は私も考えました。それを確かめるためにも、一度警視庁に出向くべきでしょう。景光のことを知っている刑事が誰かしらいるかもしれませんし」

 

「ヒロの同僚や、行方を知ってる人がいればいいんだけど……」

 

「同僚……」

 

 再び顎に手を当てて深く考え込み始める高明。高明の脳裏には景光が警察学校時代に親しくしていたという友人たちの顔触れが浮かんでいた。

 

 手紙でのやり取りの際に同封されていた写真。警察学校の卒業式に撮ったであろう写真には、景光を含めて五人の男が写っていたことを覚えている。

 

 その中でも自慢の幼馴染だとよく話題に上がっていた人物がいた。東都大学に通っていた時に景光から直接紹介してもらったこと、特徴的な容姿とあだ名だったこともあって高明の記憶に今でも残っている。

 

 そのあだ名は──

 

「──ゼロ」

 

「ん、今何か──」

 

 ぼそっと呟かれた言葉を美羽が聞き返そうとした瞬間、二人の行手から少女の甲高い悲鳴が響き渡った。

 

 美羽と高明が反射的に顔を上げると、正面からマスクとサングラスで顔を隠した男が物凄い勢いで迫ってきていた。その腕には女性もののポーチが乱暴に抱え込まれている。

 

「ひったくり! その人ひったくりです!」

 

 ポーチをひったくられたのだろう中学生くらいの少女が声を上げている。隣には同い年くらいの少年がいて、ひったくり犯を抑えようと走り始めていた。

 

「まったく、退屈しないわねこの町は……コウメイ、足頼んだ」

 

「お任せを」

 

 ほんの僅かなやり取りで意思疎通を交わし、美羽と高明は動き出す。

 

「どけ! 道を開けろ!」

 

 叫びながら走る男の剣幕に恐怖した通行人たちが道の端に捌ける。美羽と高明もその流れに従ったように左右に分かれた。

 

 何も知らないひったくり犯が高明の横を駆け抜けようとする。そこへ高明はすっと足を差し込んだ。

 

「うおっ!?」

 

 高明の足に蹴躓いたひったくり犯が盛大に体勢を崩し、走っていた勢いそのままアスファルトの地面に顔面からダイブしそうになる。しかし寸前で美羽が腕を取ったことで転倒を免れた。

 

「な、何しやが──」

 

「はい、窃盗の現行犯として確保」

 

 掴んだ腕をそのまま捻り上げ、美羽は慣れた手付きでひったくり犯を取り押さえる。そのまま胸の内ポケットに手を伸ばして、はたと動きを止めた。いつもの癖で手錠を取り出そうとしてしまったのだ。

 

「コウメイ。通報よろしく」

 

「既に。すぐに駆け付けてくれるかと」

 

 いつの間にか隣に立っていた高明が腕時計を確認しながら、通報を終えたスマホを懐に仕舞う。ひったくり犯を転けさせようとした時点で既に通報の用意を整えていたのだ。美羽が取り逃す可能性など微塵も考えていなかったらしい。

 

「さーて、盗ったものは返してもらうわよ」

 

「くそっ、ちくしょう……!」

 

 美羽はひったくり犯の手から盗まれたポーチを奪い返す。すると丁度そのタイミングで被害に遭っただろう少女がその場に駆け付けた。

 

「あの! それ、私のポーチです!」

 

「はい、どうぞ。中身の確認もお願いできる?」

 

「ありがとうございます!」

 

 美羽からポーチを受け取った少女はすぐに中身を確認し、不足がないと分かると安心したように胸を撫で下ろした。

 

 安堵する少女に友人らしき少年が声を掛ける。

 

「ったく、大切なポーチなら盗られないようにちゃんと持っておけよな」

 

「そんなこと言ったって、急に襲われたんだもん……」

 

 少年の指摘にむすっとした表情で言い返す少女。ただの友人にしては親密そうな少年少女の雰囲気に、美羽は愉快そうに笑みを零した。

 

「おやおやぁ? そこは彼氏殿がちゃんと守ってあげるところじゃない?」

 

「彼氏じゃねーよ!」

 

「彼氏じゃないです!」

 

「息ぴったりねぇ。お熱いこと」

 

 揶揄い甲斐のある反応に美羽が笑みを深めると、少年の方がジト目で美羽を睨み返した。

 

「余計なお世話だっての。中学生揶揄ってる暇があるなら、さっさとひったくり犯を連行してくれませんかね、刑事さん?」

 

「え、そうなんですか?」

 

 思わずといった様子で少女は美羽と高明の顔を交互に見る。ひったくり犯からポーチを取り返してくれた相手がよもや刑事だとは思わなかったのだ。

 

 一方素性を言い当てられた美羽と高明は驚いたように目を丸くした。格好は私服で警察手帳を見せたわけでもない。一体何を根拠に刑事だと見抜いたのだろうか。

 

「よく分かったわね、私たちが刑事だって」

 

「初歩的な推理ですよ。ひったくり犯を取り押さえた後、貴方は胸元に手を伸ばして動きを止めた。恐らくは手錠を掛けようとして、今は携帯していなかったことに気付いたんだ」

 

「なるほど?」

 

「それと相方の男性もひったくり犯を抑えてすぐに腕時計を見ていましたね。あれは時間を取ろうとしていたんだ」

 

「ほう」

 

「何より、窃盗の現行犯なんてフレーズ、一般人の口からは普通出ませんよ。大方、非番か休暇中の刑事なんでしょうが、違いますか?」

 

 自信満々に推理を披露した少年はどうだとばかりに美羽と高明を見やる。挑発的な視線を向けられた二人は互いに顔を見合わせ、どちらからともなく感心混じりの笑みを零した。

 

「よく見ているじゃない、少年。九十点を上げましょう」

 

「素晴らしい慧眼ですね」

 

「……九十点?」

 

 美羽の言葉尻に引っ掛かりを覚えた少年が眉を顰める。九十点とは、つまり完全正解ではないということ。今の推理の何処に間違い、あるいは不足があるというのか。

 

 怪訝な目付きになる少年に美羽は答え合わせとばかりに懐から警察手帳を取り出す。

 

「休暇中の刑事までは合ってるけど、連行はできないわね。何せ私たちは余所者だから」

 

「長野の刑事さんだったんですか?」

 

 警察手帳に記された所属を見て驚く少女。東京の町中で助けられた相手が刑事で、それも長野県警の所属となれば驚くのも無理はない。

 

 差し出された警察手帳をまじまじと見つめ、少年は訝しげに首を傾げる。

 

「長野の刑事が何故東京に?」

 

「ちょっとした観光よ、観光。ほらほら、後のことは私たちに任せて、学生は学生らしくデートを楽しんでいらっしゃい」

 

「だからそんなんじゃないって!」

 

 美羽の揶揄いに少年は噛み付くが、隣の少女に宥められやがて腕を引かれて離れていく。賑やかしくも仲睦まじい少年少女の背中を、美羽と高明は微笑ましげに見送った。

 

「頭の切れそうな子だったわね」

 

「ええ、将来は有能な刑事、あるいは……探偵か。何れにせよ、前途有望な少年だ」

 

「また何処かでばったり出会いそうな気がするわねぇ。私の勘は結構当たるのよ」

 

「願わくば凄惨な事件の現場でないことを祈ります」

 

 つらつらと少年について話をしていると、高明の通報によって駆け付けたパトカーが到着する。美羽と高明は管轄の刑事に事情を説明し、ひったくり犯を引き渡してその場を後にした。

 

 その後、美羽と高明はまたぞろ事件に巻き込まれる前にと急ぎ足で警視庁へと向かうのだった。

 

 

 ▼

 

 

 長野から訪れた美羽と高明の後ろ姿を路地裏の陰から覗く二人組がいた。

 

 二人とも人相を隠すように帽子を目深に被り、用心深くサングラスまで掛けている。辛うじて読み取れるのは男であることと、一人は髭を生やし、もう一人は髪色が目立つ金髪で褐色肌であるくらいだろう。

 

 金髪の男がほっと安堵したように息を吐き、畏怖混じりに呟く。

 

「とんでもないな、あの女刑事。これだけ離れていても僕らの視線に気付いていたぞ」

 

「昔から姉さんは直感が冴えていたからね」

 

「直感だけじゃないだろう。車の窓を蹴破った時の動きは尋常じゃなかった」

 

 美羽と高明が東京入りした時点でその動向を追っていた二人は、今日一日の活躍をその目で直に目の当たりにした。ひったくりを三件、傷害未遂を一件、誘拐未遂を一件。中でも誘拐未遂の一件はとんでもなかった。

 

 泣き叫ぶ子供が車に押し込められる現場に遭遇した美羽は小石を投げ付けてフロントガラスに罅を入れ、車が走り出すのを止めた。そこまではまだ常識的な範囲内だ。問題はその次である。

 

 車の発進を止めた美羽は高明の制止を振り切ると、人混みを避けるようにガードレールの上を全力疾走、街灯を蹴って高さを稼ぎ、勢いそのままに膝蹴りを叩き込んだ。軽業師も仰天するアクロバットな芸当に尾行していた二人は思わず目を剥いた。

 

「子供の頃から姉さんはやんちゃしいだったから。俺が山で迷子になった時も、木の上を走り回って見つけてくれたし」

 

「木の上を走ることはやんちゃで済ませられるレベルじゃないだろう。まあ、君のお兄さんも相当だが」

 

 美羽の無茶苦茶で霞みがちだが、凶器を振り回す誘拐犯の仲間に素手で突撃して制圧した高明も相当な無茶しいだ。

 

 兄の無茶苦茶な突撃に飛び出し掛けた相方を止めるのが大変だったと、金髪の男は疲弊混じりに嘆息を零した。

 

「流石は長野の女関羽と孔明か」

 

「自慢の兄さんと姉さんだよ。姉さんは、実の家族ってわけじゃないけど」

 

 我が事のように男は誇らしげに胸を張った。

 

 長野の女関羽と孔明。長野県警所属の刑事で、脅威の犯人検挙率と活躍、問題行動の多さから警察関係者の間で俄かに噂となっているコンビだ。そのコンビの正体が、まさか親友の身内だったとは思いもよらなかったと金髪の男は驚いたが。

 

「問題は、このままだとあの二人に僕らの所属を探られてしまうことだが」

 

「職場や知り合いの刑事にも退職理由は徹底しているから大丈夫だと思うけど、兄さんは鋭いからなぁ。もしかしたら、俺が公安に移籍したことを察してくれて、手を引いてくれるかもしれない……ただ」

 

 困ったように男は頭を掻く。

 

「姉さんはなぁ、一度決めたら止まらないから、俺の顔を見ない限り引かないかもしれない。事情を知ったら知ったで、心配して突撃してくる可能性もある」

 

「駄目じゃないか、それ」

 

「兄さんが上手く抑えてくれるといいんだけど……」

 

「さっきは止められていなかったぞ?」

 

「むしろ兄さんも一緒になって突撃していたね……」

 

 誘拐犯に突撃する兄の姿を思い出し、男は憂い混じりの溜め息を吐いた。

 

 基本的に冷静沈着で落ち着いた振る舞いの高明だが、その実美羽に負けず劣らずアグレッシブな一面を持つ男。平時ならば美羽の抑え役として機能するだろうが、そうでない時はむしろ便乗しかねない。

 

 美羽と高明に深入りされて困る男たちは揃って頭を悩ませる。今、二人は非常にデリケートかつ危険な任務に身を投じている真っ只中なのだ。下手に介入されては死人が出かねない。

 

「とりあえず、尾行はここまでだ。警視庁まで尾けると他の刑事たちに見つかりかねないからな」

 

「そうだね。今日以降も兄さんたちが動くようなら、何かしらの対応を考えないといけないか」

 

「最悪、長野の公安に働いてもらおう」

 

 尾行を切り上げて二人は美羽と高明に背を向け、ふと思い出したように髭を生やした男が振り返った。

 

 サングラスに隠された高明に似た目元を懐かしげに細め、男は二人組の刑事の背中をその目に焼き付ける。

 

「俺は頑張ってるよ。兄さん、姉さん──」

 

 届かない報告を呟き、男は迷いを振り切り親友と共に歩みを再開した。

 




ちなみに主人公の強さ指標は、

無手だと真さんに勝てなくて、武器ありで負けない、武器あり高明バフで勝ちが掴めるくらい。

ただし園子バフ受けた真さんには何があっても勝てません。最強は京極真なり。
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