長野県警の女関羽 作:長野組推し
「ええ? じゃあ、諸伏警部と二人きりで旅行に行ったのに、何も進展なかったの!?」
「ないわよ、そんなもの」
休憩がてらに由衣が淹れたあまり美味しくないコーヒーを飲みながら、美羽は矢鱈と大袈裟に驚く由衣をジト目で睨む。高明と二人で景光を探しに東京へ出向いた話を聞きたいと頼まれたから答えたというのに、何故不満そうな反応を返されなければならないのか。
「だって、せっかく諸伏警部と二人きりだったのに……本当に何もなかったの?」
「だから、ないって……そもそも、高明は今でも」
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れず由衣は反射的に聞き返す。しかし美羽は何でもないと首を振り、誤魔化すように話を続けた。
「結局ヒロには会えず、観光もまともにできなかったわね……」
無駄足だったと美羽は盛大に溜め息を吐いた。
景光を探してわざわざ東京まで足を運んだというのに成果は皆無。警視庁を訪ねても行方は知れず、手掛かりの一つも掴めず仕舞いで時間切れだ。
人一人が忽然と消息を絶った、それも弟分として可愛がっていた景光がだ。これは日を改め本腰を入れて捜索しなければと美羽は意気込んだのだが、実の兄であるはずの高明は違った。
「あのインテリちょび髭、もう探す必要はないとか言って……薄情者め」
警視庁を訪ねたあたりで何かしらの結論に達したのか、高明は弟探しをその場ですっぱりと打ち切ってしまった。美羽はそれが大層不満だった。
顔を見るどころか行方すら分からず終いであるのにどういう了見かと尋ねても、高明は訳を答えようとしない。勿体ぶった言い回しで煙に巻こうとする始末だ。納得できるはずもない。
高明には高明なりの考えがあるのは理解している。美羽が見落とした何かに気付いて手を引いたのだろうことも察している。だがそれでも、美羽は直接景光の顔を見るまで諦める気はない。今後も折を見て景光探しを継続する所存だ。
そして高明に対する不平不満も隠すつもりは毛頭なかった。
「それで朝から微妙に不機嫌だったのね」
「別に不機嫌じゃないわよ……まったく、頭の良い奴ってなんで矢鱈と勿体ぶるような物言いをするわけ? 難しい言葉ばっか使って、周りが理解できずに自分で言葉の意味を解説する羽目になるのに……まあ、傍から見ている分にはシュールで愉快だけど」
「あ、それは分かるかも。敢ちゃんも、物騒な言葉ばっかり使いたがるし、顔も怖いし。そんなことだから聞き込みで怖がられちゃうのよね」
「変わり者の上司を持つと苦労するわねぇ?」
「う、うんうん」
変わり者筆頭の発言に由衣は引き攣りそうになる表情を必死に抑えた。この場に軍師コンビが居合わせたら、常にないコンビネーションで突っ込みを入れていたことだろう。
一応の見解の一致を得た美羽と由衣はここぞとばかりに、ここがダメ、あそこがダメ、でもこういうところはまあ良いよね、と思いのままに上司談義を始めてしまう。
因みにだが美羽と由衣が居るのは捜査一課のデスクである。高明と敢助は二人揃って席を外しているが、他の刑事たちは普通に居る。銘々に休憩しながら、あるいは報告書やら書類の整理をしながら、二人の会話にそっと聞き耳を立てていた。
後に席に戻ってきた高明と敢助は同僚たちから矢鱈と生温かい目を向けられることになるのだが、それはまた別の話だ。
「はぁ、色々と愚痴を零したら気が晴れたわ。聞いてくれてありがとね、由衣ちゃん」
「いいのよ。私も美羽姉さんの話が聞けて楽しかったから」
美羽と由衣はお互いにすっきりした表情で笑い合った。
幾分か気が晴れた美羽は残りのコーヒーを一気に飲み干して仕事に戻る。休憩と仕事のメリハリはきちんとつけているのだ。
由衣も自分の席に戻ろうとして、ふと思い出したように足を止めた。
「そういえば、姉さんにちょっと聞きたいことがあったの。この間、
「ええ、聞いたわ。改造銃だけじゃなく、相当な量の爆薬も積んでいたって騒ぎになっていたから。物騒極まりない話よね。でもそのヤマ、山梨側が主導して捜査するって聞いたけど」
担当部署が違う上にお隣が主導で動く事件であるため、美羽も小耳に挟んだ程度でしかない。ただ結構な量の銃火器が押収されたとだけは聞いていた。
「ええ、そうなの。車に載っていたものは山梨側が押収して、うちからは人員だけ送る形の捜査になってるみたい」
「その捜査に何か問題でも?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、ちょっと気になって……」
首を振って否定しながら、しかし由衣は端正に整った眉根を寄せる。
「押収された品は改造銃複数、弾薬多数、爆薬が大量。こんな代物をどうするつもりだったのかは勿論気になるけど、それ以前に、これだけの品をどうやって調達したのかが気になるのよ」
「それは、暴力団やら何やらの密輸ルートだろうけど……一般市民でもやりようによっては銃を手に入れられちゃうってのは、世も末よねぇ」
どうなっているんだこの世界は、と美羽は胸中で吐き捨てる。
前世と比べて今世の世界は余りにも治安が悪すぎる。どいつもこいつも殺意の沸点が低いし、凶悪犯罪の発生率も異常が過ぎる。毎日何処かで誰かが誰かに殺され、建物が盛大に爆破されているような惨状だ。
前世の世界と比べて世紀末すぎる今世に美羽が遠い目になっていると、その意識を引き戻すように由衣が話を続けた。
「それにしたって変よ。美羽姉さんがこの前未然に防いだコンビニ強盗も、拳銃を所持していたんでしょ?」
「……そうね。後の聴取で判明したけど、外で待機していた連中が所持していたらしいわ。警官が駆け付けたらそれで応戦するつもりだったとかなんとか。その話を聞いて、流石にちょっと肝冷やしたわよ」
美羽が偶然にも居合わせて解決したコンビニ強盗事件。猟銃を持った二人組と外で待機していた三人組も纏めて制圧したことで事なきを得た一件だが、一歩間違えれば銃弾が飛び交う鉄火場になっていたかもしれなかったのだ。
美羽個人は転生チートで人間離れした身体能力を有しており、銃で武装した集団だろうとよほど不利な状況でもなければ負けることはない。だがコンビニという狭い空間で、なおかつ守らなければならない市民が複数いる状況下では、如何な美羽でも単独で事態を解決することはできなかっただろう。
あの一件は外で待機していた仲間たちが内部からの反撃を想定していなかったがために無事に終結したのだ。
「余りにも銃が出回り過ぎてるのよ。私たちだって銃の入手経路を洗って幾つも潰してるのに、全然減っている気配がしない」
「何処かに銃を売り捌く闇の商人でもいたりして」
「あるいは……」
神妙な顔付きで黙り込む由衣。その胸中には、考えたくはない可能性が浮かび上がっていた。
「由衣ちゃん、どうかした?」
「……ううん、何も。少し考え事をしていただけ。長話に付き合わせてごめんなさい」
「全然構わないけど……」
何もないと首を振る由衣に、美羽は漠然とした不安を覚えた。自分自身の身に迫る危機に反応する直感とは違う、首筋がちりつくような焦燥が湧き上がる。刑事として積み上げた勘が不安を訴えていた。
「由衣ちゃん。何か困ったことがあったら、いつでも相談してよね。私で頼りなかったら、癪だけどコウメイでもいいし──ああ、いや」
そこで美羽はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「由衣ちゃんが頼るなら、敢ちゃん一択よねぇ?」
「もう、揶揄わないでよ姉さん!」
「ふふっ、これは失礼。でも、あんまり一人で抱え込んじゃダメだからね?」
「大丈夫よ。少し調べてみて、必要ならちゃんと相談するから」
心配要らないと笑って、今度こそ由衣は自分のデスクへと戻っていく。普段と変わらないその後ろ姿に、美羽はそこはかとない不安を覚えた。
「……敢助に伝えておけば大丈夫か」
由衣の上司である敢助にそれとなく目を離さないよう伝えておけば悪いことにはならないだろうと、美羽はメールを敢助に送る。普段は舐め腐った態度を取っているものの、美羽と敢助の間にも確かな信頼関係がある。美羽が真剣に伝えれば、敢助とて無碍にはしないだろう。
現に美羽からのメールに対して、「分かった」と言葉少なながらすぐに返事が返ってきた。
これで一安心だと、美羽は一息吐く。上司である敢助が注意を払い、由衣自身も冷静である限りは引き際を見誤るような
この時の判断を、美羽は後々に後悔する。もっと強く由衣に対して言い聞かせるべきだった、無理にでも一緒に捜査するべきだったと。
県警に潜む黒い闇が、静かに蠢き始めていた。
次から原作のお話突入。