長野県警の女関羽   作:長野組推し

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県警の黒い闇編突入。
なお、コナン君はまだいない模様。
ついでに黒田管理官も不在です。


動き出す県警の黒い闇

 時刻は夜の九時を回った頃。職員の大半が退勤した後の長野県警本部資料室にて、由衣は一人で調べ物に勤しんでいた。

 

 人目を忍ぶように部屋の電気も点けず、険しい顔付きでPCの画面に映し出される資料を睨む。調べているのはここ数年の事件、それも銃が悪用されたものばかりだ。

 

「……やっぱり、そういうことなのね」

 

 ここ数日、由衣は拭い切れない違和感の正体を探るために、同僚や上司たちの目を避けて秘密裏に調査を続けてきた。胸の内に浮かんだ最悪の想像が外れていることを願って。

 

 しかし調査の結果得た確信は、外れてほしかった推測を裏付けるものとなってしまった。

 

「これ以上は、私一人の手に負えない……」

 

 疑惑が確信に至った以上、問題はもはや由衣一人の手に負えるものではなくなった。事態の早期解決に奔走しなければ長野県警の威信に多大な影響を及ぼしかねない、それほどの問題なのだ。

 

 だが相談する相手は選ばなければならない。下手な相手に相談しようものなら、握り潰されるか、相手によっては最悪──

 

「信頼できる相手、か……」

 

 この一件に関して確実に白で、頼ることができる相手はそう多くない。真っ先に脳裏に浮かんだのは幼馴染の三人、敢助と高明、そして美羽だ。

 

 由衣にとって大切な幼馴染である彼ら彼女らなら絶対に大丈夫だと、確信があった。信用の面でも、能力の面でも問題ないだろう。

 

「明日の朝一に、みんなに相談しましょう」

 

 三人とも既に退勤済みで、今から相談を持ち掛けては夜が遅くなる。それに事情を話すのなら全員に直接、経緯も含めて話した方が効率が良い。由衣はそう判断した。

 

 今日のところは切り上げようと、PCをシャットダウンしようとして──不意に資料室の照明が何者かの手によって点けられた。

 

「──だれ!?」

 

 反射的に顔を上げた由衣は資料室の入り口に立つ相手を見て目を丸くする。電気を点けたのは由衣もよく知る相手──油川信介だった。

 

「上原刑事? こんな暗がりで何してるんですか?」

 

「油川君こそ。こんな時間まで何してるのよ?」

 

「いやぁ、僕は報告書の処理が終わってなくて……」

 

 頭を掻きながら油川は恥ずかしそうに笑ってみせる。気の抜けそうな油川の笑い方に、由衣も毒気を抜かれたように苦笑を零した。

 

 油川信介。一年ほど前に県警本部に配属された、由衣にとっては後輩にあたる刑事。敢助が教育係を任されている縁もあり、由衣も色々と面倒を見ている相手だ。

 

「上原刑事はこんな遅くまで調べ物ですか? 仕事熱心ですねぇ……」

 

「ええ、まあ……そんなところ」

 

 微妙に歯切れ悪く答える由衣。迂闊に調査内容を明かすことができないため、言葉を濁さざるを得なかったのだ。

 

 それに、たとえ油川の人柄が信頼できたとしても、由衣が彼に調査内容を明かすことはなかっただろう。県警本部に配属されてから日が浅い新米に、同じ職場の刑事を疑わせるような真似はしたくない。

 

「でも、今日は遅いからもう帰るわ」

 

「そうですね、ってこの時間に一人ですか? 夜道の一人歩きは危ないですよ」

 

「大丈夫。家も近いし、これでも美羽ね──じゃなくて、一関刑事に鍛えられてるから」

 

 心配不要とばかりに由衣は笑ってみせた。

 

 昔から美羽の無茶苦茶に付き合ってきた由衣はただ守られるだけのか弱い女ではない。暴漢の一人や二人くらいなら鼻歌混じりに取り押さえられるくらいの実力は持ち合わせている。女関羽こと美羽が目立っているせいで霞みがちだが。 

 

「じゃ、私は先に上がるわね。油川君も、あんまり遅くまで残ってちゃダメよ?」

 

 手早く荷物を纏め、擦れ違い様に油川の肩を軽く叩いて由衣は資料室を後にした。

 

 資料室に一人残された油川は由衣の背が廊下の影に消えるまで見送る。そして由衣の背が見えなくなり人の気配がなくなるや否や、貼り付けていた笑みを剥がして資料室のPCへと目を向けた。

 

 油川は由衣が利用していたPCの電源を立ち上げ、資料の閲覧履歴に目を通し始める。由衣が何を調べていたのか、ざっと目を通していき──一つの捜査資料に目を止めた。

 

 それは薬物中毒者が街中で拳銃を乱射し、最終的に射殺された事件だった。死傷者多数の一件で、被疑者射殺の決断は致し方なかったと判断されている。

 

 油川は画面に映し出される捜査資料を穴が開きそうなほどじっと見つめる。その瞳は木の空のように虚で、マウスを握る手だけが渦巻く激情を表すように震えていた。

 

 

 ▼

 

 

 月明かりが厚い雲に遮られた閑静な住宅街、由衣は帰路に着いていた。

 

 見慣れた道を歩きながら由衣はスマホを弄っていた。敢助たちに明日の朝一で相談したいことがある旨を予め伝えておこうと考えたのだ。

 

(三人に纏めて同じ文面でいいわよね。詳細は会って話すけど、大事な話ってことは分かるように──)

 

 メールの文面を考えていた由衣は、ふと悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる。

 

(敢ちゃんみたいにちょっと洒落を利かせてみたりして……)

 

 故事成語や矢鱈と難しい諺を使いたがる敢助と高明の琴線に触れそうな文面を整え、その出来栄えに思わずくすりと笑った。

 

(あ、でも美羽姉さんが怒りそう……やっぱり普通の文面にしましょう)

 

 敢助と高明の無闇矢鱈にややこしい言い回しにいつも苦労させられている姉貴分の姿を思い浮かべ、メールを送信する手を止める。軍師コンビだけでも一杯一杯だというのに、由衣が背中から刺すような真似をしたら美羽は発狂しかねない。

 

 改めて文面を修正しようと打ち込んだ文を削除していき──不意に背筋を貫く悪寒に歩みを止めた。

 

 誰かに見られているような寒気を感じ、由衣は恐る恐る後ろを振り返る。等間隔に街灯が照らす道の先に、一台の車が徐行運転で走行していた。光の反射で運転手の顔はよく見えない。

 

 由衣が帰宅に利用している道は元々車通りが少ない。とはいえ皆無ではないので、車が走っていること自体は何ら不思議ではない。

 

 だが一つ、気になることがあった。夜の帷が降り切った時間帯でありながら、その車はヘッドライトを点灯していなかった。まるで獲物に気配を悟られないように息を潜める獣のように。

 

「……まさか、ね」

 

 脳裏を過ぎる想像を追い出すように頭を振り、由衣は再び足を進める。ただその歩みは立ち止まる前よりも早い。胸中を覆う漠然とした不安が足を衝き動かしていた。

 

 早足で帰路を往く由衣。その華奢な背中が後ろから煌々と照らされた。車がライトを、厳密にはハイビームを灯したのだ。

 

「うっ、何を……?」

 

 唐突に街灯の灯りよりも強烈な光を浴びせられて由衣は怯んで立ち止まってしまう。眩む視界の中で、耳障りなスキール音が耳朶を叩いた。徐行運転していた車が急発進したのだ。

 

「嘘でしょ!?」

 

 迫るエンジン音に身の危険を察知した由衣は顔を引き攣らせ、全速力で走り始める。車内の様子やナンバープレートを確認している余裕などない。死に物狂いで迫る車から逃げる。

 

 走りながら由衣は車から身を守る術がない探す。しかし間の悪いことに次の曲がり角は遠く、左右の塀は乗り越えるには高過ぎる。美羽ならば飛び越えられるだろうが、由衣には無理があった。

 

 何か、何かないかと必死に考えている内に暴走車はすぐそこまで迫っていた。もはや衝突を避けることは不可能だ。

 

「くっ、せめて──!!」

 

 左斜め前に立つ電柱目掛けて飛び込む。電柱を盾にできればという考えだったが、その目論見は叶わなかった。

 

「────ぁ」

 

 法定速度を大幅に無視した鋼鉄の箱が由衣の華奢な身体を撥ね飛ばした。

 

 閑静な住宅街に車が電柱に突っ込んだ轟音が響く。周辺住宅の電気が一斉に灯り、叩き起こされた住人たちの気配で俄かに騒がしくなる。

 

 すわ何事かと住宅から寝巻き姿の近隣住人が出てくる。野次馬に囲まれてしまう前にと、車はその場から猛スピードで離れていった。後に残されたのは轢かれた由衣だけだ。

 

 固いアスファルトの上、徐々に広がる血溜まりの中で由衣は必死に意識を保っていた。

 

 朦朧とする意識の中、手放さずに握り締めていたスマホを操作する。文面を直すために殆ど消してしまっていたが、まだ残っている部分がある。あの三人なら、短い文章でも由衣の警告を理解してくれるはずだ。

 

 最後の力を振り絞って短いメールを送信し、そこで由衣は力尽きた。握り締めていたスマホを取り零し、眠るように瞼を閉じる。

 

 遠くで大勢の人が騒ぐ声や、救急車のサイレンらしきものが聞こえる。しかしそれらは由衣の意識を繋ぎ止めること叶わず、由衣の意識は暗い闇の底へと沈んだ。

 

「敢……ちゃん……」

 

 呟いた大切な人の名前は集まった野次馬の声に掻き消された。

 

 

 




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