長野県警の女関羽   作:長野組推し

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ちなみに本作は今話あたりを原作開始四年前くらいを想定して書いてます。なので雪崩やら何やらはまだ先、大和警部もピンピンしてます。


疑惑の刑事たち

「──ふぅ」

 

 車の車体に背中を預け、美羽は溜まった疲労を絞り出すように一息吐く。病院を出てからずっと休む事なく駆けずり回っていたがため、少なからず疲労が身に溜まっていた。まあ、後先考えなければ三徹でもポテンシャルを維持できなくもないのだが。

 

 コンビニで買った缶コーヒーを片手に、もう一方の手で懐からスマホを取り出す。慣れた手付きで履歴を呼び出すと、上司である高明に電話を掛けた。

 

 数回のコールの後、呼び出し相手である高明に繋がった。

 

「もしもし、コウメイ? 今、大丈夫?」

 

『ええ、随分と連絡が遅かったようですが』

 

「悪かったわね、色々と調べていたら遅くなっちゃったのよ」

 

 見上げた空は既に夕暮れ模様。由衣の足取りを辿って朝から駆けずり回っていたら、いつの間にか夕方になっていたのだ。それで高明への連絡が遅れたのである。

 

『互いの安否を確認するためにも、定期連絡は可能な限り心掛けるように。いいですか?』

 

 調査中に不足の事態に陥る可能性は十二分にある。特に今は獅子身中の虫という正体不明ながら明確な敵が内部にいる状況だ。敢助も含め、小まめな安否確認と情報の共有を欠かす訳にはいかない。

 

「はいはい、気を付けますよ諸伏警部殿」

 

『それで、調査の進展はどうですか?』

 

「色々と分かったわよ」

 

 缶コーヒーを飲み干し、美羽は今日一日で集めた情報を脳裏に思い浮かべた。

 

「敢助の話で由衣ちゃんが地域課に顔を出していたみたいだから、そっちに話を伺ったんだけど、由衣ちゃんは押収品リストを確認していたみたい」

 

『押収品リスト……具体的には何を?』

 

「流石にそこまでは……」

 

 美羽が追えたのは由衣が押収品リストを確認していたことだけ。そこで何を確認していたかまでは判明しなかった。

 

「次に調べたのは資料室。由衣ちゃん、ここ最近は遅くまで資料室で調べ物をしていたみたい。履歴から過去の捜査資料を洗っていたことは分かったんだけど、ぱっと見で共通点が見当たらなくて……ただ、次に訪ねた先で全部繋がった」

 

『それはいったい?』

 

「──長野刑務所。由衣ちゃん、服役中の受刑者に面会して話を聞いていたみたいよ」

 

『刑務所に? 敢助君からそんな話は出てきませんでしたが……』

 

「敢助にも隠していたようね。刑務所近くで聞き込みした時に、こっそり訪ねたみたい。あの辺りで別行動した時間があったって敢助が言ってたから、片っ端から聞き込んで回ったら刑務所付近で由衣ちゃんらしき目撃情報があったのよ」

 

 大変だった、と美羽は疲れたように息を吐く。身内に裏切り者がいるかもしれないと警戒していたとはいえ、敢助にまで秘密にして調査をしていた由衣の足取りを追うのは骨が折れた。

 

「由衣ちゃんが面会していた受刑者だけど、三人いたわ。でもその三人に面識はなく、入所した時期も罪状もバラバラ。ただ一つだけ、共通点があった」

 

『その共通点とは?』

 

「それは……」

 

 電話越しの高明の問い掛けに、美羽は僅かに逡巡する。微かな葛藤を経て、その共通点を口にする。

 

「三人共、銃を悪用した受刑者だった。面会を担当した刑務官に話を訊いたら、由衣ちゃんは三人の受刑者に銃の入手経路をしきりに尋ねていたそうよ」

 

『……なるほど。その情報で、由衣さんが何を調べていたかはっきりしました』

 

 高明の声音に微かな緊張が滲む。頭の切れる高明は、ここまでの情報で由衣が調査していた事柄、裏切り者が犯している所業の全容を察することができたのだ。

 

 そして美羽もまた、高明と同じ結論に至っていた。

 

「由衣ちゃんは管轄内で銃が出回り過ぎていることを気にしていた。あの時はちょっと気になる程度にしか言っていなかったけど……」

 

『調査していくうちに、警察内部に銃を横流ししている者の存在を確信した。押収して保管されている品か、あるいは家宅捜索時などに押収した品でしょうが……許されざる所業だ』

 

 電話越しにも高明の声音に隠し切れない憤りの色が感じ取れた。市民の安全を守る側の警察が、その治安を乱すような真似をしていたのだ。警察官として誇りを持って職務に臨んでいる高明にとって、到底看過できるようなことではなかった。

 

 美羽もまた、内心で怒り狂っていた。警察官にあるまじき所業に対してもだが、その悪事を暴かれそうになったからと由衣の口を封じようとしたことに激しく憤っていた。

 

「私は県警本部に戻って押収品のリストと保管庫の中身を照合しようと思うけど」

 

『いや、これ以上の単独行動は危険です。時間も遅いので、一度合流するとしましょう。此方も、一課の中に妙な動きをしている方々を見つけましたので』

 

「なっ……!?」

 

 何の脈絡もなく投げ込まれた爆弾に美羽は目を白黒させ、焦燥に顔を大きく歪ませた。

 

「コウメイ! 絶対一人になるんじゃないわよ! 私が合流するまで、絶対に! いい!?」

 

『心得ていますが、君にだけは言われたくありませんね』

 

 苦笑混じりの声が電話口から洩れ聞こえてくるが、美羽にそんなことを気に掛けている余裕などなかった。

 

 慌てて通話を切り、ボンネットに置いた空き缶を回収するや車に乗り込む。エンジンを掛け、シートベルトを締めながら美羽は何気ない仕草でサイドミラーに視線を移す。

 

 ドアミラーには離れた位置で停車する一台の車が映っていた。美羽の車と同じように路肩に停車し、そこからずっと動かずにいた車だ。

 

 美羽はサイドミラーに映る車を醒めた目で睨み、やがて苛立たしげに視線を切った。

 

()れるもんなら()ってみなさいよ、虫ケラが」

 

 口汚く罵って美羽はアクセルを踏んだ。

 

 美羽の車が発進して数秒後。路肩に停車していた謎の車が発進し、美羽の車を追うように走り出した。

 

 

 ▼

 

 

 車を飛ばして大慌てで県警に戻ってきた美羽は、人目も憚らず廊下を走って捜査一課へと飛び込んだ。

 

「コウメイ! 待たせたっ……て、なにこれ?」

 

 捜査一課に宛てがわれた一室に飛び込んだ美羽は、室内を占める何処となく剣呑な空気に首を傾げる。原因は何かと室内を見渡すと、誰かと対峙している高明の後ろ姿が目に映った。

 

 高明は肩越しに美羽を振り返ると、意味深に目配せを送った。長年の付き合いで、警戒しろという意味合いなのは察したが、具体的に何に注意を払えばいいかまでは読み取れず眉を顰める。

 

 状況が読めず部屋の入り口で美羽が立ち止まっていると、高明と対峙していた人影──竹田繁が声を上げた。

 

「ようやく帰ってきたな、一関。お前、今まで一人で何処に行っていた?」

 

「はい? ここ最近の由衣刑事の足取りを追っていましたけど?」

 

「課長の許可も得ず、勝手にか? 相変わらずのじゃじゃ馬ぶりだな」

 

 挑発的な竹田の態度に美羽は顔を顰めつつ、高明の隣に並んで立つ。竹田の隣には竹田班の一員である鹿野晶次警部補がおり、奇しくも二対二のような構図になった。

 

「一関さん。昨夜の九時頃、何処で何をされていましたか?」

 

「昨夜の九時? 屋敷で休んでいましたが……」

 

「それを証明できる人はいますか?」

 

「……家の者とも顔を合わせることはなかったので、証明はできませんけど」

 

 鹿野からの不躾な詰問に美羽は眉根を寄せながらも答える。その返答に鹿野は鬼の首でも取ったかのようにほくそ笑む。

 

「つまり、アリバイはないということですか」

 

「……なるほど。つまり、私が由衣刑事を轢いた犯人ではないかと、そう言いたいわけね」

 

 美羽の声音がぞっとする程に冷え込む。目上に対する敬語が崩れ始め、口元には冷ややかな笑みが浮かぶ。しかし鹿野を見据える瞳は微塵も笑っていない。凶悪犯でも腰を抜かしかねない圧を放つ美羽に、鹿野は圧倒され一歩退いた。

 

 一歩引いてしまった鹿野に代わり、班長である竹田が前に出る。

 

「上原のスマホのメールの履歴から、大和と諸伏、そして一関だけに妙なメールが送られていた。『獅子身中』……つまり、裏切り者って意味で、上原はお前たち三人の中の誰か、あるいは三人に共謀されて殺されかけたんじゃないかってな」

 

「寝言は寝てから言ってもらえますかねぇ、竹田警部? 一日捜査して辿り着いた結論がそれだと言うんなら、随分と贅沢な時間の使い方をされたようで。羨ましい限りですよ」

 

「ろくに団体行動もできない小娘が偉そうなこと言うなよ、問題児が」

 

 竹田の返しに美羽は更に笑みを深めるが、その拳は震える程に強く握り締められていた。疑いでしかなかろうと、可愛い妹分を轢き逃げしたのではと言われて黙っていられるほど、美羽は我慢強くはない。

 

 今の美羽は由衣が傷付けられ、ただでさえ気が立っているのだ。駄目だと頭で分かっていても、荒れ狂う感情を抑え切ることなどできるはずもない。

 

 しかし美羽の暴挙は高明が肩に手を置くことで未然に止められた。

 

「──美羽」

 

「…………ふーっ」

 

 たった一言、名前を呼ぶ。それだけで美羽は動きを止め、煮え滾る憤怒を深呼吸と共に吐き出した。美羽による暴走が抑えられたと見て、事態を見守っていた一課の面々が安堵したように胸を撫で下ろした。

 

 激情を吐き出した美羽は変わらず険しい目付きで竹田と鹿野を睨む。

 

「証拠もない、動機もないのに的外れな容疑を掛けないで頂けますか?」

 

「だが、メールは一課全員ではなくお前たちだけに送られていた。俺の考えも強ち暴論ではない、そうだろう?」

 

「それは……」

 

 由衣が信じることができたのが幼馴染の三人だけだったから。また、身内の誰が裏切り者か分からず、迂闊に明かして一課内部で疑心暗鬼を引き起こさせないため。その意図が悪い方向に転がってしまっていた。

 

 メールを送信した本人がこの場で証言できれば、こんな下らない議論即座に終止符を打つことができるのだが、その当人は未だ病床の上で意識不明のまま。馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまえばいいのだが、敢助や高明ほど口が達者ではない美羽は即座に反論できない。

 

 これ以上は美羽一人では難しいだろうと判断し、高明がフォローを入れようとして──外野で事態を見守っていた刑事の一人が声を上げて割って入った。それは敢助が教育係を担当し、由衣もよく面倒を見ていた油川だった。

 

「待ってくださいよ、竹田警部。一関刑事たちが裏切り者だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。だって四人は幼馴染で、大の仲良しなんですよ?」

 

「なんだ、急に横から入ってきて?」

 

 脈絡もなく横入りしてきた油川に竹田は顔を顰め、美羽と高明は目を丸くする。一課の中でも下から数えた方が早いくらいには新米の油川が、ベテランの刑事である竹田に楯突くような真似をするとは誰も思わなかったのだ。

 

 周囲からの驚き混じりの視線を気にもせず、油川は美羽を庇うように言葉を続ける。

 

「一関刑事たちに送られたメールは、車に轢かれて意識を失う直前に上原刑事が最後の力を振り絞って送ったメッセージに決まっていますよ。一関刑事が大事な幼馴染を殺そうとするなんてあり得ないんですから。ですよね、一関刑事?」

 

「え、うん……そうね」

 

 目を白黒させながらも油川の発言に便乗するように美羽は頷く。竹田の無茶苦茶な推理に感情論を叩きつけるようなやり口であるが、明確な根拠を持って否定できない以上は仕方がなかった。

 

 油川にお膳立てされた美羽の苦しい言い訳を竹田は鼻で笑う。いくらなんでも目に余る態度に事態を見守っていた一課の面々が咎めるような眼差しを送るが、竹田も鹿野もまるで堪えた様子はない。

 

「ま、そういうことにしておいてやる。これ以上、疑われたくないのなら単独行動は慎むんだな」

 

 そう言い残して竹田は鹿野を引き連れて一課を後にする。その場に残された美羽は竹田と鹿野の背中が消えるまで睨み続けていた。

 

「この場に薙刀があれば叩き斬ってやるのに……!」

 

 閉じられた扉を睨みながら空恐ろしいことを宣う美羽。学生時代に薙刀部の主将兼エースを張っていた美羽が言うと冗談には聞こえない。事態を見守っていた一課の面々が思わず一歩後退った。

 

「──美羽」

 

「……悪かったわよ、かっとなって」

 

 高明から静かに呼ばれ、美羽はしゅんと肩を落として謝罪の言葉を述べた。高明から警告を受けておきながらあの様だ。高明が止めていなければ、美羽は間違いなく竹田を殴り飛ばしていた。

 

 反省した様子で落ち込む美羽に、高明は仕方ないとばかりに苦笑する。竹田の失礼極まりない物言いに美羽が激昂してしまうのも無理はないと分かっているからこそ、これ以上は高明も咎めるつもりはなかった。

 

「いやー、一時はどうなることかと思いましたけど、何事もなく終わって良かったですよ」

 

「油川君……」

 

 気の抜けそうな笑顔で呑気なことを宣う油川に、美羽は呆れの感情が湧き上がるのを抑えられなかった。

 

「一課でもベテランの竹田警部に楯突くような真似して、睨まれても知らないわよ?」

 

「でも、本当のことじゃないですか。特に一関刑事と上原刑事は本当の姉妹みたいに仲が良かったんですよ? あんな言い方、あんまりですって」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 

 油川の言葉に美羽はあからさまに機嫌を良くする。なまじ竹田の暴言で苛立っていた分、機嫌の上り幅は大きくなっていた。

 

 機嫌が直ったことで冷静さを取り戻した美羽は恥じ入るように目を伏せ、様子を見守っていた一課の仲間たちに頭を下げた。

 

「先ほどは失礼いたしました。空気を悪くしてすみません」

 

 美羽の謝罪の言葉に一課の面々は気にするなと首を振った。

 

 様子を見守りつつ一線を越えるようなら止めるつもりだった一課の刑事たちは、気にしなくていいと美羽に同情的な態度だった。竹田の振る舞いがあまりにも横暴で目に余るものだったからだろう。

 

 失礼を通り越した竹田の挑発的な態度を思い出し、美羽は苛立たしげに舌打ちをした。高明によって踏み止まったものの、内心では未だ怒りが燻っている。

 

「はぁ、カッとしたらお腹減っちゃった。コウメイ、食事にでも行かない? 朝から何も口にしてなかったのよ」

 

「いいでしょう。休憩も兼ねて、少しばかり外へ出ますか」

 

 美羽の提案に高明は同意を示すように頷き、一足先に外へと向かっていく。その後を美羽が追いかけて、ふと思い出したように振り返る。

 

「油川君。あの性悪刑事に嫌がらせでもされたら遠慮なく私に言いなさいよ。その時は今度こそ、あの喧しい口を黙らせてやるから」

 

「あ、あはは。お気遣いありがとうございます」

 

「じゃあ、また後ほど」

 

 ぱたぱたと忙しない様子で美羽が駆けていくと高明が扉を開いて待っていた。美羽はそのまま廊下へと出ていき、高明が扉を徐に閉める。

 

 扉を閉めながら高明は観察するような眼差しを室内に向ける。その理知的な視線は竹田に食ってかかった勇姿を一課の先輩たちに揶揄われる油川へと注がれていた。

 

 

 ▼

 

 

 食事を摂る場所として美羽と高明が選んだのは長野県庁近くのファミリーレストランだった。客層が家族連れや学生組に限定されやすいファミリーレストランなら、尾行してくるような人間がいてもすぐに判別できると考えたからだ。

 

 家族連れと学生客で賑わう店内の一画、丁度客の出入りが見える席で美羽と高明は食事をしつつ情報共有を始めた。

 

「コウメイが言ってた怪しい連中っていうのは竹田班のこと?」

 

「いかにも。彼らは監視するように私の一挙手一投足に注意を向け、由衣さんからメッセージを受け取った我々に疑いの矛先が向くよう意図的に仕向けていた」

 

「さっきの一課での話ね」

 

 由衣からのメッセージの捉え方を変え、敢助と高明、そして美羽に疑いの目を向けさせる振る舞い。不必要なまでに美羽を挑発して激昂させたのも、美羽の心証が悪くなるように仕向けるためだったのだろう。

 

 高明は肯定するように頷くと話を続ける。

 

「メッセージの解釈に関してあの理屈は無理がある。そこまでして我々に疑いの矛先を逸らしたいのには、何かしら理由があると考えて然るべきかと」

 

「つまり、竹田班の連中が裏切り者で由衣ちゃんを撥ねた犯人。その罪を私たちに擦り付けようと企んでいるってわけ?」

 

「断定はできませんが。竹田班全員がそうとは限りませんし、竹田班以外にも銃の横流しに関与している人物がいる可能性も否定できない。軽挙妄動は己の首を絞める行いです」

 

 先ほどの暴走も含めて諌める高明に、美羽は罰が悪そうに目を逸らす。誤魔化すように運ばれてきたパスタを口に運び、おざなりに頷いて返した。

 

「そういえば、三枝警部は何処行ったのよ? 一課には見当たらなかったけど」

 

 竹田班は班長の竹田繁、班員の鹿野晶次の他に三枝守という警部がもう一人いる。しかし先の場において三枝の姿は何処にも見当たらなかった。

 

「三枝警部は今朝から姿が見えませんでした。竹田班長に尋ねたところ、近隣の聞き込みをさせているとのことでしたが……」

 

「なるほどね。じゃあ、あの不審な車は三枝警部で確定かしら」

 

「不審な車とは?」

 

「刑務所に向かっている途中から怪しい車に尾行されてたのよ。本部内でも不快な視線を感じていて、手を出してくればその場で返り討ちにしてやるつもりだったんだけど。本部に戻る途中あたりでばったりいなくなっちゃったのよ……」

 

 何処に行ったのやら、と詰まらなさそうに呟く美羽。襲ってきたのなら現行犯で取っ捕まえる気満々だったのだが、尾行するだけして消えてしまったので拍子抜けしてしまったのだ。

 

 初耳の情報に高明は目を見張り、尾行されていた事実をまるで気にした素振りもない美羽の態度に溜め息を吐いた。

 

「覆水盆に返らず。手遅れになってからでは遅い。明日からは共に行動することにしましょう」

 

「それもそうね。私はともかく、コウメイを一人にするのは心配だし」

 

「…………」

 

 上司の物言いたげな視線には露程も気付かず、美羽は深く頷きを返した。

 

「じゃあ、ここからは二人で横流しの裏どり?」

 

「ええ、そうなります。轢き逃げ方面から追い詰めようにも竹田班長が指揮を取っている以上、下手をすると証拠を握り潰されかねない。ならば、正攻法ではなく相手の裏をかく必要がある」

 

「なるほど。まあ、頭を使う難しい話はコウメイに任せたわ。私は足を使って必要な情報を搔き集めるから」

 

 餅は餅屋に、頭脳労働は軍師に。策略や謀略は任せると言い放ち、美羽は腹拵えとばかりに料理をぱくぱくと口へ運んでいく。呑気な様子であるが、県警本部からずっと視線を感じて落ち着けず、ろくに食事も休憩も取っていなかったのだ。高明が側に居るからこそ、食事が喉を通るようになったのである。

 

 安心し切った表情でパスタを食べる美羽を高明が呆れ混じりに眺めていると、不意に二人の懐でスマホが鳴動した。着信ではなくメールを受信したようだった。

 

 美羽と高明は顔を見合わせ、首を傾げながらもスマホを取り出してメールの送り主を確認する。むっ、とあからさまに顔を顰めたのは美羽だった。

 

「三枝警部じゃない……」

 

「同じく、私も三枝警部からですね」

 

 二人同時に受信したということは、一斉送信したということだろう。送信先は美羽と高明だけか、或いは他にもいるのかまではメールを開かなければ分からないが。

 

 三枝からメールを送られる覚えのない美羽は訝しみながらも内容を確認し、その不可思議な文面に片目を細めた。

 

「『我は毘沙門天 啄木鳥を滅ぼす 軍神なり』……なにこれ?」

 

「…………」

 

 文面の意味が分からず疑問符を浮かべる美羽。対面に座る高明はメールの文面をじっと見つめている。理知的な光を宿す瞳が、謎の文面に隠された真意を探るようにスマホの画面を見据えていた。

 

「送信先は一課の刑事全員だけど、意味が分からないわね。悪戯かしら?」

 

「さて、文面だけを読み取るのであれば、思い浮かぶのは川中島の戦いですが。真意の程は、後ほど本人の口から伺うことにしましょう……本人がいればの話ですが」

 

 高明はやや険しい顔付きで呟いた。

 

 食事を終えた後、美羽と高明は県警本部へと戻った。一課では三枝から送られた謎のメールが話題になっていたが、当人たる三枝の姿は何処にもなく、メールの真相は謎のまま夜が更けていった。

 

 

 ──翌朝。千曲川に架かる松代大橋にて。三枝警部の首から上だけが発見された。晒し首のように、或いは供えるように兜飾りのモニュメントの台座に置かれた状態で。

 

 

 

 

 

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