長野県警の女関羽   作:長野組推し

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白日に晒される闇

 県警本部、取調室の一室にて敢助と竹田は課長立ち合いのもと向かい合っていた。部屋の隅の机では一応の名目で一課の刑事が記録を取っている。

 

「昨夜の七時から十時ごろ、何処で何をしていた?」

 

「病院で上原の傍にいた。意識不明の部下を案じて傍に居てやることはおかしいか?」

 

「それを証明できる人間は?」

 

「さあな。俺以外に上原の傍をうろついているような怪しい輩がいたのなら、証明してくれるんだろうけどなぁ?」

 

 敢助のわざとらしい挑発的な返しに竹田は顔を忌々しげに歪める。苛立ちを露にしながらも竹田は聴取を続けた。

 

「なら今朝がたから昼までの間は? 鹿野の後を追って彼方此方回っていたそうだな。なぜ、鹿野を追い回すような真似をしていた?」

 

「三枝さんが殺されてから様子が可笑しかったからな。何か知っているんじゃないかと思って話を聞こうとしていただけだ。ま、興味深そうな話ならあんたからも聞けそうだけどな、竹田の親父さんよ?」

 

「大和、お前……!」

 

 頬杖突いて欠伸まで零す敢助の態度に我慢の限界が訪れ、竹田が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。口角泡を飛ばしながら敢助の胸倉を掴み上げた。

 

「お前が三枝と鹿野を殺したんだろう!? そして俺の命も狙っている、違うか!?」

 

「おいおい、落ち着けよ竹田班長。動機があっても証拠はない、アリバイがないだけの人間相手にこんな真似して、俺が刑事だからいいものを。そんなに焦って、まるで俺に殺される動機が他にもあるようじゃねぇか。なあ?」

 

 胸倉を掴まれながらも敢助は余裕の態度を崩さない。余裕綽々の敢助に竹田は殺されるかもしれないという焦燥から更にヒートアップしていく。しかし立ち会っていた捜査一課長が落ち着くようにと竹田を宥める。

 

「まあまあ、落ち着いて、竹田警部。同じ班員の三枝君と鹿野君が殺されて気が立っているのは分かるけど、だからって大和警部を頭ごなしに疑うのはね」

 

「課長! 鹿野が調べていたのは五年前の拳銃乱射事件の捜査資料だったんだ! それを調べている最中に殺されたのなら無関係とは言えないでしょう!?」

 

「いや、まあ。それでも大和警部を犯人と断定するのはね? 鹿野君の遺体の第一発見者としてなら分かるけども」

 

 敢助を犯人と断定する姿勢を課長が穏便に嗜める。竹田の強硬な要請と敢助がそれを受け入れたことでこの場の聴取を認めたものの、課長としてはこの尋問めいた取り調べに意味があるとは思えていなかった。

 

 課長に落ち着くよう制され竹田は渋々の体で胸倉から手を放す。解放された敢助は深く椅子に座り直し、挑発的な目で竹田を見上げる。

 

「どうするよ、竹田班長? 俺はあんたが納得するまで続けてもいいけどよ。時間は有限だぜ?」

 

「…………ッ」

 

 怒りから顔を真っ赤にして歯軋りする竹田。命を狙われているという確信と恐怖、その犯人と決め付けている敢助ののらりくらりとした言動に竹田の堪忍袋の尾は今にも切れそうだった。

 

 しかしその怒りが爆発する前に竹田の懐でスマホがメールの受信を知らせた。

 

 竹田は苛立ちながらもスマホを手に取るとメールを開き──愕然と目を見開く。赤くなっていた顔色は一気に青褪め、唇を恐怖に戦慄かせた。

 

 豹変といっても過言ではない竹田の変わりように敢助は目を細める。敢助には竹田が受け取ったメールの内容、そしてその心情が手に取るように分かっていた。この展開を予想していたからだ。

 

 だからこそ、この後の竹田の行動も読めていた。

 

「す、すみません課長。ちょっと頭に血が上ってしまって……少し頭冷やしてきます……」

 

「ああ、うん。じゃあ大和警部の聴取はこれで終わりに──」

 

「──いいや、まだだ」

 

 聴取を打ち切ろうとした課長を遮り、背を向けて取調室を出ようとしている竹田を睨み付ける。

 

「そんなに慌てて何処に行こうってんだよ、竹田班長。俺が三枝と鹿野を殺した犯人だって確信していたんだろ? だったら逃がさねぇように見張っておけよ……それとも、誰かに呼び出しでも受けたのか?」

 

「何を、言って……」

 

 思わず足を止めた竹田が椅子に座ったままの敢助を振り返る。敢助を見る瞳には先ほどまでの焦燥とはまた違う焦りの色が滲んでいた。

 

 一刻も早くこの場を離れたそうな様子の竹田を真っ直ぐ見据え、敢助は不敵な笑みを浮かべながら続ける。

 

「そうだな、例えば……一関から呼び出しでも受けたんじゃないのか?」

 

「おま、お前! やっぱりあいつもグルで……!」

 

 鎌掛けに分かりやすく引っ掛かった竹田はあからさまに狼狽えてみせた。その反応から自身の推測が当たったことを悟り、敢助は笑みを苦々しげなものへと変えた。

 

「ちっ、あの馬鹿が……コウメイに叱られとけよ」

 

「はっ?」

 

「なんでもねーよ」

 

 思わず聞き返した竹田に敢助は首を振り、改めて勝ち気な笑みを作った。

 

「悪いことは言わない。この場で全部洗いざらい吐いちまった方が身のためだ。何せその呼び出し先はあんたの墓場に繋がっているんだからな」

 

「ぐっ……!」

 

 敢助の言葉に竹田は反論しようとするも、何を言っても己の首を絞めかねないと察してただ唸るだけに留まる。事態の急変に立ち会っていた課長と記録係の刑事は何が何だかさっぱりで首を傾げた。

 

 進むも地獄退くも地獄の状況。竹田は脂汗を流しながら状況を打開する術を模索するが、そんな都合の良い一手は思い浮かぶはずもなかった。ただ無為に時間だけが過ぎていく。

 

 一分か二分か、続いた沈黙は敢助のスマホの着信音によって打ち破られた。

 

 敢助はスマホを取り出すと電話の相手を確認し、次いで脂汗を掻きながら立ち尽くす竹田を睨み上げた。

 

「時間切れだ、竹田班長。自分で語る気がないのなら、代わりに語ってもらうとしようか」

 

 そう言って敢助は画面の応答ボタンをタップ、次いでスピーカーモードにして机の中央に置いた。

 

 取調室に集った全員が注目する中、通話状態のスマホから男女の声が聞こえてくる。聞き覚えのあるその声に、敢助以外の面々は目を丸くしながらその会話内容に耳を傾けるのだった。

 

 

 ▼

 

 

 油川は気絶させた美羽を助手席に乗せて妻女山を登っていた。

 

 気絶している美羽は油川の上着を掛けられた状態で眠っている。一見すれば疲れて寝ているように見えるが、上着の下に隠れた両手は身体の前で手錠が掛けられていた。しばらくは目覚めないだろうが、女関羽とまで謳われる美羽を警戒して油川が掛けたのだ。

 

 起きる様子のない美羽を横目で確認し、油川は運転しながらスマホを操作する。スマホは油川のものではなく、奪い取った美羽のものだ。

 

 ハンドル操作を誤らないように気を付けながらメールの文面を打ち込み、最後の標的である竹田に送信する。今頃は敢助を相手に無意味な取調べをしているところだろうが、送信したメールの内容を読んだら血相を変えて飛び出してくるはずだ。

 

 メールの内容は、竹田班が積み重ねてきた悪業をバラされたくなければ指定した場所へ来るようにと指示した、要は脅迫文だ。竹田にこの呼び出しを無視することはできない。

 

(あと一人。竹田を殺せば、全てが終わる……!)

 

 計画の成就を目前にして油川は笑みが零れるのを我慢できなかった。くつくつと喉を鳴らすように笑って──

 

「──運転中のスマホ操作は感心しないわねぇ、油川君」

 

 ──突如として響いた美羽の声に笑みを凍り付かせた。

 

 バッと勢いよく助手席を見やれば、そこには不敵な笑みを浮かべて油川を見つめる美羽がいる。スタンガンで気絶させられたばかりとは思えない程に、ごく自然な様子で笑っていた。

 

 油川は驚愕のあまり反射的にブレーキを踏む。急な停止に美羽は小さな悲鳴を上げてつんのめった。

 

「いっつつ……急ブレーキは事故のもとだっての」

 

「な、なんで……」

 

「ああ、スタンガンのこと? 当たってないわよ、あれ。当たったように見せかけて、気絶した振りしていただけだもの」

 

 スタンガンが腹部に接触するかしないかのギリギリで身を僅かに引き、電流の直撃を避けていたのだ。油川はその演技に気付くことなく、気絶した振りをする美羽を助手席に押し込めて走り出したのである。

 

 そもそもチートで直感を有している美羽が何の抵抗もなく不意打ちを受けることなどあり得ない。最初から最後まで油川を騙すための演技だった。

 

 信じられない展開に言葉もなく呆然とする油川。そんな拉致誘拐の現行犯に美羽は冷ややかな笑みを向ける。

 

「さーて。それじゃあ全てを洗いざらい吐いてもらいましょうか。三枝警部と鹿野警部補を殺害し、竹田警部の命も狙う殺人犯のお話をね」

 

「な、何のことですか? 僕が三枝警部と鹿野警部補を殺したなんて、そんな……」

 

「私をスタンガンで気絶させようとして、挙句に手錠まで掛けて拉致誘拐しておきながら惚けるつもり? それはちょーっと無理があるんじゃない?」

 

 油川の上着を退け、両手を拘束する手錠を見せつけるようにガチャガチャと鳴らす美羽。どんな言い訳を用意したとしても、同じ職場の同僚である美羽に手錠を掛けて拉致している点は言い逃れのしようがない。

 

 反論の言葉が見つからず、油川は焦った様子で小さく呻く。誤魔化すことができる段階は当に過ぎていた。

 

 しばし待っても白状する様子のない油川に、美羽は仕方ないとばかりに肩を竦めた。

 

「油川君が話したくないのなら仕方ないわね。じゃあ僭越ながら、私の口から事の真相を語らせてもらいましょうか」

 

 こほん、と咳払いして美羽は由衣の轢き逃げから始まった事件の真相を語り出す。

 

「始まりは由衣ちゃん──上原刑事が警察内部に銃を横流ししている輩がいることに気付いたこと。一人で調査を進めていた上原刑事は横流しが真実であることを確信した」

 

 今も意識不明のまま眠り続ける由衣を思い浮かべ、美羽は横顔に憂いを帯びながらも続ける。

 

「しかし一人での調査には限界を感じたんでしょうね。確実に信頼できる大和警部、そして諸伏警部と私に協力を要請しようと考えた。でもその前に、銃を横流ししていた者たちに口封じをされてしまった」

 

 語る美羽の手が震える程に握り締められる。由衣の様子がおかしいことに気付いていた筈なのに、何もしてやれなかったことが今でも悔しくて仕方ないのだ。

 

「幸いにも上原刑事は一命を取り留め、警察内部に裏切り者がいることを私たちに示唆した。それから私たちは上原刑事の足取りを辿り、裏切り者の正体──竹田班に手が届くところまで漕ぎ着けた」

 

 しかし、と美羽は沈鬱な表情で言葉を区切った。

 

「私たちも、竹田班も予想だにしなかった第三者──油川君の介入によって三枝警部と鹿野警部補が殺害されてしまった」

 

「…………」

 

 変わらず沈黙を貫く油川だが、その表情は動揺に揺れている。美羽は横目にその表情を確認しながらも続ける。

 

「順を追って説明しましょうか。ある理由から銃の横流しの一件を調査していた貴方は上原刑事が車に轢かれる現場に居合わせ、その後逃走する車両を追跡。車から降りる三枝警部を目撃し、スマホでその姿を撮影した。その写真をネタに三枝警部を呼び出して殺害した」

 

 美羽を気絶させる直前に見せた三枝の写真。聞き込み調査で得た証拠などと油川は美羽に言ったが、その実あの写真を撮影したのは油川当人だ。三枝を呼び出すのに利用し、美羽の油断を誘うためにも利用したのである。

 

「三枝警部殺害時、貴方は三枝警部を拷問して銃の横流しに関わった刑事の情報を吐かせた。三枝警部の首が傷だらけだったのは強い恨みだけではなく、情報を得るために甚振り拷問した傷跡でもあった。違う?」

 

「…………っ!」

 

 美羽の問いかけに油川は答えない。しかしその憎しみと怒りに歪んだ表情が何よりの答えだった。

 

「三枝警部からの情報をもとに貴方は次の標的に鹿野警部補を定めた。三枝警部の額に刻んだバツ印から五年前の銃乱射事件を想起させ、それとなく調査するように仕向けたんでしょう。目論見通り鹿野警部補は自宅の捜査資料を確認するために単独行動、私たちには県警本部へ戻ったように伝えた。まんまと貴方の思惑に踊らされてしまったわけ」

 

 美羽は胸中に湧き上がる不甲斐なさと悔しさを噛み締める。完全に予想外だった三枝の殺害に関してはともかく、鹿野に関しては阻止できる余地が十分にあった。にも関わらず三枝の死に動揺している隙を突かれ、二人目の犠牲者を許してしまったのだ。

 

「自宅の書斎で鹿野警部補を殺害した貴方は、拙いながらも疑いの目が自分に向かないように工作した。鹿野警部補のスマホの着信拒否に大和警部を登録し、五年前の拳銃乱射事件の捜査資料を目に付きやすい位置に置いた。案の定、竹田警部はそれらの状況証拠から盲目的に大和警部を犯人と決めつけて疑うようになる」

 

 三枝と鹿野が殺されてただでさえ視野狭窄に陥っていた竹田を誘導するのはそう難しいことではなかっただろう。なまじ敢助から恨まれる理由に心当たりがあり過ぎたのもある。

 

 五年前に親友を射殺したことに加え、幼馴染で部下の由衣の口を封じようとまでしたのだ。殺害の動機としては十分過ぎる。

 

「でも、此処で貴方にとっての誤算が生じる。竹田警部が想定以上に追い詰められて大和警部に強行な取調べを行おうとしたこと。加えて大和警部がその要求を飲んでしまったこと。これによって貴方は次の標的である竹田警部に手出しが難しくなってしまった」

 

 自分から疑いの目を逸らして竹田と敢助の対立を煽る目的だった工作は、油川の想像以上の結果を齎してしまった。おかげで竹田は本部の取調室に籠ることになり、手を出すには何かしらの手段を持って呼び出さなければならなくなった。

 

 困った油川はとある方策を考えた。

 

「竹田警部を呼び出すために、貴方は私を利用することを考えた。私を拉致誘拐して捜査を遅延させ、私のスマホから竹田警部宛にメールを送る。大和警部を犯人だと思い込んでいた竹田警部はさぞ驚いたでしょうね。目の前の尋問している相手ではなく、私から脅迫紛いのメールが届いたんだから」

 

 美羽たちに銃の横流しの決定的な証拠を掴まれてしまうことを阻止しつつ、取調室に引き篭もる竹田を引き摺り出す作戦。油川が美羽を拉致誘拐した理由がこれだ。

 

「さて、此処までの説明に何か異論反論はある?」

 

「……しょ、証拠は? 僕が三枝警部と鹿野警部補を殺害したという証拠がなければ」

 

「そんなもの、捜査が順当に進めばいくらでも出てくるわよ。貴方の殺人計画は余りにも杜撰で衝動的、行き当たりばったりにも程があるんだから。証拠の隠滅もろくにできていないだろうし」

 

 油川の苦し紛れの返しを、呆れ混じりの口調で美羽は切って捨てた。

 

 油川の殺人計画、及びそれに伴う隠蔽工作は余りにもお粗末が過ぎる。その場凌ぎで捜査を一時的に撹乱こそ成功しているが、落ち着いて捜査が進めばボロが出るような手口ばかりなのだ。

 

「まあ、それも仕方ないことかもしれないけど。何せ貴方は相当に焦っていた。私たちが竹田班の悪事を白日の下に晒してしまえば、自分自身の手で復讐する機会が失われてしまうから。そうよね?」

 

「…………」

 

 ふらりと力が抜けたように油川は項垂れる。俯く横顔は憎悪と憤怒が入り混じった、般若の面のように歪んでいた。

 

「動機は五年前の銃乱射事件。あの日、あの場所で亡くなったのは二人。竹田警部が射殺した被疑者と、被疑者が乱射した銃弾が運悪く頭部に直撃してしまった一般市民。当時中学生だった女の子──油川艶子さん。油川君の──」

 

「──たった一人の妹ですよ」

 

 大した反論もせず沈黙を貫いていた油川が、激情を押し込めたような声色で答えた。

 

「あの日、艶子は僕の目の前で銃弾を受けて倒れた。弾丸は額を直撃して、即死でした……」

 

「……竹田班に復讐を決意した理由は、やっぱり」

 

「ええ、そうですよ。あの日、艶子を撃ち殺した拳銃は竹田班が横流しした銃の一つだった。あいつらが、艶子を殺したも同然……だから、復讐を決意したんです」

 

 油川の両手がハンドルを軋ませるほど強く握り締められる。美羽を見据える双眼には煮えたぎる憎悪が渦巻き、口元には狂的な笑みが浮かんでいた。

 

「僕も上原刑事と同様に管轄内の銃の流通量がおかしいと睨んで調査していたんです。調査の結果、警察内部に銃を横流ししている人間がいることまでは突き止めました。でもそこまでが僕一人の限界だった」

 

「だから由衣ちゃんを囮にして竹田班を釣り出した……!」

 

 由衣を囮にされたことに憤る美羽。三枝に車で撥ねられた由衣は一歩間違えれば命を落としていたかもしれないのだ。大切な幼馴染の一人である由衣を命の危険に晒されて、美羽が平静でいられるはずもない。

 

 怒りに震える美羽に対して、油川は開き直ったような態度で笑う。

 

「ええ、上原刑事には何も恨みはありませんでしたけど、彼女のおかげで巣穴に隠れ潜む啄木鳥どもを引き摺り出すことができました」

 

「啄木鳥……そういえば、一つだけ分からないことがあったわ。三枝警部のスマホを利用して送られたあのメールの意味。あれにはどんな意図があったの?」

 

「ああ、あれですか。竹田班が銃を売り捌く時に自分たちのことを“X”と称し、そこから転じて啄木鳥会と自称していたんですよ。“X”の意味はアルファベット表で二十四番目だから武田二十四将を指し示すとか、“X”の形が啄木鳥の鉤爪に似ているから啄木鳥会だとか、三枝が色々と教えてくれましたよ。銃の横流しに関わったメンバーが誰かも、艶子を撃ち殺した銃が自分たちが売り捌いた銃であることも、何もかもね……」

 

「なるほどね。つまりあのメールは啄木鳥会である竹田班を名指しした脅迫文であり、竹田班の警戒を私たちに向けさせるための工作だったわけ」

 

 由衣の轢き逃げから結束して動き出した美羽たちが、自分たちの正体に辿り着いて報復を仕掛けてきた。三枝の殺害と併せて考えれば、その結論に至ってしまうのも無理はないだろう。

 

「三枝と鹿野の二人を殺して、後は竹田一人だったんですけどね……ここまでの推理は諸伏警部と大和警部のものですか?」

 

「まあね。鹿野警部補が殺害された現場で、油川君が犯人だと確信したみたいよ。そこからは大和警部が竹田警部を抑え、私と諸伏警部で貴方を確保する算段だった」

 

 敢助と高明は視線を交わして意図を伝え合い、美羽は後ろから口を塞がれ耳打ちをされた時に意思の疎通をした。その後の詳しい方針は部屋を出た後、電話にて行っていたのだ。油川が美羽を自分の車へと誘い出した時にしていた電話がそれである。

 

「ただまあ、三枝警部が遺体となって発見される前から貴方が怪しいとは思っていたんだけどね」

 

「え?」

 

 美羽の言葉に油川は素で不思議そうな声を零す。

 

 三枝の遺体が発見される前ということは、美羽たちは三枝が殺害されたことをまだ知らない段階。その時点で怪しまれる要素が何処にあったのか、まるで見当がつかなかったのだ。

 

 本気で困惑している油川に美羽は微笑みを浮かべながら答えを明かす。

 

「竹田警部に詰められていた私を庇った油川君の言葉よ。あの時、貴方はこう言った。上原刑事が送ったメールは車に轢かれて意識を失う直前に最後の力を振り絞ってメッセージだ、と。言葉の綾といえばそこまでだけど、私には実際に現場を目撃した上での発言に聞こえたのよ」

 

「ははっ、そういうことですか。一関刑事たちの心証を良くしておこうと考えての行動でしたけど、余計なことをしちゃいましたか……」

 

 美羽たちの心証を良くしておけば行動の把握も簡単になる。いざ利用しようとした時のために警戒心を取り除いておくという目論見もあった。それが美羽に疑心を抱かせる切っ掛けとなってしまったのだが。

 

 三枝と鹿野の殺害を認めた油川は力なく笑い、ハンドルから両手を離す。罪を認め復讐の続行を断念したのかと美羽は思ったが、そうではなかった。

 

「でも、いくら一関刑事が強いからって、単身で囮になるのは無謀が過ぎるんじゃないですかね──!」

 

 さりげなく胸元に伸ばしていた左手で拳銃を引き抜き、美羽の額に銃口を突き付ける。銃口を零距離で突き付けられた美羽は動じず、真っ直ぐに油川の瞳を見据えた。

 

「一関刑事が気絶していなかったのは誤算でしたけど、まだ竹田を殺すことはできる。既に貴方のスマホで呼び出しのメールを送信済みですから。あの男に、この呼び出しを無視することはできない」

 

 銃の横流しが露呈してしまえば竹田は破滅する。破滅を回避するために、竹田は何があっても呼び出しに応じ、呼び出し相手の口を封じなければならないのだ。

 

 未だ復讐を強行しようと目論む油川に、美羽は憐憫混じりの眼差しを向ける。それは復讐に囚われて正常な判断ができなくなっている油川を憐れんだものだった。

 

「竹田警部は来ないわよ」

 

「いいや、来る。来なければあいつは終わりなんですからね」

 

「何度でも言うわ。竹田警部は来ない。厳密には、来たくても来れないのよ」

 

「……どういう、意味ですか?」

 

 揺るぎない確信を持って断言する美羽に油川は不安を覚え、震える声音で尋ねる。知らないうちに取り返しのつかない罠に嵌ってしまっている、そんな漠然とした悪寒が背筋を走っていた。

 

 美羽はやや申し訳なさそうに眉を下げながら、ごそごそと上着の袖に隠されたシャツの袖口を引き出す。

 

「騙し打ちみたいなやり方で悪いとは思ってる。でも、これ以上の犠牲を許容する訳にはいかなかった。卑怯を承知の上で、“これ”を使わせてもらったわ」

 

 美羽が引き出したシャツの袖口に奇妙なボタンのようなもの認め、油川は脳裏を過ぎる嫌な予感に顔を引き攣らせていく。

 

「まさか、それは……」

 

「ご推察の通り、盗聴器よ。ここまでの会話は全て、捜査一課の面々の耳に筒抜けになっていたの。勿論、竹田警部にもね」

 

 美羽が盗聴器を付けたのは鹿野の自宅を出て車に向かった時。電話しながら袖口に取り付けていたのだ。

 

「そんな……」

 

 呆然と呟き放心する油川。一課の刑事たちに今の会話を全てを聞かれてしまったのであれば、竹田が呼び出しに応じることなどない。何せ油川自身の口からバラされたら困ること全てバラされてしまったのだから。

 

 いや、それ以前にもはや竹田は取調室から出ること自体が不可能だろう。

 

「今頃は立場が逆転して取調べを受けていることでしょうね。だから、竹田警部は此処には来れないのよ」

 

 三度目の正直とばかりに美羽は純然たる事実を突き付けたのだった。

 

 

 ▼

 

 

「──と、言うわけだ。何か反論があるなら聞かせてくれよ、竹田班長?」

 

 盗聴器からスマホを介してこの場に届けられた油川の自白同然の会話を聞き届け、敢助は厳しい眼差しで対面に座る竹田を睨んだ。

 

 メールの呼び出しで取調室を出ようとしていた竹田は課長の手で席に押し戻された。その竹田を取り囲むように険しい顔付きの課長と他の一課の刑事たちが立っている。電話の内容を聞かせるために敢助が招き入れ、銃の横流しの件から逃がしはしまいと自発的に取り囲んだのだ。

 

 竹田は同僚たちから向けられる厳しい目に肩を縮め、打ちひしがれたように項垂れる。油川が三枝を拷問したことで得た情報の証拠能力は認められないが、改めて捜査されてしまえば銃の横流しは足がついてしまう。もはや竹田に罪から逃れる余地は残されていなかった。

 

「あんたには聞きてぇことが山ほどあるんだ。銃の横流し然り、俺の親友(ダチ)を射殺した本当の理由も、そして──」

 

 敢助の手が竹田の胸倉を掴み上げる。不敵な笑みの中で、唯一怒りに燃える瞳が竹田を睨み上げた。

 

「──由衣を轢き殺そうとした一件に関してもな……!」

 

 高明よりも、そして美羽よりも。由衣を傷付けられて一番憤っていたのは敢助だった。その怒りを間近で叩き付けられては然しもの竹田も反抗する気力を保てなかった。

 

「ちくしょう。こんな、はずじゃ……!」

 

 小さく悪態を吐いて竹田は観念したように項垂れた。

 

 

 

 

 




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