偽約 とある魔術の分岐世界(パラレルシフト)   作:LIMITER

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一つ目の世界は『ブラック・ブレット』です。

……サブタイトルの『ガストレア』は英語にしたらこうかなと書いたものです。



とある英雄の黒の銃弾(ブラック・ブレット)
民間警備会社 Anti_Gustrhea.


 

1

 

白髪赤目の少年、一方通行(アクセラレータ)は『あるモノ』を捜して廃れたビルの中に居た。

がらんどうとしたエントランスホールを抜け、中央にある観音開きの扉を通った先は、座席が段々畑のように並んでいるヴィンヤード型のコンサートホールだった。

そして、そのステージに“ソイツ”は居た。

白く尖った牙を剥き出しに唸り声を上げる口、ひと掻きで人間を殺せる爪が生えた四つの脚。 体全体を覆う赤色の短い体毛、首回りには王者の風格を感じさせる鬣、爛々と真っ赤に光る二つの瞳が一方通行を睨みつけていた。――――それは、体高一○メートルを超す巨大なライオンである。

百獣の王と呼ばれる肉食動物を凶悪なまでに大きくしたソレを前にしても一方通行は動じない。

“ソイツ”が彼の『捜しモノ』であったからだ。

 

「ライオンの『ガストレア』……いや違ェなァ……」

 

一方通行は言葉を途中で区切った。

前方に居るライオンの背中部分が不自然に動いたからだ。

薄暗い中、自分の目に入る光量を調節し注目するとそこには、コウモリのような薄い皮膜の翼が一対あった。 更によく見るとライオンの尻尾の代わりに太いサソリの尻尾のようなモノが生えていた。

 

「ライオンとコウモリとサソリ……確かマンティコアとかいう怪物がそンなだったよなァ?」

 

誰にともなく呟く一方通行。

彼の『目的(仕事)』はこの怪物を狩ること。

だから、彼は怪物の縄張りへズカズカと踏み込んだ。

つまり、それは……。

 

怪物は自分の縄張りに入られたことに怒号をあげて翼を羽ばたかせる。 その矛先は侵入者である一方通行へ。

一直線に飛んで来る怪物を前に、それでも彼は動かない。

 

「……なンにしても『ステージIII』だとかは関係ねェ。 向かって来ンならぶっ潰すまでだァ!!」

 

そう一方通行が宣言した時、既に怪物の右前足は彼に対して振り下ろされ、その鋭利な爪が彼を切り裂き絶命させる……筈だった。

 

ゴッグシャァアア‼︎‼︎ という耳障りな音。

それを発したのは振り下ろした怪物の右前足から。

その足は血飛沫を上げ、曲がらない方向に曲がっていた。 まるで一方通行に当たる直前に弾き飛ばされたかの如く。

実際そうである。

彼には科学の力で発現した『超能力』がある。

その能力は『一方通行(アクセラレータ)』。 体表に触れた運動量、熱量、光量、電気量などありとあらゆるベクトル(向き)を操作するという彼の居た世界に於いて、彼を『第一位(最強)』の『超能力者(レベル5)』といわしめた『異能』。

彼はそれで自身に向かって来たベクトルを反射した。

その結果がこれである。

 

怪物は激痛から耳を劈く絶叫をあげる。

しかし、絶叫をあげているだけで致命傷にはなっていない。ガストレアにとってこの程度の怪我なら数秒もしない内に完全回復する。

現に、折れていた筈の足が元に戻りつつある。

 

だが弱体化しているのは事実。

それを黙って見過ごすほど一方通行は甘くないし、怪物は彼の必殺の間合いに入っている。

一方通行は素早く怪物の懐に入り、貫手にした右手をまだ完全に治り切ってない右前足の傷口に躊躇いなく突っ込んだ。

そして、一方通行は怪物の血の流れを逆流させた。

 

次の瞬間。

怪物は身体の内から血を撒き散らし、再生する気配もなく絶命した。

どうやら、一方通行は逆流させた際に、怪物の脳と内臓を再生不可能なまでに傷つけたみたいだ。

 

怪物の屍と大きな血だまりが広がる光景を何かを憂うような表情で暫し眺めていた一方通行はケータイを取り出しある人物に電話する。

 

『相変わらず仕事が速いな』

 

「……あの程度じゃあ話になンねェ」

 

数コールもしない内に電話に出たのは上代刀牙である。

彼の軽口に答えながら、先程来たばかりの道を引き返す一方通行。

 

『まぁ、異世界にいる間は“脳のダメージ”がなくなって全盛期に戻ったお前じゃあ「ステージIII」は話にならないか』

 

本来、一方通行は脳に損傷を負った事で歩行機能、言語機能・演算機能を失い、障害が残っていた。 その原因はとある少女を守った事が関係しているのだが……今は置いておこう。

それらのダメージは『冥土帰し(ヘブンキャンセラー)』と呼ばれるカエル顔の医者が作ったチョーカー型演算補助デバイスを経由し、あるネットワークに演算を任せる事で解決した。

そのため、普通の生活は問題なくできていた。

しかし、異世界ではどう頑張ってもそのネットワークに接続などできないため、彼らを異世界へと送った神様は「なら、脳のダメージを一時的に治せばいいのでは?」と、異世界にいる間限定で一方通行の脳のダメージを治してしまった。

結果、一方通行は全盛期(ダメージを負う前)の状態になったのである。

 

『……とにかく、今日のノルマはこれでお終い、いま倒したガストレアはこっちで回収するから放置でいい。 明日は“何もない限り”ゆっくり休んでくれ』

 

「……了解」

 

含みのある上代の言葉に短く返し電話を切る。

一方通行が歩みを進めて廃ビルから外に出た時、空は薄っすらと白んできていた。

微かな陽の光に照らされたそこは廃都だった。

廃ビルや廃屋が建ち並び、コンクリートのひび割れが酷い道路には、ガラスが割れた廃車が何台も放置されていた。

一方通行はその道を歩いて行くのだった……。

 

 

 

2

 

ガストレア。

 

世界に同時多発的に現れ、感染した生物を異形化させる寄生生物『ガストレアウィルス』によって異形となった生物の総称である。

ガストレアはガストレアウィルスによって齎された大きさ、皮膚硬度、体機能そして圧倒的な再生能力を携えて人類と敵対。

人類は抗戦するも通常兵器は効かず、核兵器は人類の活動領域であったために使えず、劣勢に立たされた。

そうして、人類は追いやられるようにガストレアが極端に嫌う金属(バラニウム)で構成された黒い壁(モノリス)に囲まれた領域の中で自律防御の構えを取るという苦渋の決断をした。

西暦二○二一年、人類はガストレアに敗北した。

 

 

――――それから、一○年。

 

 

3

 

春先の夕方。

夕焼けの橙色に染まる住宅街を、黒の学生服の上に羽織った同色のロングコートをはためかせた上代刀牙(かみしろ とうが)は急いでいた。

 

気付いたのはつい先ほど。

上条に「今日のタイムセールはもやしが安い! お一人様一袋限りだから刀牙も付き合え!」と、寝不足のなか、面倒を見ている子供達と一緒に連れ出され、街中にある目当ての店がようやく見えてきた時だった。

彼の能力『幻想模倣(イマジンリアクター)』で収得した“異常な嗅覚”が近くの住宅街で濃密な血臭を感知した。

ガストレアが現れた可能性もあるため、上代は上条と二、三言葉を交わして別れ、その臭いの発生源へと急行している訳だ。

「……見つけた」

 

住宅街の一画、肩口や喉から腹部まで引き裂かれた大きな傷があり、今も血を流し続ける“明らかに致命傷”を負った中年の男が居た。

男もこちらに気付いた様子で話しかけてきた。

 

「そこの君、ちょっと道を聞きたいんだけど」

 

その言葉で上代は目の前にいる男が自身の惨状を把握していないと悟った。

恐らく彼は助からない。

だから、伝えなければならない。

 

「アンタ、自分がどんな――」

 

「――蓮・太・郎・の・薄・情・者・めぇぇぇッ」

 

上代の続く声は後方からの少女の大声でがなる声に掻き消されてしまった。

面倒な事になった。

眉を顰める上代が声のしたほうを向くと、居たのはやはり少女で歳の頃は一○歳前後、裏地にチェック柄が刻まれたコートにミニスカート。 底の厚い編み上げ靴を履いて、小刻みに左右に揺れる赤髪のツインテールはウサギのマークが描かれた少し大きめの髪留めで結ばれていた。

黒一色(髪だけ灰色)の上代と違い、オシャレな恰好をした少女から「おのれぇ、『ふぃあんせ』の妾を、よもや捨てていくとは……」と、物騒な声が聞こえてきた。

察するに、誰かに置いてけぼりをくらっておかんむりなのだろう。 その所為か血塗れの男が居る事に気づいていない様子。

あまり刺激したくないんだけどなぁ、と思いながらも上代はその少女と男の間に壁を作るように立ち、先を行こうとする少女を手で制する。

 

「お嬢ちゃん、この先は危ないから引き返したほうがいいよ」

 

上代は少女に男の姿を見せないため、優しく引き返すように言った。

それは失敗であった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、怪しい者じゃない。 俺は岡島純明(おかじま すみあき)、多分この近くに住んでいるけど、本当に帰り道がわからないんだ」

 

上代の言に反応したのは、彼の前にいる男だった。

岡島と名乗るその男は、上代に不審者だと思われた(実際は不審者よりタチが悪いが……)と感じ慌てて訂正の声を上げる。

そんな事をされたら、誰でも声の主が気にならないはずがない訳で……。

少女はひょこっと顔を出し血塗れの男、岡島を見てしまった。

 

普通、こんな光景を目の当たりにしたならば、悲鳴を上げるか、泣き叫んだりして逃げ出す、もしくは気を失うだろう。

しかし、この少女は驚きこそしたがそれだけであった。

 

(……それどころか、あの岡島って奴を憐れんだ目で見てるな……)

 

つまり。

 

「お嬢ちゃん、『イニシエーター』だったのか……」

 

「うん、妾は『イニシエーター』 藍原延珠(あいはら えんじゅ)という。 お主もその反応からして『プロモーター』なのだろう?」

 

藍原延珠と名乗った少女は感情を抑えた声でそう上代に問いかける。

 

「ああ、『プロモーター』の上代刀牙だ」

 

最近なったばかりだけどな、と付け加えて上代は岡島へと向き直る。

 

「アンタ、いま自分がどうなっているのか分かってないみたいだな?」

 

「なんだって?」

 

「もう俺にもどうする事もできない。 だから、最後に何か言い残す事はないか。 家族でも友人でもいい、必ず伝えるから」

 

「……一体、なにを言ってるんだ」

 

困惑する岡島に上代は告げた。

 

「自分の姿を見れば分かる。 ただし、ゆっくり見ろ」

 

上代の注告通りに、岡島はゆっくりと目線を下に、そして自分の姿を見た。

 

「なんだ、これは……」

 

そう言って岡島は、恐る恐る自身の腹部を手で触れ、茫然とした状態でその場に倒れ込んだ。

 

「思い……出した。 そうだ、俺は無一文になって、それで……」

 

そうぽつりと呟いた岡島に上代は『心理掌握(メンタルアウト)』を使って読心した。

 

彼には妻子が居た。 しかし、勤めていた会社が潰れて以降、彼は賭け事に走った。 それで愛想を尽かされ数年前に出て行かれる。

社会に参加していない焦りや虚無感、無一文になった彼は遂に職を探す事に。

数え切れないほど受けた面接の中には、人格を否定されるような言葉を投げられる事もあった。 それでも頑張った彼は太陽電池モジュールのパネル清掃員に採用された。

辛い仕事だが給料は保証されているため、生活さえ安定すれば、いつか妻子を呼び戻せるかもしれない。

その夢物語を叶えるために目標を立て、自分にもまだ出来る事があると悟った彼は、せめて声だけでも――そう思ってマンションのベランダに出て妻の実家に電話をかける。

相手が出るまでの数コール、彼はふと上を見てしまった。 そこには人間サイズもある巨大な生き物がマンションの四階の壁に張り付いていた。 そしてそれは、彼が気付いた瞬間を見計らうようにして、鮮血のような真っ赤な両目を閃かせて彼に降りかかってきた。

 

そこまで読んで上代は能力行使を止めた。

上代が『心理掌握(メンタルアウト)』を行使したのは岡島を“襲ったガストレアの正体”と“彼の家族の情報”を得るためである。

結果、家族の情報は得られたがガストレアは『モデル・スパイダー』という事が分かっただけで細部は夜闇に紛れていて分からなかった。

 

「……俺は、あのガストレアに殺されかけて、必死で逃げて、ここまで来たんだ」

 

「感染源ガストレアに体液を送り込まれたな」

 

そう訊ねたのは藍原延珠。

岡島は自分の肩口についた二本の牙の痕を見て「ああ」と、諦めのような声を漏らした。

気付けば、彼の目から澎湃と涙があふれていた。

 

「君達は『民警』だったよね?」

 

さっきの二人の会話を聞いていたようで岡島はそう言った。

 

「ああ、俺は上代刀牙。 最近自分で民警作って社長兼『プロモーター』になった駆け出しの一六歳だ。 それで……」

 

「妾は『イニシエーター』藍原延珠。 一○歳にあがったぞ。 もう立派な淑女(レディー)だ」

 

ガストレアウィルス抑制因子を持ち、ガストレアウィルスを一定の条件下でコントロールして超人的な回復能力と規格外の筋力や敏捷性、保菌したガストレアウィルスの動物因子による特性を持ち、ガストレアと戦う少女『開始因子(イニシエーター)』とそれを監督し、サポートする『加速因子(プロモーター)』。

彼らはガストレアの駆除を主な仕事にしている民間警備会社。 通称、民警に所属した戦闘員で、身に修めた力でガストレアと戦う、人類の最後の希望である。

上代もこの世界に来て民警の許可証(ライセンス)を取った。 しかし、事情が事情なだけに自分で民警を起業したのだ。 因みに従業員は上代含めてまだ六人しかいない。

 

「そういやぁ、……藍原さん?……藍原ちゃん……延珠ちゃん。 うん延珠ちゃんでいいかな?」

 

「うむ、それで良いぞ。 妾もお主のことは刀牙と呼ぶがよいか?」

 

「構わないよ」

 

血塗れの男の前で互いの呼び名を決め合う少年と少女……かなりシュールな光景がそこには広がっていた。

 

「じゃあ、延珠ちゃん。 君のプロモーターはどこにいるのかな?」

 

通常、イニシエーターとプロモーターは二人一組で仕事に当たるのだが、延珠のプロモーターが見当たらない。

 

蓮太郎(れんたろう)なら妾を置き去りにして、先に事件現場に行きおった!」

 

「うわぁ〜、そいつはひでぇな。 だからあんなに怒ってたのか……」

 

上代の予想通りの理由だったが、それが蓮太郎とかいうプロモーターだとは思わなかった。

……っていうか事件現場にイニシエーターを連れずに向かうとは、そいつはよっぽど自信がある実力者なのか? それともただの馬鹿か?

そんな事を考えていたら延珠がお返しとばかりに上代に質問した。

 

「ところで刀牙もイニシエーターが居らぬようだが、どうしたのだ?」

 

「俺がここに来たのは偶々で、今日は仕事もなかったから別行動。 俺のイニシエーターは多分自宅で休んでるか友達と遊んでいると思うよ」

 

嘘である。

実際は偶々なんかではなく自分の意志で、仕事はなかったが一緒に買い物に連れ出されたため別行動ではない。

だが、なぜだかそう言わねばいけない気がしたので上代はその直感に従った。

 

「ならばよい。 もしお主も置き去りにしていたならば、蹴り上げているところだったからな」

 

そう断言した延珠に上代は、ドコを? とは恐くて訊けなかった。

そして、直感に従ってよかったと心の底から思う。

 

「……頼みたい事がある」

 

上代達がお互いの事を話あってる間、自分の状況を頭で整理していた岡島は決心した声音でそう言った。

 

「俺にできることなら……」

 

上代も真剣な眼差しで答える。

 

「妻と子供に、謝っておいてくれないか――いままで、ゴメンって」

 

「了解した。 アンタの言葉は責任持って俺が伝える。 だから安心してくれ」

 

そう言った瞬間。

 

岡島純明はヒトの形を留めていられる臨界点を突破した。

彼の手足が急速にしぼんだかと思ったら、体を突き破って毛の生えた真っ黒な細長い脚が八本飛び出す。 頭部から四対の真っ赤に光る単眼、腹部は鞠みたく大きく膨らみ、口角からは濡れ光る二本の牙がはえていた。 黄色と黒のまだら模様の体色は、人間に生理的嫌悪を与える。

ヒトとは明らかに違う、それは巨大なクモであった。

 

上代と延珠はそれを前に、静かに構える。 と、そこに割り込む者が現れた。

 

「ガストレア――モデルスパイダー・ステージIを確認。 これより交戦に入るッ!」

 

「蓮太郎!」

 

「延珠、無事か!」

 

延珠のプロモーターは上代と同年代の少年だった。

延珠はその少年、蓮太郎の名を呼び、彼に向かって走り出す。 それに呼応するように蓮太郎も両手を広げ彼女の元に走り寄る。

上代はそのドラマによくありそうな場面を見ながら、イヤな予感……というか悪寒を感じ取っていた。

自分と延珠の会話で彼女は「置き去りにしたら蹴る」と断言していた。

それを知らずに無防備に両手を広げる彼女のプロモーター。

 

(あっ……、ご愁傷様です蓮太郎君)

 

彼の数秒後を予見した上代は心の中で合掌。

その数秒後、延珠は蓮太郎の股間に蹴りを放った。

 

「ぐあああああああッ」

 

蓮太郎は股間を押さえたまま膝をつき、そのまま額を地面につけた。

 

(あの痛みは男にしか分からないだろうなぁ……)

 

若干、内股気味になった上代は倒れ伏す蓮太郎に同情の眼差しを向ける。

だが、いまは戦闘中である。

後ろの方で言い合いをしてるが気にしない事にした。

上代は巨グモのガストレアとなった岡島に向き合い、コートの内側に手を入れある物を取り出す。

それは日本刀だ。

名を『伴天連奉納兼光透晶(バテレンほうのうかねみつとうしょう)』といい。 とある十字凄教の女性魔術師からロシアに行く前に手渡された、歴史の表舞台に決して現れなかった大業物。

西洋魔術の使用を前提とした日本刀で、別称は『草紙断ち』。 “純粋な切れ味”のみで一千枚ほど重ねた和紙の束を軽い一薙で両断した伝説に基づきそう名付けられた。 一言でいうとトンデモ霊装(魔術行使の道具)である。

 

その刀を上代は正眼に構える。 ガストレアも四対の真っ赤な単眼で上代を睨む。

 

一瞬の膠着。

直後、ガストレアは二本の長い脚を上代に振り下ろす。 当たれば重傷は免れないその一撃を躱した上代は迫りくるもう一撃を横薙ぎに刀を振るって斬り落とす。

しかし、斬り落とされたはずの脚はすぐさま再生した。

 

「やっぱし、バラニウム製じゃないとダメか」

 

ガストレアに有効な攻撃手段は、ガストレアの傷の再生を阻害する金属、バラニウムでできた武器である。 詳細は未だに分かっていないがガストレアはこの金属を極度に嫌い、これが敷き詰められた部屋に放り込むだけで衰弱し、死んでしまうらしい。

だが、生憎と手持ちの武器はこれしかない。

そもそも、上代はプロモーターになってからいままで能力を使ってガストレアを細胞の一つも残さずに倒してきた。

だからと言って超能力が一般的でない世界で能力行使を大々的にしようものなら忽ち、捕まって研究者共に実験体(モルモット)にされるのが目に見えている。

そのため上代は使っても他人に悟られない能力か、『とある条件』以外では、周りにいるのが信頼できる者のみでないと能力は使わないと決めている。

 

取り敢えず有効打に成り得ないため上代は一旦退いた。 退いた先では蓮太郎と延珠の言い合い(漫才)は終わっており、近くにエラの張った厳つい顔をした男性がいた。

 

「悪いけど、これバラニウム製じゃないから蓮太郎君がアイツ倒してくれ」

 

「分かった! ってなんで俺の名前知ってんだよ!」

 

「ロリコンって噂が流れているからさ」

 

「ま、マジかよ……」

 

「嘘だよ。 そこにいる延珠ちゃんに聞いた」

 

「お前ッ! こんな時にそんなこと言うんじゃねぇ!!」

 

その時だ。

パン‼︎ という銃声が轟いた。

それは先程からいた、厳つい顔の男がリボルバー拳銃でガストレアに発砲した音だった。

「お前はまた漫才か! 仕事しろ民警共!」

 

「そういやぁ、アンタ誰だ?」

 

「刑事の多田島だ! 最近の民警はガキばかりかよ!」

 

上代が訊くと厳つい顔の男は多田島と名乗って、そう愚痴をこぼした。

多田島の放った銃弾は、生まれたてのガストレアの皮膚に当たって血を噴き出させていたが、やはりバラニウムでないため次の瞬間には凄まじい勢いで治癒を始めて最後には傷口から多田島の放った三八口径を吐き出した。

ガストレアはそれで多田島に狙いを定めたらしく、シィィと鋭く鳴く。

まずい。 そう思ったのは上代だけでなく蓮太郎もだったようだ。 二人して走って体当たりで多田島の上体を押し倒す。

 

「うおッ、お前らなにしや――」

 

巨グモが低い姿勢でジャンプし、三人がいままでいた位置を恐ろしい勢いで擦過していく。 それに顔を青くした多田島。

 

「警部、こいつは単因子・ハエトリグモのガストレアだ」

 

「は、ハエトリグモだと?」

 

聞いたことがない様子の多田島の代わりに上代が答えた。

 

「確か、体長の何十倍もの距離を跳躍して餌をとるクモだったか」

 

「ああ、その通りだ。 よく知ってんな」

 

「……“一度覚えた事を忘れない”ようにしてるからな」

 

少し悲しげに答えた上代に蓮太郎は「そうなのか」とだけ言って、多田島からリボルバーを取り上げる。

 

「ガストレアに通常の弾丸は効き目が弱い。 撃つと興奮するから使うんじゃねぇ」

 

「じゃあどうやって倒すっつうんだよ!」

 

その時濃い影が三人を覆う。

その正体はガストレアで、いつの間にか接近を許してしまっていた。

腐卵臭が鼻を刺激し、糸をだす出糸突起がグチャグチャと耳触りな音を立てる巨大グモ。

そのまま三人に襲いかかってくると思いきや、なにかに気付いたのかガストレアは素早く体を延珠の方に向けた。 そして、出糸突起から投げ網のような物体を彼女の体に覆い被せた。

その所為で体勢が崩れた延珠。

 

「ぬわっ、な、なんだこれッ。 ねばねばするぞ」

 

延珠は腕に力を込めるも、その度に粘性のある糸が全身を絡め取るため四苦八苦していた。

蓮太郎はクモの糸ではあり得ない緑色にぬら光っているのを見咎めていた。

だから気付くのが遅れた。

 

「しゃがめ延珠!」

 

「え?」

 

時すでに遅く、彼女の目の前に巨大グモの脚が迫っていた。

しかし、その脚は彼女に当たらなかった。

なぜなら、それを止めた者がいるからだ。

 

「まさか延珠ちゃんが『条件』を満たすとは思わなかったよ」

 

それは上代であった。

彼は何でもないかのように片手で巨大グモの脚を止めていた。

蓮太郎、延珠、多田島が目を見開き驚くなか、上代は「でもまあ……、」と呟き、

 

「満たしたからには俺は存分にチカラ振るうからな、覚悟しろよガストレアッ!!」

 

大胆不敵に宣言した。

 

 




原作から少しずつ乖離していく予定です。
次回も早めに投稿できる……タブン。

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