偽約 とある魔術の分岐世界(パラレルシフト)   作:LIMITER

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……長かった。


滅亡へのキーアイテム Nanahoshi's_Legacy.

5

 

翌日。

上代は寝不足になった。

昨日、あれから自宅であるマンションに帰り着いたのは深夜二時。 ようやく眠りにつける! と自室に向かった上代を待ち構えていた小さな人影。 その正体は上代のイニシエーターである少女、イリス。

イリスは仁王立ちで、なぜガストレア排除にイニシエーターであるわたしを連れて行かなかった、と怒って上代に説教。

上代は説教されるが、もう眠気が限界を超えておりたびたび夢の世界へ旅立とうとする。 そのたびにイリスは巨大ハリセン(なぜ持っているのか不明)を使って上代を現実に引き戻し、それも含めてまた説教。

説教が終わったのは日の出の少し前。

それでも眠れる! と思った上代の前に立ち塞がる者が再び現れた。

それは一○歳前くらいの少女たち。

その少女たちは皆『呪われた子供たち』と呼ばれる、ガストレア抑制因子を持って生まれたがゆえに親に捨てられた孤児だ。

上代はそれを憂いて民警を経営しながら、呪われた子供たちを養護していた。 そうして面倒を見ていく内に懐かれた。

それは良いのだが……元気なのだ。

朝は、日の出前に起きて上代の部屋にあそぼー!と突撃してくるほど元気なのだ。

それは今日とて同じ事、いつも通り突撃して来た。

しかし、上代はまだ一睡もしていない。

だから「今日はゴメン」と断ったら、それを聞いた少女たちは嫌われたと泣き出しそうな顔になる。

そんな顔をされては上代の拒否権はあってないようなもの。 登校時間に間に合うギリギリまで遊んだ上代は、

 

「当麻。 俺…もう、ゴールしてもいいよね?」

 

「それは言っちゃダメなヤツだろ!」

 

黒いスーツに似た制服を着用して、今日から通う勾田高校の通学路をフラフラと歩きながらそんな事を言っていた。

眼の下の隈が酷い上代の死亡フラグにツッコミを返したのは、同じく勾田高校に通う事になった上条当麻だ。

 

「っつーか、ほんとに大丈夫か? 登校初日に授業を寝て過ごすなんてしないだろうな」

 

「流石に初日で先生方に目を付けられるのは勘弁願いたいから、午前中は頑張って昼休みに寝れば、午後は耐えられる。 つまりあと四時間四○分起きておけば俺の勝ちだ!」

 

徹夜明け特有の妙なテンションで勝利宣言する上代。

一体彼は何と戦っているのやら。

そんな彼らの目に勾田高校が見えてきた。 勾田高校の隣……というには若干距離があるが勾田公立大学附属の大学病院がある。 そこには上代達が色々とお世話になったガストレア研究者が居る、がいまは関係ない話。

上代、上条が学校に着いて向かったのは職員室。 そこで担任になる教師の紹介や諸注意を受け教室へ。 担任の合図で教室に入り自己紹介。 その時、上条は一人だけ寝ている男子生徒に気付いたが、上代は睡魔と格闘していて気づかなかった。 もし気付いていたならそれが蓮太郎だと分かった筈だが……。

 

その後、上代の眠気耐久レースが幕を開ける。 最初の時限は国語。 教師の教科書を朗読する声が子守唄に聞こえて何度も堕ちそうになるが耐えた。 次は数学。 この時限は教師にしつこく当てられて、それでも我関せずと答えない生徒が居たがそんなの気にしてられない。 といった感じで残りの時限も睡魔と乱闘していたら昼休みを迎えた。

上代にとって待望の時間。

早速眠ろうとしたその時、上代の携帯に一通のメールが届いた。

 

――嫌な予感がする。

 

もう嫌だ。

でも、差出人は防衛省って書いてる。

毎度毎度眠ろうとする度に邪魔をされて、誰かの陰謀じゃないだろうかと思えてきた。

そんな上代の頭に名案が浮かぶ。

 

「……見なかった事にしよう」

 

「刀牙、気持ちは分からないでもないが、仕事の放ったらかしはしちゃいけないと上条さん思います」

 

その行為を阻止したのは上代民間警備会社雑務担当の上条だった。

上条は異能を使わないガストレアと相性が非常に悪いため戦うのではなく、雑務をしたり、もう一人の雑務担当であるニケと一緒に仕事を面倒臭がる社長に喝を入れる秘書的な役割もしている。

その上条は机の上に置かれた携帯を手に取りメール内容を確認する。

 

「内容は防衛省からとにかく来い、だとさ。 ガストレア関連で緊急事態でも起きたのか?」

 

そう呟く上条の前にゆらりと立ち上がる上代。

彼は低い声でこう言った。

 

「……やっぱ最後は、お前が立ちはだかるんだな……当麻。 ならば、俺はお前を倒して先に進むぞ!」

 

「……こいつ、もうダメなんじゃないか」

 

睡眠不足で訳の分からない事をのたまう壊れかけの上代を、少し心配する上条は手をカチカチと動かしながら誰にともなく呟く。

 

「ところで当麻。 お前はさっきから何故、俺の携帯のテンキーを忙しなく打ってるのかな? まるでメールを作成してるみたいに――」

 

「――よし、送信!」

 

「待て貴様! どこに送りやがった。 ……まさか!」

 

携帯を奪い返し、予想が外れてくれと切に願いながら送信欄を確認する。

そこにあった上条が送った相手とメールの内容は、

 

「……『防衛省から仕事だ。 早く来いよ一方通行(アクセラレータ)』……」

 

相手は上代民警の戦闘要員、一方通行(アクセラレータ)

しかも内容が『早く来いよ』と上代が行く事を前提としたメールを上条は送っていた。

これでもし行かなかったら一方通行(アクセラレータ)に何をされるか分かったもんじゃない。

本日二度目の拒否権剥奪。

仕立人上条当麻は「これ仕事だから」と申し訳無さそうに上代を見ているが、知った事じゃない。

何かを言ってやらないと気が収まらない。

だから。

 

「当麻のバカぁ――――――!!」

と、子供みたいな事を上代は大声で言い残して出て行った。

それで残された上条は、

 

「……この状況どうすんだよ。 ……不幸だ」

 

新しいクラスメイト達の「何があったんだ?」という目が集まり、居心地悪そうに呟き溜息を吐いた。

 

 

6

 

昼下がり。

一方通行(アクセラレータ)は防衛省庁舎の入り口前で、自分の所属する民警の社長、上代を待っていた。

 

「……遅ェ。 あの野郎何してやがる」

 

一方通行(アクセラレータ)がここに着いてから三○分は経過している。 つい先程、上代が今日から通う高校と同じ制服を着た不幸顏の男と美和女学院のセーラー服を着た女の二人組が庁舎内に入って行った。

そろそろ来てもいいはずだが……、と思っていたら、

 

「待たせたな一方通行(アクセラレータ)

 

「……何があった」

 

遅れた上代に一言文句でも言おうとした一方通行(アクセラレータ)の口から出た言葉はそれだった。

その原因は現れた上代の目の隈が酷いから……ではなく右腕に包帯が巻かれていたからだ。

それに、その包帯は血で少し滲んでいた。

 

「とりあえず歩きながら説明する」

 

いつもの飄々とした口調はなりを潜め、冷めた声で簡素に言って歩き出す上代。

その様子から一方通行(アクセラレータ)は黙って上代の後に着いて行く。

 

上代達が入り口で名前を告げると、職員に庁舎の中へ案内される。

清潔感のあるエレベーターに乗ったところで案内の職員の様子が変化した。 一目では判別付かないが意思のない瞳をしている。

 

「……精神操作する必要があンのか」

 

一方通行(アクセラレータ)の指摘した通り上代は職員に『心理掌握(メンタルアウト)』を使った。

 

「ああ、『心理掌握(メンタルアウト)』で使うのは記憶の読心だけって決めてたが、そうも言ってられない」

 

パニックを起こされたら大変だからな、 と付け加えて言う上代は苦い顔をしていた。

上代は人の想いや人格を簡単に操れる能力に制限をつけている。 その制限を解除したという事はそれ程までに重大な事があったと言っているも同然。

 

「……もう一度訊く何があったァ」

 

「ここに来る途中で『大瀬フューチャーコーポレーション』の社長宅に入って行く怪しい二人組を見つけた。 燕尾服に仮面を着けた男とイニシエーターと思われる少女だ。 で、そいつらが社長を殺そうとしていたから阻止するためにそいつらと交戦。 これはその時に負った傷だ」

 

そう言って右腕を指差す上代に一方通行(アクセラレータ)は怪訝な表情を返す。

 

「テメェが傷を負っただと」

 

普通に考えてありえない。

超能力を幾つも扱い超能力とは違うベクトルの異能すら使う、一方通行(アクセラレータ)を持ってしても化物と言わざるを得ないのが上代だ。

その上代が傷を負った。

油断以外でその可能性があるとすれば……、

「相手も異能を使ってきやがったのか」

 

「流石、 と言いたいところだがあれは異能じゃなくて機械による力だった。 『幻想模倣(イマジンリアクター)』が模倣しなかったからな」

 

「機械 、『新人類創造計画(しんじんるいそうぞうけいかく)』つゥヤツか……」

 

機械と聞いて一方通行(アクセラレータ)は、ガストレアに対抗するために人間の身体の一部を機械化して超人的な攻撃力、防御力を持つ兵士を造り出す『新人類創造計画』という計画を思い出す。

あれは都市伝説だとされているが、彼らはその最高責任者に話を訊いたため、計画は実際にあったのだと知っている。

一方通行(アクセラレータ)の声に上代は首肯して話を続ける。

 

「多分あいつは被験者だ。 その男、蛭子影胤(ひるこ かげたね)が言うには今回の防衛省からの呼び出し、一歩間違えれば東京エリアが壊滅する危険がある重要な任務らしい」

 

「……ソイツはどォした」

 

暗に殺したのかと問う一方通行(アクセラレータ)に上代は首を横に振る。

 

「逃げられたよ。 最後に『また、会おう』とか言ってたな」

 

「チッ」

 

結局、その男が『新人類創造計画』の被験者である事が分かっただけ。

『大瀬フューチャーコーポレーション』の社長を狙った理由も、東京エリアの危機という話の真偽も不明。

考察する以前に情報が圧倒的に足りない。

苛立ちから一方通行(アクセラレータ)は舌打ちした。

 

そうしている間に、二人は『第一会議室』と書かれた部屋の前に辿り着いた。

話はまた後で、と上代は小さく言って職員の洗脳を解いた。 職員は少し困惑していたが案内は済んだので一揖し自分の持ち場に帰って行く。

 

上代が扉を開けると、部屋の中は広く、中央には細長い楕円形の卓、卓の周りには仕立ての良いスーツに袖を通した民警の社長格が指定の席に着いていた。 その後ろでバラニウム合金特有のブラッククローム色の武器を携えた荒事専門という厳つい連中と一○歳くらいのイニシエーターが幾人か控えている。 部屋の奥には巨大なELパネルが壁に埋め込まれていた。

そして、一方通行(アクセラレータ)達の少し先に庁舎の中に入っていった不幸顏の男が、口元をドクロパターンのフェイススカーフで覆い、逆立った頭髪に吊り上がった三白眼の男に絡まれているのが目に入った。

上代はどちらかに知り合いでも居たのか溜息を吐き、スカーフ男の放った頭突きが不幸顏の男に当たる寸前で止めて押し退けて、飽きれた声で話かけた。

 

「蓮太郎君はトラブルメーカーなのか」

 

「っ! 刀牙、お前も来てたのか」

 

「いまさっきな。 ……で、どういう状況だ?」

 

「ソイツが絡んで来やがったんだよ」

上代から蓮太郎と呼ばれた男はそう言ってスカーフ男を指差した。

その指差されたスカーフ男は上代に押し退けられたのが癪に障ったようで、背中に背負った一○キロ以上はありそうな肉厚長大な段平――バスターソードに手を掛けていた。

 

「このクソガキ!」

 

「やめたまえ将監!」

 

止めたのはクリスチャン・ディオールのスーツに身を包んだ三○代半ばくらいの知的な顏つきをした男だった。

それに噛み付いたのは止められた将監(しょうげん)と呼ばれた男。

 

「おい、そりゃねぇだろ三ヶ島(みかじま)さん!」

 

「いい加減にしろ。 この建物で流血沙汰なんか起こされたら困るのは我々だ。 従えないなら、いますぐここから出て行け!」

 

将監は何か考えを巡らすように一瞬不気味に沈黙する。 そしてキロリと上代と蓮太郎を一瞥、「へいへい」と生返事をして引き下がった。

それを見ていた一方通行(アクセラレータ)は、どちらが助かったのか理解してない、と思った。

 

(……スカーフ野郎が手を掛けた瞬間、風の流れが不自然に変化しやがったァ。 つまり――)

 

――上代は将監をいつでも倒せる状態だった。

 

あの不自然な風の原因は、『風を操った(エアロハンド)』ためか、『視覚できなくされた物体』が通過した影響か、『一方通行(アクセラレータ)』でも使ったのか。 それとも三つとも同時に行使したかは上代本人しか知らない。

ただ、あのまま進んでいれば怪我をしたのは将監だろう、と一方通行(アクセラレータ)は推測した。

 

一方通行(アクセラレータ)がそうしている内に上代達と三ヶ島(みかじま)と呼ばれた将監の雇い主との話し合いは終わったらしい。

上代が歩き出すのに合わせて一方通行(アクセラレータ)も歩き出した。

すると。

 

「おい、アイツの目……」「赤目だと、イニシエーターか?」「それだとアイツは一○歳ってことになるし、女なのか?」と、上代達の後ろにいて気付かれなかったのか、今頃注目を浴びた。

それに対して一方通行(アクセラレータ)が選んだのは無視。

他人にどう思われようと知った事ではない。

上代も取り合うつもりがない様子。 上代は指定された一番奥の席に座ったので、一方通行は(アクセラレータ)上代の座る背後の壁に寄りかかった。

 

それから数分後、制服を着た禿頭の人間が入ってきた。

上代以外の社長クラスの人間が一斉に起立しかけたところで、それを男が手を振って着席を促す。 上代が起立しなかったのは、それを予想していたのか、ただ単に面倒臭かったのか、一方通行(アクセラレータ)は後者だろうな、と思った。

 

「本日集まってもらったのは他でもない、諸君等民警に依頼がある。 依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」

 

階級章から幕僚クラスの自衛官だろう禿頭男は含ませたように一拍置いてある席を睨め付けた。

 

「ふむ、空席一、か」

 

そこは『大瀬フューチャーコーポレーション』の社長の席だった。 上代の話では暗殺されそうになったのだから来なくて当然だ。

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者は速やかに席を立ち退席してもらいたい。 依頼を聞いた場合、もう断ることができないことを先に言っておく」

 

楕円形の卓に座る上代を含めて三○人以上いる社長は、誰一人退席する者はいなかった。

 

(にしても、マトモな恰好のヤツが居ねェ)

一方通行(アクセラレータ)は他のプロモーターを見ながらそう下した。 実際、社長格の後ろに控えているプロモーターの服装は奇抜だった。 ライダースーツから頭髪に至るまで全て赤色の女、顔に包帯を巻きつけたノッポ男などなど。

だが、そう思っている一方通行(アクセラレータ)もロシアで着ていた白い服装なので大概周りから浮いている。

と、一方通行(アクセラレータ)は将監の隣に寄り添うようにして一人の少女が立ってる事に気付く。

長袖の落ち着いた色のワンピースにスパッツ。 目元はぱっちりしているが、冷めた雰囲気を纏っている。 将監のイニシエーターであろう少女。

何故か気になった一方通行(アクセラレータ)がその少女を見ていると目が合う。 少女は何を思ったのか手でお腹を押さえ、こちらを見ながら少し悲しげな表情をした。

 

(なンだ? 腹でも減ってンのか)

 

一方通行(アクセラレータ)は少女のジェスチャーをそう読み取り、ポケットに入っていた飴(何故入っているかは不明)を少女に向かって無造作に投げる。 投げられた飴は慣性の法則や重力を無視して緩々と飛んで少女の掌に収まった。 それに驚いた少女だったが貰った飴を口に入れ、こちらに向かってぺこりと頭を下げた。

それを見た一方通行(アクセラレータ)は、

 

(……俺も随分と甘くなったもンだ)

 

とある科学者を思い出して、そして自分が過去に何をしたのかを思い出しそんな訳がないか、とそんな事を考えている自分自身に小さく舌打ちした。

 

「では辞退はなしということでよろしいか?」

 

禿頭の男が念を押すように全員を見渡すと、「説明はこの方に行ってもらう」と言って身を引いた。 直後、背後の奥の特大パネルに一人の少女が映し出される。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

これには上代も立ち上がらざるをえなかったようで他の社長格の人間と同時に起立した。

映像に出たのは、雪を被ったような純白のウェディングドレスに似た服装と人間離れした美貌。 髪は銀色で上代達と同い年の少女、聖天子(せいてんし)

一○年前、事実上五つのエリアに分割された日本。 その一つである東京エリアの統治者だ。 その斜め背後には、聖天子のサポートなどをこなす補佐官で厳つい顔をした袴姿の齢七○になる男、天童菊之丞(てんどう きくのじょう)が立っていた。

聖天子は精緻な細工(アールヌーヴォー調)の椅子にゆったりと腰掛けていた、その背景には高そうな絵画や天蓋付きのベッドが見える事から聖居内にある彼女の私室から中継しているらしい。

彼女の登場で蛭子影胤という男が上代に言い残した言葉が現実味を帯び始める。

 

『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』

 

そう言われて着席する者……が一人だけいた。

言わずもがな上代である。 この場合は彼が不敬に当たるか微妙であるが普通なら座らないだろう。

周りは上代の行動に目を見開いたが、聖天使は気にしなかった。

 

『といっても依頼自体はとてもシンプルです。 民警のみなさんに依頼するのは、昨日東京エリアに浸入して感染者を一人出した感染源ガストレアの排除です。 もう一つは、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください』

 

ELパネルに別のウィンドが開かれ、ジュラルミンシルバーのスーツケースのフォトがポップアップして、その横に成功報酬の数字が現れた。

その値段は周囲が困惑する程破格だったが上代は反応しなかった。

そこへ、三ヶ島がすっと手を挙げる。

 

「質問よろしいでしょうか。 ケースはガストレアが飲み込んでいる、もしくは巻き込まれていると見ていいわけですか?」

 

「その通りです』

 

巻き込まれる、とは被害者がガストレア化する際に身につけている物がガストレアの皮膚部などに取り込まれ癒着する現象のこと。

 

「感染源ガストレアの形状と種類、いまどこに潜伏しているのかについて、政府は何か情報を掴んでいるのでしょうか?」

 

『残念ながらそれについては不明です』

 

すると、今度は上代の隣、『天童民間警備会社様』と書かれた三角プレートの席にいる女が挙手する。

 

「回収するケースの中には何が入っているか聞いてもよろしいでしょうか?」

 

それには周囲の社長が色めき立つのがわかったが、上代だけは相変わらず反応なし。

 

『おや、あなたは?』

 

天童木更(てんどう きさら)と申します」

 

その女、木更が天童と名乗った事で聖天使は少し驚いた表情をした。

 

『……お噂は聞いております。 それにしても、妙な質問をなさいますね天童社長。 それは依頼人のプライバシーに当たるので当然お答えできません』

 

「納得できません。 感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝子を持っているという常識に照らすなら感染源ガストレアもモデル・スパイダーでしょう。 その程度ならウチのプロモーター一人でも倒せます。 ……多分ですけど……」

 

言い切った後にプロモーターを不安げな瞳で見てから小さな声で付け加えた。

 

「問題はなぜそんな簡単な依頼を破格の依頼料で――しかも民警のトップクラスの人間達に依頼するのか腑に落ちません。 ならば値段に見合った危険がそのケースの中にあると邪推してしまうのは当然ではないでしょうか?」

 

上代がピクリと動いた。 と同時に一方通行(アクセラレータ)は、ある臭いを感知した。

 

『それは知る必要のない事では?』

 

「かもしれません。 しかし、あくまでそちらが手札を伏せたままならば、ウチはこの件から手を引かせていただきます」

 

それは、鉄の臭いだった。

 

『……ここで席を立つと、ペナルティがありますよ』

 

「覚悟の上です。 そんな不確かな説明でウチの社員を危険に晒す訳にはまいりませんので」

 

肌がピリピリする沈黙が降りる中、上代が手を挙げる。

 

『上代さん、どうされましたか?』

 

上代達と聖天使はとある事で既に知り合っていったため、自己紹介は必要なかった。

上代は学生服の胸ポケットからボールペンを出してそれに答える。

 

「侵入者を二名発見したッ!」

 

言葉終わりに上代は手にしたペンを大瀬社長が座る予定だった空席に投げつける。

投げられたペンは一直線に空席へと向かって行き、椅子に突き刺さる直前で弾かれた。

その直後、けたたましい笑い声が部屋に響き渡った。

 

『誰です』

 

「私だ」

 

全員の視線が集まり、ぎょっとする。

空席の筈の席に、細い縦縞の入ったワインレッドの燕尾服にシルクハット、顔に舞踏会用の仮面をつけた男が忽然と現れた。 その拍子に両隣の社長は驚き悲鳴を上げて椅子から転げ落ちている。

仮面男は両足を卓に投げ出して座った体勢から「いよっと」と声をあげて体を反らして跳ね起き、卓の上に土足で上がり、中央に来ると立ち止まり、聖天使と相対した。

 

『……名乗りなさい』

 

「これは失礼」

 

仮面男はシルクハットを取って二つに折り畳んで礼をする。

 

「私は蛭子、蛭子影胤という。 お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。 端的に言うと私は君たちの敵だ」

 

上代の言っていた特徴と合致するこの男がいるという事は……。

 

「お、お前ッ……」

 

拳銃――スプリングフィールドXDを抜いて震えた声で言ったのは蓮太郎。

その声に影胤の首が猛烈な勢いで蓮太郎の方を向く。

 

「フフフ、元気だったかい里見くん。 それと、また会ったね上代くん。 我が新しき友たちよ」

 

「俺は出来れば二度と会いたくなかったけどな。 蛭子影胤」

 

「コイツを知ってるのか?」

 

「ここに来る途中でちょっとな。 それより蓮太郎君がコイツと知り合ってた事に驚いたよ」

 

「俺は昨日刀牙と出会う前に遭遇した。 どこから入ってきやがった!」

 

後半部分は、影胤を睨みつけながら蓮太郎は言う。

 

「フフフ、その答えに対しては、正面から堂々と――と答えるのが正しいだろうね。 もっとも小うるさいハエみたいなのが突っかかってきたので何匹か殺させたけどね」

 

「この小娘(ガキ)が鉄くせェ臭いしてンのはそォいうコトか」

 

会話に割って入ったのは、依然壁に寄りかかったままの一方通行(アクセラレータ)

彼は誰も居ない筈の壁を指差してそう告げると、影胤は驚いたような楽しそうな声で言う。

 

「ほぅ、誰にもバレないと踏んでいたのだが……。 丁度良い私のイニシエーターを紹介しよう。 小比奈(こひな)、おいで」

 

「はい、パパ」

 

その返事は一方通行(アクセラレータ)が指摘した場所。 いつの間にか居た少女から発せられた。

その小比奈と呼ばれた少女は、ウェーブのかかった短髪でフリル付きの黒いワンピース姿、腰の後ろには鞘に収まった二本の小太刀が交差して差していた。

小比奈は蓮太郎と木更の脇を歩き去り、「うんしょっと」と言って難儀しながら卓の上にのぼると、影胤の横でスカートをつまんで辞儀をする。

 

蛭子小比奈(ひるこ こひな)、一○歳」

 

「私のイニシエーターにして娘だ」

 

小比奈は眠たげな顔でゆっくり首を左右に振り、あたりを見渡すと、やがて控えめに影胤の服の裾を引っ張った。

 

「パパ、みんな見てる。 恥ずかしいから、斬っていい? それにさっき斬りそこねたヤツがいるよ、斬っていい?」

 

二つ目は明らかに上代を見ながら言っていた。

 

「よしよし、だがまだ駄目だ。 我慢なさい」

 

「うぅ……パパァ」

 

それを影胤が宥めるが小比奈は不服なようだ。

その彼女が腰に差している鞘口から小さく血が滴って卓の上に赤い水溜まりを作っていた。

 

「なんの用だ」

 

聞いたのは蓮太郎。 彼も血に気付いた様子で銃を構えたまま、空いた手で木更を下がらせていた。

 

「今日は挨拶だよ。 私もこのレースにエントリーする事を伝えておきたくてね」

 

「エントリー? なんの事だ」

 

「『七星の遺産(ななほしのいさん)』は我らがいただくといっているんだ」

 

その単語を聞いた瞬間、映像向こうの聖天使が観念したように一瞬ぎゅっと目をつぶった。

それに構わず影胤と蓮太郎の会話は続く。

 

「『七星の遺産』? なんだよ、それ」

 

「おやおや、君達は本当に何も知らされずに依頼を受けさせられようとしていたんだね、可哀想に。 君らが言うジュラルミンケースの中身だよ」

 

「昨日、お前があの部屋にいたのは――」

 

「うんその通り。 私も感染源ガストレアを追って部屋に入ったんだが、肝心の奴はどこかに消えているし、グズグズしてたら窓を割って警官隊が突入してくるしね。 ビックリしちゃたから殺しちゃった。 ヒヒ、ヒヒヒヒヒ」

 

仮面を押さえ、喉の奥で不気味に笑う影胤。

そこに声をあげたのは上代だ。

 

「大瀬フューチャーコーポレーションの社長を殺そうとした理由は何だ?」

 

他の者は当然ながら知らなかったため、上代の言に驚愕した。

 

「それは、ただ単に座る場所がなかったからさ」

 

「……誰でも良かったのか」

 

「そうなるかな。 暗殺は君に阻まれてしまったけどね」

 

「貴様……」

 

低く、憎悪の声を発したのは蓮太郎。

それすら気にも留めないで、影胤は両手を広げて、卓の上で回転した。

 

「諸君ッ、ルールの確認をしようじゃないか! 私と君達、どちらが先に感染源ガストレアを見つけて『七星の遺産』を手に入れられるかの勝負といこう。 『七星の遺産』はガストレアの体内に巻き込まれているだろうから、手に入れるには感染源ガストレアを殺せばいい。 掛け金(ベット)は君達の命でいかがか?」

 

「――黙って聞いていればごちゃごちゃと」

 

押し殺した声は、テーブルの向こうから。

それはバスターソードに手を掛けた将監だ。

 

「ぐだぐだうるせぇんだよ。 要約すると、テメェがここで死ねばいいんだろ?」

 

将監の動作は速く、瞬時に影胤の懐に潜り込んでいた。

 

「ぶった斬れろや」

 

「おおぅッ?」

 

素っ頓狂な声を上げた影胤に、巨剣が逆巻く突風を纏って竜巻の如く振り下ろされた。 それは逃れようのない必殺の間合い。

 

――それで倒せるなら上代が倒している筈だ。

 

バシィという雷鳴音が弾け、次の瞬間将監の剣は青白い燐光によってあさっての方向に弾き飛ばされた。

 

「なッ――」

 

「ざーんねん!」

 

「下がれ将監!」

 

三ヶ島の一喝に瞬時に意図を汲んだ将監は舌打ちと共に後退。 その瞬間、集まっていた上代、一方通行(アクセラレータ)以外の全ての社長とプロモーターが拳銃を一斉射撃。

発泡音と銃撃が三六○度あらゆる方向から影胤に襲い掛かる。 しかし、再び雷鳴音と共に青白い燐光が守る。

それはドーム状のバリアだ。

拳銃弾の悉くがバリアであさっての方向に弾き返され、調度品のガラス細工や絵画が吹き飛ぶ。

その場の全員が弾丸を全部撃ち尽くし、硝煙のきついにおいが漂う奇妙な静けさの中、

 

「そんな……」

 

影胤と小比奈は無傷で、卓の中央から周囲を見下ろしていた。

誰もが麻痺したように動かない。

 

斥力(せきりょく)フィールドだ。 私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

 

「……バリア、だと? お前、本当に人間なのか?」

 

「人間だとも。 ただこれを発生させるために内蔵のほとんどを摘出してバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

「蛭子影胤。 お前は、『新人類創造計画』の被験者だったか」

 

「正解だ上代くん。 私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

それに驚いたのは三ヶ島だ。

 

「……ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊? 実在するわけが……」

 

「信じる信じないは君の勝手だよ。 それにしても上代くんとあそこの白髪くんはなぜ何もしなかった?」

 

先程の銃撃戦でなぜ何もしなかったと影胤は上代に質問した。

それに対して上代は、

 

「最初お前にペンを投げたが弾かれた。 それでお前の能力がほぼ判明したから有効打足り得ない攻撃はしなかった。 逆に有効打になる攻撃――俺や一方通行(アクセラレータ)の攻撃は確実に周りに被害が出るし、お前との戦闘ともなれば余波だけでここが壊滅するからだよ」

 

気負いもせずにそれが事実であると断言する。

それに影胤の雰囲気が少しだけ変化した。

 

「ほぅ、君が強いのは先の戦闘で理解していたが彼、一方通行(アクセラレータ)くんも強いのかい?」

 

「お前よりはな」

 

即答した上代に影胤は仮面で分からないが雰囲気から恐らく笑っていた。

 

「それは楽しみだ。 ではこの辺でおいとまさせてもらうよ。 絶望したまえ民警の諸君。 滅亡の日は近い。 いくよ小比奈」

 

「はい、パパ」

 

二人は悠然と窓まで歩いていくと、窓を割り、ごくごく自然な動作で飛び降りた。

それを追いかけようなどと言う者はいなかった。

沈黙が支配する部屋に、

バンッ! という音が響いた。

 

「天童閣下ッ。 新人類創造計画はッ――あの男が言っていた事は本当なのですか?」

 

そう発言したのは、怒りに任せて拳を叩きつけた三ヶ島だ。

 

『答える必要はない』

 

それに対して(いわお)のような菊之丞はこゆるぎもせず即答した。

重い沈黙が下りかけたその時、聖天子の澄んだ声が響く。

 

『事態は尋常ならざる方向に向かっています。 みなさん、私から新たにこの依頼の達成条件を付け加えさせていただきます。 ケース奪取を企むあの男より先に、ケースを回収してください。 でなければ大変な事が起こります』

 

「中に入っているものがどういうものか、説明していただけますよね?」

 

聖天子を木更は睨みながら言う。

聖天子は目をつぶり唇を小さく噛んだ。

この状況で黙って隠し通す事は出来ないと判断したようだ。

 

『いいでしょう、ケースの中に入っているのは「七星の遺産」。 邪悪な人間が悪用すればモノリスの結界を破壊し東京エリアに“大絶滅”を引き起こす封印指定物です』

 

 

7

 

時刻は午後四時。

夕陽が差し込む、他に人が居なくなった第一会議室に上代は居た。

上代は一方通行(アクセラレータ)を先に帰らせて自分は他人に認識されないように気配と姿を隠して座っていた。

すると、ELパネルに映像が写し出され、聖天子が先刻と同じように座っていた。 背景も同じだが一つだけ違う箇所がある。

天童菊之丞の姿がどこにもない。

 

『上代さん。 貴方にお願いがあります』

 

「立場的にお願いではなく特別依頼と言わなくていいのですか?」

 

『これは私個人の希望です。 なので断ってもらっても構いません』

 

「……内容を教えてもらえますか?」

 

『上代さんには「七星の遺産」を破壊してもらいたいのです』

 

「破壊、それは『能力』を使って跡形も残さず、という認識で合ってますか」

 

『相違ありません。 引き受けてもらえますか?』

 

「引き受けましょう。 貴方にはこの世界に来てから色々と便宜を図ってもらいましたから、そろそろ恩を返させていただきます」

 

『お願いします』

 

聖天子がそう言うと映像はそこで消えた。

 

「さて、この先どうするにしても先ずは情報から集めるとしますか」

 

上代が独り言を呟いた。

その直後に、

ガチャッ! とこの部屋唯一の扉が開く。

 

「誰だッ!」

 

入って来たのは警官。

彼はこの防衛省庁舎で起こった殺人事件の調査のためにここに来ていた。 そんな折に誰も居ない筈の部屋から声が微かに聴こえたので入った。

しかし。

 

「……あれ? 誰も居ない」

 

そこには誰も居らず、割れた窓から風が吹き込んでいるだけであった……。

 

 




次回はオリ主のイニシエーターが登場します。
そして上条さんが……。
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