駆逐艦ヴェールヌイ。その艦(ふね)にはルサルカと呼ばれる少女の幽霊がいるとの噂があった……

賠償艦としてソ連に渡った駆逐艦・響。
ヴェールヌイとその名が変わったその艦では、いくつもの不可思議な出来事が起きていた。

月のない夜に甲板に佇む少女。
嵐の夜の恐怖。
水兵の死。

乗組員たちの証言で綴る、哀しみと優しさのフォークロア。

※この作品は艦これの二次創作です。100%作者の妄想です。

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 ──その(ふね)には幽霊(ルサルカ)がいた。

 

 

 

 駆逐艦ヴェールヌイ。

 その艦にはルサルカがいるとの噂があった。

 

 ルサルカとは、スラブ民話の水の精霊あるいは幽霊のような存在だ。

 溺死した女、洗礼を受ける前に死んだ子がこのルサルカになると言われている。

 その美貌で男を誘惑し、水に引きずり込む魔女であるが、恵みをもたらす豊穣の神ともされる。

 

 これは、駆逐艦ヴェールヌイでルサルカを見たという乗組員たちの証言である。

 

 

 

◆証言1 酒飲みの水兵

 

 

 ヴェールヌイのルサルカ? 近頃の記者はそんな取材もするのかい。

 

 あの艦の乗組員なら、みんな知ってる有名な話だ。

 

 噂だと? いいやあの艦には本当にルサルカがいたんだ。見たヤツは少ないけどな。

 

 見間違いとか、欲求不満が見せた幻とか、艦長が連れ込んだ愛人とか、外じゃ色々言われているけどな、アレは本当にいたんだ。

 

 ちょっと飲ませてくれ。飲まなきゃ話せるかよ。

 

 ……クソっ、近頃のウォッカの質ときたらヒドいもんだな。ミグの冷却液のほうがマシなくらいだぜ。

 

 ……オレが見たのは、月のない暗い夜だった。

 

 その時は戦闘中じゃないから艦橋とかの灯りがあって、甲板はまったくの闇ってわけじゃなかった。

 

 艦首の主砲、その先にあいつがいた。

 

 真っ白い水兵服に似た服を着ていてスカートは黒。ほとんど白みたいな銀色の髪をしていた。見た目は10歳くらいなんだが、かわいいというより美しいと感じた。だが──

 

 ──あの美しさは、人ならざるものだ。

 

 ゾッとしたぜ。

 

 あの眼だよ。ブルーグレイのあの眼は、氷山みてぇに冷たかったんだ。

 

 もう一杯飲ませてくれ。今思い出しただけで震えが来るぜ。

 

 ……クソ、このウォッカ、いくら飲んでもちっとも温まらないぜ。

 

 後で聞いたんだが、ヴェールヌイは元は日本の艦だったんだと。だとしたら、ルサルカは日本の幽霊なのか? ハハハ。

 

 なんだ、もう終わりか。他のヤツらにも聞いて回るのか? ご苦労さん。皆によろしく言っといてくれ。

 

 ……今、思い出した。

 

 ルサルカのあの冷たい眼…最近、見たぞ。

 

 オリガおばさん──実家のご近所の人だよ。

 休暇で帰った時、何十年かぶりに見かけたんだけど、あの鬱陶しいほど陽気だったオリガおばさんがあんな眼をしてたんだ。

 

 4人いた息子が、ナチとの戦いでみんな戦死してな、それ以来、笑うことも泣くことさえできなくなったんだと。

 

 今思うと、ルサルカはあんな眼をしていたんだ。

 

 クソ、もう一杯! 飲まずにいられるか。

 

 今分かった。だからオレはゾっとしたんだ。

 

 子どもみたいな姿をして、ルサルカは、絶望で泣くこともできなくなった眼をしていたんだよ。

 

 

 

◆証言2 元魚雷手の話し

 

 

 駆逐艦ヴェールヌイのことを聞きたいってのはあんたかい。これ思想調査とかじゃないよな?

 

 オレが乗っていたのは何年も前だ。

 魚雷手に配属されるって聞いた時は、やったぜ! と喜んだんだが、乗り込んでみたらこれがとんでもないオンボロでな。

 機関はせき込んでいるみたいにいつも不安定だし、舵はガタガタで利きが悪くってさ。今乗っている艦もたいがいボロけど、あのヴェールヌイよりはずっとマシだ。

 

 まったく、ひどい艦だったよ。

 上官は揃いも揃ってロクなヤツらじゃなかった。毎日、罵声と鉄拳。

 キツい仕事と狭苦しい寝床。

 

 半舷上陸が終わって艦に戻る時は、足が重かったよ。

 

 ルサルカ?

 

 なんだあんたが聞きたかったことって、あの幽霊のことかい。

 

 よくある噂だよあんなの。船乗りってのは迷信深いし、はじめて海に来た山出しも多いからな。

 

 だいたい、見たヤツはたくさんいるっていうのに、「オレはルサルカを見た」ってヤツをお目にかかったことはないんだよ。

 

 噂だよ噂。ははは!

 

 …………でもな、不思議な艦だった。

 

 半舷上陸が終わって戻る時はあれほどイヤだったのに、艦内に入り、波に揺られていると穏やかな気分になるんだ。

 

 任務で疲れ切って寝床に入る時もそうだ。

 まるでおふくろの腕に抱かれているみたいに、不思議と落ち着くんだよ。

 

 同じことを言うヤツは大勢いる。

 あんなボロ艦なのに、あんなに安らげる艦はなかったってな。

 

 もしかしたら、オレたちは、ずっとルサルカの腕に抱かれていたのかな。

 

 

 

◆証言3 元操舵手が語る恐怖

 

 

 駆逐艦ヴェールヌイか。

 

 あの艦は、オレがはじめて舵輪を握った艦だ。

 

 そして…今思い出しても冷や汗が出るぜ。

 あの艦で、オレは人生で一番恐ろしい体験をしたんだ。

 

 その夜は、急に天候が悪化した。艦は木の葉みたいに波に翻弄されていた。

 

 行動を共にしていた僚艦は通信機が故障して、こちらの呼びかけに応答しない。

 おまけに場所は暗礁が多い海域だった。

 

 座礁を恐れて陸から離れれば僚艦とぶつかる可能性がある。僚艦との接触を避けようとすれば座礁の危険がある。

 

 目隠しして、足下が危うい山道を歩くようなものだ。

 少しでも道を外れれば待っているのは死だ。

 

 それでも艦橋の人間たちはそれほどビビっていなかった。当時の艦長は老練なベテランだったからだ。

 

 ところがその艦長が倒れた。

 

 脳梗塞かウォッカの飲み過ぎか…オレは後者だと疑っていないが、とにかく艦長が倒れちまったんだ。

 

 指示する者がいなくなり、艦と乗組員の命運は、舵輪を握るオレに託されてしまった。

 

 託されたってのは正しくないな。右から左から「取り舵だ」「面舵に!」とやいのやいの言われる状況になったんだ。

 

 真っ暗な空。それよりも暗い海。暴風とヒステリックな叫び声。

 

 あんな恐ろしい体験をしたことはない。あんなにもうダメだと思ったことはない。

 

 オレは、神に祈ることさえ忘れるほどパニックに陥っていた。

 

 それでもオレの手は操舵手として役割を忘れていなかった。

 艦長が倒れる前に指示した方ほうへと舵を切った。その時だった。

 

 ──白い小さな手が、舵輪を握るオレの手に重ねられた。

 

 オレはその小さな手に導かれるように舵輪をもう少しだけ回した。右15度くらいだったと思う。

 

 その後だ。闇の中から僚艦が現れたのは。

 

 ぶつかる! と誰もが思った。

 

 だが衝突はすんでのところで回避された。

 

 あやういところだった。

 

 あの時、オレの手に重ねられた小さな手。あの手に従わなければヴェールヌイは間違いなく僚艦と激突していただろう。そしてともに嵐の海に沈んでいたかもしれない。

 

 ……あの小さな手のことを話したのはあんたがはじめてだ。

 オレ自身、今でもあれが本当に起きたことかどうか信じられないんだ。

 

 ルサルカ。

 

 もしその霊がいたとしたら、それはあの艦の守り神だろうな。

 

 

◆証言4 元船医が見たもの

 

 

 駆逐艦ヴェールヌイか。

 私が乗り込んでいたのは短い間だったが、忘れられない艦だよ。

 

 私が配属されて間もなく、事故が起こり、若い水兵が大ケガをした。

 

 医務室に運び込まれたその水兵を見て、私は一目でわかった。

 

 ──手の施しようがない。

 

 十分な設備の整った大都市の病院なら助かったかもしれない。だが古い駆逐艦の設備ではどうしようもない。

 

 死にたくない、こんなところで死にたくない…若い水兵は、苦しい息の中で泣いていた。

 

 せめて痛み止めを打とうにもその薬が無かった。

 

 盗まれたんだ。

 横流しさ。何度もあったよ。どの艦でもね。

 

 私は艦長にかけ合いに行った。

 盗まれた痛み止めが、まだ艦内にあるかもしれない。犯人を見つけ出して薬を取り戻せば、あの若い水兵の苦しみを終わらせることができると思ったんだ。

 

 だが艦長は犯人の捜索を拒否した。

 任務を優先したかったのか、あるいは艦長自身が横流しの頭目だったのかもしれない。

 

 もうウォトカでも飲ませるしかない。ついでに私も飲んだくれてやろう。

 そう思って私は医務室に戻った。そうしたら──

 

 ──彼女がいた。

 

 瀕死の水兵が寝かされたベッドに、10歳くらいの銀髪の少女が腰掛けていた。

 

 噂のルサルカか!

 

 ゾッとしたよ。そんなものをこの目で見るとは思わなかったからね。

 

 でも、恐怖したのは一瞬だけだった。

 

 月明かりがさし込む病室で、ルサルカは瀕死の水兵に膝枕をしてやりその髪を撫でていた。

 小さく、囁くような声で歌っていたのは子守歌だろうか。

 

 彼女の表情は、子を慈しむような母のようであり、そしてあまりに悲しげだった。その表情に、私は胸を突かれた思いがしたよ。

 

 私がルサルカを見たのはその時、一度だけだ。ウソじゃない。

 あの艦にルサルカはいたんだ。

 

 ああ、その水兵かい? 朝が来る前に息を引き取ったよ。

 

 あいつはルサルカに連れて行かれたという噂もたったな。

 

 そうかもしれない。彼はルサルカに海の中に、水底に連れて行かれたかもしれない。

 

 でもね。死んだその水兵のその顔は、とても穏やかな顔をしていたよ。

 

 

◆証言5 荒くれな水兵

 

 

 ヴェールヌイ? あのクソな艦のことを聞きたいって?

 

 思い出させるなよ。クソみたいなオレの人生で一番のクソな時期のことをよ。

 

 親もなく、軍隊に入る以外道のないオレは海軍に入った。

 しかしそこは孤児院よりもっとクソだった。

 

 ルサルカ?

 

 ああ見たよ。どういうわけかオレのとこに何度も現れたぜ。

 あんなガキみたいな姿じゃなく、色っぽい姿だったたら大歓迎なんだがな。

 

 あいつは、人が弱っている時にばかり出てきやがるんだ。

 

 クソみたいなヤツらとケンカして傷だらけになった夜とか、クソ士官どもの暇つぶしにボコられた夜とかな。カゼをこじらせた夜にやって来た時は、オレを殺しに来たのかと思ったぜ。

 

 あの辛気くさいガキの幽霊は、なんだってオレの前にばかり現れるんだ? クソが。

 

 最後にヤツ見たのは、あの日だ。

 

 その日、駆逐艦ヴェールヌイは、任務を終えて港に帰る途中、救難信号を受信した。

 観測船だかなんだかがひっくり返ったんだったか。

 近くにいたのがオレらだったんで、その救助に向かったんだ。

 

 驚いたことに、それまでクズってたボイラーがおそろしいほどに燃え、艦は波を切り裂いて飛ぶように走った。

 この老朽艦がこんな速さで? と誰もが驚いたぜ。

 

 沈没しかかった船から乗員を救助して、その最後の一人が甲板に引き上げられた時さ。

 

 ──艦首にルサルカがいた。

 

 昼間に見たのははじめてだった。

 そしてその日から、ヤツが姿を見せることはなかった。

 

 港に戻った駆逐艦ヴェールヌイは、以前にも増してボロ船になっちまった。

 特に機関がひどかった。港に着いた後、機関が停止した。修理はされたが、浮いているのがやっとという有様だったそうだ。

 

 オレら乗組員は別の艦に配属になった。今の艦もクソみたいなものだがな。

 

 あのボロ船はもう解体されたのかい? 何、標的艦になって沈む?

 

 ……そうかい。

 

 

 

◆証言6 私が見たルサルカ

 

 

 先ほど、荒くれな水夫が語った駆逐艦ヴェールヌイの救助活動。

 あの時、救助された中の一人が私だ。

 

 あの日、私は取材で観測船に乗り込んでいた。

 

 船が沈み、私は海に放り出された。冷たい海水は、たちまち私の体力を奪い、意識は水底より暗い闇に沈んでいった。

 

 私は死ぬのか。

 そう覚悟しながらも、私は手を水面へと伸ばした。

 その時、小さな手が私の手を握った。子どものような小さく細い指。だがその手は力強く、私を水面へと引き上げた。

 

 甲板で私が目覚めると、目の前に彼女がいた。

 

 ──銀の髪にブルーグレイの瞳の少女。

 

「ありがとう。生きていてくれて」

 

 彼女──ルサルカはそう言って微笑んだ。

 

「君が生きていてくれたから、私の最後の任務は誇らしいものになった」

 

 その微笑みは、穏やかで晴れ晴れとしていた。

 

 いや、礼を言うのは私のほうだ。そう言おうとした時、雲が切れ、日の光が差した。

 

 まぶしさに、私は一瞬、眼をしばたくと、そこにはもうルサルカの姿はなかった。

 

 

     ×   ×   ×

 

 

 その後、ヴェールヌイはデカブリストと名を変え、標的艦となった。

 

 彼女がその生涯を終える時に立ち会おうと、無理を言って取材した私は、あのあらくれ水兵と同じ艦に乗り込んでた。

 

 まぶしいほど晴れ渡った空の下、いくつもの砲声が轟いた。

 

 何発も砲弾を受け、水柱に包まれて、駆逐艦デカブリスト──ヴェールヌイだった艦は沈んでいった。

 

 その艦影が沈んだ後も、そこかしこの艦で敬礼し続ける将兵たちがいた。

 

 船医、操舵手、水兵たち、私が取材した人たちだった。

 

 あらくれの水兵が私のそばにいた。

 

「悲しくねぇ! クソ! あんな艦、沈んだって悲しくなんかねぇよ!」

 

 大きな男が、大声で泣いていた。

 

 やがて静かになった水面に、少女の声が聞こえた。

 

「駆逐艦 響 これより帰投する」

 

 その声は、たしかにそう言っていた。

 

 

     ×   ×   ×

 

 

 騒がしい孫たちの声で、私のまどろみは破られた。

 

 記者だった頃のあれこれを整理している内、うたた寝していたようだ。

 

 手にした手帳は、ルサルカを取材した時のものだ。最後のページには、私が描いたルサルカのスケッチがあった。

 

「おじいちゃん、この女の子だれ?」

 

 飛び込んで来た孫の一人が手帳に描いたルサルカの絵を見つけた。

 

「誰なの? ねぇ誰?」

 

 もう一人の孫が言う。

 

「おじいちゃんの初恋のひとさ」

「浮気だー!」

「おばあちゃんに言っちゃうよ」

 

 孫たちが囃し立てる。

 なんとも騒がしいことである。

 

 あれから何十年もの時が流れていた。

 色々なことがあった。国が滅び、生まれ変わり、その中で多くの苦しみを体験した。

 

 しかし、だいたいは良い人生だったと言っていいだろう。

 

 君のおかげだ。ヴェールヌイ、いや響かな。

 

 ありがとう。私に人生をくれて。

 

 手帳の中のルサルカは微笑んでいた。

 

 

 

(おわり)

 

 




最後までお読み頂き、ありがとうございました。

評価、感想、ツッコミなど諸々よろしくお願いいたします。

それでは、またどこかで!

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