ワイの名前は三木自綱 作:アネコジマン
1564年 秋 飛騨国 松倉
(ここが三木様の…)
松倉城の台所にその男は立った。
男の名はケンイチロウ。“正史”では織田信長に仕えるはずだった料理人は、“この世界”では石山本願寺のもとへと流れていた。
台所まで案内されたケンイチロウは、目立つ場所に鎮座している“それ”を見て声をあげそうになるのを何とか堪えた。“それ”は彼から見てあまりにも異質──いや、
(どうして
持ってきた自身の包丁一式を並べながら、ここへ来るまでのことを思い返す。
本願寺門跡“本願寺 顕如”は、和睦の使者としてケンと“下間 仲孝”の二人を飛騨国へと派遣。ケンには和睦交渉とは別の役割が与えられていた。
仲孝は飛騨国到着からすぐに和睦交渉に入った。彼はケンイチロウに「交渉は順調に進んでいる」と言っていたが、実のところ色良い返事はもらえていない。交渉相手である三木家家老“新 武四郎”相手に苦戦していた。
交渉が長引いて三日目の現在。迎賓館で交渉中の両者の前に突然三木家当主“三木 自綱”が姿をあらわしこう言った。
『使者殿。確か貴方は料理人を連れてきていましたね。…少し前、面白い噂を耳にしました。なんでも石山では日ノ本では見たことが無いというほどの料理を出す男がいるとか』
『は、はいっ。此度拙僧への同行が許された料理人は確かに日ノ本では見たことが無い、美味なる料理をお出しできる料理人にございます!』
『なるほど、とても自信がおありのようだ。ふむ…ではここは一つ、勝負いたしますか』
『しょ、勝負にございますか…?』
『ええ、勝負です。そちらご自慢の料理人が出す料理、それで私を説得してごらんなさい』
『料理で──説得ッ!?』
『私の趣味の一つは食道楽。料理の味にはなかなかうるさいと自負しています。その私をうならせる料理を出せたのならば和睦を受け入れるのもやぶさかではない』
『そ、それは……! ……いえ、承知いたしました。三木様に満足していただける料理を当方の料理人に作らせてみせましょう!』
『……武四郎。あちらの料理人を台所まで案内するように』
『ははっ!』
それは仲孝の粘り強い交渉が生み出した結果なのか、あるいは“三木 自綱”の気まぐれなのか。どちらにしろ本願寺と三木の和睦はケンの手にゆだねられた。
(石山を発つ前日、顕如は言っていた……)
監視と思わしき三木家家臣達の視線に晒されながら、ケンイチロウはその言葉を思い出す。
───三木 自綱。彼は南蛮から入ってくるものに強い関心を持っています。
───貴方が南蛮の料理を作れると知れば、おそらくそれを作らせようとするでしょう。
───もしその流れに乗れたのならば……そこからは貴方の仕事です。任せましたよ、ケン。
(いま俺がすべきこと。それは三木 自綱を説得出来る料理を作ること──だけじゃない)
用意された食材を見渡しながら考える。自分に出来ること。自分にしか出来ないこと。
(三木 自綱は南蛮に強い関心を持っていると聞いた。だったら──)
作る料理は決まった。ケンは“彼女特製”の包丁を手に取り調理に入った。
時間は流れ──昼。場所は再び迎賓館。
「ほう……」
「むう……」「これはなかなか……」
ケンが用意した料理は洋風の長テーブルに続々と並べられる。それを見た自綱は感嘆し、三木家家老の武四郎と“新 武代”の二人もまた主君と同様に息を漏らした。
それは芸術品ともいうべきレベルに仕上がった料理だった。分量、盛り付け、それらはすべて計算されたものなのだろう。見る者の心を奪う美しさがあった。
自綱は視線を料理から床に両ひざをついて待機しているケンへと移し、問いかける。
「料理人。名は?」
「ケンイチロウと申します」
「ではケンイチロウ、この料理について聞かせてもらいましょう」
「はい。右から順に真鯛のマリネ、飛騨イモの甘辛煮、飛騨野菜のサラダスープ、海と山の幸のピラフとなります」
武四郎達が「まりね…?」「さらだ…? ぴらふ……?」と疑問符を浮かべている中、ケンの説明は続く。
「マリネ、スープ、ピラフは主にヨーロッパで広まっている料理の総称です。素材はすべて三木様の領地で生産されたものになります」
「ふむ……」
自綱はケンの説明に耳を傾けながらマリネを一口。音をたてずに上品に咀嚼したあと「美味である」と感想を漏らした。
黙々と食べ続ける主君に続くように、武四郎と武代の二人もケンの料理を食べ始め、
「う、美味い!」
「美味しい…!」
思わずといった感じで声をあげる。その料理は見た目だけではなく味も一流だった。
箸を進める全員を視界に収めながらケンは説明を続ける。
「マリネは三木様が統治なされている能登の雄大な海を。スープはここ飛騨の美しい自然を。ピラフはその両方をそれぞれ表現いたしました。以上、日ノ本の和、西洋の洋、和洋折衷にて作られたこの料理を石山本願寺と飛騨三木家の友好の証として献上いたします」
説明が終わったのか、ケンは両ひざをついたまま頭を下げる。その説明を聞き武四郎達は「料理で我が国を表現…!?」「なんという…お見事というほか言葉がありません!」と絶賛。家老二人の反応を見て仲孝は「和睦が成立するのではないか」と期待した。
食事を終えた自綱は「素晴らしい料理でした」とケンを称える。
「私が統治している国々を料理で表現するとは。味は絶品、鼻をくすぐる良い香り。華やかな盛り付け。すべてが素晴らしい。……武四郎。石山との交渉は和睦を前提として進めなさい」
「──ははっ!」
「ありがとうございます!」
自分の出番はここで終わったということなのか、自綱は席から立ち上がり迎賓館を後にした。
武代は主君の護衛として共に迎賓館から去り、武四郎は和睦交渉の続きをすべくその場に残る。
仲孝は「山場を一つ乗り越えることが出来た」と心から安堵した。
そしてケンは───
1564年 秋 畿内 石山本願寺
「──違和感」
「はい。三木家…いえ、三木 自綱様から強い違和感を覚えました」
その報告に顕如は一瞬だけピクリと眉間を動かした。ケンはそれに気付いたがあえて無視し、そのまま報告を続ける。
「違和感の正体はなんなのか。それを上手く言葉にすることが出来ませんが……」
「そうですか。ならば別のことをお聞きしましょう。ケン、貴方は三木 自綱から野心のようなものを感じたりはしましたか?」
「俺は三木様と数えるほどしか会話をしておりません。なので断言は出来ませんが……顕如様がおっしゃられる“天下に対する野心”は無いと思われます。その代わり愛国心──いえ、愛郷心のようなものを感じ取れました」
「愛郷心」
「はい。あの御方は飛騨国を、そして自らの手で開発、発展させた国々を強く深く愛していると俺は感じました」
「その根拠は」
「料理です。俺があの時お出しした料理は、素材から調味料まですべて三木様の領内で生産されたものを使いました。そしてそのことを知ったあの御方はどこか誇らしい表情をしていたのです」
「なるほど」
顕如は考える。ケンの言葉は、根拠というにはあまりにも弱い。しかし料理を通して他者の心を理解するというのがこの男だ。故にその言葉は信用出来た。
だからこそ悩ましい。天下人になれるだけの実力者が天下取りを選択しないということは、それに興味が無い、あるいは望んでいない可能性があるということ。
顕如としては自綱に天下を握って欲しいと考えているし、そうなるように状況を動かそうと裏で工作をしている。しかしもし本人がそれを望んでいないというのであれば工作は逆効果、最悪は敵対関係に戻ってしまうことも充分あり得る。
どちらにしろ石山本願寺にとって苦しい状況は続くことになるだろう。
ケンは顕如に伝えなかったことが、伝えられなかったことがある。
それは……
(松倉城の台所で見たアレは……明らかに
三木家の領地である三津七湊の一つ“輪島湊”で、最近“砂糖座”というものが開かれたという話を松倉の町で聞いた。ケンはその話にとても驚いた。彼の日本の歴史知識には砂糖座なんてものは無かったからだ。
砂糖とは料理における重要な調味料の一つである。そしてケンは料理に関連付けた歴史の知識に明るい人間だ。だからこそ正史では存在しないはずの砂糖座に驚きを隠せなかった。
ひき肉機、みりん、そして砂糖座。すべてがこの時代とかみ合っていない。
(三木 自綱……姉小路 頼綱。俺の知っている歴史ではここまでの人物ではなかったはず)
時代の寵児として遠い未来まで語られる織田 信長。その信長に比するどころか上回る勢力を持つ大大名三木 自綱。
ここまでくれば断言出来る。この世界はケンが知っている世界ではない。
(俺は……どうするべきだ)
……ケンは他にも伝えていないことがある。それは自分と望月が未来人であるということだ。
ケンは「未来人である自分達が過去へと介入し歴史をどうこうするのはいかがなものか」という考えを持っている。もう一人の未来人である望月もケンの考えに同調してくれた。
しかし三木 自綱を知ったことでその考えは大きく揺らぐ。このままで本当に良いのだろうかと考え始めた。
何故なら、そう──ケンは疑っている。三木 自綱は自分達と同じ未来人、あるいは未来の知識を持った人間なのではないかと。
(俺達のことを話すべきか……話さないべきか……)
ケンにとって悩ましい日々が始まった。
短いけどケンsideは一旦終わり
幕間はまだ続きますよ!