ワイの名前は三木自綱 作:アネコジマン
1564年 秋 飛騨国 松倉
石山本願寺との和睦が成立してから数日後。
富山城にて教育中であった果心居士と、三木家家老“新 武奈”に保護されていた瑤子の未来人二人は、主君である三木 自綱に呼び出され松倉城へ登城した。
登城した二人は再会の挨拶もそこそこに案内に来た小姓に連れられて評定の間へ。するとそこにはすでに三木 自綱が待っていた。
「大殿!?」「お、遅くなってごめんなさい!」
二人は慌てて下座に座り平伏する。待ち合わせの場に上位者である大名が先に来て家臣を待つなどあってはならないことだ。二人の身分を考えた場合、行く末は打ち首しかない。もっともそれは普通の大名家の場合に限る。三木は他大名家とは違いその辺りは緩かった。
ただし優しいという訳ではない。彼は有能な家臣には金を湯水の如く注ぎ込んで仕事をさせる大名である。遠い未来にはブラック企業という言葉があるが、これとの違いは家臣(部下)にきっちりと金をかけていることだろう。
さてその自綱だが。目録らしきモノを片手にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら平伏している二人を見下ろしている。いつものような穏やかな笑顔ではなく、意地の悪い笑顔。
この時点で二人はイヤな予感しか覚えなかった。三木家に保護されてから本当に色々とあった。その“色々”の間で、自綱が普段見せない表情を見せた時、決まってロクでもない何かが始まる時だということを彼らは散々理解させられた。二人の忠誠心は些かも揺るぎはしないが、それでも「勘弁して」という感情があった。
そんな二人の思いをスルーし、自綱は目録をペシッと軽く叩きながら話し始める。
「先日、石山本願寺から和睦を求めに使者が来たことを知っていますね?」
「はっ」「私は武奈様から聞かされました」
「よろしい。では本題その一です。……石山から来た使者の中に西洋料理を得手とする料理人がいました。名をケンイチロウ」
「……!」「えっ!?」
「身体は私と同じぐらいの大きさで、髪型は長い髪を後ろで束ねていました。その男、貴方達が以前言っていた探し人ではないかと思ったのですが。何しろ見た目の特徴が一致している」
「おそらく、ではありますが。私どもが探している同郷の者の可能性が高いです」「け、ケンイチロウ…! 生きてて……!」
ホッとした表情を見せる果心居士と、感極まったのか涙を流し始めるようこ。
その二人の様子に「うんうん。良かった良かった」と頷きながら、自綱は持っていた目録を二人に見せる。
「二つ目はこの目録です。これには石山からの献上品が記載されています。その最後にはケンイチロウ君が用意してくれたモノもある。とりあえずこれの確認を」
「はっ! それでは拝読いたします」「ケンイチロウも? 何かしら……」
二人は渡された目録に目を通す。そしてその後の反応はそれぞれが違っていた。
果心居士は顔中に脂汗らしきものを流しふらつき、ようこは“とある料理名”に強い引っかかりを覚えた。
自綱はくつくつと喉を鳴らすように低く笑いながら「それを見てどう思った?」と問いかける。
主君の問いに最初に答えたのは果心居士だった。彼は懐から取り出した手ぬぐいで顔の汗を拭きながら答えた。
「葛城──失礼。ケンイチロウは決して愚者ではありません。お出しした料理には必ず何か意図がある。それが何かまでは分かりませんが……」
「なるほど、愚者ではないと。まあそうでしょうね。私は“本物の愚者”を京で何人も見てきましたが、彼は彼奴等と明らかに違う」
会話の内容をいまいち理解出来ていないようこが「あの、どういう意味でしょう…?」と口をはさむ。果心居士はケンイチロウが用意した料理名を指さし「これ、生臭だよ」と答える。
「なまぐさ……あっ!? これ、肉と魚使って……!」
「うん。本願寺に所属しているカツラ──ケンイチロウがそれをお出しするのはとてもよろしくない。……何か考えがあってのことだとは思うけどね」
「少なくとも本願寺側は献上する料理のことを知っていたと思いますよ」
自綱は目録を回収し「さて…」と改めて二人を見据える。ケンイチロウに関する話は一旦終わり。彼にとってのメインはここからになる。
「この場には我々三人しかいません。警備の者も外に控えてますが大きな声を出さなければ聞こえない。……私に対し質問があれば答えてあげましょう。ただしそれは今日、この時、この場限りです」
その言葉に二人は全身を硬直させる。
聞きたいことはあった。知りたいことはあった。果心居士は正史を知る者として、そしてようこは料理人として、聞かずにはいられないことがあった。
二人は互いに視線を交わす。ようこの目は「松田さんからお願い」と訴えていた。
果心居士は──松田は覚悟を決めて以前より感じていた疑問を言葉にする。
「自綱様。貴方は我々と同じ未来人ですね?」
脂汗を流しながらそう問いかける未来人に対し、自綱は悪魔のような笑みを浮かべていた───
一刻(30分)後。
「ふぅぅぅ……。少し……少し整理させて下さい」
「今日は時間をたっぷりと取ってあります。構いませんよ」
自綱の言葉に果心居士は「ありがとうございます」と頭を下げ、情報を整理していく。
主君 三木自綱から聞かされた話はあまりにも衝撃的すぎた。彼は果心居士達と同じ未来人であり、この時代、この世界に転生──生まれ変わった存在だという。
また生まれ変わった際に“神”を自称する超常存在から力を与えられたらしい。飛騨国が、そして三木家が史実とは違う大勢力になっているのはその力のおかげだ。なお“神”は果心居士達“未来人”をこの世界へ送ったモノとは別口とのこと。
京に追放された父 姉小路 良頼(旧 三木 良綱)との仲が険悪にならずむしろ良好といって良いのは、飛騨国が自らが統治していた時代よりも大きく繁栄しているからだ。さらに息子のおかげで念願だった貴族にもなれたからというのもある。
三木家はその高い国力を活かし朝廷と蜜月関係を築き上げ、さらには織田、上杉、武田といった大勢力と同盟に等しい関係になった。特に上杉との関係は盟友といって良いレベルに至っている。
そして……。
「うわー懐かしい…! これ鉱石ラジオじゃないですか…!」
「正確には塹壕ラジオですけどね。鉱石ラジオはやはり学生のころ授業で?」
「はい、小学生のとき工作の時間で…! 塹壕ラジオ…確か戦時中に作られたやつだったかなぁ…」
織田家への贈呈品として用意された塹壕ラジオを見て、果心居士は目を輝かせる。一方ようこは「ラジオ…? 工作の時間に…?」と首をかしげていた。どうやら彼女はそういった経験がないらしい。世代や地域によっては授業でやらないこともあるからね、仕方ないね。
織田を始めとした大勢力との同盟(に等しき)関係。“ラジオ”や“ひき肉機”といった戦国時代に似つかわしくないツールの数々。“みりん”や“黒砂糖”といったこの時代では特殊といっていいレベルの食材が豊富にあること。
果心居士とようこの二人はこれらの事実を見て『この世界は自分達が知っている世界とは違う』ということを改めて認識させられた。
果心居士は壊さないようにラジオをテーブルに置き、主君へと訊ねる。
「大殿。このラジオは織田家に差し上げるとのことですが……これを使って何をなさるおつもりなのです?」
「そんなの決まってるじゃあないか。 さ ぷ ら い ず ♡」
とても良い笑顔でそう言い放つ自綱に対し、果心居士とよーこの二人はガックリと項垂れる。ああ、きっと自分達は何かとんでもない何かをやらされるのだろうという確信が彼らにはあった。
そしてその確信は正しかった。この後三木家がどう動くかを二人は聞かされ、顔の色が真っ青になったり真っ白になったり、とにかく心臓に悪かったとだけ記しておく。
なお彼らのやり取りはしっかり配信されており、これからの展望を語る自綱を見た視聴者達はコメント欄で『イッチ、完全にフィクサーじゃん!』とちょっとした祭りになっていた模様。
1564年 秋 信濃国 川中島
「──来たか、武田の」
「待たせたか、上杉の」
小姓らしき男を連れて天幕の中に入ってきた男──武田信玄を、その天幕の主である男──上杉謙信が迎え入れる。
ここは川中島。史実であれば上杉 対 武田の五度目の合戦──通称“川中島合戦”が開かれる場所。
その川中島に彼らは居た。戦ではなく話し合いのために。
「名を変えたらしいな。今は謙信だったか」
「うむ。貴殿のことは信玄と呼んでも?」
「構わん。こちらも謙信と呼ばせてもらおう」
中央にある椅子にドカッと音を立てて座り睨む信玄。その背後には護衛としてついてきた家臣が一人。謙信は苦笑しつつ控えていた小姓へ酒瓶と湯呑みを用意するように命じた。
謙信手ずから湯呑みに酒をそそぐ。酒の色は鮮やかな赤。湯呑みから漏れてくる芳醇な香りが信玄の鼻をくすぐる。
「さあ、まずは一杯」
「どこの酒だ?」
「飛騨国。“わいん”と呼ばれる南蛮の酒だ。ブドウから作ることが出来るらしいぞ」
信玄は毒見役として前に出た護衛を片手で制し、湯呑みの中身を疑いもせずに一気に飲み干し──驚愕に目を開く。
「これが……ブドウ!? ブドウから出来た酒!?」
「うむ。初めて飲んだ時、我もまた貴殿と同じ反応だった」
指を鳴らす。主君謙信のその合図で控えていた小姓は酒の肴を用意した。眼前に並べられたそれは“茹でた肉”らしきもの。
「…これも飛騨か?」
「うむ。これは豚肉から作られたものでな。“うぃんなぁ”という。食え。わいんに合うぞ」
そう言いながら謙信はワインを一口飲み、その後ウィンナーを食べる。茹で上がったばかりのそれは パリッ と小気味の良い音を立てた後、吸い込まれるように口の中へと落ちていった。
この時代において豚は忌むべき物とされている。それを食事に出すことは宣戦布告に等しい行為。話し合いとして用意された場で出すべきものではないことは間違いない。
しかし…しかしだ。自らの前で上機嫌そのものの表情を晒しながら飲み食いを続ける宿敵を見て、信玄は『この男からは邪な気配は感じない』と悟った。これは宣戦布告ではない、純粋に美味い料理を出したにすぎないのだ。
故に彼は謙信と同じようにウィンナーへと手を伸ばし──
「──美味し!」
「で、あろう?」
膝を叩きその美味さを絶賛する甲斐の虎と、それを見てワハハと笑う越後の龍。
二人は共に湯呑みをかかげ、ひと時の酒宴を楽しんだ。
「信玄。我は三木に降ろうと考えている」
「……そうか」
酒瓶の中身が尽き、宴もお開きとなった頃。謙信は日常会話であるかのような気楽さでそれを口にした。
「正確には従属となるか。三木は朝廷よりこれ以上領土を広げてはならぬと厳命されているが故にな」
「領土を!? 朝廷も酷なことを言う……」
如何なる理由があれど、それは戦国大名に対し使ってよい命令ではない。たとえ相手が日ノ本の最高権威である朝廷であってもだ。
しかし三木はそれを受け入れたという。信玄はいよいよもってあの家のことが分からなくなった。
「憲政様もそれを良しとされた。故に心置きなく…といったところだ」
「……そうか」
あの先代関東管領“上杉 憲政”ですら『三木家が相手ならば仕方なし』と認めた。
家を守るため、そして関東管領として使命を果たすため奔走し続けた憲政はどのような思いで降伏を許したのか、それは信玄には分からないことだ。
しかし確実に分かることはある。それは混乱だ。間違いなく関東は荒れる。関東管領が他家の下に付くというのはそういうものである。
謙信は合図らしきものを送り、それを受けた小姓は天幕から出て行った。少しの沈黙の後「本題はこれからだ」と話し始める。
「信玄よ、我は貴殿を誘いに来たのだ。織田家、三木家、上杉家三家による計画にな」
「計画? …穏やかではないな。勧誘に来たということはその計画とやらの内容を話してもらえるのだろうな」
「当然だな。しばし待て。それを説明するのに相応しい者がすぐに──」
「──来たぜ。たった今な」
天幕を大きく捲り中へ入ってくる風呂敷を背負った男。信玄はその男の顔に見覚えがあった。
「……かような場で貴殿を見ることになるとは。正直、このまま何も聞かずに帰りたくなったわ」
「ははっ、そうイヤそうな顔をするなよ武田殿! この話はそちらにとっても利のある話なんだぜ!」
「貴殿が関わっているということは朝廷も深く関わっているということだろう──近衛卿」
近衛前久。五摂家筆頭の公家であり、正史では天下泰平のために東奔西走した貴族として名を残している。
半眼で睨む信玄を相手に前久はカラカラと笑いながら持っていた風呂敷を広げ、その中にあった荷物の一つを手渡した。
「……これは?」
「わいん──ブドウ酒の作り方が書かれた教本だ!」
秘中の秘とされるべきはずの酒造教本をアッサリと渡される。
よく見ると教本には三木の家紋が記されている。それはすなわちこの教本は三木家から持ち出されたものであることを意味した。さすがの信玄もこれには血の気が引いた。
「待て! この教本のことを三木殿は知っているのか!?」
「あー、大丈夫大丈夫。信じられんかもしれないが、その自綱殿が『武田殿には前金としてこれを渡すように』って用意したのがそれだから」
「な、なんという……!」
特産品として国を富ませる一助にも成り得るブドウ酒製造の教本。三木家がそれを簡単に手渡したという事実に信玄は心底慄いた。あの家はいったい幾つ札を持っているというのか。
信玄は三木家に大きな借りがある。常に不足している米や塩の買い付けだけではなく、身体が弱く、病に伏せがちだった長男 義信は飛騨の薬によって回復した。正式な同盟こそ結んでいないが三木と武田は切っても切れない──否、少なくとも武田側にとっては切ることが出来ない関係と言っていい。
故にその計画とやらに三木が関わっているのであれば武田が参加するのもやぶさかではなかった。なかったが……。
(甲斐にもブドウはある! それを酒に作り替え他国へ輸出出来るようになれば……!)
甲斐を富ませることが出来る酒の教本を渡されてしまっては、もはや迷うことなど許されない。計画の内容など知らずともこの場で「応ッ」と答える以外選択肢はない。
独断で決定した主君に対し家臣(国人衆)は不満を持つだろう。しかし言い換えれば心配すべき点はそれのみ。
さてどうやって家臣連中をなだめすかすかと信玄が考えているところにトドメとなる一撃が入った。
「武田殿よ、驚くべきはこれからだぜ。……ほれ」
「むっ…いったい何を──」
前久は上質な紙で作られた巻物を信玄へ渡した。彼はいぶかしみながらも巻物を開き内容を読んでみると──
「………………近衛卿」
「
「これは……敵に回るぞ。有力な大名ほどだ。これは明らかに帝を──」
「ほう。では不参加かい?」
「否! よくぞこの話を持ってきてくれたと感謝したい!」
彼らが持ってきた計画。それは──結婚式についてだった。
では誰の結婚式か。それは織田家長男 奇妙丸(信忠)と武田家四女 松姫の二人。この二人は現時点で婚約関係にある。
その二人の結婚式を開くというのが計画の全容だった──ただしそれは日ノ本の中心である京で。
「秋山! これを読め!」
「はっ! 失礼いたします──」
護衛としてついてきた武田家武将 秋山信友は、信玄から計画の全容が書かれている書状を渡される。
それにはおおよそ信じられないことが書かれていた。
「け、結婚式……京で……しかも、しかも……帝が……ご臨席……!?」
「はっはっはっ! くはっははははっ!」
夢か現か定まらないほどに混乱する信友を横に、信玄は歓喜の笑いをあげた。到底抑えられるものではなかった。自らの血を分けた娘の結婚式に帝が臨席される。武家としてこれ以上の名誉などあるものか。
もっとも大きな問題もあるが。その結婚式のメインはあくまでも奇妙丸。織田家の後継者である。それに帝が臨席されたとしたら他大名家はどう思う? 織田は朝廷によって天下人の椅子に座ることを許されたと考えるのではないか?
他大名家はそれを良しとするか? 否、決して認めない。勢力の大きい大名ほどまず認めない。故に織田とそれに組する大名家を滅ぼすため連合を組もうと動くだろう。
そこまで考えて、しかし信玄はハンッと鼻で笑い飛ばす。織田だけならば滅ぼせるかもしれない。しかしあの家には三木家がいる。そして三木家が味方したとなれば事実上の同盟関係にある上杉も味方となる。
彼は理解していた。日ノ本に存在するすべての大名が敵に回ろうと、この三家だけですべて返り討ちに出来るだろうと。信玄が所有する“歩き巫女”が得た情報が正しければ、織田も三木も石高では測れないレベルの国力を持ち、上杉ですら三木の援助によって他家が羨むほどに領地開拓が進んでいるという。
で、あれば。であればだ。向こうから差し出した勧誘の手を振り払うのはあまりにも愚かというものだろう。
「……謙信、近衛卿。この計画について必要なことはすべて話せ。すべてだ!」
「承知した」「いいねぇ武田殿。あんたいま、い~ぃ笑顔をしてるぜぇ」
甲斐の虎、越後の龍、そして五摂家筆頭。彼らの話し合いは五日にも渡り続いた。
不倶戴天の仇が同志として手を取り合う仲へ変化したことにより、この世界の日本の未来はさらなるうねりを生み出すことになる──
※ケンが料理で仕掛けた罠について
生臭料理は実は囮。本命は「飛騨イモの甘辛煮」
これは飛騨の郷土料理「ころいも」であり、それを出した時にイッチがどんな反応するかをケンは確かめていました。
ただしイッチはポーカーフェイスが得意+集合知(転生者掲示板)による助言でケンの洞察をみごとに回避。その結果「確信」ではなく「疑惑」レベルに留まっています。
※信忠(奇妙丸)と松姫の結婚式
出席者は信玄と義信は確定。残りは殴り合いで決めた模様。
カッツ「しゃおら出席かくてぇぇぇい!!」
十二神将「お、おのれぇ……」
※義信について
病弱だったけど「病によく効く」という噂があった飛騨国の薬を飲んで全快回復しました。なお信玄も回復した模様。
※イッチと軍神と近衛
イッチ「ちょっと軍神? ノッブに聞いたんだけど越後でヨッシー保護してたってマジ? なんで教えてくれなかったの?」
軍神 「だってイッチ天下に興味なさそうだったし、むしろ迷惑そうだったし。だったら足利の血縁者のことは教えなくてもいいかなって…」
イッチ「デデーン。軍神、アウトー。十日間ワイン禁止令です」
軍神 「えっ」
近衛 「wwwwwwww」
それでは皆様良いお年を。