ワイの名前は三木自綱 作:アネコジマン
松倉会談から僅か三日後。信長達は拠点である岐阜城──稲葉山城から改名した──に帰還した。
帰還後一日だけ休みを取った後、信長は防諜がしっかりとされた部屋に可成と信盛を呼び出し“それ”の中身について話し合う。
「読み終わったな? その方ら、これをどう考える」
「申し訳ございません。私にはわかりません」「むぅ…これは……」
自身の主君はハッキリとした言葉を好むことを理解していた可成は「わからない」と答えた。それに対し信盛はやや口が重い。言ってよいものかどうかという表情をしている。
信長は「うむ」と頷いた後、信盛に続きを促した。
「信盛は何かあるようだな。申せ」
「ははっ! では……」
軽く一呼吸したあと、口にする。
「……上杉殿は信長様の天下を支持する、という意思表明かと」
その言葉に驚きの表情を見せる可成に、手に持った“それ”をポンポンともてあそびながら「で、あるか」と笑う信長。
信盛は改めて“それ”を──上杉政虎から渡された封書の内容を思い返す。
「上杉殿よりお受け取りになられた封書の内容。それを考えますれば必然その答えに至ることかと」
「うむ」
封書の内容。それは「足利義輝の実弟“足利義昭”の身柄を預かっている」というものだった。
信盛はさらに続ける。
「上杉殿は関東管領、いわば幕臣。そして封書の内容。それは幕臣であれば何としても秘匿すべきもの。されど上杉殿はこちらにそのことをお伝えした…」
「う、上杉殿は足利家を裏切ったと!?」
「いや、おそらくは見限られたのですよ森殿。足利家は…室町幕府はもはやどうあっても再興出来ぬのだと判断したのでしょう」
可成は動揺から声を荒げる。信盛は冷や汗を一つたらし「見限られた」と断言した。
信長はそれに同調しつつ自らの考えを補足する形で話し始める。
「そうだ。ヤツは足利を見限った。もしヤツが今でも己を幕臣と考えておるのであれば義昭を総大将へ担ぎ上洛を始めている」
「上杉殿は三つの威をお持ちです。一つ、関東管領。二つ、軍神という異名。三つ、足利の後継者。上洛するには充分すぎるほどの大義にございます」
「しかしヤツにその気などない。……将軍を殺したのが六角でなければまた違ったであろうがな」
フンッ、とつまらなさそうに息をはく。……征夷大将軍足利義輝が忠臣六角義賢に押殺されるというのは、信長をして「ありえぬ」「誤報ではないか?」と疑うレベル。だからこそそれが事実と確定した今では「室町は終わった」と断言するのだ。
信長は封書を軽く一叩きし、つまらなさそうに話し出す。
「政虎め、小生意気にもこのワシに「義昭を天下取りに利用しろ」とぬかしおった。これはそういう意味の封書よ」
「大殿が掲げる天下布武を叶えるためには日ノ本の中心である畿内、そこを押さえるは必定。そして畿内を押さえるためには上洛もまた必定。足利の後継者……上洛の大義に使えると存じまする」
「ですな。京への通り道にある六角家は“亡き先代将軍の仇討ち戦”で通せましょうぞ」
可成達は「政虎の申し出はとてもありがたいものである」と好意的に受け止めていた。主君が掲げる天下布武──その第一歩は上洛から。武士にとってこれほどの誉はそうあるまい。
喜ぶ二人の家臣に反して、主君信長は面白くなさそうだ。都合よく上杉に利用されているような気がすると彼は思っていたからだ。
可成がこれから始まるであろう上洛という大仕事へ思いをはせていると、ふと思い出したのか思ったことをそのまま口に出してしまう。
「何故上杉殿は三木殿にこの話を持って行かなかったのでしょう?」
「……確かに。あの家が持つ国力であれば上洛は難しくない。上杉殿との仲も良好。故に邪魔はされぬでしょう。朝廷の覚えも良いため協力していただける。ならば上洛するには何も問題がないはず……」
「問題ならばある。あれは──三木自綱という男は決して天下人にしてはならぬ男。政虎はそれを理解しているのだ。義昭の存在を教えておらぬのがその証拠よ」
空気が変わった。信長の常ならぬ声色。戦場でしか見せることのない“威”を込められた声。
可成と信盛は居住まいを正し続きを待った。
「可成、信盛。三木自綱が松倉でなんと呼ばれておるか分かるか」
「はっ。民草からは豊穣の化身、天からの使者と呼ばれ親しまれておりまする」「神仏が如く崇められておりまする」
「そうだ。ヤツは神仏が如く崇拝されておる──松倉以外の領地でもだ」
「──あっ!?」「は、はぁ……」
主君の心意がいまいちわかっていない信盛に対し、可成はすぐにその答えに辿り着く。
信長は二人の反応を無視して続けた。
「ヤツが上洛するとしたら、それは北陸経由となる。そして道中の国々をすべて手に入れ、新たなる“小京都”を作り出すだろう」
「越中、越前、そして近畿…上洛の通り道、そのすべてを制圧したならば──!」「……あっ!」
「そうだ。すべての領地が小京都と化す。そしてヤツは民百姓から神仏の化身として崇められるのだ──帝を差し置いてな」
帝。日ノ本の象徴にして頂点。現人神。
近畿に拠点を置く武家や貴族は“帝も自分達と同じ人間である”と理解しているが、この国の大多数を占める民百姓にとっては違う。彼らにとっては帝は文字通り“神”である。
信盛は「さすがにそこまでは…」とフォローしようとするも信長は畳みかけるように言い放った。
「三木の領地は飛騨、越中、能登の三国。その三国でヤツはすでに豊穣の神……神仏として見られている。三木自綱の神格化は始まっているのだ」
自綱は自身の領地で神格化されていた。彼が神格化されている理由は“三つの無し”を作り上げ維持しているからである。
三つの無し── 一つ 飢え無し、二つ 賊無し、三つ 病無し。
自綱の国には飢えがない。民百姓を襲う賊がいない。民百姓を苦しめる病がない。それはもう極楽浄土に他ならない。その極楽を作り上げた飛騨三木家を、三木自綱を民百姓が神や仏と同一視するのは必然と言えた。
そう。民は自綱を“神”として崇拝している。日ノ本の頂点たる帝と同じように。これこそが彼を天下人にしてはいけない理由である。
もし自綱が天下人になってしまったら、支配下にある土地すべてが豊穣の地へと生まれ変わる。帝ですら不可能であるその偉業を成した時、自綱と帝の立場は確実に変わる。そう……自綱が日ノ本の頂点へと君臨することになるのだ。
三木家の領地は中央から遠く離れた地方。だからこれまでは特に問題視されていなかった。地元では神聖視されている大名や武将など掃いて捨てるほど存在しており、この時の自綱もその中の一人でしかなかった。
しかし上洛によって中央に近い場所へ領地が出来てしまったら──朝廷は動く。否、動かざるを得ない。自らの権威を守るために。そうしなければ彼らはただ追い落とされるだけだ。
もっとも信長は「そうはなるまい」と考えているが。
「三木が天下への野心を持つ男ならば、朝廷は今ごろヤツと縁を切っている。朝廷は自らの脅威となるであろう存在と手を結び続けるほど無能ではない」
「確かに…三木殿と朝廷の関係が悪くなったという噂は流れてはおりませぬ」「むしろ良好な関係を結んでいるという噂しか…」
「そうだ。三木と朝廷の関係は固く結ばれている。一切のほころびはない。朝廷は三木に野心無しと理解しておるのだろうな」
三木は朝廷に対し毎月欠かさず寄進をする勤皇の家として広く知られている。さらに京貴族にも“化粧代”という名目で付届けをしているため評判が良い。
おそらくこれらは自身に疑惑をかけられないための行動なのだろうが、木っ端貴族にすら銭をばら撒いていると知った時は「徹底しておるな」と信長は苦笑したものだ。
「三木が天下を狙えば朝廷が敵に回る。しかしヤツは朝廷と事を構えるつもりがない。故に我らもそうすべきだ。飛騨三木家とは現状のまま…不戦同盟とする」
「ははっ!」「三木殿ときちんとした同盟を結べないのが口惜しいですな」
信長の言葉に首肯し平伏する可成。信盛はやや悔しそうに呟く。
「ふっ…。信盛よ、そうぼやくな。我らが三木と手を組むのはまだ早い。まだな」
「下手に結ばば中央の大名家だけではなく朝廷をも刺激してしまいますな…御意。殿の仰せのままに」
納得出来たのか、信盛も遅れて平伏。
平伏する二人に頷いた後、信長は立ち上がり声を張り上げた。
「明日、評定を開く! 可成、信盛! すべての家臣達に通達せよ!」
『ははぁっ!』
二人に命を下し退室する信長を見送った後、二人もまた動き始めた。
これから多忙を極まる日々が始まるだろうという予感が彼らにはあった。
岐阜城には信長に仕える家臣の小姓が連絡要員として滞在している。
可成と別れた信盛はその小姓達の部屋へと向かい信長の命令を通達、早馬を出させた。
最後の小姓が主人の屋敷へ向かって乗り走り始めたのを見送った後、彼は自分の屋敷へと戻る。
疲れた体を無理やり動かし屋敷の部屋まで戻ったあと、信盛は松倉城の会談から今日までを振り返る。
(信長様は…変わられた)
信長は即断即決で物事を決め、あまり多くのことを語らない男でもあった。
しかし今日の主君はどうだ。以前とは違い多くのことを語ってくれたではないか。
(三木殿や上杉殿との交流で何かが変わられたか…?)
はっきりと言ってしまえば。
近くで聞いていた主君信長と三木自綱の会話は、信盛にとって理解の外にある内容だった。
どうして南蛮の話なのだ? 尾張や松倉、日ノ本の話ではなく。なぜ“外の国”の話をあんなにも重要そうに語り合うのだ? 三木だけではない、上杉もだ。
彼らと信盛では見えている“何か”が明らかに違っていた。それがとても悔しかった。
あの会談を経て、信盛は「信長様のお気持ちを理解出来ていない自分が家臣のままで良いのだろうか」と迷いを抱いてしまった。
しかし先ほどの会議でその迷いはなくなった。
信長の心意を正しく理解したとはまだ言えない。しかし以前よりも長く多く話してくれるようになったことでそれに少しでも触れることが出来たのではないかと信盛は思う。
(信長様のことがわからない? 何を阿呆なことを! わからないならわかるようになれば良いだけの話。そんな単純なことにも気付かぬとは…うつけにもほどがあるぞ、佐久間 信盛!)
ばしん!と両の頬を叩く。覚悟は決まった。
「信長様はおっしゃった。世界に劣らぬ、それ以上の国をつくると! ならばワシは家臣として信長様のお供をするのみ!」
これから先なにが起ころうとも自分は信長の家臣であり続ける。彼が作るであろう新しい未来を見るために。それが信盛が決めた覚悟だった。
この時の覚悟が原因か、彼は史実とは違った未来を迎えることになる。
永禄七年(1564年) 春
織田家当主 織田信長は未だ混乱続く中央(近畿)を平定するために足利義昭を総大将に上洛を開始。
同盟国である浅井家と共に六角攻めを開始。
時を同じく──北陸 加賀国。
「進軍せよ」
三木自綱率いる二万の軍勢が加賀へ侵攻。そしてすべての拠点を僅か二十日で攻め落とした。
加賀の隣国である朝倉家は戦慄する。あの名門朝倉家が誇る偉大な英雄朝倉宗滴ですら加賀一向宗を倒しきることが出来なかった。その加賀を三木家は僅か二十日で滅ぼしたのだ。意識するなというのはまず無理だろう。彼らは三木家への対応をどうするかで大いに悩むこととなる。
そして……
「死ねぇぇぇ!!」
「なに──がぇっ!? ぎっ、あぁぁぁ!??」
そこに居た足軽の集団は
黒服の男は尖った何か──万年筆をがむしゃらに叩きつけ、その場にいた六角の足軽全員を殺害した。
「はっ…! はっ…! はっ…!」
初めての殺人。初めての命の奪い合い。
しかし黒服の男にはそういうものはなかった。彼の中にある感情は怒り、憎しみ。それだけが今の彼を支配していた。
「……瑤子君。これを」
「あり、がとうございます……。うぅ……」
黒服の男──松田はスーツの上着を脱いで白服の女に渡す。瑤子と呼ばれた女は受け取ったスーツをそのまま身に着ける。
彼女は松田が殺した足軽達に暴行目的で襲われた。その際に上半身の衣服は引きちぎられて素肌が露出していた。それを隠すために松田は自分の上着を渡したのだ。
松田は瑤子から視線を外し少し離れた場所で倒れている男を見る。瑤子に似た白い服を来た男。それは松田がよく知った相手だった。
「瑤子君。彼は……」
「三原さんは…私を守って……」
「そうか。……そうか」
三原と呼ばれた男は松田の部下の一人だった。
彼には「娘のウエディングドレス姿を見たい」という夢があった。その夢はあと少しで叶うはずだった。
(瑤子君を守ってくれてありがとう……)
松田は三原へ一度だけ手を合わせた後、死んだ足軽達の装備で自分でも使えそうなものをはぎ取っていく。
「ま、松田さん!? なにをして…!」
「僕達は生きる! 生きるためにはなんだって利用する! 死体からモノの一つぐらい奪ってやるさ…!」
本来の松田という男は。
命を失いかねない極限の状況下に落とされた時。彼は瑤子を見捨ててでも自分は助かりたいという考えの持ち主だった。
ここは時代劇のセットではない。テレビ番組のドッキリでもない。本物の戦国時代で、自分達はあっさりと死んでしまう。そういう世界でありそういう時代。
故に彼は恐怖した。他の誰かを犠牲にしてでも助かりたいと浅ましく思ってしまうほどに。
しかしその恐怖は反転する。瑤子が足軽達に強姦されそうな姿を見たことにより恐怖は裏返り、怒りや憎しみへと変化した。
足軽達は衣服をはぎ取られ素肌が晒された瑤子に夢中で、背後から忍び寄る松田に気付かなかった。そして──その後は冒頭の通りである。
彼のこの勇気ある行動の結果、未来がまた一つ変化する。
「なぁ武奈。さっきの悲鳴、あそこにいる女? ……女? のじゃね?」
「うぅむ…。髪が短すぎて見分けが難しいが……たぶん儂と同じ女じゃな」
六角の足軽集団に追われている松田と瑤子を馬上から眺め、二人の男女はため息をつく。
「どーするよ。助ける?」
「本来なら無視するところじゃがの。二人の着物をよぉ見てみぃ」
「着物? ……あー、なんか南蛮モノっぽい?」
「見た目は近い。しかし使われている生地の質は段違いじゃ。こんな遠くまで光って見えよる。……大殿が興味を持ちそうだと思わんか?」
女の言葉に男は「あっ」と声をもらす。確かに彼らの着物は南蛮のモノを超える上質なモノに見えた。二人の主君がこの場にいたらあの着物に興味を持ち「彼らを守りなさい」と言うだろう。
男は身の丈を遥かに超える槍を構え、そのまま馬を走らせる。
「んじゃちょっくら行ってくるわ。荷物番は任せたぜ武奈」
「うむ。六角の足軽は三十ほどじゃが武次郎ならばどうとでもなろう」
飛騨三木家 家老 新 武次郎。
飛騨三木家 家老 新 武奈。
歴史ではなかった救いの手が二人のすぐ近くまで来ていた。
まあぶっちゃけ小説部分が上手くかけなくてエタってたんですけどね!(本音)
次回からまた掲示板回やで。