嗚呼、なんと素晴らしき自由(強制)   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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暑い日が続きますね。毎日投稿もそろそろ終わりかな…




『自由』

 

 

 デーモン。古くから恐れられている魔物の一種である。優れた身体能力と、高度な魔術行使。その肉体には生半可な攻撃では太刀打ちできず、生半可な魔術も同様にダメージを与えられない。

 

 そして何よりも恐ろしいのは、彼らの邪悪な知能である。デーモンはずっとカインの存在に気づいていた。にもかかわらず今姿を見せたのは、カインが階段を見つけたその瞬間に姿を現すことが、最も面白いと考えたからだ。

 

 カインを目にしたデーモンが口の端から涎を垂らす。デーモンにとって人間の恐怖とは甘露であり、馳走であり、嗜好品であった。

 

 カインの頭は冷静だった。どうすれば生き残れるかを考え続けていた。しかし、身体が追いつかない。心が現実を拒否していた。

 

 カインは吠えた。なんとか恐怖を振り払う。でなければ生き残ることはできない。

 

 装備は槍と幾らかのポーションと携帯食料のみ。なんだか村が空へと消えた時と似ているな、と場違いなことを考えた。

 

 槍を構えて距離を取る。情報もない相手にいきなり襲いかかるのはリスクが高すぎる。カインは相手の出方を伺った。だがそれも無意味だった。

 

 悪魔が掌をカインへと向ける。その手が少し光ったかと思うと、カインの身体が強烈に引き寄せられる。

 

 足が地面から離れ、なすすべもなくデーモンへと無防備な体を晒す。

 

 デーモンは空いていた手を軽く握ると、その拳をそのままカインへと振り下ろし、その体を打ち据えた。

 

 カインの体はゴム毬のように跳ねた。あまりにも重たい一撃だった。

 

 吐血。どうやら内臓が少し傷ついたらしい。肋骨にもヒビが入っている。殴られる際に身体強化が少し遅れたのは不味かった。

 

 あまりにも絶望的な戦力差。今と同じことを繰り返されるだけで、カインは何もできずに殺される。カインは眼前に迫る死を呆然と見つめることしかできなかった。

 

 悪魔が笑う。カインの哀れな姿を、心底愉快に感じている。それは嘲笑である。悪魔にとってカインの全てが娯楽であった。

 

「は?」

 

 そしてその嘲笑が、カインの心に火をつけた。

 

 この悪魔は俺を笑った。俺の今までの人生の全てを嘲笑った。

 

 カインは激怒した。必ず、この邪智暴虐の悪魔を除かなければならぬと決意した。

 

「殺す」

 

 感情の昂りとは裏腹に、カインの魔素操作は極めて正確であった。

 

 一瞬にして身体強化の出力を最大にまで引き上げる。消耗の激しさを考えている場合ではなかった。出し惜しみをして死ぬのであれば、全てを出し切って死ぬべきだ。

 

 カインの強化された脚力が、床を砕く。たった一歩でカインはデーモンの目の前へと躍り出た。

 

 全体重を乗せてその山羊頭に槍を振り下ろす。デーモンは油断していた。この人間が自身を傷つけることはできない。心が既に折れていると考えていた。だからその攻撃に反応できない。デーモンにカインの怒りは理解できなかった。

 

 その油断はデーモンにあまりにも大きな代償を払わせた。

 

 槍がデーモンの角を一つへし折り、頭に大きな裂傷を刻みつける。

 

 悪魔が悶える。悪魔にとって角とは魔術操作のための触角であり、極めて重要な感覚器官であった。

 

「クソが」

 

 悪魔に大きなダメージを与えることに成功したカインではあるが、カインも大きなものを失った。

 

 カインの槍が半分に折れていた。デーモンの角の強度に耐えることができなかったのだ。

 

 カインは半分に折れてしまった槍をデーモンへと投げつける。それは槍の最後の仕事であった。

 

 槍がデーモンの左目に突き刺さる。油断の結果、重要な器官を一瞬にして二つ失ったデーモンは、苦悶の叫び声を上げた。その声はこの階層を震わせる。

 

 武器を失ったカインは走り出して、地面に落ちていたデーモンの角を拾う。折れたその角はちょうど槍と同じくらいの長さであった。

 

「お前は自分自身の体で突き刺されて死ぬ。俺を笑ったお前にはそれくらい滑稽な死がお似合いだ」

 

 悪魔の血走った片目がカインを睨む。そこにはもう、嘲笑も油断もありはしなかった。

 

 黒い霧が広がる。デーモンが現れた時の霧だ。デーモンの体はその霧の中へと消えていく。

 

「探知。その面をもう一度見せてみろ。その時がお前の終わりだ」

 

 カインは探知の魔術を行使し続ける。消えたデーモンに対する最も効果的な対処法の一つである。

 

「どこから来る……上か!」

 

 デーモンの頭は上からカインを見ていた。その周囲にはいくつもの魔術が漂っている。

 

 雨のように降り注ぐ魔術の数々。その悉くをカインは避ける。今のカインには全てが止まったように見えた。

 

 しかし、デーモンにとってカインが魔術を避けることは想定の範囲内であった。

 

 カインの背後の黒い霧。そこから腕がぬるりと現れる。そしてその腕が、カインを捕まえた。

 

 魔術を避けることに集中していたカインは、背後から迫るその腕に気づくことができなかった。

 

 デーモンがゆっくりと、カインを握る手に力を込めていく。全力の身体強化でもその手から逃れることはできなかった。

 

 カインの体が悲鳴を上げる。骨が軋み始めた。

 

「ッッッああああぁぁぁ!はな……せぇぇぇ!」

 

 カインの叫び声を、デーモンはうっとりと聞いていた。自身を苦しめた相手を痛ぶり、楽しんでいた。これはカインへの復讐であった。

 

 死の瞬間が近づいてくる。自身の一生が、この悪魔の狭い手の中で潰える。到底許せることではなかった。

 

 そこでカインはふと、ある光景を思い出した。それはゾルガとの戦いでも、夜に飲んだコーヒーのことでも、況してや村で過ごした日々でもなかった。

 

 レナとセン。彼らがスケルトンに囲まれているその光景。ただそれだけがカインの脳裏にあった。

 

 カインは理解した。自身がなぜあそこまでの怒りを抱いたのか。死を目前にして、ようやく思い至ったのだ。

 

 あのスケルトンたちは、二人を閉じ込める牢であった。檻であった。鳥籠であった。

 

 カインは、その場に閉じ込められ、ただ祈ることしかできないその状況に果てしない嫌悪を抱いたのだ。

 

「ああ、そうか。"お前"が、俺の鳥籠か」

 

 デーモンの手は、まさにカインを閉じ込める檻だった。

 

 この手が、俺の自由を阻んでいる。小鳥が空へと飛び立つのを阻むように。

 

 怒り。圧倒的な怒り。カインの頭の中を怒りのみが占める。この鳥籠を、障害を、破壊しなければならない。

 

 ガチン、と頭の中で何かが噛み合う。その時、カインの脳裏に一つの魔術式が浮かび上がる。見た覚えのない非常に複雑な魔術式。けれどその魔術式は驚くほどに馴染んだ。複雑であるのに、不思議と今すぐに使える気がする。それはカインの脳に、魂に焼き付くようであった。

 

「【起源(オリジン)】励起」

 

 脳裏に刻まれた魔術式に従って魔素を循環させる。身体強化によって輝いていたカインの身体が、急速に光を失う。カインは笑った。

 

「『自由(フリーダム)』」

 

 ただ一言、そう唱える。しかし、その一言はデーモンに得体の知れない悪寒を感じさせた。

 

 デーモンがカインを強く握りしめる。痛ぶり、楽しむことをやめて、ただ殺すためだけの行動。だが何もかも遅かった。

 

 カインの身体がデーモンの手をするりと()()()()()

 

 落ちていくカインの身体。デーモンはそれを必死に捕まえようとするが、カインの身体は手を通り抜けるばかりで、捕まえることができない。

 

「ハハハハハ!俺は、自由だ!」

 

 全能感。カインは今世界で一番自由なのは、自分である確信があった。今なら、なんでもできる。

 

 地面に降り立つ。カインはくつくつと笑いながらデーモンを見つめた。もはやデーモンは、カインにとって壊れた鳥籠になった。

 

 接触できないのであれば、魔術で干渉しようと考えたデーモン。再びカインに魔術が降り注ぐ。

 

 その魔術もカインに触れることはできず、すり抜けていく。

 

 デーモンの角を握り締め、右腕を大きく振りかぶる。カインにできる最も強力な攻撃手段である、投擲。武器を失うリスクから不意打ち以外ではあまり行うべきではないが、今は外す気がしなかった。

 

 身体を反らす。全身を弓のように引き絞る。カインの筋肉がギチギチと音を立てた。そして、溜めに溜めたその力を、一瞬で解放する。それは投げるなどという生やさしいものではなかった。射出。おそらくそれが最も適した表現であろう。

 

 空気の破裂する音があたりに響く。角の飛翔速度は音の壁を超えた。その角はデーモンの魔術を消し飛ばしながら突き進み、遂にはデーモンの首に食い込んだ。

 

 デーモンが口から赤い泡を吹き出す。首を掻きむしる。最後に一度大きな断末魔を上げ、それを最後に地面に倒れる。デーモンは二度と動かなくなった。

 

 カインもまた、大の字になって地面に倒れ込む。力を使い果たしていた。

 

「なんとか……なったな」

 

 勝利を噛み締める。まず間違いなく人生最大の脅威であった。デーモンはゾルガより弱い。しかし、デーモンはこちらの命を、その悪辣さでもって奪おうと襲いかかってきたのだ。

 

 全身が痛む。まるで神経が外へと丸出しになったような痛みだった。デーモンによるダメージ。それに加えてあの魔術式。それの負荷が全身にのしかかっていた。

 

 疑問は尽きない。なぜ大部屋に罠があったのか。突如として脳裏に浮かび上がった魔術式はなんだったのか。勝手に口からついて出た、【起源】とはなんなのか。しかし今はそれら全てがどうでも良かった。勝利の余韻に浸っていたかった。

 

 

 

 だがここは、地獄である。

 

 黒い霧が晴れない。カインの周囲に漂う霧はいつまで経っても変わらずそこにあった。

 

 そして。その黒い霧からデーモンが()()、姿を現す。デーモンは、最後の断末魔で仲間を呼び出していた。

 

「はは。これは、無理だな」

 

 カインはもはや、乾いた笑いを零すほかなかった。

 

 

 

 

 





Tips: デーモンの角は優れた魔術器官である。そのため魔術使用時の触媒として扱われることもあるし、角そのものを杖にすることもある。また、粉末にして飲むことで、体の魔素の流れを整える薬効もある。


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