嗚呼、なんと素晴らしき自由(強制) 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
ブックマークが増えて狂喜乱舞してました。ありがとうございます。
一週間という時間は長いようで短い。なんとなく過ごしていては、あっという間に終わってしまうだろう。カインは宿屋に戻った後、やりたいことや疑問に思うことを羅列して、整理した。
一つ。【起源】とはなんなのか。これに関しては、明らかに魔術関連だ。専門書を読むなりすればヒントがあるかもしれない。
二つ。なぜ魔素操作の能力が向上しているのか。これも魔術関連だろう。他の探索者に聞くのもいい気がする。
三つ。戦闘力の向上。カインは第九階層にて自身の無力さを痛感した。そして、遥かなる頂に立っている『黄金』の実力を目の当たりにした。まだまだ自分は強くなれる。そんな気がした。
「他にもまだまだ気になることはあるが、まあ俺の手に負えることじゃないな」
例えば、大部屋に罠があったこと。これはわざわざ自分が調べるようなことではないだろう。ギルドが調べる方がよっぽど効率も確実性も高い。
まずは自分のこと。自分を見れないやつは周りも見れない。カインの考え方は、たまに現実的だ。
「とりあえずは【起源】だよな。あれがちゃんと使えるようになったら、だいぶ強くなれるしな」
全てから自由になるあの感覚。自身を脅威から遠ざけ、我を通す力。あれはカインにとって理想の一つである。
「でも、全然使えねえんだよな」
昨日と同じく、あの魔術式に従って魔素を動かそうとするが、上手くいかない。途中までは順調なのだが、まるで堰き止められているかのようにいきなり魔素の動きが悪くなる箇所がある。こんなふうに魔術が失敗するのは初めての経験だった。
探知の魔術が失敗する要因は、魔術式の構築時にその循環が歪むことがほとんどだった。
しかし、今回に関してはそもそも魔術式の構築すらできていない。なぜ魔素がいきなり動かしにくくなるのかも分からない。八方塞がりである。
「はあ……こんなふうに部屋にこもっててもダメだな。魔術書も今は読みたくないし……リフレッシュがてら久しぶりに狩りでもするか」
カインは生粋のアウトドア派であった。
◇◇◇
ラークル郊外の森、フレフの森。以前カインが釣りをしていた森である。そんな森をカインは駆け回っていた。猿のように木の枝を伝って。
「やっぱこの空気だな。安心する」
迷宮には刺激も浪漫も存在する。だが迷宮の閉塞感は心を削る。常にあそこに留まるのは精神衛生上あまりよろしくないだろう。
青々とした木々の葉。それらが作り出す木陰は森の外と比べて遥かに涼しく、避暑地となっている。あと数週間もすれば、段々と寒くなって葉の色も変わるだろう。カインはそれが今から楽しみだった。
「お、ウサギか」
茶色のふわふわとした体毛のウサギ。ぴょんぴょんと軽やかに飛んでいるが、その体は肥え太っていた。
木の上からそのウサギを視認したカインは、手に持った石を弄びながら、静かにウサギに狙いを定める。
身体強化。それと同時に石を投げつける。風を切る音ともにウサギへと迫った石は、見事に頭部に当たり、その頭を破裂させた。
「え?やっば」
ただ仕留めるつもりだったが、予想以上の身体強化の強さにカインは驚いた。
「あーあ。ごめんな、ウサギさん」
カインは静かにウサギの亡骸に向けて手を合わせて、その魂に平穏が訪れることを願う。そしてすぐに、手際良くウサギの処理を始めた。
「ウサギを食べるのは久しぶりだな。結構好きなんだよな」
ウサギの毛皮を剥ぎながら今日の献立を考える。第一候補はシチューだ。
「これでよし。後はデザート探しでもしようかな。トカトがあるといいんだけど」
そこでカインはふと、空を見上げる。木々の木の葉の向こうに少しだけ見える空。澄んだ青。今日の空には一つも雲は見当たらない。
空を見ていると、村のみんなのことを想わずにはいられなかった。
迷宮を探索し、森を駆け回って今日の糧を呑気に探している間、みんなは一体何をしているんだろう。無事であることは知っているが、果たして楽しく過ごせているのだろうか。カインは珍しく、少しだけ感傷的な気持ちになった。
「空島、か。どうやったらそんなところに行けるんだろうな」
あまりにも透き通った空の青。その青に村のみんなが吸い込まれて消えていってしまうような気がした。
「今でも、あの日のことははっきりと思い出せる。そう、ちょうどあの小さな黒い点みたいになったんだよな俺の村。……ん?黒い点?」
空に黒い点が見える。しかしそれはあの時の村とは違い、とてつもない速度で移動していた。
カインはよーく目を凝らして、それが一体なんなのかを見破ろうとする。
「人……か?」
それは人影であった。そして、その向かう先は。
「もしかしてラークルじゃねえか?」
ラークルのある方へと一直線に進む空飛ぶ人影。カインは好奇心のままに、処理したウサギを持ってその影を追いかけた。デザート探しのことは見事に忘れた。
◇◇◇
凄まじい速度で空を飛ぶ人影に追いつくためには、こちらも凄まじい速度で移動しなければならない。カインは全力の身体強化で追いかけた。
カインの走る速度はあと少しで音を超えそうだ。それでもまだ空を飛ぶ人影の方が速い。負けじとカインもなんとか喰らいつく。
そしてラークルを目前として、その人影の速度は急激に落ちる。カインは激しく息を切らせながらもなんとかその人影に追いつくことができた。
呼吸を整える。そこでカインは気づく。人影は速度を落としたわけではない。その速度のまま急降下しているのだ。
「ぐわらば」
爆発。衝撃波が走る。落下地点のすぐ近くにいたカインはそれに大きく吹き飛ばされて砂だらけになった。
「あ〜耳がキーンとするー」
地面に転がりながら耳鳴りのせいで頭を抑えているカイン。三半規管を見事に狂わされて顔が蒼白になった。
土煙が段々と晴れていく。吐き気を抑えながらもカインは人影の正体を暴くため、土煙の向こうを凝視する。
現れたのは一人の女性だった。
高い身長に、スラリとした体型。艶やかな黒髪は肩につかない程度に切り揃えられており、凛々しい切長の、空のように澄んだ青い目は涼やかな印象を与える。左目の目元には小さな黒子があり、その目をさらに印象づけていた。
服装は機能性を重視しているのか、お洒落ではあるものの無駄な装飾はなく、動きやすそうなシャツとベスト、そして質の良さそうなズボンを着こなしている。だが、背中だけがなぜか大胆に開いており、彼女から受ける印象とのギャップで、非常に女性的に見える。
カインは今までの短い人生において、受付嬢のような可愛らしい女性とは何人か会ってきたが、今目の前にいるような凛々しい女性と出会うのは初めてだった。
片手をズボンのポケットに入れたまま空を見上げていた女性は、地面に転がっているカインに気づいた。
「人がいたのか。すまない、気づかなかった。大丈夫か?」
黒い革手袋をつけたその手が、カインへと差し伸ばされる。カインはその手を取り、立ち上がりながらこう言い放った。
「俺を、あなたの弟子にしてください」
沈黙が場を支配した。
彼女は一つ、二つ、ゆっくりと瞬きをし、言われた言葉を咀嚼してから口を開いた。
「……新手のナンパか?」
Tips:手に持っていたウサギは、吹き飛ばされる前にキチンと鞄に入れた。