嗚呼、なんと素晴らしき自由(強制)   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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空を抱く

 

 

「私は金級探索者、『蒼穹』のリゼ。それで、何のようだ」

 

 転がるカインを見つめていた慈愛に溢れる眼差しは、カインの一言のせいで不審者を見る目に変わってしまっていた。

 

「俺の師匠になって欲しいんです」

「……私と君はなんの面識もないはずだが。どうして私の弟子になりたいんだ」

 

 胡乱げにカインを見つめるリゼ。カインはその目を正面から見据えながら、ハッキリと力強く答えた。

 

「あなたが空を、飛んでいたから」

 

 空を飛ぶ。カインにとってそれは自由の象徴であり、いつか叶えたい大きな夢の一つである。

 

「……ふ、ふふ。ふふふふ」

 

 リゼは堪えきれずに笑い出した。カインの真っ直ぐな瞳と言葉。リゼはこの男が空を飛びたいと本気で願い、それしか考えていないことを理解してしまった。

 

「そうか……。いいね、君。気に入ったよ。弟子なんか今まで取ったことはなかったが、いいよ。君の師匠になってあげよう」

 

 リゼは未だに笑いながら、カインの師匠になることを了承した。

 

「それで、私の弟子。名前を言え」

「カイン。銅級探索者です、師匠」

「カイン……ああ、ゾルガの言ってた奴か。ふふ、私が絶対に気に入る奴だとアイツは言っていたが、成程、確かにな」

「ゾルガが俺のことを言ってたんですか」

「ああ。根性のある探索者が新しく入ってきたとな。……ということは昨日第九階層に落ちたとかいうやつも君か」

「まあ、そうです」

 

 一日しか経っていないのに既にそんなに話が広まっているのか、と思って少しカインはうんざりした。

 

「君は面白いやつだな。だか一旦その話は置いておくとしよう。弟子カイン。なぜ私が君の師匠になることを了承したかわかるか?」

 

 少し考えて、リゼにとって自分を弟子にするメリットが欠片もないことに気づいた。少なくとも、カインには思い至らなかった。

 

「……わかりません」

「空を愛しているからだ。誰よりも。だから、空に恋している君の師匠になろう。喜んでな。君、空を飛びたいんだろう?」

 

 リゼはふっと微笑んでそう言った。

 

「飛べるのなら、飛んでみたいです」

「飛べるなら、じゃない。飛ぶんだ。これが師匠からの最初の教えだ。やりたいのなら、できて当然だと思え」

 

 できて当然。なるほど、そうか。今までの自分は甘かった。心のどこかで、空を飛ぶことなんてできないと思っていたのかもしれない。自分の願いを自分で疑っているのに、一体どうして叶うというのだろうか。

 

「さっさとギルドに戻って報告をする予定だったが、気が変わった。というわけで私の弟子。早速だが空を飛ぶぞ」

「……え?」

 

 気づいた時にはカインは脇に抱えられていた。リゼの細い腕からは想像もできない力強さだった。手足が宙に浮いているが、腰に回された腕の力のせいでもはや安心感すらある。

 

「【起源(オリジン)】励起」

「ん?それって」

 

 カインが言葉を言い終わる前に、リゼの行動は終わっていた。

 

「『蒼穹(アズール)』」

 

 リゼがそう唱えた瞬間。カインは凄まじい負荷を身体全身に受けた。

 

 急上昇。あまりの速度に、身体全身の肉という肉が下方向に引き伸ばされる。感じたことのない耳鳴りが頭の中を反響する。上昇速度は音を簡単に置き去りにしていた。

 

 縦に引き伸ばされた視界の中、カインは下を見つめる以外、何もできない。地面はすでに遥か遠くにあった。

 

「あはははは!」

 

 頭の上から笑い声が聞こえる。師匠、楽しそうだなあ。

 

 そして、上昇が終わる。カインはようやく負荷から解放された。

 

「弟子カイン。前を向け。君が望んだ景色だ」

 

 止まない耳鳴りと頭痛。鼓膜は無事なのだろうか。吐き気を堪えつつカインは前を見る。そして、圧倒された。

 

「すげえ……」

 

 絶景。空はどこまでも広がり、その色はあまりにも深く、藍色というべきだった。下を見れば緑豊かな大地が見え、雲の白がそれを彩る。地平線は緩やかなカーブを描いている。カインは初めて星が丸いことを実感した。

 

 吐き気は気づけば治っていた。耳鳴りと頭痛は今だにカインを苦しめているが、今はそれよりもこの景色を目に、脳に、心に。焼きつけておきたかった。

 

「師匠。……空って案外暗いんですね」

「ああ」

「飛んでると頭が痛いし、耳鳴りもします。空気も薄くて、息をするのが辛いです。少し、想像と違いました」

「……そうだな」

「でも」

 

 カインは、静かに涙を流していた。そのことにカインもリゼも気づかなかった。

 

「想像よりも、ずっとずっと綺麗です」

 

 大地が青く輝く。その青さは清らかささえ感じる。カインがいつも仰ぎ見ていた空の青さ。それは空ではなく、この大地が青く輝いていたのだと、カインは思い至った。

 

 命が芽生え、そして枯れていく。カインは星の輝きにそんな生命の営みを幻視した。深く透き通った青が、命の輝きに見えた。

 

「この星に、俺たちは生きてるんですね」

「そうだ。……この世界には、醜いことも、胸糞悪くなるようなこともある。でも、この景色を見ると、世界を肯定したくなる。捨てたもんじゃないってね」

 

 リゼも、その澄んだ瞳で遠く広がる地平線を眺めていた。穏やかな横顔。この気持ちを共有できることの幸せをカインは噛み締めた。

 

「すみません、師匠。無粋かもしれませんが気になったので聞きますけど、背中のそれって何です?」

「これか?私の【起源】だ」

 

 リゼの背中からは青い魔力が凄まじい勢いで吹き出していた。そしてそれは翼のように広がっている。空と星の輝きに何だか似ている。そうカインは思った。

 

「【起源】……」

「ギルドに戻ったら詳しく説明する。それよりもだ」

 

 リゼは脇に抱えていたカインの首元を掴んだ。

 

「うっ……し、師匠、苦しいです」

「まあ焦るな。弟子カイン。君は実は飛んでいない。今飛んでいるのは私だけだ。だから、君を飛ばしてやる」

 

 何を言っているのかカインには理解できなかった。そして、理解する時間すら与えられなかった。

 

 リゼはカインの首元を掴んだまま、振り子のように腕を揺らし始める。

 

「着地は私に任せておけ。だから、安心して空の旅へといってこい」

 

 ブン、とリゼは天に向かってカインを放り投げた。

 

 めちゃくちゃな姿勢で放り出されたカイン。体が錐揉み回転する。視界はぐるぐると回り、どちらが空でどちらが地面なのかわからなくなった。

 

 しかしカインにも意地がある。なんとか体勢を立て直し、体の回転を止める。目は回っているものの、上下の判別はつくようになった。

 

 ぐんぐんと天高く昇っていくカイン。だがその勢いもだんだんと緩やかになっていく。

 

 遂には投げ飛ばされた勢いが止まる。その瞬間。カインは重力から解放された。

 

 (なんだこれ。浮いてる。そっか、俺、自分一人で空を飛んでるのか)

 

 無重力。何にも縛られず、何にも支えられていない。若干の不安と、心地の良い解放感。それは自由そのものだった。

 

 カインの視界には宇宙(そら)が広がっている。漆黒の中に数多の星の輝きがあった。その光一つ一つに、命を感じる。

 

 しかしそれも一瞬。再び重力に縛られて、落下が始まる。それでもカインは満足していた。

 

「いいな、空って。自由だ」

 

 青い大地へと堕ちていく。全身に吹きつける風の感触は、空に抱きしめられているみたいだ、とカインは思った。

 

 数分間の落下。このままでは、もうまもなくカインは地面に激突する。しかし、カインはなんの心配もしていなかった。

 

 遠くの方から、キーンと甲高い音が聞こえる。それと同時に、青い流れ星がカインに凄まじい速度で近づく。リゼだ。

 

 リゼはカインを横抱きにし、その勢いのまま地面へと着地した。

 

 爆発音。地面が大きく抉れる。空間が震える音がする。

 

「空の旅はどうだった?」

「最高でした……多分、人生で二番目に」

「それはよかった。一番目が気になるところだが」

 

 リゼは横抱きにしていたカインを地面へと下ろす。カインは地面に足をつけた瞬間、体の重さに動揺して少しバランスを崩した。

 

「ふふ、初めてならよくあることだ」

 

 リゼにからかうようにそう言われて、カインは赤面した。

 

「とりあえず、私の弟子になったんだ。君の目標は今の空の旅を自分の力だけでできるようになることだ」

「できるようになるんですか?」

「はあ、もう忘れたのか。当然できるのさ。そう願えばな」

 

 その言葉を最後に、リゼはラークルへと身を翻す。

 

「そろそろ時間がない。さっさとギルドに向かうとしよう」

「わかりました」

 

 これが、自分の師匠。カッコいいな。カインは師匠の背中を見ながらそう思った。

 

 あっ、背中を大胆に見せてるのって【起源】のせいで背中の服が吹っ飛ぶからか。弟子は師匠への気づきを一つ得た。

 

 

 

 

 

 

 

 





Tips: 現在のラークルにいる探索者は総数8000人ほど。石級が約500人、鉄級が約2000人、銅級が約5000人、銀級が約450人、金級が約50人である。そのうち『二つ名』を与えられているものは10人。

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