嗚呼、なんと素晴らしき自由(強制)   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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『全知』

 

カインは目を覚ました。

 

「知らない天井だな…」

 

 ふとなぜこうなったかを思い出す。探索者の登録をして、酔っ払いに絡まれて、その後…

 

「あの野郎…マジで許さねえぞ。クソ痛かったわあの叩きつけ」

 

 そこでカインは気づいた。自身の身体には傷のひとつさえ残ってはいなかった。

 

 きょろきょろと辺りを見渡すと、どうやらここはギルド内の療養所のようだった。

 

 ベッドから降りて軽く伸びをする。特に異常なし。

 

 そしてカインが療養所から出ると、目の前にはゾルガが立っていた。

 

「よお。元気そうで何よりだ」

「死に晒せ」

 

 顔に殴りかかるが、軽くいなされた。無念。

 

「なあカイン。お前、俺の弟子にならねえか」

「やだね」

「なんでだ。俺はだいぶお前のことを気に入ったぞ」

「うーん…そうだな、アンタは俺の力で超えたい。だからアンタの元で教えを乞うのは例えどんなに強くなれるとしても、嫌だね」

「…そうか。いい心意気じゃねえか」

 

 ゾルガは目を伏せる。

 

「カイン、お前は必ず金級になれる。だがそこから先はどうしても才能と運が絡む。大きな大きな壁があるんだ。そいつを乗り越えろ。そうすればお前は俺よりも強くなるかもしれねえ」

「言われなくてもそうするさ。その日まで精々首を洗ってろ」

「ほんとに生意気なガキだ」

 

 ゾルガは満足げに笑った。

 

「ところでゾルガ。聞きたいことがある。アンタは『二つ名』持ちの中で何番目に強い?」

「上から数えた方が早い。だが一番じゃねえ」

「なら一番強いやつは誰なんだ」

「…単純に戦うだけなら『黄金』が一番強いだろうな。このギルド二番目の攻撃力、二番目の防御力、二番目の速度に断トツの戦闘センスと再生能力。シンプルに強すぎて全く戦う気にならん。ただ、なんでもありなら満場一致で『全知』だ」

「『全知』?どこかで聞いたことがあるな」

 

 カインは首を傾げる。『全知』。その名は探索者とは全く関係のないところで聞いた覚えがあった。

 

「お前、禁忌(アンタッチャブル)を知っているか?」

「禁忌?えーっとなんだっけ、どんなことがあっても関わってはいけないものだっけ?」

「概ねそうだ。例外はあるがな。おおよそ人類には到底扱えぬものや、対処することすら叶わないものの総称。そのうちの一つが『全知』だ。」

 

 そう言いながらゾルガは煙草を咥え、指先に火を灯して、火をつけた。

 

「そんな奴が探索者をやってんのか?」

「そうだ。…『全知』は人間だ。それも、この探索者ギルドに金級として登録されている。古くから、多くの国や人間がその知識を求めて奴を利用しようとし、最後には悉くが破滅した。故の禁忌指定だ。だがまあ、探索者として接するだけなら特に問題はない。興味があるならギルドの資料室に行くといい。大抵奴はそこで本でも読んでるはずだ。」

 

 ゾルガが煙を吐き出す。器用なことに、その煙は輪となって天井へと昇っていく。

 

「カイン、お前との手合わせは久々に痺れたぜ。気が向いたらいつでも付き合ってやる」

「あーはいはいわかったよ。そういえば俺の傷を治したのはアンタか?」

「そうだ。適当にポーションをぶっかけただけだけどな。金は気にしなくていい。別に請求するつもりはねえ」

「当たり前だこの野郎。なんでお前につけられた傷を治してもらっただけで金を払わなきゃならねえんだ」

「勉強料的な?ハハ」

「なんて奴だ…はあ、まあいいや。またな、ゾルガ」

「ああ、またな」

 

 カインは煙草を一人燻らせるゾルガを尻目に資料室へと向かった。そして、カインは次の手合わせではゾルガに勝つことを自身に誓った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 資料室はギルドの二階に存在している。室というにはあまりにも大きく、実のところ図書館といって差し支えない。それは、迷宮に潜む魔物の数々をまとめている資料だけではなく、なんども構造が変わり続ける迷宮の地図や気象などを記録したものも数多く保管されているためである。

 

 そんな資料室の前にカインは立っていた。

 

「ここにあの『全知』がいるのか…少し、緊張するな」

 

 ごくりと生唾を飲んで資料室のドアに手をかけようとする。するとガチャリと音を立ててドアが開いた。もちろん、カインはドアを開けていない。

 

「やあ、カイン君。待っていたよ」

 

 そこにいたのは、ちんまりとした黒髪の少年。だが、その風貌はあまりにも異質である。

 

 彼は、明らかにサイズの合っていない魔女のような服と帽子をダボつかせており、左手には先端がキラキラと輝く夜の空のような球がついた長い木の杖を持っていた。

 

 そして何よりも目を引くのは彼の両目を完全に覆い隠す、藍色の眼帯。その眼帯は金や宝石などで色鮮やかに装飾されていた。

 

「僕が金級探索者にして、冒険者ギルドのギルドマスターであり、開拓者ギルドの設立者たる『全知』。よろしくね」

 

 少年はただ困惑するカインを、見えないはずではあるが、眺めながらニコニコと笑った。

 

「ふふ、僕が『全知』ってことをまるで信じていなさそうだね」

「こんな子どもが『全知』だと信じられるほうがおかしいだろ。もっとこう、老人みたいな感じかと…」

「偏見はいけないよ、カイン君。特に常識なんてものは特にいけない。探索者たるもの常識を捨てよ、さ。それにほら、現に僕は君の名前を知っているし、なんで君が探索者になったのかも知っているよ」

「名前は俺が倒れてる間に知れるかもしれないだろ。ほんとにアンタが『全知』だっていうならここに来た理由を当ててみてくれ」

「村が空に飛んでいってしまったからだろう?」

「…正解だ。俺の負けだ」

 

 カインの村が空へと消えていったことは誰にも言ってはいなかった。カインとその村のものたちしか知らないことを知っている以上、カインはこの少年を『全知』と認めざるをえなかった。

 

「ちなみになんだけど、俺の村の様子はどうだ?」

「あはは、それを言ったらつまらないじゃないか。まあでもぶっちゃけるとみんなピンピンしてるね。すごいね、君の村は」

「あーやっぱりか。まあうちの村の連中はみんな死んでも死ななそうだからな」

 

 実際カインのおばあちゃんは喉に魚を詰まらせて死んだ一週間後に、平然と川で洗濯物をしていた。それを村人に見つかると、ただ一言「やべっ」っとだけ呟いてどこかに走り去っていったらしい。真偽不明である。

 

「ああ、それホントだよ」

 

 真である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ペラペラと本を捲る音が聞こえる。カインと『全知』は本を読んでいた。

 

「なあ『全知』」

「サイエルでいいよ。僕のことを表す言葉はいろいろあるけれど、今はサイエルって名乗ってるんだ」

「サイエル。アンタはなんでも知ってるのに「なんで本なんか読んでるんだ?」でしょ?」

 

 サイエルは途中からカインの言葉を一言一句違わず、タイミングもぴったりに言った。

 

「それ、みんなに言われるから何回も説明してるんだけどね。カイン、君の好きな食べ物はなんだい?うんそうだね、お肉だね」

「これ俺の答える意味ないね」

「じゃあ質問しよう。お肉を一度食べてその味を知っているなら、もう二度と食べなくてもいいと君は思うかい?」

「思わないな。何度でも食べたい」

「それと同じさ。好きなものは何度知っても面白いものさ。特に物語なんてそうだね。だから僕は探索者が好きなんだ。全てを知っていてもなお、人の物語は面白い」

 

 サイエルは噛み締めるようにそう答えた。

 

「じゃあサイエル。これはただの好奇心なんだけど」

「なんだい?」

「君はどこまで知ってるんだ?」

「だから、全てさ」

「全てってどこまでなのさ。今どこかの誰かが起きただとか死んだだとか、世界の端っこにいる奴の身体の中だとか、そんなことまで知っているわけじゃないだろ」

「あはは、面白いことを言うね。でもそれは正しくもあるし間違ってもいる。君が言ったようなことも僕は知っている。正しくは『知り得る』。そうだね、今の僕は能動的全知とでも言っておくかな」

「んー?なんじゃそりゃ」

「知ろうと思ったらなんでも知れるってことさ。例えばゾルガは今いびきをかきながら昼寝をしているし、昨日のギルドで一番最初に迷宮に潜ったのはアリエルだし、2年後に僕は87度目の死を迎える。ラバルス系第4惑星ではようやく植物が生まれ、第8宇宙の太陽系第3惑星はこちらを見ている」

 

 サイエルのその言葉は世間話をするように、実にありふれたことを言うかのように発されたものであった。けれどその言葉に含まれる情報は到底カインに理解できるものではなく、情報を咀嚼することを脳が拒否した。

 

「あはは、ごめんごめん。ちょっと意地悪しちゃったね。もっとわかりやすく言ってあげよう、カイン。僕の頭の中はね、この世界の全てよりもはるかに重いんだ。だから僕は絶対にこの美しい世界が壊れないように、しっかりと閉じ込めてるのさ。眼帯までしてね」

「その眼帯って、封印だったのか」

「そうだよ。これを取っちゃうとね、ちょっと大変なことになるからね」

 

 キラキラとした装飾をつけた眼帯は美術的な価値を容易に見出せるが、今のカインにとってはあまりにもか細い封印の札にしか見えなかった。

 

 サイエルがパタンと本を閉じる。本のタイトルは『星の王子さま』。見たことのない、美しい絵本だった。

 

「…ふぅ、カイン。君の本当に知りたいことはそんなことじゃないだろう」

「…ああ。そうだ。率直に言うが、なぜ俺の村は空へと消えていったんだ?そして、どうすれば俺の村は元通りになる?」

「君の村が空へと消えていったのはね、禁忌の一つ、『星喰らい』が君の村の近くを通ってしまったからさ」

「『星喰らい』?初めて聞く名だ」

「星の鯨さ。彼は世界に開いた穴だと思えばいい。そんな奴がたまたま君の村に近づいてしまったから、君の村を少しだけ吸い込んでしまったのさ」

「それって大丈夫なのか?」

「さっきも言った通り大丈夫さ。直接喰われたわけじゃないからね。空島伝説を聞いたことはあるね?あれはね、『星喰らい』に吸い込まれた大地の成れの果てなのさ。君の村も今じゃ空島の一部になってる。逆に言えば、いろんな土地が集まってできた大地に、君の村も移住しただけさ」

 

 空島伝説。どんな日にも、必ず世界には雲がある。そんな雲の中には決して消えぬ雲があり、その中には島が浮いているという。そんな伝説だ。

 

「でもね、君の村を元に戻すっていうのは不可能に近い。なんてったって僕と同じ禁忌の力によって空に持ち上がってしまったんだ。戻すには禁忌に対抗できるほどの力が必要だ」

「なら、手伝ってくれないかサイエル」

「それもいいけどね、僕は他人のために直接手を貸すっていうのはもう辞めにしたんだ。すまないが、力にはなれないよ」

「…わかった。ありがとう、サイエル」

 

 カインは席を立つ。本当に聞きたいことは全て聞けた。あとは自分がどうするかだ。

 

「カイン、最後に言っておくね。君はそのまま迷宮を探索するといい。それがいつか君の悩みも迷いも晴らしてくれるはずさ」

「助言、感謝するよ」

 

 カインはそうして資料室を出た。

 

「ふふ、今は君が主人公なんだ、カイン。是非とも頑張ってくれ。応援しているよ」

 

 誰もいない資料室で『全知』は、一人笑った。

 

 

 

 





Tips:サイエルの身長は133cm、体重は29kg。身体能力は身体並み。
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