嗚呼、なんと素晴らしき自由(強制)   作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)

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釣りはほとんどしたことがないので、大目に見てください


釣りはだいたい暇

 

 

 カインが鉄級に昇格してから一ヶ月後。カインは釣りをしていた。

 

 ラークルの郊外には自然豊かな森が存在する。そこではポーションの原料となる薬草や、ラークルの民の食糧となる動物たちが生息している。

 

 そんな森の渓流にて、カインは一人釣り竿を振るっていた。

 

「釣れねーな。暇すぎる」

 

 なぜカインは迷宮に挑んでいないのか。それには少しだけ深い理由があった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 鉄級昇格から三日後。カインは再びコーヒーを飲みに、ナフト古本屋にいた。

 

「やっぱりここのコーヒーは美味いな」

「気に入っていただけたのなら何よりです」

 

 店内にはカイン以外にも数人がコーヒーを飲んでいるが、その誰もが一人静かに本を読んでいる。ゆったりとした夜の時間が流れる。

 

「ところでカインさん。鉄級昇格おめでとうございます」

「あ、ああ。ありがとう。なんで分かったんだ?」

「その鉄の指輪を嵌めているんです。すぐにわかりますよ」

 

 カインは左手の中指に第一階層踏破の証である鉄の指輪を嵌めていた。正直意味はないが、つけないのも勿体無いと思ったからだった。

 

「ということはカインさん。探知の魔術を習得しないで迷宮に挑みましたね?」

「えーっと、はい……」

「次挑む時は必ず探知の魔術を身につけてからにしなさい」

「いやーでも第一階層は踏破できましたし……」

「カイン君、探索者たるもの常識を捨てよ、です。迷宮にはどんな罠があるかわかりません。事実、今までになかったタイプの罠がいきなり出現した、なんてこともあるんですから」

「わ、かりました」

「カイン君。私はあなたのような若い子が死んだら、とても悲しい。なので同じ結果を手に入れられる、少しでも安全な方法があるのならば、そちらを選択してほしいのです」

 

 店主の真っ直ぐな瞳がカインを射抜く。その瞳から伝わる真摯な想いに、カインは抗うことができなかった。

 

「必ず、必ず次の迷宮探索は探知の魔術を習得してから挑みます」

「口うるさい先輩で申し訳ないね」

 

 店主はそういって微笑んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そんなことがあったのでこの一ヶ月、カインは一人で暇さえあれば探知の魔術の練習をしていたのだ。

 

 結果、カインは。

 

「探知」

 

 カインの身体から魔素が放出される。周囲に広がったカインの魔素はしばらくすると、カインの元へ戻ってくる。その瞬間カインは周りの環境が手にとるように理解できた。

 

「あーもうここらへんに魚いないじゃんか。バレちまってるな」

 

 カインはついに、なんら苦労せずに探知の魔術を使用することができるようになった。

 

 魔素はこの世のほぼ全ての物体に宿っている。しかし、物体によってその濃度は異なる。探知の魔術は魔素を放出したのち、戻って来させることで、周囲の魔素の情報を得る魔術なのだ。

 

 身体強化はただ魔素を循環させれば良かったが、それに放出と回帰という二つの工程が増える。難易度が高いのも当然である。しかしそんな魔術をカインは片手間で扱えるようになったのだ。

 

 周囲に魚がいないことを確認したカインは、気怠げに立ち上がり移動し始める。魚を食べたい気分だったけど、次の場所で釣れなかったらもうラークルの市場で干物でも買おうかな。そんなことを考え始めていた。

 

 場所を移してもう一度探知を使う。今回のスポットには魚が20匹以上いることを確認。カインはその場に静かに腰を下ろした。

 

 ヌールという虫を釣り針に刺す。森の落ち葉や石の裏などに潜んでいる細長い虫である。針を通しても生きがよいので、釣りの際にはかなり重宝される。

 

「んーよいしょ」

 

 釣り竿を軽く振ると、簡単に狙いの場所へと釣り針が飛んでいく。そのままぼーっと待つ。その間も、特に意味はなくともカインは何度か探知の魔術を使った。

 

 すると突然、釣り竿がググッとたわむ。釣り竿を引きたい、そんな気持ちを少しだけ我慢すると、さらに深く沈み込む。

 

「よし来たぁ!」

 

 手にかかる重みからして大物である。カインは身体強化まで使って全力で引いた。魚も流石に身体強化まで使ったカインに勝つことはできない。

 

 水飛沫が上がる。釣り上がった魚はなんと、カインの指先から肘のあたりに届くほどのサイズだった。

 

 その魚は美しいまだら模様と淡い赤色で染まっていた。その特徴からしておそらくマクナという魚であり、非常に脂の乗った旨味の濃い身とプリプリとした弾力から、味の良い高級魚として扱われている。

 

「はあ〜ずっと待ってた甲斐があるってもんだな。早速焼くか」

 

 カインは釣れたマクナを慣れた手つきで締めて処理をし、木の棒へと差した。

 

「こんだけ大きいやつを串焼きにしたことないから、ちょっと不安だな」

 

 そう言いつつも、テキパキと焚き火まで準備を終えてマクナを焼き始める。

 

 だんだんと焼けていくと、皮がひび割れそこから脂が滲む。流れ落ちる脂の一つ一つが勿体無く感じて、カインは舐めとりたい衝動に襲われた。

 

 完全に焼き上がると美しい淡い赤色は消えて、代わりに食欲のそそる綺麗な焼き目がついている。

 

「じゃあ、いただきます!」

 

 最も脂の乗った腹の身にかぶりつく。パリッとした皮の奥には、溢れんばかりの脂が閉じ込められていた。けれどもその脂は全くしつこくなく、水のようでありながら脂の旨味だけはしっかりと主張してくる。新鮮な川魚特有の香りと強烈な旨みがカインの苦労をいとも容易く洗い流した。

 

「美味すぎる……干物も美味いけど、こればっかりは釣らないと味わえないな」

 

 あまりの美味さにカインは数分で骨以外の全てを平らげてしまった。なかなかのサイズを一瞬で食べてしまったので、カインは苦しそうにケプッとゲップをした。

 

 その後あらかたの後始末をし、焚き火を消す頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。

 

「おーもうこんな時間か。今日一日、釣りをしてただけだったな」

 

 そうぼやきながら、一人森の中を歩いてラークルへと戻る。

 

 ラークルへ戻る途中、カインは自身の確かな成長を感じていた。探知魔術はもはや走るのと変わらないほど自然に行えるようになったし、探知魔術での複雑な魔素操作は身体強化の質さえも引き上げていた。

 

 カインは、探知魔術が探索者にとって必須であるのには、その効果の有用性はもちろん、魔素の操作に慣れるという点もあるのではないかと感じた。

 

「よし、明日は久しぶりに迷宮に行くか」

 

 カインの迷宮探索が、真の意味でようやく始まろうとしていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 翌日。一ヶ月ぶりとなる迷宮の入り口にカインは懐かしさすら感じていた。ちなみに、禁足日は四日前だったので探索者の人数はある程度の落ち着きを見せている。

 

「秘密兵器も準備したし、行くか」

 

 ワクワクとした浮ついた気持ちと共に、カインは二度目となる迷宮に足を踏み入れた。

 

 カインの姿が迷宮へと消えていく。それを、後ろから幾人かが見ていた。

 

「ゾルガさん。またカインとかいうやつが一人で迷宮に潜って行きましたよ。大丈夫なんすかね」

「迷宮に一人で挑むやつの殆どは、とんでもない馬鹿か、とんでもない嫌われ者だ。だが一握りのやつはとんでもないこだわりを持つ奴だ。そういう奴は一瞬で野垂れ死ぬか、どこまでも突き進んでいく。カインはそういうタイプだろうな」

「カインは死んじまうんですかね?」

「まあ、見てればわかるさ。あいつは、面白いからな」

 

 ゾルガは眩しい宝石を見ているかのように、そう言った。

 

 

 





Tips: 探知の魔術はその性質上、使用中に動くと正確な情報を得ることができない。よって安全な場所での使用を推奨されている。

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