【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
願い
この世界に転生して12年。
ついにこのときがやって来た。
◇◆◇◆
街は異様な空気に包まれていた。
ランドセルを背負って下校中のことだ。
雲はないのに空が淀んでいて、日差しの遮られた街並みは、太陽が天高く昇っていてもなお薄暗い。
濁った空気には、すれ違うトラックから排出された黒煙を浴びたかのような不快感がある。
通りを行き交う人々からは一切の生気が感じられなかった。
だらんと腕を垂らし、同じ方向へ緩慢な速度で歩くその姿は不気味の一言に尽きる。よく耳を澄ますと、彼らは一様に独り言を唱えていて、それが「死にたい」だの「生きていたってしょうがない」だの「早く楽になりたい」だのいちいち気が滅入るような内容ばかり。
それが口だけでなく、放っておけば本当に実行に移しかねないことを俺は知っている。
異常な人々のなかで、正常さを保っていたのは俺だけだった。
あるいはこの状況においては異常なのは俺のほうかもしれないが――ともかく。
この状況には憶えがある。
周辺を見回して〝あいつ〟を探す。
そのとき、声が聞こえてきた。姿は見えない。声だけが立体音響のように360°飛び回っている。
「聞こえるかい、
「……誰」
心当たりはあるが、知らないていで返した。
「きみも異常に気付いているはずだ。このままでは多くの人命が失われかねない。彼らを救えるのは、きみだけなんだよ」
「わたしが……救う?」
「そうだ。私と契約し、魔法少女になってもらいたい」
来た!
「もちろんタダとは言わない。私にはきみの願いを叶える力がある。願いを叶える代わりにきみは力を得、魔人と戦う宿命を背負う。
だが、その宿命は過酷なものだ。きみに覚悟があるなら、私と契約してこの街を救ってほしい」
俺の返事は12年前から決まっている。
「戦う! だから、わたしの願いを叶えて」
「きみの願いは?」
「わたしの計画に協力してほしい」
「承った。これできみは魔法少女だ」
その言葉と共に、彼が姿を現した。
いや、いままで変わらずそこにいたが、俺に見えていなかっただけである。
彼は立方体の一面にディスプレイを張り付けたような姿をしていた。デジタル時計のようにドットで顔面を表現しているっぽいが、たぶん無表情キャラなのだろう、表情は硬いままで固定されている。魔法少女モノのマスコットというよりは、SFモノのマスコットみたいだ。
「だが、その願いで本当によかったのか? どんな願いも無条件に叶えられるというわけではないが、大抵の願いは叶えられる。きみは《計画の協力》ではなく《計画の成就》を願ってもよかったんだ」
「いい。わたしが欲しいのは結果じゃないから。その過程に意味があるの」
「……そうか。その高潔な精神性ゆえに、きみは魔法少女に選ばれたのだろう。きみは誰よりも素晴らしい魔法少女になれる」
「計画について話したいところだけど、いまはそういうわけにはいかないよね」
俺は空を見上げる。大きな影が空を覆いつくしている。
〝それ〟はまるで巨大な飛行船のようだった。生きているという感じはなく、意思があるようにも見えない。だがそれは見かけだけで、実際には明確な目的を持って動いている。〝それ〟は正体を失った通行人たちと同じく街の中央へ向かっているようだった。
「そのとおりだ。やつは『
『蒼生円蓋塔』は、ここ
そのとき、〝それ〟からなにかが降って来た。その〝なにか〟は、地面に叩き付けられるとべちゃりと音を立てたが、しばらくして
ブヨブヨとめちゃくちゃキモい姿かたちをしている。
「あれを倒すにはどうしたらいい?」
「『
「『
すると光の輪が現れた。光の輪が全身をスキャンするように上から下へ移動すると同時に、俺の衣装が変わる。
黒を基調としたゴシックドレスっぽい雰囲気だ。
髪の色は……黒のまま。
原作では橘すみれのパーソナルカラーは青だったはずだが……《俺》の精神性が影響しているのだろう。
変身によって俺は自身の力の使いかたを理解した。
まずは通行人の肩に乗っているブヨブヨたちを始末する。
俺は衣装の袖からどこまでも伸びるワイヤーを出し、通行人たちを一斉に縛った。
そして一か所に集めた通行人たちへ向けて、『固有魔法』で光の砲弾を放つ。
光の砲弾が彼らを通過すると、肩に乗っていたブヨブヨが消滅した。
「……肝が冷えた。一般人もろとも吹き飛ばすのかと」
「いまのはブヨブヨにしか効かないように調整した」
「ふむ。きみの固有魔法は任意に対象を設定できる魔力砲と言ったところか?」
「それより、ブヨブヨを倒しても彼らの様子が変わらないのだけど?」
「魔人の放つ瘴気の影響下にあるのだろう」
「つまり、本体を叩かなければ意味ないってことね」
「そうだ。だが、本体のほうはきみひとりの手に負えないかもしれない。救援を待ったほうが――」
「問題ない」
俺は魔人に向かって飛びあがった。生まれつき空を飛ぶ能力を授かっていたかのように自然に空中を移動することができた。うわ、すげえ気持ちいい。楽しい。
「やつは瘴気を具現化して分身をつくることができるほど強大な力を持っている。きみひとりで相手をするのは無謀だ。幸いきみが分身を倒したことで、一般人の自死の危険は
「応援って?」
「魔法少女はきみ含め最大7人この街に存在する。あれほど巨大な魔人なら、すでにみな気配を察知しているはずだ」
だがせっかくの初舞台だ。どうせなら派手に行きたい。
応援を待ってもいいが、ひとりであれをぶっ倒せたらどれだけ気持ちいいことか。
俺は魔人の頭頂部へ移動し、超極細ワイヤーで網をつくった。これをやつの通過点に設置し、バラバラにする。突っ込むしか脳のない魔人は面白いくらい素直に網に吸い込まれるが――。
ダメだ。サイコロステーキにしてやろうと思ったのに、やつのほうが硬かった。ワイヤーをとおして、俺の身体が持っていかれてしまう。俺はワイヤーを切り離した。
めげずに新たなワイヤーを出す。それを鞭のようにしならせ、魔人の表面に一撃をお見舞いする。
表面に傷はついたが、やつの身体を切断するにはまだ強度が足りないようだ。
そのとき、魔人が傷口からなにかを吐き出した。それは俺に向かって高速で飛び――反射で顔を庇った俺の腕に張り付いた。さっきのブヨブヨだ。俺の腕から血を吸っている。
「きもっ!」
無理やり剥がして適当な方向に投げた。空中を一直線に飛ぶブヨブヨに向かって、先ほどの鞭のような一撃を放つ。ブヨブヨは真っ二つになり、直後、消滅した。
「魔人は死体を残さない。
言ったろう、きみひとりではあの魔人に敵わないと」
そういうネガティブなのは無視。
俺は魔人の背に乗った。
固有魔法を使用し、ワイヤーを強化する。
強化したワイヤーを魔人の背に
耳を
直後、魔人の身体が傾き、地表に向かって落下を始めた。どうせ死ぬならできるだけ被害を大きく、か?
「すみれ!」
「大丈夫!」
俺は落下地点に先回りし、ワイヤーの網を張った。
網を通過した魔人は、まるで製麺機で生地を棒状に加工するかのように網の目の細かさに切断されていった。
その死体は地面に落下する直前に消滅し、街にはなんの被害も残さなかった。
俺はひと気のない路地裏に着地した。
「私の目に狂いはなかった。――いや、想像以上と言うのが正解か。きみは、素晴らしい魔法少女の素質を持っているようだ」
相棒の賛美を浴びる。
「申し遅れた。私は『
「橘すみれ」
「すみれ、きみの固有魔法はいったいどんな能力なんだ? あれほどの強大な魔人をいとも簡単に討伐できるなんて……通常の規格を越えているよ」
「『代償魔法』」
簡単に説明する。
『代償魔法』は自らの所有物あるいは肉体を代償にすることで、非常に強力な魔法を行使できる力だ。魔法の効果は、その都度任意に設定することができる。そして支払う代償が大きければ大きいほど、魔法は強力になる。
「なるほど。縛りを課したことでより強力な魔法を行使できるようになったわけか。魔力砲や武器の強化など、複数の能力を使用できたのも『代償魔法』の汎用性ゆえ……。
だが、あれほどの敵を倒す力、よっぽど大きな代償を支払ったのだろう。私はきみに過酷な宿命を背負わせたが、過度の自己犠牲は望むところではない。より高火力の固有魔法を持った仲間が応援に来てくれれば、きみが代償を払う必要もなかった。今後は無茶は控えてもらいたい」
「分かった」
「その能力はとても強力だ。もしものとき、その固有魔法できみやきみの大事な人を救うことができるかもしれない。だから、そういうときに備えて能力はとっておくのがいいだろう。きみの言う計画とやらにも役立つかもしれない。
……そうだ。きみの計画の話がまだだったな。計画とは、具体的にどういうものだろう? きみはなにがしたいんだ?」
「……み」
この世界に転生して12年。
ついにこのときがやって来た。
俺はずっとある願望を抱いていた。
人に言うのも
「皆を……」
だが、いまさらになって怖気づいてしまう。
こんな願望、いくら相手が人間じゃないとはいえ、人様の前で口にしてよいものだろうか?
どう考えても気が触れたおかしなやつだと思われるに決まっている。
「どうした。きみの願いだ。契約を交わした以上、私はどんな計画であろうときみの行動に協力を惜しまない」
そうだ。すでに契約は交わしているのだ。
罵られても、軽蔑されても、拒絶されても、ロイは俺の願望成就に付き合わざるを得ないのである。
だが――。
そうだとしても、やっぱり怖い。
この願望を打ち明けようとすると、初対面の相手から慣れぬ猥談を振られたときのような気恥しさに襲われて、なにも言葉が出てこなくなる。
「や、やっぱり無理!」
「どうしてだ?」
「恥ずかしい! 言ったら絶対にキモいって思われる!」
「きみが素晴らしい人間であることはこの短時間で理解した。きみがどんな願いを口にしようが、私がきみを拒絶することはないよ」
「ほ、本当……?」
「ああ。それよりも、私に君の願いを叶える義務がある以上、その内容を教えてもらえないことのほうが困る」
そこまで言うのなら……と、俺は12年ものあいだ秘めてきた願望を、意を決して口にした。
「皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい!」
「は?」