【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい!   作:k-san

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こわれた

 すみれは『一週間後に結界を破壊する』と予告したけれど、何時に塔に来るかは宣言していなかった。時刻が特定できない以上、予告当日は一日中塔に張り込むのを覚悟しなければならない。

 私と薫ちゃんは、お互いに「薫ちゃん(小春)の家に泊まりにいく」と親に嘘をついた。日中は外で適当に時間を潰し、日付が変わる二時間前に塔へ向かった。どれほど待つことになるかは分からないので、食料は買い込んでいた。

 塔に着くと、先客がいた。

 楪さんだ。

 私は驚きはしたものの慌てはしなかった。

 たしか今日は楪さんと朝比奈さんが見張りの日だった。こんな遅い時間まで居残っていることにはびっくりしたけれど、ここにいること自体は説明のつかない行動ではない。

 むしろ、私たちのほうが楪さんをびっくりさせてしまったかもしれない。

 

「お疲れ様です。あの……どうしてこんな遅い時間まで残ってるんです? もしかしてなにかありました?」

「なにも起きていませんよ。ただ、待ってるんですよぉ、すみれを」

「そりゃそうでしょうけど……」

 

 その口調には来るかどうか分からない相手をこの時間まで待つか? という疑問が滲んでいる。

 

「ぼくには分かるんですよぉ。もうすぐすみれが来ることが。二人も知ってるんでしょう?」

 

 このときの驚愕は先ほどの比ではない。私と薫ちゃんは身構えて、楪さんの一言ひとことに全神経を尖らせる。

 

「どういうことですか? 彼女がもうすぐ来る? なんでそんなことが分かるんです?」

「うふふ、白々しい……。教えてくれたのは二人じゃないですか」

「え――?」

「ごめんなさぁい……この一週間、二人を尾行していたんですよ~」

 

 薫ちゃんと顔を見合わせ、お互いに「気づいていた?」と確認し合う。私は首を振った。薫ちゃんは気まずそうにじっと私を見つめている。

 私はともかく、薫ちゃんが気づかないほどの高度な尾行を柚月さんにできるのだろうか?

 

「一週間前、すみれを逃した後です。二人がちょっと怪しいなって思ったんです。これ、おそらくライカさんも同じように怪しんだと思いますよ~」

 

 もしかして、見張りのローテーションを組んだときのこと? 薫ちゃんが私の嘘を見破ったように、楪さんや三鷹さんも私の嘘に気づいたのだろうか。薫ちゃんは実際の予定の有無から私を怪しんだけど、二人はローテーションを調整しようとする私の作為に勘づいたのかもしれない。

 

「ぼくの固有魔法は『幻惑魔法』と言いまして~、他者の目に映るぼくの姿かたちを変えることができるんです。だから二人が気付かないのも無理ないですよ」

「じゃあ、あの会話も聞いていたってこと……?」

「ああ。あそこのぜんざいは美味しかったですね~」

 

 ニコニコしながら楪さんは言った。

 全部聞いていた、ということだろう。

 私のミスだ……。

 私が下手な嘘をついたから、楪さんや三鷹さんにあっさりとバレてしまったんだ。

 

「じゃあ、もうすぐここにすみれが来ることも、自分たちがそのことを皆に黙っていたことも全部知っていたわけですよね。三鷹さんも知っているんですか……? そんな素振りはなかったですけど」

 

 たしかに三鷹さんがこのことを知っていれば、私たちを泳がせるのではなくさっさと全員に周知してすみれを問答無用で抹殺対象に決定するだろう。ここ一週間で何度か顔合わせはしたが、そういう気配はまったくなかった。

 

「楪さん。あなたはどういうつもりでこの場に現れたんですか?」

 

 薫ちゃんが剣呑な空気をまとって質問する。

 仄かな殺気を向けられた楪さんは――しかし臨戦態勢を取るではなく、にへらと破顔して場の緊張感を弛緩させた。私たちは拍子抜けする。

 

「そうピリピリしないでください。ぼくは二人の味方ですよ~」

 

 両の手のひらをこちらに向けてヒラヒラさせながら、楪さんは言った。

 

「味方?」

「はい。まず先ほどの質問に対する答えですが、この件はまだ三鷹さんには報告していません。ここにいるぼくらしか知らないことです」

「自分が言うのもなんですけど……どうして報告しなかったんですか?」

 

 楪さんはすみれの処遇を巡っては一貫して穏健派だが、さすがに結界の件を知れば翻意(ほんい)するかもしれないというのが私たちの見立てだった。だけど、すみれを庇おうとするその意志は思ったより固かったようだ。彼女はきっぱりと言った。

 

「もちろん、すみれを守るためですよ」

 

 その言葉に迷いや照れは一切含まれていなかった。

 

「そして、二人のやろうとしていることにぼくも一枚噛ませてほしかったからです。ぼくは、一週間前は二人を疑っていましたが、いまはけっこう信用しています」

「なぜですか?」

「ここ一週間ほど二人を観察して、そう判断しました。一番大きいのはすみれの一件を秘匿したことですね。もし二人のどちらかが悪意のある〝8人目〟であれば、結界の件はすみれを殺すように仕向けるための良い材料ですから。それをあえて隠したということは、二人は〝8人目〟ではない。そう思ったんです~」

「信用してくれるのはありがたいですけど……。けっきょく、楪さんはどうしたいんですか?」

 

 楪さんは腕を私たちに伸ばして指を二本立てた。

 

「二人の目的は二つ。結界の破壊を止めること。そして、すみれとの対話から彼女が本当に敵かどうかを見定めること。ですよね?

 そのためにはすみれを無力化しなければいけません。ぼくはそのお手伝いをしたいんです」

「それは……。楪さんも彼女のことを見定めたいから、ですか?」

「そのとおりです」

 

 満足げに頷く楪さんに対して、薫ちゃんは恐るおそるといった調子で質問を重ねた。

 

「でも、もし橘さんが敵だった場合は?」

 

 本当に微妙な質問だった。でも、たしかにこの辺ははっきりさせておきたいところだ。彼女はどこまですみれを庇うのか? 庇いきれないと感じたとき、どうするのか? それを示してもらわないことには、協力は難しい。

 楪さんの顔から笑顔が消えた。

 

「そうですね……。すみれと話をして、彼女を敵だと判断した場合……あるいは対話にならなかった場合、それから結界を本当に破壊してしまった場合もですね。その場合には――」

 

 楪さんの瞳が妖しく光った。

 

「ぼくがすみれを殺します」

 

 殺す。

 それはあまりにも重い言葉だ。

 ここ最近は何度か聞いたことがあるような気がするが、これまですみれの側についてきた楪さんが言うと、重みが違うというか、それが現実になってしまいそうな嫌な予感があった。

 

「あの……楪さんはすみれを守りたいんですよね……?」

 

 私は口を開いた。

 

「はい。ですが、彼女が敵と確定したなら話は変わります。その場合、すみれを生かしておくのは危険ですし、好きな人の手をこれ以上汚させたくはありません。三鷹さんやアリスさんに殺させるくらいなら、せめてぼくがこの手で……」

 

 その先は言わなかった。

 でもその先の言葉はすでに聞いていた。

 私も薫ちゃんも、そこが落としどころだろうと思っていた。

 実際にすみれちゃんに手をかける段が来たとき、それを実行できるかは分からない。けれど、仮に楪さんや三鷹さんやアリスちゃんがすみれの命を奪う瞬間に立ち会ったとして――それを止めることは、もう私たちにもできない。

 

 私は、せめてこれからもすみれを庇うことが許されるように、彼女が敵でないことを願った。

 

 ◇◆◇◆

 

 階段から勢いよく現れた薫の突撃によって、俺の腹部に剣が突き立てられた。

 薫が剣を引き抜くと、俺の腹から鮮血があふれ、そこいらに飛び散っていろいろと汚した。

 

 痛ええええええええええええ!

 んだこれ、痛いっ、つーか熱い! そんで冷たい!

 傷口は焼きごてを押し付けられてるみたいに熱を発しているのに、傷を通して全身から体温が徐々に失われていくような感覚がある。

 

 やばい、このままじゃ死ぬ!

 死にたくねえ! 助けてくれええええ!

 

 キャラ崩壊していいから泣き叫んでやろうかと思ったが、その必要はなかった。小春が飛んできて、『回復魔法』で傷を癒してくれたのだ。

 小春の魔法は一瞬で怪我を治せるような便利な代物ではないが、欠損とかでない限りけっこうな重症でも時間をかけて治すことができる。

 

 安心すると意識が飛びかけた。

 いかんいかん。いくら小春の魔法があると言えど、いま気絶するとまじで死んでしまいそうだ。

 

「さて。ぼくはこれからあなたにいろいろと質問しますので、正直に答えてくださいね~。前みたいに逃げようとしたらダメですよぉ。『回復魔法』がないと、あなた死んじゃいますからねぇ」

 

 俺が逃げられなくするために深手を負わせたのか。

 考えたな……。

 って納得しねえよ!

 よくもやってくれたな!

 

「どうして結界を破壊しようとしたんですか~?」

「…………」

「無視ってとっても悲しいです。答えないと、可愛くしちゃいますよ?」

 

〝可愛くする〟というのがいったいどんな行為を指すのか分からないが、引き続き口を閉じる。

 すると柚月が目を細め、俺の傷口に指を押し込んだ。『回復魔法』で和らいでいた痛みが激しく主張し出した。俺は額に大量の脂汗をかいた。鎖に縛られながらも、精一杯暴れまくった。

 

「んんんん~っ! ぐっ、ううう!」

「えへへへ、可愛いですね~」

「楪さんっ……うっ、や、やめてくださいっ……」

 

 小春が吐き気を堪えながら懇願した。

 そうだ、このドSにもっと言ってやれ!

 

 小春に乞われ、柚月は名残惜しそうに俺の傷口から指を離した。俺は全身を汗で濡らしながら、肩で大きく息をした。

 

「はぁ……はぁ……うっ、はぁ……」

「すっごく官能的ですぅ~」

「ちょっと、話を聞くんじゃないんですか?」

 

 薫が咎めた。

 

「うふふ、そうでした。もういちど訊きますよ~? あなたは、どうして結界を破壊しようとしたんですか?」

「……言っても……あなたたちは信じないっ。はぁ……。どうしてっ……それを知っているんだと疑って、〝8人目〟に仕立てるだけ……」

「そうですかぁ……。ぼくはすみれを疑いたくないんです。だから――疑わせないでください」

 

 鎖の縛りがきつくなった。

 

「くっ……」

 

 柚月はあの手この手で俺から情報を引き出そうとしたが、俺は傷で意識が朦朧(もうろう)としているフリでのらりくらりと躱し、時間を稼いだ――小春の魔法が打ち切られても死亡することはない程度にまで回復する時間を。

 

 そして、ときは来た。

 来たつっても肌感だがな。まあたぶん大丈夫だろうって感覚があった。傷も塞がっているようだし。

 俺は『代償魔法』を発動した。

 

 三人は俺が魔法陣に触れなければ結界を破壊できないと思い込んでいるようだが、そんなことはない。まあ破壊しないが。

 本当は魔法陣に手で触れて破壊するという演出をしたかったが――身動きが取れないんだから仕方ないか。

 俺は縛られながらも『代償魔法』で結界を一時停止した。

 

 停止ではなく一時停止。放置しても5分後には再び動き出すように設定している。このあと結界を強化する代償を払わないといけないことを考えると、ここでの代償はできるだけ小さく抑えたかったのだ。

 完全停止は代償が大きそうだし、結界強化の際に再起動する分の代償まで支払わされそうな気がしたので、5分しか効力のない一時停止を行った。

 代償は――右目だ。

 

 そのとき。

 俺の第六感が警告のような何かを感じ取った。それは魔人の出現時よりも――〝8人目〟が発覚したときよりも大きく深刻に響き渡っていた。

 俺だけじゃない。小春や薫、柚月もそれを感知しているようだ。明らかに動揺して、その感覚の発生源を探している。

 魔法陣が大きく煌めいた。そして三人はすべてを悟った。

 

 ふふ、まさか結界にこんな警報機能があるとはな!

 嬉しい誤算だ!

 これでこの場にいないライカやアリス、しおやねむりも集まって役者が揃うだろう。

 

「まさか、結界を壊したのか!?」

「どうして!? すみれっ、あなたは――」

「とりあえずこの場から離さないと!」

 

 三人は慌てて俺を地上へ連れ出したが、もう遅い。

 結界は完全に一時停止した。

 

 地上に戻ると、壁の燭台の火がいつの間にか灯って、部屋を明るくしていた。全員が地下に潜り、観測者がいなくなったのを見計らって状態リセットが起きたのだろうか。まるでゲームのフィールドみたいだ。

 

 柚月はキッと俺を睨んだ。だがその目にはどこか悲しみの色も含んでいるような気がして、俺は嬉しくなる。どうやら俺に向かっているのは敵意だけではないようだ。それなら、その気持ちはいずれ大きな罪悪感へと育ってくれるだろう。

 

「すみれはっ……、やっぱり敵だったんですねっ」

 

 なんとか憎しみを絞り出しているみたいな言いかただった。

 続けて、小春が口を開いた。

 

「どうしてこんなことをしたの……? あなたが〝8人目〟だから? なんで〝8人目〟は私たちを(おびや)かそうとするの? 私たち、協力することはできなかったの?」

 

 違うぜ。

 最初に差し出した手のひらを跳ね除けたのはそっちだ。

 俺はただ皆を救いたいだけなんだ。

 証拠に、これから結界を強化して見せよう。

 今度の代償は片足と内臓だ。

 

『代償魔法』を使用するべく、意識を集中する――。

 

「かはっ」

 

 だが、突然胸からなにかがせり出してきて、俺は魔法の使用を中断させられた。胸を掻きむしりたい衝動に駆られるが、あいにく手足を拘束されている。

 身をよじらせて酷くむせることしかできない。

 やがて口から大量の血が吐き出された。

 

「な、んで……」

 

 小春の治療がなくても大丈夫な程度には治ったはずだ。

 だが、あくまで俺の感覚である。当てを外した可能性は大いにある。

 

 いや――。

 

 もしかして、代償が足りなかったのか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 急速に意識が遠のいていく。

『代償魔法』は、使えない……。

 結界の強化ができない……。

 

 いや、見様によっては、これはちゃんすかも……しれない……。

 

 だめだ……。

 

 もうなにもかんがえられない……。

 

 ろい、あと、は……まかせ……。

 

 ※※※※

 

「な、んで……」

 

 まるで私たちの無理解を呪うようにそう呟いて、すみれは意識を手放した。

 そこに悲痛な何かを感じて、私はほんの一瞬ひるんでしまう。

 だけど、このままでは本当に死んでしまうかもしれないという恐怖が突然私を駆り出した。

 

「すみれっ!」

 

 私は慌ててすみれの脈をとった。胸に耳を当てた。口もとに手をかざした。

 

「生きてるの!?」

 

 楪さんが悲鳴みたいな声を上げた。

 すみれはかすかにだが脈も鼓動も呼吸もある。

 私は肯いて、『回復魔法』をかけ続けた。

 

 先ほどまでの楪さんは、必要であればすみれを殺すのも辞さないという覚悟を示していた。だけど実際に死に向かうすみれを見ると決意が揺らいだようで、私が『回復魔法』をかけるのを許していた。

 

「大丈夫かな……」

 

 と訊ねる薫ちゃんに、私は何も言えなかった。

 どんなに『回復魔法』をかけてもすみれは目を覚まさない。

 

 5分ほど経つと、朝比奈さんがやってきた。

 

「あの……どういう状況でしょうか?」

 

 重い空気を察したのか、そこにいつものような明るさはない。

 

 薫ちゃんが状況を説明した。

 さらに10分ほど経過すると、三鷹さん、アリスちゃん、ねむりちゃんの順番で人数が揃った。アリスちゃんとねむりちゃんは眠っているところを叩き起こされたのだろう。目の焦点が微妙に合っていない。

 

「一体どうなってる……。そこの橘もそうだが、さっきの強烈な感覚はなんなんだ」

「それは……橘さんが結界を破壊したんです」

「結界を!?」

 

 アリスちゃんは少し目が覚めたようだ。

 三鷹さんはまるで頭痛に苛まれているみたいに眉間を揉んだ。

 

「くそっ。お前らは止めようとしたんだよな?」

「はい……」

 

 薫ちゃんが答えた。

 止めようとしたのは事実だが、すみれが結界を破壊することを事前に知っていて隠していたことは言わなかったので、まるで騙しているような後ろめたさがあった。

 いや、「まるで」ではなく騙したのだ。

 

「知らん間に倒されていたのは僥倖(ぎょうこう)だが、結果的に結界が破壊されたんじゃあな……。おい、なんで『回復魔法』を使ってるんだ?」

「それは……だって……放っておくと死んじゃう……」

「そいつは敵だ。結界を破壊したことを鑑みると、『悪意のない〝8人目〟』説もありえない。

 殺すのが忍びない気持ちは分かる。あたしだって殺したくはないさ。でも()らなきゃ()られる。アリス、銃を貸せ。あたしが介錯(かいしゃく)してやる」

 

 三鷹さんはアリスちゃんに向かって手を出したが、銃は出てこなかった。あれだけ〝8人目〟を排除することに固執していたアリスちゃんは、けれど三鷹さんの提案が飲めないようだった。実際にすみれの痛ましい姿を目撃して、考えが揺らいでいるのだろう。

 

「どうした?」

「銃はやめてあげて……。いくらなんでも……ざ、残酷すぎるわ!」

「じゃあどうするんだ。バイクで頭を潰すか? あたしだってこいつを苦しませたり惨い死体に加工する趣味はない! 銃で終わらせるのが一番手っ取り早いから言ってるんだ!」

「ま、待って! アリスの『吸収魔法』だったら、苦しまなくて済むから……」

 

 アリスちゃんは膝をついて、すみれの胸に手を当てた。

 思い悩んだが、すみれにかけていた『回復魔法』を打ち切り、彼女の身体から手をどけた。

 

 そのときだ。

 

「待て」

 

 と声がかかり、『仲介者(エージェント)』が現れた。

 

「私はロイ。橘すみれの『仲介者(エージェント)』だ」

 

 最初、私はその事実をどう捉えればいいか分からなかった。

 ただ「すみれの『仲介者(エージェント)』がようやく現れた」と、そんな風にしか思わなかった。

 

 けれど。

 

 あ、れ……。

 どうして私たちはすみれを〝8人目〟だと判断したんだっけ……?

 

 そうだ。

 すみれの『仲介者(エージェント)』が確認できなかったからだ。

 でも、『仲介者(エージェント)』はこうして現れた。

 

 つまり――。

 

「落ち着け。いまさら『仲介者(エージェント)』が出てきたところで、こいつが黒いのは変わらない。全員が『仲介者(エージェント)』を出したんだから、〝8人目〟にも『仲介者(エージェント)』がついてるって事実が判明しただけだ」

 

 顔面蒼白になった私を気遣ってか、三鷹さんがそう説明した。

 アリスちゃんも不安そうに三鷹さんを見上げていたが、説明が終わると『吸収魔法』を発動したのかすみれの胸にあてた手が黄色い光を放った。アリスちゃんの口ぶりとその名前からして、『吸収魔法』は相手のエネルギーを奪い取ってアリスちゃんのものにする魔法だろう。

 

 ロイはまだ何かを言っている。私はそれ以上ロイの言葉を聞きたくなかった。耳を塞いでしまいたかった。現状でさえ不安なのに、ロイの弁解めいた言葉を聞いていると、私たちが間違った方向に進もうとしている気がしてきて決意が鈍ってしまうから。

 

「待ってくれ。私の話を聞いてほしい。すみれは、ただ皆を――」

「黙れ。こいつが黒である以上、その担当『仲介者(エージェント)』だって同じくらい怪しいんだ。お前の話に耳を貸すほど、あたしは考えなしじゃない」

「だが――」

 

「終わった」

 

 ロイはなおも食い下がろうとしていたが、アリスちゃんがあっけなくそう告げた。

 

「本当にギリギリ生きてた状態だったのね……。ほんのちょっと吸っただけでエネルギーが尽きちゃった」

 

 すみれの顔を見る。すみれの顔は穏やかではなかったけれど、先ほどまでとほとんど変わらない様子に見える。アリスちゃんの魔法が対象に苦痛を与えないというのは本当だった。

 

 試しに脈を()る。鼓動を聞きとる。呼吸を確かめる。

 

 すみれは完全に死んでいた。

 

 胸にぽっかりと穴が開いたような大きな喪失感があった。

 悲しくて、涙が一筋こぼれた。でもそれ以上は我慢した。すみれの死は、皆で決断したことなのだ。黙認と言うかたちで、私は判断を下したのだ。それなのに私だけ涙を流して同情を示すのは……卑怯だ。

 

 皆が沈痛な面持ちで人の死の重たさを噛み締めている中。

 三鷹さんの震える声が嫌に耳にはっきりと響いた。

 

「ど、うなってるんだよ……?」

 

 彼女の視線を追う。

 

 そこには円卓があって、7つの椅子が等間隔で並べられていた。

 いつもどおりの内装。

 

 ――いや。

 違和感があった。その光景は見慣れているようで見慣れなかった。平行世界を見ているような奇妙な感覚があった。

 やがて、違和感の正体に気づく。

 

 そこにある椅子の数は7つではなく――6つだったのだ。

 椅子がひとつ減っている。

 

 そのとき、すみれの変身が解けた。

 彼女の本来の姿が現れる。

 

 ねむりちゃんが目を見開いて、ぽつりと

 

「アイスの……お姉さん……?」

 

 と言った。

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