【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
最終話まで書き溜めておりますので、どうか最後までお付き合いお願いします。
椅子の数が減った。
蒼生円蓋塔の備品は魔法少女の人数に合わせて設置されている、とは三鷹さんの言だ。
もともと円卓の周囲に並べられていた椅子は7つ。その数からして、〝8人目〟の存在が勘定に入っていないのは明らか。
その椅子がひとつ減ったということは、魔法少女がひとり脱落したことを意味している。
つまり、すみれは魔法少女だった。
〝8人目〟ではなかった。
「お姉さん……起きて……」
ねむりちゃんがすみれの腕を揺さぶっていた。
もちろんすみれが目覚めることはない。
だって、彼女はもう死んでいるのだから。
そのことを知ってか知らずか、なおもすみれを起こそうとし続けるねむりちゃんの姿が痛々しくて、私は目をそらした。
「な、んでだ……。どう考えてもあいつが〝8人目〟だっただろうが……!」
三鷹さんは後退し、壁に凭れかかって右手で顔の半分を覆った。空いた左の瞳はぐらぐらと揺れている。
「どういうこと……? なんで椅子の数が減ってるの?」
アリスちゃんの視線が円卓の周囲を
時間をかけて徐々に現実を認める。
そして自らの右手を見つめた。すみれの胸にあてていた手のひらを。
「うそ……うそ……! アリスはただ、楽にさせたかっただけで……」
アリスちゃんは地面に
「アリスちゃん……」沈んだ表情の朝比奈さんがアリスちゃんの側で身をかがめ、胸を貸した。
楪さんが私の隣に立った。
膝と手を地面につき、すみれに向かって懺悔の格好をした。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ぽたぽたと地面に雫が落ちる。楪さんの両目からとめどなく溢れる涙が、徐々に勢力を広げていく。
彼女はひとしきり謝罪した後、すみれの上体を抱き寄せようとして――やめた。そしてぽつりと「殺してください」と呟いた。
その視線は薫ちゃんを捉えた。薫ちゃんは剣身についた赤黒い血を眺めて震えていたが、楪さんに見つめられていることに気づくと、青ざめた顔でその視線から逃れようと一歩後ずさり――三鷹さんの突進を受けた。
「なにをっ――」
「橘が死んだいま、一番怪しいのはお前なんだよ!」
「な、なんでですか!」
薫ちゃんは三鷹さんを引きはがし、距離を取った。剣を三鷹さんに向け、戦闘態勢を取る。
三鷹さんも本気だ。どこからともなく煙が立ち上った。
どうしてこうなったの……?
薫ちゃんと三鷹さんが殺し合うなんて……。
そんなふうに思いながら、でも二人の出来事は対岸の火事のように遠い。
何を間違えて、すみれを寄ってたかっていたぶった挙句、死に至らしめる結果になってしまったんだろう。
話を聞くはずじゃなかったの?
そう自問する。
だけど、不思議と悲しみや苦しさが私を捉えることはなかった。
まるで心が麻痺したみたいだ。この感情をまともに受け止めたら、精神が耐え切れずに壊れてしまうから――。
だけどそうまでして自分を守ろうとしている自分自身に気づくと、激しい自己嫌悪に襲われて、いますぐ消えてなくなりたいという衝動に突き動かされた。
直後。
「争いをやめるんだ!」
ロイの声が響き渡った。
それでも薫ちゃんと三鷹さんはお互いに向き合ってロイには一瞥もくれない。
「きみたちが争う必要はもうないんだ!」
「ああ……?」
その言葉は三鷹さんの興味を引いた。
「いまからすべてを説明する。この状況も、すみれがしようとしていたことも」
「ぜひそうしてくれ。あいつは一体何なんだ!? どうして結界を破壊しやがった! まるで――自分を疑ってくれと言っているようなもんだ! この状況でそれが全体にとってどれだけ致命的な行動か、やつは理解できていなかったのか!?」
「確かにそれについてはすみれに非がある。すみれに代わって私が謝罪する。申し訳なかった。
だが、彼女の行動にまるきり意味がなかったわけではない。もちろん、彼女にとっての『意味ある行為』がきみたちに不利益をもたらすことを指しているのとも違う。彼女はつねに全体の利益のために動いていた」
「でも……結界を壊すことが、自分たちの利益にどう繋がるんですか」
薫ちゃんが訊いた。
「それについては彼女が言葉足らずだった。そして『すみれに非がある』と言ったのはそういうことだ。
正確には、彼女がやろうとしていたことは『結界を壊して直す』作業だ。
街を覆うこの結界は――もう寿命なのだよ」
結界を生み出したのは『結界の魔法少女』であること。結界には保守が必要であり、代々その役割を担ってきた一族が絶えてしまったことをロイは説明した。
衝撃的な事実を聞かされたにもかかわらず、その言葉はまったく胸に響かなかった。代わりに、すみれの行動に正当性が見いだされたことで、徐々に徐々に私の麻痺した心が『罪悪感』に蝕まれていった。
その罪悪感は次第に大きく激しくなり、まるで身体の中心に存在する私の核が双方向に引っ張られているかのような感覚にまで育った。
呼吸が浅くなる。目がチカチカする。手のひらにじっとりと汗がにじむ。
「なんでそれをあいつが知っていたんだよ」
「彼女がきみたちにこのことを打ち明けなかった理由は、まさにそれなんだ。彼女の固有魔法は『代償魔法』と言って、様々な代償と引き換えに任意の効果の魔法を使用できる。彼女は代償を支払うことで様々な情報を得ていた。しかし、誰が〝8人目〟かも分からない状況では、魔法で得た知識はきみたちに重要視されない。むしろ狂言できみたちを惑わそうとしているものとして疑いをかけられる
ロイは再び私たちに謝罪した。その誠実さが私の心に圧し掛かる。
もう聞きたくない。
だけどそんなのは許されない。
「我々はすみれが〝8人目〟ではないことを客観的に証明する方法を模索していた。そうすれば彼女が魔法で得た情報をきみたちに提供してもそれが狂言と見做される可能性が低くなるからだ。
しかし彼女は最悪の場合も予期していた。彼女が死ぬことで魔法少女と証明されるケース――つまりこの現状だ。そのときは私がメッセンジャーとなり、きみたちにすべてを説明する役割を担うと事前にすみれと相談していた」
「…………」
三鷹さんはロイから目をそらした。
その代わりに薫ちゃんが質問を引き継いだ。
「もしかして、橘さんが『
「想像のとおりだ。万が一私が死ぬようなことがあれば、最悪の事態に備えることすらできなくなる。その場合、きみたちは混乱を解くこともできないまま殺し合いに発展するかもしれない。すみれはそうなるのを危惧し、私の同行を許可しなかった」
「そのわりにあたしたちの前に現れるのは早かったよな。今回だけ付いてきていたのか?」
その言葉は弱々しかった。きっと形式的な質問で、もはや回答を求めてはいないのだろう。
「それは……私の独断だ。かねてより姿を見せるべきだと私は主張していた。その点ですみれとは意見が合わなかった」
くそ、と三鷹さんは小さく毒づいた。
すべてが明らかになっていく。
すみれの不審な行動にはいちおうの意味があったのだと突きつけられる。
確かに、正しくない判断はあったかもしれない。もう少しうまくコミュニケーションが取れていれば、ここまでの誤解は生じなかったとも思う。
けれど、少なくとも彼女に悪意はなかった。
不器用な彼女が、このこじれた状況のなかで精一杯自分に為せることを為そうとした結果がこれで。
あとは私たち――ううん、私が。
彼女の言葉を受け入れるだけの強さがあれば。
あのとき。
すみれにかけていた魔法を止めていなければ。
すみれは助かったのだろうか。
助けられたのだとしたら、その機会を意識的に放棄した私は――すみれを殺したことになる。
殺した。
すみれを。
私が。
私がすみれを殺した。
「ああ……ああああっ」
私のせいで。
私のせいで。
私のせいで。
すみれが死んだ。
違う、私が殺した。
涙で滲んだ視界ですみれを捉える。
醜く歪んでいるわけではないけれど、決して穏やかとも言えない表情。あらゆる重圧をたった一人で背負い込んで、孤独に戦っていた顔だ。
全身はボロボロ。私たちとの戦いで、華奢な身体のあちこちに傷をつくっている。
『な、んで……』
とすみれは最期に言った。
己の運命と私たちの無理解を呪って。
「う――」
胃の中のものがこみ上げてきた。私は背中を丸めて必死にあえいだ。
薫ちゃんが私のもとに駆け寄り、「大丈夫!?」と声をかけながら私の背中をさすった。
私にそんなふうにされる資格はない。けれど胃の痙攣で「やめて」とも口にできず、されるがままになる。
やがて背中をさする薫ちゃんもすすり泣きしだした。嗚咽が漏れる音が耳に届く。
そのとき。
突然激しい頭痛に襲われた。
「あああああああああああああああああああああああああああっ――!」
まるで脳みそをレンジで過熱されているような。
ひどい耳鳴りと同時に、頭の中で何かが弾け飛んでいる? あるいは詰め込まれている? もはや何が起きているかも理解できなくなって、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら叫んで。
地面をのたうち回って。
私は。
そうだ……。
私はずっと前にすみれと出会っていたんだ。
どうして忘れていたんだろう……とは思わない。
その経緯も含めて、すべてを思い出したのだから。
※※※※
ついこのあいだ小学校を卒業したばかりなのに、中学生になったとたん自分が大きくなった気がした。
と言っても、現実には私の身長は女子に限定してもクラスで後ろから数えたほうが早いくらいには低かったのだけれど。
中学生になったら学校生活が大きく変わると思っていた。
友達とお喋りして、あとは本を読むだけの単調な学校生活。それが部活とか、恋人とか、様々なイベントを通して忙しく、そして華やかになるのだと期待していた。
でも内気で消極的な私は部活に入らなかったし、誰かから告白されることもなく。
けっきょく小学校時代とさして変わらない日々を送っていた。
進級しても、薫ちゃんは仲良くしてくれた。ただ、クラスは別々になったので、顔を合わせる頻度は少し低くなった。
その空いた時間を埋めるように、私は以前にも増して本を読むようになる。
しかし中学校の図書室は品ぞろえが悪くて、ひと月もすると読みたい本が尽きた。やがて私は市立図書館でカードをつくって本を借りるようになる。
私が彼女と出会ったのはそんな日々の中だった。