【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
塔に着いたときからどのくらいの時間が経ったのか。まだ空は暗く、月が支配している。しかし遠くに日の光が侵食していた。じきに日が昇るだろう。
ねむりちゃんは追ってこなかった。どこかで引っかかっているのか、気配を消しているのか。後者だとすれば、気は抜けない。もっとも、朝比奈さんの方が速いので、いちど距離を置けば差は大きくなる一方だが。
朝比奈さんはどこへ向かっているのだろう。しかし行き先など限られている。おそらく彼女の家だ。もしねむりちゃんが追ってきたら……。これ以上は迷惑をかけられない。私は口を開いた。
「もういいのに……私なんて、放っておけば……」
「良くないっす」
「どうしてっ! 私がいいって言ってるのに!」
「小春、自暴自棄になってはいけない」
「あれ、なんでロイさんがいるんすか?」
「小春が心配だ。こうなった責任は私にある。そばに居ながら彼女を正しく導くことができなかった……」
ロイの責任なんて知らない。ぜんぶ私が悪いに決まっているのだ。
でも、そんなことを言っても否定されるのは目に見えている。私は口をつぐんだ。
涙が目に染みて痛い。私はギュッと目を閉じて涙を切った。目を閉じると、呪いのように脳裏にこびりついたすみれとの日々が浮かび、ハッとなって目を開けた。逃げだ。私はすみれと空想上ですら向き合えないらしい。
もはや私にできるのは、心の中で「ごめんなさい」と繰り返し念じ続けることだけだった。
卑怯者の謝罪なんて誰も欲しくないだろうけど……そうせざるを得なかった。私の勝手だった。
いたたまれない空気のなかで到着したのは大きな一戸建てだった。家と言うより邸宅と言ったほうがいいかもしれない。ここだけでなく、このあたり一帯は高級住宅街のようだ。
バルコニーに降り立って、ガラス窓を開ける。錠はかかっていなかった。
月明かりだけが光源の室内は薄暗かったが、感じのいい雰囲気は伝わった。よく整理されていて、調度の質も良さそうだ。壁一面がまるまる棚になっており、それはCDやレコードで埋め尽くされていた。
趣味が一目で分かる部屋だ。
部屋の隅にセミダブルのベッドがあった。朝比奈さんは、そのふちに腰掛けさせるように私を下ろした。クッションはフカフカで心地よく沈み込んだが、いまはその心地よさが呪わしい。
朝比奈さんがスイッチを押して、部屋が照らし出された。
「うちの部屋です」
「……」
感想を述べるような気力はない。
「見てのとおり音楽が好きっす。魔道具もこれなくらいで」
彼女の手に竪琴が現れた。戦闘のときはどういう使いかたをするのだろう。
そういえば彼女が魔道具を出現させたところを見たのは初めてだ
思えば、彼女は騒動のたびにいつも中立だった。
唯一誰のことも攻撃していない朝比奈さんに、筋違いの嫉妬のような悔しさが芽生える。
そんな薄暗い感情を抱いていると、朝比奈さんが弦を
「まあ、うちは聞き専なんで演奏はてんでダメですけど」
照れたように笑う朝比奈さん。
けれど、竪琴から鳴った音色はとても澄んでいて、私のぐちゃぐちゃになった心をほんの少し落ち着かせる程度の効果はあった。なんとなく、朝比奈さんの人柄を感じた。
そういえば、先ほど三鷹さんが言っていた。魔道具にはその人の精神性が現れるというようなことを。
なるほど、それは確かなようだ。朝比奈さんの朗らかさと魔道具の音色がその証左だ。
でも、だとしたら私は?
大事な人も守れず、あまつさえ傷つけてしまうような人間が盾なんて持ってなんの意味がある?
この魔道具は何かの間違いじゃないだろうか。
――いや、そうか。
私は〝8人目〟。きっと魔法少女の皆とは法則が違うのだ。
皆とは異なる、呪われた存在……。
そのとき朝比奈さんの携帯電話が鳴り、私は肩を震わせた。なんの変哲もない電子音だが、朝比奈さんの竪琴の後では酷い雑音だ。彼女は通話に出た。
「はい。――はい。――そうですか。はい。分かりました」
通話を終えて、私に顔を向ける。
「あっちは膠着状態だそうです。少し不安ですが、いったん追いかけられる心配はないです」
私は想像する。塔に置いてきたメンバーがねむりちゃんを牽制し、一触即発の空気を形成しているところを。だけど――そのイメージはすぐに掻き消えた。維持できないのだ、リアルに考えると。私は言った。
「でも……いつまでそうするんですか?」
「え?」
朝比奈さんが首を傾げた。
やっぱり何も考えていなかったようだ。
「ねむりちゃんをいつまでも塔に幽閉するわけにもいかないですよね。皆さんにだって生活があるわけだし……」
「それは……」
「皆に解散するよう伝えてください」
「いまのねむりちゃんを野放しにしたら、危険ですよ。小春さんだけじゃない。もしかしたら一般人にも危害を加えるおそれがあります」
「だったら、なおさら私が死ぬべきじゃないですか」
朝比奈さんが言葉を失った。
横からロイが、
「滅多なことを言うものじゃない。きみはすみれの分も生きるべきだ」
「そうですよ! 小春さんが死んだら……すみれさんも悲しむと思います。友達……だったんですよね?」
そうだ。
その友達を殺してしまったのだ。
だからこそ私の罪は重いのだ。
「もう嫌だ……。すみれを失ったまま生きていくなんて、私には耐えられない。私の人生にはもう希望なんてないんだよ! ここで終わったほうが私も楽なんだよ!」
「絶望してはいけない!」
ロイが怒鳴った。
絶望……?
その言葉が引っかかった。
なぜだろう。
いつか……誰かが私に言ってくれた気がする。
『完璧な絶望なんてない。完璧な文章が存在しないように』
そう……そんなようなことを。
いつ、誰が?
そうだ。
強力な魔人と相対して、精一杯の攻撃も全然歯が立たなくて、もはや一巻の終わり、絶望の淵に立たされて――すべてを諦めたそのとき。
絶望なんてものともせず、すみれは不敵に笑ったのだ。
私はそんなすみれに憧れた。
でも、すみれはもういない。
すみれなしでその言葉を証明できるほど、
私はすみれのように強くなれないよ。
しかし、すみれがいない代わりに、ここにはロイがいた。
諦めの悪さをすみれから引き継いだようなロイが。
ロイは言った。
「すみれは言っていたよ。きみは世界の中心だと。きみがいるから自分は頑張れるんだと。きみはすみれの希望だったんだ」
「私が……?」
なんで……?
私なんかが……。
すみれは強いじゃないか。
私なんかいなくたって、一人で生きていけるくらい。
そんなすみれが、どうして私なんかを希望だって言うんだ。
「どうして私なんか……?」
「私なんか、だって? すみれの大事な人を、いくら本人だからって悪く言うのは私が許さないよ。
きみはいつか、すみれを守ろうとして魔人の前に立ったことがあるだろう? あれが孤独に戦っていたすみれにとってどれだけ心強いことだったか、きみは知らないのだろうね」
そう……なの?
私がすみれに勇気を与えられた瞬間が、ほんの一瞬でも存在した?
誰よりもすみれの隣に居続けたロイは――さらに言った。
「きみはすみれにとってのヒーローだったのだよ」
衝撃だった。
大きな雷に打たれたらこうなるのだろうか……大げさでもなんでもなく、それほどのショックが私を襲った。
あまりに強い衝撃だったので、胸中に淀んでいた澱がその勢いで蒸発するくらいだった。
放心。
意図せず頭がクリアになる。
すると涙が出てきた。
でもそれは、先ほどまでの涙とは違う。
まるでその一滴にすべてのわだかまりが集約されているような――。
「すみれ……すみれっ」
封じていた彼女との記憶が、呪いとしてではなく思い出としてフラッシュバックしていった。様々な場面……図書館で一緒に勉強したり、本の話をしたり、喫茶店で涼んだり、彼女の戦いを見守ったり……まるで走馬灯のように映像が移り変わっていった。
でも私は死なない。いや、死ねない。そんなの許されていない。
泣いてちゃ、ダメだ。
私は大きく鼻をすすって鼻水を引っ込め、服の袖で涙を強引に拭いた。
私はすみれのヒーローとして、できることを考えなければならない。
すみれはあの日、どうやって窮地を退けたんだっけ?
『わたしの全部を懸ける』
『次の魔法に、すべて注ぎ込む』
そのとき、これまで私が見聞きしてきたすべてのことが一瞬のうちに浮上し、取捨選択され、一本の線に繋がり――ひとつの解を導き出した。
すみれとの出会い。契約。私が〝8人目〟になってしまったこと。手にした力。彼女の代償魔法。
善いも悪いも含めて不要な出来事なんてひとつもなかったんだと認めることで、初めて見えた景色。
――そうだ!
私は俯けていた顔を上げた。
「いいかい、人生は山あり谷ありと言う。いまこの瞬間が人生の谷底だと言うのなら、それはこれから上昇する一方であるということを意味しているんだ。すべてを諦めるにはまだ早い。いや、言い方は悪いかもしれないが、それは生意気と言わざるを得ないな。まるで大人ぶって背伸びをした子供の厭世観だ。そう、きみはまだ若く、世界を知らない。だからいまこの瞬間こそがすべてに感じるだろう。しかし、これからたくさんの出会いがきみを待っているんだよ。きみにとって大切な人は、いつかまたきみの前に現われるんだ。そんなものは希望的観測に過ぎないって? ふふ、そうかもしれない。だが、希望的観測で結構。それは絶望よりはるかにましだ。絶望というのは、誰も未来を知りようがないという点でそもそも意味がなく、根拠がないわけだから希望的観測と絶望的観測はさして変わらない――」
「あの!」
いつの間にかくどくどと続いていたロイのどうでもいい説教を、私は遮った。
ベッドから立ち上がって、言う。
「朝比奈さんにお願いがあります」
絶望の手前で見つけた、起死回生の一手。
すみれが繋いでくれた希望――。
「おお、私の激励が小春の心に届いたのだな!」
「え、あれでですか!?」
「……」
そんなわけないだろ、と言いかけた。