【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
空にうっすらと日の色が滲んでいる。
朝が近い。
すべてが終わる朝か、それとも――。
私は塔の中に朝比奈さんが入っていくのを離れた場所で見守っていた。
しばらくして、朝比奈さんが塔から脱出する。その両腕に私を抱えて。
朝比奈さんの後を追って、ねむりちゃんが塔から出てきた。その後、薫ちゃん、三鷹さん、アリスちゃんが続々と現れ、遠くへ消えていった。
私は再び蒼生円蓋塔の地に降り立った。
中にはすみれの亡骸があるほかには誰もいない。
私が朝比奈さんに頼んだことは、ねむりちゃんを塔から遠ざけることだった。
楪さんの『変身魔法』で私を装ってもらい、朝比奈さんの脚力で逃げ回る。そうしているあいだ、ねむりちゃんは塔の中のできごとなんて気にしないはず。
ねむりちゃんの能力は未知数で、対峙するには二人でも危険が大きい。薫ちゃんや三鷹さん、アリスちゃんは「もしも」にそなえて二人についてくれている。
すみれの前に立った。
その綺麗な顔をじっと見つめる。
様々な感慨が溢れてきたけど、いまは封じ込める。
朝比奈さんたちが時間を稼いでいるあいだに、私にはやらなくてはいけないことがある。
ロイが口を開いた。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「すみれを蘇生する」
「蘇生……? それは神の領域だ。いったいどうやって……」
「私の《願い》をここで使う」
少し間が空いた。
ロイは唖然としているようだった。
「きみは《願い》を保留していたのか? だが――」
ロイが言いづらそうに語尾を濁したので、ロココが続きを引き取った。
「《願い》でどんな望みも叶えられるわけじゃない。《願い》はあくまで契約に対して対等かそれ以下の望みしか叶えられないんだよ。人を生き返らせることなんて、もちろん不可能だ」
その口調は皮肉っぽくて、私の心を折ろうとする意図があるようにも思える。
やはりロココは悪意の存在なのだろう。
だけど、ロココの言ったことはとっくに想定済みだ。
「そうかもしれない。でも、もしそれに見合う対価を追加で払ったとしたら?」
それは、すみれの『代償魔法』から得た発想だった。
すみれの『代償魔法』は、言わば魔法少女の契約そのものを魔法にしたようなものだ。
逆に言えば契約は『代償魔法』のようなものとも言える。
私たちは魔法少女への憧れから目が曇り、その宿命を背負うことの過酷さを過小評価していた。
本当は「魔法少女」になるということはとても重たい代償で、ゆえに対価はどこまでも大きい。
つまり『契約』とは代償と引き換えに《願い》を叶えてもらう制度。
その代償を大きくすれば、通常の『契約』では叶えられない大きな《願い》が成立するのではないか、というのが私の考えだ。
「人の生死は対価の量で何とかなる問題じゃないよ。それは禁じられているんだ」
想定外の事実。
対価の量が問題ではないとすれば――どうすればいい?
額に脂汗が滲んだ。どうにもならないのだろうか? いや、希望を捨てるには早すぎる。考えろ。考えろ。私はどうすればいい?
とっさに苦肉の策が浮かぶ。
「だったら、直接蘇生するのはやめる。代わりに、回復魔法を強化してもらうよ。すみれを生き返らせられるくらいの強力な魔法にすればいい」
「なるほどね。確かにそれは禁じられてはいないかもしれない。だけど、それほどの魔法……一体何を対価にするっていうんだい?」
「魔法少女――ううん、〝8人目〟としての力すべてをこの一回の魔法に込める」
本当は私の命を使ったっていい。
でも、きっとすみれはそんなこと望まない。
すみれが目を覚ましたあと、私が身代わりになったことを知ったら、絶対に彼女は自分を責める。
それは私の望むところじゃない。
「力をすべて失う代わりに、一回きりの魔法強化、か……」
はっ、とロココはせせら笑った。
私を嘲るように、
「そんなんじゃまだ足りないよ」
と言った。
私は拳を握りしめる。
甘かった――か。
そうだ。
あのときすみれは言っていたじゃないか。
『わたしの全部を懸ける』
『次の魔法に、すべて注ぎ込む』
なら。
私も、正真正銘のすべてを懸けなければならない。
私がいなくなることですみれは自分を責めるかもしれない。それは大いに避けたい事態なのだけれど、最悪なのはすみれを蘇生できないことだ。
命に対して命を使う。
これぞ確実な等価交換ではないか。
「だったら、私の命を――」
「小春」
私の言葉をロイが遮った。
言いたいことは容易に想像がつく。
彼は言う。
「それは看過できない」
ほら、予想どおりだ。
「でも――」
「まだ懸けられるものはある」
懸けられるもの……。
静かに考える。
しかし、財産などの平凡な考えしか浮かばない。
そもそも私はロクなものを持っていない。
家や服や金くらいでは、すみれの命は買えないだろう。
それともロイはすみれの命をそのくらい安く見積もっているのだろうか?
困惑している私をよそに、ロイは不敵に笑った。
その姿に、かつてのすみれの姿が重なる。
不思議と素直にロイの意見を聞く気になった。
「ロイの言う、懸けられるものって?」
「それは――魔法少女としての力だ」
一瞬言っていることの意味が分からず、少し考える。
言葉の意味は分かったが、今度は意図が分からない。
私は肩を落とす。
「……? だから、こうして私の力を懸けるって――」
「そうではない」ロイは身体を振った。きっと人間であれば首を振るのに相当する動きだろう。「……幸い、と言っていいのか分からないが、今の私はフリーだ」
彼の言っている意味。
それはつまり。
「もしかして――」
「そうだ」
とロイは頷いた。
「如月小春。私と契約して魔法少女になってほしい」
※※※※
契約。
それを持ち掛けられたのは、これが人生で三度目だった。
一度目は携帯ショップで。
二度目は非常時にロココから。
空に魔人が泳ぎ、人々が正気を失った大通りで恐怖に膝を抱えている私に、彼は声をかけた。
「私と契約して魔人と戦ってほしい」
いまにして思えば、彼は「魔法少女」とはひとことも言っていなかった。
ただ、私が文脈を勝手に読み、それを魔法少女の契約と脳内補完してしまったがために、その誤解が生じた。
彼と契約し、さっそく魔法少女に変身したが、私の能力は守る一辺倒でロクに攻撃ができず、戦闘が長引いた。そのとき、薫ちゃんが現れた。私たちはお互いに驚いたが、すぐに協力して魔人と戦闘し、勝利を収めた。
そのときに薫ちゃんが言った。
「小春も魔法少女になったんだね!」
それが私の誤解を決定づけた。
私は〝8人目〟だった。魔法少女ではなかった。
そして今回が三度目だ。
今度こそ、正真正銘の魔法少女として。
携帯の契約については論外として、私はすでにロココと契約している。
だけど、それは――先ほど知ったことではあるが――魔法少女としての契約ではなく、〝8人目〟としての契約だ。
だから二重契約ではない――というのがロイの理屈だろう。
その道理が通用するかは分からない。
ともかく。
状況を打破するにはこれに縋るしかないのも確かだ。
〝8人目〟としての力、そして魔法少女としての力を掛け合わせて代償にすれば――すみれを生き返らせられるほどの『回復魔法』を使えるかもしれない。
私はロイの提案に対し、頷いてみせた。
「私を魔法少女にして!」
そのとき。
円卓を囲う調度たちの空いた空間に、新たな椅子が出現した。
それが意味するところはすなわち、契約が成立したということ。
全身に新鮮なエネルギーが満ち満ちているのが分かる。魔法少女になったことを自覚する。
新たに得た魔法と魔道具はないようだった。おそらく被ったのだと思われる。だが、その分より強力になったことが分かる。
試しに盾を出してみると、以前より大きな盾が出現した。
この力に《願い》を掛け合わせれば――。
「ロココ、これならどう」
私は期待を込めて言った。
だが、それでもロココの余裕は崩れない。
少し不安になる。彼は言った。
「残念だけど、惜しいね。まだ足りない」
まったく想定していなかったわけではないけれど、失望は大きい。ただ、ロイの機転によって増えた選択肢は出尽くしたわけではない。私は大声を張り上げた。
「なら、《願い》を掛け合わせるのは!?」
これでダメなら打つ手はない。
私は神に祈るような気持ちでそれを口にした。
いまだ返ってこないロココの答えは祝福か、それとも罰か。
宣告がくだる。
「――《願い》はそんなに都合のいいものじゃない」
「そんなっ!」
どうすればいい。
どうすればいい。
どうすればいい。
今度こそ万策尽きた。
苦肉の策すら浮かばない。
縋るようにロイを見た。
しかしロイは何も言ってくれなかった。
そう。
結局のところ、元の問題に回帰する。
「やっぱり、私を代償にするしか――」
「きみがすべてを背負う必要はない」
「だったらどうするの!」
この期に及んでまだ甘い理想論を宣うロイに、筋違いとは分かっているが怒りを抱いてしまう。
「私を使ってくれ」
頭に上っていた血が引いていき、全身が急速に冷却されていく感覚を覚える。
「ロイを……? だ、ダメだよっ! 私が犠牲になるのは看過できないのに、自分を犠牲にするのはいいって、そんなの欺瞞だよ!」
「先ほども言ったが、元はと言えば私の責任なのだ。償うというのなら、私の命で償うのが道理だろう」
「でも! そんなのすみれが悲しむよ……」
「きみがいなくなることのほうがよっぽど耐えられないさ。きみはすみれの親友だろう? 所詮、私は『
「だとしても、ロイは二年間すみれと一緒に過ごしてきたんでしょ。それってやっぱり大きいよ」
「彼女にはお灸をすえる必要がある」
「え……?」
こんなときだと言うのに、ロイはなぜか笑みを湛えている。
「自己犠牲で周りを悲しませてばかりいるすみれに、少しは我々の心痛を勉強させたいのだ」
それは……正直に言えば分からないでもなかった。
「それに――」
ロイはある考えを述べた。
上手く行く保証はないけれど、確かにそれですべてが丸く収まるかもしれない。
そんな考えがあるのなら、仕方ない。
私は乗り気ではなかったが、ロイに《願い》を告げた。
私の魔法少女としての力と〝8人目〟としての力、そしてロイの命を代償に、たった一度きり『回復魔法』を強化すること。
これでもまだ足りないことを少し期待したが、
《願い》を聞き届けると同時にロイは消えた。
そして私の『回復魔法』が極限まで強化されているのを感じた。
本当にこれですみれを蘇生できるのだろうか。
不安だけれど。
私はすみれの胸に手をかざして『回復魔法』を発動した。
それは天を切り裂くほどの強烈な輝きを放ち、夜明けの空にひときわ煌めく光の柱となった。
◇◆◇◆
気づくと真っ暗な場所にいた。
暗闇よりもなお深い暗さ――自然のそれではない。暗いというよりも無と言ったほうがいいだろうか。まるで世界のバグ。ゲームに本来存在しないマップを彷徨っているかのような感覚だ。恐怖が湧く。
俺は死んだのだろうか――?
最後の記憶を手繰り寄せる。
そうだ、俺は小春、薫、柚月の三人を相手にボロボロに負けた挙句、『代償魔法』を見誤って意識を手放したんだった。いくらなんでも馬鹿すぎる。
あのときは小春がいたので死ぬまではいかないだろうとたかをくくっていたのだが、こうして謎空間にいることを考えると、十中八九俺は死んだのだろう。
そうか。
死んだのか。
嫌だーーーーーーーーーーーー!!!
まだ死にたくないいいいいいいいいい!
俺はあくまで生きてあいつらを曇らせたかったんだよ!
だってそうじゃないとあいつらの反応楽しめないじゃん!
ヤダヤダヤダ! 死んだら全部おしまいだよ!
せめて! せめて俺が死んだあと皆がどういう反応したかだけ教えてよーーー!!!
てかここどこだよ!
俺は走り出す。
身体は闇に完全に溶けて輪郭すら見えないし、移動したところで視点は何も変わらないから本当に走っているのかすら分からない。そもそも身体なんて無いのかもしれない。
もしかして永遠にこのまま……?
だとしたら……これは罰なのだろうか。
いたいけな少女たちの心にトラウマを刻み込もうと悪意で動いた代償なのだろうか。
やばい。
しんどい。
誰か助けてくれ。
俺は神に祈った。
……その祈りが通じたのだろうか。
彼女は蹲る俺の頭上から、
その存在はこの世界の果てしない暗闇を晴らした。
俺を照らし、輪郭を与えてくれた。
彼女は身長よりも長い白髪を静かに揺らし、俺の前に降り立った。
物憂げに顔を伏せている。そうしていると、長いまつげがより強調されて、その美貌に神秘が宿った。
彼女が誰だか、俺は知らない。
だけど俺には彼女の正体が一発で分かった。
この神々しさ……。
それを持つ者は、おそらく世界にたったひとり。
今世の世界を生み出した、神に最も近い存在。
創世の魔法少女。