【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
原作アニメにおいて創世の魔法少女の正体は明かされていない。
ビジュアルブック等にもその姿はなく、その容姿や目的に至るまですべてが神秘のベールに包まれた存在だった。
もし彼女に出会えたら――ありえない仮定だが――俺は訊きたいことがあった。
それは『魔法少女は殺し合う』のファンなら誰もが抱く疑問だ。
「なぜ」
と俺は言った。
「魔法少女を殺し合わせた?」
正直いって、返事は期待していなかった。
あまりにも神秘。あまりにも偉大。
人間程度の価値観で測れる相手ではないだろうし、意思が通じるのかすら不明だった。
しかし彼女は答えた。
歌うように。
「始まりに意味なんてない。終わることにも意味はない」
「どういうことだ」
「あなたの世界は――あなたの時代の約138憶年前に誕生したとされているでしょう。ビッグバンを起こしたのは、誰の意志?
……誰の意志でもない。ただの現象。終末にしたって同じこと」
光があれば影が生まれるように、始まりなくして終わりはない。
始まることは、すなわち終わることを意味する
つまりこれらは表裏一体の関係なのだ。
創世が終焉を兼ねるのは自然――いや、それらがセットでないことのほうが不自然。
この世界を生み出した彼女を〝創世の魔法少女〟と呼ぶのなら。
終わりでもある彼女は同時に、〝終焉の魔法少女〟と呼ぶべきなのだ。
ゆえに彼女は、アルファでありオメガである。
「あんたはただの現象だって言うのか?」
答えはなかった。
彼女は、あらゆる人形作家が追い求めた完璧な相貌を冷たく俺に向けている――。
そこに感情はあるのか。
意思はあるのか。
それらの概念など、とうの昔に超越しているのではないか。
ふと、彼女が口元に小さな笑みを湛えた。
そこには美の戦慄とも言える凄みがあった。
全身が粟立ち、身構える。
そして、
「ぎゃはははははははは!」
創世の魔法少女は腹を抱えて笑った。
腹を抱えて笑った?
俺は目が点になった。
「いーひひひっ! どう、いまのめっちゃ神っぽくなかった? すげー神っぽかっただろ! 『始まりに意味なんてない。終わることにも意味はない』――だってさ! ぎゃはははは! 似合わね~! 誰だよお前ってーの!」
「あ、あの……」
俺は呆気にとられる。
これが創世の魔法少女?
神秘のベールに包まれた、作中最大の謎……?
この大口を開けて下品に笑っている女が?
「よっこらしょっと」
言いながら腰を下ろすと、いつの間にか座布団の上だった。「いつの間に」と言えば、いつの間にか俺も創世(以下略)も部屋の中にいた。
漫画やディスクの散らばった汚い部屋だ。
座布団の前には液晶テレビがある。テレビ台には複数のゲーム機が収められており、そこから延びる配線がごちゃごちゃしていた。
趣味以外にはとことん無頓着な人間、という感じの部屋だった。
「座れば?」
隣の空いた座布団を叩く。
俺は恐るおそる座った。
神の隣……。
「お前の活躍は上から見てたよ。お前、まじでキモいよ。キモすぎて面白かったわ」
まあ、自分が悪い人間だってことは自覚している。
面と向かって言われると傷つくが。
「お前みたいなやつが現れるなんてな~。こういう予想外なことが起こるから神生ってのはやめらんねえよなぁ」
「俺って予想外なのか? 全知全能なのに?」
「まあ、全部知っちゃうとおもんねーからな。自分で自分に縛りかけてんのよ。お前みたいなのがネタバレされねーよーに」
創世はリモコンを取ってテレビを点けた。芸人が漫才をしている。
それを観て創世がゲラゲラ笑った。すべて知っているなら、ここまで屈託なく笑うことはできないだろう。
「あんたにとって世界が面白いものなら、どうして終わらせようとしたんだ? お気に入りのおもちゃをわざわざ壊すような真似だろ」
「面白いってことにも飽きたのさ」
漫才のキレが増し、盛り上がりが佳境を迎えたところでチャンネルが変わる。
「だからって、積極的に終わらせにいく理由にはなってないだろ。愉悦が趣味なのか?」
「愉悦? ああ、お前らの言葉ね。そんな低俗な趣味はねえよ。ただ、おもちゃで遊び終わったら普通は片づけるだろ? 同じことだよ」
「この部屋汚いじゃん」
「うるせーーーー!」
創世に背中を叩かれた。
痛い。
「最初に似たようなこと言ったけどさ、そもそも世界を創ったのにだって深い意味があったわけじゃない。なんとなく思いついたからそうしたってだけだ。だったら、終わらせるのにも深い意味なんていらないだろ。
ただ、何かを始めたり創造したりするときにゃ、終わりもセットにするのが私にとって自然な感覚だったんだよ」
……そんな理由で?
いや、理由にすらなってないじゃないか。
「だからって積極的に終わらせようとしたわけじゃないよ? 単に終わりの機会を用意してやっただけだ。魔人という滅亡ルートを常設しつつ、ダラダラと世界が延命してマンネリ化するようであれば〝8人目〟という滅びの活性剤を投入する。それだってお前らの努力次第では回避できるようになってる。ただ創ったときに終わり方を設定しただけで、あとはお前らの自主性に任せてんだよ、こっちは。
……まあでも、終わらせるのがほんのちょっと惜しく感じる程度には、お前のキモさは新鮮に面白かったぞ」
「そ、そうですか……」
別に嬉しくない……。
「どうしてお前がそんなにキモいのか、確かめてやる。
ん、全知全能アイ~」
言って、彼女は指でわっかを作り、それを通して俺をじろじろと眺めた。
「ピロピロピロピロ……ふむ、きみは異世界からの転生者だな」
「あ、はい」
「えーっ! この世界ってアニメだったの!? ふわぁ……ってことはあちしもアニメーターが描いたただの線なんだ……ぐすん」
なんたるメタ発言。
まさか自分がアニメの登場人物であることを自覚するとは……さすがにこの世界の神様的存在ってところか。
ってか原作アニメの創世は、自分がアニメの登場人物だと自覚できていたのかなー。
全知全能と設定されているのなら、メタな領域まで知覚できていてもおかしくないわけだが。
そう考えるとなんか面白いな。
スタッフは何を思って彼女というキャラクターを設定したのだろうか。
「おみゃーさ。この世界にぜんっぜん敬意とかないよな」
「え?」
なんだ突然。
彼女は腕を組み、ひとりでウンウン頷きながら勝手に続ける。
「そら分かるよ。おみゃーにしてみればアテクシやこの世界、それにあの魔法少女たちにしたってみぃーんなアニメの世界の登場人物にすぎないもんな~。それを知ってて全部を俯瞰してる自分は、他人の運命さえ意のままに操れると……神に対してさえ優位に立てるのだと、そう考えちまうのも理解できるぜ」
唐突に、彼女はククク……と笑い出した。
含みのある不気味な笑い方だ。
「舐めてるよなぁ……」
ゾクリとした。
脳が危険信号を発していた。取って食われる、そんな原始的な恐怖を感じた。
俺は知らぬ間に虎の尾を踏んでしまったのか?
「でも仕方ないか。お前は
「あのこと? ……あ、あのことってなんだよ」
「うん? 聞きたいのかい?」
創世はニヤニヤと笑っている。
聞かないほうがいいのかもしれない。しかし彼女はすでに口を開いていた。待ったをかける間もない。
「いいぜぇ、教えてやるよ。ちょっくらショッキングかもしれんがな。
つまりさぁ、お前は前世ってやつを信じてるだろ。信じてるよな? 信じてるはずだ。信じてるって言え! ……そこにアイデンティティを見出して、後生大事に抱えてるようだけど――それが私が植え付けた偽の記憶だってこと、いちどでも疑ったことがあるのかい?」
世界が大きく揺れた。
確かだと信じていた足場が土台から崩れ落ちた。
それはまさしく天変地異だった。
偽の記憶、だと……?
前世の《俺》は、初めから存在しなかった……?
つまり、俺はただの橘すみれということ?
だったら、《俺》っていったいなんなんだ!?
「初めはただイレギュラーを投入してみたかっただけなんだ。そしたらさぁ、お前はそれが偽の記憶だとも知らずにありもしない原作知識とやらで他者をメタったつもりでいらあ――滑稽で滑稽で堪らなかったよ。面白い見世物だったぜ」
「そんな――俺は――」
愕然とする俺を
立場を理解させられた。
彼女はこの世界の神で。
俺はただのすみれ。
呆然としていると、くすっという声が聞こえた。
創世を見ると、彼女は耐え切れないというようにゲラゲラ笑い出した。
ひーひー言って、目に涙を浮かべて、
「うっそぴょーん! やーい騙されてやんのー」
と舌を突き出した。
「は、はあ?」
「だってお前が私のこと舐めてくんだもーん。ちょっちブチーってきてぇ? アハハハハ」
俺の反応がよほど面白かったのか、彼女は再び腹を抱えてケラケラ笑い出す。
少し余裕を取り戻し、「やれやれ、タチの悪い冗談が好きな神様だ。なんで製作者はこんな底意地の悪い神さまを生み出したのかな」なんて思いながら眺めていると、怖いくらい急に笑い声がやんだ。
「だからさぁ、いい加減理解しろよ。お前がどこから来ていようがよぉ」
その顔に表情はなかった。
「てめえのちっぽけな自我なんざこっちの機嫌次第で簡単に吹き飛ばせんだよ」
鼻と鼻がくっつきそうなくらいに顔を寄せる。
俺は息が止まる。
「分かったかバカが。あんま調子乗んなよボケ。舐めてっと殺すぞカス」
冷汗がダラリと垂れた。
射殺さんばかりの視線で俺を圧倒する創世の魔法少女。突如、その
「なんちって! ウリウリ! 顔色悪いぞ~!」
創世の魔法少女が俺の肩を揺さぶった。
なんとか声を絞り出す。
「……ぁ、ああ」
金縛りが解けた直後のような心地。心臓が大きく鼓動している。
「あはっ。こんな
そうだ!
「俺の死後、皆はどうなった!?」
「んふふ~、そう焦るでない。いま見せてやるから」
リモコンを手に取り、チャンネルを切り替えると、小春たちの姿が映った。
「曇らせ
創世は柿の種をつまみ始めた。
俺は柿の種なんかどうでもいい。テレビに張り付いて小春たちの姿を目に焼き付ける。
映像を見るに、俺は意識を手放した後も小春の『回復魔法』によって辛うじて生きていたようだ。
だが、ライカ一行が到着し、『回復魔法』を打ち切るしかなくなる。そしてアリスの『吸収魔法』によりトドメを刺される。
ほんのつかの間、後味の悪さと疲労感にも似た安堵に包まれる一同だが、椅子が減ったことに気づくと事態が一変する。
俺が〝8人目〟でないことを悟ったのだ。
場は完全に混乱状態。特に小春、柚月、アリスの精神的ショックが目立つ。ねむりは健気にも俺を揺さぶり続けていて、哀れさが引き立っている。
「ははっ、あはははは! あはははははっ! やった! やったぞ! 成功だあ!」
俺は満面の笑みで創世の魔法少女を見る。創成は顔を引きつらせてドン引きしていた。構わずハイタッチを求める。いちおう応じてくれる。
「いえい!」
「い、いえー……」
俺は再び画面に集中する。
第一次曇らせ期間が終了し、ロイのターンが始まった。
ロイに憶えさせた俺の不審な行動の言い訳もとい説明を魔法少女たちに開陳し、罪悪感を掻き立てる。目論見どおり誰もが表情を曇らせ、己の過ちを知る。
わはははは!
どうだっ! お前らが寄ってたかって追い詰めた少女は、皆のために頑張っていた健気な女の子だったんだぞ! 見たかこの野郎!
「ふひっ、ふひひっ」
「よだれ出とるがな」
おっといかんいかん。
俺は口元を拭い、更なる曇らせの高みを目撃する。
小春が俺との記憶を思い出したのだ。
一年前、俺は小春と偶然出会った。
俺はこの出会いを曇らせに利用できるのではないかと考え、彼女と親交を深めた。
そしてあるとき、通常であれば労なく倒せる魔人を相手に手抜きで戦い、あえてピンチに陥って見せる。
そして小春の記憶を代償にして魔人を倒した――と見せかけて、『代償魔法』により小春の記憶を奪った。小春が記憶を失ったのは、代償としてではなく代償の対価としての結果だ。さらに俺は、魔法少女同士の殺し合いの中で意識を失う以上の怪我を負った場合に、時間差で小春の記憶が復活するように設定した。
時間差をつくったのは、小春が記憶を取り戻す前の「素材本来の曇らせ」を味わうためだ。俺が倒れると同時に記憶を思い出す設定だと、曇らせは一回しかない。だが時間差により段階をつくれば曇らせは二回楽しめる。
ロイが「どうしていまさら――いや、そういうことか」と独り言ちているのは、いまさら俺の仕込みに気づいたからだろう。遅いぜ、ロイ。
ここまで来るとやっていることは全体への曇らせと言うより小春を標的とした曇らせだ。
皆の目は小春に対し同情的な色を帯びている。
だが、まだだ。
俺と小春はまだまだ突き抜けるぞ。
小春の底力はこんなもんじゃない。彼女はもっともっとも上を目指せる。
そう、〝8人目〟の正体だ。
ロイにはきちんと〝8人目〟の正体を明かすまでの話の順序を伝えてある。曇らせがもっとも効果的になるような組み立てをな。
そして、満を持してロイが〝8人目〟の正体を――言った!
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は勢いよく立ち上がり、拳を固く握りしめた。
最高だ……最高だ……。
ロイの告白により、小春は事態が理解できずに呆然としている。
そしてその呆けた顔が絶望に変わった瞬間、俺の興奮はピークに達した。
「う、美しい……」
本心からその言葉が漏れた。
原作アニメのラストシーンに匹敵する素晴らしい表情を堪能できた俺は、地縛霊ならこれで千回は成仏できるであろう満足を得た。
ああ、如月小春……。
きみは俺の最高傑作だ……。
ありがとう……ありがとう……。
産まれてくれて、本当にありがとう……。
「き、キモすぎるぅ……」
いまの俺は菩薩よりも寛容な心で隣の不躾な言葉を聞き流せる。
それから事態はねむりの乱によって混迷を極めた。
ねむりが小春の命を狙い、しおが小春を逃がし、柚月とアリスとライカがねむりを止める。
そして蒼生円蓋塔から小春を脱出させた。
そこで映像は終了する。
「――と、顛末はこんなところかな。どう、満足したかい?」
「ん。ああ、満足だ。これで思い残すことなく逝け――」
ねえわ!
死にたくねえ!
「あのぉ、俺ってこれからどうなるんでしょうか?」
「さぁ? とりあえずわしからのサービスはこれで終わりじゃ。あとはそーじゃのぉ……ここから出て行って、通常どおりの死者コースを辿ってもろて」
「通常どおりの死者コースって?」
「無☆」
やだーーーーーーー!!!
俺は創世の魔法少女に向かって平身低頭、媚びっこびの猫なで声を上げた。
「あのお~。創世の魔法少女さまの神的包容力を見込んでお願いがあるのですが……」
「ああ、皆まで言わんでよい。言わずとも我にはすべて見えておるわ。お願いってーのはあれだろ、結界のことだろ?」
「違うわ!」
俺を生き返らせてほしいんだよ!
「いまの機能低下した結界では、自分がいなくなったあとの将来が不安で死んでも死に切れんと言うのか……まったく、見上げた若者だ」
「ちーがーう! 俺を生き返らせてくれって言ってんの!」
「本心は分かっている! なんという自己犠牲だろうか。きみは私を楽しませてくれた。その礼に生き返らせてくれと言われれば喜んで生き返らせてやる予定だったのだが……自分よりみなの心配が先立つとは……分かった! お前の心意気に免じて結界を直してやる!」
「結界とかクソどーでもいいんだよ! 俺が生き返ることに比べればよおおお!」
「諦めろ。私はサービスで生き返らせてやるほどお前を特別視してねえよ。
急速に意識が遠のいていく。
「まあ安心しろ。結界は本当に直してやる。私の『結界魔法』は人間が使うそれの比じゃねえぞ。人間の世もしばらくは安泰だ。
本当のところ世界の破滅なんて今日だろうが一兆年後だろうがどっちでもいいんだ。なんせ私は今いてかつていてこれから来る者。創世も終焉も私にとっちゃいま起きているし、すでに終わったし、いつか始まることでしかないんだからな」
その謎めいた独白を耳にしたのを最後に、俺の意識は完全に消滅した。
◇◆◇◆
ゆっくりと目を開けた。
俺は無に帰ったんじゃないのか?
それともこれは――二度目の転生だろうか。
一度起きたことだ。二度目もありうる。
少しずつピントの調整がなされていくにつれ、俺のツラを覗き込む誰かの顔が視界の半分以上を埋め尽くしていることに気づく。
おっ、俺の新しい母親か?
じゃあおんぎゃあって泣いてやんねえとな。
おん――
そのとき、俺の頬に雫が垂れた。
俺の涙じゃないぞ。
俺の顔を覗き込んでいたのは――小春だった。
「すみれっ!」
と俺は抱きしめられた。
俺の肩にあごを乗せわんわん泣きじゃくる小春。
これはいったい……。
戸惑っていると、空から六人の魔法少女たちが現れた。
皆が目を見開いて、俺の生還を驚いている。
そりゃそうだ。俺だって驚いている。俺は死んだはずじゃなかったのか。
もしかして、小春がなんとかしてくれたのだろうか?
そういえば小春は《願い》を保留していたし、それで俺を生き返らせたのかもしれない。記憶によれば人間を生き返らせることはできなかった気がするが(それができるなら薫は弟を生き返らせている)。
「すみれっ、ごめんね! すみれのこと信じてあげられなくて! 理解してあげられなくて!」
俺は戸惑いつつも、求められているすみれを演じて見せる。
「いい。過ぎたことだから」
どうだ、お前が欲しいのはこれだろう?
生き返らせてくれたお礼に、もっとサービスしてやるぞ。
「それよりも、わたしこそごめん。皆を怖がらせて。
それと――ありがとう」
とりあえず小春の背中を何度もさすって落ち着かせて、俺は立ち上がった。その瞬間ねむりが勢いよく抱き着いてきたので俺は後ろに倒れそうになる。なんとか踏ん張ったが。
ねむりは俺の腰にギュゥゥゥっとしがみついて離れようとしない。仕方ないのでそのままにしてやる。
ふとライカと目が合った。
ライカはいったんバツが悪そうに目を逸らしたが、胸に手を当て、スゥーと大きく息を吸い込むと、
「すまなかった!」
ハッキリした声で謝罪し、土下座までした。
ちょっ!
「お前を死なせてしまったのはあたしの落ち度だ――いいや、お前を殺したのはあたしだ。どういうわけか生き返ったみたいだけど、だからといってお前を追い詰めた罪が消えるわけじゃない。なにをしても償えないけど、なにをしてでも償わせてほしい」
「あ、アリスもっ!」
アリスも加勢した。
彼女は土下座こそしなかったが、深く頭を下げて、
「あなたを殺したのはアリスなの! だから償わなきゃいけないのはアリスのほうよ!」
さて。
すべてはマッチポンプなのでとうぜん俺は怒っていないし、怒っていない以上は許すも許さないもない。
とはいえそんな事情を説明できるわけがない。説明できない以上、対外的には彼女たちは俺に対し非常に大きな過ちを犯したわけである。
ならば俺も態度を決めなければならない。許すか許さないか。それを宣言する必要がある。
問題なのは、どちらのほうがより曇らせポイントが高いかだ。
許さないを選択すれば、彼女たちは一生後ろめたい感情を抱えて生きていくことになるだろう。
――本当にそうか?
案外ひとつの感情を維持し続けるのは難しい。俺がここでつっぱねて彼女たちに精神的ダメージを与えるとしよう。だが、それは一時的なものに過ぎない。
最悪、彼女たちが贖罪と称して自死を選んでしまえば、その罪悪感は長く続かなかったことになる。
許すほうがいい。
そのほうが「こんないい子を追い詰めてしまったんだ」という罪悪感で苦しんでくれそうだ。
それに関係を修復して、今後も付き合いを続けたほうが折を見て新たな曇らせを楽しむことができる。
まあ一番はキャラの問題だけどな。
俺の目指す「不器用なミステリアスキャラクター」は、こういうときにすべてを水に流してやる人間なのだ。
「もう、いいよ。結果オーライだし。それに、皆が笑ってすごせる世界が、わたしの目指していたものだから」
ライカが顔を上げた。アリスはよっぽど不安だったのか、俺の返答を聞くと脱力し立っていられなくなった。その場に膝をつく。アリスの肩をライカが叩く。
薫が近づいてくる。
こいつも謝罪か。まあ俺に剣を突き立てたもんな。
口を開こうとしているので、機先を制して言ってやる。
「あなたも、いいよ。わたしも前に魔道具であなたを切りつけた。それでおあいこ」
「お、おあいこって! こっちは剣で突き刺したのに!」
まあまあ、今後剣を出したときに過剰に怯えたふりをして曇らせてやるから、あんま気にすんなって。
要らんと言っても薫は謝罪した。気が済むのならそれでいい。
ふと、柚月がいないことに気づく。
さっきまではこの場にいたような気がするのだが……。
おそらく謝罪からの許しの流れを見て、自分には許される資格がないとかそんなことを考えて行方をくらましたのだろう。なんか俺にめっちゃ執着してたし……。
そこへ、しおが現れた。
いなくなったはずの柚月を連れて。
「離してください! ぼくはっ、すみれに会う資格が――」
「今ちゃんと向き合わないと、きっと一生後悔しますよ」
一生後悔してもらってもいいけどなー。
柚月と相対する。
彼女は俺と目が合わせられないようで、真っ赤な顔を伏せてときおりチラチラ俺のことを見る。
「あっ、ああっ、あのっ、ぼ、ぼく……」
頑張れ~。
「すっ、すみれに酷いことしてっ……ごめんなさいっ!」
最後にしっかりと俺の目を見て、頭を下げた。
「あなたとは色々すれ違ってしまったけれど、誰よりも粘り強く対話を求めてくれたのはあなただと思う。だから、ありがとう」
顔を上げた柚月の目には涙が溜まっていた。それがボロボロと零れ落ちる。
「うう……」
柚月は声を上げて泣き出した。
うーむ。彼女はいちおうライカの次にお姉さんキャラだったはずだが……まあよっぽど気に病んでいたということだろう。
さて、これで必要な清算はすべて終わったかな。残ったしおは最期まで無害だったので、特に清算することがないし。
どうだロイ、ぜんぶ完璧に丸く収めてやったぞ。
この結果には文句のひとつもあるまい。
そう思いロイの姿を探すも、見つからない。
そういえば、目が覚めたその瞬間からいなかった気がする。
不思議に思い、俺は誰に言うでもなく訊ねた。
「ロイはどこ……?」