【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい!   作:k-san

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それから(終)

 ロイはいなくなってしまったらしい。

 

 俺を蘇生するために、ロイを代償にしたのだと小春は語った。

 

 椅子を数えると6つしかなかった。

 メンバーは8人全員そろっていて、欠けている人物はひとりもいない。

 

 俺は試しに魔法少女に変身しようとしたが、できなかった。

 

 自力で蒼生円蓋塔から出れなくなったので、ねむりに引っ張り上げてもらって、俺は家路についた。

 

 自室は空っぽだった。

 

 ロイはどこにもいなかった。

 

 ◇◆◇◆

 

 炎天下、俺は市立図書館で小春と薫に会った。

 いろいろあって忘れていたが、いまは夏休みの真っただ中である。

 三人で夏休みの宿題を持ち寄って勉強会を開いたのだ。

 二人とは違う中学だが、まあ内容なんて似たり寄ったりだろう。

 

 こうしてみると、まるで普通の女の子だな……。

 

 ……いや、もう普通の女の子だ。

 俺と小春は、いまや何の力も持っていない。

 

「新しい魔法少女は見つかったの?」

 

 と薫に訊く。

 

「まだ。見つかってないわけじゃなくて、そもそも増えてないみたい」

「そう……」

 

 俺がいなくなったことで空いた枠は、まだ埋まっていなかった。

 欠員が出ているあいだ、ひとつの区画が魔人に対して無防備になる。いまはほかの魔法少女が協力してその穴を埋めているが、新しい魔法少女が早く見つかるに越したことはない。

 

 6人の魔法少女たちは、いまは結束して活動を続けている。

 次なる〝8人目〟にそなえてだ。小春に悪意はなかったが、次の〝8人目〟も同じように悪意がないとは限らない。再び〝8人目〟のような存在が現れたとき、魔法少女同士で連帯しておけば対策が打てる。

 

 それに今回の騒動で得た教訓を次の世代に伝えることができる。俺ら世代が全員いなくなったあとに再び〝8人目〟が現れれば、悪意があるとないとに(かか)わらず同じ悲劇を繰り返すだろう。

 だから6人には頑張ってほしい。俺も陰ながら応援している。

 

 魔法少女の世間話を続ける。

 

「二人は連携して戦ってたんだよね? どう、一人での戦いは慣れた?」

「全然。このまえ小春と一緒にいるときに魔人が来てさ……後ろに小春がいるからつい『盾!』って叫んじゃった」

 

 小春と一緒にくすくす笑った。

 こんな日常にほっとしている自分がいるのにびっくりだ。

 

 

 

 しおとアリスは金持ちだ。

 

 しおは単純に実家が太い。アリスは《願い》によって財産を得た。

 以前しおの実家に招かれて、そこで意外なお嬢様っぷりを見せつけられたのだが、そのことで対抗意識を燃やしたのだろう、アリスが俺としおを屋敷に招いた。

 

「ふっふっふ! どう、アリスも立派なお嬢様なのよ!」

 

 アリスが腰に両手を当てて胸を張る。

 何か言ってほしそうだが、正直言ってコメントに困った。

 アリスの屋敷の内装は端的に言って趣味が悪い。とにかく金にものを言わせ、ゴテゴテした派手な調度で部屋のすべてを埋めている。しおの家にあった気品がここにはないのだ。

 

 成金の屋敷……と言ったら成金に失礼だろう。とにかくそのくらい趣味が悪い。

 

 俺が所感を言いあぐねていると、

 

「すっげー……。全部輝いてるっすねー」

 

 としおが呟いた。

 確かに輝いていると言えば輝いている。

 というか金ぴかが多すぎるのだ。眩しい。普通に生活するには鬱陶しすぎる。

 アリスはしおの言葉を良いように解釈したようで、満面の笑みを浮かべた。

 

「でしょう! やっぱり分かる人には分かるのよ!」

 

 上機嫌で俺たちをリビングへ通し、「お茶を淹れるわ!」と言って元気よく出て行った。

 

 遠くから、モノが落ちたり割れたりする派手な音とともに「何よこれ!」という怒号が聞こえる。俺としおは顔を見合わせた。しばらく「ふざけんじゃないわよ!」「アリスを舐めないで!」などとやや将来が心配になる独り芝居が続き、やがて三つのティーカップをもってアリスが現れた。

 

「紅茶を淹れたわ! ありがたく飲みなさい!」

「なんていう紅茶?」

 

 気になったわけではないが適当に話題を振るつもりで訊くと、アリスはごにょごにょ言いながら目を泳がせた。

 

 あっ……。

 

「とっ、とにかくいいやつよ!」

 

 苦し紛れに誤魔化すアリスの横で、しおが、

 

「ダージリンですねー!」

 

 と香りを嗅いで言った。

 

 カップを持つ手つきは完全に慣れたものだ。とても様になっている。

 

「そう! それよ! ダージリンよ!」

 

 アリスが同調した。

 

 ダージリンって高いやつだろ?

 とりあえず値段だけ見て買ったな……。

 

 俺はしおの見様見真似でカップを持つ。

 たしか取っ手の輪に指をかけちゃダメなんだったよな。取っ手を指でつまむようにして持つのがマナーだと漫画で読んだことがある。

 

 だがやってみるとこれが結構難しい。指だけではカップが重く感じて、過剰に力が入ってしまうのだ。

 ひとり悪戦苦闘しながらちらりとアリスに目をやると、アリスはマナーもへったくれもない湯飲みのような持ちかたで紅茶をズズズと啜っていた。

 

 この調子だとスプーンやフォークや箸をグーで握りしめて使っていそうだ。

 想像すると、胸がキュッと締め付けられるような切なさに襲われた。

 

 この子は俺が幸せにしてやりたい……。

 この子の不幸は見たくない……。

 

 しおは相手のマナーなどいっさい気にした様子もなくニコニコとアリスと雑談していた。

 

 なんというか……しおってめちゃくちゃ尊敬できる人物だよな。最近気づいたんだけど。

 

 いかんいかん。

 ぼけっとしていると紅茶が冷めてしまう。

 紅茶に凝るほど興味はないが、最高級の紅茶の味はどんなもんかと確認したがる最低限の好奇心くらいはある。

 

 俺は一口を含んだ。

 

 ぬるい!

 

 アリスのやつ、湯をしっかりと沸かさなかったな!

 

 成分が抽出できていないから美味しくないし、香りも全然立っていない。

 よくこれでダージリンと分かったな、しお……。

 

 なんというか、アリスには優しくしようと思った。

 その後もアリスなりのもてなしを受ける中で、そうした決意はどんどん強くなっていった。

 

 

 

 アリスの屋敷を後にし、しおと別れて帰路につくと、車道から声をかけられた。

 バイクが路肩に停まり、運転手がヘルメットを脱ぐ。

 ライカだ。

 

「お前ってちゃんと生活してんのな」

 

 と面白そうに言う。

 そういう感想が出るということは、これまでのミステリアスロールは奏功していたようだ。

 

「どこ行くんだ?」

「家」

「送るよ」

 

 ライカがケツを前に詰めてスペースを作った。

 俺はすこし迷ったが、彼女なりに心を開こうとする努力が垣間見えたのでお言葉に甘えることにした。

 

 ライカは年長ということもあって、〝8人目〟騒動の際は皆のまとめ役になっていたけれど、本来はそういうタイプではない。

 設定資料集を読んで知ったことだが、昔は魔法少女たちにも相互扶助(そうごふじょ)の場があり、駆け出しの魔法少女だったころはライカもそこに参加していたらしい。

 しかし魔法少女は命懸け。

 気づけばライカ以外の魔法少女はいなくなり、魔法少女互助会は自然消滅。それからライカは仲間を失うくらいなら最初から独りでいるというスタンスを形成した。

 

 しかし〝8人目〟騒動の反省から再び魔法少女互助会は結成された。ライカと俺以外にはそれが「再結成」であることは分からないが。

 

 なんだかんだあったが、結局ライカが年長と言うことで、引き続き会のまとめ役を担うことになったらしい。

 これからは彼女も積極的に協調を学んでいかなければならない。

 俺に声をかけたのも、そういう一環だったのだろう。

 

 頑張れよ年長。俺もさりげなくサポートくらいはしてやるぜ。

 

 ライカは俺の頭にヘルメットを被せた。

 

「……三鷹さんのヘルメットは?」

「あー。そうだな、じゃあ」

 

 彼女は独り言ちると、魔法少女に変身した。

 

「これなら危なくねーだろ」

 

 と笑い、バイクを発進する。

 

 ……これ、傍からはどういうふうに見えているんだ?

 魔法少女に変身している最中は、俺や小春のように素質がある人間は別として一般人の目にはその姿は映らない。

 

 俺はライカの胴に腕を回しているが、周りにはライカの姿は見えないので……ハンドルを握らず腕を組んでバイクに乗っている女子中学生に見える……のだろうか。

 

 鉄雄……?

 

 

 

 家につき、本を読んだり夕食を食べたり風呂に入ったりしているうちに就寝時間となる。

 ベッドに潜って携帯を見ると……柚月からメッセージが来ていた。

 

『今何してます?』

 

 一時間以上前のメッセージだった。

 柚月とはこうしてチャットアプリで連絡を取り合っている。

 

 死の淵から(というより死の向こう岸?)生還を果たしたあの日以来、柚月と対面したことはない。

 柚月は一連の出来事を誰よりも深刻に受け止めているようで、俺に合わせる顔がないのだと思う。

 それでもこうして携帯越しにやりとりをする分には元気そうだった。

 

 俺は少し考えて文章を打ち込む。

 

『メッセージを見ている』

 

 自分で言うのもなんだが、中々つまらん冗談だ。

 送るのとほぼ同時に既読がついた。

 

 早っ!

 

『ぼくもです』

『奇遇ですね』

 

『これを奇遇とは言わないと思う』

 

『そうですか』

『実はぼくもそうだと思っていたところです』

『ぼくたちって気が合いますね』

 

『そうだね』

 

『すみれもそう思いますか?』

『やっぱりぼくたちって相性バッチリですね!』

『すみれは運命って信じますか?』

『ぼくは運命ってほんとにあると思います』

『何十億と人間が住むこの広い世界で、人と人とが出会うことって奇跡じゃないですか』

『多様な人たちがいる中で、誰かと相性が合うってこともすごい奇跡ですよね』

『相性バッチリな人との出会いって、いわば奇跡と奇跡の掛け算なわけですよ』

『つまり運命です!』

『運命ですよね?』

 

 すごいなコイツ。

 長え。

 

 まともに相手をするのがめんどくさいので、適当に調子を合わせてやる。

 

『うん』

『私たち運命だね』

 

 すると柚月からの爆速返信がやんだ。

 既読はついているのだが、しばらく待っても返事がない。

 柚月はいつも俺のメッセージに必ず返信するので、やりとりを打ち切るのは決まって俺の方だった。

 

 それが今回は、俺が発したメッセージを最後にやりとりが終わった。

 

 珍しいこともあるもんだ。

 

 そう思っていると。

 

『今度会ってくれますか?』

 

 というメッセージが送られたかと思うと、すぐに消去された。

 

〔消去されたメッセージです。〕

 

 その文言が空々しく残る。

 

 さて。

 あっちは勇気を振り絞って一歩を踏み出した。

 まあ結局は一歩踏み出したぶん一歩引いたわけだが。

 だが、何はともあれ一歩を踏み出したってことが大事なんじゃないか?

 

 そういう意はできるだけ汲んでやりたい。

 そんな柄にもないことを最近の自分はよく考える。

 

 俺は、

 

『いいよ』

 

 とだけ返した。

 

 先ほどと同様にしばらく返信がなく、今度は既読もつかなかったので寝た。

 

 ◇◆◇◆

 

 夢の中にロイが現れた。

 ロイとは二度と会えるはずもないので、こうして目の前に現れた時点でこれが夢であることに気づくべきだったが、俺はロイの存在をまったく疑わなかった。

 

「なぁんだ、生きてんじゃん」

 

 胸中に安堵が広がっていった。

 嘆息とともに酷く脱力する。どういうわけか、俺は今の今までロイに二度と会えないと思っていたのだ。

 

 ロイは呆れていた。

 

「何を言っているんだ?」

「そうだな。何言ってんだ、俺は。ロイが生きてるなんて、当たり前のことだろ……」

 

 するとロイは俺の言葉尻を捉え、生きているということがいかに尊くて特別なことなのか、世界のどこかには当たり前に生きることができない人間がいるのだと説教し始めた。

 

 あー、ほんとうるせーなコイツと思いながらも、それがどうしてか心地よく響いているのに気づく。

 なんというか……懐かしさを覚えるのだ。

 

 懐かしい?

 

 なぜだろう……。

 

「つまり、私が言いたいのは――私が生きているのが当たり前だと思わないほうがいいということだ」

「はいはい」

「我々『仲介者(エージェント)』の寿命は人間と比べると短い。いつか必ず別れのときが来るのだ」

「でもそれは今じゃないだろ?」

 

 そう問いかけると、ロイは黙った。

 その沈黙は居心地が悪く、とにかく何か言わなくちゃと思って適当な言葉で隙間を埋めようとすると、ロイが先手を打った。

 

「すみれ。私はきみを誇らしく思う」

「なんだよ急に」

 

 恥ずかしいことをいうやつだ。

 

「動機は不純だったが……きみは心に決めたことを最後までやり遂げ、結果的に皆を救った」

「そうだよ。俺は自分の目的を果たしたうえで、ロイが望むような大団円も成し遂げたぜ」

 

 胸を張る。

 ロイは頷いた。

 

「これできみ自身が成長してくれたらもっといいんだが……」

「成長か。これでも俺は変わったぜ。少し前の俺は皆に惜しまれたくて人を傷つけることも厭わなかったけど、いまは皆と過ごす毎日をけっこう大事に思ってる。ちょっとだけいじめてやりたくなることもあるけど」

 

 なんちゅう恥ずかしい告白をしているんだ、俺は。

 

 なぜだか今の俺は妙に素直になっていて、なんでもかんでもぶっちゃけてしまえる気分だった。

 そう、俺はロイに褒められたいのだ。

 だって今を逃せば……。

 

 逃す? なんだ?

 

「そうか。立派だな」

「おう」

「なら、もう思い残すことはない」

「……ロイ?」

「さよならだ」

「なに言ってんだよ。ここからがロイにとって一番見たかったもののはずだろ?

 だから……そんな最後みたいなこと言うなよ!」

「すまない……。私ももっときみの側についていてあげたかった……。だが、今のきみならもう大丈夫だろう」

 

 ロイが遠ざかっていく。

 

「すみれ、達者でな」

 

 俺は叫んだ。

 

 

 

「ロイ!」

 

 その声で目が覚めた。

 

 慌ててあたりを見回す。

 空っぽの部屋。

 

 そうだった……。

 ロイはもういないんだった……。

 

 酷い虚脱感に襲われる。

 

 すると布団の中に気配を感じた。

 めくると、ねむりが俺を抱き枕代わりにして眠っていた。

 こいつは時々窓から部屋に侵入し、まるで猫のようにベッドに潜り込んでくる。

 

 以前、窓の錠を下ろして寝ていると、ガラスを破って侵入してきて心臓が止まりかけたことがあった。『時間魔法』で元に戻したし、彼女は常に魔法少女の姿なので両親に姿を見られるおそれもないが、言い訳をしなくてはならないのは俺だ。以来、俺は窓の錠をかけずに眠るようにしている。

 

 ねむりは俺の寝言で目が覚めたようだ。

 

「泣いてるの……?」

 

 俺は目の周りを触れた。

 ねむりの言うとおりだった。

 

「どこか痛い?」

 

 と言ってねむりは俺の背中をさすった。

 

 

 

 翌日、小春と街に出かけたが、俺は一日中ぼんやりしていて各所で迷惑をかけた。

 夢のことを引きずっているのだ。

 

 生きていたんだ! という喜びと、目覚めたときの脱力感。

 夢の中とは言え、そこには具体的な実感があった。

 

 それは何時間も俺の中で尾を引いて、途方もない虚無感として俺の注意力を低下させた。

 

 夏の暑さに当てられていると解釈したのか、小春の提案で喫茶店で涼むことにした。

 席についてため息をつく。店員にドリンクを注文する。

 小春の本の話を上の空で聞いていると、注文したドリンクが到着する。

 

「あっ……」

 

 店員から受け取るときに容器を掴み損ねて落としてしまう。容器は割れなかったが、中身がこぼれた。

 

 何をやっているんだ、俺は……。

 

 謝罪すると、店員が替えを用意した。

 

 ドリンクを飲んで一息つく。

 

「大丈夫なの?」

 

 小春が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

 

「うん……」

 

 と俺は生返事をする。

 

「……何かあったの?」

「夢で……」

 

 言いかけて止める。さすがにロイが夢の中に出てきて泣いちゃったとは言いにくい。

 

「なんでもない」

 

 打ち切ろうと思い、ストローでドリンクをひと吸いした。

 しかし小春は食い下がった。

 

「もしかして、ロイのこと?」

「……なんで分かるの?」

「なんとなくそんな気がして」

 

 小春は申し訳なさそうな顔をした。

 ロイを代償に俺を蘇生したのは小春だ。小春は小春でロイのことを気に病んでいたのかもしれない。しかし、元はと言えばそれは俺のためにしたことなのだ。どうして小春を責められようか。

 原因は俺にある。

 

 後ろめたい気持ちになり、顔を俯けて小春から目を背けた。

 

「もう一度ロイに会いたい?」

 

 すると小春が問いかけた。

 

 なぜ小春はそんなことを訊くのか。

 そこにどういう意図があるのだろう。

 だって、そんな質問は無意味じゃないか。

 会いたいと答えたところで、ロイに会えるわけもない。小春は神さまじゃない。

 

 だが――。

 

「……会いたい」

 

 俺は素直に答えた。

 

「ロイに会いたいっ……」

 

 一度言葉にすると、感情があふれてきた。

 俺はまたみっともなく涙を流した。

 涙を拭っていると、小春が「ごめんね」と謝った。

 

 ◇◆◇◆

 

 予定よりも早く解散し、家路についた。

 いつものコースを自宅に向かって歩く。

 ここは二年前に初めてロイと出会った通りだ。

 時刻もちょうど同じくらいだった気がする。

 

 あのときは確か、魔人が出現して通行人の様子がおかしくなっていた。そこにロイの声が響いて、俺とロイは契約を交わしたのだった。

 

 感傷に浸っていると、声がした。

 

「聞こえるかい、橘すみれ」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 二年ものあいだ俺の横でずっとうるさく小言をぶつけてきた鬱陶しい声。

 いまの俺が誰よりも求めてやまない声。

 

 まるであの日の繰り返しだ。

 

「ロイ!?」

 

 俺はあたりを見回したが、それらしい姿は見当たらない。

 

「ロイなのか!?」

「すまない……ロイとは?」

 

 天の声は、その声色に困惑を滲ませて訊き返した。

 俺はまたあの虚脱感を覚える……なんだ、勘違いかよ、じゃあこの声はなんなんだよ、と、筋違いの怒りすら湧いてくる。

 

「きみには私と契約して魔法少女になってもらいたい」

 

 ああ、『仲介者(エージェント)』ね。

 ロイとは別の……。

 

「悪いけど、ほかを当たってくれ」

 

 八つ当たり気味に言うと、『仲介者(エージェント)』は笑い出した。姿は見えない。声だけ聞こえるというのもなかなかに腹が立つ。

 

「なにがおかしい」

 

 苛立ちを隠さずに言う。

 

「すまない、あんまり上手く行くとおかしくてな。少しだけきみの気持ちがわかったかもしれない」

「はあ?」

「久しぶりだな、すみれ。私はロイだ」

 

 俺はその言葉が意味するところを数秒間咀嚼しなければならなかった。

 

「は、はあああああああ!?」

 

 叫び声があたり一帯に響き渡るが、気にする余裕などない。

 

「さっきロイじゃないって」

「ロイじゃないとは言っていないが、しらばっくれたのは事実だ」

「でも、ロイは死んだはずじゃ……」

「ああ。だが小春の《願い》は二枠あったことを忘れていないか? ひとつは君の蘇生に、もうひとつは私の復活にあてたのだ。人間と違い『仲介者(エージェント)』の復活は代償もいらなかったようだ。厳密には私は生物ではないからな」

 

 ロイの話によれば、小春はロイの《願い》を消費して俺を蘇生し、そのあとロココの《願い》を消費してロイを復活させたという。

 

「でも、なんでいまさら? だいたいどうして小春は何も言ってくれなかったんだよ」

「私からそう頼んだのだ。きみが私を惜しむ姿を見せたら復活させてほしいと。そしてそれまでの間、この件はきみに黙っていてほしいとな」

「なんで!」

「きみへの意趣返しだ。さんざん皆を泣かせてきただろう? ちょっとくらいきみも同じ目に遭ったらいい。まあ、きみの裏を知らない小春からは趣味が悪い『仲介者(エージェント)』だと思われてしまったが……」

「なんだよそれ……」

 

 ロイの息をのむ音が聞こえた。

 俺の目から涙があふれていたからだ。

 

「この人でなし! なにが意趣返しだよ。やっていいことと悪いことがあるだろうが!」

「それを言うならきみだって……」

「ああ!? こういうことをやっていいのは俺だけだろうが!」

「そんな無茶苦茶な!」

「お、俺がどんだけ気に病んだか……くっ、うう……馬鹿にすんなよぉ!」

「も、申し訳ない……」

 

 俺の剣幕に気圧されたのか、あるいは涙に弱いのか、ロイは謝罪した。

 しばらく俺は自分のしたことを棚に上げて、泣きながらロイを罵倒し続けた。10分ほど経って、見えない相手にブチ切れまくる自分の滑稽さに気づいたが、それでも止まらなくてさらに5分ほど文句を垂れ続けた。

 15分も怒鳴り続けていると、さすがに疲れる。

 

「……落ち着いたか?」

 

 俺はふて腐れながらも応えてやる。

 

「ああ。落ち着いた。早く顔見せろ」

「ふふっ。では私と契約してくれるな?」

「もちろん。契約してくれ」

「それでは《願い》を言ってくれ」

 

 願い……か。

 俺は少し考えてみる。

 が、何も思い浮かばない。

 

「《願い》かぁ……。いまのところ現状に満足してるんだよな。願いはもう叶えちまったし」

「どっちの願いだ?」

 

 いちいち訊いてくるのかよ。

 こいつなんかやらしくなったな。いったい誰に似たんだか。

 ロイには教えてやんねー。

 

 俺はその問いにはだんまりを決め込んだ。

 

「とりあえず保留ってことでいいか? いつか新しい目標……叶えたい夢を見つけたときのためにとっておきたいんだ」

「もちろんだ」

 

 その返答で契約が完了したのか、少しずつロイの姿が見えるようになっていった。

 

「……だが、きっときみなら新しい夢を見つけても自力で叶えるんだろうな」

 

 久しぶりに見るロイは、ディスプレイにドットで笑顔を作っていた。

 再会したばかりだというのに怒り顔や泣き顔ばかり見せてしまった。俺も精一杯笑う。

 

「さあ、きみの新しい力を見せてくれ」

 

 新しい力?

 一瞬意味が分からなかったが、すぐに合点が行く。

 

 魔法少女の能力は当人の精神性に依存する。

 そしてその精神性は《願い》に現れる。

 かつての願いはすでに叶え、今回の《願い》は保留した。

 さらに、一時的とはいえ相棒の死を通して様々な心境の変化があった。

 予定に反して小春たちと交流するようになったし、いまはこの毎日がぼんやり楽しくて、いつまでも続けばいいと、守れるものなら守りたいとすら思っている。

 

 新しい魔法や魔道具が発現してもおかしくはない。

 

「バーカ。用もないのにみだりに変身するかよ」

 

 俺は悪態をついた。

 そのときだ。

 

 蒼生円蓋町に魔人が出現した。

 感覚で分かる。俺は再び魔法少女になったのだ。

 

「すげえタイミングだな」

「ああ。早速初仕事か」

「じゃあ、ロイの期待してるモンを見せてあげますよ」

 

 そんな軽口を叩きながら、俺も隠れて期待していた。

 

変身(メタモルフォーゼ)!」

 

 久しぶりの感覚。

 全身を光が包んで、装いが新たになっていく。

 この光が解ければ、俺はすっかり魔法少女の姿だ。

 

 新しいドレスはどんな色だろう。




ありがとうございました。
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