【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
すみれとアリスちゃんとのあいだに張り詰めた空気が流れだしたと思ったら、とつぜん周囲が煙に覆われた。
呼吸すると煙が肺に吸い込まれて苦しい。咄嗟に口元を手で覆う。
――なにが起きてるの?
それを理解するよりも前に、銃声が鳴り響いて私の思考を奪った。非日常を象徴するような乾いたその音は、私の耳にしばらくこびりついて離れなかった。そして、キーンという耳鳴りが消えないうちに、次の銃声が鳴った。
恐怖に駆られた私はその場にしゃがみ込み、耳をふさいだ。
終わって。
終わって。
終わって。
終わって!
私の願いが通じたのか、短い悲鳴が聞こえたのと同時に銃声は鳴り止んだ。直後、甲高い喚き声が室内中央で響き始める。
徐々に煙が晴れていった。
私は室内の状況を見るのが怖かった。もし、さっきの銃声で取り返しのつかない惨状が出来上がっていたら……。
それでも、薫ちゃんやすみれの無事を想う気持ちが私に周囲を確かめさせた。
視界を取り戻した私が真っ先に目撃したもの。
それは、円卓の上でうつぶせになったアリスちゃんと、アリスちゃんの背の上に腰を下ろした三鷹さんの姿だった。アリスちゃんが握っていた銃は、いまは三鷹さんが厚底のトレッキングシューズで踏みつぶしている。アリスちゃんの右手は銃に向かって伸びていたが、ギリギリ届いていない。
次に、私はすみれの姿を探した。
けれど、先ほどの騒動で屋外に脱出したのか、どこにもすみれの姿はなかった。
姿が見えないことは心配だが、同時に無事にこの場を離れられたことに安堵する。
すみれ以外の人は、まだこの場に留まっていた。
「どきなさいよ! 重い! 重すぎるぅ~!」
アリスちゃんが三鷹さんの下でジタバタ暴れている。
「乙女に向かって重いとは失礼だな。どいてやってもいいが、『次からは冷静に話せる』と誓えるか?」
「誓う! 誓うからぁ!」
「本当か? 疑わしいなぁ。指切りできるか?」
「はあ!?」
「指切りだよ。ほら」
三鷹さんは拳を握りしめたあと小指を立てて、それをアリスちゃんに突き出した。アリスちゃんは「子供扱いすんじゃないわよ!」と言って対応を渋っていたが、早く解放されたい一心で三鷹さんに従った。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます、ゆーびきった!」
「やったわよ! 早くどきなさい!」
「分かったよ。ところで、魔法少女は指切りで結んだ約束を破ると重い罰則があるんだ」
三鷹さんは爆弾発言を投下してから円卓を降りた。
「き、聞いてないわよそんなこと! 重い罰則って、なんなの!?」
「あたしが実際に見た例だと、全身が爆散して死んだな」
「な、なにそれ!」
アリスちゃんは顔を青ざめさせた。
彼女だけじゃなく、私や薫ちゃん、朝比奈さんにも動揺は波及した。
中学生になって指切りなんてしたことないし、するつもりもないけれど、あまりにも重たすぎる罰則を考えるとゾッとする。
「それ、本当なんですか?」
薫ちゃんが上ずった声を上げた。
すると三鷹さんはニヤリと笑い、口元に人差し指を添えた。アリスちゃんに背を向けているため、その挙動をアリスちゃんに見られることはない。
どうやら嘘……方便のようだ。
「ああ、本当だ。疑うのも無理ないが――試してみるわけにはいかないよな?」
「ううう……」
アリスちゃんは悔しそうに歯がみした。
「そう不貞腐れんなって。あたしはただ、落ち着いて話し合いたいだけだ。この中に魔人の手先がいたとしても、全員でかかれば脅威じゃない。一番怖いのは、8人目があたしたちに牙を剥くことじゃなく、あたしたちが争い合いになることだ。だからこそ、あたしは繰り返し『冷静になれ』と言ってるんだよ」
「あ、うちもそう思います!」
朝比奈さんが調子よく手を挙げた。
三鷹さんは煙草の煙を吐き出し、再び席についた。
「分かったら席に座れよ。まだ話はついてないぜ」
「分かったわよ……」
しぶしぶ席につくアリスちゃん。
「橘は――いなくなっちまったか。まあ、席が人数分になったし、ちょうどいいか。お前らも座れよ」
言われるがまま、全員が7つの椅子に座った。
二人の衝突がいったん落ち着いてほっとした。私は昔から争いごとが苦手で、誰かが喧嘩しているところに居合わしてしまうと心臓がドキドキして呼吸のやり方すら忘れてしまう。
「さて、ようやく落ち着いて話ができそうだ。役者がひとり足りないが、まあいい。8人目を炙り出せそうな案があったら言ってくれ」
「あー、じゃあぼくいいですか~?」
「もちろんだ」
さっそく楪さんが挙手した。
「魔法少女はそれぞれに担当『
「あ、それいいっすね!」
たしかに、魔法少女にはそれぞれ契約した『
私のロココと三鷹さんのロッド、そしてねむりちゃんのロゴスはすでに姿を見せている。なので、残りの4人がそれぞれの『
まず薫ちゃんが自分の『
薫ちゃんに続いてアリスちゃん、朝比奈さん、楪さんが『
それぞれ順に、ロック、ロキ、ロミオと名乗った。
この場の全員に『
私の心臓が嫌な音を立て始めた。全身を巡る血液に
私にはこの先の展開が読めていた。
「あれ、7人分揃っちゃいましたね?」
薫ちゃんが疑問を呈した。
「ん~? ということはぁ~」
「残ったすみれさんが8人目ってことですかね!」
議論は思ったとおりの方向に進んでいった。
「ほら言ったじゃない! あいつが黒なんだって!」
アリスちゃんが三鷹さんを睨んだ。アリスちゃんに倣って全員の視線が三鷹さんに集まる。
三鷹さんは、顎に手を当てて考え込んでいる様子だった。
「あ、あの……。すみ……橘さんが8人目と決めつけるのは、まだ早すぎると……思います」
私は勇気を振り絞って反論した。
三鷹さんを睨みつけていたアリスちゃんの目がこちらに向き、心臓が跳ねる。
「あんた、どんな根拠があってアリスに反論してんの? あの女が8人目なのはどう見ても明らかじゃない。違うって言うならちゃんと証拠を出しなさいよ!」
アリスちゃんが円卓を叩くたび、私の肩が跳ね、頭が真っ白になる。
でも、このままじゃすみれが本人のあずかり知らないところで8人目にされてしまう。彼女が疑わしいのは事実だ。いま、すみれのことを擁護できるのは私しかいない。
「で、でも……! 本人がいないところで勝手に犯人扱いして……弁解の機会もなく断罪するのは……」
「だから、あいつが8人目じゃないって根拠を出しなさいよ!」
言葉を遮って怒鳴られると、自分が言おうとしていたことがすべて抜け落ちてしまう。
私は声を詰まらせて、それでも反論を試みようとしたが、パニックで二の句がつげない。
そうしていると、三鷹さんが助け舟を出した。
「まあ状況的に橘が怪しいのは分かる。だが、ここは慎重を期したほうがいい。あいつにも『
「なによあんたまで! もう全員出したのよ。あいつに『
「もし8人目にも『
アリスちゃんは押し黙った。
「まあ、そういうことだ。『
とりあえず急場はしのげたようだ。まだ安心はできないが、すみれにも弁解の余地はある。
もしすみれに『
「いまのあたしたちにできるのは、それぞれの『
ということで、それぞれの『
けれど、特に矛盾や不審な点は出てこない。
「うーーん、誰もおかしいところはないと思いますけどね~?」
「あの女よ! あの女が8人目に違いないわ! あのとき殺せてれば……」
アリスちゃんがまた物騒なことを言い出した。
「そういえば、仮に一番怪しい人間を殺……倒したとして、その人が本当に8人目だったかどうかって、どう判断するんですかね?」
私は薫ちゃんの発言に便乗し、さりげなくアリスちゃんを牽制する。
「確かに、それを完全に証明する方法がない限り、怪しい人を倒したところで8人目の影はずっとちらつくよね……」
「それなんだが」
と三鷹さんは新しい煙草に火をつけた。
「あたしは12年間魔法少女として活動してきて、何度かここを訪れたことがある。実はここに備え付けられているモノは外に持ち出せないようになっているんだが、ときどき椅子の数が増減することがある。仮説なんだが、ここの椅子の数とその時代に存在する魔法少女の人数ってのは、一致しているんじゃないか?」
それが事実なら私たちにとっては有利に転がるはずなのに、どうしてか険しい表情で三鷹さんは説明した。
「じゃあ、8人目候補を倒して椅子が減らなければ8人目、減れば魔法少女だったって見分けが付きますねー! やるかどうかはおいといて!」
「でもライカが本当のことを言ってるってどう証明するの? 本当はライカが8人目で、あの女を殺した後で『椅子が減らなかったからやっぱりあいつが黒だったんだ』って言い張るために嘘をついているかもしれないわよね?」
すみれのことを8人目と決めつけていたアリスちゃんだったけれど、意外と冷静にその他の可能性を述べた。
「それだったら、ぼくからも証言しますね~。椅子が増えたり減ったりは、ぼくも目撃したことがありますから」
それでもまだアリスちゃんは疑い深かった。椅子の増減は事実と認めたうえで、8人目が今回の議論を見越してここの備品を隠したり戻したりしていたのではないか、と言い出したのだ。
私は素直に感心した。アリスちゃんは
「だったら試してみるか? ほら、動かない」
三鷹さんは立ち上がって椅子を掴んだ。椅子はビクともしないので、三鷹さんが椅子を掴んでいるだけで持ち上げようとしていないように見える。でも、かすかな筋肉の緊張から、力を入れているのは確かなようだった。
「くっ! なんで動かないのよ!」
アリスちゃんも試しているようだ。私や薫ちゃんも立ち上がり、二人に倣って椅子を持ち上げようとしたけれど、椅子は
座るために椅子を引いたときは、普通に動いたのに……。
「ちょっと、どきなさい!」
アリスちゃんは全員分の椅子を自分の手で確かめないと気が済まないようだった。そして、三鷹さんが言っていたことを手ずから証明して見せる。
「ふん、どうやら嘘はついていないようね!」
アリスちゃんは椅子にふんぞり返ってなぜか偉そうに言った。
「まあ、最終的に8人目を倒せたかどうかを確認できるすべを得たのは大きいね」
「でも、どうやって8人目を特定しましょうかー? とりあえず処刑して、椅子の増減で確かめるなんて野蛮すぎです!」
「ふっふっふ、それならアリスにいい考えがあるわ!」
アリスちゃんは再び立ち上がった。
誇らしげに胸を張り、小指のみ立てた右手を高らかに掲げた。そして、得意げに自らのアイディアを語る。
「指切りをすればいいのよ! 指切りをして、『嘘をつかない』と約束させればいいの! どう、素晴らしいアイディアでしょ?」
「あちゃー」
と薫ちゃんが肩をすくめた。
「アリスちゃん、それはねえ――」
真実を告げようとする薫ちゃんを遮って、三鷹さんが
「いや、8人目は魔法少女じゃないから、指切りをしても嘘つき放題だ。そんなことじゃ証明にならない」
「ああ!」
アリスちゃんの得意げな表情が崩れた。
「そ、それもそうね……。どうして気づかなかったのかしら。アリスったらちょっとどうかしてたわね……」
「しっしっし」
三鷹さんがアリスちゃんに隠れて笑う。
「悪いなー」と薫ちゃんがぽつりとこぼした。
「じゃー、すみれさんがいないことにはこれ以上話は進展しそうにないですね!」
「あー、たしかに。どうします? 解散します?」
朝比奈さんの言葉を受け、薫ちゃんが提案する。
「8人目を放置して帰ってもいいんですかね~? 『世界の心臓』に接触するようなことがあれば、取り返しのつかない事態に発展すると思いますけど~」
「その点は大丈夫だと思っている。8人目は魔人じゃない。魔人とどう繋がっているのかは分からないが、人間であることは確かだ。結界にも引っかかってないしな。ロッド、魔人以外が『世界の心臓』に接触しても問題ないだろ?」
「ああ」
三鷹さんの『
そして補足を付け加えた。
「『世界の心臓』はここの備品と同様に外に持ち運ぶことはできない。つまり、8人目を放置したところで我々のあずかり知れぬうちに魔人が『世界の心臓』に接触するおそれはない」
「ま、つまり差し当たっての問題は8人目による闇討ちと疑心暗鬼による内部崩壊ってわけだ。各々が気を付けさえすれば、8人目は大した脅威じゃないと言える。くれぐれも早まった真似はしないように」
「あ、うちから提案いいですか?」
「なんだ」
「8人目が判明するまで、できるだけ協力し合いませんかー? 集団行動をとれば、8人目に対してつねに有利に立てますし」
「あ~。それかー……」
三鷹さんがそっぽを向いた。ばつが悪そうに頭を掻く。
「悪いけど。あたしはあんたらとつるむ気は――」
「ん!」
三鷹さんが言いかけている途中で、アリスちゃんが小指を突き出した。
「なんだよ」
「指切りよ! アリスは他人なんか信用しないけど、『仲間を裏切らない』って誓いに強制力があるなら、あんたらと協力するのもやぶさかじゃないわ!」「いや、だから……」
「このなかにもし8人目がいたとしても、みんなで一致団結すれば敵じゃないわ! ほら、早く小指を出して誓いなさい!」
「お、おう……」
その勢いに負け、しぶしぶ指切りに応じる三鷹さん。
「これで『仲間』ね!」ここへきて、アリスちゃんは初めて屈託のない笑顔を見せた。けれど、そのあどけない笑顔を一瞬で引っ込め、先ほどまでの厳しい表情に戻る。「――あんたが8人目じゃなければの話だけど!」
そしてその場の全員に指切りを強要した。
先の読めない緊急事態はまだ恐ろしくてどうしたらいいのか分からないけれど、少しだけ息苦しさはなくなった。