【旧】皆を救いたいだけなのに、不器用すぎて主人公勢に敵認定されるミステリアスヒロインムーブをしたい! 作:k-san
三鷹さんのバイクがすみれの座る椅子に衝突した。椅子は大きな音を立てて吹き飛び壁に激突したが、壊れることはなかった。
その衝撃音で私は我に返る。
そして、判断の誤りを悟った。
「すみれ!」
私はすみれに駆け寄った。
私はどうしてか、あのバイクがすみれに追突しても彼女が死ぬようには思えなかった。想像力が鈍っていたのだ。なんというか、すみれには超然としたところがあって、掴みどころがない。こんな交通事故みたいな
――けれど、最後に見せたあの表情。
彼女は確かに人間だった。そして人間は、あれほど巨大な質量を有した物体に高速で衝突されたらひとたまりもない。
そんな当たり前のことを思い出して。
私は
しかし――。
「すみれ……?」
座席は空っぽだった。
その意味するところが分からず呆然としていると、離れたところでざわつきが起こった。三鷹さんが三人の拘束を振りほどいたのだ。あるいは三人が三鷹さんを放したか。すみれの生死を確認するべく真っすぐ進み、直線上の私を突き飛ばした。そしてすみれの不在を認めると、私の胸倉を掴んだ。
「お前が――っ」
彼女は何かを言いかけて、やめた。
たぶん、私のことを酷い言葉で罵ろうとしたのだろう。だけどそれが意味のないことだと気づいて、飲み込んだ。
三鷹さんは私を倒れないていどに軽く突き放すと、目をそらし、私に向かってではなく「クソっ」と独りごちる。そして円卓の上に腰を下ろして煙草を吸い始めた。三鷹さんはその間黙りこくっていた。それでも結局落ち着けなくて、二本、三本と続けざまに煙草を吸う。
重苦しい空気が流れた。
私は三鷹さんの口から吐き出される煙をぼんやり眺めながら、考え事にふけっていた。
あのとき、私はどうするべきだったのか。
判断を誤ったというなら、それはたぶん、魔道具を解除したときじゃない。
すみれを信じてあげられなかったときだ。
彼女の言い分をちゃんと聞いてあげられなかったあの瞬間に、私は判断を間違えたのだ。
聞くべきだった。真意を。すみれの言うことを頭ごなしに否定するのではなく。そして話をちゃんと聞いたうえで、それが間違っていると感じたなら説得するべきだった。いまとなっては遅すぎる後悔だけれど……。
もういちどチャンスが欲しい。
でも、その機会が訪れたところで、私は今度こそすみれを信じてあげられるのだろうか?
正直、その自信はない。
私は自問自答と自己嫌悪をいつまでも繰り返した。
沈黙は唐突に破られた。
「橘が黒だ」
四本目を吸い終わった三鷹さんが言った。
心臓がドキリとした。その宣告は、私が判断を誤った結果のように思った。
「それは、三鷹さんがすみれに対して感情的になっているからで――」
「根拠はある」
楪さんの反論を遮って、三鷹さんは続けた。
「あいつはあたしらの知らない情報を持っていた」
「たまたまぼくたちが知らなかっただけで、その気になれば誰でも分かるようなことかもしれないじゃないですか」
「そうかもな。だが、あいつはあたししか知らないはずのあたしの過去も知っていたぞ」
「そういう能力なのでは?」
朝比奈さんが口をはさんだ。
「これを見ろよ」と三鷹さんは鎖の巻き付いた空席を指さした。「橘の固有魔法は瞬間移動――実はここに見えない死体があるってんなら透明化の魔法だ。
そして以前、あいつはなんらかの方法で赤羽を攻撃していた。これは魔道具の能力ってことにしようか。もし、あいつが能力によって情報を得ているとするなら、やつは能力に関して3つのスロットを持っていることになる。
固有魔法と魔道具――あたしら魔法少女が扱える能力は2つまで。要するに規格が違うんだよ。よって、橘は魔法少女じゃないと結論付けられる。魔法少女とは似て非なる別のなにかだ」
誰もその推測に異論をはさまなかった。つまりすみれが〝8人目〟である可能性が高いと全員が認めたのだ。それでも、楪さんは食い下がった。
「すみれが黒だったとしても、〝8人目〟がぼくらの
「あいつは自分から〝8人目〟だと名乗らなかった。後ろめたいことがある証拠だ」
「この状況で! 言えるわけないじゃないですか!」
楪さんが怒鳴った。
さっきからずっと楪さんがすみれを庇っている。もしかして彼女のことが好きなのだろうか。いつの間にそんな仲になったんだろう?
楪さんが腹の中でなにを考えているかは分からない。けれど、すみれを庇いたいという気持ちをまっすぐぶつけて信念を通せる彼女の姿はまぶしく、羨ましかった。
私も彼女のように一点の曇りもない目ですみれを見て、すみれをとことん信じたい。
「とにかく、すみれが〝8人目〟だとしても、彼女と対立するのはまだ早いです」
「じゃあどうすればいいんだよ?」
「それは――」
と楪さんが応答しようとしたところで、薫ちゃんが手を挙げた。
「あのー、アリスさん来てなくないですか? 大事な要件なんで、とりあえず呼びません?」
案の定、アリスちゃんは怒り狂った。
「なんですぐにアリスを呼ばなかったのよ!」
「だってアリスちゃん、まだ子供じゃないですかー。怪我したら大変だと思って」
「ガキ扱いしてんじゃないわよ! アリスだって戦えるわよ!」
「戦えるかどうかと戦うべきかどうかは、また別の話だとうちは思うっす。うちは子供に戦ってほしくないです」
「だーかーらー!」
「おい、その辺にしとけって。そういうとこがガキだっつってんだ」
「~~~!」
そういう言われ方をすると、なにも言い返せないようだ。アリスちゃんは顔を真っ赤にして口を閉じた。
「これから議論するのは大事なことだ。その前に前提としておきたいのが――〝8人目〟は橘すみれだってこと。そこに異論のあるやつはいるか?」
楪さんが悔しそうに俯いた。
私も、確定ではないにせよその可能性が一番高いことくらいは認める。
「いないみたいだな。じゃあ次だ。〝8人目〟は敵か? 味方か? 今度はそれが問題になって来た。皆の意見はどうだ?」
「もちろん敵よ! そんなの決まっているじゃない!」
アリスちゃんは胸を張った。
「だいたい、あんたら6人もいてどうしてあの女ごときを逃がしちゃうのよ。アリスがいれば確実に仕留めていたのに!」
「やつの固有魔法が厄介なんだよ。まあ、次は絶対に
「ええ。ぼくはすみれは敵じゃないと思います。命を狙うようなことは――せめて彼女がぼくたちに害を為す存在だと確定してからにするべきです」
楪さんは先ほどからずっとピリピリしていた。独特の間延びした口調は影を潜めて、一語一語に険が込められている。
〝害を為す存在〟……。
結界を破壊すると宣言したことは、彼女が私たち魔法少女の害を為す存在だと見做す証拠になりうるだろうか?
充分なりうる。きっと、楪さんでも庇いきれないくらいの重要な根拠に。
それを握っているのは私だけ……。
こんな大事なことを隠すのはとても自分勝手だ。
言うべきだろうか?
迷っているあいだにも議論は進む。
「敵じゃない根拠はあるのかよ」
「それは……みなさんを納得させられるような根拠はありませんが……。でも、根拠を示すべきなのはそちらですよね。推定無罪です」
二人のあいだに火花が散った。
すみれの断罪を求める三鷹さんに対し、楪さんは徹底抗戦の意思を見せている。お互いに根拠を要求し合い、現状は決着の気配がない。
だが、私の証言が証言すればすべてがひっくり返る……。
「あの~」
と朝比奈さんが割って入った。
「うち馬鹿だからよく分かんないんですけど」
みんなの注目が彼女に集まる。
私は身構えた。私の知らない情報、もしくは結界の件を朝比奈さんが知っていて、それを証言しようとしているのではないかと。私が切り出さずとも盤面がひっくり返される可能性はあるのだ。
朝比奈さんは一拍置いて言った。
「すみれさんは『敵じゃない』と言ってました。じゃあ敵ではないのでは?」
「その前置きで本当に馬鹿なのやめろ」
「えへへー」
照れくさそうに頭を掻く朝比奈さん。
私は大きく息をついた。
「でも、うちは柚月さんと同じ意見かなぁ。はっきりと敵だって根拠があるならともかく、ただ〝8人目〟だってだけで攻撃するのは……うーん、やっぱできないっすねー」
「お前らがさっきから言う根拠ってのは、塔から招集がかかったって事実だけで充分と思うがな。危機があったから呼び出されたんだろ?」
「結局はっきりしたことは分かってません。あのできごとをどう捉えるかは、ぼくたちの解釈によるところが大きすぎます」
「ごちゃごちゃうるさいのよあんたたちは! どう見たってあいつは怪しい! それでジューブン根拠でしょ!」
「話にならないですね……」
「はあ!?」
「ストップストップ。落ち着け。あいつらの意見を聞いてないだろ」
三鷹さんが指したのは、私、薫ちゃん、ねむりちゃんの三人だ。
「わたしは……皆に従う……」
コクリと舟を漕ぎながらねむりちゃんは言った。
薫ちゃんは困ったように私と顔を見合わせたあと、
「自分は……正直よく分からないです。確かに、怪しいのは怪しいですよ。でも怪しいからって排除するのも心情的に厳しいし……。小春はどう思う?」
と私に振った。
全員の視線を感じる。
いま、意見は三鷹さん・アリスちゃんの一派と楪さん・朝比奈さんの一派で対立している。これが多数決なら、現状は均衡状態。薫ちゃんは判断を決めあぐねていて、たぶん私の意見に合わせるし、そうなればねむりちゃんは多数派につくだろう。
つまり私の意見で方針が決まる。
「私は――」
どうする?
結界の件を鑑みれば、すみれは敵だ。
でも――あの表情。
すみれが最後に見せたあの哀しそうな表情が脳裏にこびりついて離れない。
すみれは敵なの?
話し合う余地はないの?
それに、結界のことを言うべきだろうか? 結界の件を伝えたら最後、私の意見とは関係なく彼女は完全に敵と見做されるだろう。
つまり三鷹さんにつくなら結界の件を言うべきだし、楪さんにつくなら隠しとおすしかない。
あんな重要なことを隠すだなんて、そんなこと――許されるはずがない。
だけど。
私はもう、間違えたくない。
彼女のことを信じたい。
なら、答えはひとつしかない。
「私は、彼女と話し合うべきだと思います」
◇◆◇◆
ロイの忠告に従って頬を冷やす。氷水が患部に触れた瞬間、刺激が走ったが、徐々に感覚が麻痺していく。
「それで、結界を破壊するとはどういう意味だ?」
訊かれると思っていたので、答えはちゃんと用意している。
「きみは彼女たちに敵であると誤認するよう仕向けると言っていたが、あれでは敵そのものではないか」
「言い方が悪かったな。まあわざとなんだけど。正確に言うと、俺がしようとしているのは結界を直す作業だ」
「直す? どういうことだ」
実を言うと、結界はもうだめです。
と俺は切り出した。
この街を魔人の脅威から庇護している結界だが、その誕生の経緯や性質を正確に把握している人間は限られている。限られているどころか、いまや知っているのは俺だけではないだろうか。
実はあの結界には保守が必要だ。
結界は、遥か大昔に『結界の魔法少女』によって作られた。その機能は魔人の侵入を防ぐだけにとどまらず、万が一魔人が侵入した際には魔法少女に報せが行く仕組みも備えている。
この機能は人類が存続する限り終わらない『魔法少女』という永遠のサイクル――つまりは世界のシステムにも大きく絡んでいるのだが、本来は一介の魔法少女がこの世界の根幹たるシステムに干渉することはできない。
では、なぜ『結界の魔法少女』がシステムに干渉できたのかと言うと、それは彼女が『創世の魔法少女』の子孫だったからだ。
『創世の魔法少女』はこの世界そのものやシステムをゼロから創り出した言わば神のような存在だ。その神の子孫には、世界のシステムに干渉する権能が与えられる。
しかし結界の効果は永遠ではない。その時代の魔法少女が新たに結界を張り続けなければ、いつかは失われてしまう代物である。
ゆえに『結界の魔法少女』の子孫たち――その一族は、代々結界を保守するために各世代ごとに最低ひとりの魔法少女を輩出してきた。
その一族から輩出される魔法少女は、みなが『結界魔法』を固有魔法とする。
もちろん、魔法少女本人の精神性に強く影響を受ける固有魔法を他者が自由に選択することは難しい。その一族の魔法少女たちは、幼いころから『結界魔法』を取得するために人格矯正を受ける。
発現するかどうか分からない固有魔法の発生確率を人為的にコントロールする――そんな限りなくか細い糸を、長い時間をかけて編んだマニュアルでなんとか繋いできたのだ。
つまりはこの世界はそんなふうに歪なシステムによって成り立っていたわけだ。
そしてとうとう、歪みが限界を迎えた。
『結界魔法』の使い手が絶えたのだ。
このまま結界を放置すれば、その役目は失われてしまう。
だから俺が結界を直さなければならない。
ということをロイに説明した。
「いくつか解せない点があるな……。結界の保守は『結界の魔法少女』の子孫にしかできない仕事なんだろう? きみはその一族だったのか?」
「うんにゃ。俺はその一族とは無関係だよ。結界の保守ってのは結界をイチから張りなおす手法を取っている。俺は弱った結界を『代償魔法』で強化して延命するから、システムに干渉するようなことにはならないと思う」
「延命か……。それでは根本的な解決にはならないのでは? 次世代の魔法少女たちはどうすればいい?」
「知らないよ。頑張れとしか言いようがないな。そもそも大昔は結界がなくてもなんとかやってこれたんだから、まあなんとかなるだろ。仕事の仕方を見直してもらうしかないな」
「そうか……。確かにそうだな。きみはできる限りのことをしようとしてくれている。だが懸念なのは、きみの負担が大きすぎるのではないかと言うことだ。これほどの情報を得るのもそうだが、結界を強化するほどの代償など……一体どう用立てする? あの植物でどうにかなるものなのか?」
「実際に試したわけじゃないからあくまで感覚なんだが、『代償魔法』はモノを代償にするより自分の肉体を代償にしたほうが効果が絶大な気がするんだ」
「……まさか」
人間なら生唾を飲み込んでいたところだろう。ロイはある可能性に思い当たり、その恐ろしさに恐れおののいている。大丈夫だ、ロイ。俺も自分で自分が怖いよ。
俺はニヤリと笑った。
「ロイの想像しているとおりだ。結界の代償は、俺の身体にする。目とか内臓とか、そのあたり行ってみようかな」
「最初に言ったはずだ。私はきみに過度な自己犠牲を求めたりしないと。いくら大義のためとは言え、きみひとりが重圧を抱える必要はない。考え直したほうがいい」
やれやれ。まだ分かっていないのな。
「馬鹿言え。これは100パーセント俺のためだよ。曇らせと言えばやっぱ満身創痍がベターだろ。ビジュアルのインパクトってのは大事だ。一目で心配になるしな。それに、皆のために自己犠牲でボロボロになるってのはめちゃくちゃポイント高いよ。俺の痛々しい姿を見てあいつらには悲しくなってほしい」
「……きみは日本語を喋っているはずなのに、どこか遠い星の言語を操っているような感じがするよ」
「俺はずっとこんな調子だろ? だからこそ俺の固有魔法は『代償魔法』なんだよ。『代償魔法』は願いを叶えるための力じゃない。願いと引き換えに、
「きみの話を聞いていると頭が痛くなってくる……。話を変えよう。
きみは如月小春に対して『結界を破壊する』と宣言したが、説明を聞いても結界を破壊するくだりはなかったように思う。これはどういうことだろう?」
「敵と誤解してもらうための方便に決まってるだろ。『結界を破壊して作り直す』って説明するところを、不器用で口下手だから『結界を破壊する』としか言わなくて敵認定されるって作戦だよ。
実際には結界は破壊しない。ただ、しばらくのあいだ停止させる。壊れたって思わせるためにな。俺がどうやって結界を直すのかはあいつらには分かんないんだから、そこは壊さないと直せないってことにしても問題ない。
大事なのは、最終的に結界が直って、それまでのあいだにあいつらが俺を勘違いで攻撃したって結果だから」
「もっと頭が痛くなってきた……」
ロイに四肢があれば頭を抱えていただろう。
少し嗜虐的な気持ちになり、いろんなことをぶっちゃけてロイをもっと悩ませてやろうと思ったが、やめた。
魔人との争いも〝8人目〟の存在も、すべては『創世の魔法少女』が仕組んだ壮大なマッチポンプであり、始まりも終わりも世界のシステムの一環でしかないと伝えるのはさすがに憚られるから。いくらロイでもそんな話を聞いたら卒倒しちゃうだろう。
お待たせしました。この回は書くのに時間がかかりました。書き直したい度も今までで1番です。
それとは別件で、少し忙しくなりそうなので更新頻度が落ちると思います。申し訳ありません。ゴールはそんなに遠くないので、いちおう今月中には完結する見込みです。
それと、楪さんがすみれに惚れた理由が分からないというコメントがちょくちょくあったのでお答えします。
すみれの顔面が血まみれでキュンとしたようです。要するに一目惚れです。