魂 ソ メ パ ン チ (無添加)   作:哀しみを背負ったゴリラ

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ゴリラです。初投稿です。通してください。


午前二時に死にますよ

 

 

 

「この水晶を買わないと、午前二時に死にますよ」

 

 

 昼間であるにも関わらず、多くの店舗がシャッターを下ろしている商店街。

 人の喧騒などは記憶の彼方へと消え去り、吹き抜ける風と、それによって錆びた配管が軋みを上げる音が主役となった、昭和の残滓のような場所。

 その商店街を歩いている、少女。

 学校指定の緑色のジャージを着こみ、ショルダーバッグを背負った、いかにも運動部という出で立ちの、褐色肌のショートヘアの少女────時雨沢二乃(シグレサワニノ)は、不意に掛けられた不吉な言葉に足を止めた。

 

「……?」

 

 部活動の帰りという代り映えのない日常の中で聞くにはあまりに物騒なその言葉に興味を引かれ、ついつい背後へと振り返ってしまうと、其処には──潰れた八百屋の錆びだらけのシャッターの前には、見知らぬ人影が在った。

 組み立て式のテーブルと椅子。目深に被った紫色のローブと、卓上に置かれた大きな水晶玉。

 そんな、いかにも占い師といった風貌の女。

 異国風の服装は、女の顔の下半分を覆っており、その表情の全容を知ることは出来ない。しかし、唯一見えるその目は、間違いなく二乃へと向けられている。

 

「え、あの……今の、あたしに言ったの? 溺死がどうの、って」

「ええ、そうですよ。お嬢さん」

 

 キョロキョロと周囲を見渡し、自分以外の人影が無い事を確認してから、おずおずと確認した二乃。そんな彼女に、占い師の女は間髪置かずに答える。

 

「はい。貴女には悪霊が憑いています。下水道で溺れ死んだ子供の霊です。午前二時に貴女を同じ所へと連れて行こうとしています」

「は、はぁ……」

「だから、この厄除けの水晶を買ってください。そうすれば、この水晶の力で貴女は悪霊から身を守る事が出来ます」

 

 話を聞いていく内に、この人は占い師ではなく不審者であると……その事を理解し、振り返って返事をしてしまった事に後悔を覚えながらも、二乃は当たり障りなくやり過ごす為に、愛想笑いを浮かべる。

 

「あー……その。お気遣いありがとうございます。でもあたし、そういうのは間に合ってるんで。それじゃあ」

「ほんの10万円です。たったの10万円で貴女の命は助かるのですよ? 命が惜しくはないのですか?」

「い、いや本当に結構です。さようなら」

 

 その言葉を無視して立ち去ろうとした二乃であったが、しかし占い師の女は急に席を立って駆け寄ると、二乃の手をがしりと掴んだ。

 そうして至近距離で二乃の目を見つめながら言葉を続ける。

 

「悪霊に憑りつかれているのですよ。強力な悪霊ですよ。溺れ死にますよ」

「痛っ……やめてください、離してください!」

「死にますよ? この水晶を買わないと、午前二時に、下水道で溺れた子供の霊に憑り殺されますよ?」

「っ────このっ、いい加減にしろよっ!!」

 

 その血走った目にいよいよ強い恐怖を覚えた二乃は、強い力で腕を掴んで来た占い師の女を、体当たりをするようにして突き飛ばした。

 占い師の女は、その勢いで二乃の手を離してしまい、そのまま自身が先ほどまで座っていた椅子と机を巻き込み、盛大に倒れこんだ。

 二乃は倒れた女を指差し、他人から敵対者へ向けるものに態度を切り替えると、眉間に皺を寄せ睨みつけながら怒鳴りつける。

 

「いきなり何なんだよ! 幽霊だの殺されるだの! しかも10万円で水晶買えだって!? どう考えても詐欺じゃんか! 霊感商法って言うんだろ! あたしでも知ってるぞ!」

「うぐ、ぐ……」

「もし次に絡んできて、おかしな事言って見ろ! 今度は警察呼ぶからな!!」

 

 呻く女を見下ろし、そう言い放つと、二乃はその場から駆け足で走り去っていく。恐らくは詐欺師であろう女への怒りと、不審者に対する恐怖。その両方の感情に急かされるようにして。

 

 だからこそ、二乃は占い師の女が二乃の背に言い放った小さな声を聞き逃してしまった。

 

「……言いましたよ。貴女は午前二時に溺死します。貴女のせいですよ。く、ひひ」

 

 

 ──────────────────────―

 

 

「……てな事が、昨日あったんだよー」

 

 公立真白第三高校。

 昼下がりの2年B組の教室で、二乃は自身の机に上半身を寝そべらせながら、眼前の席で野菜ジュースを飲んでいるクラスメイトかつ友人である少女────多賀山(たがやま)レイナに向けて、自身が前日に味わった不審者体験を吐き出した。

 レイナは、二乃が一部始終を語り終えるまで、人形のような無表情でその話を聞いていたが、話が終わると飲みかけの野菜ジュースを机に置き、長い黒髪を手で後ろに流し整えながら口を開いた。

 

「────二乃、貴女は野生のペンギンか何かなのかしら? その警戒心で良くこの年齢まで無事に生きてこられたわね」

「ええっ、辛辣っ!?」

 

 求めていた慰めの言葉、もしくは共感の言葉とは真逆の、多分に呆れの感情を含んだ棘の有るその言葉に、ショックを受けたような態度を大げさにして見せる二乃。

 しかし、そんな二乃の反応を意に介する事もなく、レイナは続ける。

 

「辛辣になるのも当たり前でしょう……いい? 普通の警戒心を持った女子高生は、人の気配の無い場所で『あなたは死ぬ』なんて戯言を言って来る相手とは、関わろうとすらしないの。初手逃亡が最適解よ」

「で、でも、妙な事言われたら、それがどんな意味なのか気にならない? ほら、あたしってそこそこ強いし、話を聞くだけなら平気だと思ったし……」

 

 視線を泳がせながら言い訳をする二乃に、レイナはため息をつく。

 

「好奇心は猫も殺す毒よ。もしもその妙な女の背後に、暴力団なり半グレなりが付いていたらどうするの? どれだけ鍛えていても、集団に囲まれたらどうしようもないでしょう?」

「うーん……5人くらいまでならなんとか」

「どうして立ち向かう前提なのよ。誰も対応可能人数なんて聞いてないでしょうに……とにかく」

 

 残った野菜ジュースをすっかり飲み干したレイナは、ビニール袋に飲み干したパックを入れ、丁寧に袋の口を縛ってから二乃の鼻先に人差し指を当てる。

 

「そんな不穏な体験をしたのなら、危機感を持ってしっかりと警戒しなさい。今日から暫くは違う道を使って帰る事。あと、不審者の事も先生に連絡しておくこと。私のようにか弱い女生徒が貴女と同じ目に遭ったら、同じように逃げ切れるとは限らないのだから」

「……うわ、レイちゃん。自分の事か弱いとか言っちゃう?」

「か弱いわよ。だって私、せいぜい虫けらしか殺せないもの」

「おまけに猟奇殺人鬼の卵みたいな事言ってる……怖っ」

「そう思うなら、余計な事を言ってその卵を孵化させないように気を付けなさいな」

 

 どこまでも淡々と答えるレイナであるが、小学校からの長い付き合いの二人だ。二乃は、レイナのその言動が彼女なりの優しさである事を理解している。

 だからこそ、ふざけながらもその忠告を受け入れる事にした。

 

「はいはい、わかりましたよーだ」

「分かればいいのよ。まあ、こんな過疎化が進んだ町で霊感商法なんて目立つ事をしていれば、その妙な女も直ぐに捕まるでしょう」

「うーん。でも、そうとなると、不審者情報がなくなるまでは遠回りで下校かぁ。まあ、ウォーキングの時間が延びるって考えれば悪く無いかな……うん! むしろテンション上がってきた!」

「貴女……本当に運動バカね」

 

 上体を上げ、向日葵の様な笑みを浮かべる二乃に、嘆息するレイナ。

 そして、ふと二乃の机へと視線を移すと────それに気づき、眉を顰める。

 

「……二乃、不審者の件は一旦置いておいて、あなたも女性なのだからもっとデリカシーを持ちなさい」

「へ?」

 

 突然のレイナの言葉が何を指しているのか分からず、首を傾げる二乃。

 レイナは、そんな二乃の様子をみて嘆息すると、二乃の机にその白い指を向ける。

 

「机の上、濡れているわよ。どうせ授業中に居眠りでもしていたのでしょう? 小さな子供じゃないのだから、涎を机に垂らすなんてみっともない真似はやめなさい」

「涎……? うえっ!? 何だこりゃ!? ち、違うよレイナ!? この水は涎じゃないって! 不審者の事があったから、授業中ずっと考え込んでて今日は寝てないし!」

「言い訳無用。もうすぐ昼休みも終わるのだから、しっかり綺麗にしておく事。……はあ、何で私はこんなお母さんみたいなセリフを言わなければならないのかしら」

「だから違うんだって! 誤解だよ! もー、だれだよあたしの机に変な悪戯した奴はっ!!」

 

 わめく二乃と、そんな彼女を無視して五限の準備を始めているレイナ。

 二乃の机の上の小さな水たまりを背景に、彼女たちの日常は過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それから二週間後。

 

 時雨沢二乃がいなくなった。

 

 

 




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